Wikisource jawikisource https://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8 MediaWiki 1.47.0-wmf.1 first-letter メディア 特別 トーク 利用者 利用者・トーク Wikisource Wikisource・トーク ファイル ファイル・トーク MediaWiki MediaWiki・トーク テンプレート テンプレート・トーク ヘルプ ヘルプ・トーク カテゴリ カテゴリ・トーク 作者 作者・トーク Page Page talk Index Index talk TimedText TimedText talk モジュール モジュール・トーク Event Event talk 大日本帝國憲法 0 4 242357 230679 2026-05-12T08:31:11Z ~2026-28682-42 45729 「告文」に「御」を補って「御告文」と直した。 242357 wikitext text/x-wiki {{header | title = 大日本帝國憲󠄁法 | defaultsort = たいにつほんていこくけんほう | year = 1889 | next = [[日本國憲法|日本國憲󠄁法]] | portal = 日本の憲法 | wikipedia = 大日本帝国憲法 | edition = yes | category = 明治22年の法令 | category2 = 日本の憲法 | category3 = 勅語 | notes = '''大日本帝國憲󠄁法'''(だいにっぽんていこくけんぽう) * 常用漢字表記: '''大日本帝国憲法''' * 発布: 1889年(明治22年)2月11日 * 施行: 1890年(明治23年)11月29日 }} == 原文 == <pages index="Kanpo-1889-02-11.pdf" from="4" to="13"/> == JIS X 0208版 == <h3> 御告文 </h3> 皇朕レ謹ミ畏ミ<br/> 皇祖<br/> 皇宗ノ神靈ニ誥ケ白サク皇朕レ天壤無窮ノ宏謨ニ循ヒ惟神ノ寳祚ヲ承繼シ舊圖ヲ保持シテ敢テ失墜スルコト無シ顧ミルニ世局ノ進運ニ膺リ人文ノ發達ニ隨ヒ宜ク<br/> 皇祖<br/> 皇宗ノ遺訓ヲ明徴ニシ典憲ヲ成立シ條章ヲ昭示シ内ハ以テ子孫ノ率由スル所ト爲シ外ハ以テ臣民翼贊ノ道ヲ廣メ永遠ニ遵行セシメ益々國家ノ丕基ヲ鞏固ニシ八洲民生ノ慶福ヲ増進スヘシ茲ニ[[皇室典範 (明治二十二年二月十一日)|皇室典範]]及憲法ヲ制定ス惟フニ此レ皆<br/> 皇祖<br/> 皇宗ノ後裔ニ貽シタマヘル統治ノ洪範ヲ紹述スルニ外ナラス而シテ朕カ躬ニ逮テ時ト倶ニ擧行スルコトヲ得ルハ洵ニ<br/> 皇祖<br/> 皇宗及我カ<br/> 皇考ノ威靈ニ倚藉スルニ由ラサルハ無シ皇朕レ仰テ<br/> 皇祖<br/> 皇宗及<br/> 皇考ノ神祐ヲ祷リ併セテ朕カ現在及將來ニ臣民ニ率先シ此ノ憲章ヲ履行シテ愆ラサラムコトヲ誓フ庶幾クハ<br/> 神靈此レヲ鑒ミタマヘ <h3> 憲法發布勅語 </h3> 朕國家ノ隆昌ト臣民ノ慶福トヲ以テ中心ノ欣榮トシ朕カ祖宗ニ承クルノ大權ニ依リ現在及將來ノ臣民ニ對シ此ノ不磨ノ大典ヲ宣布ス 惟フニ我カ祖我カ宗ハ我カ臣民祖先ノ協力輔翼ニ倚リ我カ帝國ヲ肇造シ以テ無窮ニ垂レタリ此レ我カ神聖ナル祖宗ノ威徳ト竝ニ臣民ノ忠實勇武ニシテ國ヲ愛シ公ニ殉ヒ以テ此ノ光輝アル國史ノ成跡ヲ貽シタルナリ朕我カ臣民ハ即チ祖宗ノ忠良ナル臣民ノ子孫ナルヲ囘想シ其ノ朕カ意ヲ奉體シ朕カ事ヲ奬順シ相與ニ和衷協同シ益々我カ帝國ノ光榮ヲ中外ニ宣揚シ祖宗ノ遺業ヲ永久ニ鞏固ナラシムルノ希望ヲ同クシ此ノ負擔ヲ分ツニ堪フルコトヲ疑ハサルナリ <h3> (上諭) </h3> 朕祖宗ノ遺烈ヲ承ケ萬世一系ノ帝位ヲ踐ミ朕カ親愛スル所ノ臣民ハ即チ朕カ祖宗ノ惠撫慈養シタマヒシ所ノ臣民ナルヲ念ヒ其ノ康福ヲ増進シ其ノ懿徳良能ヲ發達セシメムコトヲ願ヒ又其ノ翼贊ニ依リ與ニ倶ニ國家ノ進運ヲ扶持セムコトヲ望ミ乃チ[[國會開設ノ勅諭|明治十四年十月十二日ノ詔命]]ヲ履踐シ茲ニ大憲ヲ制定シ朕カ率由スル所ヲ示シ朕カ後嗣及臣民及臣民ノ子孫タル者ヲシテ永遠ニ循行スル所ヲ知ラシム 國家統治ノ大權ハ朕カ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ傳フル所ナリ朕及朕カ子孫ハ將來此ノ憲法ノ條章ニ循ヒ之ヲ行フコトヲ愆ラサルヘシ 朕ハ我カ臣民ノ權利及財産ノ安全ヲ貴重シ及之ヲ保護シ此ノ憲法及法律ノ範圍内ニ於テ其ノ享有ヲ完全ナラシムヘキコトヲ宣言ス 帝國議會ハ明治二十三年ヲ以テ之ヲ召集シ議會開會ノ時ヲ以テ此ノ憲法ヲシテ有効ナラシムルノ期トスヘシ 將來若此ノ憲法ノ或ル條章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ繼統ノ子孫ハ發議ノ權ヲ執リ之ヲ議會ニ付シ議會ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ 朕カ在廷ノ大臣ハ朕カ爲ニ此ノ憲法ヲ施行スルノ責ニ任スヘク朕カ現在及將來ノ臣民ハ此ノ憲法ニ對シ永遠ニ從順ノ義務ヲ負フヘシ {{御名御璽}} <div style="margin-left:4em"> 明治二十二年二月十一日 </div> {| border="0" align="right" |- |内閣總理大臣||伯爵||黒田清隆 |- |樞密院議長||伯爵||伊藤博文 |- |外務大臣||伯爵||大隈重信 |- |海軍大臣||伯爵||西郷從道 |- |農商務大臣||伯爵||井上 馨 |- |司法大臣||伯爵||山田顯義 |- |大藏大臣兼内務大臣||伯爵||松方正義 |- |陸軍大臣||伯爵||大山 巌 |- |文部大臣||子爵||森 有禮 |- |遞信大臣||子爵||榎本武揚 |} {{-}} ;大日本帝國憲法 ;:: 第一章 天皇 ; 第一條 : 大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス ; 第二條 : 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ繼承ス ; 第三條 : 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス ; 第四條 : 天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ ; 第五條 : 天皇ハ帝國議會ノ協贊ヲ以テ立法權ヲ行フ ; 第六條 : 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス ; 第七條 : 天皇ハ帝國議會ヲ召集シ其ノ開會閉會停會及衆議院ノ解散ヲ命ス ; 第八條 : 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル爲緊急ノ必要ニ由リ帝國議會閉會ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ發ス : 此ノ勅令ハ次ノ會期ニ於テ帝國議會ニ提出スヘシ若議會ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ將來ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ ; 第九條 : 天皇ハ法律ヲ執行スル爲ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル爲ニ必要ナル命令ヲ發シ又ハ發セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ變更スルコトヲ得ス ; 第十條 : 天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ條項ニ依ル ; 第十一條 : 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス ; 第十二條 : 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム ; 第十三條 : 天皇ハ戰ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ條約ヲ締結ス ; 第十四條 : 天皇ハ戒嚴ヲ宣告ス : 戒嚴ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム ; 第十五條 : 天皇ハ爵位勳章及其ノ他ノ榮典ヲ授與ス ; 第十六條 : 天皇ハ大赦特赦減刑及復權ヲ命ス ; 第十七條 : 攝政ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル : 攝政ハ天皇ノ名ニ於テ大權ヲ行フ ;:: 第二章 臣民權利義務 ; 第十八條 : 日本臣民タルノ要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル ; 第十九條 : 日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ應シ均ク文武官ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クコトヲ得 ; 第二十條 : 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ從ヒ兵役ノ義務ヲ有ス ; 第二十一條 : 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ納税ノ義務ヲ有ス ; 第二十二條 : 日本臣民ハ法律ノ範圍内ニ於テ居住及移轉ノ自由ヲ有ス ; 第二十三條 : 日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問處罰ヲ受クルコトナシ ; 第二十四條 : 日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ權ヲ奪ハルヽコトナシ ; 第二十五條 : 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及搜索セラルヽコトナシ ; 第二十六條 : 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ祕密ヲ侵サルヽコトナシ ; 第二十七條 : 日本臣民ハ其ノ所有權ヲ侵サルヽコトナシ : 公益ノ爲必要ナル處分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル ; 第二十八條 : 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス ; 第二十九條 : 日本臣民ハ法律ノ範圍内ニ於テ言論著作印行集會及結社ノ自由ヲ有ス ; 第三十條 : 日本臣民ハ相當ノ敬禮ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ從ヒ請願ヲ爲スコトヲ得 ; 第三十一條 : 本章ニ掲ケタル條規ハ戰時又ハ國家事變ノ場合ニ於テ天皇大權ノ施行ヲ妨クルコトナシ ; 第三十二條 : 本章ニ掲ケタル條規ハ陸海軍ノ法令又ハ紀律ニ牴觸セサルモノニ限リ軍人ニ準行ス ;:: 第三章 帝國議會 ; 第三十三條 : 帝國議會ハ貴族院衆議院ノ兩院ヲ以テ成立ス ; 第三十四條 : 貴族院ハ貴族院令ノ定ムル所ニ依リ皇族華族及勅任セラレタル議員ヲ以テ組織ス ; 第三十五條 : 衆議院ハ選擧法ノ定ムル所ニ依リ公選セラレタル議員ヲ以テ組織ス ; 第三十六條 : 何人モ同時ニ兩議院ノ議員タルコトヲ得ス ; 第三十七條 : 凡テ法律ハ帝國議會ノ協贊ヲ經ルヲ要ス ; 第三十八條 : 兩議院ハ政府ノ提出スル法律案ヲ議決シ及各々法律案ヲ提出スルコトヲ得 ; 第三十九條 : 兩議院ノ一ニ於テ否決シタル法律案ハ同會期中ニ於テ再ヒ提出スルコトヲ得ス ; 第四十條 : 兩議院ハ法律又ハ其ノ他ノ事件ニ付各々其ノ意見ヲ政府ニ建議スルコトヲ得但シ其ノ採納ヲ得サルモノハ同會期中ニ於テ再ヒ建議スルコトヲ得ス ; 第四十一條 : 帝國議會ハ毎年之ヲ召集ス ; 第四十二條 : 帝國議會ハ三箇月ヲ以テ會期トス必要アル場合ニ於テハ勅命ヲ以テ之ヲ延長スルコトアルヘシ ; 第四十三條 : 臨時緊急ノ必要アル場合ニ於テ常會ノ外臨時會ヲ召集スヘシ : 臨時會ノ會期ヲ定ムルハ勅命ニ依ル ; 第四十四條 : 帝國議會ノ開會閉會會期ノ延長及停會ハ兩院同時ニ之ヲ行フヘシ : 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ貴族院ハ同時ニ停會セラルヘシ ; 第四十五條 : 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ勅命ヲ以テ新ニ議員ヲ選擧セシメ解散ノ日ヨリ五箇月以内ニ之ヲ召集スヘシ ; 第四十六條 : 兩議院ハ各々其ノ總議員三分ノ一以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開キ議決ヲ爲スコトヲ得ス ; 第四十七條 : 兩議院ノ議事ハ過半數ヲ以テ決ス可否同數ナルトキハ議長ノ決スル所ニ依ル ; 第四十八條 : 兩議院ノ會議ハ公開ス但シ政府ノ要求又ハ其ノ院ノ決議ニ依リ祕密會ト爲スコトヲ得 ; 第四十九條 : 兩議院ハ各々天皇ニ上奏スルコトヲ得 ; 第五十條 : 兩議院ハ臣民ヨリ呈出スル請願書ヲ受クルコトヲ得 ; 第五十一條 : 兩議院ハ此ノ憲法及議院法ニ掲クルモノヽ外内部ノ整理ニ必要ナル諸規則ヲ定ムルコトヲ得 ; 第五十二條 : 兩議院ノ議員ハ議院ニ於テ發言シタル意見及表決ニ付院外ニ於テ責ヲ負フコトナシ但シ議員自ラ其ノ言論ヲ演説刊行筆記又ハ其ノ他ノ方法ヲ以テ公布シタルトキハ一般ノ法律ニ依リ處分セラルヘシ ; 第五十三條 : 兩議院ノ議員ハ現行犯罪又ハ内亂外患ニ關ル罪ヲ除ク外會期中其ノ院ノ許諾ナクシテ逮捕セラルヽコトナシ ; 第五十四條 : 國務大臣及政府委員ハ何時タリトモ各議院ニ出席シ及發言スルコトヲ得 ;:: 第四章 國務大臣及樞密顧問 ; 第五十五條 : 國務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス : 凡テ法律勅令其ノ他國務ニ關ル詔勅ハ國務大臣ノ副署ヲ要ス ; 第五十六條 : 樞密顧問ハ樞密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ應ヘ重要ノ國務ヲ審議ス ;:: 第五章 司法 ; 第五十七條 : 司法權ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ : 裁判所ノ構成ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム ; 第五十八條 : 裁判官ハ法律ニ定メタル資格ヲ具フル者ヲ以テ之ニ任ス : 裁判官ハ刑法ノ宣告又ハ懲戒ノ處分ニ由ルノ外其ノ職ヲ免セラルヽコトナシ : 懲戒ノ條規ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム ; 第五十九條 : 裁判ノ對審判決ハ之ヲ公開ス但シ安寧秩序又ハ風俗ヲ害スルノ虞アルトキハ法律ニ依リ又ハ裁判所ノ決議ヲ以テ對審ノ公開ヲ停ムルコトヲ得 ; 第六十條 : 特別裁判所ノ管轄ニ屬スヘキモノハ別ニ法律ヲ以テ之ヲ定ム ; 第六十一條 : 行政官廳ノ違法處分ニ由リ權利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所ノ裁判ニ屬スヘキモノハ司法裁判所ニ於テ受理スルノ限ニ在ラス ;:: 第六章 會計 ; 第六十二條 : 新ニ租税ヲ課シ及税率ヲ變更スルハ法律ヲ以テ之ヲ定ムヘシ : 但シ報償ニ屬スル行政上ノ手數料及其ノ他ノ收納金ハ前項ノ限ニ在ラス : 國債ヲ起シ及豫算ニ定メタルモノヲ除ク外國庫ノ負擔トナルヘキ契約ヲ爲スハ帝國議會ノ協贊ヲ經ヘシ ; 第六十三條 : 現行ノ租税ハ更ニ法律ヲ以テ之ヲ改メサル限ハ舊ニ依リ之ヲ徴收ス ; 第六十四條 : 國家ノ歳出歳入ハ毎年豫算ヲ以テ帝國議會ノ協贊ヲ經ヘシ : 豫算ノ款項ニ超過シ又ハ豫算ノ外ニ生シタル支出アルトキハ後日帝國議會ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス ; 第六十五條 : 豫算ハ前ニ衆議院ニ提出スヘシ ; 第六十六條 : 皇室經費ハ現在ノ定額ニ依リ毎年國庫ヨリ之ヲ支出シ將來増額ヲ要スル場合ヲ除ク外帝國議會ノ協贊ヲ要セス ; 第六十七條 : 憲法上ノ大權ニ基ツケル既定ノ歳出及法律ノ結果ニ由リ又ハ法律上政府ノ義務ニ屬スル歳出ハ政府ノ同意ナクシテ帝國議會之ヲ廢除シ又ハ削減スルコトヲ得ス ; 第六十八條 : 特別ノ須要ニ因リ政府ハ豫メ年限ヲ定メ繼續費トシテ帝國議會ノ協贊ヲ求ムルコトヲ得 ; 第六十九條 : 避クヘカラサル豫算ノ不足ヲ補フ爲ニ又ハ豫算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツル爲ニ豫備費ヲ設クヘシ ; 第七十條 : 公共ノ安全ヲ保持スル爲緊急ノ需用アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ政府ハ帝國議會ヲ召集スルコト能ハサルトキハ勅令ニ依リ財政上必要ノ處分ヲ爲スコトヲ得 : 前項ノ場合ニ於テハ次ノ會期ニ於テ帝國議會ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス ; 第七十一條 : 帝國議會ニ於テ豫算ヲ議定セス又ハ豫算成立ニ至ラサルトキハ政府ハ前年度ノ豫算ヲ施行スヘシ ; 第七十二條 : 國家ノ歳出歳入ノ決算ハ會計檢査院之ヲ檢査確定シ政府ハ其ノ檢査報告ト倶ニ之ヲ帝國議會ニ提出スヘシ : 會計檢査院ノ組織及職權ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム ;:: 第七章 補則 ; 第七十三條 : 將來此ノ憲法ノ條項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝國議會ノ議ニ付スヘシ : 此ノ場合ニ於テ兩議院ハ各々其ノ總員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多數ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ爲スコトヲ得ス ; 第七十四條 : 皇室典範ノ改正ハ帝國議會ノ議ヲ經ルヲ要セス : 皇室典範ヲ以テ此ノ憲法ノ條規ヲ變更スルコトヲ得ス ; 第七十五條 : 憲法及皇室典範ハ攝政ヲ置クノ間之ヲ變更スルコトヲ得ス ; 第七十六條 : 法律規則命令又ハ何等ノ名稱ヲ用井タルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ總テ遵由ノ効力ヲ有ス : 歳出上政府ノ義務ニ係ル現在ノ契約又ハ命令ハ總テ第六十七條ノ例ニ依ル == 新字体版 == <h3> 御告文 </h3> 皇朕レ謹ミ畏ミ<br/> 皇祖<br/> 皇宗ノ神霊ニ誥ケ白サク皇朕レ天壌無窮ノ宏謨ニ循ヒ惟神ノ宝祚ヲ承継シ旧図ヲ保持シテ敢テ失墜スルコト無シ顧ミルニ世局ノ進運ニ膺リ人文ノ発達ニ随ヒ宜ク<br/> 皇祖<br/> 皇宗ノ遺訓ヲ明徴ニシ典憲ヲ成立シ条章ヲ昭示シ内ハ以テ子孫ノ率由スル所ト為シ外ハ以テ臣民翼賛ノ道ヲ広メ永遠ニ遵行セシメ益々国家ノ丕基ヲ鞏固ニシ八洲民生ノ慶福ヲ増進スヘシ茲ニ[[皇室典範 (明治二十二年二月十一日)|皇室典範]]及憲法ヲ制定ス惟フニ此レ皆<br/> 皇祖<br/> 皇宗ノ後裔ニ貽シタマヘル統治ノ洪範ヲ紹述スルニ外ナラス而シテ朕カ躬ニ逮テ時ト倶ニ挙行スルコトヲ得ルハ洵ニ<br/> 皇祖<br/> 皇宗及我カ<br/> 皇考ノ威霊ニ倚藉スルニ由ラサルハ無シ皇朕レ仰テ<br/> 皇祖<br/> 皇宗及<br/> 皇考ノ神祐ヲ祷リ併セテ朕カ現在及将来ニ臣民ニ率先シ此ノ憲章ヲ履行シテ愆ラサラムコトヲ誓フ庶幾クハ<br/> 神霊此レヲ鑑ミタマヘ <h3> 憲法発布勅語 </h3> 朕国家ノ隆昌ト臣民ノ慶福トヲ以テ中心ノ欣栄トシ朕カ祖宗ニ承クルノ大権ニ依リ現在及将来ノ臣民ニ対シ此ノ不磨ノ大典ヲ宣布ス 惟フニ我カ祖我カ宗ハ我カ臣民祖先ノ協力輔翼ニ倚リ我カ帝国ヲ肇造シ以テ無窮ニ垂レタリ此レ我カ神聖ナル祖宗ノ威徳ト並ニ臣民ノ忠実勇武ニシテ国ヲ愛シ公ニ殉ヒ以テ此ノ光輝アル国史ノ成跡ヲ貽シタルナリ朕我カ臣民ハ即チ祖宗ノ忠良ナル臣民ノ子孫ナルヲ回想シ其ノ朕カ意ヲ奉体シ朕カ事ヲ奨順シ相与ニ和衷協同シ益々我カ帝国ノ光栄ヲ中外ニ宣揚シ祖宗ノ遺業ヲ永久ニ鞏固ナラシムルノ希望ヲ同クシ此ノ負担ヲ分ツニ堪フルコトヲ疑ハサルナリ <h3> (上諭) </h3> 朕祖宗ノ遺烈ヲ承ケ万世一系ノ帝位ヲ践ミ朕カ親愛スル所ノ臣民ハ即チ朕カ祖宗ノ恵撫慈養シタマヒシ所ノ臣民ナルヲ念ヒ其ノ康福ヲ増進シ其ノ懿徳良能ヲ発達セシメムコトヲ願ヒ又其ノ翼賛ニ依リ与ニ倶ニ国家ノ進運ヲ扶持セムコトヲ望ミ乃チ[[國會開設ノ勅諭|明治十四年十月十二日ノ詔命]]ヲ履践シ茲ニ大憲ヲ制定シ朕カ率由スル所ヲ示シ朕カ後嗣及臣民及臣民ノ子孫タル者ヲシテ永遠ニ循行スル所ヲ知ラシム 国家統治ノ大権ハ朕カ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ伝フル所ナリ朕及朕カ子孫ハ将来此ノ憲法ノ条章ニ循ヒ之ヲ行フコトヲ愆ラサルヘシ 朕ハ我カ臣民ノ権利及財産ノ安全ヲ貴重シ及之ヲ保護シ此ノ憲法及法律ノ範囲内ニ於テ其ノ享有ヲ完全ナラシムヘキコトヲ宣言ス 帝国議会ハ明治二十三年ヲ以テ之ヲ召集シ議会開会ノ時ヲ以テ此ノ憲法ヲシテ有効ナラシムルノ期トスヘシ 将来若此ノ憲法ノ或ル条章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ継統ノ子孫ハ発議ノ権ヲ執リ之ヲ議会ニ付シ議会ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ 朕カ在廷ノ大臣ハ朕カ為ニ此ノ憲法ヲ施行スルノ責ニ任スヘク朕カ現在及将来ノ臣民ハ此ノ憲法ニ対シ永遠ニ従順ノ義務ヲ負フヘシ {{御名御璽}} <div style="margin-left:4em"> 明治二十二年二月十一日 </div> {| border="0" align="right" |- |内閣総理大臣||伯爵||黒田清隆 |- |枢密院議長||伯爵||伊藤博文 |- |外務大臣||伯爵||大隈重信 |- |海軍大臣||伯爵||西郷従道 |- |農商務大臣||伯爵||井上 馨 |- |司法大臣||伯爵||山田顕義 |- |大蔵大臣兼内務大臣||伯爵||松方正義 |- |陸軍大臣||伯爵||大山 巌 |- |文部大臣||子爵||森 有礼 |- |逓信大臣||子爵||榎本武揚 |} {{-}} ;大日本帝国憲法 ;:: 第一章 天皇 ; 第一条 : 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス ; 第二条 : 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス ; 第三条 : 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス ; 第四条 : 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ ; 第五条 : 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ ; 第六条 : 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス ; 第七条 : 天皇ハ帝国議会ヲ召集シ其ノ開会閉会停会及衆議院ノ解散ヲ命ス ; 第八条 : 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス : 此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ ; 第九条 : 天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス ; 第十条 : 天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ条項ニ依ル ; 第十一条 : 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス ; 第十二条 : 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム ; 第十三条 : 天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス ; 第十四条 : 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス : 戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム ; 第十五条 : 天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス ; 第十六条 : 天皇ハ大赦特赦減刑及復権ヲ命ス ; 第十七条 : 摂政ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル : 摂政ハ天皇ノ名ニ於テ大権ヲ行フ ;:: 第二章 臣民権利義務 ; 第十八条 : 日本臣民タルノ要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル ; 第十九条 : 日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ応シ均ク文武官ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クコトヲ得 ; 第二十条 : 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス ; 第二十一条 : 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ納税ノ義務ヲ有ス ; 第二十二条 : 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ居住及移転ノ自由ヲ有ス ; 第二十三条 : 日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ ; 第二十四条 : 日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルヽコトナシ ; 第二十五条 : 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及捜索セラルヽコトナシ ; 第二十六条 : 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ秘密ヲ侵サルヽコトナシ ; 第二十七条 : 日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルヽコトナシ : 公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル ; 第二十八条 : 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス ; 第二十九条 : 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス ; 第三十条 : 日本臣民ハ相当ノ敬礼ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スコトヲ得 ; 第三十一条 : 本章ニ掲ケタル条規ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ ; 第三十二条 : 本章ニ掲ケタル条規ハ陸海軍ノ法令又ハ紀律ニ牴触セサルモノニ限リ軍人ニ準行ス ;:: 第三章 帝国議会 ; 第三十三条 : 帝国議会ハ貴族院衆議院ノ両院ヲ以テ成立ス ; 第三十四条 : 貴族院ハ貴族院令ノ定ムル所ニ依リ皇族華族及勅任セラレタル議員ヲ以テ組織ス ; 第三十五条 : 衆議院ハ選挙法ノ定ムル所ニ依リ公選セラレタル議員ヲ以テ組織ス ; 第三十六条 : 何人モ同時ニ両議院ノ議員タルコトヲ得ス ; 第三十七条 : 凡テ法律ハ帝国議会ノ協賛ヲ経ルヲ要ス ; 第三十八条 : 両議院ハ政府ノ提出スル法律案ヲ議決シ及各々法律案ヲ提出スルコトヲ得 ; 第三十九条 : 両議院ノ一ニ於テ否決シタル法律案ハ同会期中ニ於テ再ヒ提出スルコトヲ得ス ; 第四十条 : 両議院ハ法律又ハ其ノ他ノ事件ニ付各々其ノ意見ヲ政府ニ建議スルコトヲ得但シ其ノ採納ヲ得サルモノハ同会期中ニ於テ再ヒ建議スルコトヲ得ス ; 第四十一条 : 帝国議会ハ毎年之ヲ召集ス ; 第四十二条 : 帝国議会ハ三箇月ヲ以テ会期トス必要アル場合ニ於テハ勅命ヲ以テ之ヲ延長スルコトアルヘシ ; 第四十三条 : 臨時緊急ノ必要アル場合ニ於テ常会ノ外臨時会ヲ召集スヘシ : 臨時会ノ会期ヲ定ムルハ勅命ニ依ル ; 第四十四条 : 帝国議会ノ開会閉会会期ノ延長及停会ハ両院同時ニ之ヲ行フヘシ : 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ貴族院ハ同時ニ停会セラルヘシ ; 第四十五条 : 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ勅命ヲ以テ新ニ議員ヲ選挙セシメ解散ノ日ヨリ五箇月以内ニ之ヲ召集スヘシ ; 第四十六条 : 両議院ハ各々其ノ総議員三分ノ一以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開キ議決ヲ為スコトヲ得ス ; 第四十七条 : 両議院ノ議事ハ過半数ヲ以テ決ス可否同数ナルトキハ議長ノ決スル所ニ依ル ; 第四十八条 : 両議院ノ会議ハ公開ス但シ政府ノ要求又ハ其ノ院ノ決議ニ依リ秘密会ト為スコトヲ得 ; 第四十九条 : 両議院ハ各々天皇ニ上奏スルコトヲ得 ; 第五十条 : 両議院ハ臣民ヨリ呈出スル請願書ヲ受クルコトヲ得 ; 第五十一条 : 両議院ハ此ノ憲法及議院法ニ掲クルモノヽ外内部ノ整理ニ必要ナル諸規則ヲ定ムルコトヲ得 ; 第五十二条 : 両議院ノ議員ハ議院ニ於テ発言シタル意見及表決ニ付院外ニ於テ責ヲ負フコトナシ但シ議員自ラ其ノ言論ヲ演説刊行筆記又ハ其ノ他ノ方法ヲ以テ公布シタルトキハ一般ノ法律ニ依リ処分セラルヘシ ; 第五十三条 : 両議院ノ議員ハ現行犯罪又ハ内乱外患ニ関ル罪ヲ除ク外会期中其ノ院ノ許諾ナクシテ逮捕セラルヽコトナシ ; 第五十四条 : 国務大臣及政府委員ハ何時タリトモ各議院ニ出席シ及発言スルコトヲ得 ;:: 第四章 国務大臣及枢密顧問 ; 第五十五条 : 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス : 凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス ; 第五十六条 : 枢密顧問ハ枢密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応ヘ重要ノ国務ヲ審議ス ;:: 第五章 司法 ; 第五十七条 : 司法権ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ : 裁判所ノ構成ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム ; 第五十八条 : 裁判官ハ法律ニ定メタル資格ヲ具フル者ヲ以テ之ニ任ス : 裁判官ハ刑法ノ宣告又ハ懲戒ノ処分ニ由ルノ外其ノ職ヲ免セラルヽコトナシ : 懲戒ノ条規ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム ; 第五十九条 : 裁判ノ対審判決ハ之ヲ公開ス但シ安寧秩序又ハ風俗ヲ害スルノ虞アルトキハ法律ニ依リ又ハ裁判所ノ決議ヲ以テ対審ノ公開ヲ停ムルコトヲ得 ; 第六十条 : 特別裁判所ノ管轄ニ属スヘキモノハ別ニ法律ヲ以テ之ヲ定ム ; 第六十一条 : 行政官庁ノ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所ノ裁判ニ属スヘキモノハ司法裁判所ニ於テ受理スルノ限ニ在ラス ;:: 第六章 会計 ; 第六十二条 : 新ニ租税ヲ課シ及税率ヲ変更スルハ法律ヲ以テ之ヲ定ムヘシ : 但シ報償ニ属スル行政上ノ手数料及其ノ他ノ収納金ハ前項ノ限ニ在ラス : 国債ヲ起シ及予算ニ定メタルモノヲ除ク外国庫ノ負担トナルヘキ契約ヲ為スハ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ ; 第六十三条 : 現行ノ租税ハ更ニ法律ヲ以テ之ヲ改メサル限ハ旧ニ依リ之ヲ徴収ス ; 第六十四条 : 国家ノ歳出歳入ハ毎年予算ヲ以テ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ : 予算ノ款項ニ超過シ又ハ予算ノ外ニ生シタル支出アルトキハ後日帝国議会ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス ; 第六十五条 : 予算ハ前ニ衆議院ニ提出スヘシ ; 第六十六条 : 皇室経費ハ現在ノ定額ニ依リ毎年国庫ヨリ之ヲ支出シ将来増額ヲ要スル場合ヲ除ク外帝国議会ノ協賛ヲ要セス ; 第六十七条 : 憲法上ノ大権ニ基ツケル既定ノ歳出及法律ノ結果ニ由リ又ハ法律上政府ノ義務ニ属スル歳出ハ政府ノ同意ナクシテ帝国議会之ヲ廃除シ又ハ削減スルコトヲ得ス ; 第六十八条 : 特別ノ須要ニ因リ政府ハ予メ年限ヲ定メ継続費トシテ帝国議会ノ協賛ヲ求ムルコトヲ得 ; 第六十九条 : 避クヘカラサル予算ノ不足ヲ補フ為ニ又ハ予算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツル為ニ予備費ヲ設クヘシ ; 第七十条 : 公共ノ安全ヲ保持スル為緊急ノ需用アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ政府ハ帝国議会ヲ召集スルコト能ハサルトキハ勅令ニ依リ財政上必要ノ処分ヲ為スコトヲ得 : 前項ノ場合ニ於テハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス ; 第七十一条 : 帝国議会ニ於テ予算ヲ議定セス又ハ予算成立ニ至ラサルトキハ政府ハ前年度ノ予算ヲ施行スヘシ ; 第七十二条 : 国家ノ歳出歳入ノ決算ハ会計検査院之ヲ検査確定シ政府ハ其ノ検査報告ト倶ニ之ヲ帝国議会ニ提出スヘシ : 会計検査院ノ組織及職権ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム ;:: 第七章 補則 ; 第七十三条 : 将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ : 此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス ; 第七十四条 : 皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス : 皇室典範ヲ以テ此ノ憲法ノ条規ヲ変更スルコトヲ得ス ; 第七十五条 : 憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス ; 第七十六条 : 法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用井タルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有ス : 歳出上政府ノ義務ニ係ル現在ノ契約又ハ命令ハ総テ第六十七条ノ例ニ依ル ==新字体・ 平仮名版 == <h3> 御告文 </h3> 皇朕れ、謹み畏み<br/> 皇祖<br/> 皇宗の神霊に誥け白さく、皇朕れ、天壌無窮の宏謨に循ひ、惟神の宝祚を承継し、旧図を保持して敢て失墜すること無し。顧みるに、世局の進運に膺り、人文の発達に随ひ宜く<br/> 皇祖<br/> 皇宗の遺訓を明徴にし、典憲を成立し、条章を昭示し、内は以て子孫の率由する所と為し、外は以て臣民翼賛の道を広め永遠に遵行せしめ、益々国家の丕基を鞏固にし、八洲民生の慶福を増進すへし。茲に[[皇室典範 (明治二十二年二月十一日)|皇室典範]]及憲法を制定す。惟ふに、此れ皆<br/> 皇祖<br/> 皇宗の後裔に貽したまへる統治の、洪範を紹述するに外ならす。而して、朕か躬に逮て時と倶に挙行することを得るは、洵に<br/> 皇祖<br/> 皇宗及我か<br/> 皇考の威霊に倚藉するに由らさるは無し。皇朕れ仰て<br/> 皇祖<br/> 皇宗及<br/> 皇考の神祐を祷り併せて、朕か現在及将来に臣民に率先し、此の憲章を履行して愆らさらむことを誓ふ。庶幾くは<br/> 神霊、此れを鑑みたまへ。 <h3> 憲法発布勅語 </h3> 朕、国家の隆昌と臣民の慶福とを以て、中心の欣栄とし、朕か祖宗に承くるの大権に依り、現在及将来の臣民に対し、此の不磨の大典を宣布す。 惟ふに、我か祖我か宗は我か臣民祖先の協力輔翼に倚り、我か帝国を肇造し、以て無窮に垂れたり。此れ、我か神聖なる祖宗の威徳と並に臣民の忠実勇武にして、国を愛し、公に殉ひ以て此の光輝ある国史の成跡を貽したるなり。朕、我か臣民は即ち祖宗の忠良なる臣民の子孫なるを回想し、其の朕か意を奉体し、朕か事を奨順し、相与に和衷協同し、益々我か帝国の光栄を中外に宣揚し、祖宗の遺業を永久に鞏固ならしむるの希望を同くし、此の負担を分つに堪ふることを疑はさるなり。 <h3> (上諭) </h3> 朕、祖宗の遺烈を承け、万世一系の帝位を践み、朕か親愛する所の臣民は、即ち朕か祖宗の恵撫慈養したまひし所の臣民なるを念ひ、其の康福を増進し其の懿徳良能を発達せしめむことを願ひ、又、其の翼賛に依り、与に倶に国家の進運を扶持せむことを望み、乃ち、[[國會開設ノ勅諭|明治十四年十月十二日の詔命]]を履践し、茲に大憲を制定し、朕か率由する所を示し、朕か後嗣及臣民及臣民の子孫たる者をして、永遠に循行する所を知らしむ。 国家統治の大権は、朕か之を祖宗に承けて、之を子孫に伝ふる所なり。朕及朕か子孫は、将来此の憲法の条章に循ひ、之を行ふことを愆らさるへし。 朕は、我か臣民の権利及財産の安全を貴重し、及、之を保護し、此の憲法及法律の範囲内に於て、其の享有を完全ならしむへきことを宣言す。 帝国議会は、明治二十三年を以て、之を召集し議会開会の時を以て、此の憲法をして有効ならしむるの期とすへし。 将来、若、此の憲法の或る条章を改定するの必要なる時宜を見るに至らは、朕及朕か継統の子孫は、発議の権を執り、之を議会に付し、議会は此の憲法に定めたる要件に依り、之を議決するの外、朕か子孫及臣民は、敢て、之か紛更を試みることを得さるへし。 朕か在廷の大臣は、朕か為に此の憲法を施行するの責に任すへく、朕か現在及将来の臣民は、此の憲法に対し、永遠に従順の義務を負ふへし。 {{御名御璽}} <div style="margin-left:4em"> 明治二十二年二月十一日 </div> {| border="0" align="right" |- |内閣総理大臣||伯爵||黒田清隆 |- |枢密院議長||伯爵||伊藤博文 |- |外務大臣||伯爵||大隈重信 |- |海軍大臣||伯爵||西郷従道 |- |農商務大臣||伯爵||井上 馨 |- |司法大臣||伯爵||山田顕義 |- |大蔵大臣兼内務大臣||伯爵||松方正義 |- |陸軍大臣||伯爵||大山 巌 |- |文部大臣||子爵||森 有礼 |- |逓信大臣||子爵||榎本武揚 |} {{-}} ;大日本帝国憲法 ;:: 第一章 天皇 ; 第一条 : 大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す ; 第二条 : 皇位は皇室典範の定むる所に依り皇男子孫之を継承す ; 第三条 : 天皇は神聖にして侵すへからす ; 第四条 : 天皇は国の元首にして統治権を総攬し此の憲法の条規に依り之を行ふ ; 第五条 : 天皇は帝国議会の協賛を以て立法権を行ふ ; 第六条 : 天皇は法律を裁可し其の公布及執行を命す ; 第七条 : 天皇は帝国議会を召集し其の開会閉会停会及衆議院の解散を命す ; 第八条 : 天皇は公共の安全を保持し又は其の災厄を避くる為緊急の必要に由り帝国議会閉会の場合に於て法律に代るへき勅令を発す : 此の勅令は次の会期に於て帝国議会に提出すへし若議会に於て承諾せさるときは政府は将来に向て其の効力を失ふことを公布すへし ; 第九条 : 天皇は法律を執行する為に又は公共の安寧秩序を保持し及臣民の幸福を増進する為に必要なる命令を発し又は発せしむ但し命令を以て法律を変更することを得す ; 第十条 : 天皇は行政各部の官制及文武官の俸給を定め及文武官を任免す但し此の憲法又は他の法律に特例を掲けたるものは各々其の条項に依る ; 第十一条 : 天皇は陸海軍を統帥す ; 第十二条 : 天皇は陸海軍の編制及常備兵額を定む ; 第十三条 : 天皇は戦を宣し和を講し及諸般の条約を締結す ; 第十四条 : 天皇は戒厳を宣告す : 戒厳の要件及効力は法律を以て之を定む ; 第十五条 : 天皇は爵位勲章及其の他の栄典を授与す ; 第十六条 : 天皇は大赦特赦減刑及復権を命す ; 第十七条 : 摂政を置くは皇室典範の定むる所に依る : 摂政は天皇の名に於て大権を行ふ ;:: 第二章 臣民権利義務 ; 第十八条 : 日本臣民たるの要件は法律の定むる所に依る ; 第十九条 : 日本臣民は法律命令の定むる所の資格に応し均く文武官に任せられ及其の他の公務に就くことを得 ; 第二十条 : 日本臣民は法律の定むる所に従ひ兵役の義務を有す ; 第二十一条 : 日本臣民は法律の定むる所に従ひ納税の義務を有す ; 第二十二条 : 日本臣民は法律の範囲内に於て居住及移転の自由を有す ; 第二十三条 : 日本臣民は法律に依るに非すして逮捕監禁審問処罰を受くることなし ; 第二十四条 : 日本臣民は法律に定めたる裁判官の裁判を受くるの権を奪はるゝことなし ; 第二十五条 : 日本臣民は法律に定めたる場合を除く外其の許諾なくして住所に侵入せられ及捜索せらるゝことなし ; 第二十六条 : 日本臣民は法律に定めたる場合を除く外信書の秘密を侵さるゝことなし ; 第二十七条 : 日本臣民は其の所有権を侵さるゝことなし : 公益の為必要なる処分は法律の定むる所に依る ; 第二十八条 : 日本臣民は安寧秩序を妨けす及臣民たるの義務に背かさる限に於て信教の自由を有す ; 第二十九条 : 日本臣民は法律の範囲内に於て言論著作印行集会及結社の自由を有す ; 第三十条 : 日本臣民は相当の敬礼を守り別に定むる所の規程に従ひ請願を為すことを得 ; 第三十一条 : 本章に掲けたる条規は戦時又は国家事変の場合に於て天皇大権の施行を妨くることなし ; 第三十二条 : 本章に掲けたる条規は陸海軍の法令又は紀律に牴触せさるものに限り軍人に準行す ;:: 第三章 帝国議会 ; 第三十三条 : 帝国議会は貴族院衆議院の両院を以て成立す ; 第三十四条 : 貴族院は貴族院令の定むる所に依り皇族華族及勅任せられたる議員を以て組織す ; 第三十五条 : 衆議院は選挙法の定むる所に依り公選せられたる議員を以て組織す ; 第三十六条 : 何人も同時に両議院の議員たることを得す ; 第三十七条 : 凡て法律は帝国議会の協賛を経るを要す ; 第三十八条 : 両議院は政府の提出する法律案を議決し及各々法律案を提出することを得 ; 第三十九条 : 両議院の一に於て否決したる法律案は同会期中に於て再ひ提出することを得す ; 第四十条 : 両議院は法律又は其の他の事件に付各々其の意見を政府に建議することを得但し其の採納を得さるものは同会期中に於て再ひ建議することを得す ; 第四十一条 : 帝国議会は毎年之を召集す ; 第四十二条 : 帝国議会は三箇月を以て会期とす必要ある場合に於ては勅命を以て之を延長することあるへし ; 第四十三条 : 臨時緊急の必要ある場合に於て常会の外臨時会を召集すへし : 臨時会の会期を定むるは勅命に依る ; 第四十四条 : 帝国議会の開会閉会会期の延長及停会は両院同時に之を行ふへし : 衆議院解散を命せられたるときは貴族院は同時に停会せらるへし ; 第四十五条 : 衆議院解散を命せられたるときは勅命を以て新に議員を選挙せしめ解散の日より五箇月以内に之を召集すへし ; 第四十六条 : 両議院は各々其の総議員三分の一以上出席するに非されは議事を開き議決を為すことを得す ; 第四十七条 : 両議院の議事は過半数を以て決す可否同数なるときは議長の決する所に依る ; 第四十八条 : 両議院の会議は公開す但し政府の要求又は其の院の決議に依り秘密会と為すことを得 ; 第四十九条 : 両議院は各々天皇に上奏することを得 ; 第五十条 : 両議院は臣民より呈出する請願書を受くることを得 ; 第五十一条 : 両議院は此の憲法及議院法に掲くるものゝ外内部の整理に必要なる諸規則を定むることを得 ; 第五十二条 : 両議院の議員は議院に於て発言したる意見及表決に付院外に於て責を負ふことなし但し議員自ら其の言論を演説刊行筆記又は其の他の方法を以て公布したるときは一般の法律に依り処分せらるへし ; 第五十三条 : 両議院の議員は現行犯罪又は内乱外患に関る罪を除く外会期中其の院の許諾なくして逮捕せらるゝことなし ; 第五十四条 : 国務大臣及政府委員は何時たりとも各議院に出席し及発言することを得 ;:: 第四章 国務大臣及枢密顧問 ; 第五十五条 : 国務各大臣は天皇を輔弼し其の責に任す : 凡て法律勅令其の他国務に関る詔勅は国務大臣の副署を要す ; 第五十六条 : 枢密顧問は枢密院官制の定むる所に依り天皇の諮詢に応へ重要の国務を審議す ;:: 第五章 司法 ; 第五十七条 : 司法権は天皇の名に於て法律に依り裁判所之を行ふ : 裁判所の構成は法律を以て之を定む ; 第五十八条 : 裁判官は法律に定めたる資格を具ふる者を以て之に任す : 裁判官は刑法の宣告又は懲戒の処分に由るの外其の職を免せらるゝことなし : 懲戒の条規は法律を以て之を定む ; 第五十九条 : 裁判の対審判決は之を公開す但し安寧秩序又は風俗を害するの虞あるときは法律に依り又は裁判所の決議を以て対審の公開を停むることを得 ; 第六十条 : 特別裁判所の管轄に属すへきものは別に法律を以て之を定む ; 第六十一条 : 行政官庁の違法処分に由り権利を傷害せられたりとするの訴訟にして別に法律を以て定めたる行政裁判所の裁判に属すへきものは司法裁判所に於て受理するの限に在らす ;:: 第六章 会計 ; 第六十二条 : 新に租税を課し及税率を変更するは法律を以て之を定むへし : 但し報償に属する行政上の手数料及其の他の収納金は前項の限に在らす : 国債を起し及予算に定めたるものを除く外国庫の負担となるへき契約を為すは帝国議会の協賛を経へし ; 第六十三条 : 現行の租税は更に法律を以て之を改めさる限は旧に依り之を徴収す ; 第六十四条 : 国家の歳出歳入は毎年予算を以て帝国議会の協賛を経へし : 予算の款項に超過し又は予算の外に生したる支出あるときは後日帝国議会の承諾を求むるを要す ; 第六十五条 : 予算は前に衆議院に提出すへし ; 第六十六条 : 皇室経費は現在の定額に依り毎年国庫より之を支出し将来増額を要する場合を除く外帝国議会の協賛を要せす ; 第六十七条 : 憲法上の大権に基つける既定の歳出及法律の結果に由り又は法律上政府の義務に属する歳出は政府の同意なくして帝国議会之を廃除し又は削減することを得す ; 第六十八条 : 特別の須要に因り政府は予め年限を定め継続費として帝国議会の協賛を求むることを得 ; 第六十九条 : 避くへからさる予算の不足を補ふ為に又は予算の外に生したる必要の費用に充つる為に予備費を設くへし ; 第七十条 : 公共の安全を保持する為緊急の需用ある場合に於て内外の情形に因り政府は帝国議会を召集すること能はさるときは勅令に依り財政上必要の処分を為すことを得 : 前項の場合に於ては次の会期に於て帝国議会に提出し其の承諾を求むるを要す ; 第七十一条 : 帝国議会に於て予算を議定せす又は予算成立に至らさるときは政府は前年度の予算を施行すへし ; 第七十二条 : 国家の歳出歳入の決算は会計検査院之を検査確定し政府は其の検査報告と倶に之を帝国議会に提出すへし : 会計検査院の組織及職権は法律を以て之を定む ;:: 第七章 補則 ; 第七十三条 : 将来此の憲法の条項を改正するの必要あるときは勅命を以て議案を帝国議会の議に付すへし : 此の場合に於て両議院は各々其の総員三分の二以上出席するに非されは議事を開くことを得す出席議員三分の二以上の多数を得るに非されは改正の議決を為すことを得す ; 第七十四条 : 皇室典範の改正は帝国議会の議を経るを要せす : 皇室典範を以て此の憲法の条規を変更することを得す ; 第七十五条 : 憲法及皇室典範は摂政を置くの間之を変更することを得す ; 第七十六条 : 法律規則命令又は何等の名称を用ゐたるに拘らす此の憲法に矛盾せさる現行の法令は総て遵由の効力を有す : 歳出上政府の義務に係る現在の契約又は命令は総て第六十七条の例に依る == 註釈 == {{脚注ヘルプ}} {{reflist}} {{-}} {{PD-JapanGov}} lrlccyhxocgjn497vfkb4c50uncz913 エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳/エゼキエル/第1講話 0 56458 242347 242293 2026-05-11T12:07:17Z 村田ラジオ 14210 DEFAULTSORT 242347 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|hide=1}} {{header | title = エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳 | section = エゼキエル/第1講話 | previous = [[エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳/エレミヤ/第14講話|エレミヤ/第14講話]] | next = [[../第2講話|第2講話]] | year = | 年 = | override_author = [[s:en:Author:Origen|オリゲネス]](2-3世紀) | override_translator = [[s:la:Scriptor:Sophronius Eusebius Hieronymus|ヒエロニムス]] | override_editor = [[s:la:Scriptor:Iacobus 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しかし今、ご覧のとおり、神は父のように鞭打たれますが、イスラエルだけでなく、エジプト人も、神にとって異邦人であるにもかかわらず、神の慈しみゆえに彼らを赦されます。