Wikisource jawikisource https://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8 MediaWiki 1.46.0-wmf.23 first-letter メディア 特別 トーク 利用者 利用者・トーク Wikisource Wikisource・トーク ファイル ファイル・トーク MediaWiki MediaWiki・トーク テンプレート テンプレート・トーク ヘルプ ヘルプ・トーク カテゴリ カテゴリ・トーク 作者 作者・トーク Page Page talk Index Index talk TimedText TimedText talk モジュール モジュール・トーク Event Event talk 唯識三十頌 0 10522 239994 239972 2026-04-11T12:33:34Z 中村忠司 42996 239994 wikitext text/x-wiki {{Header |title=唯識三十頌 |author=世親 |translator=玄奘 |year= |notes= * [[w:世親|世親菩薩]]造 ** [[w:唐朝|大唐]][[w:三蔵法師|三蔵法師]][[w:玄奘|玄奘]]奉詔訳 }} == 白文 == [https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%AD%98%E4%B8%89%E5%8D%81%E9%A0%8C 唯識三十頌]                  [https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E8%A6%AA 世親]菩薩造 稽首唯識性 満分清浄者 我今釈彼説 利楽諸有情 由假説我法 有種種相轉 彼依識所變 此能變唯三 謂異熟思量 及了別境識 初阿頼耶識 異熟一切種 不可知執受 處了常與觸 作意受想思 相應唯捨受 是無覆無記 觸等亦如是 恒轉如暴流 阿羅漢位捨 次第二能變 是識名末那 依彼轉縁彼 思量爲性相 四煩惱常倶 謂我癡我見 并我慢我愛 及餘觸等倶 有覆無記攝 隨所生所繋 阿羅漢滅定 出世道無有 次第三能變 差別有六種 了境爲性相 善不善倶非 此心所遍行 別境善煩惱 隨煩惱不定 皆三受相應 初遍行觸等 次別境謂欲 勝解念定慧 所縁事不同 善謂信慚愧 無貪等三根 勤安不放逸 行捨及不害 煩惱謂貪瞋 癡慢疑惡見 隨煩惱謂忿 恨覆惱嫉慳 誑諂與害憍 無慚及無愧 掉擧與惛沈 不信并懈怠 放逸及失念 散亂不正知 不定謂悔眠 尋伺二各二 依止根本識 五識隨縁現 或倶或不倶 如濤波依水 意識常現起 除生無想天 及無心二定 睡眠與悶絶 是諸識轉變 分別所分別 由此彼皆無 故一切唯識 由一切種識 如是如是變 以展轉力故 彼彼分別生 由諸業習氣 二取習氣倶 前異熟既盡 復生餘異熟 由彼彼遍計 遍計種種物 此遍計所執 自性無所有 依他起自性 分別縁所生 圓成實於彼 常遠離前性 故此與依他 非異非不異 如無常等性 非不見此彼 即依此三性 立彼三無性 故佛密意説 一切法無性 初即相無性 次無自然性 後由遠離前 所執我法性 此諸法勝義 亦即是眞如 常如其性故 即唯識實性 乃至未起識 求住唯識性 於二取隨眠 猶未能伏滅 現前立少物 謂是唯識性 以有所得故 非實住唯識 若時於所縁 智都無所得 爾時住唯識 離二取相故 無得不思議 是出世間智 捨二麤重故 便證得轉依 此即無漏界 不思議善常 安樂解脱身 大牟尼名法 已依聖教及正理 分別唯識性相義 所獲功德施群生 願共速證無上覺 == 訓読文 == [https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%AD%98%E4%B8%89%E5%8D%81%E9%A0%8C 唯識三十頌]                  世親菩薩造 唯識性において満に分に清浄なる者を稽首す 我れ今彼の説を釈し諸の有情を利楽せん (1) 仮に由りて我法と説く 種種の相転すること有り 彼れは[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu3.htm 識所変]に依る 此れが[https://ameblo.jp/yk19610402/entry-12666859155.html 能変]は唯三のみなり (2) 謂わく[https://docs.google.com/document/d/1okX2om-SI2gucvPP9AU2BG40iHRUon0p/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 異熟]と[https://ameblo.jp/yk19610402/entry-12754638847.html 思量と 及び了別境]との[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E8%AD%98 識]なり 初めのは[[w:阿頼耶識|阿頼耶識]]なり 異熟なり[https://ameblo.jp/yk19610402/entry-12876559441.html 一切種]なり (3) 不可知の[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu3/s3-2-1.htm 執受と 処と了]となり常に触と 作意と受と想と思と [https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu3/s3-2-2.htm 相応]す唯し捨[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu3/s3-2-3.htm 受]のみなり (4) 是れ[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu4/s4-2-1.htm 無覆][http://{{Header%20|title=唯識三十頌%20|author=世親%20|translator=玄奘%20|year=%20|notes=%20*%20%5B%5Bw:世親|世親菩薩%5D%5D造%20**%20%5B%5Bw:唐朝|大唐%5D%5D%5B%5Bw:三蔵法師|三蔵法師%5D%5D%5B%5Bw:玄奘|玄奘%5D%5D奉詔訳%20}}%20==%20白文%20==%20%5Bhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%A 無記]なり 触等も亦是の如し 恒に転ずること暴流の如し [[w:阿羅漢|阿羅漢]]の[https://docs.google.com/document/d/1uKJxces47ecZArL7KXwauB7LNYxoZsEG/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 位に捨す] (5) 次のは[https://docs.google.com/document/d/1R7leH8u2YkJ_Bwy6uDX3t98RqfdfiFv4/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 第二能変]なり 是の識を[[w:末那識|末那]]と名づく [https://ameblo.jp/yk19610402/entry-12865509038.html 彼に依りて転じて彼を縁ず] [https://docs.google.com/document/d/1R7leH8u2YkJ_Bwy6uDX3t98RqfdfiFv4/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 思量するを性とも相とも為す] (6) 四の煩悩と常に倶なり 謂わく我癡と我見と 并びに[[w:我慢|我慢]]と我愛となり 及び余と触等と倶なり (7) 有覆無記に摂めらる 所生に随って繋せらる 阿羅漢と滅定と 出世道とには有ること無し (8) 次の第三能変は {{r|差別|しゃべつ}}なること六種有り 境を了するを性とも相とも為す 善と不善と倶非となり (9) 此の心所は遍行と 別境と善と煩悩と 随煩悩と不定となり 皆三の受と相応す (10) 初の遍行とは触等なり 次の別境とは謂わく欲と 勝解と念と定と慧となり 所縁の事不同なり (11) 善とは謂わく信と慚と愧と 無貪等の三根と 勤と安と不放逸と 行捨と及び不害となり (12) 煩悩とは謂わく[[w:貪|貪]]と[[w:瞋|瞋]]と [[w:癡|癡]]と[[w:慢|慢]]と[[w:疑|疑]]と[[w:悪見|悪見]]となり 随煩悩とは謂わく[[w:忿|忿]]と [[w:恨|恨]]と[[w:覆|覆]]と[[w:悩|悩]]と[[w:嫉|嫉]]と[[w:慳|慳]]と (13) [[w:誑|誑]]と[[w:諂|諂]]と[[w:害|害]]と[[w:驕|憍]]と [[w:無慚|無慚]]と及び[[w:無愧|無愧]]と [[w:掉挙|掉挙]]と[[w:昏沈|惛沈]]と [[w:不信|不信]]と并びに[[w:懈怠|懈怠]]と (14) 放逸と及び失念と 散乱と不正知となり [[w:不定|不定]]とは謂わく悔と眠と 尋と伺との二に各二あり (15) 根本識に{{r|依止|えじ}}す 五識は縁に随って現じ 或は{{r|倶|とも}}なり或は倶ならず 濤波の水に依るが如し (16) 意識は常に現起す 無想天に生じたると 及び無心の二定と 睡眠と悶絶とを除く (17) 是の諸の識転変して 分別たり所分別たり 此に由りて彼は皆無し 故に一切唯識のみなり (18) 一切種識の 是の如く是の如く変するに由りて {{r|展転|ちんでん}}する力を以ての故に 彼彼の分別生ず (19) 諸の業の{{r|習気|じっけ}}と 二取の習気と倶なるに由りて 前の異熟既に尽きぬれば {{r|復|また}}余の異熟を生ず (20) 彼彼の遍計に由りて 種種の物を{{r|遍計|へんげ}}す 此の遍計所執の 自性は所有無し (21) 依他起の自性の 分別は縁に生ぜらる 円成実は彼が{{r|於|うえ}}に 常に前のを遠離せる性なり (22) 故に此は依他と 異にも非ず不異にも非ず 無常等の性の如し 此を見ずして彼をみるものには非ず (23) 即ち此の三性に依りて 彼の三無性を立つ 故に仏密意をもって 一切の法は性無しと説きたまう (24) 初のは即ち相無性 次のは無自然の性 後のは前の 所執の我法を遠離せるに由る性なり (25) 此れは諸法の勝義なり 亦は即ち是れ真如なり 常如にして其の性たるが故に 即ち唯識の実性なり (26) 乃し識を起して 唯識の性に住せんと求めざるに至るまでは 二取の随眠に於て 猶未だ伏し滅すること能わず (27) 前に少物を立てて 是れ唯識の性なりと謂えり 所得有るを以ての故に 実に唯識に住するに非ず (28) 若し時に所縁の於に 智都て所得無くなんぬ 爾の時に唯識に住す 二取の相を離れるるが故に (29) 無得なり不思議なり 是れ出世間の智なり 二の{{r|麤重|そじゅう}}を捨するが故に 便ち転依を証得す (30) 此は即ち無漏界なり 不思議なり善なり常なり 安楽なり解脱身なり 大牟尼なるを法と名づく 已に聖教と及び正理とに依りて 唯識の性と相との義を分別しつ 所獲の功徳をもって群生に施す 願わくは共に速に無上覚を證せん == 参考文献 == * 安田理深 著、安田理深選集編纂委員会 編『安田理深選集』第二巻、文栄堂書店、1985年。 {{DEFAULTSORT:ゆいしきさんしゆうしゆ}} [[Category:仏教]] {{PD-old}} s8k18es65x6nl110fxstlu7w06uqfjd 239996 239994 2026-04-11T12:56:48Z 中村忠司 42996 239996 wikitext text/x-wiki {{Header |title=唯識三十頌 |author=世親 |translator=玄奘 |year= |notes= * [[w:世親|世親菩薩]]造 ** [[w:唐朝|大唐]][[w:三蔵法師|三蔵法師]][[w:玄奘|玄奘]]奉詔訳 }} == 白文 == [https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%AD%98%E4%B8%89%E5%8D%81%E9%A0%8C 唯識三十頌]                  [https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E8%A6%AA 世親]菩薩造 稽首唯識性 満分清浄者 我今釈彼説 利楽諸有情 由假説我法 有種種相轉 彼依識所變 此能變唯三 謂異熟思量 及了別境識 初阿頼耶識 異熟一切種 不可知執受 處了常與觸 作意受想思 相應唯捨受 是無覆無記 觸等亦如是 恒轉如暴流 阿羅漢位捨 次第二能變 是識名末那 依彼轉縁彼 思量爲性相 四煩惱常倶 謂我癡我見 并我慢我愛 及餘觸等倶 有覆無記攝 隨所生所繋 阿羅漢滅定 出世道無有 次第三能變 差別有六種 了境爲性相 善不善倶非 此心所遍行 別境善煩惱 隨煩惱不定 皆三受相應 初遍行觸等 次別境謂欲 勝解念定慧 所縁事不同 善謂信慚愧 無貪等三根 勤安不放逸 行捨及不害 煩惱謂貪瞋 癡慢疑惡見 隨煩惱謂忿 恨覆惱嫉慳 誑諂與害憍 無慚及無愧 掉擧與惛沈 不信并懈怠 放逸及失念 散亂不正知 不定謂悔眠 尋伺二各二 依止根本識 五識隨縁現 或倶或不倶 如濤波依水 意識常現起 除生無想天 及無心二定 睡眠與悶絶 是諸識轉變 分別所分別 由此彼皆無 故一切唯識 由一切種識 如是如是變 以展轉力故 彼彼分別生 由諸業習氣 二取習氣倶 前異熟既盡 復生餘異熟 由彼彼遍計 遍計種種物 此遍計所執 自性無所有 依他起自性 分別縁所生 圓成實於彼 常遠離前性 故此與依他 非異非不異 如無常等性 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[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu3/s3-2-2.htm 相応]す唯し捨[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu3/s3-2-3.htm 受]のみなり (4) 是れ[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu4/s4-2-1.htm 無覆][http://{{Header%20|title=唯識三十頌%20|author=世親%20|translator=玄奘%20|year=%20|notes=%20*%20%5B%5Bw:世親|世親菩薩%5D%5D造%20**%20%5B%5Bw:唐朝|大唐%5D%5D%5B%5Bw:三蔵法師|三蔵法師%5D%5D%5B%5Bw:玄奘|玄奘%5D%5D奉詔訳%20}}%20==%20白文%20==%20%5Bhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%A 無記]なり 触等も亦是の如し 恒に転ずること暴流の如し [[w:阿羅漢|阿羅漢]]の[https://docs.google.com/document/d/1uKJxces47ecZArL7KXwauB7LNYxoZsEG/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 位に捨す] (5) 次のは[https://docs.google.com/document/d/1R7leH8u2YkJ_Bwy6uDX3t98RqfdfiFv4/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 第二能変]なり 是の識を[[w:末那識|末那]]と名づく [https://docs.google.com/document/d/1JIj2DDtdDYITfJhFZgJRDZL-ycW3nab1/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 彼に依りて転じて彼を縁ず][https://docs.google.com/document/d/1R7leH8u2YkJ_Bwy6uDX3t98RqfdfiFv4/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 思量するを性とも相とも為す] (6) 四の煩悩と常に倶なり 謂わく我癡と我見と 并びに[[w:我慢|我慢]]と我愛となり 及び余と触等と倶なり (7) 有覆無記に摂めらる 所生に随って繋せらる 阿羅漢と滅定と 出世道とには有ること無し (8) 次の第三能変は {{r|差別|しゃべつ}}なること六種有り 境を了するを性とも相とも為す 善と不善と倶非となり (9) 此の心所は遍行と 別境と善と煩悩と 随煩悩と不定となり 皆三の受と相応す (10) 初の遍行とは触等なり 次の別境とは謂わく欲と 勝解と念と定と慧となり 所縁の事不同なり (11) 善とは謂わく信と慚と愧と 無貪等の三根と 勤と安と不放逸と 行捨と及び不害となり (12) 煩悩とは謂わく[[w:貪|貪]]と[[w:瞋|瞋]]と [[w:癡|癡]]と[[w:慢|慢]]と[[w:疑|疑]]と[[w:悪見|悪見]]となり 随煩悩とは謂わく[[w:忿|忿]]と [[w:恨|恨]]と[[w:覆|覆]]と[[w:悩|悩]]と[[w:嫉|嫉]]と[[w:慳|慳]]と (13) [[w:誑|誑]]と[[w:諂|諂]]と[[w:害|害]]と[[w:驕|憍]]と [[w:無慚|無慚]]と及び[[w:無愧|無愧]]と [[w:掉挙|掉挙]]と[[w:昏沈|惛沈]]と [[w:不信|不信]]と并びに[[w:懈怠|懈怠]]と (14) 放逸と及び失念と 散乱と不正知となり [[w:不定|不定]]とは謂わく悔と眠と 尋と伺との二に各二あり (15) 根本識に{{r|依止|えじ}}す 五識は縁に随って現じ 或は{{r|倶|とも}}なり或は倶ならず 濤波の水に依るが如し (16) 意識は常に現起す 無想天に生じたると 及び無心の二定と 睡眠と悶絶とを除く (17) 是の諸の識転変して 分別たり所分別たり 此に由りて彼は皆無し 故に一切唯識のみなり (18) 一切種識の 是の如く是の如く変するに由りて {{r|展転|ちんでん}}する力を以ての故に 彼彼の分別生ず (19) 諸の業の{{r|習気|じっけ}}と 二取の習気と倶なるに由りて 前の異熟既に尽きぬれば {{r|復|また}}余の異熟を生ず (20) 彼彼の遍計に由りて 種種の物を{{r|遍計|へんげ}}す 此の遍計所執の 自性は所有無し (21) 依他起の自性の 分別は縁に生ぜらる 円成実は彼が{{r|於|うえ}}に 常に前のを遠離せる性なり (22) 故に此は依他と 異にも非ず不異にも非ず 無常等の性の如し 此を見ずして彼をみるものには非ず (23) 即ち此の三性に依りて 彼の三無性を立つ 故に仏密意をもって 一切の法は性無しと説きたまう (24) 初のは即ち相無性 次のは無自然の性 後のは前の 所執の我法を遠離せるに由る性なり (25) 此れは諸法の勝義なり 亦は即ち是れ真如なり 常如にして其の性たるが故に 即ち唯識の実性なり (26) 乃し識を起して 唯識の性に住せんと求めざるに至るまでは 二取の随眠に於て 猶未だ伏し滅すること能わず (27) 前に少物を立てて 是れ唯識の性なりと謂えり 所得有るを以ての故に 実に唯識に住するに非ず (28) 若し時に所縁の於に 智都て所得無くなんぬ 爾の時に唯識に住す 二取の相を離れるるが故に (29) 無得なり不思議なり 是れ出世間の智なり 二の{{r|麤重|そじゅう}}を捨するが故に 便ち転依を証得す (30) 此は即ち無漏界なり 不思議なり善なり常なり 安楽なり解脱身なり 大牟尼なるを法と名づく 已に聖教と及び正理とに依りて 唯識の性と相との義を分別しつ 所獲の功徳をもって群生に施す 願わくは共に速に無上覚を證せん == 参考文献 == * 安田理深 著、安田理深選集編纂委員会 編『安田理深選集』第二巻、文栄堂書店、1985年。 {{DEFAULTSORT:ゆいしきさんしゆうしゆ}} [[Category:仏教]] {{PD-old}} giumphy35lxx42cwysrt8yzyab6f4a8 240002 239996 2026-04-11T14:41:18Z 中村忠司 42996 240002 wikitext text/x-wiki {{Header |title=唯識三十頌 |author=世親 |translator=玄奘 |year= |notes= * [[w:世親|世親菩薩]]造 ** 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[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%AD%98%E4%B8%89%E5%8D%81%E9%A0%8C 唯識三十頌]                  世親菩薩造 唯識性において満に分に清浄なる者を稽首す 我れ今彼の説を釈し諸の有情を利楽せん (1) 仮に由りて我法と説く 種種の相転すること有り 彼れは[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu3.htm 識所変]に依る 此れが[https://ameblo.jp/yk19610402/entry-12666859155.html 能変]は唯三のみなり (2) 謂わく[https://docs.google.com/document/d/1okX2om-SI2gucvPP9AU2BG40iHRUon0p/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 異熟]と[https://ameblo.jp/yk19610402/entry-12754638847.html 思量と 及び了別境]との[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E8%AD%98 識]なり 初めのは[[w:阿頼耶識|阿頼耶識]]なり 異熟なり[https://ameblo.jp/yk19610402/entry-12876559441.html 一切種]なり (3) 不可知の執受と 処と了]となり常に触と 作意と受と想と思と [https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu3/s3-2-2.htm 相応]す唯し捨[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu3/s3-2-3.htm 受]のみなり (4) 是れ[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu4/s4-2-1.htm 無覆][http://{{Header%20|title=唯識三十頌%20|author=世親%20|translator=玄奘%20|year=%20|notes=%20*%20%5B%5Bw:世親|世親菩薩%5D%5D造%20**%20%5B%5Bw:唐朝|大唐%5D%5D%5B%5Bw:三蔵法師|三蔵法師%5D%5D%5B%5Bw:玄奘|玄奘%5D%5D奉詔訳%20}}%20==%20白文%20==%20%5Bhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%A 無記]なり 触等も亦是の如し 恒に転ずること暴流の如し [[w:阿羅漢|阿羅漢]]の[https://docs.google.com/document/d/1uKJxces47ecZArL7KXwauB7LNYxoZsEG/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 位に捨す] (5) 次のは[https://docs.google.com/document/d/1R7leH8u2YkJ_Bwy6uDX3t98RqfdfiFv4/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 第二能変]なり 是の識を[[w:末那識|末那]]と名づく [https://docs.google.com/document/d/1JIj2DDtdDYITfJhFZgJRDZL-ycW3nab1/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 彼に依りて転じて彼を縁ず][https://docs.google.com/document/d/1R7leH8u2YkJ_Bwy6uDX3t98RqfdfiFv4/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 思量するを性とも相とも為す] (6) 四の煩悩と常に倶なり 謂わく我癡と我見と 并びに[[w:我慢|我慢]]と我愛となり 及び余と触等と倶なり (7) 有覆無記に摂めらる 所生に随って繋せらる 阿羅漢と滅定と 出世道とには有ること無し (8) 次の第三能変は {{r|差別|しゃべつ}}なること六種有り 境を了するを性とも相とも為す 善と不善と倶非となり (9) 此の心所は遍行と 別境と善と煩悩と 随煩悩と不定となり 皆三の受と相応す (10) 初の遍行とは触等なり 次の別境とは謂わく欲と 勝解と念と定と慧となり 所縁の事不同なり (11) 善とは謂わく信と慚と愧と 無貪等の三根と 勤と安と不放逸と 行捨と及び不害となり (12) 煩悩とは謂わく[[w:貪|貪]]と[[w:瞋|瞋]]と [[w:癡|癡]]と[[w:慢|慢]]と[[w:疑|疑]]と[[w:悪見|悪見]]となり 随煩悩とは謂わく[[w:忿|忿]]と [[w:恨|恨]]と[[w:覆|覆]]と[[w:悩|悩]]と[[w:嫉|嫉]]と[[w:慳|慳]]と (13) [[w:誑|誑]]と[[w:諂|諂]]と[[w:害|害]]と[[w:驕|憍]]と [[w:無慚|無慚]]と及び[[w:無愧|無愧]]と [[w:掉挙|掉挙]]と[[w:昏沈|惛沈]]と [[w:不信|不信]]と并びに[[w:懈怠|懈怠]]と (14) 放逸と及び失念と 散乱と不正知となり [[w:不定|不定]]とは謂わく悔と眠と 尋と伺との二に各二あり (15) 根本識に{{r|依止|えじ}}す 五識は縁に随って現じ 或は{{r|倶|とも}}なり或は倶ならず 濤波の水に依るが如し (16) 意識は常に現起す 無想天に生じたると 及び無心の二定と 睡眠と悶絶とを除く (17) 是の諸の識転変して 分別たり所分別たり 此に由りて彼は皆無し 故に一切唯識のみなり (18) 一切種識の 是の如く是の如く変するに由りて {{r|展転|ちんでん}}する力を以ての故に 彼彼の分別生ず (19) 諸の業の{{r|習気|じっけ}}と 二取の習気と倶なるに由りて 前の異熟既に尽きぬれば {{r|復|また}}余の異熟を生ず (20) 彼彼の遍計に由りて 種種の物を{{r|遍計|へんげ}}す 此の遍計所執の 自性は所有無し (21) 依他起の自性の 分別は縁に生ぜらる 円成実は彼が{{r|於|うえ}}に 常に前のを遠離せる性なり (22) 故に此は依他と 異にも非ず不異にも非ず 無常等の性の如し 此を見ずして彼をみるものには非ず (23) 即ち此の三性に依りて 彼の三無性を立つ 故に仏密意をもって 一切の法は性無しと説きたまう (24) 初のは即ち相無性 次のは無自然の性 後のは前の 所執の我法を遠離せるに由る性なり (25) 此れは諸法の勝義なり 亦は即ち是れ真如なり 常如にして其の性たるが故に 即ち唯識の実性なり (26) 乃し識を起して 唯識の性に住せんと求めざるに至るまでは 二取の随眠に於て 猶未だ伏し滅すること能わず (27) 前に少物を立てて 是れ唯識の性なりと謂えり 所得有るを以ての故に 実に唯識に住するに非ず (28) 若し時に所縁の於に 智都て所得無くなんぬ 爾の時に唯識に住す 二取の相を離れるるが故に (29) 無得なり不思議なり 是れ出世間の智なり 二の{{r|麤重|そじゅう}}を捨するが故に 便ち転依を証得す (30) 此は即ち無漏界なり 不思議なり善なり常なり 安楽なり解脱身なり 大牟尼なるを法と名づく 已に聖教と及び正理とに依りて 唯識の性と相との義を分別しつ 所獲の功徳をもって群生に施す 願わくは共に速に無上覚を證せん == 参考文献 == * 安田理深 著、安田理深選集編纂委員会 編『安田理深選集』第二巻、文栄堂書店、1985年。 {{DEFAULTSORT:ゆいしきさんしゆうしゆ}} [[Category:仏教]] {{PD-old}} 5yi26edei291nlognyk3oovexey622e 240003 240002 2026-04-11T14:43:33Z 中村忠司 42996 240003 wikitext text/x-wiki {{Header |title=唯識三十頌 |author=世親 |translator=玄奘 |year= |notes= * [[w:世親|世親菩薩]]造 ** [[w:唐朝|大唐]][[w:三蔵法師|三蔵法師]][[w:玄奘|玄奘]]奉詔訳 }} == 白文 == [https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%AD%98%E4%B8%89%E5%8D%81%E9%A0%8C 唯識三十頌]                  [https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E8%A6%AA 世親]菩薩造 稽首唯識性 満分清浄者 我今釈彼説 利楽諸有情 由假説我法 有種種相轉 彼依識所變 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謂わく[https://docs.google.com/document/d/1okX2om-SI2gucvPP9AU2BG40iHRUon0p/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 異熟]と[https://ameblo.jp/yk19610402/entry-12754638847.html 思量と 及び了別境]との[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E8%AD%98 識]なり 初めのは[[w:阿頼耶識|阿頼耶識]]なり 異熟なり[https://ameblo.jp/yk19610402/entry-12876559441.html 一切種]なり (3) 不可知の執受と 処と了となり常に触と 作意と受と想と思と [https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu3/s3-2-2.htm 相応]す唯し捨[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu3/s3-2-3.htm 受]のみなり (4) 是れ[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu4/s4-2-1.htm 無覆][http://{{Header%20|title=唯識三十頌%20|author=世親%20|translator=玄奘%20|year=%20|notes=%20*%20%5B%5Bw:世親|世親菩薩%5D%5D造%20**%20%5B%5Bw:唐朝|大唐%5D%5D%5B%5Bw:三蔵法師|三蔵法師%5D%5D%5B%5Bw:玄奘|玄奘%5D%5D奉詔訳%20}}%20==%20白文%20==%20%5Bhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%A 無記]なり 触等も亦是の如し 恒に転ずること暴流の如し 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異熟なり[https://ameblo.jp/yk19610402/entry-12876559441.html 一切種]なり (3) 不可知の執受と 処と了となり常に触と 作意と受と想と思と [https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu3/s3-2-2.htm 相応]す唯し捨[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu3/s3-2-3.htm 受]のみなり (4) 是れ[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu4/s4-2-1.htm 無覆]無記なり 触等も亦是の如し 恒に転ずること暴流の如し [[w:阿羅漢|阿羅漢]]の[https://docs.google.com/document/d/1uKJxces47ecZArL7KXwauB7LNYxoZsEG/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 位に捨す] (5) 次のは[https://docs.google.com/document/d/1R7leH8u2YkJ_Bwy6uDX3t98RqfdfiFv4/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 第二能変]なり 是の識を[[w:末那識|末那]]と名づく [https://docs.google.com/document/d/1JIj2DDtdDYITfJhFZgJRDZL-ycW3nab1/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 彼に依りて転じて彼を縁ず][https://docs.google.com/document/d/1R7leH8u2YkJ_Bwy6uDX3t98RqfdfiFv4/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 思量するを性とも相とも為す] (6) 四の煩悩と常に倶なり 謂わく我癡と我見と 并びに[[w:我慢|我慢]]と我愛となり 及び余と触等と倶なり (7) 有覆無記に摂めらる 所生に随って繋せらる 阿羅漢と滅定と 出世道とには有ること無し (8) 次の第三能変は {{r|差別|しゃべつ}}なること六種有り 境を了するを性とも相とも為す 善と不善と倶非となり (9) 此の心所は遍行と 別境と善と煩悩と 随煩悩と不定となり 皆三の受と相応す (10) 初の遍行とは触等なり 次の別境とは謂わく欲と 勝解と念と定と慧となり 所縁の事不同なり (11) 善とは謂わく信と慚と愧と 無貪等の三根と 勤と安と不放逸と 行捨と及び不害となり (12) 煩悩とは謂わく[[w:貪|貪]]と[[w:瞋|瞋]]と [[w:癡|癡]]と[[w:慢|慢]]と[[w:疑|疑]]と[[w:悪見|悪見]]となり 随煩悩とは謂わく[[w:忿|忿]]と [[w:恨|恨]]と[[w:覆|覆]]と[[w:悩|悩]]と[[w:嫉|嫉]]と[[w:慳|慳]]と (13) [[w:誑|誑]]と[[w:諂|諂]]と[[w:害|害]]と[[w:驕|憍]]と [[w:無慚|無慚]]と及び[[w:無愧|無愧]]と [[w:掉挙|掉挙]]と[[w:昏沈|惛沈]]と [[w:不信|不信]]と并びに[[w:懈怠|懈怠]]と (14) 放逸と及び失念と 散乱と不正知となり [[w:不定|不定]]とは謂わく悔と眠と 尋と伺との二に各二あり (15) 根本識に{{r|依止|えじ}}す 五識は縁に随って現じ 或は{{r|倶|とも}}なり或は倶ならず 濤波の水に依るが如し (16) 意識は常に現起す 無想天に生じたると 及び無心の二定と 睡眠と悶絶とを除く (17) 是の諸の識転変して 分別たり所分別たり 此に由りて彼は皆無し 故に一切唯識のみなり (18) 一切種識の 是の如く是の如く変するに由りて {{r|展転|ちんでん}}する力を以ての故に 彼彼の分別生ず (19) 諸の業の{{r|習気|じっけ}}と 二取の習気と倶なるに由りて 前の異熟既に尽きぬれば {{r|復|また}}余の異熟を生ず (20) 彼彼の遍計に由りて 種種の物を{{r|遍計|へんげ}}す 此の遍計所執の 自性は所有無し (21) 依他起の自性の 分別は縁に生ぜらる 円成実は彼が{{r|於|うえ}}に 常に前のを遠離せる性なり (22) 故に此は依他と 異にも非ず不異にも非ず 無常等の性の如し 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[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E8%A6%AA 世親]菩薩造 稽首唯識性 満分清浄者 我今釈彼説 利楽諸有情 由假説我法 有種種相轉 彼依識所變 此能變唯三 謂異熟思量 及了別境識 初阿頼耶識 異熟一切種 不可知執受 處了常與觸 作意受想思 相應唯捨受 是無覆無記 觸等亦如是 恒轉如暴流 阿羅漢位捨 次第二能變 是識名末那 依彼轉縁彼 思量爲性相 四煩惱常倶 謂我癡我見 并我慢我愛 及餘觸等倶 有覆無記攝 隨所生所繋 阿羅漢滅定 出世道無有 次第三能變 差別有六種 了境爲性相 善不善倶非 此心所遍行 別境善煩惱 隨煩惱不定 皆三受相應 初遍行觸等 次別境謂欲 勝解念定慧 所縁事不同 善謂信慚愧 無貪等三根 勤安不放逸 行捨及不害 煩惱謂貪瞋 癡慢疑惡見 隨煩惱謂忿 恨覆惱嫉慳 誑諂與害憍 無慚及無愧 掉擧與惛沈 不信并懈怠 放逸及失念 散亂不正知 不定謂悔眠 尋伺二各二 依止根本識 五識隨縁現 或倶或不倶 如濤波依水 意識常現起 除生無想天 及無心二定 睡眠與悶絶 是諸識轉變 分別所分別 由此彼皆無 故一切唯識 由一切種識 如是如是變 以展轉力故 彼彼分別生 由諸業習氣 二取習氣倶 前異熟既盡 復生餘異熟 由彼彼遍計 遍計種種物 此遍計所執 自性無所有 依他起自性 分別縁所生 圓成實於彼 常遠離前性 故此與依他 非異非不異 如無常等性 非不見此彼 即依此三性 立彼三無性 故佛密意説 一切法無性 初即相無性 次無自然性 後由遠離前 所執我法性 此諸法勝義 亦即是眞如 常如其性故 即唯識實性 乃至未起識 求住唯識性 於二取隨眠 猶未能伏滅 現前立少物 謂是唯識性 以有所得故 非實住唯識 若時於所縁 智都無所得 爾時住唯識 離二取相故 無得不思議 是出世間智 捨二麤重故 便證得轉依 此即無漏界 不思議善常 安樂解脱身 大牟尼名法 已依聖教及正理 分別唯識性相義 所獲功德施群生 願共速證無上覺 == 訓読文 == [https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%AD%98%E4%B8%89%E5%8D%81%E9%A0%8C 唯識三十頌]                  世親菩薩造 唯識性において満に分に清浄なる者を稽首す 我れ今彼の説を釈し諸の有情を利楽せん (1) 仮に由りて我法と説く 種種の相転すること有り 彼れは識所変に依る 此れが[https://ameblo.jp/yk19610402/entry-12666859155.html 能変]は唯三のみなり (2) 謂わく[https://docs.google.com/document/d/1okX2om-SI2gucvPP9AU2BG40iHRUon0p/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 異熟]と[https://ameblo.jp/yk19610402/entry-12754638847.html 思量と 及び了別境]との[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E8%AD%98 識]なり 初めのは[[w:阿頼耶識|阿頼耶識]]なり 異熟なり一切種なり (3) 不可知の執受と 処と了となり常に触と 作意と受と想と思と [https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu3/s3-2-2.htm 相応]す唯し捨[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu3/s3-2-3.htm 受]のみなり (4) 是れ[https://junsoyo.on.coocan.jp/yuisiki/sanjuu4/s4-2-1.htm 無覆]無記なり 触等も亦是の如し 恒に転ずること暴流の如し [[w:阿羅漢|阿羅漢]]の[https://docs.google.com/document/d/1uKJxces47ecZArL7KXwauB7LNYxoZsEG/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 位に捨す] (5) 次のは[https://docs.google.com/document/d/1R7leH8u2YkJ_Bwy6uDX3t98RqfdfiFv4/edit?usp=drivesdk&ouid=114207961955758662076&rtpof=true&sd=true 第二能変]なり 是の識を[[w:末那識|末那]]と名づく 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意識は常に現起す 無想天に生じたると 及び無心の二定と 睡眠と悶絶とを除く (17) 是の諸の識転変して 分別たり所分別たり 此に由りて彼は皆無し 故に一切唯識のみなり (18) 一切種識の 是の如く是の如く変するに由りて {{r|展転|ちんでん}}する力を以ての故に 彼彼の分別生ず (19) 諸の業の{{r|習気|じっけ}}と 二取の習気と倶なるに由りて 前の異熟既に尽きぬれば {{r|復|また}}余の異熟を生ず (20) 彼彼の遍計に由りて 種種の物を{{r|遍計|へんげ}}す 此の遍計所執の 自性は所有無し (21) 依他起の自性の 分別は縁に生ぜらる 円成実は彼が{{r|於|うえ}}に 常に前のを遠離せる性なり (22) 故に此は依他と 異にも非ず不異にも非ず 無常等の性の如し 此を見ずして彼をみるものには非ず (23) 即ち此の三性に依りて 彼の三無性を立つ 故に仏密意をもって 一切の法は性無しと説きたまう (24) 初のは即ち相無性 次のは無自然の性 後のは前の 所執の我法を遠離せるに由る性なり (25) 此れは諸法の勝義なり 亦は即ち是れ真如なり 常如にして其の性たるが故に 即ち唯識の実性なり (26) 乃し識を起して 唯識の性に住せんと求めざるに至るまでは 二取の随眠に於て 猶未だ伏し滅すること能わず (27) 前に少物を立てて 是れ唯識の性なりと謂えり 所得有るを以ての故に 実に唯識に住するに非ず (28) 若し時に所縁の於に 智都て所得無くなんぬ 爾の時に唯識に住す 二取の相を離れるるが故に (29) 無得なり不思議なり 是れ出世間の智なり 二の{{r|麤重|そじゅう}}を捨するが故に 便ち転依を証得す (30) 此は即ち無漏界なり 不思議なり善なり常なり 安楽なり解脱身なり 大牟尼なるを法と名づく 已に聖教と及び正理とに依りて 唯識の性と相との義を分別しつ 所獲の功徳をもって群生に施す 願わくは共に速に無上覚を證せん == 参考文献 == * 安田理深 著、安田理深選集編纂委員会 編『安田理深選集』第二巻、文栄堂書店、1985年。 {{DEFAULTSORT:ゆいしきさんしゆうしゆ}} [[Category:仏教]] {{PD-old}} 14advpsy2kqdwlg2fpytnsuiaf6pwlm 240066 240065 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於二取隨眠 猶未能伏滅 現前立少物 謂是唯識性 以有所得故 非實住唯識 若時於所縁 智都無所得 爾時住唯識 離二取相故 無得不思議 是出世間智 捨二麤重故 便證得轉依 此即無漏界 不思議善常 安樂解脱身 大牟尼名法 已依聖教及正理 分別唯識性相義 所獲功德施群生 願共速證無上覺 == 訓読文 == [https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%AD%98%E4%B8%89%E5%8D%81%E9%A0%8C 唯識三十頌]                  世親菩薩造 唯識性において満に分に清浄なる者を稽首す 我れ今彼の説を釈し諸の有情を利楽せん (1) 仮に由りて我法と説く 種種の相転すること有り 彼れは識所変に依る 此れが能変は唯三のみなり (2) 謂わく異熟と思量と 及び了別境との識なり 初めのは[[w:阿頼耶識|阿頼耶識]]なり 異熟なり一切種なり (3) 不可知の執受と 処と了となり常に触と 作意と受と想と思と相応す唯し捨受のみなり (4) 是れ無覆無記なり 触等も亦是の如し 恒に転ずること暴流の如し [[w:阿羅漢|阿羅漢]]の位に捨す (5) 次のは第二能変なり 是の識を[[w:末那識|末那]]と名づく 彼に依りて転じて彼を縁ず思量するを性とも相とも為す (6) 四の煩悩と常に倶なり 謂わく我癡と我見と 并びに[[w:我慢|我慢]]と我愛となり 及び余と触等と倶なり (7) 有覆無記に摂めらる 所生に随って繋せらる 阿羅漢と滅定と 出世道とには有ること無し (8) 次の第三能変は {{r|差別|しゃべつ}}なること六種有り 境を了するを性とも相とも為す 善と不善と倶非となり (9) 此の心所は遍行と 別境と善と煩悩と 随煩悩と不定となり 皆三の受と相応す (10) 初の遍行とは触等なり 次の別境とは謂わく欲と 勝解と念と定と慧となり 所縁の事不同なり (11) 善とは謂わく信と慚と愧と 無貪等の三根と 勤と安と不放逸と 行捨と及び不害となり (12) 煩悩とは謂わく[[w:貪|貪]]と[[w:瞋|瞋]]と [[w:癡|癡]]と[[w:慢|慢]]と[[w:疑|疑]]と[[w:悪見|悪見]]となり 随煩悩とは謂わく[[w:忿|忿]]と [[w:恨|恨]]と[[w:覆|覆]]と[[w:悩|悩]]と[[w:嫉|嫉]]と[[w:慳|慳]]と (13) [[w:誑|誑]]と[[w:諂|諂]]と[[w:害|害]]と[[w:驕|憍]]と [[w:無慚|無慚]]と及び[[w:無愧|無愧]]と [[w:掉挙|掉挙]]と[[w:昏沈|惛沈]]と [[w:不信|不信]]と并びに[[w:懈怠|懈怠]]と (14) 放逸と及び失念と 散乱と不正知となり [[w:不定|不定]]とは謂わく悔と眠と 尋と伺との二に各二あり (15) 根本識に{{r|依止|えじ}}す 五識は縁に随って現じ 或は{{r|倶|とも}}なり或は倶ならず 濤波の水に依るが如し (16) 意識は常に現起す 無想天に生じたると 及び無心の二定と 睡眠と悶絶とを除く (17) 是の諸の識転変して 分別たり所分別たり 此に由りて彼は皆無し 故に一切唯識のみなり (18) 一切種識の 是の如く是の如く変するに由りて {{r|展転|ちんでん}}する力を以ての故に 彼彼の分別生ず (19) 諸の業の{{r|習気|じっけ}}と 二取の習気と倶なるに由りて 前の異熟既に尽きぬれば {{r|復|また}}余の異熟を生ず (20) 彼彼の遍計に由りて 種種の物を{{r|遍計|へんげ}}す 此の遍計所執の 自性は所有無し (21) 依他起の自性の 分別は縁に生ぜらる 円成実は彼が{{r|於|うえ}}に 常に前のを遠離せる性なり (22) 故に此は依他と 異にも非ず不異にも非ず 無常等の性の如し 此を見ずして彼をみるものには非ず (23) 即ち此の三性に依りて 彼の三無性を立つ 故に仏密意をもって 一切の法は性無しと説きたまう (24) 初のは即ち相無性 次のは無自然の性 後のは前の 所執の我法を遠離せるに由る性なり (25) 此れは諸法の勝義なり 亦は即ち是れ真如なり 常如にして其の性たるが故に 即ち唯識の実性なり (26) 乃し識を起して 唯識の性に住せんと求めざるに至るまでは 二取の随眠に於て 猶未だ伏し滅すること能わず (27) 前に少物を立てて 是れ唯識の性なりと謂えり 所得有るを以ての故に 実に唯識に住するに非ず (28) 若し時に所縁の於に 智都て所得無くなんぬ 爾の時に唯識に住す 二取の相を離れるるが故に (29) 無得なり不思議なり 是れ出世間の智なり 二の{{r|麤重|そじゅう}}を捨するが故に 便ち転依を証得す (30) 此は即ち無漏界なり 不思議なり善なり常なり 安楽なり解脱身なり 大牟尼なるを法と名づく 已に聖教と及び正理とに依りて 唯識の性と相との義を分別しつ 所獲の功徳をもって群生に施す 願わくは共に速に無上覚を證せん == 参考文献 == * 安田理深 著、安田理深選集編纂委員会 編『安田理深選集』第二巻、文栄堂書店、1985年。 {{DEFAULTSORT:ゆいしきさんしゆうしゆ}} [[Category:仏教]] {{PD-old}} dfidr20ry861jkbsdorss9hn28ps1zd Page:小倉進平『南部朝鮮の方言』.djvu/9 250 40053 240009 183533 2026-04-12T02:53:54Z Fish bowl 11761 𲨹 240009 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="3" user="Fish bowl" /></noinclude><h2>凡例</h2> #本書は南部朝鮮に於ける朝鮮語方言の分布狀態を示したものである。 #本書は余が自ら過去十餘年間に亘り南部朝鮮地方の方言を調査したものに就き整理を加へたものである。而して其の調査を行つた地方は次の如くである。 #;忠淸北道 #:淸州、忠州、槐山、鎭川、永同。 #;忠淸南道 #:天安、鳥致院、禮山、𲨹川、海美、洪城、廣川、保寧、藍浦、鴻山、扶餘、公州、江景。 #;全羅北道 #:群山、全州、任實、南原、金堤、井邑、錦山、茂朱。 #;全羅南道 #:光州、玉果、谷城、求禮、順天、光陽、麗水、高興、筏橋、寳城<includeonly>、</includeonly>長興、海南、木浦、咸平、靈光、羅州、長城。 #;慶尙北道 #:大邱、金泉、知禮、尙州、咸昌、聞慶、醴泉、榮州、安東、義城<includeonly>、靑松、</includeonly>盈德、興海、浦項、慶州、永川。