ヨセフがエジプトに下る間、ファラオが夢によって警告を受ける間、酒造りの長が通訳を任命し、通訳が器を説明する間、そして収穫の豊かな時期に、後の飢饉の欠乏が克服される間、善なる神の御業が彼らの上で行われていることは明らかです。これらすべてから、異端者が創造主のせいにする過度の怒りなど存在しないことは明らかです。確かに、私が述べたことを証明するために多くの物語を語ることができますが、私が目的から逸れていると思われないように、この話の要約をしたいと思います。私の目的は、イスラエルの民が罪のために捕虜として連れ去られたという事実を説明することです。神によって引き渡された罪人はもはや神の支配下にはなく、捕囚となった者は神の摂理から外れ、憐れみを受けるに値しないと考える者がいないように、この箇所をより注意深く考察してみましょう。ダニエルは罪を犯しませんでした。ハナニヤ、アザリヤ、ミシャエルも罪から免れていましたが、彼らは捕囚となりました。それは、捕囚の民を慰め、彼らの励ましの声によって、一時的に懲らしめられた悔い改めた者たちをエルサレムに帰還させるためでした。彼らは70年間奴隷の刑罰に耐え、預言者たちの聖なる言葉が彼らの落胆した心を奮い立たせたので、その後、本来の場所に戻りました。(879) しかし、捕囚となったのはこの4人の預言者だけではなく、エゼキエルもその一人であり、バラキヤの子ゼカリヤはダリウス王の捕囚時代に歌を歌いました。また、ハガイをはじめとする多くの預言者が同時期に預言していたことから、神は罪人を罰するだけでなく、罰の中に真実と慈悲を織り交ぜていることが示唆される。 しかし、もしあなたが疑うなら、苦しみを受ける人々の声に耳を傾けなさい。彼らは苦しみの中で、いかに神聖に神の慈悲を表現しているか。「あなたは私たちに涙のパンを与え、涙と適量の飲み物を与えてくださるでしょう。」神は無関心に「涙で」とは言わず、「涙と適量で」と言っているのです。なぜなら、神の慈悲は適量だからです。もし罪人に苦しみを与えることが罪人の回心に益とならないなら、慈悲深く優しい神は決して罪を罰で罰することはないでしょう。しかし、最も寛大な父として、神は息子を教訓とするためにこの目的のために息子を懲らしめ、最も思慮深い教師として、愛されていないと感じて滅びないように、額の厳しさで好色な弟子を懲らしめるのです。最も賢いソロモンが神の懲らしめについて抱いている考えを見てみましょう。「わが子よ、神の懲らしめにひるんではならない。また、神に叱責されてもひるんではならない」(伝道の書7章)。主は愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子を鞭打たれる。使徒は言う。「罪を犯した子は、父に鞭打たれない者はいない」。そして、彼は驚くべきことを付け加えて言った。「懲らしめに耐えなさい。神はあなたがたを子として扱っておられる」(ヘブライ人への手紙12章)。父に懲らしめられない子がどこにいるだろうか。しかし、あなたがたが、すべての人が受けるようになった懲らしめから外れているなら、あなたがたは私生児であって、子ではない。しかし、怒りという名に腹を立てた人が、それを神の仕業だと非難するかもしれない。そのような人には、私たちはこう答えよう。その怒りは、神の怒りというよりも、むしろ必要な摂理なのだ。神の怒りの働きは、叱責し、正し、改めることであることを聞きなさい。「主よ、あなたの怒りをもって私を叱責しないでください。あなたの憤りをもって私を懲らしめないでください」(詩篇6篇)。これらのことを語る人は、神の怒りが健康に役立たないのではなく、病人を癒し、神の言葉を聞くことを軽んじた人々を改めさせるために用いられることを知っています。それゆえ、彼は、鞭打ちの間に置かれたしもべが、主に向かって、命じられたことを行うと約束し、「主よ、あなたの怒りをもって私を叱責しないでください。あなたの憤りをもって私を懲らしめないでください」と言うように、懲罰的な治療によって以前の健康を取り戻さないように、そのような治療によって正されることを懇願しません。神から来るものはすべて善であり、私たちは懲らしめを受けるに値します。彼が言うことを聞きなさい。「わたしは彼らの苦難を聞いたとき、彼らを叱責する。」それゆえ、私たちは苦難の事柄を聞いた。それは、私たちが懲らしめられるためである。レビ記の呪いにもこう書かれている。「もしこれらのことの後も彼らが従わず、私に立ち返らないならば、私は彼らの罪のために七つの災いを彼らに加えるであろう。しかし、もしこれらのことの後も彼らが私に立ち返らないならば、私は彼らを懲らしめるであろう」(レビ記36章)。 神のすべての事柄は、苦いと思われても、学びと癒しのために有益です。神は医者であり、父であり、主人です。主人は厳しくなく、優しい方です。聖書の言葉に従って罰せられた人々のところへ行くときは、使徒が教えているように、聖書を聖書と並べてみなさい。そうすれば、最も苦いと思われているところに、最も甘美なことが書かれているのがわかるでしょう。預言者の書にはこう書かれています。「主は同じことを二度裁かない」(民数記1章)。主は洪水によって一度裁きを下し(創世記7章19節)、ソドムとゴモラに対して一度裁きを下し、エジプトとイスラエル人六十万人に対して一度裁きを下しました(出エジプト記14章)。この復讐は、まるで死後に罪人に対する罰であり、罰は再び取り除かれるものだなどと考えてはいけません。彼らは現在罰せられたのは、将来も絶えず罰せられることがないようにするためである。福音書に出てくる貧しい男を見よ。彼は貧困と欠乏に苦しめられていたが、後にアブラハムの懐で安らかに眠った。彼は生前にその苦しみを受けたのである(ルカ16章)。洪水で殺された人々が生前にその苦しみを受けたかどうか、どうして分かるのか。ソドムとゴモラが生前の苦しみに再び陥ったかどうか、どうして分かるのか。聖書の証言を聞きなさい。旧約聖書の証言を学びたいのか。新約聖書を教えたいのか。ソドムは以前の状態に回復するだろうか。それでもなお、主がソドム人を罰するのは善いことなのかと疑うのか。主は、ソドム人を憐れんで、裁きの日にはソドムとゴモラの地の方が耐えやすいと言われた(マルコ6章)。それゆえ、神は慈しみ深く、憐れみ深いのである。神は善人にも悪人にも確かに太陽を昇らせ、義人にも不義人にも確かに雨を降らせる。それは、私たちが目で見るこの太陽だけでなく、心の目で見る太陽でもある。私は悪人であったが、義の太陽が私のために昇った。私は悪人であったが、義の雨が私の上に降った(マタイ5章)。神の善意は、苦いと思われているものの中にもある。それゆえ、預言者は都に任命され、彼が見るものを見よ。捕囚の苦しみを味わわないようにするためである(エゼキエル1章)。 彼は下界の労苦を見るが、目を上に向けて天を見上げると、開かれた天界のものが彼のために開かれているのを見る。彼は神の栄光の似姿を見る。彼は四匹の動物を見る。それについては多くのことが語られ、解釈が難しい。彼は四匹の動物の御者を見る。彼は車輪が互いに支え合っているのを見る。四匹の動物の御者は完全に燃えているわけではなく、足から毛が生えており、そこから頭頂まで琥珀のように輝いている。神は苦しみだけを持っているのではなく、彼の中には安らぎもある。神は罪人を罰するが、それは下界の奥義を通してである。預言者は頭や腰の縁から頭頂まで伸びる部分に火を見なかった。主は燃えているが、腎臓から足まで火があるのは、生殖に従事する者が火を必要とすることを示すためである。腎臓は交尾の象徴である。レビがまだ父アブラハムの腰の中にいたとき、メルキゼデクは彼に会った(ヘブライ人への手紙7章)。詩篇にはこうある。「わたしはあなたの腰の実からわたしの王座を据える」(詩篇132篇)。主は腰から下まで燃えるようなお方である。なぜなら、生殖と情欲の行いは地獄の刑罰に捕らえられているからである。神は燃えるようなお方であるが、全身が燃えるようなお方ではない。その上半身は琥珀である。琥珀は銀よりも、金よりも貴重である。しかし、聖書は琥珀を輝きの例として挙げているのであって、神が本当に琥珀であるという意味ではない。そして、神が琥珀のように見えたように、腰から足先まで燃えるような火ではない。この火は焼き尽くす。そして、焼き尽くすように定められたものは何もない。あなたが探せば、神の火によって焼き尽くされるものが何であるかが分かるであろう。 (882)私たちの神は焼き尽くす火です(申命記4章)。この火を焼き尽くすものは何でしょうか。目に見える木でも、目に見える草でも、目に見えるわらでもありません。しかし、もしあなたがたがイエス・キリストという土台の上に罪の行いで建て、木を罪の行いで建て、草を罪の行いで建て、低い罪の行い、わらで建てるなら、火が来てこれらすべてを吟味します(コリント第一3章)。 律法が説き、福音も黙っていないこの火とは誰でしょうか。そして、この火は一人ひとりの行いの質を証明するでしょう。使徒よ、私たちの行いを証明するこの火とは誰でしょうか。私の金を守り、私の銀をより輝かせ、私の中にいる宝石を傷つけず、私が木や干し草やわらの上に築いた悪だけを焼き尽くすほど賢いこの火とは誰でしょうか。この火とは誰でしょうか。「わたしは地上に火を送るために来た。そして、わたしはそれが燃え上がることを望む」(ルカ12章)。イエス・キリストは、すでにそれが燃え上がることを望むと言っています。なぜなら、彼は善であり、この火が燃え上がれば悪が焼き尽くされることを知っているからです。預言書にはこう書かれています。「彼は燃える火で彼を聖別し、森を草のように焼き尽くした」(ゼカリヤ13章)。また、万軍の主は、あなたがたの栄誉のために非難を送り、あなたがたの栄光のために燃える火を燃やす。すなわち、あなたがたが栄光を受けるために、あなたがたの罪の行いに対して火が送られる。それでもなお、善なる神の苦しみは、それに耐える者の益となるように定められていると、預言者から学びたいのか。同じ預言者がこう言っているのを聞きなさい。「あなたがたには燃える炭火がある。その上に座りなさい。それはあなたがたの助けとなるであろう」(イザヤ書57章)。これらのことは隠しておくべきであり、公にすべきではないが、異端者たちは、隠してあることを公にするよう私たちに促す。なぜなら、それらは、魂の年齢に応じてまだ幼子であり、教師を畏れる必要があり、脅迫や恐怖によって叱責されるべきであり、善を達成できる人々の間では、有益な形で隠されているからである。苦い治療によって、いつか罪の傷から離れることができるように。 (883)神の奥義は、小さな聞き手のために常に覆い隠されている。主よ、あなたがあなたを畏れる者から隠された、あなたの甘美さの豊かさはなんと大きいことでしょう。律法と預言者の神は、ご自身を愛さず、ご自身を畏れる者から、その豊かな恵みを隠しておられます。彼らは幼子であり、父に愛されていることを益をもって学ぶことができないからです。それは、彼らが滅び、神の恵みを軽んじることのないようにするためです。ですから、民の捕囚について聞いたら、それが歴史の信仰に従って実際に起こったと信じなさい。しかし、それは何か別のもののしるしとしてそれに先立って起こり、後の奥義を意味していたのです。あなたがたもまた、キリストが私たちの平和であるゆえに、平和を見ている忠実な者と呼ばれ、エルサレムに住んでいます。しかし、あなたがたが罪を犯すなら、神の訪れはあなたがたを見捨て、あなたがたはネブカドネザルに捕らわれ、バビロンに連れて行かれるでしょう。魂が悪徳と動揺によって混乱すると、バビロンに連れて行かれるでしょう。バビロンは混乱を意味するからです。たとえ再び悔い改め、真の心の回心によって神の慈悲を得たとしても、エズラがあなたのもとに遣わされ、あなたを連れ戻し、エルサレムを再建させます。エズラは助け手と解釈され、助けの言葉があなたに送られ、あなたが故郷に帰れるようにするのです。ダニエルと、それを隠しつつも同時に明らかにする使徒によって謎めいた言葉で語られていることは、秘跡でもあります。アダムにあって私たちは皆死に、キリストにあって私たちは皆生かされるのです(コリントの信徒への手紙一 15章)。 アダムは楽園にいたが、蛇は彼の捕囚のために生まれ、彼をエルサレムか楽園から追放し、この涙の地に来させた。蛇は真理に敵対する者である。しかし、その敵は初めから創造されたわけではなく、すぐに胸と腹で歩いたわけでもなく、初めから呪われたわけでもない。アダムとエバが創造されてすぐに罪を犯さなかったように、蛇もまた、かつては蛇ではなく、喜びの楽園に住んでいた。その後、罪に陥った彼は、こう言われるに値した。「あなたは神の楽園で生まれ、神の似姿の印、美の冠であった。しかし、あなたのうちに不義が見いだされるまでは、あなたはすべての道において非の打ちどころのない歩みをしていた」(エゼキエル書28章)。ヨブもまた、全能の神の御前で高慢であったために、このことについて言及している。「朝の星が天から落ちた。朝に昇った星が地に投げ落とされたのだ」(ヨブ記11章)。預言と福音の言説の調和を見よ。預言者は言う。「朝の星が天から落ちて地に投げ落とされた」(イザヤ書14章)。イエスは言う。「わたしはサタンが稲妻のように天から落ちるのを見た」(ルカによる福音書18章)。稲妻と星が天から落ちると言うことに、どのような違いがあるだろうか。この点に関して言えば、すべての一致は落ちるものについてである。神は死を創造せず、悪を働かせなかった。神は人間と天使にすべてのことについて自由意志を許した。ここで私たちは、自由意志の自由によって、ある者は善の頂点に上り、ある者は悪の深みに落ちたことを理解しなければならない。しかし、人間よ、なぜあなたは自分の意志に任されることを望まないのか。なぜあなたは、努力し、苦労し、戦い、善行によって自らの救いの源となることを難しいと感じるのですか。それとも、永遠の繁栄に安住し、安らかに眠る方があなたにとって喜ばしいのでしょうか。主イエス・キリストは言われます。「わたしの父は今も働いておられ、わたしも働いています」(ヨハネ15章)。働くために生まれたあなたがたは、それが嫌なのですか。あなたがたの仕事が、正義、知恵、貞潔であってほしいと思わないのですか。あなたがたの仕事が、勇気やその他の徳であってほしいと思わないのですか。それゆえ、罪のために奴隷の罰を受けるに値する者たちは捕虜として連れて行かれます。そして、イエス・キリストは捕虜に赦しを、盲人に視力の回復を説くために来られました(ルカ4章)。 彼は鎖につながれている者たちに「出て来なさい」と叫び、暗闇の中にいる者たちに「見よ」と叫ぶ。私たちもかつては罪の鎖につながれ、この世の闇の支配者たちと戦いながら、暗闇の中を歩んでいた。イエスはすべての預言者の声によって宣べ伝えられ、縛られている者たちに「出て来なさい」と言い、暗闇の中にいる者たちに「見よ」と言う。しかし、捕囚の身にある人の子エゼキエルが説教するのを聞きたいなら、これはキリストの型であった。そこで彼は言う。「三十年の四月五日、私はケバル川のほとりで捕囚の身であったとき、天が開かれた。」そこでエゼキエルは三十歳のとき、ケバル川のほとりで天が開かれるのを見た。そして主イエス・キリストは、三十歳くらいのとき、ヨルダン川のほとりで天が開かれた(ヨハネ1章、ルカ3章)。そして、すべての預言を通してエゼキエルにこう告げられています。「人の子」。しかし、私の主イエス・キリストのような人の子とは誰でしょうか。キリストの誕生を幻影として嘲笑する異端者たちに、私に答えてもらいましょう。「なぜキリストは人の子と呼ばれるのか」。私は、彼が人の子であったと断言します。なぜなら、人間の情欲を身にまとった彼は、情欲を受ける前に誕生したに違いないからです。もし彼が人間性の始まりを受け取っていなかったなら、人間の愛情、言葉、習慣、十字架、死を受けることはできなかったでしょう。そしてその結果、彼の誕生を否定すれば、彼の情欲も否定され、単に「イエスは十字架につけられなかった」と言うことになるのです。しかし今、あなた方は十字架を告白し、恥じません。あなた方は十字架刑をユダヤ人にはつまずき、異邦人には愚かさとして説き(コリント第一 1章)、情欲や死によるつまずきよりも、彼の誕生を告白することを恥じるのです。 イエスが生まれたことよりも、イエスが死んだことの方がよほど「つまずきの石」(Scandalum) ではないでしょうか。キリスト教信仰が「つまずきの石」を恐れないのであれば、なぜあなた方は、より大きなことを告白する勇気を持った者たちよりも、より小さなことを言うことを恐れるのでしょうか。特に、イエスの誕生は男の種と女の眠りからではなく、預言者の言葉に従っていると信じられているのです。「見よ、処女が胎内に宿り、男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」(イザヤ書7章)。このインマヌエルという言葉は、単なる名前のように聞こえるのではなく、ある事柄を意味します。イエスの到来の時、私たちは「主は私たちと共におられる」と言うのです。ですから、エゼキエルが30年目に預言したことは無駄ではありません。彼の名前もまたキリストの象徴だからです。エゼキエルは「神の国」と解釈されますが、神の国とはキリスト・イエスに他なりません。 (886)ブジの子と​​も書かれているが、これは軽蔑と解釈される。異端者たちのところへ行き、彼らが創造主を軽蔑し、何者でもないと考えているのを聞き、さらに彼らを非難するのを聞くならば、あなたは彼らと共に、最も軽蔑された創造主の子、我らの主イエス・キリストを見るであろう。しかし、もし誰かがためらい、我々が預言として説明したことを受け入れたくないならば、なぜエゼキエルの生涯の30年に天が開かれ、彼がその書に記されている幻を見たことが書かれているのか、彼に尋ねてみよう。30年に救い主と預言者の両方が天を開かれたことを学び、霊的な事柄を霊的な事柄と比較することによって、書かれていることはすべて同じ神の言葉であることを知る以外に、年数は何の益になるだろうか。賢者の言葉は、突き棒のようであり、高く打ち込まれた釘のようである。それは、一人の牧者が虐げられた人々に与えた言葉だからである(伝道の書 12章)。 私もまた、このことを調べて、第四の月の五日目に、私の感覚の及ぶ限り、神に祈り、神の聖書の御心にかなうように、このことを理解できるようにと願っています。ユダヤ人にとって新年が近づいており、彼らの間では新年の初めから最初の月が数えられます。今、過越祭は新年の数に関して議論されています。この月の始まりは、あなた方にとってその年の月々の始まりとなるでしょう(出エジプト記12章)。この年から第四の月を数えて、イエスが新年の第四の月に洗礼を受けたことを理解してください。主の洗礼がその月に行われたことは、ローマ人が1月と呼ぶ月、すなわちヘブライ人の数え方では新年の第四の月に行われたことを私たちは知っています。そして、イエスは世界の四元素から成り立つ肉体を取り、人間の感覚も受けたので、第四の月の五日目に幻を見たのかもしれません。そして私は捕囚の真っ只中にいた。こう言われたのは皮肉に思える。「そして私は捕囚の真っ只中にいた」。預言者が歴史に従って、民の罪に囚われていなかった私が捕囚の真っ只中にいたと言っているかのようだが、寓話によればキリストは捕囚の場所へ、奴隷や捕虜が拘束されていた境界へとやって来たのだ。預言者の中には、救い主が、私たちが、特に彼を信じるはずの私たちが、彼の救済にふさわしい人間にならないことに憤慨して、このような言葉を語っている。彼は父にこう言う。「私が朽ち果てるまで下っていくのに、私の血に何の益があるだろうか。塵があなたに告白し、あなたの真実を告げ知らせるだろうか」(詩篇29篇)。また、このような言葉がもう一つあります。それは、義に満ち、神聖な感覚に満ち、聖なる実りに満ち、真理の真の集まりを求める預言者を通して、救い主の御名において語られたものです。しかし、多くの罪人や善人に対する不信仰者を見つけ、こう言われます。「ああ、私は災いだ。私は収穫の時にわらを集める者のようになり、ぶどうの房のようになってしまった。初穂を食べる房は一つも残っていない。ああ、私は災いだ」(ミカ書7章)。 「ああ、私は災いだ」という言葉は、すべての創造物の長子の声ではなく、神の声でもなく、神が自ら引き受けた人間の魂の声であり、そこから神はこう語ります。「ああ、私の魂よ、私は災いだ。地上から帰る途中で滅びてしまった。そして、人々の間には、私を正す者はいない。すべての人は血で裁かれ、誰もが隣人を苦しめている。これらのことが述べられているのは、預言者がこう言っているからである。「私はケバル川のほとりで捕囚の身であった」。これは「重苦しさ」と解釈される。この世の川は重苦しい。他の聖句にもそう書かれている。そして、単純な解釈によれば、それは歴史を説明する。しかし、聖書を霊的に聞く人々によれば、それはこの世の旋風に巻き込まれた魂を意味する。バビロンの川のほとりで私たちは座り、シオンを思い出しながら泣いた。その真ん中の柳の木に楽器を掛けた。なぜなら、そこで彼らは問いかけていたからである。私たちを捕虜にした者たちよ、歌の言葉は(詩篇136篇)。これらはバビロンの川であり、彼らはその傍らに座って天の国を思い出し、嘆き悲しみ、律法と神の奥義の柳に楽器を掛ける。ある書物には、すべての信者が柳の冠を受けると書かれている。またイザヤ書にはこうある。「草は水の中に生え、柳は流れる水のほとりに生える」(イザヤ書44章)。 そして、神の厳粛な祭儀において、幕屋が建てられるとき、幕屋を固定するために柳の枝が立てられます。ケバル川のほとりで。世界で最も厳粛な川のほとりで。そして天が開かれました。天は閉じられていましたが、キリストの到来の時に開かれ、彼らに開かれたとき、聖霊が鳩の形をしてキリストの上に臨むことができました。キリストは、まずご自身の性質の伴侶のもとに降りてこなければ、私たちのところに来ることはできなかったからです。イエスは高く昇り、捕虜を捕らえ、人から賜物を受けました。降りて来られた方は、すべてのものを満たすために、すべての天の上に昇られた方と同じです。そして、聖徒たちを完成させるために、他の使徒、他の預言者、他の伝道者、他の牧師、教師を与えられました(エフェソ4章)。天が開かれました。一つの天が開かれるだけでは十分ではなく、多くの天が開かれる。それは、天使たちが一つの天からではなく、すべての天から救われるべき人々のところに降りてくるためである。人の子のところに昇り降りして、彼のもとに来て仕えた天使たち。しかし、天使たちが降りてきたのは、キリストが先に降りて来られたからである。彼らは、すべての力と万物の主の前に降りることを恐れて、天の軍勢の君が地上に住んでおられるのを見て、開かれた道から入り、主に従い、その御心に従った。主は、御名を信じる者たちの守護者として彼らを任命された。