<noinclude></noinclude> m0dmb6d6auxd83h8fl0zfsun9tnruu0 240010 240009 2026-04-12T02:59:04Z Fish bowl 11761 {{ママ|𲨹川|沔川}} 240010 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="3" user="Fish bowl" /></noinclude><h2>凡例</h2> #本書は南部朝鮮に於ける朝鮮語方言の分布狀態を示したものである。 #本書は余が自ら過去十餘年間に亘り南部朝鮮地方の方言を調査したものに就き整理を加へたものである。而して其の調査を行つた地方は次の如くである。 #;忠淸北道 #:淸州、忠州、槐山、鎭川、永同。 #;忠淸南道 #:天安、鳥致院、禮山、{{ママ|𲨹川|沔川}}、海美、洪城、廣川、保寧、藍浦、鴻山、扶餘、公州、江景。 #;全羅北道 #:群山、全州、任實、南原、金堤、井邑、錦山、茂朱。 #;全羅南道 #:光州、玉果、谷城、求禮、順天、光陽、麗水、高興、筏橋、寳城<includeonly>、</includeonly>長興、海南、木浦、咸平、靈光、羅州、長城。 #;慶尙北道 #:大邱、金泉、知禮、尙州、咸昌、聞慶、醴泉、榮州、安東、義城<includeonly>、靑松、</includeonly>盈德、興海、浦項、慶州、永川。<noinclude></noinclude> gjzwenpztpebbk5yv22k94c1v00z0ta 禮記/鄉飲酒義 0 42192 240048 210182 2026-04-12T07:16:25Z 温厚知新 35206 訳を加筆 240048 wikitext text/x-wiki {{header |title=[[禮記]] |section=鄉飲酒義 |author= |previous=[[禮記/昏義|昏義]] |next=[[禮記/射義|射義]] |notes=訳は、『漢文叢書 第17(礼記)』有朋堂、昭和2年(1927)発行{{NDLJP|1118535|format=short}}{{Commons link|NDL1118535 漢文叢書 第17 (礼記) part4.pdf}}による。※一部の異体字(「&#39725;」など)は平易化しています。{{Textquality|50%}} |edition=yes }} 鄉飲酒之義。主人拜迎賓於庠門之外,入,三揖而後至階,三讓而後升,所以致尊讓也。盥洗揚觶,所以致絜也。拜至,拜洗,拜受,拜送,拜既,所以致敬也。尊讓絜敬也者,君子之所以相接也。君子尊讓則不爭,絜敬則不慢,不慢不爭,則遠於鬬辨矣,不鬬辨則無暴亂之禍矣,斯君子所以免於人禍也,故聖人製之以道。 {{*|訳:{{NDLJP|1118535/343|format=short}} {{r|郷|きやう}}{{r|飮酒|いんしゆ}}の{{r|義|ぎ}}、{{r|主人|しゆじん}}{{r|拜|はい}}して{{r|賓|ひん}}を{{r|庠門|しやうもん}}の{{r|外|そと}}に{{r|迎|むか}}へ、入りて三{{r|揖|いふ}}して而して后{{ママ}}に階 に至る。三{{r|讓|じやう}}して而して后{{ママ}}に{{r|升|のぼ}}る。{{r|尊讓|そんじやう}}を致す所以なり。{{r|盥洗|くわんせん}}して{{r|&#35318;|し}}を{{r|揚|あ}}ぐる は、{{r|&#32092;|けつ}}を致す所以なり。至るを拜し、{{r|洗|せん}}を拜し、拜して受けて、拜して{{r|送|おく}}り、拜 して{{r|既|つく}}すは、{{r|敬|けい}}を致す所以なり。{{r|尊讓|そんじやう}}{{r|&#32092;敬|けつけい}}は、君子の{{r|相|あひ}}{{r|接|せつ}}する所以なり。君子 {{r|尊讓|そんじやう}}すれば則ち爭はず、{{r|&#32092;敬|けつけい}}なれば則ち{{r|慢|まん}}ならず、{{r|慢|まん}}ならず爭はざれば、則ち {{r|闘辨|とうべん}}に遠ざかる。{{r|闘辨|とうべん}}せざれば、則ち{{r|暴亂|ばうらん}}の{{r|禍|くわ}}無し。{{r|斯|こ}}れ君子の人の{{r|禍|わざはひ}}を{{r|免|まぬか}}るゝ 所以なり。故に{{r|聖人|せいじん}}之れを{{r|制|せい}}するに{{r|道|みち}}を以てす。}} 鄉人、士、君子,尊於房戶之間,賓主共之也。尊有玄酒,貴其質也。羞出自東房,主人共之也。洗當東榮,主人之所以自絜,而以事賓也。 {{*|{{r|郷人|きやうじん}}、{{r|士|し}}、{{r|君子|くんし}}、{{r|房戸|ばうこ}}の{{r|間|あひだ}}に {{r|尊|そん}}するは、{{r|賓主|ひんしゆ}}之れを共にするなり。{{r|尊|そん}}に{{r|玄酒|げんしゆ}}あるは、其の{{r|質|しつ}}を{{r|貴|たふと}}ぶなり、{{r|羞|しう}}、 {{r|東房|とうばう}}より{{r|出|い}}づるは、{{r|主人|しゆじん}}之を共にするなり。{{r|洗|せん}}、{{r|東榮|とうえい}}に{{r|當|あた}}るは、主人の{{r|自|みづか}}ら{{r|&#32092;|いさぎよ}}く して以て{{r|賓|ひん}}に{{r|事|つか}}ふる所以なり。}} 賓主象天地也,介僎象陰陽也,三賓象三光也。讓之三也,象月之三日而成魄也。四面之坐,象四時也。 {{*|{{r|賓主|ひんしゆ}}は天地に{{r|象|かたど}}るなり。{{r|介&#20686;|かいじゆん}}は{{r|陰陽|いんやう}}に{{r|象|かたど}}るなり。三{{r|賓|ひん}}は三{{r|光|くわう}}に{{r|象|かたど}}るなり。 {{r|讓|ゆづ}}ることの三たびするは、月の三{{r|日|じつ}}にして{{r|魄|はく}}を成すに{{r|象|かたど}}るなり。四面の坐は四 時に{{r|象|かたど}}るなり。}} 天地嚴凝之氣,始於西南,而盛於西北,此天地之尊嚴氣也,此天地之義氣也。天地溫厚之氣,始於東北,而盛於東南,此天地之盛德氣也,此天地之仁氣也。主人者尊賓,故坐賓於西北,而坐介於西南以輔賓。賓者,接人以義者也,故坐於西北。主人者,接人以德厚者也,故坐於東南。而坐僎於東北,以輔主人也。仁義接,賓主有事,俎豆有數曰聖,聖立而將之以敬,曰禮,禮以體長幼曰德。德也者,得於身也。故曰:「古之學術道者,將以得身也。是故聖人務焉。」 {{*|天地{{r|嚴凝|げんぎよう}}の{{r|氣|き}}、{{r|西南|せいなん}}に{{r|始|はじま}}りて、{{r|西北|せいほく}}に{{r|盛|さか}}んなり。此れ天地の {{r|尊嚴|そんげん}}の{{r|氣|き}}なり。此れ天地の{{r|義氣|ぎき}}なり。天地{{r|温厚|をんこう}}の{{r|氣|き}}、{{r|東北|とうほく}}に始りて、東南に盛ん なり。此れ天地の{{r|盛徳|せいとく}}の氣なり。此れ天地の{{r|仁氣|じんき}}なり。主人は{{r|賓|ひん}}を{{r|尊|たふと}}ぶ。故に {{r|賓|ひん}}を西北に坐せしめて、{{r|介|かい}}を西南に坐せしめ、以て{{r|賓|ひん}}を{{r|輔|たす}}く。{{r|賓|ひん}}は人に{{r|接|せつ}}するに 義を以てする者なり。故に西北に坐す。主人は、人に{{r|接|せつ}}するに{{訳語疑問点範囲|{{r|仁|じん}}を以てし、| date = 2026年4月 | title = 本文に無い語 }}{{r|徳厚|とくこう}} を以てする者なり。故に東南に坐す。而して{{r|&#20686;|じゆん}}を東北に坐せしめて、以て主人を {{r|輔|たす}}くるなり。{{r|仁義|じんぎ}}の{{r|接|せつ}}、{{r|賓主|ひんしゆ}}事あり、{{r|俎豆|そとう}}{{r|數|すう}}あるを{{r|聖|せい}}と曰ふ。{{r|聖|せい}}立つて之れを{{r|將|おこな}} ふに{{r|敬|けい}}を以てするを禮と曰ふ。禮以て{{r|長幼|ちやうえう}}を{{r|體|たい}}するを{{r|徳|とく}}と曰ふ。徳は身に得る なり。故に曰く、{{r|古|いにしへ}}の{{r|術道|じゆつだう}}を{{r|學|まな}}ぶ者は、{{r|將|まさ}}に以て身に得んとするなり。是の故 に{{r|聖人|せいじん}}{{r|務|つと}}む。}} 祭薦、祭酒,敬禮也。嚌肺,嚐禮也。啐酒,成禮也。於席末,言是席之正,非專為飲食也,為行禮也,此所以貴禮而賤財也。卒觶,致實於西階上,言是席之上,非專為飲食也,此先禮而後財之義也。先禮而後財,則民作敬讓而不爭矣。 {{*|{{r|薦|せん}}を{{r|祭|まつ}}り{{r|酒|さけ}}を{{r|祭|まつ}}るは{{r|禮|れい}}を{{r|敬|けい}}するなり。{{r|肺|はい}}を{{r|齊|くら}}{{ママ}}ふは禮を{{r|嘗|な}}むるなり。 {{r|酒|さけ}}を{{r|&#21840;|す}}ふは禮を成すなり。{{r|席末|せきまつ}}に於てするは、言ふこゝろは是の{{r|席|せき}}の{{r|正|せい}}は、{{r|專|もつば}}ら {{r|飮食|いんしよく}}の爲めに{{r|非|あら}}ざるなり。禮を{{r|行|おこな}}ふが爲めなりと。此れ禮を{{r|貴|たふと}}びて{{r|財|ざい}}を{{r|賤|いやし}}む 所以なり。{{r|&#35318;|し}}を{{r|卒|を}}へて{{r|實|じつ}}を{{r|西階|せいかい}}の{{r|上|うへ}}に致すは、言ふところは是の{{r|席|せき}}の{{r|上|うへ}}は、{{r|專|もつぱ}}ら {{r|飮食|いんしよく}}の爲めに非ざるなりと。此れ禮を先にして{{r|財|ざい}}を後にするの義なり。禮を先 にして{{r|財|ざい}}を後にすれば、則ち民、{{r|敬讓|けいじやう}}に{{r|作|な}}して爭はず。}} 鄉飲酒之禮,六十者坐,五十者立侍,以聽政役,所以明尊長也。六十者三豆,七十者四豆,八十者五豆,九十者六豆,所以明養老也。民知尊長養老,而後乃能入孝弟。民入孝弟,出尊長養老,而後成敎,成敎而後國可安也。君子之所謂孝者,非家至而日見之也,合諸鄉射,敎之鄉飲酒之禮,而孝弟之行立矣。 {{*|{{NDLJP|1118535/344|format=short}} {{r|郷|きやう}}{{r|飮酒|いんしゆ}}の{{r|禮|れい}}、六十の者は{{r|坐|ざ}}し、五十の者は立ちて{{r|侍|じ}}し、以て{{r|政役|せいえき}}を聽く。{{r|尊|そん}} {{r|長|ちやう}}を{{r|明|あきら}}かにする{{r|所以|ゆゑん}}なり。六十の者は三{{r|豆|とう}}、七十の者は四{{r|豆|とう}}、八十の者は五{{r|豆|とう}}、 九十の者は六{{r|豆|とう}}、{{r|養老|やうらう}}を{{r|明|あきら}}かにする所以なり。民、{{r|長|ちやう}}を{{r|尊|たふと}}び{{r|老|らう}}を{{r|養|やしな}}ふを知り て、而して后{{ママ}}に乃ち能く入りて{{r|孝弟|かうてい}}なり。民入りては{{r|孝弟|かうてい}}にして、出でては{{r|長|ちやう}}を {{r|尊|たつと}}び{{r|老|らう}}を{{r|養|やしな}}うて、而して后{{ママ}}に{{r|教|をしへ}}を成す、{{r|教|をしへ}}を成して而して后{{ママ}}に{{r|國|くに}}{{r|安|やす}}かる可き なり。君子の{{r|所謂|いはゆる}}{{r|孝|かう}}とは、{{r|家|いへ}}ごとに至りて日に之れを見しむるに{{r|非|あら}}ざるなり。{{r|諸|これ}} を{{r|郷射|きやうしや}}に{{r|合|がつ}}し、之れを{{r|郷|きやう}}{{r|飮酒|いんしゆ}}の{{r|禮|れい}}に{{r|教|をし}}へて、而して{{r|孝弟|かうてい}}の{{r|行|かう}}{{r|立|た}}つなり。}} 孔子曰:「吾觀於鄉,而知王道之易易也。」 {{*|孔 子曰く、吾れ{{r|郷|きやう}}を{{r|觀|み}}て、而して{{r|王道|わうだう}}の{{r|易易|いい}}たるを知るなり。}} 主人親速賓及介,而衆賓自從之。至于門外,主人拜賓及介,而衆賓自入。貴賤之義別矣。 {{*|{{r|主人|しゆじん}}{{r|親|みづか}}ら{{r|賓|ひん}}及び {{r|介|かい}}を{{r|速|よ}}びて、{{r|衆賓|しうひん}}{{r|自|みづか}}ら之れに{{r|從|したが}}ふ。{{r|門外|もんぐわい}}に至れば、主人{{r|賓|ひん}}及び{{r|介|かい}}を拜して、 {{r|衆賓|しうひん}}{{r|自|みづか}}ら入る、{{r|貴賤|きせん}}の{{r|義|ぎ}}{{r|別|あきら}}かなり。}} 三揖至於階,三讓以賓升,拜至、獻、酬、辭讓之節繁。及介省矣。至於衆賓升受,坐祭,立飲,不酢而降。隆殺之義辨矣。 {{*|三{{r|揖|いふ}}して{{r|階|かい}}に至り、三{{r|讓|じやう}}して{{r|賓|ひん}}を以て{{r|升|のぼ}} る、至るを拜して{{r|獻|けん}}{{r|酬|しう}}し、{{r|辭讓|じじやう}}の{{r|節|せつ}}{{r|繁|しげ}}し、{{r|介|かい}}に及びて{{r|省|はぶ}}く。{{r|衆賓|しうひん}}に至りては、{{r|升|のぼ}} りて受け、{{r|坐|ざ}}して{{r|祭|まつ}}り、立ちて{{r|飮|の}}み、{{r|酢|さく}}せずして{{r|降|くだ}}る、{{r|隆殺|りうさい}}の{{r|義|ぎ}}{{r|辨|わか}}る。}} 工入,升歌三終,主人獻之。笙入三終,主人戲之。間歌三終,合樂三終,工告樂備,遂出。一人揚觶,乃立司正焉。知其能和樂而不流也。 {{*|{{r|工|こう}}、入り て{{r|升歌|しようか}}三{{r|終|しゆう}}すれば、主人之れを{{r|獻|けん}}ず。{{r|笙|しやう}}入りて三{{r|終|しゆう}}すれば、主人之れに{{r|獻|けん}}ず、 {{r|間歌|かんか}}三{{r|終|しゆう}}し、{{r|合樂|がふがく}}三{{r|終|しゆう}}し、{{r|工|こう}}、{{r|樂|がく}}{{r|備|そなは}}るを告げて、{{r|遂|つひ}}に出づ。一{{r|人|にん}}、{{r|&#35318;|し}}を{{r|揚|あ}}ぐ、 乃ち{{r|司正|しせい}}を立つ、其の能く{{r|和樂|くわがく}}して{{r|流|りう}}せざるを知るなり。}} 賓酬主人,主人酬介,介酬衆賓,少長以齒,終於沃洗者焉。知其能弟長而無遺矣。 {{*|{{r|賓|ひん}}、主人に{{r|酬|しう}}し、主人、 {{r|介|かい}}に{{r|酬|しう}}し、{{r|介|かい}}、{{r|衆賓|し{{ママ}}ひん}}に{{r|酬|しう}}し、{{r|少長|せうちやう}}、{{r|齒|よはひ}}を以てし、{{r|沃洗者|よくせんしや}}に{{r|終|をは}}る。其能く{{r|弟|てい}}{{r|長|ちやう}}に して{{r|遺|のこ}}すこと無きを知る。}} 降,說屨升坐,修爵無數。飲酒之節,朝不廢朝,莫不廢夕。賓出,主人拜送,節文終遂焉。知其能安燕而不亂也。 {{*|{{r|降|くだ}}りて{{r|&#23656;|く}}を{{r|説|ぬ}}ぎ{{r|升|のぼ}}りて{{r|坐|ざ}}す。{{r|爵|しやく}}を{{r|脩|めぐら}}すこと{{r|數|かず}}なし、 {{r|飮酒|いんしゆ}}の{{r|節|せつ}}、{{r|朝|あした}}に{{r|朝|てう}}を{{r|廢|はい}}せず、{{r|莫|くれ}}に{{r|夕|せき}}を{{r|廢|はい}}せず、{{r|賓|ひん}}出で、{{r|主人|しゆじん}}{{r|拜送|はいそう}}し、{{r|節|せつ}}{{r|文|ぶん}}{{r|終|つひ}}に{{r|遂|と}} ぐ、其の能く{{r|安燕|あんえん}}にして{{r|亂|みだ}}れざるを知るなり。}} 貴賤明,隆殺辨,和樂而不流,弟長而無遺,安燕而不亂,此五行者,足以正身安國矣。彼國安而天下安。故曰:「吾觀於鄉,而知王道之易易也。」 {{*|{{r|貴賤|きせん}}{{r|明|めい}}に、{{r|隆殺|りうさい}}{{r|辨|わか}}ち、{{r|和樂|くわがく}}して{{r|流|りう}} せず、{{r|弟|てい}}{{r|長|ちやう}}にして{{r|遺|のこ}}すことなく、{{r|安燕|あんえん}}にして亂れず、此の五{{r|行|かう}}の者は、以て身を {{r|正|たゞ}}し{{r|國|くに}}を{{r|安|やす}}んずるに{{r|足|た}}る。{{r|彼|か}}れ{{r|國|くに}}{{r|安|やす}}くして天下安し。故に曰く、{{r|吾|わ}}れ{{r|郷|きやう}}を{{r|觀|み}}て、 {{r|王道|わうだう}}の{{r|易易|いい}}たるを知るなり。}} 鄉飲酒之義,立賓以象天,立主以象地,設介僎以象日月,立三賓以象三光。古之制禮也,經之以天地,紀之以日月,參之以三光,政敎之本也。 {{*|{{NDLJP|1118535/346|format=short}} {{r|郷|きやう}}{{r|飮酒|いんしゆ}}の{{r|義|ぎ}}、{{r|賓|ひん}}を立てて以て天に{{r|象|かたど}}り、{{r|主|しゆ}}を立てて以て地に{{r|象|かたど}}り、{{r|介|かい}}{{r|&#20686;|じゆん}}を {{r|設|まう}}けて以て{{r|日月|じつげつ}}に{{r|象|かたど}}り、三{{r|賓|ひん}}を立て以て三{{r|光|くわう}}に{{r|象|かたど}}る。{{r|古|いにしへ}}の{{r|禮|れい}}を{{r|制|せい}}するや、之 を{{r|經|けい}}するに天地を以てし、之を{{r|紀|き}}するに日月を以てし、之を{{r|參|さん}}するに三{{r|光|くわう}}を以て す。{{r|政教|せいけう}}の{{r|本|もと}}なり。}} 亨狗於東方,祖陽氣之發於東方也。洗之在阼,其水在洗東,祖天地之左海也。尊有玄酒,敎民不忘本也。 {{*|{{r|狗|く}}を{{r|東方|とうはう}}に{{r|烹|に}}るは、{{r|陽氣|やうき}}の東方に發するに{{r|祖|のつと}}るなり。{{r|洗|せん}}の {{r|&#38460;|そ}}に在り、其{{r|水|すゐ}}、{{r|洗|せん}}の{{r|東|ひがし}}に在るは、天地の{{r|海|うみ}}を{{r|左|ひだり}}にするに{{r|祖|のつと}}るなり。{{r|尊|そん}}に{{r|玄酒|げんしゆ}} あるは、民に{{r|本|もと}}を{{r|忘|わす}}れざるを{{r|教|をし}}ふるなり。}} 賓必南鄉,東方者春,春之為言蠢也,產萬物者聖也。南方者夏,夏之為言假也,養之,長之,假之,仁也。西方者秋,秋之為言愁也,愁之以時察,守義者也。 北方者冬,冬之為言中也,中者藏也。是以天子之立也,左聖鄉仁,右義偝藏也。介必東鄉,介賓主也。主人必居東方,東方者春,春之為言蠢也,產萬物者也。主人者造之,產萬物者也。月者三日則成魄,三月則成時,是以禮有三讓,建國必立三卿。三賓者,政敎之本,禮之大參也。 {{*|{{r|賓|ひん}}必ず{{r|南郷|なんきやう}}するは、東方は{{r|春|はる}}なり、春 の{{r|言|げん}}たる{{r|蠢|しゆん}}なり。{{r|萬物|ばんもつ}}を{{r|産|さん}}するは{{r|聖|せい}}なり、{{r|南方|なんはう}}は{{r|夏|なつ}}なり、夏の言たる{{r|假|か}}なり、之 を{{r|養|やしな}}ひ之を{{r|長|ちやう}}じ之を{{r|假|おほ}}いにするは{{r|仁|じん}}なり。{{r|西方|せいはう}}は{{r|秋|あき}}なり、{{r|秋|あき}}の{{r|言|げん}}たる{{r|愁|しう}}なり、 之れを{{r|愁|をさ}}むるに時を以てして{{r|察|あきらか}}にするは、義を{{r|守|まも}}るものなり。{{r|北方|ほくばう}}は{{r|冬|ふゆ}}なり、冬 の言たる{{r|中|ちう}}なり、中は{{r|藏|ざう}}なり。是を以て天子の立つや、{{r|聖|せい}}を{{r|左|ひだり}}にして{{r|仁|じん}}に{{r|郷|むか}}ひ、 義を{{r|右|みぎ}}にして{{r|藏|ざう}}に{{r|&#20573;|そむ}}くなり、{{r|介|かい}}必ず{{r|東郷|とうきやう}}するは、{{r|賓主|ひんしゆ}}に{{r|介|かい}}たるなり。{{r|主人|しゆじん}}必ず 東方に居る。東方は春なり、春の言たる{{r|蠢|しゆん}}なり、{{r|萬物|ばんぶつ}}を{{r|産|さん}}する者なり。主人は 之れを{{r|造|つく}}り、萬物を産する者なり。月は三{{r|日|じつ}}にして則ち{{r|魄|はく}}を成し、三{{r|月|げつ}}にして則ち 時を成す。{{r|是|こゝ}}を以て禮に三{{r|讓|じやう}}あり、國を{{r|建|た}}つるに必ず三{{r|卿|けい}}を立つ、三{{r|賓|ぴん}}は{{r|政教|せいけう}}の {{r|本|もと}}、{{r|禮|れい}}の{{r|大參|たいさん}}なり。}} {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{PD-Japan-auto-expired}}}} [[カテゴリ:礼記]] [[Category:漢文叢書]] c42xkprin251ujtp2tqju536be2cpm2 口語訳旧約聖書 目次 0 50050 240011 230993 2026-04-12T03:05:27Z 村田ラジオ 14210 表を加筆。 240011 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|聖書|hide=1}} {{header | title = 口語訳旧約聖書 | section = 目次 | previous = | next = [[口語訳新約聖書 目次]] | year = | 年 = 1955 | override_author = | override_translator = | override_editor = | noauthor = | notes = *底本: 口語訳旧約聖書 (日本聖書協会 1955年版) 目次 {{DEFAULTSORT:こうこやくきゆうやくせいしよ もくし}} [[Category:キリスト教]] [[Category:旧約聖書]] }} {| class="wikitable" |  書名 | 章数 | KJV | ASV | Vulgata |- |001 創世記 | 50 章 |[[s:en:Bible (King James)/Genesis|Genesis]] |[[s:en:Bible (American 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&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212; holgrnhpquyu4x5iipbafqzek5iaxci 利用者:村田ラジオ/sandbox4 2 54234 239997 239970 2026-04-11T13:10:45Z 村田ラジオ 14210 内容の置換:「-キケロ Tusculanæ Disputationes トゥスクルム荘対談集」 239997 wikitext text/x-wiki -キケロ Tusculanæ Disputationes トゥスクルム荘対談集 j3jpnv8khwjknzwphiqss4ju908z4zf 239998 239997 2026-04-11T13:25:49Z 村田ラジオ 14210 トゥスクルム荘対談集05 239998 wikitext text/x-wiki -キケロ Tusculanæ Disputationes トゥスクルム荘対談集 {{Pathnav|Wikisource:宗教|hide=1}} {{header | title = トゥスクルム荘対談集 | section = 第5巻 | previous = [[トゥスクルム荘対談集/第4巻|第4巻]] | next = | year = | 年 = | override_author = [[s:la:Scriptor:Marcus Tullius Cicero|マルクス・トゥッリウス・キケロ]] | override_translator = | override_editor = | noauthor = | notes = *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:とうすくるむそうたいたんしゆう5}} <!-- [[Category:哲学]] [[Category:ローマの哲学]] [[Category:ローマの文学]]--> }} トゥスクルム荘対談集 ==第5巻== ===I.=== [1] ブルータスよ、この5日目でトゥスクルムの討論は終わりを迎える。この日、我々は君が最も賛同する主題について議論した。君が私に大変丁寧に書いてくれた本からも、また君の数々の演説からも、徳があれば幸福な人生を送るのに十分であるということが、君にとって非常に喜ばしいことであることが分かった。運命の様々な苦難のためにこれを証明するのは難しいが、それでもなお、より容易に証明できるように詳しく説明しなければならない。哲学で扱われるすべての事柄の中で、これより真剣で壮大と言えるものはない。[2] なぜなら、哲学の研究に最初に身を捧げた人々を駆り立てたのは、あらゆるものを顧みず、最高の人生の状態の探求に専念することであったからである。彼らは確かに幸福に生きることを望み、その追求に多大な注意と努力を注いだのだ。しかし、もし徳が彼らによって発見され完成されたものであり、また徳が幸福な生活を守るのに十分であるならば、哲学の営みが彼らによって見事に確立され、我々によって着手されたと考えない者がいるだろうか。しかし、もし徳が、様々な不確かな出来事に晒されると運命のしもべとなり、自らを守るほどの強さを持たないならば、幸福な生活を送る希望を徳への信頼に頼るよりも、誓いを果たすことに頼る方が賢明であるように思われるのではないかと危惧する。[3] 実際、運命が私をこれほど強く苦しめた事例を考えると、私自身もこの意見を疑い始め、人類の弱さと脆さを恐れるようになる。なぜなら、自然は我々に弱い肉体を与え、不治の病と耐え難い苦痛を加えただけでなく、肉体の苦痛に順応し、かつそれとは別に自らの苦悩と悩みに囚われる精神も与えたのではないかと危惧するからである。[4] しかし、この点で私は自分を罰している。なぜなら、私は美徳の強さを、自分の美徳からではなく、他人の弱さ、そしておそらくは私たち自身の弱さから考えているからだ。あなたの叔父ブルータスが疑いを晴らした美徳というものがあるとすれば、それは人間に起こりうるあらゆることを支配し、それらを軽蔑し、人間の偶然を軽蔑し、あらゆる過ちから解放され、何事も自分自身のものではないと考える。しかし私たちは、これから起こるであろうあらゆる逆境への恐れによって、物事の現状を嘆くよりも、自分自身の過ちを嘆くことをよりためらっている。 ===II.=== [5] しかし、この過ちとその他すべての悪徳と罪の正しは、哲学から求めなければなりません。私たちの意志と追求が人生の最も早い時期から私たちを駆り立ててきたとき、このような最も深刻な場合、私たちは大嵐に翻弄されながら出発したのと同じ港に逃げ込んできました。ああ、哲学よ、人生の導き手よ、ああ、美徳の探求者であり悪徳の追放者よ! あなたなしに、私たちだけでなく、人類の生活はどうなっていたでしょう。あなたは都市を生み出し、散り散りになった人々を生活の社会に呼び集め、最初は住居によって、次に結婚によって、次に文字と言葉の交わりによって彼らを互いに結びつけ、あなたは法律の発明者であり、道徳と規律の教師でした。私たちはあなたに逃げ、助けを求め、あなたに身を委ねます。以前と同じように、大部分はあなたに、そして今はすべてあなたに。しかし、罪人にとっては、あなたの教えに従って善行を行う者にとって、不死よりも一日の方が望ましいのです。それでは、私たちに人生の安らぎを与え、死の恐怖を取り除いてくださったあなたの力ではなく、誰の力を使うべきでしょうか。[6] そして、哲学は人間の生活にとって称賛されるどころか、多くの人に無視され、非難さえされています。生命の親を非難し、この親殺しで自らを汚し、たとえ知覚能力が劣っていたとしても、恐れるべきものだと非難するほど不敬虔で恩知らずな人がいるでしょうか。しかし、私が思うに、この誤りとこの暗闇は、無学な人々の心に投げかけられた影です。なぜなら、彼らはそれほど昔を振り返ることができず、最初に人々の生活を教えたのは哲学者であったとは考えていないからです。 ===III.=== [7] この非常に古いものを見ると、その名前が新しいものであることは認めざるを得ません。知恵そのものが、事実上だけでなく名前においても古いものであることを誰が否定できるでしょうか。この最も美しい名前は、古代の人々が神と人間の事柄、そしてあらゆるものの始まりと原因についての知識を通して得たものです。したがって、ギリシャ人や私たちの人々によって賢者とみなされ、その名をつけられたのは、リュクルゴスより何世紀も前のことであり、ホメロスはこの都市が建設される前に生きていたと言われ、英雄時代にはすでにオデュッセウスとネストルが賢者とみなされ、また賢者とみなされていたと聞いています。[8] 天の事柄に関する神の知識がなければ、アトラスが空を支えていたとか、プロメテウスがコーカサスに固定されていたとか、星の神ケフェウスが妻、婿、娘とともにいたとか言われることはなかったでしょう。彼らから、物事の考察に学問を捧げたすべての人々が導かれ、賢者と見なされ、賢者と呼ばれ、彼らの名はピタゴラスの時代まで続いた。プラトンの聴衆であり、とりわけ博識なポントスのヘラクレイデスが書いているように、ピタゴラスはフリウスにやって来て、フリウス人の王子レオンテスといくつかの事柄について博識かつ詳細に議論したと言われている。レオンテスはピタゴラスの才能と雄弁さに感嘆し、彼に最も信頼している技術は何かと尋ねたが、ピタゴラスは自分が哲学者である以外に技術を知らなかった。レオンテスはその名前の目新しさに驚き、哲学者とは誰で、他の人々と何が違うのかと尋ねた。[9] しかしピタゴラスは、人間の生活と、ギリシャ全土で最も名声が高く、最も入念な競技の準備を伴う職業は似ているように思えると答えた。肉体を鍛えて王冠の栄光と高貴さを求める者もいれば、利益や利得のために売買に走る者もいた。そして、特に最も高貴な階級の人々は、称賛も利益も求めず、ただ見て、何が行われているのか、どのように行われているのかを注意深く観察するためにやって来た。同様に、我々もまるでどこかの都市から市場にやってきた有名人のように、栄光に仕える者もいれば、金銭に仕える者もいた。しかし、他のすべてを無に等しいと考え、物事の本質を注意深く観察する稀有な人々もいた。彼らは自らを知恵の学生(すなわち哲学者)と呼んだ。そして、そこでは何も得ない人々を観察することが最も寛大であったように、彼らは人生において、あらゆる学問よりも物事の熟考と知識をはるかに優先した。 ===IV.=== [10] ピタゴラスは単にその名前を発明しただけでなく、その事物そのものを説いた人物でもありました。フリアスのこの講義の後、イタリアに来たピタゴラスは、公私ともに偉大なギリシャを、最も優れた制度と芸術で飾りました。その学問については、また別の機会に語るべきでしょう。しかし、古代哲学から、アナクサゴラスの弟子アルケラオスの教えを受けたソクラテスに至るまで、数と運動が扱われ、万物がどこから生じ、どこへ落ちるのか、またそれらから星の大きさ、間隔、軌道、そしてすべての天体について熱心に研究されました。しかし、ソクラテスは哲学を天から地上に呼び下ろし、都市に置き、さらには家庭にまで導入し、人生や道徳、善悪について探求することを強制した最初の人物でした。[11] プラトンの記憶と著作に捧げられた、多様な議論の方法、主題の多様性、そして彼の天才の偉大さは、多くの種類の異論を唱える哲学者を生み出し、私たちは特に彼らから、ソクラテスが用いたと思われる、自分の意見を伏せ、他人の誤りを免罪し、あらゆる議論において真実に最も近いものを追求するという考え方を学んだ。カルネアデスがこの習慣を最も鋭敏かつ豊富に守ってきたので、私たちも他の場所で、そして最近ではトゥスクルムでも、この習慣に従って議論するためにしばしばそれに従った。そして実際、私たちはあなたに4日間の議論を本に書き記して送ったが、5日目に私たちが同じ場所に座って議論した主題は次のとおりであった。 ===V.=== [12] <b>A</b>. 私には、徳だけでは幸福に生きるには十分ではないように思えます。 <b>M</b>. しかし、ヘラクレスにかけて誓いますが、私のブルータスはそう考えているようです。あなたの平和にかけて、彼の判断はあなたの判断よりもはるかに優れていると申し上げたいと思います。 <b>A</b>. 疑いません。今問題なのは、あなたが彼をどれほど愛しているかではなく、彼が私にどう見えたか、彼がどのような人物であるかということです。それについてあなたと議論したいのです。 <b>M</b>. 徳だけでは幸福に生きるには十分ではないと否定するのですか? <b>A</b>. 断固として否定します。 <b>M</b>. 何ですって? 徳は正しく、名誉ある生き方をし、称賛に値する生き方をし、そして最終的には幸福に生きるのに十分だというのですか? <b>A</b>. もちろん十分です。 <b>M</b>. では、あなたは不幸な生き方をしている人を不幸だと呼ばない、あるいはあなたが幸福だと認める人を否定しない、どちらか一方しかできないのですか? <b>A</b>. なぜできないのですか?たとえ苦難の中にあっても、人は正しく、名誉ある生き方をし、称賛に値する生き方をすることができる。そして、それゆえに善く生きることができる。ただし、私が今「善く」と言っていることを理解していただきたい。私が言っているのは、堅実に、厳粛に、賢明に、勇敢に生きるということだ。これらもまた、祝福された人生が目指すことのない拷問台に投げ込まれる。 [13] <b>M</b>. では、どうでしょうか?堅実さ、厳粛さ、不屈の精神、知恵、そしてその他の美徳が拷問者に奪われ、罰も苦痛も拒まないとき、祝福された人生だけが、牢獄の扉と敷居の外に残されるのでしょうか? <b>A</b>. 何かを成し遂げようとするなら、何か新しいものを探し求めなければなりません。これらのものは、広く知られているからというだけでなく、それ以上に、ある種の軽いワインが水に溶かすと価値がなくなるように、ストア派のものは、飲むよりも味わう方が楽しいので、私には全く響かないのです。まるで、美徳の合唱が棚に並べられ、最高の威厳をもって目の前に像を置いたかのようで、祝福された生活が急いでそれらに向かって走ったり、それらを自ら放棄したりすることはないように思われます。[14] しかし、あなたがその美徳の絵やイメージから現実と真実へと心を向けたとき、どんなに長く苦しめられても、人は幸福になれるのかという疑問が露わになります。このため、今、私たちは探求しましょう。しかし、美徳が祝福された生活から除外されていると説明し、不平を言うことを恐れてはいけません。なぜなら、いかなる徳も思慮深さから逃れることはできないとしても、思慮深さ自体が、すべての善人が幸福であるとは限らないことを認識しており、マルクス・アティリウス、クィントゥス・カエピオ、マルクス・アクィリウスについて多くを思い起こし、幸福な人生は、物事そのものではなくイメージを用いることを好むならば、思慮深さ自体が拷問台に向かう試みを抑制し、苦痛や苦悩とは何の関係もないことを否定するからである。 ===VI.=== [15] <b>M</b>. あなたがこのように振る舞うことは、たとえあなたが私との議論の仕方を私に指図するのは不公平だとしても、私は喜んで認めます。しかし、過去数日間で何かが成し遂げられたと考えるか、それとも何も成し遂げられなかったと考えるか、どちらでしょうか。 <b>A</b>. 確かに、ある程度は成し遂げられました。 <b>M</b>. しかし、もしそうであれば、この問題は既に解決済みであり、ほぼ結論に達していると言えるでしょう。 <b>A</b>. どのような点でですか? <b>M</b>. なぜなら、軽率な衝動に駆り立てられ、引きずり込まれる心の乱れや自慢話は、あらゆる理性を退け、幸福な人生のあらゆる要素を奪い去るからです。死や苦痛を恐れながら、誰が不幸でいられるでしょうか。死や苦痛はしばしば身近にあり、苦痛は常に迫り来るものです。もし、同じことが、貧困、不名誉、悪評、弱さ、盲目、あるいは個人ではなく強大な民族にしばしば起こる奴隷制によって恐れられるとしたらどうでしょうか。これらを恐れながら、誰が幸福でいられるでしょうか。 [16] 将来のことを恐れるだけでなく、現在もそれを耐え忍ぶ者は誰でしょうか。これに追放、嘆き、喪失が加わり、これらのことで打ちのめされ、病に倒れる者は、最も惨めではないでしょうか。本当に何でしょうか。欲望に燃え、狂乱し、飽くことなくあらゆるものを貪欲に求め、あらゆる所からより豊かに快楽を引き出し、ますます激しく熱烈に渇望する者を、あなたは正しく最も惨めだと呼ぶのではないでしょうか。何でしょうか。高揚し、軽薄で空虚な喜びに酔いしれ、無謀に身振りをする者は、自分がより幸福であるように見えるほど、より惨めではないでしょうか。したがって、これらの人々が惨めであるように、恐れに怯えることもなく、病に蝕まれることもなく、欲望に駆られることもなく、虚しい喜びが彼らの高揚した倦怠感に満ちた快楽を溶かすこともない祝福された人々もまた、惨めなのです。海の静けさは、そよ風さえ波を揺らさないときに理解されるように、心の穏やかで安らかな状態は、心を揺さぶるものが何もないときに見分けられる。[17] しかし、運命の力、誰にでも起こりうるあらゆる人間の出来事を耐えられるものと考え、そこから恐怖も苦悩も感じず、何も望まず、心の空虚な喜びも与えられない人がいるならば、なぜその人は幸福ではないのだろうか。そして、これらのことが徳によってもたらされるならば、なぜ徳そのものがそれ自体で人々を幸福にしないのだろうか。 ===VII.=== <b>A</b>. しかし、もう一方のことは、何も恐れず、何も悩まず、何も望まず、無力な喜びにとらわれない者は幸福である、としか言いようがありません。その点は認めますが、もう一方のことはもはや完全ではありません。なぜなら、これまでの議論の結果、賢者はあらゆる心の動揺から解放されているという結論に至ったからです。 [18] <b>M</b>. では、確かに問題は解決したようですね。議論は終結したように思われます。 <b>A</b>. ほぼその通りです。 <b>M</b>. しかし、これは数学者のやり方であって、哲学者のやり方ではありません。幾何学者は何かを教えようとする時、以前に教えたことでその主題に関係するものがあれば、それを当然のこととして証明し、これまで何も書かれていないことを説明します。一方、哲学者は、たとえ他の場所で議論されていたとしても、自分が扱っている主題にふさわしいものをすべて集めるのです。もしそうでないなら、ストア派の哲学者は、徳が幸福な人生に十分かどうかと問われたとき、なぜこれほど多くのことを言うのでしょうか。彼に対しては、以前に教えたように、名誉あるもの以外には善いものはない、これが証明されたので、幸福な人生は徳に満足する、そして同様に、これはこのことの結果なので、幸福な人生が徳に満足するならば、名誉あるもの以外には善いものはない、と答えるだけで十分でしょう。[19] しかし、彼らはこのように行動しません。名誉あるものと最高の善についてはそれぞれ別の書物があり、そこから人が幸福に生きるのに十分なほど徳に力があるにもかかわらず、彼らはそれでもこれを別々に行います。なぜなら、それぞれの事柄、特にこのような偉大な事柄は、それ自身の議論と忠告で扱われなければならないからです。注意してください。哲学においてこれほど明確に語られた声はなく、哲学に対してこれほど豊かで大きな約束がなされたことはないと思うかもしれません。彼は何を主張しているのでしょうか。ああ、神々よ!彼の律法に従った者は自らを完璧にし、常に運命に対抗できる武装をし、幸福に生きるためのあらゆる保護を自らの中に備え、常に幸福であったであろう。[20] しかし、私は彼が何をするか見てみよう。今のところ、私は彼が約束するこのことを非常に誇りに思っている。実際、クセルクセスは、あらゆる幸運の報酬と贈り物に満たされ、騎兵隊にも、歩兵隊にも、多数の船にも、無限の重さの金にも満足せず、新たな快楽を見いだす者に報酬を提案した。しかし、彼はそれで満足しなかった。なぜなら、欲望は決して終わることがないからである。我々がこれをより確固として信じることができるような何かをもたらしてくれる者に報酬を与えて彼を誘惑できればいいのだが。 ===VIII.=== [21] <b>A</b>. ぜひそうしたいのですが、少しお伺いしたいことがあります。おっしゃったことのうち、互いに必然的に結びついている点には同意します。つまり、高潔なことが唯一の善であるならば、幸福な人生は徳によって達成される、ということになります。同様に、幸福な人生が徳に基づくものであるならば、徳以外に善は存在しない、ということになります。しかし、あなたのブルータスは、アリストテレスとアンティオコスの権威を根拠に、そうは考えていません。彼は、徳以外にも善が存在すると考えているからです。 <b>M</b>. では、どうお考えですか?私がブルータスに反論するとでもお考えですか? <b>A</b>. どうやらそうお考えのようですね。それは私が決められることではありませんから。 [22] <b>M</b>. では、それぞれの主張の矛盾点を別の箇所でご説明いただけますか?この点については、私がアテナイの皇帝であった頃、アンティオコスと、そして最近ではアリストテレスとも、しばしば意見が食い違っていました。私には、人が苦難の中にいるときに幸福になれるとは思えなかったが、肉体や運命に何らかの苦難があるならば、苦難の中にあっても賢明になれるとは思えた。アンティオコスも多くの箇所でこれらのことを書いており、それ自体で幸福な生活を生み出すことができると言われていたが、それでもそれほど幸福な生活ではなかった。そして、強さ、健康、富、名誉、栄光など、種類で見られるものが多く、数で見られるものではないが、たとえ一部が欠けていても、ほとんどのものが大部分として名付けられている。同様に、幸福な生活も、たとえ一部が欠けていても、それでも大部分としてその名が付けられている。[23] これらのことはあまり一貫して言われているようには思えないが、今説明する必要はない。幸福な人がさらに幸福になるために何が必要なのか私には理解できない(何かが欠けていれば、幸福ですらないのだから)。そして、大部分として一つのものと呼ばれ、考えられていると彼らが言うものは、このように有効な場合である。しかし、三種類の災難があると言われているのだから、二種類の災難に苦しめられ、あらゆる面で不運に見舞われ、肉体があらゆる苦難に苛まれ、痛みで疲れ果てた者は、幸福な人生を送るには程遠いと言えるだろうか。ましてや、最も幸福な人生など到底望めない。 ===IX.=== [24] これはテオフラストスが耐えられなかったことである。鞭打ち、拷問、苦痛、祖国の転覆、追放、喪失は、人を惨めで不幸な生活へと導く大きな力を持っていることを彼が確立したとき、彼は謙虚で卑しいと感じていたので、あえて傲慢に広く語ることはできなかった。どれほど謙虚であったかは問われていないが、確かに一貫していた。したがって、最初のことが認められているのに、結果を批判するのは私の習慣ではない。しかし、この最も優雅で最も博識な哲学者は、三種類の善について語るときにはそれほど批判されないが、まず幸福な生活について書いた書物で皆から攻撃される。その書物の中で彼は、拷問を受ける者、苦しめられる者がなぜ幸福になれないのかについて多くを論じている。その書物の中で彼はまた、幸福な生活は車輪を登ること(つまり、ギリシア人の間で行われていた一種の拷問)にあるのではないと言っていると思われている。彼はどこにもそうは言っていないが、彼の言うことは同様に妥当である。[25] 肉体の苦痛は災いであり、運命の破滅も災いであると認めた私が、すべての善人が幸福であるとは限らないと言うこの男に腹を立てることができるだろうか。なぜなら、彼が災いとして列挙する事柄は、すべての善人に起こりうるからである。同じテオフラストスは、すべての哲学者の書物と学派に悩まされている。なぜなら、彼は『カリステネス』の中で、次のような見解を称賛しているからである。 <poem>    人生は知恵ではなく、運命によって支配される。 </poem> 彼らは、これほど気だるげに何かを言った哲学者はいないと否定する。それは確かにその通りだが、これ以上に一貫性のある言い方ができるとは私には思えない。もし身体の中にこれほど多くの善があり、身体の外にも偶然や運命の中にこれほど多くの善があるならば、身体の外にあるものと身体に関わるものの両方を支配する運命が、助言よりも優位に立つのは当然ではないだろうか?[26] それともエピクロスを真似するのは悪いことなのだろうか?彼はしばしば多くのことを見事に語る。なぜなら、彼は自分自身に一貫性と適切さをもって語ることを苦労して考えていないからだ。彼は質素な生活を称賛する。哲学者は確かにそう言うだろうが、それはソクラテスやアンティステネスが言う場合であって、善の目的は快楽であると言った彼ではない。彼は、正直に、賢明に、そして公正に生きなければ、誰も快楽に生きることはできないと否定する。彼自身がこのことを「正直に、賢明に、公正に」快楽に結びつけない限り、これほど深刻なことはなく、哲学に値することもない。賢者に少しばかりの幸運が介入することほど良いことがあるだろうか?しかし、苦痛を最大の悪であるだけでなく唯一の悪であるとまで言った者が、たとえ幸運を最も誇りに思っている時でさえ、全身に最も激しい苦痛に苛まれることがあるだろうか? [27] メトロドロスは、さらに優れた言葉で同じことを言っている。「私はお前を占領し、捕らえ、お前のあらゆる道を塞いで、お前が私に憧れることができないようにしたのだ」と彼は言う。アリストテレスがキウスと言ったり、卑劣なこと以外は何も悪とは考えなかったストア派のゼノンが言ったりしていれば素晴らしいのだが、メトロドロスよ、お前はすべての善を内臓と骨髄に置き、最高の善は肉体の確固たる愛情と探求された希望の中に含まれると定義しておきながら、幸運の道を塞いでしまったのか?どうして?今やお前はこの善を奪われるかもしれない。 ===X.=== [28] しかし、無知な者はこれらの意見に惑わされ、そのような意見のためにそのような人が大勢いる。しかし、議論者の鋭敏さは、各人が何を言うかではなく、各人に何を言うべきかを見極めることにある。あたかも、この議論で私たちが採用した意見そのものにおいて、すべての善人が常に幸福であることを願っているかのようだ。私が善人と呼ぶのは明らかである。なぜなら、私たちは賢者と善人の両方を、あらゆる徳を備え、飾られた者と呼ぶからである。では、誰が幸福と呼ばれるべきかを見てみよう。実際、私は善いものの中にいて、悪が加わっていない者を幸福と考える。また、私たちが「祝福されている」と言うとき、この言葉の根底にあるのは、あらゆる隠れた悪が蓄積された善いものの組み合わせ以外にはない。この徳は、それ自体以外に何か善いものがあれば、それを達成することはできない。なぜなら、それらの悪を考慮に入れるならば、ある種の群衆、貧困、卑しさ、謙遜、孤独、愛する人の喪失、深刻な肉体的苦痛、健康の喪失、衰弱、失明、祖国の破壊、追放、そして最後には奴隷状態があるからである。賢者は、これらの多くの重大な事柄(そしてさらに多くのことが起こる可能性がある)の中に存在することができる。なぜなら、これらは賢者に降りかかる可能性のある出来事だからである。しかし、これらが悪であるならば、賢者が同時にこれらすべての中にいる可能性があるのだから、賢者が常に幸福であると誰が保証できるだろうか? [30] したがって、私はブルータスにも、私の一般的な教師にも、古代のアリストテレス、スペウシッポス、クセノクラテス、ポレモにも、私が上で列挙した事柄を悪と数えながら、賢者は常に幸福であるとも言うことを容​​易に認めない。この称号が、ピタゴラス、ソクラテス、プラトンに最もふさわしい、傑出した美貌の持ち主を喜ばせるならば、彼らは、その輝きに魅了されている力、健康、美、富、名誉、財産を軽蔑し、これらに反するものを無に等しいと考えるよう、自らの心を奮い立たせるべきである。そうすれば、彼らは、運命の力にも、大衆の意見にも、苦痛や貧困にも怯えず、すべては自分自身の中にあり、善と考えるものの中で自分の力ではどうにもならないものは何もないと、最も明瞭な声で宣言することができるだろう。[31] さて、ある偉大で高尚な人物の言葉であるこれらの事柄について語り、それを一般の人々と同じように善悪の区別に入れることは、決して許されない。この栄光に心を動かされたエピクロスが現れる。神々の御心ならば、エピクロス自身も常に賢明で幸福な人物であるように思われる。彼はこの意見の尊厳に心を奪われているが、もし自分がそれを聞いたら決して口にしないだろう。なぜなら、最大の悪、あるいは唯一の悪は苦痛であると言う者が、「なんと甘美なことか!」と考え、そして苦痛に苛まれた時に、自分は賢いと言うことほど、ふさわしくないことがあるだろうか。したがって、哲学者とは、個々の哲学者の言葉によってではなく、その永続性と不変性によって評価されるべきなのである。 ===XI.=== [32] <b>A</b>. あなたは私をあなたの意見に同意させようとしています。しかし、あなたの主張にも一貫性が欠けていないか注意してください。 <b>M</b>. どういうことですか? <b>A</b>. なぜなら、私は最近あなたの第四の論文を読んだからです。その中で、カトーに反論する中で、あなたはゼノンと逍遥学派の間には言葉の斬新さ以外に違いはないことを示そうとしているように思えました。そして、それは実際に私には証明されたことです。しかし、もしそうであるならば、ゼノンの主張、つまり徳には幸福に生きるための十分な力があるという主張と矛盾しないのであれば、逍遥学派についても同じことを言うことが許されるのはなぜでしょうか?私は、言葉ではなく、物事そのものを考慮すべきだと考えています。 [33] <b>M</b>. あなたは確かに封印された文書で私と議論し、私がこれまで言ったり書いたりしたことを証言しています。このように、法律を押し付けて議論する他の人々とは違います。私たちは日々を生きています。心に浮かんだことを、もっともらしく言うのです。だからこそ、私たちだけが自由なのです。しかし、先ほど少し不変性について話したので、ゼノンと彼の聞き手アリストンが、名誉あるものだけが善であると喜んでいたかどうか、ここで調べる必要はないと思います。もしそうであれば、彼はこれらすべてを幸福に生きるという一つの美徳に置いたでしょう。