昨日は悪魔の支配下にあったが、今日は天使の支配下にある。主は言われる、「教会にいるこれらの最も小さい者の一人を軽んじてはならない。まことにあなたがたに告げる。彼らの天使たちは、すべてのことにおいて天におられる彼らの父の顔を見ているのである」(マタイ18章)。 (889)天使たちはあなたの救いに従い、神の子の務めを授けられ、互いにこう言っています。「もし彼が降臨し、肉体を持って降り、死すべき肉体をまとい、十字架を背負い、人々のために死んだのなら、なぜ私たちは休むのか。なぜ私たちは自分を惜しむのか。さあ、私たち天使は皆、天から降りて来よう。」それゆえ、キリストが生まれたとき、天の軍勢の群衆も神を賛美し、栄光をささげていました。万物は天使で満ちています。天使よ、来て、以前の誤り、悪霊の教え、高みで語る不義から立ち返った言葉を受け入れ、良き医者として彼を受け入れ、慰め、教えなさい。彼は子供であり、今日、老人が回復して生まれたのです。彼を受け入れ、第二の再生の洗礼を与え、あなたの務めの他の仲間を呼び寄せ、共に、かつて欺かれたすべての人々を信仰へと教えなさい。なぜなら、悔い改める罪人一人については、悔い改める必要のない義人九十九人よりも天には大きな喜びがあるからである(ルカ15章)。すべての被造物は、救われる者たちを喜び、歓喜し、称賛する。被造物の期待は、神の子らの啓示を待ち望んでいるからである(ローマ8章)。使徒の聖書に挿入した者たちは、創造主キリストが認められるような言葉が自分たちの書物にあることを望まなかったが、すべての被造物は、罪から解放され、ザブルス(悪魔)の手から取り去られ、キリストによって再生される神の子らを待ち望んでいる。しかし、今は、現在の場所からいくつかの事柄に触れる時である。預言者は幻を見たのではなく、神の幻を見た。なぜ彼は一つの幻ではなく、多くの幻を見たのか。主が約束して言われるのを聞きなさい。「わたしは幻を増やした」(ホセア12章)。 月の五日。これはヨアキム王の捕囚の五年目である。エゼキエルの年齢の三十年目、ヨアキムの捕囚の五年目に、預言者はユダヤ人に遣わされた。最も慈悲深い父は彼を軽んじず、長い間民を無言のままにしておくこともなかった。五年目である。どれほどの時間が経っただろうか。捕囚の民が仕え始めてから五年が経った。すぐに聖霊が降りてきて天が開かれ、捕囚のくびきに苦しめられていた者たちが預言者が見たものを見ることができた。彼が語ると天が開かれ、彼らもまた、彼が肉の目で見たものを心の目で見たのと同じであった。(890)主の言葉が祭司ブジの子エゼキエルに臨んだ。初めに父なる神と共にあった主の言葉は、神の言葉であり、信じる者を神とする言葉です。なぜなら、もし彼が、神の言葉が与えられた神々、そして聖書は破られることのない神々、すなわち神の言葉が与えられた者は皆、神となったと言ったからです。エゼキエルもまた、神の言葉が彼に与えられたので神でした。「わたしは言った。『あなたがたは神々であり、あなたがたは皆、いと高き者の子である。しかし、あなたがたは人間のように死に、君主の一人のように倒れるであろう。』」(詩篇82篇)。新約聖書には、このような約束がどこにあるでしょうか。もし道具を区別し、神々が互いに異なると述べる必要があるならば、それは疑うことさえ罪ですが、私たちは濫用して話しているのですから、旧約聖書には新約聖書よりもはるかに大きな人間性が示されていると大胆に言おう。「わたしは言った。『あなたがたは神々であり、あなたがたは皆、いと高き者の子である。』」彼は、「ある者は神であり、ある者はそうではない」とは言わず、「皆が神である」と言っている。しかし、もしあなたが罪を犯したなら、次の言葉に耳を傾けなさい。「しかし、あなたがたは人間のように死ぬであろう」。これは救いへと招く者のせいではなく、死の原因そのものではなく、神性へと招き、天の性質を身にまとうように招く者のせいでもない。しかし、私たちの罪と犯罪の中に、「しかし、あなたがたは人間のように死に、君主の一人のように倒れるであろう」という言葉があるのだ。君主は多くいたが、そのうちの一人が倒れた。創世記にもこう書かれている。「見よ、アダムは、我々のようにではなく、我々の一人のように造られた」(創世記3章)。 それゆえ、アダムが罪を犯したとき、彼は一つになった。そして主の言葉がブジの子エゼキエルに臨んだ。たとえあなたが救い主についてのこれらの言葉を理解したいと思っても、恐れることはない。なぜなら、たとえ寓話にも意味があるからだ。主の言葉は処女から生まれた者、すなわち男に臨んだ。言葉は常に父の中に留まり、両者が一つになり、全人類の秘跡と救いのために身にまとう人間が、その神性と独り子なる神の本質と結びつくためであった。主の言葉はカルデア人の地に住む祭司ブジの子エゼキエルに臨んだ。カルデア人は天上の事柄について議論し、人間の誕生について論じる。カルデア人の地とは、運命を主張する者、宇宙の星々の軌道の原因を主張する者の地である。したがって、この誤りと心の歪みは、カルデア人の地で比喩的に表されています。カルデア人の地、ケバル川のほとりで。主の手が私の上にありました。主の言葉は預言者と手に伝えられ、行いと言葉の両方で飾られることになりました。そして私は幻を見ました。いくつか簡単に述べますが、時間の制約から私が言ったことで十分かもしれませんが、私はまた、幻の全体像を全身から提示します。そして私は見ました、見よ、北から霊が上がってきました。言われたことの数をよく考えてください。霊が上がって、あるいは奪い去り、北から来ました、見よ、1つ。そしてその中に大きな雲がありました、見よ、2つ。そしてその周りに輝きがありました、見よ、3つ。そして輝く火がありました、見よ、4つ。そしてその中に、まるで火の中の琥珀の幻のようなものがありました、見よ、5つ。そしてその中に光があった。見よ、6つ。その後、四つの生き物の姿と、それらの幻と、その幻の物語が示された。見よ、7つ。そして生き物の真ん中に、燃える炭火のようなものがあった。見よ、8つ。これらのことを細かく説明できる者がいるだろうか。神の霊にこれほどまで達して、これらの秘跡を明らかにできる者がいるだろうか。創造主と神の預言者たちを告発する者たちは、まず預言者たちの言葉を理解し、それから彼らを告発する必要があった。真に告発する者は、自分が知っていることを告発すべきだからである。しかし、異端者たちが神の理解に全く近づいていないのなら、私たちが彼らに知らないと説得した人々を、どうして正当に告発できるだろうか。彼らにこの幻の意味を学ばせよう。 まず、霊が現れて連れ去ります。次に、霊の中に大きな雲が現れて連れ去ります。三番目に、霊の周りに光が輝き、四番目に、輝く火が現れます。五番目に、その真ん中に琥珀の幻影が現れ、疑いなく火の中にあります。六番目に、同じ稲妻の中に光が輝きます。私は、賢明で忠実な人が述べた意見を喜んで認めます。私はしばしばそれを受け入れています。神について真実を語ることは危険です。神について偽って語られることが危険なだけでなく、真実であっても、適切な時に語られなければ、話す人に危険をもたらします。真珠は真実ですが、ひねくれたところがあると、その違いは足元で語られることです。そして、例を挙げると、これらの集まりは、アエリアだけでなく、ローマだけでなく、アレクサンドリアだけでなく、全世界で、あらゆる種類の魚を捕らえる網に似ています。網にかかるものすべてが良いとは限りません。救い主はこう言われます。「彼らは岸辺に腰を下ろし、良いものを器に入れ、悪いものを捨てるであろう。」したがって、善も悪も教会全体の網の中に収めておく必要があるのです。もし今、すべてが清められているなら、神の裁きに委ねるものは何でしょうか。また別のたとえ話によれば、麦ともみ殻は脱穀場に入っています。なぜなら、麦だけがキリストの倉に集められ、もみ殻は、手に箕を持ったキリストによって分けられるからです。キリストは脱穀場を清め、麦を倉に集め、もみ殻は消えない火で焼き尽くされるのです(ルカ3章)。 私は脱穀場が全世界であると主張するつもりはありませんが、脱穀場とはキリスト教徒の集まりであると理解しています。それぞれの脱穀場が境界を持ち、小麦ともみ殻で満たされているように、すべてが小麦でもなく、すべてがもみ殻でもありません。同様に、地上の教会では、ある教会は小麦であり、ある教会はもみ殻です。しかし、もみ殻は彼ら自身の原因や意志によるものではありません(彼らの意志による小麦は存在しないからです)。ここでは、あなたがたはもみ殻にも小麦にもなれるのです。これらのことから、もし私たちの教会の誰かが罪人を見ても、つまずいたり、「見よ、聖なる集まりの中に罪人がいる。もしこれが許されるなら、もしこれが認められるなら、なぜ私も罪を犯さないのか」などと言わないように、私たちは学ぶべきです。私たちがこの世にいる間、つまり脱穀場と網の中にいる間は、善人も悪人もその中に含まれています。しかしキリストが来られるとき、識別が行われ、使徒が言ったことが成就するでしょう。「私たちは皆、キリストの裁きの座の前に立たなければなりません。それは、各自が自分の体で行ったこと、良いことであれ悪いことであれ、言い開きをするためです」(コリント第二 4章)。これは、燃える心が序文で幻の解釈について語ったことであり、私たちが望むことをそれでも成就できるのであれば、どれを沈黙し、どれを語り、どれを軽く触れるにとどめ、どれをより明確に説明し、どれをより曖昧にすべきかについて、曖昧な態度をとっているのです。まず、霊は奪い去るようです。少し前に言ったように、私たちの主は燃え尽くす火であると、今ここで繰り返しますが、それはこの証言と一致すると言います。(893)霊はどのようにして奪い去るとされているのでしょうか。神は霊であり(ヨハネ 4章)、霊は奪い去るものと見なされています。霊は私から、そして私の魂から何を奪い去るのでしょうか。霊が正しく奪い去ると呼ばれるのはなぜでしょうか。もちろん、悪もあります。そして、もし神が私から最悪のものをすべて取り除いてくださったなら、私は神の善意を感じます。また、幸福の終わりは悪から解放されることだと考えるべきではありません。幸福の始まりは罪から解放されることです。そしてエレミヤ書にはこう書かれています(私は預言者に書かれていることすべてを最も慈悲深い神からのものと信じています)。「見よ、わたしはわたしの言葉をあなたの口に置いた。見よ、わたしはあなたを諸国と王国の上に任命した。根こそぎ抜き、打ち壊し、滅ぼし、建て、植えるためである」(エレミヤ書1章)。 神は慈悲深く、根絶するための言葉を与えてくださる。しかし、根絶し、打ち倒すべきものとは何だろうか。もし心に悪の種が植えられているなら、もし邪悪な宗派があるなら、預言の言葉はそれを根こそぎ抜き取り、打ち倒す。だが、異端者の種やザブルス(悪魔)の泉から流れ出る教義を根こそぎ抜き取り、今初めて教会に入ろうとしている者の魂から偶像崇拝の種を取り除くような言葉が私に与えられたらどんなに良いだろうか。私はあなたの口に私の言葉を授けた。見よ、私はあなたが根こそぎ抜き取り、掘り起こすように定めた。つまり、もし非常に悪い建物があるなら、それを破壊すべきである。私もまた、ヤコブが偶像を破壊したように、マルキオンが欺かれた者の耳に建てたものを掘り起こし、根こそぎ抜き取り、打ち倒し、破壊したい。今日に至るまで、破壊し、建てることである。異端者たちは破壊と転覆のことばかり聞いていて、建てることと植えることの言葉には耳を貸そうとしない。彼らは見ようとしない。なぜなら、最初のことは悲しいこと、二番目のことは楽しいことだと言われているからである。なぜ今、これらのことを述べるのか。明らかに、神の言葉が明らかにされ、悪を覆し、最良のものを築き上げ、良い農夫のように悪徳を根絶し、耕された畑に最も豊かな徳の収穫がもたらされるためである。これは、奪い去る霊によるものである。彼はまず奪い去る霊を見て、それからその中に大きな雲を見た。あなたがたが奪い去る霊によって清められ、すべての悪があなたがたから取り除かれ、あなたがたの魂にあるすべての悪が取り除かれたとき、あなたがたもまた、奪い去る霊から成る大きな雲を楽しむようになる。福音書に記されている、あの「これは私の愛する子、私の心にかなう者である」(マタイ3章)という声が聞こえた雲に最も近い雲はどれでしょうか。 (894)しかし、"霊"が去ると、その中に大きな雲が現れ、その後、その周りにまばゆい光が現れます。あなたから悪が取り除かれました。あなたのぶどう畑に雨を降らせるために、大きな雲があなたに与えられました。他の箇所で言われていることによれば、「わたしは雲に命じて、その上には雨を降らせないようにする」(イザヤ書5章)とは、非常に悪いぶどう畑のことです。しかし、これが悪に対して命じられているのであれば、反対に、あなたが良いぶどう畑であれば、雲があなたの上に雨を降らせることは間違いありません。そして、その周りに輝きが現れます。それから、輝く火が現れ、その真ん中には琥珀の幻影が現れます。神は、"霊"と火によって、二つの方法で私たちから悪を取り除いてくださいます。私たちが善良で、神の戒めに注意深く、神の言葉を教えられているならば、神は"霊"によって私たちの悪を取り除いてくださいます。それは、「しかし、"霊"によって肉の行いを滅ぼすならば、あなたがたは生きるであろう」と書かれているとおりです。しかし、もし"霊"が私たちから悪を取り除いてくださらないなら、私たちは火による清めを必要とします(ローマ8章)。ですから、個々の結合を注意深く観察してください。最初の結合は霊と霧、2番目は火と光、3番目は琥珀と輝きであり、悲しみのように見えるそれぞれは、喜びの近さによって重くのしかかります。霊が起こればすぐに霧が続き、火が現れれば光が加わり、琥珀が先に現れれば輝きがその周りに現れるからです。私たちは炉の中の金のようでなければならず、琥珀は最も激しい火で溶かされなければなりません。そして、今私たちが解説しているこの預言者において、主はエルサレムの真ん中に座り、銀と錫、真鍮と鉛が混ざった者たちを吹き、卑しい物質が混ざった者たちについて嘆き悲しむ声で訴えています。主は言います。「銀よ、あなたは混ざり合い、ぶどうの粒のように捨てられた銀となった」(エゼキエル16章)。 なぜなら、私たちが、初めから善である神の被造物に、自分たちの悪徳や情欲を重ね合わせるとき、私たちは銀や金に真鍮、錫、鉛を混ぜるようなものであり、清めるには火が必要だからです。ですから、私たちはこの火に来たとき、金や銀や宝石のように、火を経ずに姦淫を犯す者、あるいは火を経ずに姦淫を犯す者のように、安全に通り抜けられるように注意深く備えなければなりません。私たちは火で焼かれるというよりは、試練を受けるのです。見よ、滅びの霊が北から来た。滅びの霊が北から来て、その後戻ってくるのには理由がある。北から地上の住民に災いが燃え上がるからである。北は最も激しい風であり、私たちはそれを別の名で右風と呼んでいる。それは、風が吹くと言われる天の四隅の中で最も冷たく、最も激しい風である。また、民数記(民数記1章)にイスラエルの宿営の秩序について書かれていることも、このことの比喩ではないか。最後の宿営地は北のダンに置かれている。最初の宿営地は東のユダ、次にルベン、そして海に沿ってエフライム、つまり先に述べたようにダンの北の果てである。そして、加熱されていると描写されている鍋は、北の方角によって加熱されている。北は比喩的に反対の力、すなわちゼブルスと呼ばれており、それは実に最も強い風である。北から霊が来て、奪い去り、その中に大きな雲がある。我々は、そこから悪徳が生じることを説明した。そして、その周りに光と輝く火がある。燃える火と言えたかもしれないが、聖書は悲しみを名付け、その働きを帰することをためらったので、罰の力の代わりに光だけを加えた。 そして、その真ん中に、いわば四つの生き物の姿がある。これが彼らの見た幻である。彼らの中に人間の姿がある。そして、一つの生き物に四つの顔があり、一つの生き物に四つの翼があり、その足はまっすぐで、足には羽がある。あなたがたは、神によって支配されているものがどのようなものであるかを見よ。そこに、「ケルビムの上に座る方が現れよ」とある。ケルビムは「知識の満ち溢れ」と解釈され、知識に満ちている者は誰でも、神が支配するケルビムとなる。しかし、四つの顔は何を意味するのか。救われるべき者は主イエスの前にひざまずき、使徒によって三つの方法で名付けられている。すなわち、イエスの名によって、天にあるもの、地にあるもの、そして地獄にあるもの、すべての膝がひざまずく(フィリピ2章)。しかし、主イエスの前にひざまずく者は、主に従う。そして従う者は言う。「私の魂は神に従わないだろうか。私の救いは神と共にあるのだから」(詩篇61篇)。そして、彼はすべての敵をその足の下に置くまで支配しなければならない(コリント第一 15章)。では、第四とは何でしょうか。天、地、地獄には三つのものしかありません。(896) すなわち、天の天よ、主をほめたたえよ。天の上にある水よ、主の御名をほめたたえよ( 詩篇148篇)。これらすべては神によって支配され、神の威光によって導かれています。霊が行く所には、動物も行きました。これらの動物には、四つの顔があるので、人間の姿が描かれています。また、最初に四つの顔があるとは言われていませんでしたが、四つの顔の中で人間の顔が際立って支配権を握っているので、それが描写され、人間の顔と呼ばれるもの、四つの部分の右側にあるライオンの顔、四つの左側にある子牛の顔、四つの部分にある鷲の顔が描かれています。それでは、それが三部分からなる魂を意味するのかどうかを見てみましょう。これについても、他の人の意見は議論の余地があり、別の第四の力が三部分からなる魂を支配していることになります。魂の三部分区分とは何でしょうか?理性的な人間は怒りを、ライオンは欲望を、子牛は情欲を表しています。 しかし、助ける霊は、人やライオンのように右にいるのではなく、子牛のように左にいるのでもなく、三つの顔すべてを覆っています。鷲は別の箇所で言及されているので、鷲によって魂を司る霊が象徴されています。しかし、私が言っているのは、人の中にある人の霊のことです。このように、天にあるもの、地にあるもの、地獄にあるもの、そして天の上にあるもの、すべてのものは神の意志によって導かれています。そして私たちは皆、神の足元にいるケルビムとなり、車輪がそれに結び付けられ、私たちはそれに従います。私たちは車輪の下にも、世界や物事の支配下にもありません。なぜなら、私たちはすでにキリストの受難によって世の事柄から解放されているからです。そして車輪の真ん中にある車輪。物事の宇宙が、過ちを犯したと思われている人々においても、過ちとは無縁だと言われている人々においても、いかにして相反する出来事によって救われるかを考えれば、車輪が車輪の真ん中にあることがわかるでしょう。しかし、これは万物を支配し、全宇宙の神は、キリスト・イエスにおいて、御心にかなうところならどこでもそれをひねり、動かします。栄光と支配が世々限りなくキリストにありますように。アーメン。 :::[[エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳/エゼキエル/第1講話#第1講話|先頭に戻る]] ==出典== *[https://la.wikisource.org/wiki/Patrologia_Latina/25 Patrologia Latina/25] *底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Translatio_Homiliarum_in_Ieremiam_et_Ezechielem Translatio Homiliarum in Ieremiam et Ezechielem] 『エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳』オリゲネス、ヒエロニムス J. P. Migne 1846 early modern edition. {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- ラテン語版 Wikisource, [[la:Translatio Homiliarum in Ieremiam et Ezechielem]] J. P. Migne 1846 early modern edition からエゼキエル第1講話を翻訳 --> j6ei1mbe8yjtv47ebwkiaqed54q4zt2 エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳/エゼキエル/第2講話 0 56492 242348 2026-05-11T12:35:58Z 村田ラジオ 14210 ラテン語版 Wikisource, [[la:Translatio Homiliarum in Ieremiam et Ezechielem]] J. P. Migne 1846 early modern edition からエゼキエル第2講話を翻訳 242348 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|hide=1}} {{header | title = エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳 | section = エゼキエル/第2講話 | previous = [[../第1講話|第1講話]] | next = [[../第3講話|第3講話]] | year = | 年 = | override_author = [[s:en:Author:Origen|オリゲネス]](2-3世紀) | override_translator = [[s:la:Scriptor:Sophronius Eusebius Hieronymus|ヒエロニムス]] | override_editor = [[s:la:Scriptor:Iacobus Paulus Migne|J.P. ミーニュ]] | noauthor = | notes = *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:えれみやしよとえせきえるしよにかんするせつきよう2-02}} <!-- [[Category:キリスト教]]--> [[Category:教父]] [[Category:オリゲネス]] [[Category:聖書研究]] [[Category:キリスト教神学]] [[Category:パトロロギア・ラティナ]] }} オリゲネス、ストリドンのヒエロニムス ミーニュ・パトロロギア・ラティーナ 第25巻 エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳 ———————————— '''エゼキエル書に関する14講話の開始''' ===第2講話=== 「人の子よ、イスラエルの預言者たち、すなわち自分の心から預言する者たちに対して預言せよ。わたしは、虚無と神の偽りを見る預言者たちに手を伸ばすであろう」(第13章)という言葉について。 (897)聖書は、読者に教えない罪の種類を一切隠していません。なぜなら、聞く者を癒すために遣わされた神の言葉は、罪人のあらゆる霊を叱責し、すべての人に語りかける必要があったからです。それは、誰も、癒しをもたらす治療法や傷を癒すのに役立つ治療法によって欺かれることがないようにするためでした。それと同じように、ある人は民衆について、ある人は大祭司について、ある人は長老について、ある人は牧師について言われ、良い牧師には称賛が与えられ、悪い牧師には非難が与えられる。それは、ある人がより良いことへと励まされ、またある人がより悪いことに陥らないようにするためである。同様に、偽預言者と真の預言者について神の教えを教える必要がある。それは、預言者が神の言葉をもって奉仕する者として受け入れられるためである。しかし、偽預言者とは、言葉においても生活においても、彼らが説く教えに正しく従わない教会の教師を指す。それゆえ、聖書が私たちを戒め、悪徳から離れるように教えるならば、私たちは喜ぶべきである。しかし、私たちの仲間の何人かが神の言葉によって叱責され、癒され、罪から立ち返ることを願うならば、なおさら喜ぶべきである。主の言葉が預言者エゼキエルに臨み、彼に言われた。「人の子よ、イスラエルの預言者たちに対して私に預言せよ。」確かにイスラエルには、名ばかりの預言者がいましたが、真の預言者ではありませんでした。しかし、今日でも真のイスラエル、すなわち教会の中にも、この言葉が預言している偽預言者や偽教師がいます。神の言葉が私を罪に定めるなら、私は改心しようと努めます。