[34] なぜブルータスに、彼が幸福で常に賢明であるように、これを与える必要があるのでしょうか。彼に何が自分に合うかを見させればいいのです。実際、この意見の栄光に彼以上にふさわしい人がいるでしょうか。それでも私たちは、彼こそが最も祝福された者であると信じています。 ===XII.=== そして、ある新参者で卑劣な言葉遣いのゼノン・キティオスが古代哲学に紛れ込んだように見えるとしても、この意見の重大さはプラトンの権威によって繰り返され、プラトンではこの表現が頻繁に使われ、徳以外に善と呼ばれるものはなかった。[35] ゴルギアスのように、ソクラテスは、当時最も幸運だと考えられていたペルディッカスの息子アルケラオスが幸福だと思うかと尋ねられたとき、こう答えた。「私は知りません。彼と話したことがないからです。」 — 知らないのですか?他に知る方法がないのですか? — まったくありません。 — では、ペルシアの大王でさえ、幸福かどうかは言えないのですか? — あるいは、彼がどれほど博識で、どれほど善良な人なのかを知らないので、言えるでしょうか? — 何ですって?彼に幸福な人生が見出されると思いますか? — まったくそう思います。善人は幸福で、悪人は不幸です。 — ではアルケラオスは不幸なのですか? — 確かに、不正であれば。 — 彼は幸福な人生全体を一つの美徳に集約しているように見えるだろうか? [36] 一体どういうことだろうか?『墓碑銘』ではどのような点で同じことが言えるだろうか?彼は言う、「人にとって、幸福な人生へと導くすべてのものがそれ自体で適しており、幸運にも不運にも他人に頼る必要はなく、過ちを犯すこともない。これが最良の生き方である。この人は節度があり、強く、賢明であり、生まれながらの者にも堕落した者にも、他のあらゆる利点とともに、そして特に自由な者にも、その古来の教えに従うだろう。なぜなら、彼は常に自分自身にすべての希望を置くので、過度に喜んだり悲しんだりすることはないからだ。」したがって、プラトンの聖なる、そして荘厳な源泉から、私たちのすべての言葉は流れ出るのである。 ===XIII.=== [37] では、私たちの共通の親である自然から始めること以上に正しい出発点があるでしょうか。自然は、動物だけでなく、大地から生えて自らの力で支えられているものも含め、自分が生み出したものはすべて、それぞれの種類において完全であるべきだと望んだのです。そのため、木やブドウの木、そして背が低く大地から高く伸びることができない植物も、常に繁栄するものもあれば、冬に葉を落とした植物も、春には暖かくなって葉を芽吹かせるものもあり、ある種の内部運動と種子によって繁栄しないものはなく、花を咲かせたり、作物や実をつけたりします。そして、すべてのものは、それらの中にある限り、何の妨げとなる力もなく完全です。[38] しかし、動物でさえ、自然によって感覚を与えられたので、自然そのものの力はより容易に知覚できます。なぜなら、自然は、ある動物は流れる水に住むべきであり、ある鳥は自由に空を楽しむべきであり、ある蛇は歩き、ある動物は歩くべきであると望んだからです。それらの中には、さまようもの、集まるもの、巨大なもの、そして地中に隠れて覆われているセミもいる。そして、それぞれが独自の機能を持ち、異なる方法で生命者の生命に入り込むことができないため、自然の法則の中に留まる。そして、動物には自然によってあるものが与えられ、それぞれがそれを保持し、それから離れないように、人間にはそれよりもはるかに優れたものが与えられる。もっとも、優れたものとは比較できるものと呼ばれるべきだが、神の心から引き出された人間の精神は、神自身以外には比較できない、と言ってよいだろうか。[39] したがって、これが磨かれ、その知性が誤謬に目がくらまないように磨かれるならば、それは完全な精神、すなわち絶対理性となり、それは徳と同じである。そして、何も欠けることなく、その種類において満たされ蓄積されているものはすべて祝福され、これは徳に固有のものであるならば、確かに徳を持つ者はすべて祝福される。そしてこれは確かにブルータス、すなわちアリストテレス、クセノクラテス、スペウシッポス、ポレモの考えと一致する。[40] しかし彼らはまた、私には最も幸福な人々であるように思える。自分の財産を信頼する者にとって幸福に生きるために何が欠けているだろうか?あるいは、信頼しない者が幸福になれるだろうか?しかし、自分の財産を三つに分ける者は必然的に信頼しないことになる。 ===XIV.=== 肉体の強さや運命の安定性に頼ることができる人がいるだろうか。しかし、安定した、固定された、永続的な善に頼らなければ、誰も幸福にはなれない。では、これらのものの本質とは何だろうか。ラコニア人の諺が彼らに当てはまるように思われる。ある商人が、あらゆる海岸に多くの船を送ったと自慢していたとき、ラコニア人は「これは決して望ましいことではない。運命は愚か者にふさわしいものだ」と言った。幸福な人生が実現されるような生活において、もしそれが失われる可能性があるならば、何も考慮すべきではないということに疑いの余地はないだろうか。幸福な人生を構成するものから、枯れるものも、消え去るものも、落ちるものもあってはならない。これらのどれかを失うことを恐れる者は幸福になれない。[41] 幸福な人には、恐れをほとんど持たないかのようにではなく、恐れを全く持たないかのように、安全で、難攻不落で、囲われて要塞化されていることを望む。なぜなら、無実と呼ばれるのは、少ししか害を及ぼさない者ではなく、全く害を及ぼさない者であるのと同様に、恐れを知らない者とは、少ししか恐れない者ではなく、完全に恐れから解放された者とみなされるべきだからである。危険や苦労や苦痛の中にあっても、なおかつあらゆる恐れから遠く離れているときの心の愛情以外に、他にどんな強さがあるだろうか。[42] そして、すべての善がただ一つの正直さから成るのでなければ、これらのことは決してそうではないだろう。しかし、多くの悪が存在する、あるいは存在し得るときに、最も望まれ、求められている安全(そして私が今、幸福な人生が置かれる安全を病気の不在と呼ぶ)を誰が持つことができるだろうか。しかし、すべてのことが自分自身の中にあると考えなければ、誰が高潔で正直であり、人間に起こりうるすべてのことを小さなものと考え、私たちがなりたいと願うような賢い人間になれるだろうか。フィリッポスが手紙でスパルタ人(Lacedaemonii) を脅迫したとき、スパルタ人はフィリッポスが自分たちの試みを何でも禁じるのか、あるいはフィリッポス自身が死ぬことさえ禁じるのかと尋ねただろうか?我々が探している人物は、そのような心構えを持つ者であれば、都市国家全体よりも簡単に見つかるのではないか?何だって?我々が話しているこの不屈の精神に、あらゆる感​​情の抑制である節制が加われば、不屈の精神が病気や恐怖から彼を救い、節制が彼を情欲から遠ざけつつも、傲慢な熱狂で暴走することを許さない者にとって、幸福な人生に何が欠けるというのか? もしこれらが前日までに説明されていなかったら、私は徳がこれらのことを成し遂げることを示したいところです。 ===XV.=== [43] 心の乱れは苦しみをもたらし、心の平安は幸福な生活をもたらす。乱れの原因は二つある。病気と恐怖は悪しき考えに関係し、喜びと欲望は善きものの誤りに関係する。これらすべてのものが助言と理性と戦い、これらの深刻な動揺と戦い、それらを非常に不調和で混乱させるので、空虚で、自由で、気楽な人を見て、その人を幸福と呼ぶことをためらうだろうか。しかし賢者は常にこのように影響を受ける。ゆえに賢者は常に幸福である。また、すべての善は喜びをもたらす。喜びをもたらすものは、宣言され、彼の前に運ばれなければならない。そのようなものは栄光ももたらさなければならない。栄光があれば、確かに称賛に値する。称賛に値するものは、確かに名誉ももたらさなければならない。したがって、善は名誉にかかわるものでなければならない。 [44] しかし、これらの人々が列挙する善は、彼ら自身でさえ名誉とは呼ばない。したがって、名誉ある善だけが善である。人生は名誉のみによって成り立っており、それによって幸福がもたらされる。したがって、最も不幸な人が満ち溢れることが許されるような善は、そのような善とは呼ばれたり、そうみなされたりしてはならない。[45] 健康、力、美しさ、最も鋭敏で完璧な感覚に優れ、さらに、もし望むなら、ひねくれと速さを加え、富、名誉、帝国、財産、栄光を与えたとしても、これらを持っている人が不正で、節度がなく、臆病で、愚鈍で、何の罪もないなら、その人を不幸と呼ぶことをためらうだろうか。では、それを持っている人が最も不幸になりうる善とは何だろうか。山が同種の穀物でできているように、祝福された人生もそれと似た部分でできているかどうか見てみよう。しかし、もしそうであるならば、名誉ある善のみによって人は幸福にならなければならない。もしそれらが異質なものから混ざり合っているならば、そこから名誉あるものは何も生まれない。もしこれが取り除かれたら、どうして人は幸福であると理解できるだろうか。善なるものはすべて望まれるものであり、望まれるものは必ず認められるものでなければならない。そして認められるものは受け入れられ、容認されるものでなければならない。したがって、それには尊厳も帰せられるべきである。しかし、もしそうであるならば、それは必然的に称賛に値するものでなければならない。ゆえに、すべての善は称賛に値する。このことから、名誉あるものこそが唯一の善であるという結論が導かれる。 ===XVI.=== [46] しかし、もし私たちがこの見解を持たないならば、私たちにとって良いとされるものは数多く存在するでしょう。富(どんなに不適格な者でも富を得ることはできますが、良いものの中に数で数えることはできません。なぜなら、良いものは誰もが手に入れられるものではないからです)や、愚か者や悪党の同意によって高められた高貴さや名声は除外します。これらは最も取るに足らないものですが、それでも良いものと呼ばなければなりません。白い歯、美しい目、心地よい肌色、そしてアンティクレイアがオデュッセウスの足を洗う際に称賛したもの、すなわち <poem>    穏やかな話し方、柔らかな体つき。 </poem> もし私たちがこれらのものを良いものとみなすならば、哲学者の重みは一体何になるでしょうか。あるいは、一般の人々や愚か者の大衆にとって、より重く、より偉大なものは何になるでしょうか。[47] しかし、ストア派はこれらの「善」と同じものを「主要なもの」あるいは「生み出されたもの」と呼んでいます。確かに彼らはそう言いますが、幸福な人生はそれらによって完全になるわけではないと否定しています。しかし彼らは、それらがなければ人生はないと考えているか、あるいは、人生が幸福だとしても、それが最も幸福であるとは断言しない。しかし私たちは最も祝福された人生を望んでおり、それはソクラテスの結論によって確証されている。哲学の君主は次のように論じた。各人の心の情念がどのようなものかによってその人は決まり、その人自身がどのようなものかによってその人の言葉は決まり、言葉に似た行いが人生の行いとなる。さて、善人の心の情念は称賛に値するものであり、したがって善人の人生は称賛に値するものであり、称賛に値するゆえに名誉あるものである。これらの善から、人生は祝福されていると結論づけられる。[48] 神々と人の信仰にかけて!以前の議論で、あるいは快楽と余暇を消費するために、賢者は常に心のあらゆる興奮(私が動揺と呼ぶもの)から解放されており、常に心に最も穏やかな平和を持っていると言ったのではなかったか?それゆえ、節度を守り、不変の精神を持ち、恐れも病もなく、熱狂も欲望もない人は、幸福ではないだろうか。常に賢明であるならば、常に幸福である。さて、善良な人であれば、自分の行いや感じることすべてを、称賛に値するものと結びつけずにいられるだろうか。しかし、すべては幸福な生活に関係している。ゆえに、幸福な人生は称賛に値する。また、徳のないところに称賛に値するものはない。ゆえに、幸福な人生は徳によって達成されるのである。 ===XVII.=== [49] そして、このことは次のように結論づけられる。惨めな人生には称賛に値するものも誇るべきものもなく、惨めでも幸福でもない人生にも称賛に値するものはない。しかし、エパミノンダスが言うように、称賛に値するもの、誇るべきもの、称賛されるべきものがある人生もある。 <poem>    ラコニア人の称賛は、我々の助言をかき消すほどだ。 </poem> アフリカヌスが言うように、 <poem>    マエオティアの沼地に昇る太陽から      我々の行いに匹敵する者はいない。 </poem> [50] しかし、もしそうであるならば、祝福された生活はそれ自体で称賛され、説教され、高く評価されるべきである。なぜなら、それ自体で説教され、高く評価されるべきものは他に何もないからである。これらのことを述べたので、次のことが理解できるであろう。そして実際、尊厳と同じである祝福された生活でなければ、祝福された生活よりも優れた何かが必​​ず存在しなければならない。なぜなら、尊厳のあるものは何でも、彼らは必ずそれよりも優れていると認めるからである。したがって、祝福された生活はそれよりも優れた何かとなるであろう。これ以上に不条理なことが言えるだろうか?何だろうか?彼らが、悪徳には惨めな生活をもたらす十分な力があると認めているのだから、私たちは、徳には祝福された生活をもたらす同じ力があると認めなければならないのではないか?反対のことは反対の結果をもたらすからである。[51] そこで私は、クリトラスの天秤にどのような力があるのだろうかと問う。彼は、精神の善を一方の天秤に、肉体と外面の善をもう一方の天秤に載せ、その天秤(善の天秤)で地球と海を重くすることができると考えている。 ===XVIII.=== それでは、この人や、徳を極度に誇張し、他のものを軽視し、否定するあの最も真面目な哲学者たちが、徳の中に幸福な人生だけでなく、最も幸福な人生をも見出すことを阻むものは何であろうか。実際、そうしなければ、徳は滅びることになるだろう。[52] 病に冒された者は、同じ恐怖に陥らざるを得ない。恐怖とは、将来の病に対する不安な予感だからである。しかし、恐怖に陥った者は、同じ恐怖、臆病、恐怖、怠惰に陥る。ゆえに、時として恐怖を克服し、アトレウスの教えが自分に当てはまると思わないようにしなければならない。 <poem>    人生には、克服する方法を知らないような出来事が現れる。 </poem> しかし、ここで彼は克服されるだろう。私が言ったように、彼は克服されるだけでなく、奉仕するだろう。しかし、私たちは常に自由で、常に征服されない徳を求めている。そうでなければ、徳は奪われてしまう。 [53] 徳によって善く生きるのに十分な保護があるならば、幸福に生きるのにも十分である。なぜなら、徳によって勇敢に生きることは確かに十分であり、勇敢であれば、偉大な精神を持ち、実際、何事にも恐れることなく、常に無敵である。したがって、後悔はなく、不足はなく、妨げるものもない。ゆえに、すべては絶対的に、繁栄して、幸福に流れる。しかし、徳は勇敢に生きるのに十分である。ゆえに、幸福に生きるのにも十分である。 [54] 愚かさが、望むものを手に入れたとしても、決して十分だと思わないように、知恵は常に今あるものに満足し、決して後悔しない。 ===XIX.=== ガイウス・ラエリウスは執政官を一度務め、実際に拒否されたと思いますか(彼のような賢明で善良な人物が投票で落選した場合、拒否の責任を負わされるのは民衆ではなく彼自身です)――しかし、もしあなたが権力を持っていたとしたら、ラエリウスのように一度執政官になるのと、キンナのように四度執政官になるのと、どちらが良いと思いますか?[55] あなたがどう答えるかは分かっています。ですから、誰にこの質問を委ねるか考えます。私は同じ質問を誰にもしません。なぜなら、別の人は、執政官を四度務めるよりも一度務める方が良いだけでなく、キンナの一日を多くの著名な人物の全生涯よりも良いと答えるかもしれないからです。ラエリウスは、指一本でも誰かに触れたら罰したでしょうが、キンナは同僚の執政官グナエウスを罰したでしょう。オクタウィウスは、プブリウス・クラッスス、ルキウス・カエサル、私が聞いた中で最も雄弁なマルクス・アントニウス、そして私には人間性、塩味、甘さ、魅力の模範であったと思われるガイウス・カエサルの斬首を命じた。では、これらの人々を殺した彼は祝福されたのだろうか?むしろ、彼はこれらのことを行っただけでなく、そのような行為を許されるような振る舞いをしたためにも、惨めな者であったように思える。誰も罪を犯すことは許されていないが、私たちは言葉の誤りに陥っている。なぜなら、許されることは、各人に与えられたものであると言うからである。 [56] ガイウス・マリウスは、同僚のカトゥルス(ほとんどもう一人のラエリウスと言える人物。私は彼がその指導者に最も似ていると思う)とキンブリの勝利の栄光を分かち合った時と、内戦の勝者となった時に、カトゥルスの切実な懇願に対し、一度ならず何度も「彼を死なせろ」と答えた時とでは、どちらが最終的に幸福だったのだろうか。後者の場合、この邪悪な声に従った者の方が、邪悪な統治をした者よりも幸福だったことになる。なぜなら、傷つけるよりも傷つけられる方が良いのだから、マリウスのように、死が近づいている時に少し先に進む方が、そのような人物の死によって6回の執政官在任期間を台無しにし、人生の最期を汚すよりも良いからである。 ===XX.=== [57] ディオニュシオスは25歳で権力を握り、42年間シラクサの{{r|僭主|せんしゅ}}であった。彼はどれほど美しい都市を所有し、どれほどの富を蓄え、どれほど奴隷制によって国を抑圧していたことか。しかし、信頼できる著述家によると、彼は極めて節制した食生活を送り、仕事においては非常に精力的で勤勉であったが、生まれつき邪悪で不公平であったという。真実を見つめる者すべてにとって、それは実に哀れなことと映るに違いない。なぜなら、彼は何でもできると思っていた時でさえ、望んだものを手に入れることはできなかったからである。[58] 彼は、良家の子息で高貴な身分に生まれたにもかかわらず(ただし、これを別の言い方で表現した者もいる)、同輩との親交や知り合いに恵まれ、ギリシャ風に若い男の愛で結ばれた者もいたが、裕福な家柄から奴隷として選んだ者以外は誰も信用せず、自ら奴隷という名を捨て、自分の身の安全をある種の野蛮人に委ねた。このように、不正な支配欲のために、彼はある意味で自ら牢獄に閉じ込められた。さらに、首を床屋に任せることのないよう、娘たちに髭剃りを教えた。こうして、侍女たちの卑しい技によって、王女たちは床屋のように父親の髭と髪を剃った。しかし、彼らが成長すると、彼は彼らから鉄を取り除き、白熱したクルミの殻で彼らの髭と髪を焼くようにした。[59] また、彼には自分の市民であるアリストマケスとロクリア人のドリスという二人の妻がいたので、彼は夜に彼女たちのところへ行き、事前にすべてを監視し、精査した。そして、彼は自分の部屋のベッドを広い溝で囲み、溝の通路を小さな木製の橋でつないだ後、部屋のドアを閉めたら、自らそれを後ろ向きにした。また、彼は普通の説教壇に立つ勇気がなかったので、高い塔から説教するのが常だった。[60] そして、彼がボール遊びをしたいとき(彼は熱心にボール遊びをした)、そしてチュニックを着るとき、彼は愛する若い男に剣を渡したと言われている。ここで、ある親しい人物が冗談めかして「あなたは確かにこの男に人生を捧げている」と言ったところ、若者は彼を嘲笑した。すると彼は、二人とも殺すよう命じた。一人は自殺の仕方を自ら示したから、もう一人はその言葉を笑って賛同したからである。そして、それが終わると、彼は人生でこれ以上の重荷に耐えられないほど悲嘆に暮れた。なぜなら、彼は激しく愛した者を殺してしまったからである。このように、彼らは無力な者の相反する欲望に引き込まれていく。一方に従えば、他方に抵抗しなければならない。 ===XXI.=== [61] この暴君自身も、自分がどれほど幸せかを判断していた。支持者の一人であるダモクレスが演説で、彼の権力、富、統治の威厳、物の豊富さ、宮殿の壮麗さについて述べ、彼ほど幸せな者はいないと否定したとき、彼は言った。「ダモクレスよ、この生活がお前を喜ばせるのなら、お前自身もそれを味わい、私の幸運を体験してみないか?」彼がそれを望むと答えると、彼はその男を最も美しい織物で覆われた、壮麗な絵が描かれた黄金のベッドに寝かせ、銀と金の{{r|象嵌|ぞうがん}}でいくつかの{{r|算盤|そろばん}}を飾らせた。それから、並外れた美貌を持つ選ばれた少年たちを食卓に立たせ、見る者の命令に従って熱心に給仕させた。[62] 軟膏、王冠、香が焚かれ、食卓には最も豪華なごちそうが並べられた。ダモクレスは自分は幸運だと考えた。この準備の最中、彼は馬の{{r|鐙|あぶみ}}のついた{{r|鞍|くら}}から下ろすのにふさわしい輝く剣を、その祝福された男の首に掛けるよう命じた。そのため、彼はハンサムな従者たちにも、芸術に満ちた銀器にも目を向けず、テーブルに手を伸ばすこともなかった。なぜなら、王冠さえもすでに落ち始めていたからである。最後に、彼はもはや祝福を望まないので、暴君に立ち去ることを許してほしいと懇願した。ディオニュシオスは、常に何らかの恐怖に怯えている者には何も祝福されないと十分に宣言したように思えるだろうか?そして彼は、正義に戻り、市民に自由と権利を回復するのに十分な健康状態にもなかった。なぜなら、若い頃、不当な年齢の時に、彼はそれらに巻き込まれ、健康になったとしても救われることのないほどの過ちを犯していたからである。 ===XXII.=== [63] 彼は、不誠実を恐れる友情をどれほど切望していたことか、死刑判決を受けた二人のピタゴラス派の弟子、つまり一人が死刑判決を受けたとき、もう一人が自分の弟子を解放するために死刑執行の場に立ち会った二人のピタゴラス派の弟子について、「私が三人目としてあなたの友人と数えられればよかったのに!」と述べている。友人との交流、生きている人との交わり、特に幼い頃から教えを受け、自然芸術に精通していた、全く親しい人との会話を奪われることは、彼にとってどれほど悲惨なことだったことか。しかし、音楽家の熱心な学生であった。悲劇詩人でさえ(なんと素晴らしいことか、この件とは何の関係もない。このジャンルでは、どういうわけか、それぞれが他のジャンルよりも独自の美しさを持っている。私はこれまで、自分を最高だと思わない詩人を知らない(そして私はアクイニウスと親交があった)。そういうことだ。あなたの詩はあなたを喜ばせ、私の詩は私を喜ばせる)――しかしディオニュシオスに戻ると、彼はあらゆる人間的な教養と食べ物を奪われ、逃亡者、犯罪者、野蛮人と暮らしていた。彼は、自由に値する者、あるいは完全に自由になりたい者を誰一人として友人とは考えなかった。 ===XXIII.=== [64] 私は、博識で真に賢明なプラトンやアルキタスの生涯を、彼の生涯と比べるつもりはない。彼の生涯より、もっと忌まわしく、惨めで、憎むべきものは想像できない。私は、同じ都市の塵と光の中から、何年も後に生きた、謙虚な小男、アルキメデスを掘り起こそうと思う。私は財務官であり、シラクサ人は彼の墓の存在を完全に否定していたので、私は彼の墓を探し求めた。墓は四方を茨と茂みに囲まれ、覆われていた。なぜなら、私は彼の記念碑に刻むために何人かの賢者を雇っており、彼らは墓の頂上には球と円筒があると主張していたからだ。[65] しかし、私は自分の目で全てを調べていたので(アグリジェントの門にはたくさんの墓がある)、茂みのすぐ上にある小さな柱に目が留まり、そこに球と円筒の像があった。そして私はすぐにシラクサの人々(王子たちも同席していた)に、まさに私が探していたものだと伝えました。多くの人が鎌を持って派遣され、その場所を片付けて開けました。[66] 入口が開くと、私たちは反対側の基壇に近づきました。碑文が現れましたが、詩の後半部分はほぼ半分消されていました。このように、ギリシャで最も高貴な都市であり、かつては最も学識のある都市でもあったこの都市は、アルピナトスという人物から学んでいなければ、その最も鋭敏な市民の一人の記念碑を知らないはずがありませんでした。しかし、話が逸れてしまったところに戻りましょう。ミューズ、つまり人間性や学問と交流のある人の中で、この数学者をあの暴君よりも好まない人がいるでしょうか。生き方や行動の仕方を模索するならば、ある人の心は理性と探求によって養われ、技能の喜びによって養われました。技能は心の最も甘美な牧草地のひとつです。一方、別の人の心は殺人や傷害によって養われ、昼夜を問わず恐怖に怯えました。さあ、デモクリトス、ピタゴラス、アナクサゴラスを比べてみてください。彼らの学問や喜びよりも、どんな王国や富を好むでしょうか?[67] なぜなら、人のどんな部分が最も優れているにせよ、あなたが求める最良のものは、必然的にその部分にあるからです。しかし、賢明で善良な心を持つ人の何が優れているのでしょうか?したがって、幸福になりたいのであれば、私たちは彼の善を享受しなければなりません。そして、心の善は徳です。したがって、幸福な人生は必然的にこの徳の中に含まれているはずです。それゆえ、私が上で述べたように、美しく、正直で、優れたものはすべて、喜びに満ちています。しかし、幸福な人生は永続的で満ち足りた喜びから生じることは明らかですから、それは正直さから生じるということになります。 ===XXIV.=== [68] しかし、言葉で示したいことをただ触れるだけにとどまらないように、いわば、知識と理解へと私たちをより深く導くような動機を提示しなければなりません。優れた芸術家であるある人物を例にとり、彼の心と思考を少しの間想像してみましょう。まず、彼は優れた知性を持っている必要があります。なぜなら、徳は鈍い心には容易に伴わないからです。次に、彼は研究によって真理を探求するように促されなければなりません。そこから、三つの精神の実りが生まれます。一つは物事の知識と自然の解釈にあり、もう一つは探求すべきことと避けるべきことの記述と生きる理由にあり、三つ目はそれぞれの事物に何が帰結し、何が反するものかを判断することにあります。この判断には、議論の巧妙さと判断の真実の両方が含まれています。[69] それゆえ、賢者の心は、これらのことに思いを馳せ、夜を憂いの中で過ごすとき、どれほどの喜びに満たされることでしょう。こうして、彼は全世界の運動と回転を観察し、空に内在する無数の星々が、その動きに合わせて一定の場所に固定され、さらに7つの星がそれぞれ独自の軌道を描き、それぞれが高さや低さにおいて互いに大きな距離を保ちながらも、その彷徨う動きによって軌道の固定された一定の空間を定めているのを見た。疑いなく、これらの光景は古代の人々を駆り立て、さらに探求するよう促した。こうして、始まり、いわば種子の探求が始まった。万物はどこから発生し、生み出され、具体化されるのか、無生物であろうと生物であろうと、無言であろうと雄弁であろうと、あらゆる種類のものの起源は何なのか、生命とは何か、破壊とは何か、そして変化とは何か、地球はどこから存在し、どのような重さでバランスが取れているのか、海はどのような洞窟で支えられているのか、万物はどのような重力によって運ばれ、常に世界の中心、つまり円の中で最も低い場所へと向かうのか。 ===XXV.=== [70] 心がこれに取り組み、昼夜について考えるとき、デルフォイの神によって定められた知識が生じ、心自身が自分自身を認識し、神の心と一体化していると感じ、そこから飽くことのない喜びに満たされる。神々の力と性質についての思考そのものが、彼らの永遠を模倣したいという願望を燃え立たせ、また、他の原因によって結びついた他の事物の原因を適切かつ必然的なものと見なすので、人生の短さに閉じ込められているとは考えない。そして、それによって理性と精神は、永遠から永遠へと流れるものとしてそれらを調整する。 [71] 彼がこれらを見つめ、予見し、あるいはむしろあらゆる部分の端と隅々を見回すとき、彼はなんと穏やかな心で人間やその他の事物を考察するのだろうか。それゆえ、徳の知識が生じ、徳の種類と部分が繁栄し、自然が善の極限に求めるもの、悪の究極に求めるもの、義務を帰すべきもの、人生の生き方を選ぶべきものが何であるかが明らかになる。これらのことなどを考察することによって、この議論で行っているように、徳が幸福に生きることに満足できるようになることは、確かに達成される。[72] 第三のものは、知恵のあらゆる部分に流れ込み、物事を定義し、種類を分け、次のものを加え、完全な結論を出し、真偽を判断し、議論の理性と学問となる。そこから、物事を量ることに最大の有用性が生じるので、最大の自然な喜びと価値ある知恵が生じる。しかし、これは怠惰である。この同じ賢者に共和国の擁護に移らせよう。賢明さは市民の利益を見極め、正義はそこから何の利益も得ず、残りのものを市民のために活用するなど、実に多様な美徳を備えているのだから、これ以上に優れたものがあるだろうか。さらに、人生のあらゆる助言が一致し、ほとんど共謀するほどに学識ある人々が身を置く友情の果実、そして日々の礼拝と食事から得られる最大の喜びも加わる。人生が究極的に望むもの、より幸福になるためには何だろうか。多くの大きな喜びに満ちた幸運の女神でさえ、必然的にそれに屈するだろう。しかし、このような精神的な善きもの、すなわち美徳を享受することが祝福であり、すべての賢人がこれらの喜びを享受するならば、彼ら全員が祝福されていると認めざるを得ない。 ===XXVI.=== [73] <b>A</b>. 拷問や苦痛の中でも? <b>M</b>. 私が婉曲的な言葉遣いをしているとでも思ったのですか?それともバラのような言葉遣いをしているとでも?あるいは、つい最近哲学者という立場を取り、自らその名を刻んだエピクロスは、たとえ火傷を負い、拷問を受け、切り刻まれようとも、賢者には「なんと無価値なことか!」と叫ばずにはいられない時間はない、と述べることを許されるのだろうか。実際、彼は私の称賛に値することを述べている。特に、彼はすべての悪を苦痛、善を快楽と定義し、私たちの正直で卑しいこれらのものを嘲笑し、言葉に忙殺されている私たちは空虚な音を吐き出し、身体の軽いものか粗いものか以外には何も関係がないと言っているのだから。したがって、私が言ったように、彼は野獣の判断とさほど変わらず、自分自身を忘れ、運命を軽蔑し、すべての善と悪は運命の支配下にあると言い、そして、苦痛は最大の悪であるだけでなく唯一の悪であると確立したのだから、最大の拷問と苦痛の中で幸福であると言うことが許されるのだろうか。 [74] 彼は、苦痛に耐える力、精神の強さ、恥辱に耐える力、苦行の訓練と習慣、[忍耐の教訓]、男らしい厳しさといった救済策を自ら得ようとはせず、過去の快楽を思い出すことだけで心が落ち着くと言う。まるで、熱に燃えているとき、熱の力に容易に耐えられないとき、かつてアルピナトスの氷河に囲まれていたことを思い出したいと願うかのようだ。過去の快楽の存在が、どのように悪を和らげることができるのか私には理解できない。 [75] しかし、賢者は常に祝福されていると彼が言うのだから、もし彼が自分自身と矛盾しないようにしたいと願うならば、このようなことを言うことは許されないだろう。では、正直さに欠けるから良いことには何も望んではならない、何もしてはならないと考える者たちをどうすればよいのだろうか。実際、私の権威によれば、逍遥学派や古参のアカデミア派でさえ、時折どもるのをやめ、ファラリスの雄牛に降り立つことが至福の人生であると、はっきりと公然と述べる勇気を持つようになる。 ===XXVII.=== [76] 善には三種類あるので、ストア派の罠から抜け出そう。私は、自分が慣れている以上にストア派の罠に陥っていたことを自覚している。これらの種類の善は真実であるとしよう。一方、肉体的で外的な善は地面に横たわり、ただ取られるから善と呼ばれるだけであり、他の神聖な善は広く遠くまで広がり、天にまで達する。それらを得た者は誰であれ、なぜ私は彼を祝福された者と呼び、最も祝福された者と呼ばないのだろうか。しかし、賢者は苦痛を恐れるだろうか。これはこの考えに最も反する。なぜなら、私たちは過去の議論によって、自分自身の死や病気、その他の心の乱れに対して十分に武装し、準備しているように思われるからである。苦痛は徳の最も激しい敵であるように思われる。それは燃える松明を狙い、不屈の精神、精神の偉大さ、忍耐を弱めると脅す。[77] それゆえ、徳はこれに屈するだろうか、賢明で揺るぎない人の祝福された人生はこれに屈するだろうか。なんと恥ずべきことか、おお、善き神々よ!スパルタの子らは、殴打の痛みに引き裂かれてうめき声をあげない。我々はスパルタで、若者の群れが信じられないほどの激しさで、拳、蹴り、爪、そして最後には噛みつきで戦い、敗北を認めるくらいなら死を選ぶのを見てきた。インドよりも広大で野蛮な野蛮さがあるだろうか?しかし、その国では、賢者と見なされる人々が初めて裸で年月を過ごし、コーカサスの雪と冬の猛威に苦痛を感じることなく耐え、火に身を投じると、うめき声​​をあげずに焼かれる。[78] しかし、インドの女性たちは、共通の夫が死ぬと、夫が自分たちを最も愛していたかどうかを競い、裁く(複数の女性が一人と結婚するのが慣例となっているため)。勝利した者は、夫とともに喜びのうちに火葬台に横たえられ、従者たちがそれに続く。敗北した者は悲しみのうちに去る。習慣は決して自然に打ち勝つことはできない。自然は常に無敵だからだ。しかし、我々は心に影、喜び、怠惰、倦怠、怠けを植え付け、意見や悪習によって心を軟化させてしまった。エジプト人の習慣を知らない者がいるだろうか。悪の誤りによって心を硬化させた彼らは、毒蛇や毒ヘビ、犬やワニを犯す前にすでに殺され、たとえ軽率なことをしたとしても、どんな罰も拒まない。[79] 私は人間のことを言っている。何だって?獣は寒さや飢え、山々や荒野をさまよい、探索に苦しまないのか?彼らは傷を負い、攻撃や打撃を恐れないような方法で身を守らないのか?野心的な者が名誉のために、熱心な者が栄光のために、熱心な者が愛のために、彼らが耐え忍び、苦しむことは、ここでは割愛する。人生は、そうした例に満ちている。 ===XXVIII.=== [80] しかし、この話は、ある様式を採用し、逸れたところに戻らなければならない。祝福された人生は、拷問に屈することなく、正義、節制、そして何よりも不屈の精神、心の偉大さ、忍耐は、拷問者の口を見ても、しっかりと立ち、そのすべての美徳をもって、拷問者の前で心の恐怖を感じることなく、先に述べたように、牢獄の扉の外、敷居の外で抵抗するだろう。最も美しい仲間から引き離されて、一人ぼっちになったとき、これ以上に卑劣で醜いものがあるだろうか。しかし、これはいかなる状況下でもできない。美徳は祝福された人生なしには結びつくことができず、美徳なしには結びつくこともできないからである。[81] それゆえ、彼らはそれを逃れることを許さず、自らが導かれるどんな苦痛や拷問にも、自ら身を委ねるだろう。賢者にとって、後悔するようなことは何もせず、不本意なことは何もせず、すべてを立派に、絶えず、厳粛に、名誉をもって行い、何かが起こることが確実であるかのように期待せず、何かが起こったときに驚嘆せず、それが予期せず新しい出来事であるかのように見せ、すべてを自分の意志に委ね、自分の判断に固執することが適切である。これ以上に祝福されたことがあるだろうか、私には到底思いつかない。[82] ストア派の結論は実に容易である。彼らは、善の目的は自然と調和し、自然に従って生きることであると感じていたので、これは賢者の義務であるだけでなく、賢者の力でもあるので、最高の善をその力で実現する者は、その人生において祝福されることになるのは必然である。このようにして、賢者の祝福された人生が常に訪れる。あなたは、祝福された人生について私が最も力強く言えると思うことを述べており、あなたがより良いものを持ち込まない限り、今のところは最も真実でもある。 ===XXIX.=== <b>A</b>. 確かにこれ以上のことは思いつきませんが、もしご都合がよろしければ、あなたが特定の学問分野や諸々の教えに縛られていない以上、真理のように見えるものの中で、最も心を動かされるものについて、お聞かせいただければ幸いです。少し前にあなたは、逍遥学派や古代アカデミアに対し、賢者は常に最も祝福されていると、撤回することなく自由に述べるよう勧めておられたようですが、彼らがそう言うことが、どのように彼らの教えと矛盾しないのか、あなたの考えをお聞かせいただきたいのです。というのも、あなたはこれまでこの見解に反論し、ストア派の論理で結論づけてきたからです。 [83] <b>M</b>. ですから、哲学においてのみ許されている自由を行使しましょう。哲学の言葉はそれ自体を何一つ判断せず、あらゆる部分において保持されているため、誰の権威にも縛られることなく、他者によってそれ自体で判断されるのです。そして、あなたが、反対する哲学者たちが目的についてどのような意見を持っていようとも、徳があれば幸福な人生を送るのに十分であるべきだと望んでいるようですが、私たちはカルネアデスがこれに反論していたのを耳にしました。しかし、彼は、常に最も熱心に反論し、その規律に対して彼の才能が燃え上がったストア派に対して、私たちは確かに平和的にこの議論を進めましょう。なぜなら、ストア派が善の目的を正しく示したならば、問題は解決済みです。賢者は常に幸福でなければならないのです。[84] しかし、可能であれば、他の哲学者たちからそれぞれ意見を求めてみましょう。そうすれば、幸福な人生というこの優れた定めが、すべての人々の意見や規律と一致するでしょう。 ===XXX.=== さて、私が思うに、目的についての意見は、これまで保持され、擁護されてきたものばかりです。まず、単純なものが4つあります。ストア派のように、名誉あること以外に良いことは何もない、エピクロスのように、快楽以外に良いことは何もない、ヒエロニムスのように、苦痛の空虚さ以外に良いことは何もない、カルネアデスがストア派に反論したように、自然の第一の、あるいはすべての、あるいは最大の善を楽しむこと以外に良いことは何もない、というものです。[85] したがって、これらは単純なものです。混合されたものは、3種類の善、すなわち、最も偉大なのは精神の善、第二は肉体の善、第三は外的な善であり、これははるか昔の逍遥学派とアカデミア派が異論を唱えなかったものです。ディノマコスとカリフォスは快楽を名誉と結びつけましたが、逍遥学派のディオドロスは怠惰を名誉に加えました。これらはある程度の安定性を持つ意見です。アリストン、ピュロス、エリロスの意見は消え去っていません。ストア派の意見は十分に擁護されてきたと思うので、ストア派は脇に置いて、これらの意見が何をもたらすか見てみましょう。そして実際、逍遥学派の主張は、テオフラストスを除いて説明されている。もし彼に倣う者の中には、苦痛を恐れ、恐怖に怯える者が少なからずいるとしても、残りの者たちは、彼らが普段行っているように、徳の重大さと尊厳を誇張することが許されている。雄弁家がしばしばそうするように、徳を天にまで高めてしまえば、それと比較して他の徳を軽蔑し、貶めるのは容易である。なぜなら、賞賛は苦痛を伴ってこそ得られるものだと言う者たちは、賞賛を得た者が祝福されていることを否定することは許されないからである。たとえ彼らが何らかの悪に陥っていたとしても、祝福されているという名は広く知れ渡っているのだから。 ===XXXI.=== [86] 利益のある貿易や実り豊かな耕作が、一方が常に損失から免れているから、他方が嵐の災難から免れているからではなく、両方において幸福がはるかに大きな程度で存在する場合に幸福と呼ばれるのと同様に、人生も、あらゆる面で善に満ちているからではなく、善がはるかに大きく、より重くのしかかる傾向にある場合に、正しく幸福と呼ばれるのである。[87] したがって、彼らの推論によれば、幸福な人生は、アリストテレス、クセノクラテス、スペウシッポス、ポレモの著述家によれば、雄牛に堕ちるときには徳か罰のどちらかに従い、脅迫やお世辞によって堕落した人生は放棄されない。カリフォンとディオドロスも同じ意見であり、彼らはどちらも正直さを重んじ、正直さのないすべてのものをはるか後方に置くと考えている。残りの者たちは視野が狭いように見えるが、それでも彼らは泳いでいる。エピクロス、ヒエロニムス、そしてカルネアの砂漠を守ろうとする者たちもいる。善人の心こそが判断者であり、善悪を問わずあらゆるものを軽蔑できると、彼らの中に考えない者はいない。[88] エピクロスの場合に当てはまることは、ヒエロニムスやカルネアデス、そしてヘラクレスにかけて誓うが、他のすべての者にも当てはまるだろう。死や苦痛に対する備えが不十分な者などいるだろうか? では、私たちが「柔和」あるいは「快楽主義者」と呼ぶ者から始めよう。 何だと? 死や苦痛を恐れているように見えるだろうか? 死ぬ日を祝福された日と呼び、最大の苦痛に苛まれながらも、自らの発見の記憶と回想によってそれを否定し、それを時間から消し去ろうとしない者を?彼は死について、魂が消滅すると感覚が消えるが、感覚がなくなると、それは私たちとは何の関係もないと考える。同様に、彼は苦痛の後に何が起こるかを確信しており、その激しさをその短さで、その距離をその軽さで慰める。[89] 結局、これらの雄弁な人々の中で、最も苦痛なこの二つのことに対してエピクロスよりもよく備えているのは誰だろうか?あるいは、エピクロスや他の哲学者たちは、悪とされる残りのことに対して十分に備えていないように見えるだろうか?貧困を恐れない者はいるだろうか?しかし、哲学者たちは誰もいない。 ===XXXII.=== しかし、彼はなんとわずかなものに満足していることか!乏しい食べ物についてこれほど多く語った者はいない。愛や野心、日々の生活費を賄えるだけの余裕など、お金への欲求を引き起こすものは何か。これらすべてから遠く離れているとき、なぜ彼はそれほどお金を欲しがるのだろうか、いや、そもそもなぜ気にする必要があるのだろうか?[90] スキタイ人のアナカルシスは無償でお金をもたらすことができるのに、我々の同胞の哲学者たちはそれができないのだろうか?彼の書簡は次のように伝えられている。「アナカルシス・ハンノに挨拶を。私はスキタイのコートを着て、土のたこが私の靴であり、大地が私の寝床であり、飢えが私の食べ物であり、私は乳、チーズ、肉を食べる。したがって、私に関しては、あなたは私の平和に来ることができる。しかし、あなたが喜ぶ贈り物は、同胞市民か不死の神々に与えなさい。」悪しき性質によって正しい理性から遠ざけられた者を除いて、あらゆる分野のほとんどすべての哲学者は同じ考えを持っていたかもしれない。[91] ソクラテスは、大量の金銀が運ばれる行列で、「私はどれほど欲しくないことか!」と言いました。クセノクラテスは、アレクサンドロスからの使節が当時、特にアテネでは最大の金額であった50タラントを持ってきたとき、使節をアカデミアでの夕食に招待し、準備もせずに必要最低限​​のものだけを与えました。翌日、使節が誰に支払うべきか尋ねると、「何?昨日、あなた方は、私がお金を必要としていないことを理解していなかったのですか?」と彼は言いました。使節がさらに悲しんでいるのを見て、彼は王の寛大さを軽んじているように思われないように、30ミナを受け取りました。[92] しかし、ディオゲネスは、キュニコス派のようにもっと自由に、アレクサンドロスが何か必要なものがあるか尋ねると、「今、少しだけ」、「太陽から」と言いました。彼は明らかにそれを太陽に捧げたのです。そして実際、彼はここで、ペルシャ王がいかに生活や財産において優れているか、何一つ不足するものはなく、何があっても満足することはない、決して満たされることのない快楽を望まず、決して自分のものを手に入れることはできない、などと論じるのが常だった。 ===XXXIII.=== [93] エピクロスは欲望の種類を、おそらくそれほど巧妙ではないが、有用なものとして、部分的に自然で必要なもの、部分的に自然だが必要ではないもの、そして部分的にどちらでもないものに分けたと私は考えている。必要なものはほとんど何もなくても満たされる。なぜなら自然の豊かさは手に入るからである。しかし彼は、2番目の種類の欲望は得るのが難しいとも、実際に欠けているとも考えていない。彼は3番目の種類の欲望は完全に捨て去るべきだと考えていた。なぜならそれらは完全に空虚で、必要でないだけでなく、自然に触れることさえなかったからである。[94] この箇所ではエピクロス派によって多くのことが議論され、これらの快楽は個別に縮小されている。彼らはそれらの種類を軽蔑しているわけではないが、それでもなお豊かさを求めている。なぜなら、彼らは、自分たちが多くの議論を捧げている猥褻な快楽は、容易で、ありふれていて、中庸に位置し、自然がそれを要求するならば、種類や場所や順序ではなく、形や年齢や姿によって測られるべきであり、健康や義務や評判がそれを要求するならば、それを控えることは全く難しくなく、この種の快楽は、有害でなければ全く望ましいが、決して有益ではないと言うからである。[95] そして彼は、快楽そのものは快楽であるゆえに常に望まれ、求められるべきであり、同じ理由で、苦痛は苦痛であるゆえに常に避けられるべきであると考えるように、快楽についてこれらすべてを規定している。そして彼は、この補償を用いて賢者を作り、快楽がより大きな苦痛を引き起こすならば快楽を避け、苦痛をそれを生み出すより大きな快楽として受け入れ、すべての快いものは、身体の感覚によって判断されるにもかかわらず、それでもなお精神に関係すると考える。 [96] それゆえ、肉体は現在の快楽を感じている限り喜び、精神は肉体と共に現在を知覚し、未来を予見し、過去を過ぎ去らせてはならない。このようにして、賢者には、期待する快楽への期待が知覚した快楽の記憶と結びつくとき、常に永続的で相互に絡み合った快楽が存在するであろう。 ===XXXIV.=== [97] 同様のことが食べ物にも当てはまり、自然はわずかな崇拝で満足するので、宴会の豪華さと費用は減る。これらのすべてが欲望で味付けされていることに気づかない人がいるだろうか。ダレイオスは逃亡中に濁った死体で汚染された水を飲んだとき、これほど美味しく飲んだことはないと否定した。つまり、喉が渇いたときに飲んだことはなかったということだ。プトレマイオスも空腹のときに食べたことはなかった。エジプトを旅していたとき、仲間が追いつかず小屋で食事を与えられたとき、そのパンほど美味しいものはなかった。ソクラテスは、夕方まで満足そうに歩き、なぜそうするのかと尋ねられたとき、より良い食事をするために歩くことで空腹を満たしているのだと答えたと語っている。[98] 何だって?スパルタ人の食べ物はフィリティアにあるのではないか。そこで、僭主ディオニュシオスが食事をした際、彼は食事のメインディッシュであるあの黒い料理を味わったことがないと否定した。すると、それを作った者が言った。「無理もない。調味料が足りなかったのだ。」「では、何が足りなかったのか?」と彼は言った。「狩りの労働、汗、エウロタスへの逃避行、飢え、渇き。スパルタ人の宴会は、これらのもので味付けされるのだ。」そして、これは人間の振る舞いからだけでなく、獣からも理解できる。獣は、自然に反しない限り、与えられたものに満足し、それ以上を求めない。[99] 先ほどスパルタ人について述べたように、ある都市は学識ある倹約を好む。ペルシア人の食生活はクセノフォンによって記述されており、彼はペルシア人にナスタチウム以外のパンを使わせないとしている。しかし、さらに美味しいものを求める性質を持つ人々が、大地や木々からどれほど多くのものが容易に豊富に、そして非常に甘美に生産されることか!この食事制限によって生じる乾燥と健康の健全さを加え、汗をかき、げっぷをし、豊かな牛のようにご馳走で満腹になる様子を比べてみてください。そうすれば、快楽を最も追い求める者が最もそれを得られないこと、そして食べ物の喜びは満腹ではなく欲求にあることが理解できるでしょう。 ===XXXV.=== アテネの名士で市の支配者であったティモテウスは、プラトンと食事を共にし、その宴に大変満足したと言われており、翌日プラトンに会った際に「あなたの食事は、その日だけでなく翌日も実に楽しいものです」と言ったという。食べ物や飲み物で満腹になると、まともに頭を使うことさえできなくなるというのだろうか。プラトンがディオの親族に宛てた有名な手紙には、おおよそ次のような言葉が書かれている。「私が来たとき、イタリア料理やシラクサ料理の食卓に満ちた幸福な生活は、私には全く喜ばしいものではなかった。一日に二度も満腹になり、夜を一人で過ごすこともなく、この生活に伴う他の事柄も、誰も賢くなることはなく、ましてや節制することはできない。[101] いったいどんな自然が、これほど見事に節制できるというのだろうか?」では、思慮深さや節制が欠けている生活が、どうして楽しい生活になり得るだろうか。シリアで最も裕福な王であったサルダナパロスが、自分の胸像を切り取るよう命じたことは、まさにこのことから明らかです。 <poem>      私はこれらのものを食べ、満たされない欲望に飲み干した。      しかし、それらの多くの素晴らしいものは残されたままだ。 </poem> 「他に何を刻むというのか」とアリストテレスは言います。「王の墓に刻まないのに、なぜ牛に刻むのか?彼は死後もこれらを所有していたと言うが、生前よりも長く所有していたわけではない。」[102] それならば、なぜ富を求めるのか、あるいは貧困が人々を幸福にしないのか?あなたは記号や表を研究していると思いますが、もしそれらを楽しむ人がいるとすれば、貧しい人の方がそれらに恵まれている人よりも、より豊かに楽しむのではないでしょうか?私たちの都市には、これらすべてが公に最も豊富にあります。それらを個人的に所有している人々は、故郷に帰ると、それほど多くを目にすることはなく、まためったにありません。しかし、彼らはそれらをどこから手に入れたのかを思い出すと、いくらか苦痛を感じる。貧困の大義を擁護したいのであれば、たとえ一日が終わっても構わない。なぜなら、それは明白な問題であり、自然そのものが、いかに少ないもの、いかに小さなもの、いかに安価なものを必要としているかを、日々私たちに思い出させてくれるからだ。 ===XXXVI.=== [103] では、卑しさや謙遜、あるいは大衆の反感さえも、賢者が幸福になることを妨げるだろうか。庶民の称賛や、求められるこの栄光が、喜びよりも煩わしさをもたらさないように気をつけなさい。私たちの小さなデモステネスは、ギリシャの習慣に従って水を運ぶ小さな女性が、別の女性に「これがデモステネスだ」とささやくのを聞いて喜んだと言った。これ以上に些細なことがあるだろうか。しかし、なんと雄弁な人だったことか。もちろん、彼は他人の前で話すことを学んだのであって、自分自身に話すことはあまり学んでいなかった。[104] したがって、大衆の栄光そのものを自ら求めるべきではないし、卑しさを恐れるべきでもないことを理解しなければならない。「私はアテネに来たが、誰も私を認識しなかった」とデモクリトスは言う。堅実で真面目な男が、栄光を奪われたことを自慢するだろうか。あるいは、笛吹きやリュート奏者、歌や数字を自分たちの意志で、大衆の意志ではなく、律する者たちは、はるかに優れた技量を備えた賢者であり、最も真実なことは何かではなく、一般の人々が何を望んでいるのかを問うのだろうか。あるいは、あなたが労働者や野蛮人として個々に軽蔑するすべての人々が何かであると考えること以上に愚かなことがあるだろうか。しかし彼は私たちの野心や軽薄さを軽蔑し、たとえ自発的に提供されたとしても人々の栄誉を拒否するだろう。しかし、彼が悔い改め始める前にそれらを軽蔑していたかどうかは私たちにはわからない。[105] 物理学者ヘラクレイトスにはエフェソスの君主ヘルモドールについての記述がある。彼は、エフェソス人全員が死刑に処せられるべきだと言っている。なぜなら、彼らがヘルモドールの町を追放したとき、彼らはこう言ったからである。「私たちの中に優れている者は一人もいない。もし誰かがそうするなら、その人は別の場所で他の人々と共にいるべきだ。」あるいは、これはどの民族にも当てはまらないだろうか?彼らはあらゆる過剰な美徳を憎むのではないか?何だって?アリスティデス(私は我々の民族よりもギリシャ人のことを話す方が好きだから)は、極めて公正であったために、その理由で祖国から追放されたのではなかったか?では、人々と何の関わりも持たない人々は、どれほど多くの問題を抱えていることだろう!文学における余暇ほど甘美なものがあるだろうか?私が言っているのは、私たちが物事や自然の無限性、そしてこの世界そのもの、空、大地、海を知ることができる書物のことである。 ===XXXVII.=== [106] それゆえ、名誉が軽んじられ、金銭も軽んじられるとき、恐れるべきものは何が残るだろうか。私は、追放こそが最大の悪だと信じている。もしそれが、異国の民の意向に反して、侮辱された民の意向によるものだとすれば、少し前に述べたように、なおさら軽蔑されるべきである。もし故郷を離れることが不幸なことであるならば、地方には不幸な人々が溢れており、そのうち故郷に戻る者はごくわずかである。[107] しかし、善良な追放者は罰せられる。それではどうなるだろうか。貧困は我慢すべきだと、多くのことが言われているではないか。さて、もし私たちが物事の本質を探るのであって、名誉の汚名を探るのではないならば、追放は永遠の放浪とどれほど違うだろうか。最も高貴な哲学者たちが生涯を過ごした場所、すなわちクセノクラテス、クラントル、アルケシラス、ラキュデス、アリストテレス、テオフラストス、ゼノン、クレアンテス、クリュシッポス、アンティパテル、カルネアデス、クリトマコス、フィロン、アンティオコス、パナイティオス、ポセイドニオス、そしてその他数えきれないほどの哲学者たちが、一度故郷を離れると二度と戻らなかった場所である。しかし、不名誉なくして…どうして賢者になれるだろうか?この議論はすべて賢者についてであり、賢者にはそのようなことは起こり得ない。なぜなら、追放された者を慰めるのは正しくないからである。[108] 最後に、あらゆる場合において最も容易な理由は、人生において後に続くものを快楽と結びつける人々の考え方である。つまり、快楽が満たされる場所であれば、そこで幸福に暮らせるという考え方である。したがって、テウクロスの言葉はあらゆる理性に当てはまる。 <poem>    祖国とは、善きところにある。 </poem> ソクラテスは自分がどのような人間かと問われたとき、「世俗的」と答えた。なぜなら、彼は自分を全世界の住人であり市民だと考えていたからである。何だって?最も正義感の強いティトゥス・アルブキウスは、アテネで亡命生活を送りながら哲学をしていたのではないか?しかし、もし彼が国家に留まり、エピクロスの教えに従っていたならば、このようなことは起こらなかっただろう。[109] 故郷に住んでいたエピクロスは、アテネに住んでいたメトロドロスよりも幸福だっただろうか?あるいは、クセノクラテスを征服したプラトンや、ポレモ・アルケシラよりも幸福だっただろうか?しかし、善良で賢明な人々が追放されるその国家は、どれほどの価値があるのだろうか?実際、我々の王タルクィニウスの父ダマラトスは、暴君キュプセロスに耐えられず、コリントスに逃れ、そこで財産を築き、子供をもうけた。彼は愚かにも、家庭での隷属よりも亡命生活の自由を選んだのだろうか? ===XXXVIII.=== [110] 確かに、心の動き、心配事、病気は忘却によって和らげられ、心は快楽へと導かれる。それゆえ、エピクロスが賢者は常に多くの善の中にいる、なぜなら彼は常に快楽の中にいるからだとあえて言ったのも、理由がないわけではない。そこから、我々が求めているものが達成され、賢者は常に幸福であると彼は考えている。 [111] たとえ彼が視覚や聴覚を欠いていても?そうだ。なぜなら彼はまさにこれらのものを軽蔑しているからだ。そもそも、この恐ろしい盲目は最終的にどのような快楽を欠いているのだろうか?他の快楽は感覚そのものに宿るという意見もあるが、視覚によって知覚される快楽は目の快楽とは関係なく、味覚、嗅覚、触覚、聴覚によって得られる快楽は、まさにそれを感じる部分に関係しているのだ。目ではこのようなことは何も起こらない。心は我々が見るものを受け取る。しかし、視覚を用いなくても、心で多くの方法で、またさまざまな方法で喜びを得ることは可能です。なぜなら、私が話しているのは、生きることが考えることである、博識で博学な人のことだからです。しかし、賢者の思考は、探求のために弁護士の目を使うことはめったにありません。[112] 夜が幸福な人生を奪わないのであれば、なぜ昼が同様の夜を奪うのでしょうか? キレナイカのアンティパテルの話がありますが、これは確かに少し下品ですが、ばかげた意見ではありません。小さな女性たちが彼の盲目を嘆いていたとき、彼は「何をしているのですか?」「夜には喜びがないように見えるのですか?」と言いました。確かに、長年盲目であったあの老アッピウスです。そして、彼の政務と行いから、その場合、彼は私的な義務も公的な義務も怠っていなかったことが分かります。ガイウス・ドルススの家には、いつもの数の顧問がいたと聞いています。彼らは自分たちの事情を自分たち自身で理解できなかったため、盲人を指導者に任命した。我々若者にとって、グナエウス・アウフィディウス法務官は、元老院で意見を述べ、友人たちの議論にも欠席することなく参加し、ギリシャ史を著述し、それを文学作品に反映させた人物であった。 ===XXXIX.=== [113] 盲目のストア派哲学者ディオドトスは、長年この家に住んでいました。信じがたいことですが、彼は以前よりも哲学に熱心に取り組み、ピタゴラス派の信仰を実践し、昼夜を問わず本を読み聞かせてもらい、勉強に目を使う必要がなくなりました。そして、目がないとほとんど不可能に思えることですが、幾何学の課題を擁護し、生徒たちに各行をどこからどこに書くべきかを言葉で教えました。エレトリアの悪名高い哲学者アスクレピオスは、盲目になったことで何が得られたかと尋ねられたとき、少年とより親しくなれたと答えたと言われています。極度の貧困でさえ、許されれば耐えられるものであり、ギリシャ人の中には毎日そうしている人もいます。ですから、健康の助けが欠けていなければ、盲目も容易に耐えられるのです。 [114] デモクリトスは光を失ったため、白と黒を区別できなかったが、善と悪、正義と不正、名誉と卑しさ、有用と無用、大小を区別することはできた。そして、さまざまな色がなくても幸せに暮らすことは許されるが、物事の概念なしに生きることは許されない。また、この人は、鋭い精神は視覚によって妨げられると考え、他の人々がしばしば足元にあるものさえ見ないのに、彼は無限の彼方へとさまよい、いかなる極限にも止まることはなかった。ホメロスも盲目であったと言われているが、我々は彼の詩ではなく絵画を見ている。ギリシャのどの地域、どの海岸、どの場所、戦闘のどのような様相や形態、どのような戦い、どのような漕ぎ、どのような人の動き、どのような獣の動きが、彼自身が見なかったものを我々に見せるほど鮮やかに描かれていないだろうか。では、どうだろう?ホメロスや学識のある人が、喜びや楽しみを欠いていたと考えるだろうか? [115] あるいは、もしそうでなかったとしたら、アナクサゴラスやデモクリトス自身が、自分の土地や家財を捨てて、学問の喜びと神を求めることに全身全霊を捧げただろうか。それゆえ、詩人たちが賢明だと想像する予言者テイレシアスは、決して盲目であることを嘆く人物として登場しない。しかしホメロスは、ポリュフェモスを怪物のような野獣として想像したとき、彼を雄羊と会話させ、望むところへどこへでも入り、望むものすべてに到達できるという幸運を称賛している。これは確かに正しい。なぜなら、キュクロプス自身もその雄羊より賢くはなかったからである。 ===XL.=== [116] しかし、耳が聞こえないことの何が問題なのでしょうか。マルクス・クラッススは耳が聞こえませんでしたが、もっと厄介なことがありました。それは、ほとんど聞こえなかったことです。私には、それは障害のように思えました。私たちの民はギリシャ語をほとんど知りませんし、ギリシャ人もラテン語を知りません。ですから、彼らは自分たちの言葉に耳が聞こえず、彼らも自分たちの言葉に耳が聞こえず、私たちも理解できない無数の言語に耳が聞こえません。しかし、彼らは竪琴奏者の声を聞きません。鋸を研ぐときのきしむ音も、切るときのうなり声も、静かにしたいときのさざめく海の轟音も聞こえません。もし歌が彼らを喜ばせるとしても、まず、多くの賢人が歌が発見される前に幸せに暮らしていたことを考え、それから、聞くよりも読む方がはるかに大きな喜びが得られることを考えるべきです。[117] そして、少し前に私たちが聴覚によって盲人に喜びを伝えたように、聴覚障害者にも視覚によって喜びを伝えるのです。自分自身と語り合える者は、他人の言葉を必要としない。 あらゆるものが集められ、目と耳で捉えられるようにせよ。そして、肉体の最も激しい苦痛にも身を委ねよ。これらの苦痛は、それ自体で人を死に至らしめることが多い。しかし、たとえ距離によって生じたものであっても、原因そのものよりも激しく人を苦しめるならば、なぜそれらを背負わなければならないのか。神々よ、我々が苦労する目的は何なのか。死が訪れるならば、安息の地はすぐそこにある。そこには、無の感情の永遠の器があるのだ。テオドロスは死を脅していたリュシマコスに言った。「本当に、あなたが甲虫の力を得たのなら、あなたは偉大なことを成し遂げたのです。」[118] パウルスはペルセウスに凱旋しないよう懇願したとき、「それは確かにあなたの力でできることです。」初日には、死そのものについて尋ねたとき、多くのことが語られ、翌日には、苦痛について死について議論したとき、少なからぬことが語られた。それを覚えている人は誰でも、死は望ましくない、あるいは決して恐れるべきではないと考える危険はない。 ===XLI.=== ギリシャの宴会で守られている法則は、人生においても守られるべきであると私は考えます。「飲むか、さもなくば立ち去るか」と。まさにその通りです。人は他者と共に酒を飲む喜びを味わうか、あるいは、しらふの時に酔っぱらいの暴力に巻き込まれないように、先に立ち去るべきなのです。こうして、耐え難い運命の災難を避けることができるのです。ヒエロニムスもエピクロスと全く同じことを述べています。 [119] しかし、徳そのものには何の価値もなく、私たちが名誉ある、称賛に値すると呼ぶもの全てを、彼らにとっては無価値で空虚な響きで飾られたものに過ぎないと考える哲学者たちが、それでもなお、常に自分を賢い者とみなすならば、ソクラテスやプラトン以降の哲学者たちをどう扱うべきでしょうか?彼らの中には、精神的な善には、物質的なものや外的なものを覆い隠すほどの卓越性があると主張する者もいれば、こうした善を全く考慮せず、すべてを精神の中に蓄える者もいる。[120] カルネアデスは、名誉ある仲裁人として彼らの論争を裁いていた。逍遥学派がストア派にとって有益だと考える善が何であれ、逍遥学派は富や健康、その他同種の事柄をストア派よりも高く評価していなかった。なぜなら、彼らはその点について言葉で議論していなかったからである。カルネアデスは、意見の相違は存在しないと主張した。したがって、他の学問分野の哲学者たち自身も、いかにしてこの地位を獲得できるかを自ら理解できるだろう。しかし、賢者が常に善く生きる能力を持っているという点について、彼らが哲学者の声にふさわしい何かを主張していることは、私にとって喜ばしいことである。 [121] さて、明日は出発しなければならないので、この5日間の論争を振り返ってみよう。確かに、私も執筆するつもりです(この余暇を他にどう有効活用できるでしょうか?)。そして、残りの5巻の本をブルータスに送ります。ブルータスは、私たちを哲学的な著作へと駆り立てただけでなく、苦しめてきた人物です。この執筆がどれほど他者の役に立つかは、私には容易には分かりません。なぜなら、私たち自身の非常に辛い苦しみや、あらゆる場所に蔓延する様々な問題の中で、他に救いを見出すことができなかったからです。 :::[[トゥスクルム荘対談集/第5巻#第5巻|先頭に戻る]] ==出典== *底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Tusculanæ_Disputationes Tusculanæ Disputationes] 『トゥスクルム荘対談集』マルクス・トゥッリウス・キケロ {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- ラテン語版 Wikisource, [[la:Tusculanæ Disputationes]] の第5巻を翻訳 --> 9p1w2zct8p1cuz9gija2ej180x3ps2x 240005 239998 2026-04-12T02:07:48Z 村田ラジオ 14210 ページの白紙化 240005 wikitext text/x-wiki phoiac9h4m842xq45sp7s6u21eteeq1 240008 240005 2026-04-12T02:34:08Z 村田ラジオ 14210 口語訳旧約聖書 目次 240008 wikitext text/x-wiki 口語訳旧約聖書 目次 {{Pathnav|Wikisource:宗教|聖書|hide=1}} {{header | title = 口語訳旧約聖書 | section = 目次 | previous = | next = [[口語訳新約聖書 目次]] | year = | 年 = 1955 | override_author = | override_translator = | override_editor = | noauthor = | notes = *底本: 口語訳旧約聖書 (日本聖書協会 1955年版) 目次 {{DEFAULTSORT:こうこやくきゆうやくせいしよ もくし}} [[Category:キリスト教]] [[Category:旧約聖書]] }} {| class="wikitable" |  書名 | 章数 | KJV | ASV | Vulgata |- |001 創世記 | 50 章 |[[s:en:Bible (King James)/Genesis|Genesis]] |[[s:en:Bible (American Standard)/Genesis|Genesis]] |[[s:la:Vulgata Clementina/Liber Genesis|Liber Genesis]] |- |002 出エジプト記 | 40 章 |[[s:en:Bible (King James)/Exodus|Exodus]] |[[s:en:Bible (American Standard)/Exodus|Exodus]] |[[s:la:Vulgata Clementina/Liber Exodus|Liber Exodus]] |- |003 レビ記 | 27 章 |[[s:en:Bible (King James)/Leviticus|Leviticus]] |[[s:en:Bible (American Standard)/Leviticus|Leviticus]] |[[s:la:Vulgata Clementina/Liber Leviticus|Liber Leviticus]] |- |004 民数記 | 36 章 |[[s:en:Bible 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どんな芸術家もその生活の一日の二十四時間じゅう絶えまなく芸術家であるのではない。彼の芸術創造において成就する本質的なもの、永続的なものは、霊感によるわずかな、稀な時間の中でのみ実現する。それと同様に、われわれがあらゆる時間についての最大の詩人と見なし叙述家として感嘆するところの歴史も、決して絶えまなき創造者であるのではない。「神の神秘に充ちている仕事場」ーー歴史をゲーテは畏敬をもってそう呼んだがーーの中でもまた、取るにたりないことや平凡なことは無数に多く生じている。芸術と生命との中で常にそうであるように歴史の中でもまた、崇高な、忘れがたい瞬間というものは稀である。多くのばあい歴史はただ記録者として無差別に、そして根気よく、数千年を通じてのあの巨大な鎖の中に、一つ一つ事実を編み込んでゆく。要するにどんな緊張のためにも準備の時がなければならず、どの出来事の具体化にも、そうなるまでの進展が必要だからである。一つの国民の中に常に無数の人間が存在してこそ、その中から一人の天才が現われ出るのであり、常に無数の坦々たる世界歴史の時間が流れ去るからこそ、やがていつかほんとうに歴史的な、人類の星の時間というべきひとときが現われ出るのである。 芸術の中に一つの天才精神が生きると、その精神は多くの時代を超えて生きつづける。世界歴史にもそのような時間が現われ出ると、その時間が数十年、数百年のための決定をする。そんなばあいには、避雷針の尖端に大気全体の電気が集中するように、多くの事象の、測り知れない充満が、きわめて短い瞬時の中に集積される。普通のばあいには相次いで、また並んでのんびりと経過することが、一切を確定し一切を決定するような一瞬時の中に凝縮されるが、こんな瞬間は、ただ一つの肯定、ただ一つの否定、早過ぎた一つのこと、遅すぎた一つのことを百代の未来に到るまで取返しのできないものにし、そして一個人の生活、一国民の生活を決定するばかりか全人類の運命の径路を決めさえもするのである。 時間を超えてつづく決定が、或る一定の日附の中に、或るひとときの中に、しばしばただ一分間の中に圧縮されるそんな劇的な緊密の時間、運命を孕むそんな時間は、個人の一生の中でも歴史の径路の中でも稀にしかない。こんな星の時間ーー私がそう名づけるのは、そんな時間は星のように光を放ってそして{{r|不|ふ}}{{r|易|えき}}に、無常変転の闇の上に照るからであるがーーこんな星の時間のいくつかを、私はここに、たがいにきわめて相違している時代と様相との中から挙げてみることをこころみた。外的な、または内的な事件にふくまれている魂の真理をわたし自身の仮構で色づけたり誇張したりすることを、あらゆるばあいにわたしは避けた。なぜならそれ自身に十分な形づけとなっている崇高な諸瞬間の歴史は、後からこれを更に加工する人間の手を必要とはしないからである。歴史自身が詩人、劇作者としてのほんとうの支配力を持っているところでは、どんな詩人も歴史を凌駕しようとこころみてはならない。 {{translation license | original= {{PD-old-80-expired|1942}} | translation= {{PD-Japan-auto-expired|1961}} }} hf5iimbnz8w5r3hxeerbobpdciwl8bo 土地区画改良ニ係ル法律 0 55487 239995 239993 2026-04-11T12:51:48Z ZEWLbXsXzC1O 42047 239995 wikitext text/x-wiki {{header | title = 土地區劃改良ニ係ル法律 | year = 1897 | portal = 日本の法律 | notes = '''土地區劃改良ニ係ル法律''' *明治30年法律第39号 *公布:1897年4月󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁1日 *常用漢字表記:土地区画改良ニ係ル法律 *公布時の条文を掲載 *底本:官報第4121号、大蔵省印刷局[編]『官報』1897年4月󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁1日、日本マイクロ写真、明治30年、{{NDLJP|2947408/1/3}} [[Category:日本の法律]] [[Category:明治30年の法律]] }} <div style="font-size:122.7%"> 朕󠄂帝國議會ノ協贊ヲ經タル土地區劃改良ニ係ル法律ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公󠄁󠄁布セシム </div> <div style="margin-left:2.5em;"> <span style="font-size:166.7%;">御</span>&#x2003;<span style="font-size:166.7%;">名</span>&#x2003;&#x2003;&#x2003;<span style="font-size:166.7%;">御</span>&#x2003;<span style="font-size:166.7%;">璽</span> </div> <div style="margin-left:5em;"> <span style="font-size:122.7%">明󠄁治三十年三月󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁三十日</span> </div> <div style="margin-right:4em;text-align:right;font-size:122.7%;"> {| cellpadding="0" cellspacing="0" align="right" |&#x5167;閣總理大臣兼 <br/>大&#x2003;藏&#x2003;大&#x2003;臣&#x2003;||伯爵󠄂||[[:w:松方正義|松󠄁方正義]] |} <br style="clear:both;"/> </div> <div>法律第三十九號</div> <div>政府ノ許可ヲ受ケ土地改良ノ爲市町村&#x5167;ノ土地所󠄁有&#xFA5B;ノ全󠄁部又ハ一部共同シテ其ノ區劃形狀ヲ變更スルトキハ其ノ變更ニ係ル土地ノ地價ハ現地價ノ合計額ヲ每筆相當ニ配賦シ之ヲ定ム</div> <div>同一土地所󠄁有&#xFA5B;ニシテ地續數筆ノ土地ノ區劃形狀ヲ變更スルトキ亦同シ</div> </div> {{DEFAULTSORT:とちくかくかいりょうにかかるほうりつ}} {{PD-old}} 3i9f7p5ithjc7iu2hmkw7b4e0zegp6q トゥスクルム荘対談集/第5巻 0 55488 239999 2026-04-11T13:30:51Z 村田ラジオ 14210 ラテン語版 Wikisource, [[la:Tusculanæ Disputationes]] の第5巻を翻訳 239999 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|hide=1}} {{header | title = トゥスクルム荘対談集 | section = 第5巻 | previous = [[トゥスクルム荘対談集/第4巻|第4巻]] | next = | year = | 年 = | override_author = [[s:la:Scriptor:Marcus Tullius Cicero|マルクス・トゥッリウス・キケロ]] | override_translator = | override_editor = | noauthor = | notes = *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:とうすくるむそうたいたんしゆう5}} [[Category:哲学]] [[Category:ローマの哲学]] [[Category:ローマの文学]] }} トゥスクルム荘対談集 ==第5巻== ===I.=== [1] ブルータスよ、この5日目でトゥスクルムの討論は終わりを迎える。この日、我々は君が最も賛同する主題について議論した。君が私に大変丁寧に書いてくれた本からも、また君の数々の演説からも、徳があれば幸福な人生を送るのに十分であるということが、君にとって非常に喜ばしいことであることが分かった。運命の様々な苦難のためにこれを証明するのは難しいが、それでもなお、より容易に証明できるように詳しく説明しなければならない。哲学で扱われるすべての事柄の中で、これより真剣で壮大と言えるものはない。[2] なぜなら、哲学の研究に最初に身を捧げた人々を駆り立てたのは、あらゆるものを顧みず、最高の人生の状態の探求に専念することであったからである。彼らは確かに幸福に生きることを望み、その追求に多大な注意と努力を注いだのだ。しかし、もし徳が彼らによって発見され完成されたものであり、また徳が幸福な生活を守るのに十分であるならば、哲学の営みが彼らによって見事に確立され、我々によって着手されたと考えない者がいるだろうか。しかし、もし徳が、様々な不確かな出来事に晒されると運命のしもべとなり、自らを守るほどの強さを持たないならば、幸福な生活を送る希望を徳への信頼に頼るよりも、誓いを果たすことに頼る方が賢明であるように思われるのではないかと危惧する。[3] 実際、運命が私をこれほど強く苦しめた事例を考えると、私自身もこの意見を疑い始め、人類の弱さと脆さを恐れるようになる。なぜなら、自然は我々に弱い肉体を与え、不治の病と耐え難い苦痛を加えただけでなく、肉体の苦痛に順応し、かつそれとは別に自らの苦悩と悩みに囚われる精神も与えたのではないかと危惧するからである。[4] しかし、この点で私は自分を罰している。なぜなら、私は美徳の強さを、自分の美徳からではなく、他人の弱さ、そしておそらくは私たち自身の弱さから考えているからだ。あなたの叔父ブルータスが疑いを晴らした美徳というものがあるとすれば、それは人間に起こりうるあらゆることを支配し、それらを軽蔑し、人間の偶然を軽蔑し、あらゆる過ちから解放され、何事も自分自身のものではないと考える。しかし私たちは、これから起こるであろうあらゆる逆境への恐れによって、物事の現状を嘆くよりも、自分自身の過ちを嘆くことをよりためらっている。 ===II.=== [5] しかし、この過ちとその他すべての悪徳と罪の正しは、哲学から求めなければなりません。私たちの意志と追求が人生の最も早い時期から私たちを駆り立ててきたとき、このような最も深刻な場合、私たちは大嵐に翻弄されながら出発したのと同じ港に逃げ込んできました。ああ、哲学よ、人生の導き手よ、ああ、美徳の探求者であり悪徳の追放者よ! あなたなしに、私たちだけでなく、人類の生活はどうなっていたでしょう。あなたは都市を生み出し、散り散りになった人々を生活の社会に呼び集め、最初は住居によって、次に結婚によって、次に文字と言葉の交わりによって彼らを互いに結びつけ、あなたは法律の発明者であり、道徳と規律の教師でした。私たちはあなたに逃げ、助けを求め、あなたに身を委ねます。以前と同じように、大部分はあなたに、そして今はすべてあなたに。しかし、罪人にとっては、あなたの教えに従って善行を行う者にとって、不死よりも一日の方が望ましいのです。それでは、私たちに人生の安らぎを与え、死の恐怖を取り除いてくださったあなたの力ではなく、誰の力を使うべきでしょうか。[6] そして、哲学は人間の生活にとって称賛されるどころか、多くの人に無視され、非難さえされています。生命の親を非難し、この親殺しで自らを汚し、たとえ知覚能力が劣っていたとしても、恐れるべきものだと非難するほど不敬虔で恩知らずな人がいるでしょうか。しかし、私が思うに、この誤りとこの暗闇は、無学な人々の心に投げかけられた影です。なぜなら、彼らはそれほど昔を振り返ることができず、最初に人々の生活を教えたのは哲学者であったとは考えていないからです。 ===III.=== [7] この非常に古いものを見ると、その名前が新しいものであることは認めざるを得ません。知恵そのものが、事実上だけでなく名前においても古いものであることを誰が否定できるでしょうか。この最も美しい名前は、古代の人々が神と人間の事柄、そしてあらゆるものの始まりと原因についての知識を通して得たものです。したがって、ギリシャ人や私たちの人々によって賢者とみなされ、その名をつけられたのは、リュクルゴスより何世紀も前のことであり、ホメロスはこの都市が建設される前に生きていたと言われ、英雄時代にはすでにオデュッセウスとネストルが賢者とみなされ、また賢者とみなされていたと聞いています。[8] 天の事柄に関する神の知識がなければ、アトラスが空を支えていたとか、プロメテウスがコーカサスに固定されていたとか、星の神ケフェウスが妻、婿、娘とともにいたとか言われることはなかったでしょう。彼らから、物事の考察に学問を捧げたすべての人々が導かれ、賢者と見なされ、賢者と呼ばれ、彼らの名はピタゴラスの時代まで続いた。プラトンの聴衆であり、とりわけ博識なポントスのヘラクレイデスが書いているように、ピタゴラスはフリウスにやって来て、フリウス人の王子レオンテスといくつかの事柄について博識かつ詳細に議論したと言われている。レオンテスはピタゴラスの才能と雄弁さに感嘆し、彼に最も信頼している技術は何かと尋ねたが、ピタゴラスは自分が哲学者である以外に技術を知らなかった。レオンテスはその名前の目新しさに驚き、哲学者とは誰で、他の人々と何が違うのかと尋ねた。[9] しかしピタゴラスは、人間の生活と、ギリシャ全土で最も名声が高く、最も入念な競技の準備を伴う職業は似ているように思えると答えた。肉体を鍛えて王冠の栄光と高貴さを求める者もいれば、利益や利得のために売買に走る者もいた。そして、特に最も高貴な階級の人々は、称賛も利益も求めず、ただ見て、何が行われているのか、どのように行われているのかを注意深く観察するためにやって来た。同様に、我々もまるでどこかの都市から市場にやってきた有名人のように、栄光に仕える者もいれば、金銭に仕える者もいた。しかし、他のすべてを無に等しいと考え、物事の本質を注意深く観察する稀有な人々もいた。彼らは自らを知恵の学生(すなわち哲学者)と呼んだ。そして、そこでは何も得ない人々を観察することが最も寛大であったように、彼らは人生において、あらゆる学問よりも物事の熟考と知識をはるかに優先した。 ===IV.=== [10] ピタゴラスは単にその名前を発明しただけでなく、その事物そのものを説いた人物でもありました。フリアスのこの講義の後、イタリアに来たピタゴラスは、公私ともに偉大なギリシャを、最も優れた制度と芸術で飾りました。その学問については、また別の機会に語るべきでしょう。しかし、古代哲学から、アナクサゴラスの弟子アルケラオスの教えを受けたソクラテスに至るまで、数と運動が扱われ、万物がどこから生じ、どこへ落ちるのか、またそれらから星の大きさ、間隔、軌道、そしてすべての天体について熱心に研究されました。しかし、ソクラテスは哲学を天から地上に呼び下ろし、都市に置き、さらには家庭にまで導入し、人生や道徳、善悪について探求することを強制した最初の人物でした。[11] プラトンの記憶と著作に捧げられた、多様な議論の方法、主題の多様性、そして彼の天才の偉大さは、多くの種類の異論を唱える哲学者を生み出し、私たちは特に彼らから、ソクラテスが用いたと思われる、自分の意見を伏せ、他人の誤りを免罪し、あらゆる議論において真実に最も近いものを追求するという考え方を学んだ。カルネアデスがこの習慣を最も鋭敏かつ豊富に守ってきたので、私たちも他の場所で、そして最近ではトゥスクルムでも、この習慣に従って議論するためにしばしばそれに従った。そして実際、私たちはあなたに4日間の議論を本に書き記して送ったが、5日目に私たちが同じ場所に座って議論した主題は次のとおりであった。 ===V.=== [12] <b>A</b>. 私には、徳だけでは幸福に生きるには十分ではないように思えます。 <b>M</b>. しかし、ヘラクレスにかけて誓いますが、私のブルータスはそう考えているようです。あなたの平和にかけて、彼の判断はあなたの判断よりもはるかに優れていると申し上げたいと思います。 <b>A</b>. 疑いません。今問題なのは、あなたが彼をどれほど愛しているかではなく、彼が私にどう見えたか、彼がどのような人物であるかということです。それについてあなたと議論したいのです。 <b>M</b>. 徳だけでは幸福に生きるには十分ではないと否定するのですか? <b>A</b>. 断固として否定します。 <b>M</b>. 何ですって? 徳は正しく、名誉ある生き方をし、称賛に値する生き方をし、そして最終的には幸福に生きるのに十分だというのですか? <b>A</b>. もちろん十分です。 <b>M</b>. では、あなたは不幸な生き方をしている人を不幸だと呼ばない、あるいはあなたが幸福だと認める人を否定しない、どちらか一方しかできないのですか? <b>A</b>. なぜできないのですか?たとえ苦難の中にあっても、人は正しく、名誉ある生き方をし、称賛に値する生き方をすることができる。そして、それゆえに善く生きることができる。ただし、私が今「善く」と言っていることを理解していただきたい。私が言っているのは、堅実に、厳粛に、賢明に、勇敢に生きるということだ。これらもまた、祝福された人生が目指すことのない拷問台に投げ込まれる。 [13] <b>M</b>. では、どうでしょうか?堅実さ、厳粛さ、不屈の精神、知恵、そしてその他の美徳が拷問者に奪われ、罰も苦痛も拒まないとき、祝福された人生だけが、牢獄の扉と敷居の外に残されるのでしょうか? <b>A</b>. 何かを成し遂げようとするなら、何か新しいものを探し求めなければなりません。これらのものは、広く知られているからというだけでなく、それ以上に、ある種の軽いワインが水に溶かすと価値がなくなるように、ストア派のものは、飲むよりも味わう方が楽しいので、私には全く響かないのです。まるで、美徳の合唱が棚に並べられ、最高の威厳をもって目の前に像を置いたかのようで、祝福された生活が急いでそれらに向かって走ったり、それらを自ら放棄したりすることはないように思われます。[14] しかし、あなたがその美徳の絵やイメージから現実と真実へと心を向けたとき、どんなに長く苦しめられても、人は幸福になれるのかという疑問が露わになります。このため、今、私たちは探求しましょう。しかし、美徳が祝福された生活から除外されていると説明し、不平を言うことを恐れてはいけません。なぜなら、いかなる徳も思慮深さから逃れることはできないとしても、思慮深さ自体が、すべての善人が幸福であるとは限らないことを認識しており、マルクス・アティリウス、クィントゥス・カエピオ、マルクス・アクィリウスについて多くを思い起こし、幸福な人生は、物事そのものではなくイメージを用いることを好むならば、思慮深さ自体が拷問台に向かう試みを抑制し、苦痛や苦悩とは何の関係もないことを否定するからである。 ===VI.=== [15] <b>M</b>. あなたがこのように振る舞うことは、たとえあなたが私との議論の仕方を私に指図するのは不公平だとしても、私は喜んで認めます。しかし、過去数日間で何かが成し遂げられたと考えるか、それとも何も成し遂げられなかったと考えるか、どちらでしょうか。 <b>A</b>. 確かに、ある程度は成し遂げられました。 <b>M</b>. しかし、もしそうであれば、この問題は既に解決済みであり、ほぼ結論に達していると言えるでしょう。 <b>A</b>. どのような点でですか? <b>M</b>. なぜなら、軽率な衝動に駆り立てられ、引きずり込まれる心の乱れや自慢話は、あらゆる理性を退け、幸福な人生のあらゆる要素を奪い去るからです。死や苦痛を恐れながら、誰が不幸でいられるでしょうか。死や苦痛はしばしば身近にあり、苦痛は常に迫り来るものです。もし、同じことが、貧困、不名誉、悪評、弱さ、盲目、あるいは個人ではなく強大な民族にしばしば起こる奴隷制によって恐れられるとしたらどうでしょうか。これらを恐れながら、誰が幸福でいられるでしょうか。 [16] 将来のことを恐れるだけでなく、現在もそれを耐え忍ぶ者は誰でしょうか。これに追放、嘆き、喪失が加わり、これらのことで打ちのめされ、病に倒れる者は、最も惨めではないでしょうか。本当に何でしょうか。欲望に燃え、狂乱し、飽くことなくあらゆるものを貪欲に求め、あらゆる所からより豊かに快楽を引き出し、ますます激しく熱烈に渇望する者を、あなたは正しく最も惨めだと呼ぶのではないでしょうか。何でしょうか。高揚し、軽薄で空虚な喜びに酔いしれ、無謀に身振りをする者は、自分がより幸福であるように見えるほど、より惨めではないでしょうか。したがって、これらの人々が惨めであるように、恐れに怯えることもなく、病に蝕まれることもなく、欲望に駆られることもなく、虚しい喜びが彼らの高揚した倦怠感に満ちた快楽を溶かすこともない祝福された人々もまた、惨めなのです。海の静けさは、そよ風さえ波を揺らさないときに理解されるように、心の穏やかで安らかな状態は、心を揺さぶるものが何もないときに見分けられる。[17] しかし、運命の力、誰にでも起こりうるあらゆる人間の出来事を耐えられるものと考え、そこから恐怖も苦悩も感じず、何も望まず、心の空虚な喜びも与えられない人がいるならば、なぜその人は幸福ではないのだろうか。そして、これらのことが徳によってもたらされるならば、なぜ徳そのものがそれ自体で人々を幸福にしないのだろうか。 ===VII.=== <b>A</b>. しかし、もう一方のことは、何も恐れず、何も悩まず、何も望まず、無力な喜びにとらわれない者は幸福である、としか言いようがありません。その点は認めますが、もう一方のことはもはや完全ではありません。なぜなら、これまでの議論の結果、賢者はあらゆる心の動揺から解放されているという結論に至ったからです。 [18] <b>M</b>. では、確かに問題は解決したようですね。議論は終結したように思われます。 <b>A</b>. ほぼその通りです。 <b>M</b>. しかし、これは数学者のやり方であって、哲学者のやり方ではありません。幾何学者は何かを教えようとする時、以前に教えたことでその主題に関係するものがあれば、それを当然のこととして証明し、これまで何も書かれていないことを説明します。一方、哲学者は、たとえ他の場所で議論されていたとしても、自分が扱っている主題にふさわしいものをすべて集めるのです。もしそうでないなら、ストア派の哲学者は、徳が幸福な人生に十分かどうかと問われたとき、なぜこれほど多くのことを言うのでしょうか。彼に対しては、以前に教えたように、名誉あるもの以外には善いものはない、これが証明されたので、幸福な人生は徳に満足する、そして同様に、これはこのことの結果なので、幸福な人生が徳に満足するならば、名誉あるもの以外には善いものはない、と答えるだけで十分でしょう。[19] しかし、彼らはこのように行動しません。名誉あるものと最高の善についてはそれぞれ別の書物があり、そこから人が幸福に生きるのに十分なほど徳に力があるにもかかわらず、彼らはそれでもこれを別々に行います。なぜなら、それぞれの事柄、特にこのような偉大な事柄は、それ自身の議論と忠告で扱われなければならないからです。注意してください。哲学においてこれほど明確に語られた声はなく、哲学に対してこれほど豊かで大きな約束がなされたことはないと思うかもしれません。彼は何を主張しているのでしょうか。ああ、神々よ!彼の律法に従った者は自らを完璧にし、常に運命に対抗できる武装をし、幸福に生きるためのあらゆる保護を自らの中に備え、常に幸福であったであろう。[20] しかし、私は彼が何をするか見てみよう。今のところ、私は彼が約束するこのことを非常に誇りに思っている。実際、クセルクセスは、あらゆる幸運の報酬と贈り物に満たされ、騎兵隊にも、歩兵隊にも、多数の船にも、無限の重さの金にも満足せず、新たな快楽を見いだす者に報酬を提案した。しかし、彼はそれで満足しなかった。なぜなら、欲望は決して終わることがないからである。我々がこれをより確固として信じることができるような何かをもたらしてくれる者に報酬を与えて彼を誘惑できればいいのだが。 ===VIII.=== [21] <b>A</b>. ぜひそうしたいのですが、少しお伺いしたいことがあります。おっしゃったことのうち、互いに必然的に結びついている点には同意します。つまり、高潔なことが唯一の善であるならば、幸福な人生は徳によって達成される、ということになります。同様に、幸福な人生が徳に基づくものであるならば、徳以外に善は存在しない、ということになります。しかし、あなたのブルータスは、アリストテレスとアンティオコスの権威を根拠に、そうは考えていません。彼は、徳以外にも善が存在すると考えているからです。 <b>M</b>. では、どうお考えですか?私がブルータスに反論するとでもお考えですか? <b>A</b>. どうやらそうお考えのようですね。それは私が決められることではありませんから。 [22] <b>M</b>. では、それぞれの主張の矛盾点を別の箇所でご説明いただけますか?この点については、私がアテナイの皇帝であった頃、アンティオコスと、そして最近ではアリストテレスとも、しばしば意見が食い違っていました。私には、人が苦難の中にいるときに幸福になれるとは思えなかったが、肉体や運命に何らかの苦難があるならば、苦難の中にあっても賢明になれるとは思えた。アンティオコスも多くの箇所でこれらのことを書いており、それ自体で幸福な生活を生み出すことができると言われていたが、それでもそれほど幸福な生活ではなかった。そして、強さ、健康、富、名誉、栄光など、種類で見られるものが多く、数で見られるものではないが、たとえ一部が欠けていても、ほとんどのものが大部分として名付けられている。同様に、幸福な生活も、たとえ一部が欠けていても、それでも大部分としてその名が付けられている。[23] これらのことはあまり一貫して言われているようには思えないが、今説明する必要はない。幸福な人がさらに幸福になるために何が必要なのか私には理解できない(何かが欠けていれば、幸福ですらないのだから)。そして、大部分として一つのものと呼ばれ、考えられていると彼らが言うものは、このように有効な場合である。しかし、三種類の災難があると言われているのだから、二種類の災難に苦しめられ、あらゆる面で不運に見舞われ、肉体があらゆる苦難に苛まれ、痛みで疲れ果てた者は、幸福な人生を送るには程遠いと言えるだろうか。ましてや、最も幸福な人生など到底望めない。 ===IX.=== [24] これはテオフラストスが耐えられなかったことである。鞭打ち、拷問、苦痛、祖国の転覆、追放、喪失は、人を惨めで不幸な生活へと導く大きな力を持っていることを彼が確立したとき、彼は謙虚で卑しいと感じていたので、あえて傲慢に広く語ることはできなかった。どれほど謙虚であったかは問われていないが、確かに一貫していた。したがって、最初のことが認められているのに、結果を批判するのは私の習慣ではない。しかし、この最も優雅で最も博識な哲学者は、三種類の善について語るときにはそれほど批判されないが、まず幸福な生活について書いた書物で皆から攻撃される。その書物の中で彼は、拷問を受ける者、苦しめられる者がなぜ幸福になれないのかについて多くを論じている。その書物の中で彼はまた、幸福な生活は車輪を登ること(つまり、ギリシア人の間で行われていた一種の拷問)にあるのではないと言っていると思われている。彼はどこにもそうは言っていないが、彼の言うことは同様に妥当である。[25] 肉体の苦痛は災いであり、運命の破滅も災いであると認めた私が、すべての善人が幸福であるとは限らないと言うこの男に腹を立てることができるだろうか。なぜなら、彼が災いとして列挙する事柄は、すべての善人に起こりうるからである。同じテオフラストスは、すべての哲学者の書物と学派に悩まされている。なぜなら、彼は『カリステネス』の中で、次のような見解を称賛しているからである。 <poem>    人生は知恵ではなく、運命によって支配される。 </poem> 彼らは、これほど気だるげに何かを言った哲学者はいないと否定する。それは確かにその通りだが、これ以上に一貫性のある言い方ができるとは私には思えない。もし身体の中にこれほど多くの善があり、身体の外にも偶然や運命の中にこれほど多くの善があるならば、身体の外にあるものと身体に関わるものの両方を支配する運命が、助言よりも優位に立つのは当然ではないだろうか?[26] それともエピクロスを真似するのは悪いことなのだろうか?彼はしばしば多くのことを見事に語る。なぜなら、彼は自分自身に一貫性と適切さをもって語ることを苦労して考えていないからだ。彼は質素な生活を称賛する。哲学者は確かにそう言うだろうが、それはソクラテスやアンティステネスが言う場合であって、善の目的は快楽であると言った彼ではない。彼は、正直に、賢明に、そして公正に生きなければ、誰も快楽に生きることはできないと否定する。彼自身がこのことを「正直に、賢明に、公正に」快楽に結びつけない限り、これほど深刻なことはなく、哲学に値することもない。賢者に少しばかりの幸運が介入することほど良いことがあるだろうか?しかし、苦痛を最大の悪であるだけでなく唯一の悪であるとまで言った者が、たとえ幸運を最も誇りに思っている時でさえ、全身に最も激しい苦痛に苛まれることがあるだろうか? [27] メトロドロスは、さらに優れた言葉で同じことを言っている。「私はお前を占領し、捕らえ、お前のあらゆる道を塞いで、お前が私に憧れることができないようにしたのだ」と彼は言う。アリストテレスがキウスと言ったり、卑劣なこと以外は何も悪とは考えなかったストア派のゼノンが言ったりしていれば素晴らしいのだが、メトロドロスよ、お前はすべての善を内臓と骨髄に置き、最高の善は肉体の確固たる愛情と探求された希望の中に含まれると定義しておきながら、幸運の道を塞いでしまったのか?どうして?今やお前はこの善を奪われるかもしれない。 ===X.=== [28] しかし、無知な者はこれらの意見に惑わされ、そのような意見のためにそのような人が大勢いる。しかし、議論者の鋭敏さは、各人が何を言うかではなく、各人に何を言うべきかを見極めることにある。あたかも、この議論で私たちが採用した意見そのものにおいて、すべての善人が常に幸福であることを願っているかのようだ。私が善人と呼ぶのは明らかである。なぜなら、私たちは賢者と善人の両方を、あらゆる徳を備え、飾られた者と呼ぶからである。では、誰が幸福と呼ばれるべきかを見てみよう。実際、私は善いものの中にいて、悪が加わっていない者を幸福と考える。また、私たちが「祝福されている」と言うとき、この言葉の根底にあるのは、あらゆる隠れた悪が蓄積された善いものの組み合わせ以外にはない。この徳は、それ自体以外に何か善いものがあれば、それを達成することはできない。なぜなら、それらの悪を考慮に入れるならば、ある種の群衆、貧困、卑しさ、謙遜、孤独、愛する人の喪失、深刻な肉体的苦痛、健康の喪失、衰弱、失明、祖国の破壊、追放、そして最後には奴隷状態があるからである。賢者は、これらの多くの重大な事柄(そしてさらに多くのことが起こる可能性がある)の中に存在することができる。なぜなら、これらは賢者に降りかかる可能性のある出来事だからである。しかし、これらが悪であるならば、賢者が同時にこれらすべての中にいる可能性があるのだから、賢者が常に幸福であると誰が保証できるだろうか? [30] したがって、私はブルータスにも、私の一般的な教師にも、古代のアリストテレス、スペウシッポス、クセノクラテス、ポレモにも、私が上で列挙した事柄を悪と数えながら、賢者は常に幸福であるとも言うことを容​​易に認めない。この称号が、ピタゴラス、ソクラテス、プラトンに最もふさわしい、傑出した美貌の持ち主を喜ばせるならば、彼らは、その輝きに魅了されている力、健康、美、富、名誉、財産を軽蔑し、これらに反するものを無に等しいと考えるよう、自らの心を奮い立たせるべきである。そうすれば、彼らは、運命の力にも、大衆の意見にも、苦痛や貧困にも怯えず、すべては自分自身の中にあり、善と考えるものの中で自分の力ではどうにもならないものは何もないと、最も明瞭な声で宣言することができるだろう。[31] さて、ある偉大で高尚な人物の言葉であるこれらの事柄について語り、それを一般の人々と同じように善悪の区別に入れることは、決して許されない。この栄光に心を動かされたエピクロスが現れる。神々の御心ならば、エピクロス自身も常に賢明で幸福な人物であるように思われる。彼はこの意見の尊厳に心を奪われているが、もし自分がそれを聞いたら決して口にしないだろう。なぜなら、最大の悪、あるいは唯一の悪は苦痛であると言う者が、「なんと甘美なことか!」と考え、そして苦痛に苛まれた時に、自分は賢いと言うことほど、ふさわしくないことがあるだろうか。したがって、哲学者とは、個々の哲学者の言葉によってではなく、その永続性と不変性によって評価されるべきなのである。 ===XI.=== [32] <b>A</b>. あなたは私をあなたの意見に同意させようとしています。しかし、あなたの主張にも一貫性が欠けていないか注意してください。 <b>M</b>. どういうことですか? <b>A</b>. なぜなら、私は最近あなたの第四の論文を読んだからです。その中で、カトーに反論する中で、あなたはゼノンと逍遥学派の間には言葉の斬新さ以外に違いはないことを示そうとしているように思えました。そして、それは実際に私には証明されたことです。しかし、もしそうであるならば、ゼノンの主張、つまり徳には幸福に生きるための十分な力があるという主張と矛盾しないのであれば、逍遥学派についても同じことを言うことが許されるのはなぜでしょうか?私は、言葉ではなく、物事そのものを考慮すべきだと考えています。 [33] <b>M</b>. あなたは確かに封印された文書で私と議論し、私がこれまで言ったり書いたりしたことを証言しています。このように、法律を押し付けて議論する他の人々とは違います。私たちは日々を生きています。心に浮かんだことを、もっともらしく言うのです。だからこそ、私たちだけが自由なのです。しかし、先ほど少し不変性について話したので、ゼノンと彼の聞き手アリストンが、名誉あるものだけが善であると喜んでいたかどうか、ここで調べる必要はないと思います。