教会の教師であると思われる私に対して何か言われているからといって、黙っているべきではありません。むしろ、自分を惜しまず、言われたことすべてを明らかにし、悪徳から改心し、聖書が今叱責している者たちの一人ではなく、神の言葉を最も真に説き、教会の教師であった者たちの一人となるようにします。預言するイスラエルの預言者たちを預言し、預言者たちにこう言いなさい。預言者たちが霊によってこれらの事柄を予言したのと同じように、秘密裏に示された事柄を説明しようとする者にとっても、同じ霊の働きがあります。それは、神の意志に反して教え、自分の心から預言する者には預言がなされていないことを示すためです。単純な理解によれば、神の霊によって語る預言者の中には、自分の心からではなく、神の感覚から語った者もいました。しかし、預言者を装い、「主はこう言われる」と言う者もいましたが、主は彼らを通して語っておられませんでした。しかし、この話は、真理が要求するものとは異なる教えを教会で教える者にも当てはまります。 もし誰かが主イエス・キリストと同じことを教えるなら、その人は自分の心からではなく、聖霊、すなわち神の子イエスの言葉から語っているのです。使徒たちを通して語られた聖霊が、その御意志に同意するなら、その人は自分の心からではなく、パウロを通して、ペトロを通して、そして他の使徒たちを通して語られた聖霊の心から語っているのです。しかし、福音書を読んで、主が語られたように理解せず、自分の感覚で福音書を解釈する人は、福音書の中で自分の心から語っている偽預言者です。実際、異端者のこれらの言葉を理解することに、何ら不合理な点はありません。彼らは、あたかも福音書の中で、また使徒たちを通して語っているかのように語り、聖霊の心ではなく、自分たちの時代の寓話を解説しているのです。彼らは、「しかし、私たちはキリストの心を持ち、神から与えられたものを見ることができるように」と言うことはできません(コリント第一 12章)。しかし、聖職者と呼ばれ、聖書を受け取り、それを解釈しようと努める私に、異端者にも理解できるようなことが起こったとき、私は聴衆に注意深く耳を傾け、霊の分別という霊の恵みを受け、彼らが曲芸師であることが証明されるように、私が偽教師であるときと、敬虔と真理のことを説いているときを注意深く観察するように懇願します。(899)したがって、もし私がモーセと預言者の中にキリストの心を見いだすならば、私は自分の心からではなく、聖霊について語っているのです。しかし、もし私が何の好ましいものも見つからず、神に異質な言葉で迷いながら、自分のために語るべきことを自分で作り出すならば、私は神の心ではなく、むしろ自分の心から語っているのです。預言者よ、心から預言する預言者たちにこう言いなさい。彼は単に心からとは言わず、彼らの心からと言っているのです。そしてあなたは預言し、彼らにこう言いなさい。「主の言葉を聞きなさい。」これらのことは、教師となることを約束した者に私に告げられた。それは、私たちが神を畏れるようになるためであり、人間ではなく神の天使によって書かれた注釈に基づいてこのように語る危険を冒さないためである。ダニエルが預言した裁きにおいて秩序が確立され(ダニエル7章)、書物が開かれるとき、私のすべての努力、私のすべての解説が、私の義認のためか、私の罪の宣告のためか、その真ん中に持ち出されることを私は知っている。私の義認は祝福されるもの、私の罪の宣告は真理が要求するものとは異なる説明をされるものである。「あなたの言葉によってあなたは義とされ、あなたの言葉によってあなたは罪とされる」(マタイ12章)と彼は言う。まるで彼には義とされるすべての言葉がなく、また罪とされるすべての言葉もないかのようである。人が他人の言葉や非難されるべき言葉から清らかであれば、その人は自分の言葉によって義とされ、罪に定められることはない。しかし、もしその人が一度も正しく語らず、常に歪んだことを口にしたならば、その人は自分の言葉によって罪に定められ、義と定められることはない。しかし、私たちはあらゆる点で完全ではないので、常に義とされるような話し方をするわけでもなく、逆に常に罪に定められるような罪人でもない。私たちには義とされる言葉もあれば、罪に定められる言葉もある。神は、その両方を天秤にかけて、注意深く量り、私が何において正しく、どのような言葉において罪に定められるかを裁かれる。 しかし、神は言葉でなさることを、行いでも同じようになさるのです。なぜなら、私たちが義とされる行いと、罪に定められる行いがあるのは当然のことです。私は、義とされる行いをすべて行っているほど完全な人間ではありませんし、あらゆる点で罪に定められるような行いをすべて行っているほど罪深い人間でもありません。しかし、このような行いと、あのような行いがあることは、次の言葉からも明らかです。「ある人々の罪は、裁きの前に明らかになるが、ある人々の罪は、裁きの後についてくる」(ローマ2章)。同様に、善行も明らかであり、そうでないと思われても隠すことはできません。理解力についても同じことが言えます。ですから、私の行い、理解、そして語るすべてのことについて、互いに非難し合ったり、満足させたりする思考の裁きが私を待っており、私はその裁きにおいて自分に何が起こるのか、不確かなまま待っています。そして、私がしたすべてのことを受け入れるために神への畏れが私に強く印象づけられるほど、私は自分自身をより警戒しなければなりません。すべての罪からだけでも、それができないなら、少なくとも最大の罪から。これは、自分の心から預言する預言者について私たちが提案したことについてです。彼らにはこう言われています。「主の言葉を聞け、主なる神はこう言われる。自分の心から預言し、自分の霊に従って歩む者たちに災いあれ。」罪には2つあります。1つは心の罪、もう1つは霊の罪です。まず、良い面から見てみましょう。そうすれば、反対の面も考えることができます。使徒はこう言っています。「私は霊によって祈り、感覚によって祈ります。心に宿る者は、霊によって歌い、感覚によって歌います」(コリント第一 14章)。したがって、私たちの中には霊と感覚の両方があります。聖なる人が霊によって祈るとき、感覚によっても祈り、霊によって歌い、感覚によっても歌うように、この偽預言者は自分の心から預言し、神の霊ではなく、自分の霊に従って歩む。人の霊が彼の中に宿っているが、私はそれに従って歩むことは決してない。しかし、神の聖霊を理解して、私は主イエスに従って歩む。それゆえ、心から預言し、神の霊というよりは自分の霊に従って歩む預言者たちは、全く見ていない。これはギリシャ語で………と言われているが、意味は言語から曖昧である。一般的な事柄については………つまり、ある部分では見えていても、一般的な事柄は見えていないか、あるいは(私はこちらのほうが良いと思うが)ある部分では見えているように見えても、全く見えていないかのどちらかである。私たちの中には、肉体にある目よりも優れた目があります。これらの目は、主イエスを見るように創造されたので、主イエスを見るか、あるいは確かに盲目です。もし私が罪人なら、何も見えず、真理の光を見ることもできません。なぜなら、イエスはこう言われるからです。「わたしは裁きのためにこの世に来た。見えない者が見えるようになり、見える者が盲目になるためである」(ヨハネ9章)。しかし、もし私が義人なら、私は神から恵みを受け、また、私についても「見える」と言われます。預言者は以前から「見る者」と呼ばれていました。また、「見る者は、ユダの地に下って行き、そこに住み、そこで預言せよ。しかし、ベテルでは、もはや預言してはならない」(アモス7章)。また別の箇所では、「アモツの子イザヤが見た幻」(イザヤ1章)とあります。主が目を開いて神の律法の不思議を見させてくださる人は幸いである。預言者が「私の目を開いてください。そうすれば私はあなたの律法の不思議を熟考します」(詩篇118篇)と祈ったとおりである。 しかし、偽預言者や偽教師を叱責する別の説教も見てみましょう。この説教によって、私はあなたがたの祈りによって、私が清い者と認められるように懇願します。では、この叱責とは何でしょうか。イスラエルよ、あなたの預言者の荒野にいる狐のようなものです。狐は邪悪な動物、ずる賢い動物、飼いならすことのできない動物、野獣です。救い主はこれらの狐にこう言いなさい。「見よ、私は今日、そして明日、癒しを行い、三日目には滅びる」(エゼキエル書13章、ルカによる福音書13章)。サムソンは異邦人に対して必要な狐を飼っていました。彼は狐の尻尾を火で縛り(彼は300匹捕まえていました)、敵の作物を滅ぼすために送りました。偽教師とは、ずる賢く、悪意に満ち、獣のようなものです。もし私がそのような者であるならば、私は狐である。しかし、単なる狐ではなく、荒野の狐、壁の上の狐、岩の上の狐である。なぜなら、これらは異なる意味を含んでいるからである。これらの狐や悪しき者たちは常に荒野に、常に孤独の中に住んでいます。なぜなら、魂が神によって宿り、聖霊に満たされているところには、異端者の教えは入り込むことができず、彼らの言葉も突破することができないからです。しかし、キリストの孤独があるところ、正義の荒野があるところには、最も邪悪な懲罰の毒が存在します。それゆえ、イスラエルよ、あなたの預言者たちは荒野の狐のようだ、と彼は言います。彼らは天に立ってはいません。教師たちをよく見てみると、彼らは弱く、不安定で、「主は私の足を岩の上に据え、私の歩みを導いてくださった」(詩篇73篇)と言うことができないことがわかるでしょう。彼らは堅固な根の上に立つことができないので、大空に立つことができず、足を動かすことを好んだのです。しかし、たとえ少しでも足を動かすことは大きな罪です。詩篇作者ダビデが歌っているように、「心の正しい者には、神はなんと良い方でしょう。しかし、私の足はもう少しで動いてしまいそうでした」。最も力強く立つ魂の堅固な足を持つことを許された人は幸いであり、大いに幸せです。その人は神から「あなたは私と共に立っていなさい」と聞くにふさわしいのです。しかし、偽預言者や偽教師はそうではありません。彼らは大空にこのように立っていなかったからです。そして彼らは、自分たちが教え、組織したイスラエルの子らの群れを集めた。彼らは不敬虔な教義を説く異端者であろうと、耳がかゆい者を欺く偽教師であろうと、神の教会、イスラエルの家に敵対する分裂主義者の群れを集めた。主の日には、だれも立ち上がらなかった。偽りの事柄を見て、彼らは立ち上がらなかった。しかし、立ち上がった者たちは言う。「私たちはバプテスマによってキリストと共に葬られ、キリストと共に復活したのです」(ローマ6章)。私たちは聖霊を保証として持っている。完全なものが来た後に、私たちは聖霊を完全に受けるであろう。これが復活の保証である。なぜなら、完全な復活においては、私たちのだれもまだ復活していないからである。しかし、パウロが言うように、私たちは復活した。「私たちはバプテスマによってキリストと共に葬られ、キリストと共に復活したのです」。それゆえ、偽預言者や偽教師はまだ復活していない、つまり復活のバプテスマを受けていない。彼らは「主の日には、偽りのものを見て、決して真理を見ることができない」と言うだろう。例を挙げてみよう。 聖書を読んで、書かれているとおりに受け取らない者は、聖書を偽りと見なす。しかし、真理の理解に基づいて聖書を聞き、それを解釈する者は、真理を見る。実際、聖徒たちは占いをしない。ヤコブには占いの才能がないからである。しかし、罪人たちは偽りの占いをして、「主はこう言われる」と言うが、主は彼らを遣わしていない。異端者たちが使徒たちの伝統を持っていると主張するのを聞け。偽教師たちが自分たちの教えは主の教えであり、自分たちの感覚は預言者たちと一致していると断言し、「主はこう言われる」と言うのを聞け。主は彼らを遣わしていない。そして彼らは議論を始めた。「あなたがたは偽りの幻を見たのではない」(民数記23章)。そして、彼らは自分たちの弁護のために、ある議論を自分たちに持ち出そうとする。 (903)しかし主は彼らを叱責して言われる。「あなたがたは偽りの幻を見て、むなしい占いをし、『主はこう言われる』と言ったが、わたしは言っていないではないか。だから、『主はこう言われる』と言いなさい。あなたがたの言葉は偽りだからだ。」 私たちの言葉が偽りにならないように祈ってください。裁きを知らない者たちが、私たちの言葉は偽りだと主張するとしても、主はそうは言われません。私たちは正しく裁かれるでしょう。しかし、たとえ千人が私たちの言葉は真実だと言っても、神の裁きによって偽りだとわかったら、何の益があるでしょうか。マルキオン派とその教師たちは、自分たちの言葉は真実だと言います。ヴァレンティヌスの最も強固な宗派も、彼の寓話を受け入れて、同じように言います。何の益があるでしょうか。教会の多くの人々が異端の悪に惑わされて意見を交わしたため、主が私の言葉の証人となり、聖書の証言によって語られたことを主ご自身が確証してくださるようにと求められているのです。それゆえ、主なる神は私たちにこう言われます。「偽りを見る預言者たちに、私は手を伸ばす。」これらの脅しは偽教師と偽りを語る者たちに向けられています。しかし、これらの者たちについて何が脅かされているかを見てみましょう。(904) 彼らは私の民の懲らしめにはならない。罪人は主によって一つの方法で叱責されるのではありません。主の民は一つの方法で叱責され、主から離れている者は別の方法で叱責されます。息子よ、主の懲らしめを怠ってはならない。主から叱責されても、落胆してはならない。主は愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての息子を鞭打たれるからである。(箴言3章)主よ、裁きによって私たちを正してください。怒りによってではなく。これが民の正し方です。罪人と異邦人の正し方とは、義人が拒んだもので、こう言われました。「主よ、あなたの怒りによって私を叱責しないでください。あなたの憤りによって私を懲らしめないでください」(詩篇6篇)。偽教師や偽預言者については、こう言われています。「彼らは私の民の懲らしめの中になく、イスラエルの家の書物にも記されない。」また、他の箇所にもこうあります。「彼らは生ける者の書物から消し去られ、義人と共に記されない。」そして今、聖書はこう言っています。「彼らはイスラエルの家に記されず、イスラエルの地に入ることもない。」異端者は約束の地の外に住むでしょう。それは非常に良い地であり、私たちはイエス・キリストによって生ける者の書物に前もって記されているので、そこへ導かれるよう祈ります。栄光と支配が世々限りなくキリストにありますように。アーメン。 :::[[エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳/エゼキエル/第2講話#第2講話|先頭に戻る]] ==出典== *[https://la.wikisource.org/wiki/Patrologia_Latina/25 Patrologia Latina/25] *底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Translatio_Homiliarum_in_Ieremiam_et_Ezechielem Translatio Homiliarum in Ieremiam et Ezechielem] 『エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳』オリゲネス、ヒエロニムス J. P. Migne 1846 early modern edition. {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- ラテン語版 Wikisource, [[la:Translatio Homiliarum in Ieremiam et Ezechielem]] J. P. Migne 1846 early modern edition からエゼキエル第2講話を翻訳 --> 2my8qsn379gvaaouan9ru1jvowfqqfw エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳/エゼキエル/第3講話 0 56493 242349 2026-05-11T13:35:51Z 村田ラジオ 14210 ラテン語版 Wikisource, [[la:Translatio Homiliarum in Ieremiam et Ezechielem]] J. P. Migne 1846 early modern edition からエゼキエル第3講話を翻訳 242349 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|hide=1}} {{header | title = エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳 | section = エゼキエル/第3講話 | previous = [[../第2講話|第2講話]] | next = [[../第4講話|第4講話]] | year = | 年 = | override_author = [[s:en:Author:Origen|オリゲネス]](2-3世紀) | override_translator = [[s:la:Scriptor:Sophronius Eusebius Hieronymus|ヒエロニムス]] | override_editor = [[s:la:Scriptor:Iacobus Paulus Migne|J.P. ミーニュ]] | noauthor = | notes = *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:えれみやしよとえせきえるしよにかんするせつきよう2-03}} <!-- [[Category:キリスト教]]--> [[Category:教父]] [[Category:オリゲネス]] [[Category:聖書研究]] [[Category:キリスト教神学]] [[Category:パトロロギア・ラティナ]] }} オリゲネス、ストリドンのヒエロニムス ミーニュ・パトロロギア・ラティーナ 第25巻 エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳 ———————————— '''エゼキエル書に関する14講話の開始''' ===第3講話=== 聖書にこう書かれていることについて。「人の子よ、あなたの民の娘たちに顔を向けよ。彼女たちは自分の心から預言し、こう言う。『あの人に顔を向けよ。わたしは彼を荒野にする』と。」(第13章) (903)まず、「顔を向けよ」という言葉について、私たちは考察しなければなりません。そして、もし主が許されるならば、自分の心から預言し、神の言葉が叱責するような行いをしている民の娘たちを調査する必要があります。私たちの肉体の顔の他に別の顔があることは、多くのことから明らかですが、使徒が述べていることからも示唆されています。「しかし私たちは皆、覆いのない顔で主の栄光を映し出しながら、主の霊によって、栄光から栄光へと、同じ姿に変えられていくのです」(コリントの信徒への手紙二 3章)。災難や苦難に苦しめられていない限り、この肉体の顔は皆、表に出しています。しかし、使徒が語るその顔は、多くの人が覆い隠し、表に出しているのはごくわずかです。汚れのない生活、健全な精神、真の信仰に確信を持っている人だけが、告白、欺瞞、罪の覆いを持たず、清い良心によって、顔を表に出し、主の栄光を仰ぎ見るのです。しかし、私たちがこの顔を覆い隠すようなことは決してあってはなりません。顔についてこれらの短い言葉は、次の言葉の意味を理解するためです。「あなたの民の娘たちにあなたの顔を向けなさい」。この顔、すなわち私たちの心の主(ἡγεμονικὸν)は、理解すべきものに向けられていなければ、見るようにして諸国民に告げ知らせ、見えるものは見えないと告げ知らせるのです。なぜなら、決まった顔を持たない人が、さまよい、揺れ動き、あらゆる教えの風に吹き回されて、見るべきものを見、見るべきように見ることは不可能だからです。理解しようとする者は、理解しようと努める対象に顔を向けなければなりません。このため、預言しようとする者は、まず顔を向けるように命じられます。しかし、私たちもまた、福音、律法、預言者、使徒、キリストに顔を向け、世の事柄に顔を向けないようにするためです。しかし、私たちの魂が世の心配事に囚われ、常に所有欲に燃えているとき、私たちは神が命じられた事柄に顔を向けず、神の戒めに反する事柄に顔を向けます。禁じられた事柄に顔を向けている人が、私たちの間で汚れていると思いますか。昼も夜も命じられている事柄に心を向けるほど、熱心で用心深い人がいますか。さて、もし私たちがこの聖句を、預言者に言われたとおりに理解するならば、「あなたの民の娘たちに顔を向けなさい。そうすれば、彼女たちは彼が何を言おうとしているかを見ることができる」というように、私たちは理解を固め、心の中でその意味を完全に理解しなければなりません。そうすれば、最終的には理性に打ち勝って、文字通りの解釈から逸脱することができるでしょう。そして、一般的な理解によれば、民の娘たちの中には、この後に続く預言の罪を犯した者がいるようです。 かつて彼らは枕を身につけていた。頭の下ではなく、聞き手の肘の下に枕を置き、あらゆる時代の人々の頭をある種のベールで覆っていた。預言する民の娘たちは、これらを大罪とみなしている。しかし、誰かが枕を縫い、それを他人の肘の下に置いたら、罪を犯して神に叱責されると誰が断言できるだろうか。あらゆる時代の人々の頭を覆うベールを作ったら、不敬虔な行いをすると誰が断言できるだろうか。聖書は、自らの意思とは裏腹に、私たちに一つの必要性を課している。それは、文字の端々から離れて、神の言葉、知恵、そして意志を求め、閉ざされた罪を開き、暗闇を照らし、あらゆる手、あらゆる肘、あるいは両手で呪いから遠ざかることができるようにすることである。肉体の食物にばかり気を取られ、神の言葉が私たちに望んでいる霊的な喜びを夢にも見ない者たち。「主を喜びとしなさい。そうすれば、主はあなたの心の願いをかなえてくださる」とあるが、祝福された者の意志を知らない者たち。「あなたは彼らにあなたの喜びの奔流を飲ませるであろう」と書かれているのに、彼らは、いわば神を愛する者ではなく、贅沢を愛する者に、常に肉体の喜びの中にいることを要求している。しかし、私には肉欲の象徴は、肘の下に縫い付けられた枕のように思える。肉体の益を得るために横になるとき、肘の下に針で縫い付けられ彩色された特定の物を使うように思われるから、おそらく神の言葉は、このような比喩と論拠によって、空虚な話やあらゆる種類の祝福の約束によって、大勢の聴衆を欲望、悪徳、快楽にふける教師たちを非難しているのだろう。神の言葉、そして神人である方は、聞く者の救いとなること、すなわち、節制、健全な行い、勤勉に励み、情欲にふけらない人が神によって約束されたものを得るために専念すべきすべての事柄を勧めることを語らなければならない。それゆえ、人々の風習に順応し、耳に心地よいことを語る人、快楽に近いことを語る人は、両手の肘の下に枕を縫い付けているようなものだ。この罪を犯す者は、あらゆる時代の頭を覆う衣服さえも作っている。しかし、ベールが何を象徴しているのか、もっと注意深く考えてみよう。自信を持ち、真に人である者は、頭に覆いを被らず、頭を覆って主に祈り、頭を覆って預言する。それは、肉体のしるしによって、隠された霊的な事柄をも明らかにするためである。すなわち、肉体の頭に覆いを被っていないように、心の奥底にも覆いを被っていないのである。 しかし、恥と罪のベールをかぶっている人は、いわば女のベールを頭にかぶっているのです。ですから、人の耳に心地よいことを教え、嘆き悲しむ人よりも称賛する人を呼び起こすようなことを教え、お世辞を言う敵が傷を切るのではなく触れるようなことをした人は、頭を衣服で覆っているのです。しかし、話す人の言葉が淫らな言葉に流れ込み、好色な言葉に飛び込んだなら、彼はあらゆる年齢の人々の頭を覆っているのです。少年や若者だけでなく、老人の頭をも覆っているのです。偽キリストや偽預言者が、選ばれた者さえも(できれば)欺くためにしるしや不思議な業を行うように、快楽に思いを向け、聞く者を悪徳から遠ざけるよりも喜ばせることを常に求める者たちもまた、少年や若者だけでなく、(できれば)老人や父親の頭にも覆いをかけ、霊的な年齢や老衰において魂の労苦によって進歩した者さえも欺くのです。(907)預言者は、預言するあなたの民の息子たちについて語ることもあったでしょうが、彼らは、両手の肘の下で覆いを織り、枕を縫う男たち、女たちであり、彼らのうち誰一人として男の名に値するとは見なされていない、と預言者は言います。