もしそうであれば、彼はこれらすべてを幸福に生きるという一つの美徳に置いたでしょう。[34] なぜブルータスに、彼が幸福で常に賢明であるように、これを与える必要があるのでしょうか。彼に何が自分に合うかを見させればいいのです。実際、この意見の栄光に彼以上にふさわしい人がいるでしょうか。それでも私たちは、彼こそが最も祝福された者であると信じています。 ===XII.=== そして、ある新参者で卑劣な言葉遣いのゼノン・キティオスが古代哲学に紛れ込んだように見えるとしても、この意見の重大さはプラトンの権威によって繰り返され、プラトンではこの表現が頻繁に使われ、徳以外に善と呼ばれるものはなかった。[35] ゴルギアスのように、ソクラテスは、当時最も幸運だと考えられていたペルディッカスの息子アルケラオスが幸福だと思うかと尋ねられたとき、こう答えた。「私は知りません。彼と話したことがないからです。」 — 知らないのですか?他に知る方法がないのですか? — まったくありません。 — では、ペルシアの大王でさえ、幸福かどうかは言えないのですか? — あるいは、彼がどれほど博識で、どれほど善良な人なのかを知らないので、言えるでしょうか? — 何ですって?彼に幸福な人生が見出されると思いますか? — まったくそう思います。善人は幸福で、悪人は不幸です。 — ではアルケラオスは不幸なのですか? — 確かに、不正であれば。 — 彼は幸福な人生全体を一つの美徳に集約しているように見えるだろうか? [36] 一体どういうことだろうか?『墓碑銘』ではどのような点で同じことが言えるだろうか?彼は言う、「人にとって、幸福な人生へと導くすべてのものがそれ自体で適しており、幸運にも不運にも他人に頼る必要はなく、過ちを犯すこともない。これが最良の生き方である。この人は節度があり、強く、賢明であり、生まれながらの者にも堕落した者にも、他のあらゆる利点とともに、そして特に自由な者にも、その古来の教えに従うだろう。なぜなら、彼は常に自分自身にすべての希望を置くので、過度に喜んだり悲しんだりすることはないからだ。」したがって、プラトンの聖なる、そして荘厳な源泉から、私たちのすべての言葉は流れ出るのである。 ===XIII.=== [37] では、私たちの共通の親である自然から始めること以上に正しい出発点があるでしょうか。自然は、動物だけでなく、大地から生えて自らの力で支えられているものも含め、自分が生み出したものはすべて、それぞれの種類において完全であるべきだと望んだのです。そのため、木やブドウの木、そして背が低く大地から高く伸びることができない植物も、常に繁栄するものもあれば、冬に葉を落とした植物も、春には暖かくなって葉を芽吹かせるものもあり、ある種の内部運動と種子によって繁栄しないものはなく、花を咲かせたり、作物や実をつけたりします。そして、すべてのものは、それらの中にある限り、何の妨げとなる力もなく完全です。[38] しかし、動物でさえ、自然によって感覚を与えられたので、自然そのものの力はより容易に知覚できます。なぜなら、自然は、ある動物は流れる水に住むべきであり、ある鳥は自由に空を楽しむべきであり、ある蛇は歩き、ある動物は歩くべきであると望んだからです。それらの中には、さまようもの、集まるもの、巨大なもの、そして地中に隠れて覆われているセミもいる。そして、それぞれが独自の機能を持ち、異なる方法で生命者の生命に入り込むことができないため、自然の法則の中に留まる。そして、動物には自然によってあるものが与えられ、それぞれがそれを保持し、それから離れないように、人間にはそれよりもはるかに優れたものが与えられる。もっとも、優れたものとは比較できるものと呼ばれるべきだが、神の心から引き出された人間の精神は、神自身以外には比較できない、と言ってよいだろうか。[39] したがって、これが磨かれ、その知性が誤謬に目がくらまないように磨かれるならば、それは完全な精神、すなわち絶対理性となり、それは徳と同じである。そして、何も欠けることなく、その種類において満たされ蓄積されているものはすべて祝福され、これは徳に固有のものであるならば、確かに徳を持つ者はすべて祝福される。そしてこれは確かにブルータス、すなわちアリストテレス、クセノクラテス、スペウシッポス、ポレモの考えと一致する。[40] しかし彼らはまた、私には最も幸福な人々であるように思える。自分の財産を信頼する者にとって幸福に生きるために何が欠けているだろうか?あるいは、信頼しない者が幸福になれるだろうか?しかし、自分の財産を三つに分ける者は必然的に信頼しないことになる。 ===XIV.=== 肉体の強さや運命の安定性に頼ることができる人がいるだろうか。しかし、安定した、固定された、永続的な善に頼らなければ、誰も幸福にはなれない。では、これらのものの本質とは何だろうか。ラコニア人の諺が彼らに当てはまるように思われる。ある商人が、あらゆる海岸に多くの船を送ったと自慢していたとき、ラコニア人は「これは決して望ましいことではない。運命は愚か者にふさわしいものだ」と言った。幸福な人生が実現されるような生活において、もしそれが失われる可能性があるならば、何も考慮すべきではないということに疑いの余地はないだろうか。幸福な人生を構成するものから、枯れるものも、消え去るものも、落ちるものもあってはならない。これらのどれかを失うことを恐れる者は幸福になれない。[41] 幸福な人には、恐れをほとんど持たないかのようにではなく、恐れを全く持たないかのように、安全で、難攻不落で、囲われて要塞化されていることを望む。なぜなら、無実と呼ばれるのは、少ししか害を及ぼさない者ではなく、全く害を及ぼさない者であるのと同様に、恐れを知らない者とは、少ししか恐れない者ではなく、完全に恐れから解放された者とみなされるべきだからである。危険や苦労や苦痛の中にあっても、なおかつあらゆる恐れから遠く離れているときの心の愛情以外に、他にどんな強さがあるだろうか。[42] そして、すべての善がただ一つの正直さから成るのでなければ、これらのことは決してそうではないだろう。しかし、多くの悪が存在する、あるいは存在し得るときに、最も望まれ、求められている安全(そして私が今、幸福な人生が置かれる安全を病気の不在と呼ぶ)を誰が持つことができるだろうか。しかし、すべてのことが自分自身の中にあると考えなければ、誰が高潔で正直であり、人間に起こりうるすべてのことを小さなものと考え、私たちがなりたいと願うような賢い人間になれるだろうか。フィリッポスが手紙でスパルタ人(Lacedaemonii) を脅迫したとき、スパルタ人はフィリッポスが自分たちの試みを何でも禁じるのか、あるいはフィリッポス自身が死ぬことさえ禁じるのかと尋ねただろうか?我々が探している人物は、そのような心構えを持つ者であれば、都市国家全体よりも簡単に見つかるのではないか?何だって?我々が話しているこの不屈の精神に、あらゆる感​​情の抑制である節制が加われば、不屈の精神が病気や恐怖から彼を救い、節制が彼を情欲から遠ざけつつも、傲慢な熱狂で暴走することを許さない者にとって、幸福な人生に何が欠けるというのか? もしこれらが前日までに説明されていなかったら、私は徳がこれらのことを成し遂げることを示したいところです。 ===XV.=== [43] 心の乱れは苦しみをもたらし、心の平安は幸福な生活をもたらす。乱れの原因は二つある。病気と恐怖は悪しき考えに関係し、喜びと欲望は善きものの誤りに関係する。これらすべてのものが助言と理性と戦い、これらの深刻な動揺と戦い、それらを非常に不調和で混乱させるので、空虚で、自由で、気楽な人を見て、その人を幸福と呼ぶことをためらうだろうか。しかし賢者は常にこのように影響を受ける。ゆえに賢者は常に幸福である。また、すべての善は喜びをもたらす。喜びをもたらすものは、宣言され、彼の前に運ばれなければならない。そのようなものは栄光ももたらさなければならない。栄光があれば、確かに称賛に値する。称賛に値するものは、確かに名誉ももたらさなければならない。したがって、善は名誉にかかわるものでなければならない。 [44] しかし、これらの人々が列挙する善は、彼ら自身でさえ名誉とは呼ばない。したがって、名誉ある善だけが善である。人生は名誉のみによって成り立っており、それによって幸福がもたらされる。したがって、最も不幸な人が満ち溢れることが許されるような善は、そのような善とは呼ばれたり、そうみなされたりしてはならない。[45] 健康、力、美しさ、最も鋭敏で完璧な感覚に優れ、さらに、もし望むなら、ひねくれと速さを加え、富、名誉、帝国、財産、栄光を与えたとしても、これらを持っている人が不正で、節度がなく、臆病で、愚鈍で、何の罪もないなら、その人を不幸と呼ぶことをためらうだろうか。では、それを持っている人が最も不幸になりうる善とは何だろうか。山が同種の穀物でできているように、祝福された人生もそれと似た部分でできているかどうか見てみよう。しかし、もしそうであるならば、名誉ある善のみによって人は幸福にならなければならない。もしそれらが異質なものから混ざり合っているならば、そこから名誉あるものは何も生まれない。もしこれが取り除かれたら、どうして人は幸福であると理解できるだろうか。善なるものはすべて望まれるものであり、望まれるものは必ず認められるものでなければならない。そして認められるものは受け入れられ、容認されるものでなければならない。したがって、それには尊厳も帰せられるべきである。しかし、もしそうであるならば、それは必然的に称賛に値するものでなければならない。ゆえに、すべての善は称賛に値する。このことから、名誉あるものこそが唯一の善であるという結論が導かれる。 ===XVI.=== [46] しかし、もし私たちがこの見解を持たないならば、私たちにとって良いとされるものは数多く存在するでしょう。富(どんなに不適格な者でも富を得ることはできますが、良いものの中に数で数えることはできません。なぜなら、良いものは誰もが手に入れられるものではないからです)や、愚か者や悪党の同意によって高められた高貴さや名声は除外します。これらは最も取るに足らないものですが、それでも良いものと呼ばなければなりません。白い歯、美しい目、心地よい肌色、そしてアンティクレイアがオデュッセウスの足を洗う際に称賛したもの、すなわち <poem>    穏やかな話し方、柔らかな体つき。 </poem> もし私たちがこれらのものを良いものとみなすならば、哲学者の重みは一体何になるでしょうか。あるいは、一般の人々や愚か者の大衆にとって、より重く、より偉大なものは何になるでしょうか。[47] しかし、ストア派はこれらの「善」と同じものを「主要なもの」あるいは「生み出されたもの」と呼んでいます。確かに彼らはそう言いますが、幸福な人生はそれらによって完全になるわけではないと否定しています。しかし彼らは、それらがなければ人生はないと考えているか、あるいは、人生が幸福だとしても、それが最も幸福であるとは断言しない。しかし私たちは最も祝福された人生を望んでおり、それはソクラテスの結論によって確証されている。哲学の君主は次のように論じた。各人の心の情念がどのようなものかによってその人は決まり、その人自身がどのようなものかによってその人の言葉は決まり、言葉に似た行いが人生の行いとなる。さて、善人の心の情念は称賛に値するものであり、したがって善人の人生は称賛に値するものであり、称賛に値するゆえに名誉あるものである。これらの善から、人生は祝福されていると結論づけられる。[48] 神々と人の信仰にかけて!以前の議論で、あるいは快楽と余暇を消費するために、賢者は常に心のあらゆる興奮(私が動揺と呼ぶもの)から解放されており、常に心に最も穏やかな平和を持っていると言ったのではなかったか?それゆえ、節度を守り、不変の精神を持ち、恐れも病もなく、熱狂も欲望もない人は、幸福ではないだろうか。常に賢明であるならば、常に幸福である。さて、善良な人であれば、自分の行いや感じることすべてを、称賛に値するものと結びつけずにいられるだろうか。しかし、すべては幸福な生活に関係している。ゆえに、幸福な人生は称賛に値する。また、徳のないところに称賛に値するものはない。ゆえに、幸福な人生は徳によって達成されるのである。 ===XVII.=== [49] そして、このことは次のように結論づけられる。惨めな人生には称賛に値するものも誇るべきものもなく、惨めでも幸福でもない人生にも称賛に値するものはない。しかし、エパミノンダスが言うように、称賛に値するもの、誇るべきもの、称賛されるべきものがある人生もある。 <poem>    ラコニア人の称賛は、我々の助言をかき消すほどだ。 </poem> アフリカヌスが言うように、 <poem>    マエオティアの沼地に昇る太陽から      我々の行いに匹敵する者はいない。 </poem> [50] しかし、もしそうであるならば、祝福された生活はそれ自体で称賛され、説教され、高く評価されるべきである。なぜなら、それ自体で説教され、高く評価されるべきものは他に何もないからである。これらのことを述べたので、次のことが理解できるであろう。そして実際、尊厳と同じである祝福された生活でなければ、祝福された生活よりも優れた何かが必​​ず存在しなければならない。なぜなら、尊厳のあるものは何でも、彼らは必ずそれよりも優れていると認めるからである。したがって、祝福された生活はそれよりも優れた何かとなるであろう。これ以上に不条理なことが言えるだろうか?何だろうか?彼らが、悪徳には惨めな生活をもたらす十分な力があると認めているのだから、私たちは、徳には祝福された生活をもたらす同じ力があると認めなければならないのではないか?反対のことは反対の結果をもたらすからである。[51] そこで私は、クリトラスの天秤にどのような力があるのだろうかと問う。彼は、精神の善を一方の天秤に、肉体と外面の善をもう一方の天秤に載せ、その天秤(善の天秤)で地球と海を重くすることができると考えている。 ===XVIII.=== それでは、この人や、徳を極度に誇張し、他のものを軽視し、否定するあの最も真面目な哲学者たちが、徳の中に幸福な人生だけでなく、最も幸福な人生をも見出すことを阻むものは何であろうか。実際、そうしなければ、徳は滅びることになるだろう。[52] 病に冒された者は、同じ恐怖に陥らざるを得ない。恐怖とは、将来の病に対する不安な予感だからである。しかし、恐怖に陥った者は、同じ恐怖、臆病、恐怖、怠惰に陥る。ゆえに、時として恐怖を克服し、アトレウスの教えが自分に当てはまると思わないようにしなければならない。 <poem>    人生には、克服する方法を知らないような出来事が現れる。 </poem> しかし、ここで彼は克服されるだろう。私が言ったように、彼は克服されるだけでなく、奉仕するだろう。しかし、私たちは常に自由で、常に征服されない徳を求めている。そうでなければ、徳は奪われてしまう。 [53] 徳によって善く生きるのに十分な保護があるならば、幸福に生きるのにも十分である。なぜなら、徳によって勇敢に生きることは確かに十分であり、勇敢であれば、偉大な精神を持ち、実際、何事にも恐れることなく、常に無敵である。したがって、後悔はなく、不足はなく、妨げるものもない。ゆえに、すべては絶対的に、繁栄して、幸福に流れる。しかし、徳は勇敢に生きるのに十分である。ゆえに、幸福に生きるのにも十分である。 [54] 愚かさが、望むものを手に入れたとしても、決して十分だと思わないように、知恵は常に今あるものに満足し、決して後悔しない。 ===XIX.=== ガイウス・ラエリウスは執政官を一度務め、実際に拒否されたと思いますか(彼のような賢明で善良な人物が投票で落選した場合、拒否の責任を負わされるのは民衆ではなく彼自身です)――しかし、もしあなたが権力を持っていたとしたら、ラエリウスのように一度執政官になるのと、キンナのように四度執政官になるのと、どちらが良いと思いますか?[55] あなたがどう答えるかは分かっています。ですから、誰にこの質問を委ねるか考えます。私は同じ質問を誰にもしません。なぜなら、別の人は、執政官を四度務めるよりも一度務める方が良いだけでなく、キンナの一日を多くの著名な人物の全生涯よりも良いと答えるかもしれないからです。ラエリウスは、指一本でも誰かに触れたら罰したでしょうが、キンナは同僚の執政官グナエウスを罰したでしょう。オクタウィウスは、プブリウス・クラッスス、ルキウス・カエサル、私が聞いた中で最も雄弁なマルクス・アントニウス、そして私には人間性、塩味、甘さ、魅力の模範であったと思われるガイウス・カエサルの斬首を命じた。では、これらの人々を殺した彼は祝福されたのだろうか?むしろ、彼はこれらのことを行っただけでなく、そのような行為を許されるような振る舞いをしたためにも、惨めな者であったように思える。誰も罪を犯すことは許されていないが、私たちは言葉の誤りに陥っている。なぜなら、許されることは、各人に与えられたものであると言うからである。 [56] ガイウス・マリウスは、同僚のカトゥルス(ほとんどもう一人のラエリウスと言える人物。私は彼がその指導者に最も似ていると思う)とキンブリの勝利の栄光を分かち合った時と、内戦の勝者となった時に、カトゥルスの切実な懇願に対し、一度ならず何度も「彼を死なせろ」と答えた時とでは、どちらが最終的に幸福だったのだろうか。後者の場合、この邪悪な声に従った者の方が、邪悪な統治をした者よりも幸福だったことになる。なぜなら、傷つけるよりも傷つけられる方が良いのだから、マリウスのように、死が近づいている時に少し先に進む方が、そのような人物の死によって6回の執政官在任期間を台無しにし、人生の最期を汚すよりも良いからである。 ===XX.=== [57] ディオニュシオスは25歳で権力を握り、42年間シラクサの{{r|僭主|せんしゅ}}であった。彼はどれほど美しい都市を所有し、どれほどの富を蓄え、どれほど奴隷制によって国を抑圧していたことか。しかし、信頼できる著述家によると、彼は極めて節制した食生活を送り、仕事においては非常に精力的で勤勉であったが、生まれつき邪悪で不公平であったという。真実を見つめる者すべてにとって、それは実に哀れなことと映るに違いない。なぜなら、彼は何でもできると思っていた時でさえ、望んだものを手に入れることはできなかったからである。[58] 彼は、良家の子息で高貴な身分に生まれたにもかかわらず(ただし、これを別の言い方で表現した者もいる)、同輩との親交や知り合いに恵まれ、ギリシャ風に若い男の愛で結ばれた者もいたが、裕福な家柄から奴隷として選んだ者以外は誰も信用せず、自ら奴隷という名を捨て、自分の身の安全をある種の野蛮人に委ねた。このように、不正な支配欲のために、彼はある意味で自ら牢獄に閉じ込められた。さらに、首を床屋に任せることのないよう、娘たちに髭剃りを教えた。こうして、侍女たちの卑しい技によって、王女たちは床屋のように父親の髭と髪を剃った。しかし、彼らが成長すると、彼は彼らから鉄を取り除き、白熱したクルミの殻で彼らの髭と髪を焼くようにした。[59] また、彼には自分の市民であるアリストマケスとロクリア人のドリスという二人の妻がいたので、彼は夜に彼女たちのところへ行き、事前にすべてを監視し、精査した。そして、彼は自分の部屋のベッドを広い溝で囲み、溝の通路を小さな木製の橋でつないだ後、部屋のドアを閉めたら、自らそれを後ろ向きにした。また、彼は普通の説教壇に立つ勇気がなかったので、高い塔から説教するのが常だった。[60] そして、彼がボール遊びをしたいとき(彼は熱心にボール遊びをした)、そしてチュニックを着るとき、彼は愛する若い男に剣を渡したと言われている。ここで、ある親しい人物が冗談めかして「あなたは確かにこの男に人生を捧げている」と言ったところ、若者は彼を嘲笑した。すると彼は、二人とも殺すよう命じた。一人は自殺の仕方を自ら示したから、もう一人はその言葉を笑って賛同したからである。そして、それが終わると、彼は人生でこれ以上の重荷に耐えられないほど悲嘆に暮れた。なぜなら、彼は激しく愛した者を殺してしまったからである。このように、彼らは無力な者の相反する欲望に引き込まれていく。一方に従えば、他方に抵抗しなければならない。 ===XXI.=== [61] この暴君自身も、自分がどれほど幸せかを判断していた。支持者の一人であるダモクレスが演説で、彼の権力、富、統治の威厳、物の豊富さ、宮殿の壮麗さについて述べ、彼ほど幸せな者はいないと否定したとき、彼は言った。「ダモクレスよ、この生活がお前を喜ばせるのなら、お前自身もそれを味わい、私の幸運を体験してみないか?」彼がそれを望むと答えると、彼はその男を最も美しい織物で覆われた、壮麗な絵が描かれた黄金のベッドに寝かせ、銀と金の{{r|象嵌|ぞうがん}}でいくつかの{{r|算盤|そろばん}}を飾らせた。それから、並外れた美貌を持つ選ばれた少年たちを食卓に立たせ、見る者の命令に従って熱心に給仕させた。[62] 軟膏、王冠、香が焚かれ、食卓には最も豪華なごちそうが並べられた。ダモクレスは自分は幸運だと考えた。この準備の最中、彼は馬の{{r|鐙|あぶみ}}のついた{{r|鞍|くら}}から下ろすのにふさわしい輝く剣を、その祝福された男の首に掛けるよう命じた。そのため、彼はハンサムな従者たちにも、芸術に満ちた銀器にも目を向けず、テーブルに手を伸ばすこともなかった。なぜなら、王冠さえもすでに落ち始めていたからである。最後に、彼はもはや祝福を望まないので、暴君に立ち去ることを許してほしいと懇願した。ディオニュシオスは、常に何らかの恐怖に怯えている者には何も祝福されないと十分に宣言したように思えるだろうか?そして彼は、正義に戻り、市民に自由と権利を回復するのに十分な健康状態にもなかった。なぜなら、若い頃、不当な年齢の時に、彼はそれらに巻き込まれ、健康になったとしても救われることのないほどの過ちを犯していたからである。 ===XXII.=== [63] 彼は、不誠実を恐れる友情をどれほど切望していたことか、死刑判決を受けた二人のピタゴラス派の弟子、つまり一人が死刑判決を受けたとき、もう一人が自分の弟子を解放するために死刑執行の場に立ち会った二人のピタゴラス派の弟子について、「私が三人目としてあなたの友人と数えられればよかったのに!」と述べている。友人との交流、生きている人との交わり、特に幼い頃から教えを受け、自然芸術に精通していた、全く親しい人との会話を奪われることは、彼にとってどれほど悲惨なことだったことか。しかし、音楽家の熱心な学生であった。悲劇詩人でさえ(なんと素晴らしいことか、この件とは何の関係もない。このジャンルでは、どういうわけか、それぞれが他のジャンルよりも独自の美しさを持っている。私はこれまで、自分を最高だと思わない詩人を知らない(そして私はアクイニウスと親交があった)。そういうことだ。あなたの詩はあなたを喜ばせ、私の詩は私を喜ばせる)――しかしディオニュシオスに戻ると、彼はあらゆる人間的な教養と食べ物を奪われ、逃亡者、犯罪者、野蛮人と暮らしていた。彼は、自由に値する者、あるいは完全に自由になりたい者を誰一人として友人とは考えなかった。 ===XXIII.=== [64] 私は、博識で真に賢明なプラトンやアルキタスの生涯を、彼の生涯と比べるつもりはない。彼の生涯より、もっと忌まわしく、惨めで、憎むべきものは想像できない。私は、同じ都市の塵と光の中から、何年も後に生きた、謙虚な小男、アルキメデスを掘り起こそうと思う。私は財務官であり、シラクサ人は彼の墓の存在を完全に否定していたので、私は彼の墓を探し求めた。墓は四方を茨と茂みに囲まれ、覆われていた。なぜなら、私は彼の記念碑に刻むために何人かの賢者を雇っており、彼らは墓の頂上には球と円筒があると主張していたからだ。[65] しかし、私は自分の目で全てを調べていたので(アグリジェントの門にはたくさんの墓がある)、茂みのすぐ上にある小さな柱に目が留まり、そこに球と円筒の像があった。そして私はすぐにシラクサの人々(王子たちも同席していた)に、まさに私が探していたものだと伝えました。多くの人が鎌を持って派遣され、その場所を片付けて開けました。[66] 入口が開くと、私たちは反対側の基壇に近づきました。碑文が現れましたが、詩の後半部分はほぼ半分消されていました。このように、ギリシャで最も高貴な都市であり、かつては最も学識のある都市でもあったこの都市は、アルピナトスという人物から学んでいなければ、その最も鋭敏な市民の一人の記念碑を知らないはずがありませんでした。しかし、話が逸れてしまったところに戻りましょう。ミューズ、つまり人間性や学問と交流のある人の中で、この数学者をあの暴君よりも好まない人がいるでしょうか。生き方や行動の仕方を模索するならば、ある人の心は理性と探求によって養われ、技能の喜びによって養われました。技能は心の最も甘美な牧草地のひとつです。一方、別の人の心は殺人や傷害によって養われ、昼夜を問わず恐怖に怯えました。さあ、デモクリトス、ピタゴラス、アナクサゴラスを比べてみてください。彼らの学問や喜びよりも、どんな王国や富を好むでしょうか?[67] なぜなら、人のどんな部分が最も優れているにせよ、あなたが求める最良のものは、必然的にその部分にあるからです。しかし、賢明で善良な心を持つ人の何が優れているのでしょうか?したがって、幸福になりたいのであれば、私たちは彼の善を享受しなければなりません。そして、心の善は徳です。したがって、幸福な人生は必然的にこの徳の中に含まれているはずです。それゆえ、私が上で述べたように、美しく、正直で、優れたものはすべて、喜びに満ちています。しかし、幸福な人生は永続的で満ち足りた喜びから生じることは明らかですから、それは正直さから生じるということになります。 ===XXIV.=== [68] しかし、言葉で示したいことをただ触れるだけにとどまらないように、いわば、知識と理解へと私たちをより深く導くような動機を提示しなければなりません。優れた芸術家であるある人物を例にとり、彼の心と思考を少しの間想像してみましょう。まず、彼は優れた知性を持っている必要があります。なぜなら、徳は鈍い心には容易に伴わないからです。次に、彼は研究によって真理を探求するように促されなければなりません。そこから、三つの精神の実りが生まれます。一つは物事の知識と自然の解釈にあり、もう一つは探求すべきことと避けるべきことの記述と生きる理由にあり、三つ目はそれぞれの事物に何が帰結し、何が反するものかを判断することにあります。この判断には、議論の巧妙さと判断の真実の両方が含まれています。[69] それゆえ、賢者の心は、これらのことに思いを馳せ、夜を憂いの中で過ごすとき、どれほどの喜びに満たされることでしょう。こうして、彼は全世界の運動と回転を観察し、空に内在する無数の星々が、その動きに合わせて一定の場所に固定され、さらに7つの星がそれぞれ独自の軌道を描き、それぞれが高さや低さにおいて互いに大きな距離を保ちながらも、その彷徨う動きによって軌道の固定された一定の空間を定めているのを見た。疑いなく、これらの光景は古代の人々を駆り立て、さらに探求するよう促した。こうして、始まり、いわば種子の探求が始まった。万物はどこから発生し、生み出され、具体化されるのか、無生物であろうと生物であろうと、無言であろうと雄弁であろうと、あらゆる種類のものの起源は何なのか、生命とは何か、破壊とは何か、そして変化とは何か、地球はどこから存在し、どのような重さでバランスが取れているのか、海はどのような洞窟で支えられているのか、万物はどのような重力によって運ばれ、常に世界の中心、つまり円の中で最も低い場所へと向かうのか。 ===XXV.=== [70] 心がこれに取り組み、昼夜について考えるとき、デルフォイの神によって定められた知識が生じ、心自身が自分自身を認識し、神の心と一体化していると感じ、そこから飽くことのない喜びに満たされる。神々の力と性質についての思考そのものが、彼らの永遠を模倣したいという願望を燃え立たせ、また、他の原因によって結びついた他の事物の原因を適切かつ必然的なものと見なすので、人生の短さに閉じ込められているとは考えない。そして、それによって理性と精神は、永遠から永遠へと流れるものとしてそれらを調整する。 [71] 彼がこれらを見つめ、予見し、あるいはむしろあらゆる部分の端と隅々を見回すとき、彼はなんと穏やかな心で人間やその他の事物を考察するのだろうか。それゆえ、徳の知識が生じ、徳の種類と部分が繁栄し、自然が善の極限に求めるもの、悪の究極に求めるもの、義務を帰すべきもの、人生の生き方を選ぶべきものが何であるかが明らかになる。これらのことなどを考察することによって、この議論で行っているように、徳が幸福に生きることに満足できるようになることは、確かに達成される。[72] 第三のものは、知恵のあらゆる部分に流れ込み、物事を定義し、種類を分け、次のものを加え、完全な結論を出し、真偽を判断し、議論の理性と学問となる。そこから、物事を量ることに最大の有用性が生じるので、最大の自然な喜びと価値ある知恵が生じる。しかし、これは怠惰である。この同じ賢者に共和国の擁護に移らせよう。賢明さは市民の利益を見極め、正義はそこから何の利益も得ず、残りのものを市民のために活用するなど、実に多様な美徳を備えているのだから、これ以上に優れたものがあるだろうか。さらに、人生のあらゆる助言が一致し、ほとんど共謀するほどに学識ある人々が身を置く友情の果実、そして日々の礼拝と食事から得られる最大の喜びも加わる。人生が究極的に望むもの、より幸福になるためには何だろうか。多くの大きな喜びに満ちた幸運の女神でさえ、必然的にそれに屈するだろう。しかし、このような精神的な善きもの、すなわち美徳を享受することが祝福であり、すべての賢人がこれらの喜びを享受するならば、彼ら全員が祝福されていると認めざるを得ない。 ===XXVI.=== [73] <b>A</b>. 拷問や苦痛の中でも? <b>M</b>. 私が婉曲的な言葉遣いをしているとでも思ったのですか?それともバラのような言葉遣いをしているとでも?あるいは、つい最近哲学者という立場を取り、自らその名を刻んだエピクロスは、たとえ火傷を負い、拷問を受け、切り刻まれようとも、賢者には「なんと無価値なことか!」と叫ばずにはいられない時間はない、と述べることを許されるのだろうか。実際、彼は私の称賛に値することを述べている。特に、彼はすべての悪を苦痛、善を快楽と定義し、私たちの正直で卑しいこれらのものを嘲笑し、言葉に忙殺されている私たちは空虚な音を吐き出し、身体の軽いものか粗いものか以外には何も関係がないと言っているのだから。したがって、私が言ったように、彼は野獣の判断とさほど変わらず、自分自身を忘れ、運命を軽蔑し、すべての善と悪は運命の支配下にあると言い、そして、苦痛は最大の悪であるだけでなく唯一の悪であると確立したのだから、最大の拷問と苦痛の中で幸福であると言うことが許されるのだろうか。 [74] 彼は、苦痛に耐える力、精神の強さ、恥辱に耐える力、苦行の訓練と習慣、[忍耐の教訓]、男らしい厳しさといった救済策を自ら得ようとはせず、過去の快楽を思い出すことだけで心が落ち着くと言う。まるで、熱に燃えているとき、熱の力に容易に耐えられないとき、かつてアルピナトスの氷河に囲まれていたことを思い出したいと願うかのようだ。過去の快楽の存在が、どのように悪を和らげることができるのか私には理解できない。 [75] しかし、賢者は常に祝福されていると彼が言うのだから、もし彼が自分自身と矛盾しないようにしたいと願うならば、このようなことを言うことは許されないだろう。では、正直さに欠けるから良いことには何も望んではならない、何もしてはならないと考える者たちをどうすればよいのだろうか。実際、私の権威によれば、逍遥学派や古参のアカデミア派でさえ、時折どもるのをやめ、ファラリスの雄牛に降り立つことが至福の人生であると、はっきりと公然と述べる勇気を持つようになる。 ===XXVII.=== [76] 善には三種類あるので、ストア派の罠から抜け出そう。私は、自分が慣れている以上にストア派の罠に陥っていたことを自覚している。これらの種類の善は真実であるとしよう。一方、肉体的で外的な善は地面に横たわり、ただ取られるから善と呼ばれるだけであり、他の神聖な善は広く遠くまで広がり、天にまで達する。それらを得た者は誰であれ、なぜ私は彼を祝福された者と呼び、最も祝福された者と呼ばないのだろうか。しかし、賢者は苦痛を恐れるだろうか。これはこの考えに最も反する。なぜなら、私たちは過去の議論によって、自分自身の死や病気、その他の心の乱れに対して十分に武装し、準備しているように思われるからである。苦痛は徳の最も激しい敵であるように思われる。それは燃える松明を狙い、不屈の精神、精神の偉大さ、忍耐を弱めると脅す。[77] それゆえ、徳はこれに屈するだろうか、賢明で揺るぎない人の祝福された人生はこれに屈するだろうか。なんと恥ずべきことか、おお、善き神々よ!スパルタの子らは、殴打の痛みに引き裂かれてうめき声をあげない。我々はスパルタで、若者の群れが信じられないほどの激しさで、拳、蹴り、爪、そして最後には噛みつきで戦い、敗北を認めるくらいなら死を選ぶのを見てきた。インドよりも広大で野蛮な野蛮さがあるだろうか?しかし、その国では、賢者と見なされる人々が初めて裸で年月を過ごし、コーカサスの雪と冬の猛威に苦痛を感じることなく耐え、火に身を投じると、うめき声​​をあげずに焼かれる。[78] しかし、インドの女性たちは、共通の夫が死ぬと、夫が自分たちを最も愛していたかどうかを競い、裁く(複数の女性が一人と結婚するのが慣例となっているため)。勝利した者は、夫とともに喜びのうちに火葬台に横たえられ、従者たちがそれに続く。敗北した者は悲しみのうちに去る。習慣は決して自然に打ち勝つことはできない。自然は常に無敵だからだ。しかし、我々は心に影、喜び、怠惰、倦怠、怠けを植え付け、意見や悪習によって心を軟化させてしまった。エジプト人の習慣を知らない者がいるだろうか。悪の誤りによって心を硬化させた彼らは、毒蛇や毒ヘビ、犬やワニを犯す前にすでに殺され、たとえ軽率なことをしたとしても、どんな罰も拒まない。[79] 私は人間のことを言っている。何だって?獣は寒さや飢え、山々や荒野をさまよい、探索に苦しまないのか?彼らは傷を負い、攻撃や打撃を恐れないような方法で身を守らないのか?野心的な者が名誉のために、熱心な者が栄光のために、熱心な者が愛のために、彼らが耐え忍び、苦しむことは、ここでは割愛する。人生は、そうした例に満ちている。 ===XXVIII.=== [80] しかし、この話は、ある様式を採用し、逸れたところに戻らなければならない。祝福された人生は、拷問に屈することなく、正義、節制、そして何よりも不屈の精神、心の偉大さ、忍耐は、拷問者の口を見ても、しっかりと立ち、そのすべての美徳をもって、拷問者の前で心の恐怖を感じることなく、先に述べたように、牢獄の扉の外、敷居の外で抵抗するだろう。最も美しい仲間から引き離されて、一人ぼっちになったとき、これ以上に卑劣で醜いものがあるだろうか。しかし、これはいかなる状況下でもできない。美徳は祝福された人生なしには結びつくことができず、美徳なしには結びつくこともできないからである。[81] それゆえ、彼らはそれを逃れることを許さず、自らが導かれるどんな苦痛や拷問にも、自ら身を委ねるだろう。賢者にとって、後悔するようなことは何もせず、不本意なことは何もせず、すべてを立派に、絶えず、厳粛に、名誉をもって行い、何かが起こることが確実であるかのように期待せず、何かが起こったときに驚嘆せず、それが予期せず新しい出来事であるかのように見せ、すべてを自分の意志に委ね、自分の判断に固執することが適切である。これ以上に祝福されたことがあるだろうか、私には到底思いつかない。[82] ストア派の結論は実に容易である。彼らは、善の目的は自然と調和し、自然に従って生きることであると感じていたので、これは賢者の義務であるだけでなく、賢者の力でもあるので、最高の善をその力で実現する者は、その人生において祝福されることになるのは必然である。このようにして、賢者の祝福された人生が常に訪れる。あなたは、祝福された人生について私が最も力強く言えると思うことを述べており、あなたがより良いものを持ち込まない限り、今のところは最も真実でもある。 ===XXIX.=== <b>A</b>. 確かにこれ以上のことは思いつきませんが、もしご都合がよろしければ、あなたが特定の学問分野や諸々の教えに縛られていない以上、真理のように見えるものの中で、最も心を動かされるものについて、お聞かせいただければ幸いです。少し前にあなたは、逍遥学派や古代アカデミアに対し、賢者は常に最も祝福されていると、撤回することなく自由に述べるよう勧めておられたようですが、彼らがそう言うことが、どのように彼らの教えと矛盾しないのか、あなたの考えをお聞かせいただきたいのです。というのも、あなたはこれまでこの見解に反論し、ストア派の論理で結論づけてきたからです。 [83] <b>M</b>. ですから、哲学においてのみ許されている自由を行使しましょう。哲学の言葉はそれ自体を何一つ判断せず、あらゆる部分において保持されているため、誰の権威にも縛られることなく、他者によってそれ自体で判断されるのです。そして、あなたが、反対する哲学者たちが目的についてどのような意見を持っていようとも、徳があれば幸福な人生を送るのに十分であるべきだと望んでいるようですが、私たちはカルネアデスがこれに反論していたのを耳にしました。しかし、彼は、常に最も熱心に反論し、その規律に対して彼の才能が燃え上がったストア派に対して、私たちは確かに平和的にこの議論を進めましょう。なぜなら、ストア派が善の目的を正しく示したならば、問題は解決済みです。賢者は常に幸福でなければならないのです。[84] しかし、可能であれば、他の哲学者たちからそれぞれ意見を求めてみましょう。そうすれば、幸福な人生というこの優れた定めが、すべての人々の意見や規律と一致するでしょう。 ===XXX.=== さて、私が思うに、目的についての意見は、これまで保持され、擁護されてきたものばかりです。まず、単純なものが4つあります。ストア派のように、名誉あること以外に良いことは何もない、エピクロスのように、快楽以外に良いことは何もない、ヒエロニムスのように、苦痛の空虚さ以外に良いことは何もない、カルネアデスがストア派に反論したように、自然の第一の、あるいはすべての、あるいは最大の善を楽しむこと以外に良いことは何もない、というものです。[85] したがって、これらは単純なものです。混合されたものは、3種類の善、すなわち、最も偉大なのは精神の善、第二は肉体の善、第三は外的な善であり、これははるか昔の逍遥学派とアカデミア派が異論を唱えなかったものです。ディノマコスとカリフォスは快楽を名誉と結びつけましたが、逍遥学派のディオドロスは怠惰を名誉に加えました。これらはある程度の安定性を持つ意見です。アリストン、ピュロス、エリロスの意見は消え去っていません。ストア派の意見は十分に擁護されてきたと思うので、ストア派は脇に置いて、これらの意見が何をもたらすか見てみましょう。そして実際、逍遥学派の主張は、テオフラストスを除いて説明されている。もし彼に倣う者の中には、苦痛を恐れ、恐怖に怯える者が少なからずいるとしても、残りの者たちは、彼らが普段行っているように、徳の重大さと尊厳を誇張することが許されている。雄弁家がしばしばそうするように、徳を天にまで高めてしまえば、それと比較して他の徳を軽蔑し、貶めるのは容易である。なぜなら、賞賛は苦痛を伴ってこそ得られるものだと言う者たちは、賞賛を得た者が祝福されていることを否定することは許されないからである。たとえ彼らが何らかの悪に陥っていたとしても、祝福されているという名は広く知れ渡っているのだから。 ===XXXI.=== [86] 利益のある貿易や実り豊かな耕作が、一方が常に損失から免れているから、他方が嵐の災難から免れているからではなく、両方において幸福がはるかに大きな程度で存在する場合に幸福と呼ばれるのと同様に、人生も、あらゆる面で善に満ちているからではなく、善がはるかに大きく、より重くのしかかる傾向にある場合に、正しく幸福と呼ばれるのである。[87] したがって、彼らの推論によれば、幸福な人生は、アリストテレス、クセノクラテス、スペウシッポス、ポレモの著述家によれば、雄牛に堕ちるときには徳か罰のどちらかに従い、脅迫やお世辞によって堕落した人生は放棄されない。カリフォンとディオドロスも同じ意見であり、彼らはどちらも正直さを重んじ、正直さのないすべてのものをはるか後方に置くと考えている。残りの者たちは視野が狭いように見えるが、それでも彼らは泳いでいる。エピクロス、ヒエロニムス、そしてカルネアの砂漠を守ろうとする者たちもいる。善人の心こそが判断者であり、善悪を問わずあらゆるものを軽蔑できると、彼らの中に考えない者はいない。[88] エピクロスの場合に当てはまることは、ヒエロニムスやカルネアデス、そしてヘラクレスにかけて誓うが、他のすべての者にも当てはまるだろう。死や苦痛に対する備えが不十分な者などいるだろうか? では、私たちが「柔和」あるいは「快楽主義者」と呼ぶ者から始めよう。 何だと? 死や苦痛を恐れているように見えるだろうか? 死ぬ日を祝福された日と呼び、最大の苦痛に苛まれながらも、自らの発見の記憶と回想によってそれを否定し、それを時間から消し去ろうとしない者を?彼は死について、魂が消滅すると感覚が消えるが、感覚がなくなると、それは私たちとは何の関係もないと考える。同様に、彼は苦痛の後に何が起こるかを確信しており、その激しさをその短さで、その距離をその軽さで慰める。[89] 結局、これらの雄弁な人々の中で、最も苦痛なこの二つのことに対してエピクロスよりもよく備えているのは誰だろうか?あるいは、エピクロスや他の哲学者たちは、悪とされる残りのことに対して十分に備えていないように見えるだろうか?貧困を恐れない者はいるだろうか?しかし、哲学者たちは誰もいない。 ===XXXII.=== しかし、彼はなんとわずかなものに満足していることか!乏しい食べ物についてこれほど多く語った者はいない。愛や野心、日々の生活費を賄えるだけの余裕など、お金への欲求を引き起こすものは何か。これらすべてから遠く離れているとき、なぜ彼はそれほどお金を欲しがるのだろうか、いや、そもそもなぜ気にする必要があるのだろうか?[90] スキタイ人のアナカルシスは無償でお金をもたらすことができるのに、我々の同胞の哲学者たちはそれができないのだろうか?彼の書簡は次のように伝えられている。「アナカルシス・ハンノに挨拶を。私はスキタイのコートを着て、土のたこが私の靴であり、大地が私の寝床であり、飢えが私の食べ物であり、私は乳、チーズ、肉を食べる。したがって、私に関しては、あなたは私の平和に来ることができる。しかし、あなたが喜ぶ贈り物は、同胞市民か不死の神々に与えなさい。」悪しき性質によって正しい理性から遠ざけられた者を除いて、あらゆる分野のほとんどすべての哲学者は同じ考えを持っていたかもしれない。[91] ソクラテスは、大量の金銀が運ばれる行列で、「私はどれほど欲しくないことか!」と言いました。クセノクラテスは、アレクサンドロスからの使節が当時、特にアテネでは最大の金額であった50タラントを持ってきたとき、使節をアカデミアでの夕食に招待し、準備もせずに必要最低限​​のものだけを与えました。翌日、使節が誰に支払うべきか尋ねると、「何?昨日、あなた方は、私がお金を必要としていないことを理解していなかったのですか?」と彼は言いました。使節がさらに悲しんでいるのを見て、彼は王の寛大さを軽んじているように思われないように、30ミナを受け取りました。[92] しかし、ディオゲネスは、キュニコス派のようにもっと自由に、アレクサンドロスが何か必要なものがあるか尋ねると、「今、少しだけ」、「太陽から」と言いました。彼は明らかにそれを太陽に捧げたのです。そして実際、彼はここで、ペルシャ王がいかに生活や財産において優れているか、何一つ不足するものはなく、何があっても満足することはない、決して満たされることのない快楽を望まず、決して自分のものを手に入れることはできない、などと論じるのが常だった。 ===XXXIII.=== [93] エピクロスは欲望の種類を、おそらくそれほど巧妙ではないが、有用なものとして、部分的に自然で必要なもの、部分的に自然だが必要ではないもの、そして部分的にどちらでもないものに分けたと私は考えている。必要なものはほとんど何もなくても満たされる。なぜなら自然の豊かさは手に入るからである。しかし彼は、2番目の種類の欲望は得るのが難しいとも、実際に欠けているとも考えていない。彼は3番目の種類の欲望は完全に捨て去るべきだと考えていた。なぜならそれらは完全に空虚で、必要でないだけでなく、自然に触れることさえなかったからである。[94] この箇所ではエピクロス派によって多くのことが議論され、これらの快楽は個別に縮小されている。彼らはそれらの種類を軽蔑しているわけではないが、それでもなお豊かさを求めている。なぜなら、彼らは、自分たちが多くの議論を捧げている猥褻な快楽は、容易で、ありふれていて、中庸に位置し、自然がそれを要求するならば、種類や場所や順序ではなく、形や年齢や姿によって測られるべきであり、健康や義務や評判がそれを要求するならば、それを控えることは全く難しくなく、この種の快楽は、有害でなければ全く望ましいが、決して有益ではないと言うからである。[95] そして彼は、快楽そのものは快楽であるゆえに常に望まれ、求められるべきであり、同じ理由で、苦痛は苦痛であるゆえに常に避けられるべきであると考えるように、快楽についてこれらすべてを規定している。そして彼は、この補償を用いて賢者を作り、快楽がより大きな苦痛を引き起こすならば快楽を避け、苦痛をそれを生み出すより大きな快楽として受け入れ、すべての快いものは、身体の感覚によって判断されるにもかかわらず、それでもなお精神に関係すると考える。 [96] それゆえ、肉体は現在の快楽を感じている限り喜び、精神は肉体と共に現在を知覚し、未来を予見し、過去を過ぎ去らせてはならない。このようにして、賢者には、期待する快楽への期待が知覚した快楽の記憶と結びつくとき、常に永続的で相互に絡み合った快楽が存在するであろう。 ===XXXIV.=== [97] 同様のことが食べ物にも当てはまり、自然はわずかな崇拝で満足するので、宴会の豪華さと費用は減る。これらのすべてが欲望で味付けされていることに気づかない人がいるだろうか。ダレイオスは逃亡中に濁った死体で汚染された水を飲んだとき、これほど美味しく飲んだことはないと否定した。つまり、喉が渇いたときに飲んだことはなかったということだ。プトレマイオスも空腹のときに食べたことはなかった。エジプトを旅していたとき、仲間が追いつかず小屋で食事を与えられたとき、そのパンほど美味しいものはなかった。ソクラテスは、夕方まで満足そうに歩き、なぜそうするのかと尋ねられたとき、より良い食事をするために歩くことで空腹を満たしているのだと答えたと語っている。[98] 何だって?スパルタ人の食べ物はフィリティアにあるのではないか。そこで、僭主ディオニュシオスが食事をした際、彼は食事のメインディッシュであるあの黒い料理を味わったことがないと否定した。すると、それを作った者が言った。「無理もない。調味料が足りなかったのだ。」「では、何が足りなかったのか?」と彼は言った。「狩りの労働、汗、エウロタスへの逃避行、飢え、渇き。スパルタ人の宴会は、これらのもので味付けされるのだ。」そして、これは人間の振る舞いからだけでなく、獣からも理解できる。獣は、自然に反しない限り、与えられたものに満足し、それ以上を求めない。[99] 先ほどスパルタ人について述べたように、ある都市は学識ある倹約を好む。ペルシア人の食生活はクセノフォンによって記述されており、彼はペルシア人にナスタチウム以外のパンを使わせないとしている。しかし、さらに美味しいものを求める性質を持つ人々が、大地や木々からどれほど多くのものが容易に豊富に、そして非常に甘美に生産されることか!この食事制限によって生じる乾燥と健康の健全さを加え、汗をかき、げっぷをし、豊かな牛のようにご馳走で満腹になる様子を比べてみてください。そうすれば、快楽を最も追い求める者が最もそれを得られないこと、そして食べ物の喜びは満腹ではなく欲求にあることが理解できるでしょう。 ===XXXV.=== アテネの名士で市の支配者であったティモテウスは、プラトンと食事を共にし、その宴に大変満足したと言われており、翌日プラトンに会った際に「あなたの食事は、その日だけでなく翌日も実に楽しいものです」と言ったという。食べ物や飲み物で満腹になると、まともに頭を使うことさえできなくなるというのだろうか。プラトンがディオの親族に宛てた有名な手紙には、おおよそ次のような言葉が書かれている。「私が来たとき、イタリア料理やシラクサ料理の食卓に満ちた幸福な生活は、私には全く喜ばしいものではなかった。一日に二度も満腹になり、夜を一人で過ごすこともなく、この生活に伴う他の事柄も、誰も賢くなることはなく、ましてや節制することはできない。[101] いったいどんな自然が、これほど見事に節制できるというのだろうか?」では、思慮深さや節制が欠けている生活が、どうして楽しい生活になり得るだろうか。シリアで最も裕福な王であったサルダナパロスが、自分の胸像を切り取るよう命じたことは、まさにこのことから明らかです。 <poem>      私はこれらのものを食べ、満たされない欲望に飲み干した。      しかし、それらの多くの素晴らしいものは残されたままだ。 </poem> 「他に何を刻むというのか」とアリストテレスは言います。「王の墓に刻まないのに、なぜ牛に刻むのか?彼は死後もこれらを所有していたと言うが、生前よりも長く所有していたわけではない。」[102] それならば、なぜ富を求めるのか、あるいは貧困が人々を幸福にしないのか?あなたは記号や表を研究していると思いますが、もしそれらを楽しむ人がいるとすれば、貧しい人の方がそれらに恵まれている人よりも、より豊かに楽しむのではないでしょうか?私たちの都市には、これらすべてが公に最も豊富にあります。それらを個人的に所有している人々は、故郷に帰ると、それほど多くを目にすることはなく、まためったにありません。しかし、彼らはそれらをどこから手に入れたのかを思い出すと、いくらか苦痛を感じる。貧困の大義を擁護したいのであれば、たとえ一日が終わっても構わない。なぜなら、それは明白な問題であり、自然そのものが、いかに少ないもの、いかに小さなもの、いかに安価なものを必要としているかを、日々私たちに思い出させてくれるからだ。 ===XXXVI.=== [103] では、卑しさや謙遜、あるいは大衆の反感さえも、賢者が幸福になることを妨げるだろうか。庶民の称賛や、求められるこの栄光が、喜びよりも煩わしさをもたらさないように気をつけなさい。私たちの小さなデモステネスは、ギリシャの習慣に従って水を運ぶ小さな女性が、別の女性に「これがデモステネスだ」とささやくのを聞いて喜んだと言った。これ以上に些細なことがあるだろうか。しかし、なんと雄弁な人だったことか。もちろん、彼は他人の前で話すことを学んだのであって、自分自身に話すことはあまり学んでいなかった。