あなたの民の娘たち、自分の心から預言し、次のようなことを行う者たちについて。なぜなら、そのような教師たちの魂と意志は女々しく、彼らはいつも響き渡る歌を作り、いつも歌を歌い、(真実を言うと)聞く者の恵みと意志に従って説教する者には、男らしさも、強さも、神にふさわしいものは何一つないからである。それゆえ、彼は枕を縫う者は息子というより娘たちだと言ったのである。そして、彼は「縫う」という言葉の正しい意味に注意しなさい。「織る」とは言っていない。あなたがたの主イエスの衣には縫い合わせた部分は何もなく、あらゆる部分から織られていることを知らないのか。それゆえ、彼らはこれらの言葉を欺きと狡猾さで縫い合わせ、織るのではなく利用しているのである。そして彼らは枕を作るが、それは頭を休めるためではなく、肘を休めるためである。つまり、彼らの手は労働ではなく、仕事ではなく、休息、余暇、快楽に仕える行いに費やすのである。しかし、私たちが述べたこれらのことが私たちの理解どおりであることは、預言者の次の言葉によってより明確に示されます。「主なる神はこう仰せられる。見よ、わたしはあなたがたの枕に敵対する。あなたがたはそれによって魂を滅ぼしているのだ。」彼は隠されていた謎を解き明かし、縫い合わせた枕が魂の滅ぼしとなることを明らかにしました。しかし、神が自らそのような繊細な織物、そのような枕を引き裂くと脅迫するのを聞いて、誰がこの言葉に勝るでしょうか。なぜなら、神はこう仰せられるからです。「見よ、わたしは命じるのではなく、わたし自身が、手の肘の下に縫い付けられた枕を引き裂くのだ。」すべての織物を叱責し、手を働かせようとせず、怠惰に使う者たちを害するすべての悪しき織物を解体するのは神の仕事です。そしてわたしは、あなたがたの腕から、すなわち枕を引き裂き、あなたがたはもはや肘の下にそれらを持つことがないようにする。(908)そしてわたしは、あなたがたが堕落させている魂、彼らの魂を解放する。 それでは、枕を縫い合わせて肘の下に置くことの転覆とは何でしょうか。しかし、この言葉の神秘を理解するためには、繊細な人間を体に近づけることが大きな転覆であることがわかるでしょう。これは、厳格な会話のない異端者の言葉です。ヴァレンティヌスの弟子たちは、大胆さも男らしさも何も持たず、その振る舞いは放蕩で、バシリデスの信奉者も同様です。彼らはまた、殉教に関する戒律であるかのように、恥知らずに否定することを教えています。彼らは、十字架を背負って救い主に従う用意のある聖職者たちが示すことを教えていません。したがって、これらの言葉を脅かす神の子は、最も邪悪な縫い目を破り出します。「おおキリストよ、魂の贅沢に縫い込まれた枕を破り出させてください。」しかし、他に何が続くのでしょうか。「そして私はベールを破り出すでしょう。」彼は何を破り出すと証言しているのでしょうか。枕だけでなく、ベールもです。しかし、この理由で彼はそれを引き裂き、頭をむき出しにして、信徒が自信を得て、顔だけでなく頭も明らかにして、絶えず祈ることができるようにする。わたしはあなたのベールを引き裂き、わたしの民をあなたの手から救い出す。あなたがたは枕とベールによって魂を惑わすが、わたしはそれらを引き裂いてわたしの民を救い出す。しかし、神は禁欲的な生活と快楽からの退却によって民を救い出す。そして彼らはもはやあなたがたの手によって惑わされることはない。聞く者を欺くあなたがたの手には、これらの枕はもはやない。そしてあなたがたはわたしが主であることを知るであろう。もし枕が引き裂かれず、わたしがベールを引き裂かなければ、あなたがたはわたしが主であることを知ることはないであろう。なぜなら、快楽と余暇と休息は、「わたしは主である」と言う者を知ることを許さないからである。あなたがたが不当に義人の心をひっくり返したからである。しるしの所で、それが神に選ばれた者さえも欺くと言われているように、異端者が義人さえも取って代わることはしばしばある。人は快楽を愛する。(909) なぜなら、快楽は現れるやいなや、穏やかで、好色で、感覚を喜ばせ、それを使うように私たちを駆り立てるからである。私たちは、たとえそれが有益であっても、苦いものから逃げ、快楽によって慰められながら働くことを望まない。それは、それが神を愛することとは不可能であることを知らないからである。それゆえ、使徒は最悪の者について、彼らは神を愛するよりも快楽を愛する者であると言っている(テモテ第二 3章)。 そして私は、悪人の手を強めるために背を向けませんでした。私は背を向けず、教化のためのすべてのことを分かち合いました。しかし、女預言者たちの女々しい魂は、悪人の手を強めるために背を向けました。つまり、悪の手が不正によって強められ、悪の道から完全に離れて復活することがないようにするためです。つまり、誰も悪の道から完全に回心して復活することがないようにするためです。ですから、偽りを教える偽りを見ることはないでしょう。今、私はあなたが自分の言うことをほのめかすことができるように、もはや成功裏に試み続けることを許しません。そして、あなたはもはや占いをすることはありません。そして、私はあなたの手から私の民を救い出します。どこにいようとも、聞く者の快楽に語り、教会を分裂させ、分裂させる教師たちの手から神が私たちをも救い出してくださるように祈りましょう。なぜなら、神を愛する者よりも快楽を愛する者の方がはるかに多いからです。そして、わたしが主であることを知るであろう。わたしがあなたがたの占いを退け、わたしが嘘を黙らせるならば、あなたがたはわたしが主であることを知るであろう。これが最初の預言である。続いて、次の預言がある。イスラエルの長老たちがわたしのところに来て、わたしの前に座った(エゼキエル書14章)。神の言葉はすべてのことを包含し、教会に確立された秩序のいかなる形式もそのまま残さない。しかし、すべてのことを貫き、すべてを癒そうと望んでおり、まるで今、祭司たちに語りかけているかのようである。なぜなら、先に述べたことは教師について語られたからである。それゆえ、祭司について語られていることをよく考え、身を震わせて、私たちの中に、以下に説明するような祭司がいないことを祈ろう。イスラエルの長老たちがわたしのところに来て、わたしの前に座った。そして、主の言葉がわたしに臨み、こう言った。(910)「人の子よ。告発を見て、それが自分自身の中にあるかどうかを知るようにしよう。これらの人々は、自分の心に思いを巡らせ、自分の罪に対する罰を目の前に定めたのではないか。」わたしは彼らに、「心の清い者は幸いである」と答えるべきだろうか。(マタイによる福音書 5章) 世俗的な心を持つ者は、心に思いを置くのではなく、神の言葉に思いを馳せる。しかし、世俗的な心配事に勤しみ、この世の生活をどう乗り切るかということ以外に何も求めない者は、心に思いを置く。まるで、世俗的な事柄、肉体的な利益、食物の豊かさ以外に何も考えない人を見たかのようだ。彼は、自分が必要としているもの、心配しているもの、ため息をついているものから、将来の糧を苦痛とともに求めることだけを心に置き、自分の思いの罰を心に置き込んでいる。そこで、神の言葉は、このような祭司たちを叱責して、預言者にこう告げている。「これらの人々、すなわち前述の祭司たちは、自分の思いを心に置き、自分の罪の罰を目の前に置いた。あなたがたのだれも、苦しみが私たち自身以外の誰かによって私たちに課せられていると思ってはならない。神は罰を課すのではなく、私たちは自ら苦しみを準備するのだ。だから、今、私たちがこれまで何度も用いてきた証言を用いよう。」あなたの火の光の中を、あなたが灯した炎の中を歩みなさい。薪を集め、わらを集め、来るべき火のための材料を集めたあなたの火以外には、火はありません。それゆえ、彼は長老たちについてこう言いますが、それは私たちとは全く違います。これらの人々は心に思いを定め、自分たちの罪の罰を目の前に定めています。しかし、私は彼らに答えます。私の言葉を学びたいと願ってあなたのところに来た預言者である私が、彼らに答えるに値するでしょうか。それゆえ、彼らに語り、彼らに言いなさい。主なる神はこう言われる。「イスラエルの家の人よ、人よ。」(911) 私たちは皆、生まれながらの人間ですが、私がしばしば指摘してきたように、すべての人間が人間であるわけではありません。レビ記にこう書かれています。イスラエルの子らの人よ、あるいは私たちの間に加わった寄留者の人よ。人間であれ、人間であれ、つまり、すべての人間が人間であるわけではないからです。聖書から、なぜ一部の人間が人間ではないのかを示しましょう。栄誉にあずかった人は、理解せず、愚かな獣にたとえられ、獣のように造られた(詩篇49篇)。この人は人間ではなく、獣である。毒蛇の子孫よ、誰が来たるべき怒りから逃れるように警告したのか?(マタイ3章)このような人は人間ではなく、蛇である。馬は女に狂い、それぞれ隣人の妻にいなないている。これは人間ではなく、馬である。それゆえ、私たちが人間ではなく、人間以外の何かであると聞かされるに値するような者であってはならない。もし私たちが善良で柔和であれば、私たちは人の名を二重にする。私たちのうちに、単なる人間ではなく、人間である人がいるようにするためである。人間の名を二重にするものは何なのか考えてみよう。 外的なこの人が人間であったのに、内的な人は蛇であり、私たちのうちに人間ではなく、ただの人間であるとき。しかし、内なる人が創造主の姿に固く結びついたとき、人は生まれ、外なる人と内なる人によってその人のようになる。二度人となり、一人の人となる。さらに、人となるように召された人が、自分の思いを心に抱き、罰を目の前にして預言者のもとに来るならば、主は言われる、「わたしは、その思いが留まっている事柄について彼に答えるであろう」。この説教は、彼がどのように一人ひとりに答えることができたか、そして不適切な薬を導入するのではなく、病気の性質に適した薬を生み出すことができるかを教えている。我々の言うことをよく聞きなさい。十人が十種類の病気を抱えて医者のところへ行く。医者は皆を同じように治すのではなく、ある人にはこの湿布薬で、別の人にはあの湿布薬で治し、例えば別の薬を与え、ある人には焼灼と呼ばれる処置を施し、ある人には苦い薬で和らげ、ある人には甘い飲み物を与え、またある人には濃い軟膏で傷を癒す。同様に、神の言葉も人間の資質を擁護し、至る所で神の知恵の奥義を注ぎ込んでいるわけではありません。それゆえ、神はこう言われます。「わたしは、その心が囚われている事柄について彼に答えよう。それは、その心が囚われている事柄に注意を払い、イスラエルの家を迷わせないためである。」(912)善い生活の模範を示さず、自分の邪悪さによって、また、すべきでない事柄に傾きながら、邪悪に歩む者は、わたしから離れている心に従って、ある意味で神の民を迷わせる。そして、神から離れている心に従ってこれを行う者は、その思いの中でそれを行う。それゆえ、彼らの心が囚われている事柄について彼らに答えが与えられ、こう言われる。「イスラエルの家に言いなさい。」主なる神はこう言われる。「立ち返り、あなたがたの追求から立ち返りなさい。なぜなら、彼は彼らの心が囚われていることを彼らに語ると約束したからである。」それゆえ、彼は今、罪人に対してこう語る。「立ち返りなさい。あなたがたの追求から身を離し、顔をそむけ。あなたがたはそうしているように思えないのか。あなたがたの顔は実現しないものに固く固定されている。顔をそむけ、あなたがたに益となるものに向けなさい。」それゆえ、イスラエルの家の人々、またイスラエルに改宗する人々のうち、誰であれ、疎外される者は、人であり人である、あるいは創造された人であり人である、あるいは自らの完全な人間が人であり人である、というように、疎外される可能性がある。なぜなら、同じエゼキエルによれば、義人でさえ、時には自分の義から離れ、罪を犯すからである。それゆえ、もしこのような人が心に思いを巡らし、自分の罪の罰を目の前にして、預言者のところに来て、わたしについて尋ねるならば、主は言われる、わたしは彼が囚われているその場で彼に答え、その男に顔を向けるであろう。最初に慈悲深く答えると約束したのに、もし彼がまだ癒されていないまま再び来たならば、前の言葉で、わたしはその男に顔を向け、彼を荒野に追いやるであろうと言われたことを考えてみよ。 もし彼が警告の言葉に耳を傾けず、罪を犯し続けるならば、わたしは彼を荒野と滅びの中に立たせ、わたしの民の中から彼を連れ出すであろう。全能の神よ、私たちをあなたの民の中から連れ出さないでください。私たちをあなたの民の中に留めてください。しかし、卑しめられるに値する行いをする者は、神の民から連れ出され、根こそぎにされ、サタンに引き渡されるために、当然追放されるのです。そして、今の時代には、神の民から出て行った者でも、悔い改めによって戻ってくることができます。(913) しかし、もし彼が民から根こそぎにされたならば、あるたとえ話で、ある人が来て座り、家に入ったが、婚礼の衣を着ておらず、家の主人が彼に言った、「友よ、婚礼の衣を着ずにどうしてここに来たのか」(マタイ22章)とあります。そこで召使たちに命じて彼の手足を縛り、外の暗闇に投げ込んだので、彼は元の場所に戻るのに大変苦労するだろう。しかし、私たちは根こそぎにされることはない。私たちは現在も来世も、私たちの主イエス・キリストに植えられ、彼にあって非常に豊かな実を結ぶであろう。栄光と支配が世々限りなく彼にありますように。アーメン。 :::[[エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳/エゼキエル/第3講話#第3講話|先頭に戻る]] ==出典== *[https://la.wikisource.org/wiki/Patrologia_Latina/25 Patrologia Latina/25] *底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Translatio_Homiliarum_in_Ieremiam_et_Ezechielem Translatio Homiliarum in Ieremiam et Ezechielem] 『エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳』オリゲネス、ヒエロニムス J. P. Migne 1846 early modern edition. {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- ラテン語版 Wikisource, [[la:Translatio Homiliarum in Ieremiam et Ezechielem]] J. P. Migne 1846 early modern edition からエゼキエル第3講話を翻訳 --> rjbyfh8d81b06je11bg66h3afgaprpb ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第4章 0 56494 242350 2026-05-11T19:49:08Z 村田ラジオ 14210 Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 4]] を翻訳 242350 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II|第1巻|エウセビオスの教会史|hide=1}} {{header | title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻 | section = 第4章 | previous = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第3章|第3章]] | next = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第5章|第5章]] | year = 1885 | 年 = | override_author = | override_translator = [[s:en:Author:Arthur Cushman McGiffert|アーサー・クシュマン・マクギファート]] | override_editor = [[s:en:Author:Philip Schaff|フィリップ・シャフ]] 他 | noauthor = | notes = *底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 4|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 4]]". *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:にかいあきようふとにかいあこきようふ 201 3 07 04}} [[Category:キリスト教]] [[Category:キリスト教の歴史]] [[Category:教父]] [[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]] }} ===エウセビオスの教会史=== 第2巻 ——————————— '''第4章''' — ティベリウスの死後、ガイウスはヘロデを永久追放に処し、アグリッパをユダヤ人の王に任命した 1. ティベリウスは約22年の治世の後、死去し<ref>紀元14 年8月29日から紀元37年3月16日まで。</ref>、ガイウスが帝位を継承した<ref>ガイウスはティベリウスの死後から西暦41年1月24日まで統治した。</ref>。ガイウスは直ちにユダヤ人の統治権をアグリッパに与え<ref>ヘロデ・アグリッパ 1 世。彼はアリストブロスの息子で、ヘロデ大王の孫にあたる。ローマで教育を受け、ガイウスの寵愛を得て、ガイウスが即位すると、フィリポとリサニアスの四分領地を与えられ、紀元39 年にヘロデ・アンティパスが所有していたガリラヤとペレアの四分領地も与えられた。ガイウスの死後、後継者のクラウディウスは彼をユダヤとサマリアの州の王にも任命し、これにより彼は全パレスチナの支配者となり、その領土はヘロデ大王の領土に匹敵するほど広大になった。彼はユダヤの律法を厳格に遵守し、ユダヤ人の歓心を買おうと努め、成功を収めた。長ヤコブの斬首とペテロの投獄は彼によって行われた(使徒行伝 12章)。彼は紀元44 年に恐ろしい病気で亡くなった。下記、第10章を参照。</ref>、フィリッポスとリサニアスの四分領の王とした。さらに、間もなくヘロデの四分領もアグリッパに与えた<ref>ヘロデ・アンティパス。</ref>。これは、救世主が苦難を受けたヘロデ<ref>ルカによる福音書23章7-11節を参照。</ref>とその妻ヘロディアスを数々の罪で永久追放<ref>彼は西暦39年にガリアのルグドゥヌムに 追放され(ヨセフス『ユダヤ古代誌』第18巻7章2節による)、あるいはスペインに追放された(ヨセフス『ユダヤ戦記』第2巻9章6節による)。そしてスペインで亡くなった(ヨセフス『ユダヤ戦記』第2巻9章6節による)。</ref>に処した後のことであった。ヨセフスはこれらの事実を証言している<ref>『ユダヤ古代誌』第18巻6、7章、および『ユダヤ戦記』第2巻9章を参照。</ref>。 2. この皇帝の治世下で、フィロン<ref>フィロンは、おそらく紀元前 20~10年頃に生まれた、アレクサンドリアの名門ユダヤ人でした(『カユムへの使節』の中で、彼は自分を老人と呼んでいます)。彼の生涯についてはほとんど知られておらず、没年も不明です。唯一確かな日付はカリグラへの使節派遣(紀元40年)であり、彼は少なくともその後しばらくの間は生きていました。ヒエロニムス(『高名な人々について(de vir. ill.)』 第11章)は彼に言及しており、彼は祭司の家系に生まれたと述べていますが、エウセビオスはこのことを知らず、おそらくこの記述には真実性はありません。ヨセフスも『ユダヤ古代誌』第18巻8章1節で彼に言及しています。彼は、ギリシャ精神に深く染まったユダヤ人哲学者であり、ユダヤ教の信仰とギリシャ文化を融合させようと努め、後世の思想、特にキリスト教神学に多大な影響を与えました。彼の著作(聖書、歴史、哲学、実践など)は非常に多く、おそらくその大部分が現存している。詳細は、下記の第18章を参照のこと。フィロンに関する優れた解説については、シューラー著『イエス・キリスト時代のユダヤ民族史 第2版 第2巻 831~884ページ』(ライプツィヒ、1886年)を参照のこと。この著作には、この主題に関する主要な文献が網羅されている。</ref>が名を馳せた。彼は、我々の仲間だけでなく、教会外の多くの学者たちの間でも非常に著名な人物であった。彼は生まれながらのヘブライ人であったが、アレクサンドリアで高位の地位にあった者たちに劣ることはなかった。彼が聖書と自国の学問にどれほど熱心に取り組んだかは、彼の業績から誰の目にも明らかである。彼が哲学や外国の自由学問にどれほど精通していたかは言うまでもない。なぜなら、彼はプラトン哲学とピタゴラス哲学の研究において同時代の誰よりも優れていたと伝えられており、特にこれらの哲学に力を注いでいたからである<ref>フィロンはギリシャ文学のあらゆる分野に精通しており、その著作にもその深い造詣が表れている。プラトンの影響は、哲学体系だけでなく言語にも大きく及んでおり、彼はすべてのギリシャ哲学者を研究し、敬愛していた。実際、彼自身もその一人と言えるだろう。彼の体系は折衷的で、プラトン哲学だけでなく、ピタゴラス哲学、さらにはストア哲学の要素も含まれている。彼の教義体系については、特にシューラー著、前掲書836頁以降を参照されたい。</ref>。 :::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第4章#エウセビオスの教会史|先頭に戻る]] ==脚注== {{Reflist}} {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 4]] を翻訳 --> 2u2z3khzewthmmeul5328w9ngtd5a3c ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第5章 0 56495 242351 2026-05-12T02:02:52Z 村田ラジオ 14210 Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 5]] を翻訳 242351 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II|第1巻|エウセビオスの教会史|hide=1}} {{header | title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻 | section = 第5章 | previous = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第4章|第4章]] | next = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第6章|第6章]] | year = 1885 | 年 = | override_author = | override_translator = [[s:en:Author:Arthur Cushman McGiffert|アーサー・クシュマン・マクギファート]] | override_editor = [[s:en:Author:Philip Schaff|フィリップ・シャフ]] 他 | noauthor = | notes = *底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 5|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 5]]". *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:にかいあきようふとにかいあこきようふ 201 3 07 05}} [[Category:キリスト教]] [[Category:キリスト教の歴史]] [[Category:教父]] [[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]] }} ===エウセビオスの教会史=== 第2巻 ——————————— '''第5章''' — ユダヤ人を代表してフィロンがガイウスに派遣した使節団 1. フィロンは五巻にわたって、ガイウス治世下のユダヤ人の不幸について記述している<ref>この著作については、Schürer、p. 855以降を参照。