[104] したがって、大衆の栄光そのものを自ら求めるべきではないし、卑しさを恐れるべきでもないことを理解しなければならない。「私はアテネに来たが、誰も私を認識しなかった」とデモクリトスは言う。堅実で真面目な男が、栄光を奪われたことを自慢するだろうか。あるいは、笛吹きやリュート奏者、歌や数字を自分たちの意志で、大衆の意志ではなく、律する者たちは、はるかに優れた技量を備えた賢者であり、最も真実なことは何かではなく、一般の人々が何を望んでいるのかを問うのだろうか。あるいは、あなたが労働者や野蛮人として個々に軽蔑するすべての人々が何かであると考えること以上に愚かなことがあるだろうか。しかし彼は私たちの野心や軽薄さを軽蔑し、たとえ自発的に提供されたとしても人々の栄誉を拒否するだろう。しかし、彼が悔い改め始める前にそれらを軽蔑していたかどうかは私たちにはわからない。[105] 物理学者ヘラクレイトスにはエフェソスの君主ヘルモドールについての記述がある。彼は、エフェソス人全員が死刑に処せられるべきだと言っている。なぜなら、彼らがヘルモドールの町を追放したとき、彼らはこう言ったからである。「私たちの中に優れている者は一人もいない。もし誰かがそうするなら、その人は別の場所で他の人々と共にいるべきだ。」あるいは、これはどの民族にも当てはまらないだろうか?彼らはあらゆる過剰な美徳を憎むのではないか?何だって?アリスティデス(私は我々の民族よりもギリシャ人のことを話す方が好きだから)は、極めて公正であったために、その理由で祖国から追放されたのではなかったか?では、人々と何の関わりも持たない人々は、どれほど多くの問題を抱えていることだろう!文学における余暇ほど甘美なものがあるだろうか?私が言っているのは、私たちが物事や自然の無限性、そしてこの世界そのもの、空、大地、海を知ることができる書物のことである。 ===XXXVII.=== [106] それゆえ、名誉が軽んじられ、金銭も軽んじられるとき、恐れるべきものは何が残るだろうか。私は、追放こそが最大の悪だと信じている。もしそれが、異国の民の意向に反して、侮辱された民の意向によるものだとすれば、少し前に述べたように、なおさら軽蔑されるべきである。もし故郷を離れることが不幸なことであるならば、地方には不幸な人々が溢れており、そのうち故郷に戻る者はごくわずかである。[107] しかし、善良な追放者は罰せられる。それではどうなるだろうか。貧困は我慢すべきだと、多くのことが言われているではないか。さて、もし私たちが物事の本質を探るのであって、名誉の汚名を探るのではないならば、追放は永遠の放浪とどれほど違うだろうか。最も高貴な哲学者たちが生涯を過ごした場所、すなわちクセノクラテス、クラントル、アルケシラス、ラキュデス、アリストテレス、テオフラストス、ゼノン、クレアンテス、クリュシッポス、アンティパテル、カルネアデス、クリトマコス、フィロン、アンティオコス、パナイティオス、ポセイドニオス、そしてその他数えきれないほどの哲学者たちが、一度故郷を離れると二度と戻らなかった場所である。しかし、不名誉なくして…どうして賢者になれるだろうか?この議論はすべて賢者についてであり、賢者にはそのようなことは起こり得ない。なぜなら、追放された者を慰めるのは正しくないからである。[108] 最後に、あらゆる場合において最も容易な理由は、人生において後に続くものを快楽と結びつける人々の考え方である。つまり、快楽が満たされる場所であれば、そこで幸福に暮らせるという考え方である。したがって、テウクロスの言葉はあらゆる理性に当てはまる。 <poem>    祖国とは、善きところにある。 </poem> ソクラテスは自分がどのような人間かと問われたとき、「世俗的」と答えた。なぜなら、彼は自分を全世界の住人であり市民だと考えていたからである。何だって?最も正義感の強いティトゥス・アルブキウスは、アテネで亡命生活を送りながら哲学をしていたのではないか?しかし、もし彼が国家に留まり、エピクロスの教えに従っていたならば、このようなことは起こらなかっただろう。[109] 故郷に住んでいたエピクロスは、アテネに住んでいたメトロドロスよりも幸福だっただろうか?あるいは、クセノクラテスを征服したプラトンや、ポレモ・アルケシラよりも幸福だっただろうか?しかし、善良で賢明な人々が追放されるその国家は、どれほどの価値があるのだろうか?実際、我々の王タルクィニウスの父ダマラトスは、暴君キュプセロスに耐えられず、コリントスに逃れ、そこで財産を築き、子供をもうけた。彼は愚かにも、家庭での隷属よりも亡命生活の自由を選んだのだろうか? ===XXXVIII.=== [110] 確かに、心の動き、心配事、病気は忘却によって和らげられ、心は快楽へと導かれる。それゆえ、エピクロスが賢者は常に多くの善の中にいる、なぜなら彼は常に快楽の中にいるからだとあえて言ったのも、理由がないわけではない。そこから、我々が求めているものが達成され、賢者は常に幸福であると彼は考えている。 [111] たとえ彼が視覚や聴覚を欠いていても?そうだ。なぜなら彼はまさにこれらのものを軽蔑しているからだ。そもそも、この恐ろしい盲目は最終的にどのような快楽を欠いているのだろうか?他の快楽は感覚そのものに宿るという意見もあるが、視覚によって知覚される快楽は目の快楽とは関係なく、味覚、嗅覚、触覚、聴覚によって得られる快楽は、まさにそれを感じる部分に関係しているのだ。目ではこのようなことは何も起こらない。心は我々が見るものを受け取る。しかし、視覚を用いなくても、心で多くの方法で、またさまざまな方法で喜びを得ることは可能です。なぜなら、私が話しているのは、生きることが考えることである、博識で博学な人のことだからです。しかし、賢者の思考は、探求のために弁護士の目を使うことはめったにありません。[112] 夜が幸福な人生を奪わないのであれば、なぜ昼が同様の夜を奪うのでしょうか? キレナイカのアンティパテルの話がありますが、これは確かに少し下品ですが、ばかげた意見ではありません。小さな女性たちが彼の盲目を嘆いていたとき、彼は「何をしているのですか?」「夜には喜びがないように見えるのですか?」と言いました。確かに、長年盲目であったあの老アッピウスです。そして、彼の政務と行いから、その場合、彼は私的な義務も公的な義務も怠っていなかったことが分かります。ガイウス・ドルススの家には、いつもの数の顧問がいたと聞いています。彼らは自分たちの事情を自分たち自身で理解できなかったため、盲人を指導者に任命した。我々若者にとって、グナエウス・アウフィディウス法務官は、元老院で意見を述べ、友人たちの議論にも欠席することなく参加し、ギリシャ史を著述し、それを文学作品に反映させた人物であった。 ===XXXIX.=== [113] 盲目のストア派哲学者ディオドトスは、長年この家に住んでいました。信じがたいことですが、彼は以前よりも哲学に熱心に取り組み、ピタゴラス派の信仰を実践し、昼夜を問わず本を読み聞かせてもらい、勉強に目を使う必要がなくなりました。そして、目がないとほとんど不可能に思えることですが、幾何学の課題を擁護し、生徒たちに各行をどこからどこに書くべきかを言葉で教えました。エレトリアの悪名高い哲学者アスクレピオスは、盲目になったことで何が得られたかと尋ねられたとき、少年とより親しくなれたと答えたと言われています。極度の貧困でさえ、許されれば耐えられるものであり、ギリシャ人の中には毎日そうしている人もいます。ですから、健康の助けが欠けていなければ、盲目も容易に耐えられるのです。 [114] デモクリトスは光を失ったため、白と黒を区別できなかったが、善と悪、正義と不正、名誉と卑しさ、有用と無用、大小を区別することはできた。そして、さまざまな色がなくても幸せに暮らすことは許されるが、物事の概念なしに生きることは許されない。また、この人は、鋭い精神は視覚によって妨げられると考え、他の人々がしばしば足元にあるものさえ見ないのに、彼は無限の彼方へとさまよい、いかなる極限にも止まることはなかった。ホメロスも盲目であったと言われているが、我々は彼の詩ではなく絵画を見ている。ギリシャのどの地域、どの海岸、どの場所、戦闘のどのような様相や形態、どのような戦い、どのような漕ぎ、どのような人の動き、どのような獣の動きが、彼自身が見なかったものを我々に見せるほど鮮やかに描かれていないだろうか。では、どうだろう?ホメロスや学識のある人が、喜びや楽しみを欠いていたと考えるだろうか? [115] あるいは、もしそうでなかったとしたら、アナクサゴラスやデモクリトス自身が、自分の土地や家財を捨てて、学問の喜びと神を求めることに全身全霊を捧げただろうか。それゆえ、詩人たちが賢明だと想像する予言者テイレシアスは、決して盲目であることを嘆く人物として登場しない。しかしホメロスは、ポリュフェモスを怪物のような野獣として想像したとき、彼を雄羊と会話させ、望むところへどこへでも入り、望むものすべてに到達できるという幸運を称賛している。これは確かに正しい。なぜなら、キュクロプス自身もその雄羊より賢くはなかったからである。 ===XL.=== [116] しかし、耳が聞こえないことの何が問題なのでしょうか。マルクス・クラッススは耳が聞こえませんでしたが、もっと厄介なことがありました。それは、ほとんど聞こえなかったことです。私には、それは障害のように思えました。私たちの民はギリシャ語をほとんど知りませんし、ギリシャ人もラテン語を知りません。ですから、彼らは自分たちの言葉に耳が聞こえず、彼らも自分たちの言葉に耳が聞こえず、私たちも理解できない無数の言語に耳が聞こえません。しかし、彼らは竪琴奏者の声を聞きません。鋸を研ぐときのきしむ音も、切るときのうなり声も、静かにしたいときのさざめく海の轟音も聞こえません。もし歌が彼らを喜ばせるとしても、まず、多くの賢人が歌が発見される前に幸せに暮らしていたことを考え、それから、聞くよりも読む方がはるかに大きな喜びが得られることを考えるべきです。[117] そして、少し前に私たちが聴覚によって盲人に喜びを伝えたように、聴覚障害者にも視覚によって喜びを伝えるのです。自分自身と語り合える者は、他人の言葉を必要としない。 あらゆるものが集められ、目と耳で捉えられるようにせよ。そして、肉体の最も激しい苦痛にも身を委ねよ。これらの苦痛は、それ自体で人を死に至らしめることが多い。しかし、たとえ距離によって生じたものであっても、原因そのものよりも激しく人を苦しめるならば、なぜそれらを背負わなければならないのか。神々よ、我々が苦労する目的は何なのか。死が訪れるならば、安息の地はすぐそこにある。そこには、無の感情の永遠の器があるのだ。テオドロスは死を脅していたリュシマコスに言った。「本当に、あなたが甲虫の力を得たのなら、あなたは偉大なことを成し遂げたのです。」[118] パウルスはペルセウスに凱旋しないよう懇願したとき、「それは確かにあなたの力でできることです。」初日には、死そのものについて尋ねたとき、多くのことが語られ、翌日には、苦痛について死について議論したとき、少なからぬことが語られた。それを覚えている人は誰でも、死は望ましくない、あるいは決して恐れるべきではないと考える危険はない。 ===XLI.=== ギリシャの宴会で守られている法則は、人生においても守られるべきであると私は考えます。「飲むか、さもなくば立ち去るか」と。まさにその通りです。人は他者と共に酒を飲む喜びを味わうか、あるいは、しらふの時に酔っぱらいの暴力に巻き込まれないように、先に立ち去るべきなのです。こうして、耐え難い運命の災難を避けることができるのです。ヒエロニムスもエピクロスと全く同じことを述べています。 [119] しかし、徳そのものには何の価値もなく、私たちが名誉ある、称賛に値すると呼ぶもの全てを、彼らにとっては無価値で空虚な響きで飾られたものに過ぎないと考える哲学者たちが、それでもなお、常に自分を賢い者とみなすならば、ソクラテスやプラトン以降の哲学者たちをどう扱うべきでしょうか?彼らの中には、精神的な善には、物質的なものや外的なものを覆い隠すほどの卓越性があると主張する者もいれば、こうした善を全く考慮せず、すべてを精神の中に蓄える者もいる。[120] カルネアデスは、名誉ある仲裁人として彼らの論争を裁いていた。逍遥学派がストア派にとって有益だと考える善が何であれ、逍遥学派は富や健康、その他同種の事柄をストア派よりも高く評価していなかった。なぜなら、彼らはその点について言葉で議論していなかったからである。カルネアデスは、意見の相違は存在しないと主張した。したがって、他の学問分野の哲学者たち自身も、いかにしてこの地位を獲得できるかを自ら理解できるだろう。しかし、賢者が常に善く生きる能力を持っているという点について、彼らが哲学者の声にふさわしい何かを主張していることは、私にとって喜ばしいことである。 [121] さて、明日は出発しなければならないので、この5日間の論争を振り返ってみよう。確かに、私も執筆するつもりです(この余暇を他にどう有効活用できるでしょうか?)。そして、残りの5巻の本をブルータスに送ります。ブルータスは、私たちを哲学的な著作へと駆り立てただけでなく、苦しめてきた人物です。この執筆がどれほど他者の役に立つかは、私には容易には分かりません。なぜなら、私たち自身の非常に辛い苦しみや、あらゆる場所に蔓延する様々な問題の中で、他に救いを見出すことができなかったからです。 :::[[トゥスクルム荘対談集/第5巻#第5巻|先頭に戻る]] ==出典== *底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Tusculanæ_Disputationes Tusculanæ Disputationes] 『トゥスクルム荘対談集』マルクス・トゥッリウス・キケロ {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- ラテン語版 Wikisource, [[la:Tusculanæ Disputationes]] の第5巻を翻訳 --> sd88eflrx6ez06y38gp9zx2e9nc4o2c 煙草製造營業者煙草稅現金收納ニ關スル法律 0 55489 240000 2026-04-11T13:31:09Z ZEWLbXsXzC1O 42047 ページの作成:「{{header | title = 煙草製造營業&#xFA5B;煙草稅現金收納ニ關スル法律 | year = 1897 | portal = 日本の法律 | notes = '''煙草製造營業&#xFA5B;煙草稅現金收納ニ關スル法律''' *明治30年法律第40号 *公布:1897年4月󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁1日 *施行:1898年1月1日 *常用漢字表記:煙草製造営業者煙草税現金収納ニ関スル法律 *公布時の条文を掲載 *底本:官報第4121号、大…」 240000 wikitext text/x-wiki {{header | title = 煙草製造營業&#xFA5B;煙草稅現金收納ニ關スル法律 | year = 1897 | portal = 日本の法律 | notes = '''煙草製造營業&#xFA5B;煙草稅現金收納ニ關スル法律''' *明治30年法律第40号 *公布:1897年4月󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁1日 *施行:1898年1月1日 *常用漢字表記:煙草製造営業者煙草税現金収納ニ関スル法律 *公布時の条文を掲載 *底本:官報第4121号、大蔵省印刷局[編]『官報』1897年4月󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁1日、日本マイクロ写真、明治30年、{{NDLJP|2947408/1/3}} [[Category:日本の法律]] [[Category:明治30年の法律]] }} <div style="font-size:122.7%"> 朕󠄂帝國議會ノ協贊ヲ經タル煙草製造󠄁營業&#xFA5B;煙草稅現金收納󠄁ニ關スル法律ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公󠄁󠄁布セシム </div> <div style="margin-left:2.5em;"> <span style="font-size:166.7%;">御</span>&#x2003;<span style="font-size:166.7%;">名</span>&#x2003;&#x2003;&#x2003;<span style="font-size:166.7%;">御</span>&#x2003;<span style="font-size:166.7%;">璽</span> </div> <div style="margin-left:5em;"> <span style="font-size:122.7%">明󠄁治三十年三月󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁󠄁三十日</span> </div> <div style="margin-right:4em;text-align:right;font-size:122.7%;"> {| cellpadding="0" cellspacing="0" align="right" |&#x5167;閣總理大臣兼 <br/>大&#x2003;藏&#x2003;大&#x2003;臣&#x2003;||伯爵󠄂||[[:w:松方正義|松󠄁方正義]] |} <br style="clear:both;"/> </div> <div>法律第四十號</div> ;<div b id="1">第一條</div b> :<div>明󠄁治二十九年法律第三十五號葉煙草專賣法第三十一條但書ノ場合ニ於テ煙草製造󠄁業&#xFA5B;ハ煙草製造󠄁高ヲ豫定シ之ニ貼用スヘキ印紙ニ相當スル稅金ヲ納󠄁付スルコトヲ得其ノ製造󠄁高及󠄁定價計算方法ハ命令ノ定ムル所󠄁ニ依ル</div> :<div b id="1_2">[[#1|前󠄁項]]ノ納󠄁金額ハ政府ノ認󠄁許ヲ得テ之ヲ分󠄁納󠄁スルコトヲ得但明󠄁治三十一年六月󠄁三十日ヲ過󠄁クルコトヲ得ス</div b> :<div b id="1_3">[[#1|前󠄁二項]]ニ依レル納󠄁稅濟ノ煙草ニ對シテハ明󠄁治二十一年勅令第二十號煙草稅則ヲ適󠄁用セス</div b> {{附則}} ;<div b id="2">第二條</div b> :<div>此ノ法律ハ明󠄁治三十一年一月󠄁一日ヨリ施行ス </div> </div> {{DEFAULTSORT:たばこせいぞうえいぎょうしゃたばこぜいげんきんしゅうとうにかんするほうりつ}} {{PD-old}} aq31aqsrmkvy0yy7jksbmyvybkfs911 Index:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf 252 55490 240007 2026-04-12T02:11:12Z AntiquatedMan2025 44229 ページの作成:「」 240007 proofread-index text/x-wiki {{:MediaWiki:Proofreadpage_index_template |タイプ=図書 |書名=妄想 : 他3篇 |言語=jpn |巻号= |著者=森, 鴎外, 1862-1922 |訳者= |編者= |挿絵= |教育機関= |出版者=岩波書店 |所在地=JP |年=1948 |Key= |ISBN= |OCLC= |LCCN= |BNF_ARK= |ARC= |底本=pdf |画像= |進捗=MS |ページ=<pagelist /> |分冊= |注釈= |Width= |Css= |Header= |Footer= }} cny0n9ij7g0rkm557nl4iprju67ouqu Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/5 250 55491 240012 2026-04-12T03:59:37Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「妄想<br/> <br/>  目前には廣々と海が橫はつてゐる。<br/>  その海から打ち上げられた砂が、小山のやうに盛り上がつて、自然の堤防を形づくつてゐる。アイルランドとスコットランドとから起つて、ヨオロッパ一般に行はれるやうになつた {{r|dûn|ドユウン}} といふ{{r|語|ことば}}は、かういふ處を{{r|斥|さ}}して言ふのである。<br/>  その砂山の上に…」 240012 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>妄想<br/> <br/>  目前には廣々と海が橫はつてゐる。<br/>  その海から打ち上げられた砂が、小山のやうに盛り上がつて、自然の堤防を形づくつてゐる。アイルランドとスコットランドとから起つて、ヨオロッパ一般に行はれるやうになつた {{r|dûn|ドユウン}} といふ{{r|語|ことば}}は、かういふ處を{{r|斥|さ}}して言ふのである。<br/>  その砂山の上に、ひよろひよろした赤松が簇がつて生えてゐる。餘り年を經た松ではない。<br/>  海を眺めてゐる白髮の主人は、此松の幾本かを切つて、松林の中へ嵌め込んだやうに立てた小家の{{r|一間|ひとま}}に据わつてゐる。<br/>  主人が{{r|元|も}}と世に立ち交つてゐる頃に、別莊の眞似事のやうな心持で立てた此小家は、只{{r|二間|ふたま}}と臺所とから成り立つてゐる。今据わつてゐるのは、東の方一面に海を見晴らした、六疊の居間である。<br/>  据わつてゐて見れば、砂山の岨が松の根に縱橫に縫はれた、殆ど鉛直な、所々{{r|中窪|なかくぼ}}に崩れた斷面になつてゐるので、只{{r|果|はて}}もない波だけが見えてゐるが、此山と海との間には、一筋の{{r|河水|かはみづ}}と一帶の{{r|中洲|なかす}}とがある。<br/><noinclude></noinclude> czwvvmi5se7kfegq39qmbg72hynkz09 Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/6 250 55492 240013 2026-04-12T04:00:23Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「 河は迂回して海に{{r|灌|そそ}}いでゐるので、岨の下では甘い水と{{r|鹹|から}}い水とが出合つてゐるのである。<br/>  砂山の{{r|背後|うしろ}}の低い處には、漁業と農業とを兼ねた民家が疎らに立つてゐるが、砂山の上には主人の家が只一軒あるばかりである。<br/>  いつやらの暴風に漁船が一艘跳ね上げられて、松林の松の梢に引つ懸つてゐたと…」 240013 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude> 河は迂回して海に{{r|灌|そそ}}いでゐるので、岨の下では甘い水と{{r|鹹|から}}い水とが出合つてゐるのである。<br/>  砂山の{{r|背後|うしろ}}の低い處には、漁業と農業とを兼ねた民家が疎らに立つてゐるが、砂山の上には主人の家が只一軒あるばかりである。<br/>  いつやらの暴風に漁船が一艘跳ね上げられて、松林の松の梢に引つ懸つてゐたといふ話のある此砂山には、土地のものは恐れて住まない。<br/>  河は上總の{{r|夷灊川|いしみがは}}である。海は太平洋である。<br/>  秋が近くなつて、薄靄の掛かつてゐる松林の中の、淸い砂を踏んで、主人はそこらを{{r|一廻|ひとめぐ}}りして來て、{{r|八十八|やそはち}}という老僕の拵へた{{r|朝餉|あさげ}}をしまつて、今自分の居間に据わつた處である。<br/>  あたりはひつそりしてゐて、人の物を言ふ聲も、犬の鳴く聲も聞えない。只朝凪の浦の靜かな、鈍い、重くろしい波の音が、天地の脈搏のやうに聞えてゐるばかりである。<br/>  丁度{{r|徑|わたり}}一尺位に見える橙黃色の日輪が、眞向うの水と空と接した處から出た。水平線を基線にして見てゐるので、日はずんずん{{r|升|のぼ}}つて行くやうに感ぜられる。<br/>  それを見て、主人は時間といふことを考へる。生といふことを考へる。死といふ事を考へる。<br/> 「死は哲學の爲めに眞の、氣息を{{r|噓|ふ}}き込む神である、導きの神(Musagetes)である」と {{r|Schopenhauer|シヨオペンハウエル}} は云つた。主人は此{{r|語|ことば}}を思ひ出して、それはさう云つても好からうと思ふ。併し死といふものは、生といふものを考へずには考へられない。死を考へるといふのは生が無くなると考へるのである。<br/>  これまで種々の人の書いたものを見れば、大抵{{r|老|おい}}が迫つて來るのに連れて、死を考へるといふことが段々切實になると云つてゐる。主人は過去の經歷を考へて見るに、どうもさういふ人々とは少し違ふやうに思ふ。<br/> <br/>     *    *    *<br/> <br/>  自分がまだ二十代で、全く處女のやうな官能を以て、外界のあらゆる出來事に反應して、內には嘗て挫折したことのない力を蓄へてゐた時の事であつた。自分は{{r|伯林|ベルリン}}にゐた。列強の均衡を破つて、{{r|獨逸|ドイツ}}といふ野蠻な{{r|詞|ことば}}の詞にどつしりした重みを持たせたヰルヘルム第一世がまだ位にをられた。今のヰルヘルム第二世のやうに、{{r|dämonisch|デモオニシユ}} な威力を{{r|下|しも}}に加へて、抑へて行かれるのではなくて、自然の重みの下に社會民政黨は喘ぎ悶えてゐたのである。劇場では {{r|Ernst|エルンスト}} {{r|von|フオン}} {{r|Wildenbruch|ヰルデンブルツホ}} が、あの {{r|Hohenzollern|ホオヘンツオルレルン}} 家の祖先を主人公にした脚本を興業させて、學生仲間の青年の心を支配してゐた。<br/>  晝は講堂や {{r|Laboratorium|ラボラトリウム}} で、生き生きした青年の間に立ち交つて働く。何事にも不器用で、{{r|癡重|ちちよう}}といふやうな處のある{{r|歐羅巴|ヨオロツパ}}人を凌いで、輕捷に立ち働いて得意がるやうな心も起る。夜は<noinclude></noinclude> rnlcm1zqzt5wnvgs9jl7dayffxofrvv 利用者:AntiquatedMan2025/森鷗外/妄想 2 55493 240014 2026-04-12T04:02:03Z AntiquatedMan2025 44229 ページの作成:「[[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="5" to="17" fromsection="yasuifujin/>」 240014 wikitext text/x-wiki [[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="5" to="17" fromsection="yasuifujin/> jsbt68mluhk5b9g8wdaaa37f5nboltm Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/7 250 55494 240015 2026-04-12T04:06:02Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「芝居を見る。舞踏場にゆく。それから珈琲店に時刻を移して、歸り道には街燈丈が寂しい光を放つて、馬車を乘り廻す掃除人足が掃除をし始める頃にぶらぶら歸る。素直に歸らないこともある。<br/>  さて自分の住む宿に歸り着く。宿と云つても、幾竈もあるおほ家の入口の戶を、邪魔になる大鍵で開けて、三階か四階へ、蠟マッチを擦り擦り登つ…」 240015 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>芝居を見る。舞踏場にゆく。それから珈琲店に時刻を移して、歸り道には街燈丈が寂しい光を放つて、馬車を乘り廻す掃除人足が掃除をし始める頃にぶらぶら歸る。素直に歸らないこともある。<br/>  さて自分の住む宿に歸り着く。宿と云つても、幾竈もあるおほ家の入口の戶を、邪魔になる大鍵で開けて、三階か四階へ、蠟マッチを擦り擦り登つて行つて、やうやう chambre garnie の前に來るのである。<br/>  高机一つに椅子二つ三つ。寢臺に箪笥に化粧棚。その外にはなんにもない。火を點して着物を脫いで、その火を消すと直ぐ、寢臺の上に橫になる。<br/>  心の寂しさを感ずるのはかういふ時である。それでも神經の平穩な時は故鄉の家の樣子が俤に立つて來るに過ぎない。その幻を見ながら寐入る。Nostalgia は人生の苦痛の餘り深いものではない。<br/>  それがどうかすると寐附かれない。又起きて火を點して、爲事をして見る。爲事に興が乘つて來れば、餘念もなく夜を徹してしまふこともある。明方近く、外に物音がし出してから一寸寐ても、若い時の疲勞は直ぐ恢復することが出來る。<br/>  時としてはその爲事が手に附かない。神經が異樣に興奮して、心が澄み切つてゐるのに、書物を開けて、他人の思想の跡を辿つて行くのがもどかしくなる。自分の思想が自由行動を取つて來る。自然科學のうちで最も自然科學らしい醫學をしてゐて、exact な學問といふことを性命にしてゐるのに、なんとなく心の飢を感じて來る。生といふものを考へる。自分のしてゐる事が、その生の內容を充たすに足るかどうだかと思ふ。<br/>  生れてから今日まで、自分は何をしてゐるか。始終何物かに策うたれ驅られてゐるやうに學問といふことに齷齪してゐる。これは自分に或る働きが出來るやうに、自分を爲上げるのだと思つてゐる。其目的は幾分か達せられるかも知れない。併し自分のしてゐる事は、役者が舞臺へ出て或る役を勤めてゐるに過ぎないやうに感ぜられる。その勤めてゐる役の背後に、別に何物かが存在してゐなくてはならないやうに感ぜられる。策うたれ驅られてばかりゐる爲めに、その何物かが醒覺する暇がないやうに感ぜられる。勉強する子供から、勉強する學校生徒、勉強する官吏、勉強する留學生といふのが、皆その役である。赤く黑く塗られてゐる顏をいつか洗つて、一寸舞臺から降りて、靜かに自分といふものを考へて見たい、背後の何物かの面目を覗いて見たいと思ひ思ひしながら、舞臺監督の鞭を背中に受けて、役から役を勤め續けてゐる。此役が即ち生だとは考へられない。背後にある或る物が眞の生ではあるまいかと思はれる。併しその或る物は目を醒まさう醒まさうと思ひながら、又してはうとうとして眠つてしまふ。此頃折々切實に感ずる故鄉の戀しさなんぞも、浮草が波に搖られて遠い處へ行つて浮いてゐるのに、どうかするとその搖<noinclude></noinclude> 9k46tauxzhts7fdq4g4avt771boruaw Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/8 250 55495 240016 2026-04-12T04:07:11Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「れるのが根に響くやうな感じであるが、これは舞臺でしてゐる役の感じではない。併しそんな感じは、一寸頭を舉げるかと思ふと、直ぐに引つ込んでしまふ。<br/>  それとは違つて、夜寐られない時、こんな風に舞臺で勤めながら生涯を終るのかと思ふことがある。それからその生涯といふものも長いか短いか知れないと思ふ。丁度その頃留學生仲…」 240016 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>れるのが根に響くやうな感じであるが、これは舞臺でしてゐる役の感じではない。併しそんな感じは、一寸頭を舉げるかと思ふと、直ぐに引つ込んでしまふ。<br/>  それとは違つて、夜寐られない時、こんな風に舞臺で勤めながら生涯を終るのかと思ふことがある。それからその生涯といふものも長いか短いか知れないと思ふ。丁度その頃留學生仲間が一人窒扶斯になつて入院して死んだ。講義のない時間に、Charité へ見舞に行くと、傳染病室の硝子越しに、寐てゐるところを見せて貰ふのであつた。熱が四十度を超過するので、每日冷水浴をさせるといふことであつた。そこで自分は醫學生だつたので、どうも日本人には冷水浴は危險だと思つて、外のものにも相談して見たが、病院に人れて置きながら、そこの治療方鍼に容喙するのは不都合であらうし、よしや言つたところで採用せられはすまいといふので、傍觀してゐることになつた。そのうち或る日見舞に行くと昨夜死んだといふことであつた。その男の死顏を見たとき、自分はひどく感動して、自分もいつどんな病に感じて、こんな風に死ぬるかも知れないと、ふと思つた。それからは折々此儘伯林で死んだらどうだらうと思ふことがある。<br/>  さういふ時は、先づ故鄉で待つてゐる二親がどんなに歎くだらうと思ふ。それから身近い種々の人の事を思ふ。中にも自分にひどく懷いてゐた、頭の毛のちぢれた弟の、故鄉を立つとき、まだやつと步いてゐたのが、每日每日兄いさんはいつ歸るかと問ふといふことを、手紙で言つてよこされてゐる。その弟が、若し兄いさんはもう歸らないと云はれたら、どんなにか嘆くだらうと思ふ。<br/>  それから留學生になつてゐて、學業が成らずに死んでは濟まないと思ふ。併し抽象的にかう云ふ事を考へてゐるうちは、冷かな義務の感じのみであるが、一人一人具體的に自分の値遇の跡を尋ねて見ると、矢張身近い親戚のやうに、自分に Neigung からの苦痛、情の上の感じをさせるやうにもなる。<br/>  かういふやうに廣狹種々の social な繫累的思想が、次第もなく簇がり起つて來るが、それがとうとう individuell な自我の上に歸着してしまふ。死といふものはあらゆる方角から引つ張つてゐる絲の湊合してゐる、この自我といふものが無くなつてしまふのだと思ふ。<br/>  自分は小さい時から小說が好きなので、外國語を學んでからも、暇があれば外國の小說を讀んでゐる。どれを讀んで見てもこの自我が無くなるといふことは最も大いなる最も深い苦痛だと云つてある。ところが自分には單に我が無くなるといふこと丈ならば、苦痛とは思はれない。只刃物で死んだら、其剎那に肉體の痛みを覺えるだらうと思ひ、病や藥で死んだら、それぞれの病症藥性に相應して、窒息するとか痙攣するとかいふ苦みを覺えるだらうと思ふのである。自我が無くなる爲めの苦痛は無い。<br/><noinclude></noinclude> dje584t866zwtg9q940cjgt07jekykj Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/9 250 55496 240017 2026-04-12T04:08:02Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「 西洋人は死を恐れないのは野蠻人の性質だと云つてゐる。自分は西洋人の謂ふ野蠻人といふものかも知れないと思ふ。さう思ふと同時に、小さい時二親が、侍の家に生れたのだから、切腹といふことが出來なくてはならないと度々諭したことを思ひ出す。その時も肉體の痛みがあるだらうと思つて、其痛みを忍ばなくてはなるまいと思つたことを…」 240017 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude> 西洋人は死を恐れないのは野蠻人の性質だと云つてゐる。自分は西洋人の謂ふ野蠻人といふものかも知れないと思ふ。さう思ふと同時に、小さい時二親が、侍の家に生れたのだから、切腹といふことが出來なくてはならないと度々諭したことを思ひ出す。その時も肉體の痛みがあるだらうと思つて、其痛みを忍ばなくてはなるまいと思つたことを思ひ出す。そしていよいよ所謂野蠻人かも知れないと思ふ。併しその西洋人の見解が尤もだと承服することは出來ない。<br/>  そんなら自我が無くなるといふことに就いて、平氣でゐるかといふに、さうではない。その自我といふものが有る間に、それをどんな物だとはつきり考へても見ずに、知らずに、それを無くしてしまふのが口惜しい。殘念である。漢學者の謂ふ醉生夢死といふやうな生涯を送つてしまふのが殘念である。それを口惜しい、殘念だと思ふと同時に、痛切に心の空虛を感ずる。なんともかとも言はれない寂しさを覺える。<br/>  それが煩悶になる。それが苦痛になる。<br/>  自分は伯林の garçon logis の寐られない夜なかに、幾度も此苦痛を嘗めた。さういふ時は自分の生れてから今までした事が、上邊の徒ら事のやうに思はれる。舞臺の上の役を勤めてゐるに過ぎなかつたといふことが、切實に感ぜられる。さういふ時にこれまで人に聞いたり本で讀んだりした佛教や基督教の思想の斷片が、次第もなく心に浮んで來ては、直ぐに消えてしまふ。なんの慰藉をも與へずに消えてしまふ。さういふ時にこれまで學んだ自然科學のあらゆる事實やあらゆる推理を繰り返して見て、どこかに慰藉になるやうな物はないかと搜す。併しこれも徒勞であつた。<br/>  或るかういふ夜の事であつた。哲學の本を讀んで見ようと思ひ立つて、夜の明けるのを待ち兼ねて、Hartmann の無意識哲學を買ひに行つた。これが哲學といふものを覗いて見た初で、なぜハルトマンにしたかといふと、その頃十九世紀は鐵道とハルトマンの哲學とを齎したと云つた位、最新の大系統として贊否の聲が喧しかつたからである。<br/>  自分に哲學の難有みを感ぜさせたのは錯迷の三期であつた。ハルトマンは幸福を人生の目的だとすることの不可能なのを證する爲めに、錯迷の三期を立ててゐる。第一期では人間が現世で福を得ようと思ふ。少壯、健康、友誼、戀愛、名譽といふやうに數へて、一々その錯迷を破つてゐる。戀なんぞも主に苦である。福は性欲の根を斷つに在る。人間は此福を犧牲にして、纔かに世界の進化を翼成してゐる。第二期では福を死後に求める。それには個人としての不滅を前提にしなくてはならない。ところが個人の意識は死と共に滅する。神經の幹はここに絕たれてしまふ。第三期では福を世界過程の未來に求める。これは世界の發展進化を前提とする。ところが世界はどんなに進化しても、老病困厄は絕えない。神經が鋭敏になるから、それを一層切實に感<noinclude></noinclude> 5kfpksxzssufgts3kp65ny6uxs6zl62 Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/10 250 55497 240018 2026-04-12T04:09:13Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「ずる。苦は進化と共に長ずる。初中後の三期を閱し盡しても、幸福は永遠に得られないのである。<br/>  ハルトマンの形而上學では、此世界は出來る丈善く造られてゐる。併し有るが好いか無いが好いかと云へば、無いが好い。それを有らせる根元を無意識と名付ける。それだからと云つて、生を否定したつて、世界は依然としてゐるから駄目だ。…」 240018 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>ずる。苦は進化と共に長ずる。初中後の三期を閱し盡しても、幸福は永遠に得られないのである。<br/>  ハルトマンの形而上學では、此世界は出來る丈善く造られてゐる。併し有るが好いか無いが好いかと云へば、無いが好い。それを有らせる根元を無意識と名付ける。それだからと云つて、生を否定したつて、世界は依然としてゐるから駄目だ。現にある人類が首尾好く滅びても、又或る機會には次の人類が出來て、同じ事を繰り返すだらう。それよりか人間は生を肯定して、己を世界の過程に委ねて、甘んじて苦を受けて、世界の救拔を待つが好いと云ふのである。<br/>  自分は此結論を見て頭を掉つたが、錯迷打破には強く引き附けられた。Disillusion にはひどく同情した。そしてハルトマン自身が錯迷の三期を書いたのは、Max Stirner を讀んで考へた上の事であると自白してゐるのを見て、スチルネルを讀んだ。それから無意識哲學全體の淵源だといふので、遡つて Schopenhauer を讀んだ。<br/>  スチルネルを讀んで見ると、ハルトマンが紳士の態度で言つてゐる事を、無賴漢の態度で言つてゐるやうに感ずる。そしてあらゆる錯迷を破つた跡に自我を殘してゐる。世界に恃むに足るものは自我の外には無い。それを先きから先きへと考へると、無政府主義に歸着しなくては已まない。<br/>  自分はぞつとした。<br/>  ショオペンハウエルを讀んで見れば、ハルトマン・ミヌス・進化論であつた。世界は有るよりは無い方が好いばかりではない。出來る丈惡く造られてゐる。世界の出來たのは失錯である。無の安さが誤まつて攪亂せられたに過ざない。世界は認識によつて無の安さに歸るより外はない。一人一人の人は一箇一箇の失錯で、有るよりは無いが好いのである。個人の不滅を欲するのは失錯を無窮にしようとするのである。個人は滅びて人間といふ種類が殘る。この滅びないで殘るものを、滅びる寫象の反對に、廣義に、意志と名付ける。意志が有るから、無は絕待の無でなくて、相待の無である。意志が Kant の物その物である。個人が無に歸るには、自殺をすれば好いかといふに、自殺をしたつて種類が殘る。物その物が殘る。そこで死ぬるまで生きてゐなくてはならないといふのである。ハルトマンの無意識といふものは、この意志が一變して出來たのであつた。<br/>  自分はいよいよ頭を掉つた。<br/> <br/>        *     *     *<br/> <br/>  兎角する內に留學三年の期間が過ぎた。自分はまだ均勢を得ない物體の動搖を心の內に感じてゐながら、何の師匠を求めるにも便りの好い、文化の國を去らなくてはならないことになつた。生きた師匠ばかりではない。相談相手になる書物も、遠く足を運ばずに大學の圖書館に行けば大抵間に合ふ。又買つて見るにも注文してから何箇月目に來るなどといふ面倒は無い。さういふ便<noinclude></noinclude> 6twh36uxr73xufk7cxfeyfjtt6oav6y Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/11 250 55498 240019 2026-04-12T04:09:58Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「利な國を去らなくてはならないことになつた。<br/>  故鄉は戀しい。美しい、懷かしい夢の國として故鄉は戀しい。併し自分の研究しなくてはならないことになつてゐる學術を眞に研究するには、その學術の新しい田地を開墾して行くには、まだ種々の要約の闕けてゐる國に歸るのは殘惜しい。敢て「まだ」と云ふ。日本に長くゐて日本を底から知…」 240019 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>利な國を去らなくてはならないことになつた。<br/>  故鄉は戀しい。美しい、懷かしい夢の國として故鄉は戀しい。併し自分の研究しなくてはならないことになつてゐる學術を眞に研究するには、その學術の新しい田地を開墾して行くには、まだ種々の要約の闕けてゐる國に歸るのは殘惜しい。敢て「まだ」と云ふ。日本に長くゐて日本を底から知り拔いたと云はれてゐる獨逸人某は、此要約は今闕けてゐるばかりでなくて、永遠に東洋の天地には生じて來ないと宜告した。東洋には自然科學を育てて行く雰圍氣は無いのだと宣告した。果してさうなら、帝國大學も、傳染病研究所も、永遠に歐羅巴の學術の結論丈を取り續ぐ場所たるに過ぎない筈である。かう云ふ判斷は、ロシアとの戰爭の後に、歐羅巴の當り狂言になつてゐた Taifun なんぞに現れてゐる。併し自分は日本人を、さう絕望しなくてはならない程、無能な種族だとも思はないから、敢て「まだ」と云ふ。自分は日本で結んだ學術の果實を歐羅巴へ輸出する時もいつかは來るだらうと、其時から思つてゐたのである。<br/>  自分はこの自然科學を育てる雰圍氣のある、便利な國を跡に見て、夢の故鄉へ旅立つた。それは勿論立たなくてはならなかつたのではあるが、立たなくてはならないといふ義務の爲めに立つたのでは無い。自分の願望の秤も、一方の皿に便利な國を載せて、一方の皿に夢の故鄉を載せたとき、便利の皿を弔つた緖をそつと引く、白い、優しい手があつたにも拘らず、慥かに夢の方へ傾いたのである。<br/>  シベリア鐵道はまだ全通してゐなかつたので、印度洋を經て歸るのであつた。一日行程の道を往復しても、往きは長く、復りは短く思はれるものであるが、四五十日の旅行をしても、さういふ感じがある。未知の世界へ希望を懷いて旅立つた昔に比べて寂しく又早く思はれた航海中、籐の寢椅子に身を橫へながら、自分は行李にどんなお土產を持つて歸るかといふことを考へた。<br/>  自然科學の分科の上では、自分は結論丈を持つて歸るのではない。將來發展すべき萌芽をも持つてゐる積りである。併し歸つて行く故鄉には、その萌芽を育てる雰圍氣が無い。少くも「まだ」無い。その萌芽も徒らに枯れてしまひはすまいかと氣遣はれる。そして自分は fatalistisch な、鈍い、陰氣な感じに襲はれた。<br/>  そしてこの陰氣な闇を照破する光明のある哲學は、我行李の中には無かつた。その中に有るのは、ショオペンハウエル、ハルトマン系の厭世哲學である。現象世界を有るよりは無い方が好いとしてゐる哲學である。進化を認めないではない。併しそれは無に醒覺せんが爲めの進化である。<br/>  自分は錫蘭で、赤い格子縞の布を、頭と腰とに卷き附けた男に、美しい、青い翼の鳥を買はせられた。籠を提げて舟に歸ると、フランス舟の乘組員が妙な手附きをして、「Il ne vivra pas !」と云つた。美しい、青い鳥は、果して舟の橫濱に着くまでに死んでしまつた。それも果敢ない土<noinclude></noinclude> 3mg2it3vcc23iigdpq7ui10g3decmfc Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/12 250 55499 240020 2026-04-12T04:10:42Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「產であつた。<br/> <br/>        *     *     *<br/> <br/>  自分は失望を以て故鄉の人に迎へられた。それは無埋もない。自分のやうな洋行歸りはこれまで例の無い事であつたからである。これまでの洋行歸りは、希望に輝く顏をして、行李の中から道具を出して、何か新しい手品を取り立てて御覽に入れることになつてゐた。自…」 240020 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>產であつた。<br/> <br/>        *     *     *<br/> <br/>  自分は失望を以て故鄉の人に迎へられた。それは無埋もない。自分のやうな洋行歸りはこれまで例の無い事であつたからである。これまでの洋行歸りは、希望に輝く顏をして、行李の中から道具を出して、何か新しい手品を取り立てて御覽に入れることになつてゐた。自分は丁度その反對の事をしたのである。<br/>  東京では都會改造の議論が盛んになつてゐて、アメリカのAとかBとかの何號町かにある、獨逸人の謂ふ Wolkenkratzer のやうな家を建てたいと、ハイカラア連が云つてゐた。その時自分は「都會といふものは、狹い地面に多く人が住むだけ人死が多い、殊に子供が多く死ぬる、今まで橫に並んでゐた家を、竪に積み疊ねるよりは、上水や下水でも改良するが好からう」と云つた。又建築に制裁を加へようとする委員が出來てゐて、東京の家の軒の高さを一定して、整然たる外觀の美を成さうと云つてゐた。その時自分は「そんな兵隊の並んだやうな町は美しくは無い、強ひて西洋風にしたいなら、寧ろ反對に軒の高さどころか、あらゆる建築の樣式を一軒づつ別にさせて、ヱネチアの町のやうに參差錯落たる美觀を造るやうにでも心掛けたら好からう」と云つた。<br/>  食物改良の議論もあつた。米を食ふことを廢めて、澤山牛肉を食はせたいと云ふのであつた。その時自分は「米も魚もひどく消化の好いものだから、日本人の食物は昔の儘が好からう、尤も牧畜を盛んにして、牛肉も食べるやうにするのは勝手だ」と云つた。<br/>  假名遣改良の議論もあつて、コイスチヨーワガナワといふやうな事を書かせようとしてゐると、「いやいや、Orthographie はどこの國にもある、矢張コヒステフワガナハの方が宜しからう」と云つた。<br/>  そんな風に、人の改良しようとしてゐる、あらゆる方面に向つて、自分は本の杢阿彌說を唱へた。そして保守黨の仲間に逐ひ込まれた。洋行歸りの保守主義者は、後には別な動機で流行し出したが、元祖は自分であつたかも知れない。<br/>  そこで學んで來た自然科學はどうしたか。歸つた當座一年か二年は Laboratorium に這人つてゐて、ごつごつと馬鹿正直に働いて、本の杢阿彌說に根據を與へてゐた。正直に試驗して見れば、何千年といふ間滿足に發展して來た日本人が、そんなに反理性的生活をしてゐよう筈はない。初から知れ切つた事である。<br/>  さてそれから一步進んで、新しい地盤の上に新しい Forschung を企てようといふ段になると、地位と境遇とが自分を爲事場から撥ね出した。自然科學よ、さらばである。<br/>  勿論自然科學の方面では、自分なんぞより有力な友達が大勢あつて、跡に殘つて奮闘してゐて<noinclude></noinclude> egp4v8edz3am1tkr8a4e9xvw2hrs3yb Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/13 250 55500 240021 2026-04-12T04:12:17Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「くれるから、自分の撥ね出されたのは、國家の爲めにも、人類の爲めにもなんの損失にもならない。<br/>  只奮闘してゐる友達には氣の毒である。依然として雰圍氣の無い處で、高壓の下に働く潛水夫のやうに喘ぎ苦んでゐる。雰圍氣の無い證據には、まだ Forschung といふ日本語も出來てゐない。そんな概念を明確に言ひ現す必要をば、社會が感じて…」 240021 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>くれるから、自分の撥ね出されたのは、國家の爲めにも、人類の爲めにもなんの損失にもならない。<br/>  只奮闘してゐる友達には氣の毒である。依然として雰圍氣の無い處で、高壓の下に働く潛水夫のやうに喘ぎ苦んでゐる。雰圍氣の無い證據には、まだ Forschung といふ日本語も出來てゐない。そんな概念を明確に言ひ現す必要をば、社會が感じてゐないのである。自慢でもなんでもないが、「業績」とか「學問の推挽」とか云ふやうな造語を、自分が自然科學界に置土產にして來たが、まだ Forschung といふ意味の簡短で明確な日本語は無い。研究なんといふぼんやりした語は、實際役に立たない。載籍調べも研究ではないか。<br/> <br/>        *     *     *<br/> <br/>  かう云ふ閱歷をして來ても、未來の幻影を逐うて、現在の事實を蔑にする自分の心は、まだ元の儘である。人の生涯はもう下り坂になつて行くのに、逐うてゐるのはなんの影やら。<br/> 「奈何にして人は己を知ることを得べきか。省察を以てしては決して能はざらん。されど行爲を以てしては或は能くせむ。汝の義務を果さんと試みよ。やがて汝の價値を知らむ。汝の義務とは何ぞ。日の要求なり。」これは Goethe の詞である。<br/>  日の要求を義務として、それを果して行く。これは丁度現在の事實を蔑にする反對である。自分はどうしてさう云ふ境地に身を置くことが出來ないだらう。<br/>  日の要求に應じて能事畢るとするには足ることを知らなくてはならない。足ることを知るといふことが、自分には出來ない。自分は永遠なる不平家である。どうしても自分のゐない筈の所に自分がゐるやうである。どうしても灰色の鳥を青い鳥に見ることが出來ないのである。道に迷つてゐるのである。夢を見てゐるのである。夢を見てゐて、青い鳥を夢の中に尋ねてゐるのである。なぜだと問うたところで、それに答へることは出來ない。これは只單純なる事實である。自分の意識の上の事實である。<br/>  自分は此儘で人生の下り坂を下つて行く。そしてその下り果てた所が死だといふことを知つて居る。<br/>  併しその死はこはくはない。人の說に、老年になるに從つて增長するといふ「死の恐怖」が、自分には無い。<br/>  若い時には、この死といふ目的地に達するまでに、自分の眼前に橫はつてゐる謎を解きたいと、痛切に感じたことがある。その感じが次第に痛切でなくなつた。次第に薄らいだ。解けずに橫はつてゐる謎が見えないのではない。見えてゐる謎を解くべきものだと思はないのでもない。それを解かうとしてあせらなくなつたのである。<br/><noinclude></noinclude> onk7rooux6nylghmn6uiie1cubyq8ks Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/14 250 55501 240022 2026-04-12T04:13:31Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「 この頃自分は Philipp Mainlaender が事を聞いて、その男の書いた救拔の哲學を讀んで見た。<br/>  此男は Hartmann の迷の三期を承認してゐる。ところであらゆる錯迷を打ち破つて置いて、生を肯定しろと云ふのは無理だと云ふのである。これは皆迷だが、死んだつて駄目だから、迷を追つ掛けて行けとは云はれない筈だと云ふのである。人は最初に遠く…」 240022 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude> この頃自分は Philipp Mainlaender が事を聞いて、その男の書いた救拔の哲學を讀んで見た。<br/>  此男は Hartmann の迷の三期を承認してゐる。ところであらゆる錯迷を打ち破つて置いて、生を肯定しろと云ふのは無理だと云ふのである。これは皆迷だが、死んだつて駄目だから、迷を追つ掛けて行けとは云はれない筈だと云ふのである。人は最初に遠く死を望み見て、恐怖して面を背ける。次いで死の廻りに大きい圈を畫いて、震慄しながら步いてゐる。その圈が漸く小くなつて、とうとう疲れた腕を死の項に投げ掛けて、死と目と目を見合はす。そして死の目の中に平和を見出すのだと、マインレンデルは云つてゐる。<br/>  さう云つて置いて、マインレンデルは三十五歲で自殺したのである。<br/>  自分には死の恐怖が無いと同時にマインレンデルの「死の憧憬」も無い。<br/>  死を怖れもせず、死にあこがれもせずに、自分は人生の下り坂を下つて行く。<br/> <br/>        *     *     *<br/> <br/>  謎は解けないと知つて、解かうとしてあせらないやうにはなつたが、自分はそれを打ち棄てて顧みずにはゐられない。宴會嫌ひで世に謂ふ道樂といふものがなく、碁も打たず、象棋も差さず、球も撞かない自分は、自然科學の爲事場を出て、手に試驗管を持たなくなつてから、稀に畫や彫刻を見たり、音樂を聽いたりする外には、境遇の與へる日の要求を果した間々に、本を讀むことを餘儀なくせられた。<br/>  ハルトマンは人間のあらゆる福を錯迷として打破して行く間に、こんな意味の事を言つてゐた。大抵人の福と思つてゐる物に、酒の二日醉をさせるやうに跡腹の病めないものは無い。それの無いのは、只藝術と學問との二つ丈だと云ふのである。自分は丁度此二つの外にはする事がなくなつた。それは利害上に打算して、跡腹の病めない事をするのではない。跡腹の病める、あらゆる福を生得好かないのである。<br/>  本は隨分讀んだ。そしてその讀む本の種類は、爲事場を出てから、必然の結果でがらりと變つた。<br/>  西洋にゐた時から、Archive とか Jahresberichte とか云ふやうな、專門の學術雜誌を初卷から揃へて十五六種も取つてゐたところが、爲事場に出ないことになつて見れば、實驗の細かい記錄なんぞを調べる必要がなくなつた。元來かう云ふ雜誌は學校や圖書館で買ふもので、個人の買ふものではなかつたのを、政府がどれ丈雜誌に金を出してくれるやら分からないと思ふのと、自分がどこで爲事をするやうになるやら分からないと思ふのとで、數千卷買つて持つてゐたが、自分は其中で專門學科の沿革と進步とを見るに最も便利な年報二三種を殘して置いて、跡は悉く官の學校に寄附してしまつた。<br/><noinclude></noinclude> fc4hinc4crwjwz0lyz0z0kpqh0hsgho Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/15 250 55502 240023 2026-04-12T04:14:18Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「 そしてその代りに哲學や文學の書物を買ふことにした。それを時間の得られる限り讀んだのである。<br/>  只その讀み方が、初めハルトマンを讀んだ時のやうに、饑ゑて食を貪るやうな讀み方ではなくなつた。昔世にもてはやされてゐた人、今世にもてはやされてゐる人は、どんな事を言つてゐるかと、譬へば道を行く人の顏を辻に立つて冷澹に…」 240023 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude> そしてその代りに哲學や文學の書物を買ふことにした。それを時間の得られる限り讀んだのである。<br/>  只その讀み方が、初めハルトマンを讀んだ時のやうに、饑ゑて食を貪るやうな讀み方ではなくなつた。昔世にもてはやされてゐた人、今世にもてはやされてゐる人は、どんな事を言つてゐるかと、譬へば道を行く人の顏を辻に立つて冷澹に見るやうに見たのである。<br/>  冷澹には見てゐたが、自分は辻に立つてゐて、度々帽を脫いだ。昔の人にも今の人にも、敬意を表すべき人が大勢あつたのである。<br/>  帽は脫いだが、辻を離れてどの人かの跡に附いて行かうとは思はなかつた。多くの師には逢つたが、一人の主には逢はなかつたのである。<br/>  自分は度々此脫帽によつて誤解せられた。自然科學を修めて歸つた當座、食物の議論が出たので、當時の權威者たる Voit の標準で駁擊した時も、或る先輩が「そんならフォイトを信仰してゐるか」と云ふと、自分はそれに答へて、「必ずしもさうでは無い、姑くフォイトの壘に據つて敵に當るのだ」と云つて、ひどく先輩に冷かされた。自分は一時の權威者としてフォイトに脫帽したに過ぎないのである。それと丁度同じ事で、一頃藝術の批評に口を出して、ハルトマンの美學を根據にして論じてゐると、或る後進の英雄が云つた。「ハルトマンの美學はハルトマンの無意識哲學から出てゐる。あの美學を根據にして論ずるには、先づ無意識哲學を信仰してゐなくてはならない」と云つた。なる程ハルトマンは自家の美學を自家の世界觀に結び附けてはゐたが、姑くその連鎖を斷つてしまつたとして見ても、彼の美學は當時最も完備したものであつて、而も創見に富んでゐた。自分は美學の上で、矢張一時の權威者としてハルトマンに脫帽したに過ぎないのである。ずつと後になつてから、ハルトマンの世界觀を離れて、彼の美學の存立してゐられる、立派な證據が提供せられた。ハルトマン以後に出た美學者の本をどれでも開けて見るが好い。きつと美の Modification と云ふものを說いてゐる。あれはハルトマンが剏めたのでハルトマンの前には無かつた。それを誰も彼も說いてゐて、ハルトマンのハの字も言はずにゐる。默殺してゐるのである。<br/>  それは兎に角、辻に立つ人は多くの師に逢つて、一人の主にも逢はなかつた。そしてどんなに巧みに組み立てた形而上學でも、一篇の抒情詩に等しいものだと云ふことを知つた。<br/> <br/>        *     *     *<br/> <br/>  形而上學と云ふ、和蘭寺院樂の諧律のやうな組立てに倦んだ自分の耳に、或時ちぎれちぎれの Aphorismen の旋律が聞えて來た。<br/>  生の意志を挫いて無に入らせようとする、ショオペンハウエルの Quietive に服從し兼ねてゐ<noinclude></noinclude> oi0pf0x0y6itnsmumtxs6etkamv1o2f Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/16 250 55503 240024 2026-04-12T04:15:12Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「た自分の意識は、或時懶眠の中から鞭うち起された。<br/>  それは Nietzsche の超人哲學であつた。<br/>  併しこれも自分を養つてくれる食餌ではなくて、自分を醉はせる酒であつた。<br/>  過去の消極的な、利他的な道德を家畜の群の道德としたのは痛快である。同時に社會主義者の四海同胞觀を、あらゆる特權を排斥する、愚な、とんまな群の道德…」 240024 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>た自分の意識は、或時懶眠の中から鞭うち起された。<br/>  それは Nietzsche の超人哲學であつた。<br/>  併しこれも自分を養つてくれる食餌ではなくて、自分を醉はせる酒であつた。<br/>  過去の消極的な、利他的な道德を家畜の群の道德としたのは痛快である。同時に社會主義者の四海同胞觀を、あらゆる特權を排斥する、愚な、とんまな群の道德としたのも、無政府主義者の跋扈を、歐羅巴の街に犬が吠えてゐると罵つたのも面白い。併し理性の約束を棄てて、權威に向ふ意志を文化の根本に置いて、門閥の爲め、自我の爲めに、毒藥と匕首とを用ゐることを憚らない Cesare Borgia を、君主の道德の典型としたのなんぞを、眞面目に受け取るわけには行かない。その上ハルトマンの細かい倫理說を見た目には、所謂評價の革新さへ幾分の新しみを殺がれてしまつたのである。<br/>  そこで死はどうであるか。「永遠なる再來」は慰藉にはならない。Zarathustra の末期に筆を下し兼ねた作者の情を、自分は憐んだ。<br/>  それから後にも Paulsen の流行などと云ふことも閱して來たが、自分は一切の折衷主義に同情を有せないので、そんな思潮には觸れずにしまつた。<br/> <br/>        *     *     *<br/> <br/>  昔別莊の眞似事に立てた、膝を容れるばかりの小家には、佛者の百一物のやうになんの道具も只一つしか無い。<br/>  それに主人の翁は壁といふ壁を皆棚にして、棚といふ棚を皆書物にしてゐる。<br/>  そして世間と一切の交通を絕つてゐるらしい主人の許に、西洋から書物の小包が來る。彼が生きてゐる間は、小さいながら財產の全部を保菅してゐる Notar の手で、利足の大部分が西洋の某書肆へ送られるのである。<br/>  主人は老いても黑人種のやうな視力を持つてゐて、世間の人が懷かしくなつた故人を訪ふやうに、古い本を讀む。世間の人が市に出て、新しい人を見るやうに新しい本を讀む。<br/>  倦めば砂の山を步いて松の木立を見る。砂の濱に下りて海の波瀾を見る。<br/>  僕八十八の薦める野菜の膳に向つて、飢を凌ぐ。<br/>  書物の外で、主人の翁の翫んでゐるのは、小さい Loupe である。砂の山から摘んで來た小さい草の花などを見る。その外 Zeiss の顯微鏡がある。海の雫の中にゐる小さい動物などを見る Merz の望遠鏡がある。晴れた夜の空の星を見る。これは翁が自然科學の記憶を呼び返す、折々のすさびである。<br/>  主人の翁はこの小家に來てからも幻影を追ふやうな昔の心持を無くしてしまふことは出來ない。<noinclude></noinclude> 61xsmyp0bzvflgxryf6cc2n6zi83phg Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/17 250 55504 240025 2026-04-12T04:15:55Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「そして既往を回顧してこんな事を思ふ。日の要求に安んぜない權利を持つてゐるものは、恐らくは只天才ばかりであらう。自然科學で大發明をするとか、哲學や藝術で大きい思想、大きい作品を生み出すとか云ふ境地に立つたら、自分も現在に滿足したのではあるまいか。自分にはそれが出來なかつた。それでかう云ふ心持が附き纏つてゐるのだら…」 240025 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>そして既往を回顧してこんな事を思ふ。日の要求に安んぜない權利を持つてゐるものは、恐らくは只天才ばかりであらう。自然科學で大發明をするとか、哲學や藝術で大きい思想、大きい作品を生み出すとか云ふ境地に立つたら、自分も現在に滿足したのではあるまいか。自分にはそれが出來なかつた。それでかう云ふ心持が附き纏つてゐるのだらうと思ふのである。<br/>  少壯時代に心の田地に卸された種子は、容易に根を斷つことの出來ないものである。冷眼に哲學や文學の上の動搖を見てゐる主人の翁は、同時に重い石を一つ一つ積み疊ねて行くやうな科學者の勞作にも、餘所ながら目を附けてゐるのである。<br/>  Revue des Deux Mondes の主筆をしてゐた舊教徒 Brunetiére が、科學の破產を說いてから、幾多の歲月を閱しても、科學はなかなか破產しない。凡ての人爲のものの無常の中で、最も大きい未來を有してゐるものの一つは、矢張科學であらう。<br/>  主人の翁はそこで又こんな事を思ふ。人間の大厄難になつてゐる病は、科學の力で予防もし治療もすることが出來る樣になつて來た。種痘で疱瘡を防ぐ。人工で培養した細菌やそれを種ゑた動物の血淸で、窒扶斯を防ぎ實扶的里を直すことが出來る。Pest のやうな猛烈な病も、病原菌が發見せられたばかりで、予防の見當は附いてゐる。癩病も病原菌だけは知られてゐる。結核も Tuberculin が予期せられた功を奏せないでも、防ぐ手掛りが無いこともない。癌のやうな惡性腫瘍も、もう動物に移し植ゑることが出來て見れば、早晚予防の手掛りを見出すかも知れない。近くは梅毒が Salvarsan で直るやうになつた。Elias Metschnikaff の樂天哲學が、未來に屬してゐる希望のやうに、人間の命をずつと延べることも、或は出來ないには限らないと思ふ。<br/>  かくして最早幾何もなくなつてゐる生涯の殘餘を、見果てぬ夢の心持で、死を怖れず、死にあこがれずに、主人の翁は送つてゐる。<br/>  その翁の過去の記憶が、稀に長い鎖のやうに、剎那の間に何十年かの跡を見渡させることがある。さう云ふ時は翁の炯々たる目が大きく睜られて、遠い遠い海と空とに注がれてゐる。<br/>  これはそんな時ふと書き捨てた反古である。<br/><noinclude></noinclude> gy5xrb3ykminrk0j2486ds8c1l673zh 利用者:AntiquatedMan2025/森鷗外/蛇 2 55505 240027 2026-04-12T05:55:51Z AntiquatedMan2025 44229 ページの作成:「[[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="18" to="29" fromsection="yasuifujin/>」 240027 wikitext text/x-wiki [[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="18" to="29" fromsection="yasuifujin/> ame716sa9plh91f3wmfu5hweooj2xt9 240033 240027 2026-04-12T06:00:45Z AntiquatedMan2025 44229 240033 wikitext text/x-wiki [[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="18" to="18" fromsection="yasuifujin/> 7rm8r6rmjkic6mdig2htu271th3wu7j 240034 240033 2026-04-12T06:01:16Z AntiquatedMan2025 44229 240034 wikitext text/x-wiki [[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="18" to="29"/> afaz3qbmn2ia4vgm8579w8v8qd574y7 240050 240034 2026-04-12T07:38:08Z AntiquatedMan2025 44229 240050 wikitext text/x-wiki [[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="18" to="29" tosection="hebi"/> qr21feh2gvi9pc4asck9e45pfyranva Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/18 250 55506 240028 2026-04-12T05:56:19Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「蛇<br/> <br/>」 240028 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>蛇<br/> <br/><noinclude></noinclude> 197qiszd49iyg1ywk5kyaqf9bwonugw Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/19 250 55507 240029 2026-04-12T05:56:53Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「 明け易い夏の夜に、なんだつてこんなさうざうしい家に泊り合わせたことかと思つて、己はうるさく頬のあたりに飛んで來る蚊を逐ひながら、二間の緣側から、せせこましく石を据ゑて、いろいろな木を植ゑ込んである奧の小庭を、ぼんやり眺めてゐる。<br/>  座布團の傍に蚊遣の土器が置いてあつて、靑い烟が器に穿つてある穴から、絕えず立…」 240029 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude> 明け易い夏の夜に、なんだつてこんなさうざうしい家に泊り合わせたことかと思つて、己はうるさく頬のあたりに飛んで來る蚊を逐ひながら、二間の緣側から、せせこましく石を据ゑて、いろいろな木を植ゑ込んである奧の小庭を、ぼんやり眺めてゐる。<br/>  座布團の傍に蚊遣の土器が置いてあつて、靑い烟が器に穿つてある穴から、絕えず立ち昇つて、風のない緣側で渦卷いて、身のまはりを繞つてゐるのに、蚊がうるさく顏へ來る。夕飯の饌に附けてあつた、厭な酒を二三杯飲んだので、息が酒の香がするからだらうかと思う。飲まなければ好かつたに、咽が乾いてゐたもんだから、つひ飲んだのを後悔する。<br/>  ここまで案內をせられたとき、通つた間數を見ても、由緖のありげな、その割に人けの少い、大きな家の幾間かを隔てて、女ののべつにしやべつてゐる聲が、少しもと切れずに聞えてゐるのである。<br/>  恐ろしく早言で、詞は聞き取れない。土地の訛りの、にいと云ふ弖爾波が、數珠の數取りの珠のやうに、單調にしやべつてゐる詞の間々に、はつきりと聞こえる。東京で、ねえと云ふところである。ここは信州の山の中のある驛である。<br/><noinclude></noinclude> 2z5witysuh6xwwf8yrbwsarjxtvrlhr 240037 240029 2026-04-12T06:05:15Z AntiquatedMan2025 44229 240037 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude> 明け易い夏の夜に、なんだつてこんなさうざうしい家に泊り合はせたことかと思つて、己はうるさく頬のあたりに飛んで來る蚊を逐ひながら、二間の緣側から、せせこましく石を据ゑて、いろいろな木を植ゑ込んである奧の小庭を、ぼんやり眺めてゐる。<br/>  座布團の傍に蚊遣の土器が置いてあつて、靑い烟が器に穿つてある穴から、絕えず立ち昇つて、風のない緣側で渦卷いて、身のまはりを繞つてゐるのに、蚊がうるさく顏へ來る。夕飯の饌に附けてあつた、厭な酒を二三杯飲んだので、息が酒の香がするからだらうかと思う。飲まなければ好かつたに、咽が乾いてゐたもんだから、つひ飲んだのを後悔する。<br/>  ここまで案內をせられたとき、通つた間數を見ても、由緖のありげな、その割に人けの少い、大きな家の幾間かを隔てて、女ののべつにしやべつてゐる聲が、少しもと切れずに聞えてゐるのである。<br/>  恐ろしく早言で、詞は聞き取れない。土地の訛りの、にいと云ふ弖爾波が、數珠の數取りの珠のやうに、單調にしやべつてゐる詞の間々に、はつきりと聞こえる。東京で、ねえと云ふところである。ここは信州の山の中のある驛である。<br/><noinclude></noinclude> cwrqrgehq0h2avrd0pum0mlmmvoljxd Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/20 250 55508 240030 2026-04-12T05:57:29Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「 暫く耳を濟まして聞いてゐたが、相手の詞が少しも聞こえない。女は一人でしやべつてゐるらしい。<br/>  挨拶に出た爺いさんが、「病人がありまして、おやかましうございませう」と、あやまるやうに云つたが、まさか病人があんなにしやべり續けはすまい。<br/>  もしや狂人ではあるまいか。<br/>  詞は分からないが、音調で察して見れば、…」 240030 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude> 暫く耳を濟まして聞いてゐたが、相手の詞が少しも聞こえない。女は一人でしやべつてゐるらしい。<br/>  挨拶に出た爺いさんが、「病人がありまして、おやかましうございませう」と、あやまるやうに云つたが、まさか病人があんなにしやべり續けはすまい。<br/>  もしや狂人ではあるまいか。<br/>  詞は分からないが、音調で察して見れば、何事をか相手に哀願してゐるようである。<br/>  遠いところでぼんぼん時計が鳴る。懷中時計を出して見れば、十時である。<br/>  月が小庭にさしてゐる。薄濁りのしたやうな、靑白い月の光である。きのう峠で逢つた雨は、日中の照りに乾いて、けふは道が好かつたに、小庭の苔はまだ濡れてゐる。「こちらが少しはお涼しうございませう」と云つて爺いさんに連れて來られた黃昏に、大きな蝦蟇が一疋いつまでも動かずに、をりをり口をぱくりと開けて、己の厭がる蚊を食つてゐたのを思ひ出して、手水鉢の向うを見たが、もうそこにはなんにもゐなかつた。<br/>  此緣側の附いてゐる八疊の間には、黑塗の太い床緣のある床の間があつて、黑ずんだ文人畫の山水が掛つてゐる。向こうに締め切つてある襖には、杜少陵の詩が骨々しい大字で書いてある。何か物音がするやうに思つて、襖の方を見ると、丁度竹の筒を臺にした、薄暗いランプの附いてゐる向うの處で、「和氣日融々」と書いてある、襖が開いて、古帷子に袴を穿いた、さつきの爺いさんが出て來た。<br/> 「あちらへお床を延べました。いつでもお休みになりますなら。」<br/> 「さうさね。まだ寐られさうにないよ。お前詞が土地の人と違ふぢやないか。」<br/> 「へえ。若い時東京に奉公をいたしてをりましたから、いくらか違ひますのでございませう」と云つて、禿げた頭を搔いてゐる。<br/>  次第に家の內がしんとして來るので、例の女の聲が前よりもはつきり聞える。己は覺えず耳を傾けると、爺さんがその樣子を見て、かう云つた。<br/> 「どうも誠に相濟みません。さぞおやかましうございませう。」<br/>  爺いさんのかう云ふ樣子が、ただ一通りの挨拶ではなく、心から恐れ入つてゐるらしいので、己は却て氣の毒に思つた。併しそれと同時に、聞けば聞く程怪しい物の言い振りなので、indiscret なやうだとは知りながら、どうした女だか聞いて見ようと決心した。<br/>  さうとは知らない爺いさんは、右の手尖だけを疊に衝いて、腰を浮かせた。そして己の顏を見て云つた。<br/> 「もう何も御用は。」<br/><noinclude></noinclude> 3r065dx05b73btyawlzzuot8k8smjhn Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/21 250 55509 240031 2026-04-12T05:58:13Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「「さう。別になんにもないのだが、お前の方で忙しくないなら、少し聞いて見たいことがある。」<br/> 「いえ。どういたしまして。どうぞなんなりとも仰やつて下さいますやうに。」腰はまた落ち着けられた。<br/> 「どうだい。ここいらでは夏でもそんなに遲くまで起きてはゐないのだらうが、かうしてお前を引き留めて、話をしてゐても好いかい…」 240031 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>「さう。別になんにもないのだが、お前の方で忙しくないなら、少し聞いて見たいことがある。」<br/> 「いえ。どういたしまして。どうぞなんなりとも仰やつて下さいますやうに。」腰はまた落ち着けられた。<br/> 「どうだい。ここいらでは夏でもそんなに遲くまで起きてはゐないのだらうが、かうしてお前を引き留めて、話をしてゐても好いかい。」<br/> 「へえ。こちらなぞでは、宿屋と違ひまして、割合ひに早く休みまするが、わたくしはどうせ今夜も通夜をいたしまするのでございます。」<br/> 「通夜をするといふのかね。それは近い頃不幸か何かあつたのだね。」<br/> 「へえ。主人の母親が亡くなりましてから、明日で二七日になりますのでございます。」<br/> 「ふん。さつき聞けば病人があるさうだし、それに忌中では、さぞ宿なんぞ引き受けて、迷惑な事だらうね。實に氣の毒な事をした。併しもう御厄介になり序でだから爲方がない。緣側は少し涼しいから、まあ、ちつとこちらへ來て話したら好いだらう。」<br/> 「難有うございます。いえ。縣廳からお宿を仰附けられましたのは、この上もない名譽な事でございます。かういふところへお留め申しまして、さぞ御迷惑でございませうが、當家ではこれもお上へ對しまして、報恩の一つでございまするから。」<br/>  爺いさんはかう云ひながら、蚊遣の煙の斷え斷えになつたのを見て、袋戶棚から蚊遣香を出して取り換へて、そのままそこに据わつた。そして己が問ふ儘にぽつぽつこんな事を話した。<br/> <br/>        *     *     *<br/> <br/>  この穗積といふ家は、素と縣で三軒と云はれた豪家の一つである。<br/>  亡くなつた先代の主人は多額納稅者で、貴族院議員になるところであつたが、病氣を申し立てて早く隱居してしまつた。佐久間象山先生を崇拜して、省諐錄を死ぬるまで傍に置いてゐた。爺いさんは、「なんとかいふ、歌を四角な字ばかりで書いてある本」だと云つた。<br/>  それでゐて佛教の信者であつた。なんでもこれからの人は西洋の事を知らなくては行けない。併し耶蘇教になつてはならない。耶蘇教の本を讀んで見たが、皆淺はかなもので、佛教の足元にも寄り附けないと云つてゐた。それで自分なぞにも、不斷佛教の難有い事を話して聞せた。それは別にむづかしい事ではない。只四恩といふものを忘れずにゐれば、それで好いと云ふ事であつたと、爺いさんは云つた。なるほどさつきも、國家の義務だとでもいふやうなところを、「報恩」だと云つたつけと、己は思ひ合せた。<br/>  先代の妻は實に優しい女で、夫の言ふことに何一つ負いた事がない。そして自分を始め、下々のものをいたはつて使つてくれた。あすで二七日になるといふのは、この女の事である。八十歲<noinclude></noinclude> a3kwp3wf6yreqp28iccrjmnyk4eevk6 Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/22 250 55510 240032 2026-04-12T05:59:08Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「の長壽をして、こなひだ死ぬるまで、每日十人ずつの乞食に二十五錢ずつ施すことになつてゐたので、近年は郡役所で貧窮のものを調べて、代り代り貰ひに來させることになつてゐた。若い奉公人の中には、「御隱居樣のお客樣」と云つて、蔭で笑ふものがあつたが、貰ひに來るものの感情を害するやうな事をしたものはない。<br/>  この夫婦の間…」 240032 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>の長壽をして、こなひだ死ぬるまで、每日十人ずつの乞食に二十五錢ずつ施すことになつてゐたので、近年は郡役所で貧窮のものを調べて、代り代り貰ひに來させることになつてゐた。若い奉公人の中には、「御隱居樣のお客樣」と云つて、蔭で笑ふものがあつたが、貰ひに來るものの感情を害するやうな事をしたものはない。<br/>  この夫婦の間にどうしたわけか子がないので、ひどく歎いてゐると、明治の初年に奧さんが四十になつて姙娠した。夫婦は大層喜んだが、長野から請待した產科のお醫者が、これまで四十の初產は手掛けたことがないと云つて、眉を顰めたさうである。<br/>  それでも無事に今の主人は生れた。小學校といふものが始めて出來た頃に、好く物が出來るといふので、縣廳までも知られてゐた。その頃自分は商人にならうと思つて、主人の取引をしてゐる、日本橋の問屋へ奉公に出た。小僧の時から奉公したのではなくては使はないといふのを、主人の保證で番頭の見習をさせて貰つた。<br/>  西南の戰爭の時、問屋が糧秣品を納めて、大分の利益を見てから、四五年立つた時であつた。いつか故參になつた自分は、女房を持たせて、暖簾を分けて貰ふことになつてゐると、先代の穗積の主人が卒中して、六十五歲で頓死した。聞き取りにくい詞で、「跡の事は淸吉に賴め」と云つたのが、御隱居さんにやつと分かつたといふことである。<br/>  自分は取るものも取りあへず、この土地へ歸つて來た。御隱居は五十を越してゐるのに、今の主人はやつと長野の中學校に這入つたばかりである。それからといふものは、穗積家一切の事を引き受けて、とうとう一生獨身で暮したのである。<br/>  好い子だと評判せられてゐた今の主人は、段々大きくなるに連れて、少し弱々しい靑年になつた。學校の成績は相變わらず好い。是非學士にすると云つてゐた、先代の遺志を紹いで、御隱居が世話をしてゐられた。先代の心安くした住職のゐるある寺に泊つて、中學に通つてゐる主人の、暑中休暇や暮の休暇に歸つて來るのを、御隱居は樂みにしてゐるのであつた。<br/>  その頃から今の主人はどうも體が惡い。少し無理な勉強をすると、眩暈がして卒倒する。講堂で卒倒して、同級のものに送られて寺へ歸ることなぞがあつた。<br/>  それでも中學は相應に卒業したが、東京へ出て、高等學校の試驗を受けることになつてから、度々落第して、次第に神經質になつた。無理な事をさせてはならないといふので、傍から勸めて早稻田に入れることにした。それからは諦めて餘り勉強をしない。<br/>  そのうち適齡になつたので、一年志願兵の試驗を受けたが、體格ではねられた。丁度日淸戰爭のある年に、早稻田の方が卒業になつて歸つた。<br/>  もう一人前の男になられたからと思つて、これまで形式的に御隱居に伺つてゐた穗積家の經營<noinclude></noinclude> 4ebzlxqkv0wseely6tz7oyb535p8okx Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/23 250 55511 240035 2026-04-12T06:02:36Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「の事を、そろそろ相談し掛けて見ても、「淸吉、お前に任せるから、これまで通りに遣つてくれ」と云つて顧みようともしない。そんなら何か熱心にしてゐる事があるかと思つて、氣を附けて見ても、分からない。もう六十を越してゐた御隱居には優しくして、一家の事は自分に任せてゐるので、至極結構な御主人ではあるが、どうも張合のないや…」 240035 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>の事を、そろそろ相談し掛けて見ても、「淸吉、お前に任せるから、これまで通りに遣つてくれ」と云つて顧みようともしない。そんなら何か熱心にしてゐる事があるかと思つて、氣を附けて見ても、分からない。もう六十を越してゐた御隱居には優しくして、一家の事は自分に任せてゐるので、至極結構な御主人ではあるが、どうも張合のないやうな氣がして來た。<br/>  尤も不思議に思つたのは、東京から歸つた翌年、二十四歲で今の奧さんを迎へた時の事である。身代は穗積家より小さくても、同郡で舊家として知られてゐる家の娘に、これも東京に出て、高等女學校を卒業して歸つてゐるのがあつた。いつか越後の人がこの娘を見て、自分の國は女の美しい國だが、お豐さんのやうに美しいのは、見たことがないと云つたさうである。お豐さんの小さいとき、祭禮やなんぞで、穗積の今の主人と落ち合ふことがあると、穗積の千足さんとお豐さんとは好い夫婦だと、人が好く揶揄つたもので、兩家でなんの話もないのに、お豐さんが東京へ稽古に行けば、あれは千足さんの處に嫁入をするとき、負けてはならぬから行くのだなどといふ噂さへあつた。それが十八になつて、穗積の息子と前後して都から歸つたのである。そこで二人の結婚はほとんど周圍から餘儀なくせられたやうな有樣であつた。今の主人はこの相談を母にせられたとき、どうでも好いと云つた。母の方では、東京のやうな風儀の好くない土地にゐて、女の事について何事もなかつた倅の、遠慮深い口から、どうでも好いといふのは、喜んで迎へる氣になつてゐるのだと思つて、直ぐに話を運ばせた。先方では待つてゐたらしかつた。殊に娘さん自身が待つてゐたらしいといふことさへ、媒人の口から穗積家へ傳へられた。見合ひの濟んだ頃には、珍らしい良緣だと、長野の新聞にまで出て、穗積の親類は勿論、知らぬ人まで讃めて、羨んで、妬んで、騷いでゐる中に、ただ淸吉爺いさん一人は、若い主人の素振が腑に落ちないやうに思つた。それは自分に問屋の主人が女房を持たせると始て云つた時の事に思ひ較べて見たからである。自分はその時もう三十五になつてゐた。それまで死に身になつて稼いだので、女と聞いて胸の轟く時は徒らに過ぎ去つて、心が落ち着いてゐた。それでもただ女房を持たせられると聞いたばかりで、どこの誰といふ當てもないのに、二三日の間はそはそはして物が手に附かなかつた。主人のどうでも好いと云ふのが、隱居の思うやうに、遠慮しての口上なら好いが、どうも素振までがどうでも好ささうに見える。稼業の事もどうでも好い。女房の事もどうでも好い。そんなはずはないがと、自分丈は思つたのである。<br/>  婚禮は首尾好く濟んだ。翌朝の事である。朝飯の膳が並んだ。これまでは御隱居と若い主人とが上に据わる。自分は末座に連つて食べることになつてゐた。これは先代の主人が亡くなつた年からの爲來りである。御遺言もあり、並の奉公人でないからといふので、御隱居がこう極めたのである。後家の身の上ではあるが、もう六十になつてゐるから、遠慮はいるまいといふことであ<noinclude></noinclude> hlx8ecrttvaej4vnplo8ecjzo9wv3c4 Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/24 250 55512 240036 2026-04-12T06:03:33Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「つた。親類には口のやかましい人もあつたが、かういふ事に非難も出なかつた。その朝は主人が眞中にゐて、兩側に御隱居と嫁さんとが据わつた。美しい嫁を取つたのが嬉しいと見えて、御隱居が樂しげに主人に話し掛ける。主人が返事をする。嫁さんは下を向いて聞いてゐたが、ろくに物も食べずに、誰よりも先に默つて席を立つてしまつた。自…」 240036 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>つた。親類には口のやかましい人もあつたが、かういふ事に非難も出なかつた。その朝は主人が眞中にゐて、兩側に御隱居と嫁さんとが据わつた。美しい嫁を取つたのが嬉しいと見えて、御隱居が樂しげに主人に話し掛ける。主人が返事をする。嫁さんは下を向いて聞いてゐたが、ろくに物も食べずに、誰よりも先に默つて席を立つてしまつた。自分は向いで見てゐたが、多分極まりが惡いので立つたのであらうと思つた。御隱居も主人もさう思つたことであらう。<br/>  併し午も晚も同じやうに、嫁さん丈早く席を起つた。その次の日からは、用事にかこつけて、嫁さんは遲れて食べに出る。主人がなぜかと思つて問ふと、どうもお母あ樣のお話が嫌いでならないと云ふ。これは穗積家に限つてある事で、食事の時は何か近鄉であつた嘉言善行といふやうな事を話すことになつてゐる。先代の主人のした流儀が殘つてゐるのである。丁度新聞紙の三面記事の反面のやうな話である。もし、これといふ出來事がないと、誰でも前日あたりに本か何かで讀んだとか、人に聞いたとかいふ話をする。その爲めに人の話を聞くにでも、本を讀むにでも、食事の時の話の種子になるやうな事柄に耳を留めて聞く、目を留めて見るといふことになつてゐるのである。<br/>  主人も不思議に思つた。善行嘉言なんぞといふものは、人によつては聞いて面白くないといふこともあらう。併し別に聞くに堪へないといふわけのものではない。うるさくても辛抱してゐられない筈はない。なぜだらうと云ふので、嫁さんに問うて見た。さうすると、あんな僞善の話は厭だと云つたさうである。<br/>  その事を聞いてから、御隱居は詞少なに、遠慮勝ちになつた。話されないとなると話して見たいやうに感ずるのが、人情の常である。それを我慢する。我慢するのが癖になつて、外の話のしたいのをも我慢する。<br/>  穗積家は沈默の家になつた。<br/> <br/>        *     *     *<br/> <br/>  ここまで話を聞いた時、さつき淸吉爺いさんの出て來た、「和氣日融々」と書いてある襖が、またすうと開いた。<br/>  見れば薩摩飛白に黑絽の羽織を着流した、四十恰好の品の好い男が出た。神經の興奮してゐるらしい聲で、かう云つた。<br/> 「わたくしは當家の主人で、穗積千足と申すものです。先生がお泊り下さいましたに、御挨拶にも出ずにゐて、突然お席に參つたのですから、定めて變な奴だと思召すでせうが、全く二週間ほど前から氣分が優れませんで、休んでゐました。縣廳からの指圖で、郡役所から通知のありました時も、忌中ではあるし、お斷り申さうかとも考えましたが、近來不爲合せな事が續きまして、こ<noinclude></noinclude> 4yfvyhjtwwvedow8rgo9hwgra9x06yf Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/25 250 55513 240038 2026-04-12T06:07:48Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「の老人が大層心寂しく存じてゐる樣子でして、名高い學者の方に泊つてお貰ひ申したら、何か心得になるやうな事が伺はれるかも知れないと申すのです。それで御迷惑かとは存じながら、お宿をお引受け申しました。先刻から淸吉が色々お話をいたした樣子ですが、わたくし共一家は實に悲慘な境遇に陷つてゐるのです。わたくしは今少し前に、お…」 240038 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>の老人が大層心寂しく存じてゐる樣子でして、名高い學者の方に泊つてお貰ひ申したら、何か心得になるやうな事が伺はれるかも知れないと申すのです。それで御迷惑かとは存じながら、お宿をお引受け申しました。先刻から淸吉が色々お話をいたした樣子ですが、わたくし共一家は實に悲慘な境遇に陷つてゐるのです。わたくしは今少し前に、お次まで參つてゐました。教育を受けたものが、立聞きをしては惡いといふこと位は、わたくしも知つてゐます。併しお迎ひにも出ず、御挨拶にも出ずにゐて、突然伺ふのが、餘り不躾な樣ですから、躊躇してゐたのです。淸吉じじいの申す通り、わたくしは小さい時から母に苦勞を掛けてゐながら、母を寂しい家で死なせてしまひました。それは物質的な奉養は出來る丈盡した積りです。併し母は晚年になつて、わたくし共夫婦のめに、恐ろしい寂しい生活をしたのです。そんなら妻を離別したら好からうと、人は云ふでせうが、それがさう容易く行くものではありません。どう云ふわけか長い間子がなくてゐる妻ですから、それを離別する程容易な事はない樣です。併し民法もある世の中ですね。妻にこれと云つて廉立つた惡いことはありません。母に優しくない。それだと云つて、別に手荒い事もしない。よしやわたくしが離別しようとしたつて、妻は勿論同意しません。妻の積りでは、かうして一日一日と過すうちに、いつかは樂しい生活に入る時が來るだらうと思つてゐたのです。妻がさう云ふ風で、合意が成り立たないのに、わたくしがどうしようと申したつて、里方の親類が承知しません。何をわたくしは理由にしませう。話をたんとしない。それがなんの理由になりませう。無論法廷で爭う理由なんぞにはなりません。その上世間體といふものもあります。穗積といふ家は、信州では多少人も知つてゐる舊家です。その內輪を新聞に書かれたくはありません。さういふ次第で、とうとう十四五年といふものが立つてしまつたのです。淸吉じじいなんぞは、こんな律儀な男で、それに非常に耐忍力が強いのですから、默つて內の事をしてゐてくれましたが、腹の中ではわたくしを意氣地がないやうに思つたり、妻に惑溺してゐるやうに思つたりしてゐるようです。わたくしは決して惑溺なぞはしてゐません。ただ薄志弱行だと云はれれば、それ丈はいたし方がありません。それにはわたくしに極まつた人生觀が無いのが原因になつてゐます。わたくしは病身で大學には這入ることが出來ませんでしたが、色々な學科を修めました。何かわたくしの生活の基礎になるやうな思想があつて、それを貫く爲めには、いかなるものをも犧牲にするといふ氣になられたならば、これまでにどうにか解決が附いたのでせう。世間の毀譽褒貶は顧みない。人が死んでも好い。自分が死んでも好いと云ふ事なら、解決が附いたのでせう。それが無いので、今にぐずぐずしてゐるのです。そして母はとうとう亡くなつてしまふ。妻もあんな風に氣が狂つてしまふ。わたくしもどうなるか知れません。」<br/>  主人の血走つた目は、じいつと己の顏に注がれてゐる。己はぞつとした。淸吉爺いさんは腕組<noinclude></noinclude> dn2wrgvbp60p3b79nvvfckf8g567z5j 240044 240038 2026-04-12T06:32:52Z AntiquatedMan2025 44229 240044 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>の老人が大層心寂しく存じてゐる樣子でして、名高い學者の方に泊つてお貰ひ申したら、何か心得になるやうな事が伺はれるかも知れないと申すのです。それで御迷惑かとは存じながら、お宿をお引受け申しました。先刻から淸吉が色々お話をいたした樣子ですが、わたくし共一家は實に悲慘な境遇に陷つてゐるのです。わたくしは今少し前に、お次まで參つてゐました。教育を受けたものが、立聞きをしては惡いといふこと位は、わたくしも知つてゐます。併しお迎ひにも出ず、御挨拶にも出ずにゐて、突然伺ふのが、餘り不躾な樣ですから、躊躇してゐたのです。淸吉じじいの申す通り、わたくしは小さい時から母に苦勞を掛けてゐながら、母を寂しい家で死なせてしまひました。それは物質的な奉養は出來る丈盡した積りです。併し母は晚年になつて、わたくし共夫婦のめに、恐ろしい寂しい生活をしたのです。そんなら妻を離別したら好からうと、人は云ふでせうが、それがさう容易く行くものではありません。どう云ふわけか長い間子がなくてゐる妻ですから、それを離別する程容易な事はない樣です。併し民法もある世の中ですね。妻にこれと云つて廉立つた惡いことはありません。母に優しくない。それだと云つて、別に手荒い事もしない。よしやわたくしが離別しようとしたつて、妻は勿論同意しません。妻の積りでは、かうして一日一日と過すうちに、いつかは樂しい生活に入る時が來るだらうと思つてゐたのです。妻がさう云ふ風で、合意が成り立たないのに、わたくしがどうしようと申したつて、里方の親類が承知しません。何をわたくしは理由にしませう。話をたんとしない。それがなんの理由になりませう。無論法廷で爭う理由なんぞにはなりません。その上世間體といふものもあります。穗積といふ家は、信州では多少人も知つてゐる舊家です。その內輪を新聞に書かれたくはありません。さういふ次第で、とうとう十四五年といふものが立つてしまつたのです。淸吉じじいなんぞは、こんな律儀な男で、それに非常に耐忍力が強いのですから、默つて內の事をしてゐてくれましたが、腹の中ではわたくしを意氣地がないやうに思つたり、妻に惑溺してゐるやうに思つたりしてゐるようです。わたくしは決して惑溺なぞはしてゐません。ただ薄志弱行だと云はれれば、それ丈はいたし方がありません。それにはわたくしに極まつた人生觀が無いのが原因になつてゐます。わたくしは病身で大學には這入ることが出來ませんでしたが、色々な學科を修めました。何かわたくしの生活の基礎になるやうな思想があつて、それを貫く爲めには、いかなるものをも犧牲にするといふ氣になられたならば、これまでにどうにか解決が附いたのでせう。世間の毀譽褒貶は顧みない。人が死んでも好い。自分が死んでも好いと云ふ事なら、解決が附いたのでせう。それが無いので、今にぐずぐずしてゐるのです。そして母はとうとう亡くなつてしまふ。妻もあんな風に氣が狂つてしまふ。わたくしもどうなるか知れません。」<br/>  主人の血走つた目は、ぢいつと己の顏に注がれてゐる。己はぞつとした。淸吉爺いさんは腕組<noinclude></noinclude> ihjwjvyxs4i9n2rnmnj1pvpm94b18jl Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/26 250 55514 240039 2026-04-12T06:09:12Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「をして俯向いてゐる。十一時の時計が鳴つた。<br/> 「そんなら、さつきまで聲のしてゐたのが奧さんですね」と、己は問うた。<br/> 「さうです。いつでも十一時前まではあの通りです。幻覺か何かがある樣子であんな工合にしやべり續けてゐて、草臥れ切るまでは寐ないのです。」<br/> 「なるほど。淸吉さんの話では、奧さんが嘉言善行といふやう…」 240039 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>をして俯向いてゐる。十一時の時計が鳴つた。<br/> 「そんなら、さつきまで聲のしてゐたのが奧さんですね」と、己は問うた。<br/> 「さうです。いつでも十一時前まではあの通りです。幻覺か何かがある樣子であんな工合にしやべり續けてゐて、草臥れ切るまでは寐ないのです。」<br/> 「なるほど。淸吉さんの話では、奧さんが嘉言善行といふやうな話が嫌いだと云つたのが、內輪の面白くなくなる初めだといふことでしたが、一體どういふわけだつたのですか。」<br/> 「實に馬鹿げ切つてゐるのです。妻の考では人間に眞の善人といふものは無い。若し有るとしても、廣い國に一人あるとか、千百年の間に一人出るとかいふもので、實際附き合つてゐる人の中には、そんなものの有りやうがない。善い事をしたり言つたりするといふのは、爲めにする所があるので、自分を利するのである。卑劣である。これに反して、惡い事は誰もしたい。併しそれを吹聽するには及ばないから、默つてゐる方が好い。よし又言ふにしても、惡い事の方なら、正直に言ふのであるから、虛僞でもなければ、卑劣でもないと云ふのです。わたくしは妻が優しい顏をして、美しい聲でそんな事を言ふのですから、馬鹿らしくもあり、不思議にも思つてゐました。そのうちに妙な事があつたのです。去年でしたか、東京にいた頃、學校で心安くした友人が溫泉へ來たといふので、わたくしの所へ寄りました。その男がかう云ふ事を言つたのです。妻を持つて子供が澤山出來た。ところが、その妻が authority といふものを一切認めぬ奴で、言ふ事を少しも聞かない。それでは親に濟むまいとか、お上に濟むまいとか、神樣に濟むまいとか、佛に濟むまいとか、天帝に濟むまいとか云はうとしても、どれもこの女に摑まへさせる力草にはならない。どうも今の女學校を出た女は、皆無政府主義者や社會主義者を見たやうな思想を持つてゐるやうだと、さう云ふのです。その時はわたくしもこの男は隨分思ひ切つた事を云ふと思つて聞いてゐましたが、好く考えて見ると、わたくしの妻などもオオソリチイは認めません。事によると、今の女はまるで動物のやうに、生存競爭の爲めには、あらゆるものと戰ふやうになつてゐるのではないでせうか。一體どうしてこんな風になつて來たのでせう。」<br/> 「打遣つて置けば、さうなるのです。赤ん坊は生れながらの égoiste ですからね。」<br/> 「併しどうして男とは違ふのでせう。」<br/> 「それはなんと云つても、男の方は理性が勝つてゐるのでせう。君はさつき人生觀を持つてゐないと云はれたが、持つてゐないと云つても、社會に立つての利害關係は知つてゐる。利己主義ばかりで推して行けば、自分の立場がなくなるといふことは知つてゐる。Dogma は承認しない。勿れ勿れの教には服せない。併し利害の打算上から、むちやな事はしない。女だつて理性の勝つてゐる女は同じ事でせう。ただそんな女は少いのです。人間は利害關係丈でも本當に分かつてゐれ<noinclude></noinclude> fjy3nvofq5f814c941vm814u6x2c4xx 240043 240039 2026-04-12T06:18:30Z AntiquatedMan2025 44229 240043 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>をして俯向いてゐる。十一時の時計が鳴つた。<br/> 「そんなら、さつき迄聲のしてゐたのが奧さんですね」と、己は問うた。<br/> 「さうです。いつでも十一時前まではあの通りです。幻覺か何かがある樣子であんな工合にしやべり續けてゐて、草臥れ切るまでは寐ないのです。」<br/> 「なるほど。淸吉さんの話では、奧さんが嘉言善行といふやうな話が嫌いだと云つたのが、內輪の面白くなくなる初めだといふことでしたが、一體どういふわけだつたのですか。」<br/> 「實に馬鹿げ切つてゐるのです。妻の考では人間に眞の善人といふものは無い。若し有るとしても、廣い國に一人あるとか、千百年の間に一人出るとかいふもので、實際附き合つてゐる人の中には、そんなものの有りやうがない。善い事をしたり言つたりするといふのは、爲めにする所があるので、自分を利するのである。卑劣である。これに反して、惡い事は誰もしたい。併しそれを吹聽するには及ばないから、默つてゐる方が好い。よし又言ふにしても、惡い事の方なら、正直に言ふのであるから、虛僞でもなければ、卑劣でもないと云ふのです。わたくしは妻が優しい顏をして、美しい聲でそんな事を言ふのですから、馬鹿らしくもあり、不思議にも思つてゐました。そのうちに妙な事があつたのです。去年でしたか、東京にいた頃、學校で心安くした友人が溫泉へ來たといふので、わたくしの所へ寄りました。その男がかう云ふ事を言つたのです。妻を持つて子供が澤山出來た。ところが、その妻が authority といふものを一切認めぬ奴で、言ふ事を少しも聞かない。それでは親に濟むまいとか、お上に濟むまいとか、神樣に濟むまいとか、佛に濟むまいとか、天帝に濟むまいとか云はうとしても、どれもこの女に摑まへさせる力草にはならない。どうも今の女學校を出た女は、皆無政府主義者や社會主義者を見たやうな思想を持つてゐるやうだと、さう云ふのです。その時はわたくしもこの男は隨分思ひ切つた事を云ふと思つて聞いてゐましたが、好く考えて見ると、わたくしの妻などもオオソリチイは認めません。事によると、今の女はまるで動物のやうに、生存競爭の爲めには、あらゆるものと戰ふやうになつてゐるのではないでせうか。一體どうしてこんな風になつて來たのでせう。」<br/> 「打遣つて置けば、さうなるのです。赤ん坊は生れながらの égoiste ですからね。」<br/> 「併しどうして男とは違ふのでせう。」<br/> 「それはなんと云つても、男の方は理性が勝つてゐるのでせう。君はさつき人生觀を持つてゐないと云はれたが、持つてゐないと云つても、社會に立つての利害關係は知つてゐる。利己主義ばかりで推して行けば、自分の立場がなくなるといふことは知つてゐる。Dogma は承認しない。勿れ勿れの教には服せない。併し利害の打算上から、むちやな事はしない。女だつて理性の勝つてゐる女は同じ事でせう。ただそんな女は少いのです。人間は利害關係丈でも本當に分かつてゐれ<noinclude></noinclude> 7jd6em7bv3c7frmu21h559ce5yqt4sb Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/27 250 55515 240040 2026-04-12T06:12:06Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「ば、むちやな事は出來ない。基督の山の說教なんぞを高尚なやうに云ふが、あれも利害に愬えてゐるのですからねえ。」<br/> 「なるほどさうです。赤ん坊は赤い物に目を刺戟せられれば、火をでも攫む。それと同じやうに、女は我慾を張り通して、自分が破滅するのですね。」<br/> 「まあ、そんな物でせう。だから、赤ん坊を泣かせて、火を攫ませ…」 240040 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>ば、むちやな事は出來ない。基督の山の說教なんぞを高尚なやうに云ふが、あれも利害に愬えてゐるのですからねえ。」<br/> 「なるほどさうです。赤ん坊は赤い物に目を刺戟せられれば、火をでも攫む。それと同じやうに、女は我慾を張り通して、自分が破滅するのですね。」<br/> 「まあ、そんな物でせう。だから、赤ん坊を泣かせて、火を攫ませないやうにする。赤ん坊を大人と一しょには扱はない。無政府主義者でも、社會主義者でも、下の下までの人間を理性のある人間と同一に扱はうとしてゐるから間違つてゐるのです。一般選舉權の問題でからがさうです。多數政治なんといふものも、將來これに代るべき、何等かの好い方法が立てば、棄てられてしまふかも知れません。詰まり égalité といふ思想が根本から間違つてゐるのですね。女だつて遠くが見えない爲めに、自分の破滅を招くやうな事をすれば、暴力で留めなくてはならないでせう。」<br/> 「先生はさうお思ひですか。獨逸では小學校の教師に鞭で生徒を打つことが許してある。それから夫たるものは妻に打つても好いことになつてゐるとか聞きましたが、先生のお考では、あれも差支がないのでせうか。」<br/>  己は覺えず微笑んだ。「わたしなんぞもそれ程まで踏み込んだ考を持つてゐるわけではありませんよ。先頃もフランスで誰やらが、英國の笞刑が好結果を奏してゐると新聞に書いた。すると、Bernard Shaw がわざわざ反駁書を出しました。兎に角打つなんといふことは非常手段ですから、教師だから打つても好い、夫だから打つても好いといふやうに、法則にして置くのは不都合でせう。」<br/> 「なるほどさうでせう。兎に角わたくしもある場合には打つても好いといふ位な、堅固な意思を持つてゐましたら、可哀相に妻をあんな物にはしませんでしたらう。ああ、亡くなつた母も氣の毒ですが、妻も實に氣の毒です。」<br/>  主人はぢつと考え込んでゐる。<br/>  己は問うた。「一體氣の變になられたのは、どう云ふ動機からですか。」<br/>  腕組みをしてゐた淸吉爺いさんが、手をほぐして膝を進めた。「實に申し上げにくい事でございますが、先生が理學博士でいらつしやると承りまして、お泊りを願ふことが出來ましたら、それを伺つて見たいと存じてをりましたのでございます。初七日の晚でございました。奧さんが線香を上げに、佛壇を覗かれますと、大きな蛇のとぐろを卷いてゐましたのが、鎌首を上げて、ぢつと奧さんのお顏を見たさうでございます。きやつと云つて倒れておしまひになりましたが、それから只今のやうにおなりになりました。わたくし共も驚きまして、若い者の中に好く蛇抔をいぢるものがございますので、摑まへさせまして、野原へ棄てに遣りました。主人は新しい學問も<noinclude></noinclude> tns9s1apbjm4ylbsmtivmi391fl5271 Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/28 250 55516 240041 2026-04-12T06:13:04Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「いたしてゐるものでございますから、なに、蛇といふものは氣壓なんぞを鋭敏に感ずるものだから、暴風雨の前なんぞには、馴れた棲家を出て、人家に這入り込むことがあるさうだ。佛壇にゐたのは、全く偶然だと申してをりました。ところが、翌朝になつて佛壇を見ますると、蛇はちやんと歸つてゐるのでございます。わたくしも此度は前より一…」 240041 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>いたしてゐるものでございますから、なに、蛇といふものは氣壓なんぞを鋭敏に感ずるものだから、暴風雨の前なんぞには、馴れた棲家を出て、人家に這入り込むことがあるさうだ。佛壇にゐたのは、全く偶然だと申してをりました。ところが、翌朝になつて佛壇を見ますると、蛇はちやんと歸つてゐるのでございます。わたくしも此度は前より一層驚きました。なんでもこんな事を下々に聞かせてはならない。昨日奧さんの御病氣になられたのでからが、御隱居樣を疎々しくなされた罰だなんぞと囁き合つてゐるらしい。こんな事を知つたら、なんといふか分からないと存じまするから、それからはお佛間には人を入れないやうにいたしてをります。實はこれにをられまする主人には、直ぐに相談いたしましたが、なに、あんなきたないものをいぢらなくともの事だ、いつか逃げてしまふだらうと申して取り合ひません。迷信とか申すものかと存じますので、誠に恥じ入りまする次第でございまするが、先生がお出でになりましたら、伺つて見たいと存じまして。」<br/>  主人は苦々しさうな顏をして、默つてゐる。<br/> 「今でもゐるのか」と、己は爺いさんに問うた。<br/> 「はい。ぢつといたしてをります。」<br/> 「さうか」と云つて、己は話をする間飲んでいた葉卷を棄てて立つた。「一寸わたしに見せて貰ひませう。」<br/>  爺いさんは先きに立つて案內する。佛間に入つて見れば、二間幅の立派な佛壇に、蠟燭が何本も立てて、大きい銅の香爐に線香が焚いてある。眞ん中にある白い位牌が新佛のであらう。香爐の向うを覗いて見ると、果して蛇がゐる。<br/>  大きな靑大將である。ひどく榮養が好いと見えて、肥滿してゐる。尾はずん切つたやうなのが、とぐろを卷いてゐる體の前の方へ五寸ばかり出てゐる。<br/>  己は佛壇の天井を仰いで見た。幅の廣い、立派な檜の板で張つてあるのが、いつか反り返つたままに古びて、眞黑になつてゐる。<br/>  爺いさんは据わつて、口の中に佛名を唱えてゐる。主人は somnambuule のやうな步き付きをして、跡から附いて來たのが、己の背後にぼんやり立つてゐる。<br/>  己は爺いさんを顧みて云つた。「近い處に米の這入つた藏があるだらうね。」<br/> 「はい。直き一間先きに、戶前の廊下に續いてゐる藏がございます。」<br/> 「そこから出て來たのだ。動物は習慣に支配せられ易いもので、一度止まつた處にはまた止まる。外へ棄てても、元の栖家に歸る。何も不思議な事はないのですよ。兎に角この蛇はわたしが貰つて行こう。」<br/><noinclude></noinclude> 6y7b95c3re5qd8czfj3800k1paupo6s Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/29 250 55517 240042 2026-04-12T06:13:36Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「 爺いさんは目を圓くした。「さやうなら、若い者を呼びまして。」<br/> 「いや。若い者なんぞに二度とは見せないといふ、お前さんの注意は至極好い。蛇位はわたしだつて摑まへる。毒のある蛇だと棒が一本いる。それで頸を押えて、項まで棒を轉がして行つて、頭の直ぐ根の處を摑むのです。これは俗に云ふ靑大將だ。棒なんぞはいらない。わ…」 240042 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude> 爺いさんは目を圓くした。「さやうなら、若い者を呼びまして。」<br/> 「いや。若い者なんぞに二度とは見せないといふ、お前さんの注意は至極好い。蛇位はわたしだつて摑まへる。毒のある蛇だと棒が一本いる。それで頸を押えて、項まで棒を轉がして行つて、頭の直ぐ根の處を摑むのです。これは俗に云ふ靑大將だ。棒なんぞはいらない。わたしの荷物の置いてある處に、きのう岩魚を入れて貰つた畚があります。あれをご苦勞ながら持て來て下さい。」<br/>  爺いさんは直ぐに畚を持つて來た。<br/>  己は蛇の尾をしつかり攫んで、ずるずると引き出して、ちゆうに吊るした。蛇は頭を持ち上げて自分の體を繩を綯つたやうに卷いたが、手までは屆かない。己は蛇を畚に入れて蓋をした。<br/>  丁度時計が十二時を打つた。<br/> <br/>        *     *     *<br/> <br/>  翌朝立つ前に、己は主人の妻をどんな醫者が見てゐるかと問うてみると、長野から呼んだのも、精神病專門の人ではないと云つた。己はこれ程の大家の事であるから、是非東京から專門家を呼んで見せるが好いと勸告して置いた。<br/><noinclude></noinclude> 6a4s0ttlp1oilmpft923oenr3vjj4cw 240049 240042 2026-04-12T07:37:25Z AntiquatedMan2025 44229 240049 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude><section begin="hebi"/> 爺いさんは目を圓くした。「さやうなら、若い者を呼びまして。」<br/> 「いや。若い者なんぞに二度とは見せないといふ、お前さんの注意は至極好い。蛇位はわたしだつて摑まへる。毒のある蛇だと棒が一本いる。それで頸を押えて、項まで棒を轉がして行つて、頭の直ぐ根の處を摑むのです。これは俗に云ふ靑大將だ。棒なんぞはいらない。わたしの荷物の置いてある處に、きのう岩魚を入れて貰つた畚があります。あれをご苦勞ながら持て來て下さい。」<br/>  爺いさんは直ぐに畚を持つて來た。<br/>  己は蛇の尾をしつかり攫んで、ずるずると引き出して、ちゆうに吊るした。蛇は頭を持ち上げて自分の體を繩を綯つたやうに卷いたが、手までは屆かない。己は蛇を畚に入れて蓋をした。<br/>  丁度時計が十二時を打つた。<br/> <br/>        *     *     *<br/> <br/>  翌朝立つ前に、己は主人の妻をどんな醫者が見てゐるかと問うてみると、長野から呼んだのも、精神病專門の人ではないと云つた。己はこれ程の大家の事であるから、是非東京から專門家を呼んで見せるが好いと勸告して置いた。<br/> <section end="hebi"/> <section begin="shinjuu"/>心中<br/> <br/> <section end="shinjuu"/><noinclude></noinclude> tky6vnx5kujibyn40pkuf0u57atcvj6 利用者:AntiquatedMan2025/森鷗外/心中 2 55518 240046 2026-04-12T06:35:49Z AntiquatedMan2025 44229 ページの作成:「[[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="29" to="38" tosection="shinjuu/>」 240046 wikitext text/x-wiki [[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="29" to="38" tosection="shinjuu/> ful43kgz624bzok3xedj2rtn8v621zl 240047 240046 2026-04-12T06:37:08Z AntiquatedMan2025 44229 240047 wikitext text/x-wiki [[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="30" to="39" tosection="shinjuu/> 1qaxadvhhkw8q169on229z2cj6zx07p 240051 240047 2026-04-12T07:38:48Z AntiquatedMan2025 44229 240051 wikitext text/x-wiki [[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="30" to="39" fromsection="shinjuu/> kt9ghdrnapzjiqpzlrcck0eza9oesta 240052 240051 2026-04-12T07:39:03Z AntiquatedMan2025 44229 240052 wikitext text/x-wiki [[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="29" to="38" fromsection="shinjuu/> ak4zggayotl10vxyg9hp0ajjk3renjz 240062 240052 2026-04-12T07:56:48Z AntiquatedMan2025 44229 240062 wikitext text/x-wiki [[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="29" to="38" fromsection="shinjuu tosection="shinjuu/> ggds81gbydlkzwz1z5dpk3n37b7cwrc 240063 240062 2026-04-12T07:58:17Z AntiquatedMan2025 44229 240063 wikitext text/x-wiki [[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="29" to="38" fromsection="shinjuu" tosection="shinjuu"/> mmt2g8s1pstk16qpas9j6dhec0antag Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/30 250 55519 240053 2026-04-12T07:42:54Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「 お金がどの客にも一度はきつとする話であつた。どうかして間違つて二度話し掛けて、その客に「ひゆうひゆうと云ふのだらう」なんぞと、先を越して云はれやうものなら、お金の悔やしがりやうは一通りではない。なぜと云ふに、あの女は一度來た客を忘れると云ふことはないと云つて、ひどく自分の記憶を恃んでゐたからである。<br/>  それ…」 240053 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude> お金がどの客にも一度はきつとする話であつた。どうかして間違つて二度話し掛けて、その客に「ひゆうひゆうと云ふのだらう」なんぞと、先を越して云はれやうものなら、お金の悔やしがりやうは一通りではない。なぜと云ふに、あの女は一度來た客を忘れると云ふことはないと云つて、ひどく自分の記憶を恃んでゐたからである。<br/>  それを客の方から賴んで二度話して貰つたものは、恐らくは僕一人であらう。それは好く聞いて覺えて置いて、いつか書かうと思つたからである。<br/>  お金はあの頃いくつ位だつたかしら。「おばさん、今晚は」なんと云ふと、「まあ、あんまり可哀さうぢやありませんか」と眞面目に云つて、救を求めるやうに一座を見渡したものだ。「おい、萬年新造」と云ふと、「でも新造だけは難有いわねえ」と云つて、心から嬉しいのを隱し切れなかつたやうである。兎に角三十は慥かに越してゐた。<br/>  僕は思ひ出しても可笑しくなる。お金は妙な癖のある奴だつた。妙な癖だとは思ひながら、あいつのゐないところで、その癖をはつきり思ひ浮かべて見ようとしても、どうも分からなかつた。併し度々見るうちに、僕はとうとう覺えてしまつた。お金を知つてゐる人は澤山あるが、こんな<noinclude></noinclude> rda0y20mplho44ui1ebiipr4eu70058 Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/31 250 55520 240054 2026-04-12T07:43:45Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「事をはつきり覺えてゐるのは、これも矢つ張僕一人かも知れない。癖と云ふのはかうである。<br/>  お金は客の前へ出ると、なんだか一寸坐わつても直ぐに又立たなくてはならないと云ふやうな、落ち着かない坐わりやうをする。それが隨分長く坐わつてゐる時でもさうである。そしてその客の親疎によつて、「あなた大層お見限りで」とか、「ど…」 240054 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>事をはつきり覺えてゐるのは、これも矢つ張僕一人かも知れない。癖と云ふのはかうである。<br/>  お金は客の前へ出ると、なんだか一寸坐わつても直ぐに又立たなくてはならないと云ふやうな、落ち着かない坐わりやうをする。それが隨分長く坐わつてゐる時でもさうである。そしてその客の親疎によつて、「あなた大層お見限りで」とか、「どうなすつたの、鼬の道はひどいわ」とか云ひながら、左の手で右の袂を撮んで前に投げ出す。その手を吭の下に持つて行つて襟を直す。直すかと思ふと、その手を下へ引くのだが、その引きやうが面白い。手が下まで下りて來る途中で、左の乳房を押へるやうな運動をする。さて下りたかと思ふと、その手が直ぐに又上がつて、手の甲が上になつて、鼻の下を右から左へ橫に通り掛かつて、途中で留まつて、口を掩ふやうな恰好になる。手をかう云ふ位置に置いて、いつでも何かしやべり續けるのである。尤も乳房を押へるやうな運動は、折々右の手ですることもある。その時は押へられるのが右の乳房である。<br/>  僕はお金が話した儘をそつくりここに書かうと思ふ。頃日僕の書く物の總ては、神聖なる評論壇が、「上手な落語のやうだ」と云ふ紋切形の一言で褒めてくれることになつてゐるが、若し今度も同じマンション・オノレエルを頂戴したら、それをそつくりお金にお祝儀に遣れば好いことになる。<br/> <br/>       *     *     *<br/> <br/>  話は川枡と云ふ料理店での出來事である。但しこの料理店の名は遠慮して、わざと噓の名を書いたのだから、そのお積りに願ひたい。<br/>  そこで川枡には、この話のあつた頃、女中が十四五人ゐた。それが二十疊敷の二階に、目刺を並べたやうに寢ることになつてゐた。まだ七十近い先代の主人が生きてゐて、隱居爲事にと云ふわけでもあるまいが、每朝五時が打つと二階へ上がつて來て、寢てゐる女中の布團を片端からまくつて步いた。朝起は勤勉の第一要件である。お爺いさんのする事は至つて殊勝なやうであるが、女中達は一向敬服してゐなかつた。そればかりではない。女中達はお爺いさんを、蔭で助兵衛爺さんと呼んでゐた。これはお爺いさんが爲めにする所あつて布團をまくるのだと思つて附けた渾名である。そしてそれが全くの寃罪でもなかつたらしい。<br/>  暮に押し詰まつて、每晚のやうに忘年會の大一座があつて、女中達は目の廻るやうに忙しい頃の事であつた。或る晚例の目刺の一疋になつて寢てゐるお金が、夜なかにふいと目を醒ました。外の女ならこんな時手水にでも起きるのだが、お金は小用の遠い性で、寒い晚でも十二時過ぎに手水に行つて寢ると、夜の明けるまで行かずに濟ますのである。お金はぼんやりして、廣間の眞中に吊るしてある電灯を見てゐた。女中達は皆好く寐てゐる樣子で、所々で齒ぎしりの音がする。<br/>  その晚は雪の夜であつた。寢る前に手水に行つた時には綿をちぎつたやうな、大きい雪が盛ん<noinclude></noinclude> 5lczq7hqdykvh2j0x9duwti2vbqgseb Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/32 250 55521 240055 2026-04-12T07:44:39Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「に降つて、手水鉢の向うの南天と竹柏の木とにだいぶ積つて、竹柏の木の方は飲み過ぎたお客のやうに、よろけて倒れさうになつてゐた。お金はまだ降つてゐるかしらと思つて、耳を澄まして聞いてゐるが、折々風がごうと鳴つて、庭木の枝に積もつた雪のなだれ落ちる音らしい音がする外には、只方々の戶がことこと震ふやうに鳴るばかりで、ま…」 240055 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>に降つて、手水鉢の向うの南天と竹柏の木とにだいぶ積つて、竹柏の木の方は飲み過ぎたお客のやうに、よろけて倒れさうになつてゐた。お金はまだ降つてゐるかしらと思つて、耳を澄まして聞いてゐるが、折々風がごうと鳴つて、庭木の枝に積もつた雪のなだれ落ちる音らしい音がする外には、只方々の戶がことこと震ふやうに鳴るばかりで、まだ降つてゐるのだか、もう歇んでゐるのだか分からない。<br/>  暫くすると、お金の右隣に寢てゐる女中が、むつくり銀杏返しの頭を擡げて、お金と目を見合はせた。お松と云つて、瘦せた、色の淺黑い、氣丈な女で、年は十九だと云つてゐるが、その頃二十五になつてゐたお金が、自分より精々二つ位しか若くはないと思つてゐたと云ふのである。<br/> 「あら。お金さん。目が醒めてゐるの。わたしだいぶ寐たやうだわ。もう何時。」<br/> 「さうさね。わたしも目が醒めてから、まだ時計は聞かないが、二時頃だらうと思ふわ。」<br/> 「さうでせうねえ。わたし一時間は慥かに寐たやうだから。寢る前程寒かないことね。」<br/> 「宵のうち寒かつたのは、雪が降り出す前だつたからだよ。降つてゐる間は寒かないのさ。」<br/> 「さうかしら。どれ憚りに行つて來よう。お金さん附き合はなくつて。」<br/> 「寒くないと云つたつて、矢つ張寢てゐる方が勝手だわ。」<br/> 「友達甲斐のない人ね。そんなら爲方がないから一人で行くわ。」<br/>  お松は夜着の中から滑り出て、鬆んだ細帶を締め直しながら、梯子段の方へ步き出した。二階の上がり口は長方形の間の、お松やお金の寢てゐる方角と反對の方角に附いてゐるので、二列に頭を衝き合せて寢てゐる大勢の間を、お松は通つて行かなくてはならない。<br/>  お松が電灯の下がつてゐる下の處まで步いて行つたとき、風がごうと鳴つて、だだだあと云ふ音がした。雪のなだれ落ちた音である。多分庭の眞ん中の立石の傍にある大きい松の木の雪が落ちたのだらう。お松は覺えず一寸立ち留まつた。<br/>  この時突然お松の立つてゐる處と、上がり口との中途あたりで、「お松さん、待つて頂戴、一しよに行くから」と叫ぶやうに云つた女中がある。<br/>  さう云ふ聲と共に、むつくり島田髷を擡げたのは、新參のお花と云ふ、色の白い、髮の絿れた、おかめのやうな顏の、十六七の娘である。<br/> 「來るなら、早くおし。」お松は寢卷の前を搔き合せながら一足進んで、お花の方へ向いた。<br/> 「わたしこはいから我慢しようかと思つてゐたんだけれど、お松さんと一しよなら、矢つ張行つた方が好いわ。」かう云ひながら、お花は半身起き上がつて、ぐづぐづしてゐる。<br/> 「早くおしよ。何をしてゐるの。」<br/> 「わたし脫いで寢た足袋を穿いてゐるの。」<br/><noinclude></noinclude> jxy0up08hkyzcjl24s613v30gliddr0 Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/33 250 55522 240056 2026-04-12T07:46:04Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「「じれつたいねえ。」お松は足踏をした。<br/> 「もう穿けてよ。勘辨して頂戴、ね。」お花はしどけない風をして、お松に附いて梯子を降りて行つた。<br/>  便所は女中達の寢る二階からは、生憎遠い處にある。梯子を降りてから、長い、狹い廊下を通つて行く。その行き留まりにあるのである。廊下の橫手には、お客を通す八疊の間が兩側に二つ…」 240056 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>「じれつたいねえ。」お松は足踏をした。<br/> 「もう穿けてよ。勘辨して頂戴、ね。」お花はしどけない風をして、お松に附いて梯子を降りて行つた。<br/>  便所は女中達の寢る二階からは、生憎遠い處にある。梯子を降りてから、長い、狹い廊下を通つて行く。その行き留まりにあるのである。廊下の橫手には、お客を通す八疊の間が兩側に二つ宛並んでゐてそのはずれの處と便所との間が、右の方は女竹が二三十本立つてゐる下に、小さい石燈籠の据ゑてある小庭になつてゐて、左の方に茶室賽いの四疊半があるのである。<br/>  いつも夜なかに小用に行く女中は、竹のさらさらと摩れ合う音をこはがつたり、花崗石の石燈籠を、白い着物を着た人がしやがんでゐるやうに見えると云つてこはがつたりする。或る時又用を足してゐる間ぢゆう、四疊半の中で、女の泣いてゐる聲がしたので、歸りに障子を開けて見たが、人はゐなかつたと云つたものがある。これは友達をこはがらせる爲めに、造り事を言つたのであるが、その話を聞いてからは、便所の往き返りに、兎角四疊半が氣になつてならないのである。殊に可笑しいのは、その造り事を言つた當人が、それを言つてからは四疊半がこはくなつて、とうとう一度は四疊半の中で、本當に泣聲がしたやうに思つて、便所の歸りに大聲を出して人を呼んだことがあつたのである。<br/> <br/>       *     *     *<br/> <br/>  お金は二人が小用に立つた跡で、今まで氣の附かなかつた事に氣が附いた。それはお花の空床の隣が矢張空床になつてゐることであつた。二つ並んで明いてゐるので、目立つたのである。<br/>  そして、「ああお蝶さんがまだ寢てゐないが、どうしたのだらう」と思つた。お花の隣の空床の主はお蝶と云つて、今年の夏田舍から初奉公に出た、十七になる娘である。お蝶は下野の結城で機屋をして、困らずに暮してゐるものの一人娘であるが、婿を嫌つて逃げ出して來たと云ふことであつた。間もなく親元から連れ戾しに親類が出たが、強情を張つて歸らない。親類も川枡の店が、料理店ではあつても、堅い店だと云ふことを呑み込んで、とうとう娘の身の上をこの內のお上さんに賴んで置いて歸つてしまつた。それが歸ると、又間もなく親類だと云つて、お蝶を尋ねて來た男がある。十八九ばかりの書生風の男で、浴帷子に小倉袴を穿いて、麥藁帽子を被つて來たのを、女中達が覗いて見て、高麗藏のした「魔風戀風」の東吾に似た書生さんだと云つて騷いだ。それから寄つてたかつてお蝶を揶揄つたところが、おとなしいことはおとなしくても、意氣地のある、張りの強いお蝶は、佐野と云ふその書生さんの身の上を、さつぱりと友達に打ち明けた。佐野さんは親が坊さんにすると云つて、例の殺生石の傳說で名高い、源翁禪師を開基としてゐる安穩寺に預けて置くと、お蝶が見初めて、いろいろにして近附いて、最初は容易に聽かなか<noinclude></noinclude> go4ih3lmdkpmt5jsxg2ay5xne3zkifm Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/34 250 55523 240057 2026-04-12T07:51:47Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「つたのを納得させた。婿を嫌つたのは、佐野さんがあるからの事であつた。安穩寺の住職は東京で新しい教育を受けた、物分りの好い人なので、佐野さんの人柄を見て、うるさく品行を非難するやうな事をせずに、「君は僧侶になる柄の人ではないから、今のうちに廢し給え」と云つて、寺を何がなしに逐ひ出してしまつた。そこで佐野さんは、內…」 240057 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>つたのを納得させた。婿を嫌つたのは、佐野さんがあるからの事であつた。安穩寺の住職は東京で新しい教育を受けた、物分りの好い人なので、佐野さんの人柄を見て、うるさく品行を非難するやうな事をせずに、「君は僧侶になる柄の人ではないから、今のうちに廢し給え」と云つて、寺を何がなしに逐ひ出してしまつた。そこで佐野さんは、內情を知らない親達が、住職の難癖を附けずに出家を止めるのを聞いて、げにもと思ふらしいのに勢を得て、お蝶より先きに東京に出て、或る私立學校に這入つた。お蝶が東京に出たのは、佐野さんの跡を慕つて來たのであつた。<br/>  佐野さんはその後も、度々川枡へお蝶に逢いに來て、一寸話しては歸つて行く。お客になつて來たことはない。お蝶の親元からも度々人が出て來る。婿取の話が矢張續いてゐるらしい。婿は機屋と取引上の關係のある男で、それをことわつては、機屋で困るやうな事情があるらしい。佐野さんは、初めはお蝶をなだめ賺すやうにしてあしらつてゐる樣子であつたが、段々深くお蝶に同情して來て、後にはお蝶と一しよになつて、機屋一家に對してどうしようか、かうしようかと相談をする立場になつたらしい。<br/>  かう云ふ入り組んだ事情のある女を、その儘使つてゐると云ふことは、川枡ではこれまでつひぞなかつた。それを目をねむつて使つてゐるには、わけがある。一つはお蝶がひどくお上さんの氣に入つてゐる爲めである。田舍から出た娘のやうではなく、何事にも好く氣が附いて、好く立ち働くので、お蝶はお客の褒めものになつてゐる。國から來た親類には、隨分やかましい事を言はれる樣子で、お蝶はいつも神妙に俯向いて話を聞いてゐても、その人を歸した跡では、直ぐ何事もなかつたやうに彈力を回復して、元氣よく立ち働く。そしてその口の周圍には微笑の影さへ漂つてゐる。一體お蝶は主人に間違つたことで小言を言はれても、友達に意地惡くいぢめられても、その時は困つたやうな樣子で、謹んで聞いてゐるが、直ぐ跡で機嫌を直して働く。そして例の微笑んでゐる。それが決して人を馬鹿にしたやうな微笑ではない。怜悧で何もかも分かつて、それで堪忍して、おこるの怨むのと云ふことはしないと云ふ微笑である。「あの、笑靨よりは、口の端の處に、竪にちよいとした皺が寄つて、それが本當に可哀うございましたの」と、お金が云つた。僕はその時リオナルドオ・ダア・ヰンチのかいたモンナ・リザの畫を思ひ出した。お客に褒められ、友達の折合も好い、愛敬のあるお蝶が、この內のお上さんに氣に入つてゐるのは無理もない。<br/>  今一つ川枡でお蝶に非難を言ふことの出來ないわけがある。それは外の女中がいろいろの口實を拵へて暇を貰ふのに、お蝶は一晚も外泊をしないばかりでなく、晝間も休んだことがない。佐野さんが來るのを傍輩がかれこれ云つても、これも生帳面に素話をして歸るに極まつてゐる。どんな約束をしてゐるか、どう云ふ中か分からないが、みだらな振舞をしないから、不行跡だと云ふこ<noinclude></noinclude> kgqm9vywaqub68z0zn5f0xo873zgv9l Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/35 250 55524 240058 2026-04-12T07:52:28Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「とは出來ない。これもお蝶の信用を固うする本になつてゐるのである。<br/>  お金は宵に大分遲くなつてから、佐野さんが來たのを知つてゐる。外の女中も知つてゐる。こんな事はこれまでもあつたが、女中達が先きに寢て、暫く立つてから目が醒めて見れば、いつもお蝶はちやんと來て寢てゐたのである。それが今夜は二時を過ぎたかと思ふのに…」 240058 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>とは出來ない。これもお蝶の信用を固うする本になつてゐるのである。<br/>  お金は宵に大分遲くなつてから、佐野さんが來たのを知つてゐる。外の女中も知つてゐる。こんな事はこれまでもあつたが、女中達が先きに寢て、暫く立つてから目が醒めて見れば、いつもお蝶はちやんと來て寢てゐたのである。それが今夜は二時を過ぎたかと思ふのに、まだ床に戾つてゐない。何と云ふ理由もなく、お金はそれが直ぐに氣になつた。どうも色になつてゐる二人が逢つて話をしてゐるのだと云ふ感じではなくて、何か變つた事でもありはしないかと氣遣はれるやうな感じがしたのである。<br/> <br/>       *     *     *<br/> <br/>  お花はお松の跡に附いて、「お松さん、そんなに急がないで下さいよ」と云ひながら、一しよに梯子段を降りて、例の狹い、長い廊下に掛かつた。<br/>  二階から差してゐる明りは廊下へ曲る角までしか屆かない。それから先きは便所の前に、一燭ばかりの電灯が一つ附いてゐるだけである。それが遠い、遠い向うにちよんぼり見えてゐて、却てそれが見える爲めに、途中の暗黑が暗黑として感ぜられるやうである。心理學者が「闇その物が見える」と云ふ場合に似た感じである。<br/> 「こはいわねえ」と、お花は自分の足の指が、先きに立つて步いてゐるお松の踵に障るやうに、食つ附いて步きながら云つた。<br/> 「笑談お言ひでない。」お松も實は余り心丈夫でもなかつたが、半分は意地で強さうな返事をした。<br/>  二階では稀に一しきり強い風が吹き渡る時、その音が聞えるばかりであつたが、下に降りて見ると、その間にも絕えず庭の木立の戰ぐ音や、どこかの開き戶の蝶番の弛んだのが、風にあふられて鳴る音がする。その間に一種特別な、ひゆうひゆうと、微かに長く引くやうな音がする。どこかの戶の隙間から風が吹き込む音ででもあるだらうか。その斷えては續く工合が、譬へば人がゆつくり息をするやうである。<br/> 「お松さん。ちよいとお待ちよ。」お花はお松の袖を控えて、自分は足を止めた。<br/> 「なんだねえ。出し拔けに袖にぶら下がるのだもの。わたしびつくりしたわ。」お松もかうは云つたが、足を止めた。<br/> 「あの、ひゆうひゆうと云ふのはなんでせう。」<br/> 「さうさねえ。梯子を降りた時から聞えてるわねえ。どこかここいらの隙間から風が吹き込むのだわ。」<br/>  二人は暫く耳を欹てて聞いてゐた。そしてお松がかう云つた。「なんでもあんまり遠いとこぢ<noinclude></noinclude> oq9sfo6md1eo9kl0w52rrt8xk5sqht5 Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/36 250 55525 240059 2026-04-12T07:53:32Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「やなくつてよ。それに板の隙間では、あんな音はしまいと思ふわ。なんでも障子の紙かなんかの破れた處から吹き込むようだねえ。あの手水場の高い處にある小窓の障子かも知れないわ。表の手水場のは硝子戶だけれども、裏のは紙障子だわね。」<br/> 「さうでせうか。いやあねえ。わたしもう手水なんか我慢して、二階へ歸つて寢ようかしら。」<b…」 240059 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>やなくつてよ。それに板の隙間では、あんな音はしまいと思ふわ。なんでも障子の紙かなんかの破れた處から吹き込むようだねえ。あの手水場の高い處にある小窓の障子かも知れないわ。表の手水場のは硝子戶だけれども、裏のは紙障子だわね。」<br/> 「さうでせうか。いやあねえ。わたしもう手水なんか我慢して、二階へ歸つて寢ようかしら。」<br/> 「馬鹿な事をお言ひでない。わたしそんなお附合ひなんか御免だわ。歸りたけりやあ、花ちやんひとりでお歸り。」<br/> 「ひとりではこはいから、そんなら一しよに行つてよ。」<br/>  二人は又步き出した。一足步くごとに、ひゆうひゆうと云ふ音が心持近くなるやうである。障子の穴に當たる風の音だらうとは、二人共思つてゐるが、なんとなく變な音だと云ふ感じが底にあつて、それがいつまでも消えない。<br/>  お花は息を屏めてお松の跡に附いて步いてゐるが、頭に血が昇つて、自分の耳の中でいろいろな音がする。それでゐて、ひゆうひゆうと云ふ音丈は矢張際立つて聞えるのである。お松も余り好い氣持はしない。お花が陽にお松を力にしてゐるやうに、お松も陰にはお花を力にしてゐるのである。<br/>  便所が段々近くなつて、電灯の小さい明りの照し出す範圍が段々廣くなつて來るのがせめてもの賴みである。<br/>  二人はとうとう四疊半の處まで來た。右手の壁は腰の邊から硝子戶になつてゐるので、始て外が見えた。石灯籠の笠には雪が五六寸もあらうかと思ふ程積もつてゐて、竹は何本か雪に撓んで地に着きさうになつてゐる。今立つてゐる竹は雪が墮ちた跡で、はね上がつたのであらう。雪はもう降つてゐなかつた。<br/>  二人は覺えず足を止めて、硝子戶の外を見て、それから顏を見合はせた。二人共相手の顏がひどく靑いと思つた。電灯が小さいので、雪明りに負けてゐるからである。<br/>  ひゆうひゆうと云ふ音は、この時これまでになく近く聞えてゐる。<br/> 「それ御覽なさい。あの音は手水場でしてゐるのだわ。」お松はかう云つたが、自分の聲が不斷と變つてゐるのに氣が附いて、それと同時にぞつと寒けがした。<br/>  お花はこはくて物が言へないのか、默つて合點々々をした。<br/>  二人は急いで用を足してしまつた。そして前に便所に這入る前に立ち留まつた處へ出て來ると、お松が又立ち留まつて、かう云つた。<br/> 「手水場の障子は破れてゐなかつたのねえ。」<br/> 「さう。わたし見なかつたわ。それどこぢやないのですもの。さあ、こんなとこにゐないで、早<noinclude></noinclude> at6nnifle7ighhl2hyb46esc6rmui1a Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/37 250 55526 240060 2026-04-12T07:54:33Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「く行きませう。」お花の聲は震えてゐる。<br/> 「まあ、ちよいとお待ちよ。どうも變だわ。あの音をお聞き。手水場の中よりか、矢つ張ここの方が近く聞えるわ。わたしきつとこの四疊半の障子だと思ふの。ちよつと開けて見ようぢやないか。」お松はこん度常の聲が出たので、自分ながら氣強く思つた。<br/> 「あら。およしなさいよ。」お花は慌…」 240060 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude>く行きませう。」お花の聲は震えてゐる。<br/> 「まあ、ちよいとお待ちよ。どうも變だわ。あの音をお聞き。手水場の中よりか、矢つ張ここの方が近く聞えるわ。わたしきつとこの四疊半の障子だと思ふの。ちよつと開けて見ようぢやないか。」お松はこん度常の聲が出たので、自分ながら氣強く思つた。<br/> 「あら。およしなさいよ。」お花は慌てて、又お松の袖にしがみ附いた。<br/>  お松は袖を攫まへられながら、ぢつと耳を澄まして聞いてゐる。直き傍のやうに聞えるかと思ふと、又さうでないやうにもある。慥かに四疊半の中だと思はれる時もあるが、又どうかすると便所の方角のやうにも聞える。どうも聞き定めることが出來ない。<br/>  僕にお金が話す時、「どうしても方角がしつかり分からなかつたと云ふのが不思議ぢやありませんか」と云つたが、僕は格別不思議にも思はない。聽くと云ふことは空間的感覺ではないからである。それを強いて空間的感覺にしようと思ふと、ミュンステルベルヒのやうに內耳の迷路で方角を聞き定めるなどと云ふ無理な議論も出るのである。<br/>  お松は少し依怙地になつたのと、內々はお花のゐるのを力にしてゐるのとで、表面だけは強さうに見せてゐる。<br/> 「わたし開けてよ」と云ひさま、攫まへられた袖を拂つて、障子をさつと開けた。<br/>  廊下の硝子障子から差し込む雪明りで、微かではあるが、薄暗い廊下に慣れた目には、何もかも輪郭だけはつきり知れる。一目室內を見込むや否や、お松もお花も一しよに聲を立てた。<br/>  お花はその儘氣絕したのを、お松は棄てて置いて、廊下をばたばたと母屋の方へ駈け出した。<br/> <br/>       *     *     *<br/> <br/>  川枡の內では一人も殘らず起きて、廊下の隅々の電灯まで附けて、主人と隱居とが大勢のものの騷ぐのを制しながら、四疊半に來て見た。直ぐに使を出したので、醫師が來る。巡查が來る。續いて刑事係が來る。警察署長が來る。氣絕してゐるお花を隣の明間へ抱へて行く。狹い、長い廊下に人が押し合つて、がやがやと罵る。非常な混雜であつた。<br/>  四疊半には鋭利な刃物で、氣管を橫に切られたお蝶が、まだ息が絕えずに倒れてゐた。ひゆうひゆうと云ふのは、切られた氣管の疵口から呼吸をする音であつた。お蝶の傍には、佐野さんが自分の頸を深く剜つた、白鞘の短刀の柄を握つて死んでゐた。頸動脉が斷たれて、血が夥しく出てゐる。火鉢の火には灰が掛けて埋めてある。電灯には血の痕が附いてゐる。佐野さんがお蝶の吭を切つてから、明りを消して置いて、自分が死んだのだらうと、刑事係が云つた。佐野さんの手で書いて連署した遺書が床の間に置いてあつて、その上に佐野さんの銀時計が文鎮にしてあつた。お蝶の名だけはお蝶が自筆で書いてゐる。文面の概略はかうである。「今年の暮に機屋一家は破產しさうである。それはお蝶が親の詞に背いた爲めである。お蝶が死んだら、債權者も過酷な手段<noinclude></noinclude> 5daf7pfdz07pqc44kk5i4dhwqskc202 Page:NDL1134395 妄想 - 他3篇.pdf/38 250 55527 240061 2026-04-12T07:56:29Z AntiquatedMan2025 44229 /* 未校正 */ ページの作成:「<section begin="shinjuu"/>は取るまい。佐野も東京には出て見たが、神經衰弱の爲めに、學業の成績は面白くなく、それに親戚から長く學費を給してくれる見込みもないから、お蝶が切に願うに任せて、自分は甘んじて犧牲になる。」書いてある事は、ざつとこんな筋であつたさうだ。<br/>  川枡へ行く客には、お金が一人も殘さず話すのだから、この話を…」 240061 proofread-page text/x-wiki <noinclude><pagequality level="1" user="AntiquatedMan2025" /></noinclude><section begin="shinjuu"/>は取るまい。佐野も東京には出て見たが、神經衰弱の爲めに、學業の成績は面白くなく、それに親戚から長く學費を給してくれる見込みもないから、お蝶が切に願うに任せて、自分は甘んじて犧牲になる。」書いてある事は、ざつとこんな筋であつたさうだ。<br/>  川枡へ行く客には、お金が一人も殘さず話すのだから、この話を知つてゐる人は世間に澤山あるだらう。事によると、もう何かに書いて出した人があるかも知れない。<br/> <section end="shinjuu"/> <section begin="hyaku"/>百物語<br/> <br/><section end="hyaku"/><noinclude></noinclude> 5x9fqttf9pnxhmzbbzm7nh28et9ojab 利用者:AntiquatedMan2025/森鷗外/百物語 2 55528 240064 2026-04-12T07:59:09Z AntiquatedMan2025 44229 ページの作成:「[[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="38" to="42" fromsection="hyaku"/>」 240064 wikitext text/x-wiki [[../|Up]] ---- <pages index="NDL1134395_妄想_-_他3篇.pdf" from="38" to="42" fromsection="hyaku"/> 1oe5u33jzrmde37hqvmj4oq1q8e8533