彼によれば、この著作は全5巻からなり、おそらくπερὶ ἀρετῶν καὶ πρεσβείας πρὸς Γ€ϊονという題名であった。エウセビオスはこの章と次の章で、同じと思われる著作を2つの異なる題名で引用している。そして、これらが1つの著作であったという結論は、エウセビオスが(第18章で)この著作を「徳について」という題名で言及し、フィロンがガイウスの不敬虔さを描写するためにユーモラスにこの題名を自身の著作の冒頭に付けたと述べていることからも裏付けられる。フィロンの著作の完全な目録に ἡ πρεσβεία という題名が省略されていることから、これが περὶ ἀρετῶν と同一である可能性が非常に高い。 5巻のうち、現存するのは 第3巻と第4巻のみである。すなわち、εἰς Φλ€κκον(『フラックスに対して』)、Adversus Flaccum および περὶ πρεσβείας πρὸς Γ€ϊον(『ガイウスへの使節について』)、de legatione ad Cajum (Mangey 版、第2巻、517-600 ページに掲載)。失われた第1巻には、おそらく一般的な序論が含まれていた。同じく失われた第2巻には、ティベリウスの時代にローマのセヤヌスとユダヤのピラトによって行われたユダヤ人の迫害についての記述が含まれていた (下記、注9 を参照)。現存する第3巻、Adversus Flaccum には、ガイウスの治世の初めにアレクサンドリアのユダヤ人が迫害されたことについての記述が含まれている。第4巻「ガイウスへの使節について」(現存)は、ガイウスが至る所で神を崇めるよう命じた結果、ユダヤ人に降りかかった苦難を描写している。第5巻「パリンディア」(失われている)には、ガイウスの死とクラウディウス帝による寛容令の発布によってユダヤ人の状況が好転した経緯が記されている。フィロンの他の著作については、下記の第18章を参照のこと。</ref>。同時に、ガイウスの狂気についても述べている。ガイウスは自らを神と称し、皇帝として数え切れないほどの暴政を行った。さらに、ガイウス治世下のユダヤ人の苦難を描写し、アレクサンドリアの同胞のために自らローマへ派遣された使節団の報告もしている<ref>この使節団派遣のきっかけは、アレクサンドリアでユダヤ人とギリシャ人の間で発生した恐ろしい騒乱であり、それは断続的に1年以上続いていた。多くの血が流され、事態はますます悪化していた。和平を確保するためのあらゆる努力は完全に失敗に終わり、ついに西暦40年、ギリシャ人は皇帝に使節団を派遣し、ユダヤ人の絶滅を命じる勅令を得ようとした。ユダヤ人側もギリシャ人の例に倣い、フィロンを長とする使節団を派遣して自衛を図った。結果はエウセビオスが述べている通りで、ユダヤ人は以前よりもさらに悪い状況に陥ったが、ガイウスの死によって速やかにその状況から解放された。ガイウスの後を継いだクラウディウスは、一時的にユダヤ人に宗教の自由とこれまで享受してきたすべての権利を回復させた。</ref>。ガイウスの前に先祖伝来の律法を訴えた際、フィロンは嘲笑と侮辱しか受けず、命の危険にさらされそうになったという。 2. ヨセフスもまた、彼の『ユダヤ古代誌』第18巻でこれらの事柄について次のように述べている<ref>ヨセフス『ユダヤ古代誌』第18巻8章1節。</ref>。 「アレクサンドリアに住むユダヤ人とギリシア人の間で反乱が起こり<ref>上記の反乱は、ガイウスが即位した直後の西暦38年に始まった。アレクサンドロス大王の時代、新しく建設された都市アレクサンドリアに大勢のユダヤ人が移住して以来、ユダヤ人は時折中断はあったものの、そこで高い地位を享受し、最も影響力のある住民の一人であった。彼らは市民としてのあらゆる権利を有し、あらゆる点で隣人と平等であった。アレクサンドリアがローマの手に落ちたとき、ユダヤ人もギリシア人も含め、すべての住民は征服者に従属する立場を強いられたが、彼らの境遇は隣人よりも悪いものではなかった。しかし、彼らは優れた教育と勤勉さの結果として繁栄していたため、同胞市民から多かれ少なかれ憎まれていた。この敵意は、エジプトの財政状況が非常に悪く、住民がローマの要求によって異常な負担を感じていたガイウスの時代に危機的状況に達した。裕福な隣人に対する長年の憎しみが再び燃え上がり、前述の恐ろしい騒乱が引き起こされた。ユダヤ人がガイウスを神として崇拝することを拒否したことが、彼らを攻撃する口実となり、この拒否こそがガイウス自身の憎しみを彼らにもたらしたのである。</ref>、 各派から3人の代表が選ばれ、ガイウスのもとへ向かった。 3. アレクサンドリアの代表の一人はアピオンであった<ref>ギリシャ人代表の長であったアピオンは、アレクサンドリアの文法学者で、著述家およびギリシャ語学者として大きな名声を得ていました。彼は非常に不誠実で放蕩な人物であったようで、ユダヤ人の激しい敵であり、少なくとも2つの著作、すなわち『エジプト史』と『ユダヤ人に対する論駁』においてユダヤ人を激しく攻撃しました。これらの著作はどちらも現存していません。彼は攻撃において非常に不誠実で、最もばかげた悪意のある虚偽をでっち上げ、それらは広く信じられ、ユダヤ人に対する一般的な憎悪をさらに広める手段となりました。ヨセフスは彼に対して、現在も現存する有名な著作『アピオン駁論』(より正確には『古代ユダヤ人に対するアピオン駁論』)を著し、その第2巻でアピオンの無知と虚偽を暴いています。偽クレメンス書では、彼は福音書の敵役として重要な(もちろん架空の)役割を果たしている。ライトフットによれば、アピオンの著作の現存する断片は、ミュラーの『ギリシャ史断片』 II. 506以降、およびファブリキウスの『ギリシャ聖書』 I. 503とVII. 50に収められている。ライトフットのスミスとウェイスの『キリスト伝記辞典』の記事を参照のこと。</ref>。 彼はユダヤ人に対して多くの誹謗中傷を述べた。とりわけ、彼らがカエサルにふさわしい敬意を払っていないと主張した。ローマの他のすべての臣民はガイウスのために祭壇や神殿を建て、他のあらゆる点において彼を神々と同じように扱ったにもかかわらず、彼らだけが彼に像を建てて敬意を表し、彼の名にかけて誓うことを恥ずべきことだと考えていたからである。 4. アピオンがガイウスを奮い立たせることを期待して多くの厳しい非難を口にしたとき、実際そうなる可能性が高かったが、ユダヤ使節団の長であり、あらゆる点で名声のある人物で、アラバルクのアレクサンドロス<ref>アラバルクはアレクサンドリアのユダヤ人の最高行政官でした。アレクサンダーは非常に裕福で影響力のあるユダヤ人で、広く知られ、高く評価されていました。彼の息子ティベリウス・アレクサンダーは、紀元46年にクスピウス・ファドゥスの後継者としてユダヤ総督に任命されました。したがって、フィロンは高貴なユダヤ人の家系に属していました。フィロンがアラバルク・アレクサンダーの兄弟であるというヨセフスの記述の正確さは否定されており(例えば、エヴァルト著『ユダヤ人の歴史』第6巻235ページ)、アラバルクはフィロンの甥であったと推測されていますが、これには十分な根拠がありません(シューラー著、同書832ページ、注5を参照)。</ref>の兄弟であり、哲学にも精通していたフィロンが、彼の非難に反論して弁明する準備を整えた。 5. しかしガイウスは彼を引き止め、立ち去るよう命じた。彼は激怒しており、明らかに彼らに対して厳しい措置を講じるつもりだった。フィロンは侮辱を受けながら立ち去り、同行していたユダヤ人たちに勇気を持つようにと告げた。ガイウスは彼らに激怒していたが、実際には既に神と争っていたのである。 6. ここまでヨセフスが述べている通りです。フィロン自身も、著書『使節について』<ref>上記注1を参照。本書はここでは「ἡ πρεσβεία (Legatio)」という題名で引用されている。</ref>の中で、当時の出来事を正確かつ詳細に記述しています。しかし、私はそれらの大部分を省略し、ユダヤ人の不幸がキリストに対する大胆な行為の後、そしてその行為ゆえに間もなく彼らに降りかかったことを読者に明確に示す事柄のみを記します。 7. まず、彼はローマにおいて、ティベリウス帝の治世下で、当時皇帝から絶大な影響力を持っていたセヤヌスが、ユダヤ民族を徹底的に滅ぼそうとあらゆる手を尽くしたことを述べています<ref>ローマのユダヤ人はアウグストゥスの寵愛を受け、その数と影響力は大きく拡大していた。しかし、彼らに敵意を抱いていたティベリウス帝によって、彼らは最初に脅かされることになる。ユダヤ人の敵、特に皇帝に大きな影響力を持ち、ユダヤ人の宿敵でもあったセヤヌスは、ユダヤ人のあらゆる悪質な側面をティベリウス帝に訴えた。ユダヤ人はローマから追放され、数々の暴力行為に苦しめられた。紀元31年にセヤヌスが死去すると、彼らはローマへの帰還を許され、以前の権利が回復された。</ref>。また、ユダヤにおいては、救世主に対する犯罪が行われたピラトが、当時エルサレムにまだ建っていた神殿に関してユダヤの律法に反する行為を企て、ユダヤ人を大混乱に陥れたことも述べています<ref>ピラトは極めて専横的で、ユダヤ人にとって非常に不快な存在であった。彼は在任中、ユダヤ人の宗教的良心を軽視し、それまでの総督が誰も敢えてしなかったような行為を繰り返し、ユダヤ人を大いに怒らせた。就任後まもなく、彼は居所をカイサリアからエルサレムに移し、ローマの旗を聖都に持ち込んだ。その結果、大騒動が起こり、ピラトは譲歩を余儀なくされ、不快な旗を撤去した(ヨセフス『ユダヤ戦記』第2巻9章2節、次章参照)。また別の時には、宮殿に異教の神々の名前が刻まれた盾を掲げ、ユダヤ人を怒らせた。彼はティベリウスの明確な命令を受けて初めて、その盾を撤去した(フィロン『ガイウス宛書簡』第38章)。また、ピラトは神殿の財宝の一部を水道橋の建設に流用したため、再び大騒動が起こり、多くの流血の後にようやく鎮圧された(ヨセフス『ユダヤ戦記』第2巻9章4節、次章参照)。ピラトに関する詳細は、下記の第7章を参照のこと。</ref>。 :::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第5章#エウセビオスの教会史|先頭に戻る]] ==脚注== {{Reflist}} {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 5]] を翻訳 --> 9f8mf53uqtlv39r1z4zfe80o9vlu9cd ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第6章 0 56496 242352 2026-05-12T02:33:38Z 村田ラジオ 14210 Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 6]] を翻訳 242352 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II|第1巻|エウセビオスの教会史|hide=1}} {{header | title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻 | section = 第6章 | previous = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第5章|第5章]] | next = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第7章|第7章]] | year = 1885 | 年 = | override_author = | override_translator = [[s:en:Author:Arthur Cushman McGiffert|アーサー・クシュマン・マクギファート]] | override_editor = [[s:en:Author:Philip Schaff|フィリップ・シャフ]] 他 | noauthor = | notes = *底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 6|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 6]]". *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:にかいあきようふとにかいあこきようふ 201 3 07 06}} [[Category:キリスト教]] [[Category:キリスト教の歴史]] [[Category:教父]] [[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]] }} ===エウセビオスの教会史=== 第2巻 ——————————— '''第6章''' — キリストに対するユダヤ人の傲慢さの後に彼らを襲った不幸。 1. ティベリウスの死後、ガイウスは帝国を継承し、多くの人々に対する無数の暴政行為に加え、特にユダヤ人全体をひどく苦しめた<ref>ガイウスがユダヤ人に対して敵意を抱いた主な理由は(前述の第5章注4で述べたように)、彼が他の臣民と同様にユダヤ人にも要求した神聖な敬意をユダヤ人が拒否したことにある。彼の要求はアレクサンドリアで恐ろしい騒乱を引き起こし、エルサレムでは、神殿を自分の崇拝に捧げるよう命じたため、騒乱は非常に大きく、ローマにいて皇帝の寵愛を受けていたアグリッパの要請によって皇帝が要求を撤回するまで収まらなかった。ローマでもユダヤ人が同様の苦難を強いられたかどうかは不明だが、皇帝は他の地域と同様の計画をローマでも実行しようとした可能性が高い。</ref>。これらのことは、フィロンの言葉から簡潔に知ることができます。フィロンは次のように記しています<ref>フィロン『ガイウスへの使節団』 43章。</ref>。 2. 「ガイウスは、すべての人、特にユダヤ人に対して、非常に気まぐれな振る舞いをしました。彼はユダヤ人を激しく憎み、他の都市にある彼らの礼拝所を自分のものにし<ref>ἐν ταῖς ἄλλαις πόλεσι. 「他の」という言葉が使われている理由ははっきりしないが、フィロンはおそらくエルサレム以外のすべての都市を指しているのだろう。エルサレムについては少し後に言及している。</ref>、アレクサンドリアを皮切りに、自分の像や彫像で満たしました(他人に建立を許可したとはいえ、実際には彼自身が建立したのです)。聖都にある、これまで手つかずのままで、不可侵の聖域と見なされていた神殿を、彼は自分の神殿へと変え、目に見えるユピテル、すなわち若きガイウスの神殿と呼ぶようにしました。」<ref>「『小ガイウス』とは、ガイウスという名を持ち、神格化されたユリウス・カエサルと区別するためである」(ヴァレシウス)。</ref> 3. 同じ皇帝の治世中にアレクサンドリアのユダヤ人に降りかかった、数え切れないほどの恐ろしい、ほとんど言葉では言い表せない災難は、同じ著者が『徳について』と題した別の著作に記録しています<ref>この著作は、おそらく第 5 章の冒頭で言及されているものと同じである。(第5章注1 を参照。)この著作には ἡ πρεσβεία と περὶ ἀρετῶν という 2 つの題名があったようである。Schürer は、同書859 ページで、ここで δευτέρω は、エウセビオスが与えた 2 つの異なる題名を調和させることができなかった写字生が追加したものであると考えている。</ref>。ヨセフスも同様の見解を示しており、全民族の不幸はピラトの時代、そして彼らが救世主に対して犯した大胆な罪から始まったと述べている<ref>これはエウセビオスの根拠のない憶測であり、ヨセフスは、国民の災難が救い主に対する彼らの罪の結果であると示唆しているわけではない。</ref>。 4. ヨセフスの『ユダヤ戦記』第二巻には​​次のように記されている<ref>ヨセフス『ユダヤ戦記』第2巻9章2節。</ref>。「ティベリウス帝によってユダヤ総督に任命されたピラトは、皇帝の像を覆い隠した旗印<ref>σημαῖαι καλοῦνται (それらは旗と呼ばれている)。</ref>を夜中に密かにエルサレムに運び込んだ。翌日、これはユダヤ人の間で大きな騒動を引き起こした。近くにいた人々は、自分たちの律法が踏みにじられているのを見て、困惑した。なぜなら、彼らは自分たちの都市に偶像を立てることを一切許していないからである。」 5. これらのことを福音書記者の記述と照らし合わせると、彼らがピラトのもとで「カエサル以外に王はいない」と叫んだことに対する罰が、間もなく彼らに下ったことがわかるでしょう<ref>ヨハネの手紙一 19章15節</ref>。 6. 同じ著者はさらに、その後、別の災難が彼らを襲ったと記録している。彼は次のように記している<ref> ヨセフス『ユダヤ戦記』第2巻9章4節。</ref>。「その後、ピラトは聖なる宝物であるコルバン<ref>ヘブライ語 קָרְבָּן、ギリシャ語 κορβᾶν および κορβανᾶς。この語は元々、神へのあらゆる捧げ物、特に誓いを果たすための捧げ物を指していました。ヨセフスがここで用いている κορβανᾶς という形は、聖なる宝物、あるいは宝物庫そのものを指すのに使われていました。マタイによる福音書 27章6節は、新約聖書でこの語の形が出てくる唯一の箇所で、後者の意味で使われています。ピラトのこの行為については、上記、第 5 章、注 9 を参照してください。</ref>を用いて、長さ300スタディオンの水道橋を建設し、再び騒乱を引き起こした<ref>ヨセフスは『ユダヤ古代誌』第18巻第3章第2節で、水道橋の長さは200スタディオンであったと述べている。エウセビオスが引用している箇所では、ヨセフスのギリシャ語写本によれば400という数字が示されているが、古いラテン語訳ではエウセビオスと同じく300となっている。水道橋の位置は不明であるが、エルサレムの南で古代の水道橋の遺構が発見されており、これが同じものであった可能性が考えられる。ピラトは新しい水道橋を建設したのではなく、ソロモンの時代に建設されたものを修復しただけかもしれない。シュルツ(『エルサレム』、ベルリン、1845年)は、水道橋がエルサレムから40スタディオン離れたベツレヘムから始まったと仮定して、40という数字を提案している。</ref>。 7. 群衆はこれに激しく憤慨し、ピラトがエルサレムにいる間に、彼の法廷を取り囲み、大声で抗議の声を上げた。しかしピラトは騒乱を予期し、市民の服を着せた武装兵士を群衆の中に配置していた。彼らに剣の使用を禁じ、叫び声を上げる者を棍棒で殴るよう命じた。そして法廷から事前に合図を送った。ユダヤ人たちは殴打され、多くがその打撃によって命を落とし、また多くは逃げ惑う同胞に踏みつけられて命を落とした。しかし群衆は殺された者たちの悲惨な運命に恐れをなし、沈黙を守った。」 8. さらに、同じ著者は<ref>『ユダヤ戦記』第2巻10、12章以降を参照。</ref>エルサレム自体で引き起こされた他の多くの騒乱を記録しており、それ以来、反乱や戦争、悪質な陰謀が次々と起こり、ウェスパシアヌスの包囲によって最終的に圧倒されるまで、都市とユダヤ全土で絶えることがなかったことを示している。こうして、キリストに対してあえて犯した罪のために、神の報復がユダヤ人に下ったのである。 :::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第6章#エウセビオスの教会史|先頭に戻る]] ==脚注== {{Reflist}} {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 6]] を翻訳 --> 0qv98xf3d5xxmd7li14g10w0if87fhk ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第7章 0 56497 242353 2026-05-12T02:46:34Z 村田ラジオ 14210 Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 7]] を翻訳 242353 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II|第1巻|エウセビオスの教会史|hide=1}} {{header | title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻 | section = 第7章 | previous = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第6章|第6章]] | next = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第8章|第8章]] | year = 1885 | 年 = | override_author = | override_translator = [[s:en:Author:Arthur Cushman McGiffert|アーサー・クシュマン・マクギファート]] | override_editor = [[s:en:Author:Philip Schaff|フィリップ・シャフ]] 他 | noauthor = | notes = *底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 7|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 7]]". *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:にかいあきようふとにかいあこきようふ 201 3 07 07}} [[Category:キリスト教]] [[Category:キリスト教の歴史]] [[Category:教父]] [[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]] }} ===エウセビオスの教会史=== 第2巻 ——————————— '''第7章''' — ピラトの自殺。 注目すべきは、救世主の時代に総督であったピラト自身が、我々が記録しているガイウスの時代に、自らの殺人者であり処刑者とならざるを得ないほどの不運に見舞われたと伝えられていることである<ref>ピラトの失脚は次のような経緯で起こった。サマリア人の指導者が、モーセがゲリジム山に隠したとされる聖なる宝物を明かすと約束したため、サマリア人は各地から大勢集まった。ピラトは、この集まりが反逆目的だと考え、軍隊を派遣して彼らを大虐殺で打ち破った。サマリア人はシリア総督ウィテリウスに訴え、ウィテリウスはピラトをローマ(紀元36年)に送り、告発内容について答弁させた。ローマに到着したピラトは、ティベリウスが死去し、ガイウスが王位に就いているのを知った。ピラトは弁明を試みたが失敗し、伝承によればガリアのヴィエンヌに追放された。そこには今もピラトの墓とされる記念碑が残っている。別の伝承によれば、ピラトはルツェルン湖近くの山で自殺したとされ、その山は彼の名にちなんで名付けられている。</ref>。そして、神の報復は間もなく彼に降りかかったように思われる。これは、オリンピックとその各時代に起こった出来事を記録したギリシャの歴史家たちによって述べられている<ref>残念ながら、エウセビオスはこの件に関して自身の権威について言及しておらず、ピラトの最期は我々が知る限りギリシャの歴史家には記録されていない。したがって、この記述の信憑性について判断を下すことはできない。</ref>。 :::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第7章#エウセビオスの教会史|先頭に戻る]] ==脚注== {{Reflist}} {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 7]] を翻訳 --> n5pxedp41szjoix9xs34ehl7hfzdtv1 ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第8章 0 56498 242354 2026-05-12T04:29:41Z 村田ラジオ 14210 Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 8]] を翻訳 242354 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II|第1巻|エウセビオスの教会史|hide=1}} {{header | title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻 | section = 第8章 | previous = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第7章|第7章]] | next = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第9章|第9章]] | year = 1885 | 年 = | override_author = | override_translator = [[s:en:Author:Arthur Cushman McGiffert|アーサー・クシュマン・マクギファート]] | override_editor = [[s:en:Author:Philip Schaff|フィリップ・シャフ]] 他 | noauthor = | notes = *底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 8|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 8]]". *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:にかいあきようふとにかいあこきようふ 201 3 07 08}} [[Category:キリスト教]] [[Category:キリスト教の歴史]] [[Category:教父]] [[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]] }} ===エウセビオスの教会史=== 第2巻 ——————————— '''第8章''' — クラウディウス帝の治世中に起こった飢饉。 1. ガイウスは4年ほどしか権力を握っていなかったが<ref>ガイウスは西暦37年3月16日から西暦41年1月24日まで統治し、叔父のクラウディウスが後を継いだ。</ref>、皇帝クラウディウスが後を継いだ。彼の治世下で世界は飢饉に見舞われ<ref>クラウディウスの治世中、帝国のさまざまな地域でいくつかの飢饉が発生した(ディオン・カッシウス『ローマ史』第60巻 11章、タキトゥス『年代記』第12巻 13、エウセビオス 『年代記』、アブラハム歴2070年4月を参照)が、エウセビオスが述べているような普遍的な飢饉は記録されていない。ヨセフス( 『ユダヤ古代誌』第20巻 2.5 および 5.2)によれば、クスピウス・ファドゥスとティベリウス・アレクサンダーが相次いで総督を務めていた間に、ユダヤで深刻な飢饉が発生した。ファドゥスはアグリッパの死後(紀元44年)にユダヤに派遣され、アレクサンダーの後を継いだのは紀元48年、クマヌスであった。アレクサンダーの就任の正確な日付は不明であるが、おそらく45年か46年頃であったと思われる。この飢饉は、使徒行伝 11章でアガブスが言及している飢饉であることは間違いない。 28. その箇所における οἰκουμένη という語の正確な意味は議論の的となっている。それが単にパレスチナを指しているのか、世界のさまざまな地域で発生した一連の飢饉を示しているのか、あるいは単に修辞的な意味で用いられているのかは、断言できない。エウセビオスはこの語を最も広い意味で解釈し、したがって世界的な飢饉を想定しているが、その想定は誤りである。</ref>、私たちの宗教とは全く無縁の著述家たちもそのことを歴史書に記している<ref>我々の知る限り、クラウディウス帝の治世中に飢饉を記録した非キリスト教徒の歴史家は、ローマの飢饉に言及しているディオ・カッシウスとタキトゥス、そしてユダヤの飢饉について述べているヨセフスのみである(出典については前の注釈を参照)。エウセビオスは『年代記』の中で 、この治世中にギリシャとローマの両方で飢饉があったと述べているが、その根拠は不明である。既に述べたように、この時期に大規模な飢饉があったことを示す記録は現存していない。</ref>。こうして、使徒言行録に記されているアガボの預言<ref>使徒行伝11章28節</ref>、すなわち全世界が飢饉に見舞われるという預言が成就したのである。 2. ルカは使徒言行録の中で、クラウディウスの時代の飢饉について述べ、アンティオキアの兄弟たちがそれぞれ自分の力に応じてパウロとバルナバをユダヤの兄弟たちに遣わした<ref>使徒行伝11章29、30節</ref>と記した後、次の記述を加えている。 :::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第8章#エウセビオスの教会史|先頭に戻る]] ==脚注== {{Reflist}} {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 8]] を翻訳 --> 35y6h1kf9q5fpjj354j4rit3r1viwnc ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第9章 0 56499 242355 2026-05-12T04:46:52Z 村田ラジオ 14210 Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 9]] を翻訳 242355 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II|第1巻|エウセビオスの教会史|hide=1}} {{header | title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻 | section = 第9章 | previous = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第8章|第8章]] | next = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第10章|第10章]] | year = 1885 | 年 = | override_author = | override_translator = [[s:en:Author:Arthur Cushman McGiffert|アーサー・クシュマン・マクギファート]] | override_editor = [[s:en:Author:Philip Schaff|フィリップ・シャフ]] 他 | noauthor = | notes = *底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 9|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 9]]". *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:にかいあきようふとにかいあこきようふ 201 3 07 09}} [[Category:キリスト教]] [[Category:キリスト教の歴史]] [[Category:教父]] [[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]] }} ===エウセビオスの教会史=== 第2巻 ——————————— '''第9章''' — 使徒ヤコブの殉教。 1. 「<ref>使徒行伝 12章1、2節</ref>その頃」(明らかにクラウディウス帝の時代を指している)「ヘロデ王<ref>ヘロデ・アグリッパ1世。上記第4章注3を参照。</ref>は教会の者たちを苦しめるために手を伸ばし、ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。」 2. このヤコブについて、クレメンスは『ヒュポテュポセ』第7巻<ref>クレメンスの『ヒュポティポセ ((Hypotyposes)』については、下記、第6巻 第13章、注3 を参照。この断片はエウセビオスのみが保存している。この記述はおそらくクレメンスが口頭伝承から受け継いだものだろう。彼は使徒たちとその直弟子たちのそのような伝承を豊富に持っていたが、それがどの程度真実か偽りかは判断できない。下記、エウセビオスが引用しているヨハネに関する彼の話と比較せよ。このヤコブの話は本質的にあり得ない話ではない。真実であった可能性もあるが、もちろん、それを裏付ける外部証拠は乏しい。ヤコブがスペインで後に働き、コンポステーラに埋葬されたことに関するラテン語の伝説は全く価値がない。エピファニウスは彼が未婚で、ナジル人として生活したと報告しているが、その記述の根拠を示しておらず、このヤコブと義人ヤコブとの混同からこの報告が生まれた可能性も否定できない。</ref>で、特筆に値する逸話を記している。それは、彼より前の世代の人々から聞いた話である。クレメンスによれば、ヤコブを裁判の席に連行した者は、ヤコブが証言するのを見て心を動かされ、自分もキリスト教徒であることを告白した。 3. そこで、二人は一緒に連行され、道中、その者はヤコブに許しを請うた。ヤコブは少し考えた後、「平安あれ」と言って彼に口づけをした。そして、二人は同時に斬首された。 4. そして、聖書に記されているように<ref>使徒行伝12章3節以降</ref>、ヘロデはヤコブの死後、その行為がユダヤ人を喜ばせたのを見て、ペテロをも攻撃し、彼を牢獄に閉じ込めました。もし夜に現れた天使の神聖な出現によってペテロが奇跡的に鎖から解放され、福音の奉仕のために自由になっていなかったら、ヘロデは彼を殺していたでしょう。これがペテロに対する神の摂理でした。 :::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第9章#エウセビオスの教会史|先頭に戻る]] ==脚注== {{Reflist}} {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 9]] を翻訳 --> 9q4i70rji9c16upso62hv0wk3kwtb27 ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第10章 0 56500 242356 2026-05-12T05:53:46Z 村田ラジオ 14210 Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 10]] を翻訳 242356 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II|第1巻|エウセビオスの教会史|hide=1}} {{header | title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻 | section = 第10章 | previous = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第9章|第9章]] | next = 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この驚くべき出来事に関して、ヨセフスの記述が聖書と一致していることは、称賛に値する。なぜなら、彼は『ユダヤ古代誌』第19巻で、次のような言葉でその驚くべき出来事を証言しているからである<ref>ヨセフス『ユダヤ古代誌』第19巻8章2節。</ref>。 3. 「彼はユダヤ全土を統治して3年目を迎えた<ref>紀元44年アグリッパは 41年に王国全体を統治し始めた。上記、第4章、注3を参照。</ref>とき、かつてストラトの塔と呼ばれていたカイサリアにやって来た<ref>カエサリアはエルサレムの北西、地中海沿岸に位置していました。ストラボンの時代にはこの場所に「ストラトの塔」と呼ばれる小さな町があるだけでしたが、紀元前10年頃、ヘロデ大王がカエサリアの街を建設しました。カエサリアはすぐにパレスチナにおけるローマ帝国の主要都市となり、その壮麗さで知られるようになりました。その後、重要なキリスト教学校の所在地となり、教会史において重要な役割を果たしました。エウセビオス自身もカエサリアの司教でした。十字軍の時代にも重要な都市でしたが、現在は完全に荒廃しています。</ref>。そこで彼はカイサリアを称える競技会を開催した。これはカイサリアの安全を祈願する祭りであることを知ったからである<ref>この祭りの起源は定かではない。クラウディウスの誕生を祝う祭りだと考える者もいれば、クラウディウスのブリタニアからの帰還を祝う祭りだと考える者もいる。しかし、どちらの説も可能性は低い。より可能性が高いのは、紀元前12年にヘロデ大王がアウグストゥスを称えて制定した五年祭(クインケナリア)であり(ヨセフス『ユダヤ古代誌』 第15巻8章1節、『ユダヤ戦記』第1巻21章8節参照)、5年ごとに定期的に祝われていたという説である。ヴィーゼラーの『古代史年代記』 131ページ以降を参照。そこでは、この問題がアグリッパの死没日(ヴィーゼラーは西暦44年8月6日としている)と関連して詳しく論じられている。</ref>。この祭りには、属州で最も高位かつ名誉ある人々が大勢集まった。 4. そして競技会の2日目、彼は夜明けとともに劇場へと向かった。全身銀でできた、素晴らしい質感の衣服を身にまとっていた。銀は朝日の光を浴びてまばゆいばかりに輝き、そのまばゆいばかりの光を放ち、彼を見た者たちは畏怖の念を抱いた。 5. するとたちまち、各地から集まった彼の追従者たちが、彼の頭を掲げた。」彼にとって良くない声で、彼を神と呼び、「慈悲深くあれ。これまで我々はあなたを人間として畏れてきたが、今後はあなたが人間の本性よりも優れていることを認めよう」と言った。 6. 王は彼らを叱責せず、彼らの不敬な賛辞を拒絶もしなかった。しかし、しばらくして見上げると、頭上に天使が座っているのが見えた<ref>ヨセフスの記述は「しかし、その後まもなく彼が見上げると、頭上のロープにフクロウが止まっているのが見え、この鳥がかつては吉報の使者であったように、今度は凶報の使者であることをすぐに悟った」となっている。これは全く異なる意味合いを持ち、エウセビオスの記述ではフクロウは省略されている。そのため、エウセビオスに関するほとんどの著述家は、彼がヨセフスの記述を意図的に歪曲し、使徒言行録の記述を裏付けるために利用したとして、彼に対して最も深刻な非難を浴びせている。使徒言行録には神の天使が登場するが、フクロウについては一切触れられていない。この件は確かに深刻に見えるが、エウセビオスの誠実さを最も直接的に疑うような、これほど厳しい非難は、反論の余地のない根拠に基づいてのみなされるべきである。エウセビオスは他の箇所で、必ずしも批判的ではないにせよ、少なくとも資料の利用において誠実な著述家であることを示している。したがって、この場合、彼の一般的な行動を考慮に入れ、疑わしきは罰せずの原則を適用すべきである。彼の誠実さを擁護するライトフットは、私には十分に納得のいく説明をしている。彼はこう述べている。「ヘロデ・アグリッパの死に関する記述にフクロウの記述がないことは、ヨセフスのいくつかの文献に既に見られた事実であることは疑いない。エウセビオスが他の箇所で彼の数多くの引用をどのように扱っているかを見れば、彼の誠実さを検証することができ、この不当な非難に対する十分な反証となる。」そしてメモの中で彼は次のように付け加えた:「このようなケースは珍しくないので、フクロウを天使に置き換えたわけではありません。その結果は主にヨセフスの本文のいくつかの単語の省略によって生じており、次のようになります。 βουβῶνα] τῆς ἑαυτοῦ κεφαλῆς ὑπὲρ καθεζόμενον εἶδεν[ἐπὶ σχοινίου τινός] ἀγγελόν[τε] τοῦτον εὐθὺς ἐνόησε κακῶν εἶναι, τὸν καί ποτε τῶν ἀγαθῶν γενόμενον. (彼は自分の頭上のロープの上に座っている天使を見て、自分が悪であり、時には善でもあることをすぐに理解した)。括弧内の単語は省略され、εἶναι の後に αἴτιον が追加され、文は εἶδεν ἄγγελον τοῦτον εὐθὺς ἐνόησε κακῶν(彼はこの天使を見て、すぐにその邪悪さを理解した) となります。εἶναι αἴτιον κ.τ.λ。そうであれば、(誰が行った)その変更が何らかの不誠実な動機によって決定されたとは全く確信が持てません。ラテン語に詳しくない筆記者はτὸν βουβῶνα (口がきけない) につまずくでしょうが、これはまったく異なる意味を持ち、ギリシャ語ではフクロウについて使われたことはないようです。そして、そこから何らかの意味を引き出すためにテキストを変更することもありました。この鳥についての以前の言及 (『ユダヤ古代誌』18章 6、7) で、ヨセフスまたはその翻訳者は、この鳥にラテン語の名前を与えています: βουβῶνα δὲ οἱ ῾Ρωμαῖοι τὸν ὄρνιν τοῦτον καλοῦσι。メラー(ブライト著、p. XLV から引用)は、これを「唯一のケース」と呼んでいますが、彼が思い出す限りでは、「パウルラム・デフレックス・ノースターによる誠実さ」です。そしてここでも起訴は正当化されない。エウセビオスに対する厳しい狭窄は、例えば、アルフォード著『使徒行伝』第12章。 21、全く正当化できない」(スミスとウェイスの『キリスト教伝記辞典』第2巻、325ページ)。リデルとスコットによれば、ギリシャ語のβουβώνは、(1)鼠径部、(2)鼠径部の腫れを意味する。ラテン語のBuboは「フクロウ」を意味し、ヨセフスはここで、何の説明もなくラテン語からギリシャ語に直接転記している。ライトフットが示唆するように、ラテン語に不慣れな写字生は、この単語でつまずきやすいかもしれない。『ユダヤ古代誌』第18巻6章7節でこの鳥が言及されている箇所では、確かにその名前は説明されている。しかし、この箇所の変更は明らかにヨセフスではなくエウセビオスの写字生によって行われたものであり、したがって、おそらくその説明を見たことがない人物によって行われたのだろう。ウィストンはヨセフスの翻訳で、次のような注釈を挿入している。「一部の著述家は、まるで偉大なエウセビオスが意図的にそうしたかのように、ここで大騒ぎしている。」ヨセフスのこの記述を改ざんし、使徒言行録の並行する記述と一致させた。なぜなら、ヨセフスの引用の現在の写本である『教会史』第2巻第10章では、ヨセフスの現在の写本には残っている「あるロープにとまったフクロウ」を意味する「βουβῶνα …ἐπι σχοινίου, τινος」という言葉が省略され、説明語「ἄγγελον アンゲロン」または「天使」だけがあるからである。これは、ヨセフスがアグリッパに「以前は良い知らせをもたらしたが今は悪い知らせをもたらした天使または使者」と呼んだフクロウではなく、聖ルカがヘロデを打ち殺したと述べている「主の天使」(使徒言行録12章23節)を意味しているかのように。この非難は、偉大なエウセビオスの場合、やや奇妙なものです。彼は、他の多くの古代の記録、特にヨセフスの記録からも、偽りの疑いもなく、非常に正確かつ忠実に再現したことで知られています。さて、ヨセフスとエウセビオスの4世紀の写本がこの節で現在のものと全く同じであったかどうか、我々がいかに不確かであるかを主張するつもりはありません。明確な証拠がないからです。エウセビオスに今も保存されている次の言葉は、そのような解釈を許しません。「この[鳥]は(エウセビオスによれば)アグリッパは、かつて幸運の兆しであったように、すぐに不運の兆しであると認識した」。これは、かつてアグリッパの投獄からの幸福な解放を予兆した「フクロウ」という鳥にしか当てはまりません(『ユダヤ古代誌』第18巻6章7節)。そして、その後、5日後にアグリッパの死を予兆する不幸な予言者となることが予言されました。もし、不適切な単語αἴτιον、つまり「原因」を、ヨセフスの適切な単語 ἄγγελον、「天使」、または「使者」、および前述の単語βουβῶνα ἐπὶ σχοινίου τινοςに置き換えるなら、エウセビオスの文章が挿入されると、それはヨセフスの中でまさに表現されるでしょう。」</ref>。 そして、かつて幸運の源であったものが、今や災いの源となることをすぐに悟り<ref>ヨセフス(『ユダヤ古代誌』第18巻6章7節)によると、アグリッパがティベリウス帝によって投獄され鎖につながれていた時、一羽のフクロウが現れ、彼の近くの木に止まった。囚人の一人がこれを吉兆と解釈し、アグリッパはまもなく鎖から解放されて王になるだろうが、同じフクロウが彼の死の5日前に再び現れるだろうと予言した。ティベリウス帝は翌年に亡くなり、予言された出来事は現実となった。ヨセフスはこの話を真摯に信じていたようで、誠実に語っている。</ref>、 心臓を突き刺すような激痛に襲われた。 7. たちまち激しい苦痛が彼の内臓を襲った。彼は友人たちを見ながら言った。「あなた方の神である私が、今、この世を去るよう命じられた。運命は、あなた方が私について今口にした嘘を、この場で証明したのだ。あなた方が不死身と呼んだ私が、今、死へと連れて行かれる。しかし、私たちの運命は神が定めたとおりに受け入れなければならない。私たちは決して不名誉な人生を送ったのではなく、幸福と称される輝きの中で生きてきたのだ。」<ref>ヨセフスのテキストとメッセージの大部分。エウセビオス、続いてヴァレシウス、シュトロス、バートン、シュヴェーグラーは、ἐπὶ τῆς μακαριζομένης λαμπρότητος (祝福された輝きについて) と読みました。これは、いくつかの優れたメッセージに続くハイニヒェンの読みを優先して採用しました。 μακαριζ& 231·τητος を λαμπρότητος (幸福) に置き換える場合</ref> 8. こう言い終えると、彼はますます激しい苦痛に苛まれた。そこで王は急いで宮殿へと運ばれた。王が間もなく亡くなるという知らせは、たちまち広まった。しかし、民衆は先祖代々の慣習に従い、妻子らと共に粗布の上に座り、王のために神に祈りを捧げた。至る所が嘆きと涙に満ちていた<ref>これは、アグリッパがいかにユダヤ人の歓心を買おうと努力したかを示している。彼の死に際して示された感情は、祖父であるヘロデ大王の死に際して示された感情とは全く異なっていた。</ref>。 王は高い部屋に横たわり、下で人々が地面に伏しているのを見て、自らも涙を抑えることができなかった。 9. そして、五日間絶え間なく腹痛に苦しんだ後、王は五十四歳、在位七年目にこの世を去った<ref>彼は紀元前 10年に生まれ、紀元37年にフィリップとリュサニアスの後継者として統治を始めた 。上記第4章注3を参照。</ref>。 王はガイウス帝の治世下で四年間統治し、そのうち三年間はフィリッポスの四分領を、四年目にはヘロデの四分領も加わった<ref>ヘロデ・アンティパス。</ref>。 そして、クラウディウス帝の治世下で三年間統治した。 10. ヨセフスがこれらの点においても他の点においても、聖書と完全に一致していることに私は大いに驚嘆する。しかし、王の名前に関して意見の相違があるように思われる人がいるとしても、少なくとも時代と出来事から、名前の変更が写字生の誤りによるものか、あるいは彼が多くの人と同じように二つの名前を持っていたことによるものかにかかわらず、同一人物を指していることが分かる<ref>ルカは常に王をヘロデと呼んでいるが、これは彼の姓である。一方、ヨセフスは彼をアグリッパという名で呼んでいる。彼はヘロデ・アグリッパ1世として知られている。エウセビオスが、彼がヘロデ・アグリッパという2つの名前を持っていたことを知らず、その点について疑問を呈していないのは奇妙に思える。彼は章の冒頭で、この件について何の疑いも抱いていないことを示唆することなく、王に両方の名前を与えている。</ref>。 :::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第10章#エウセビオスの教会史|先頭に戻る]] ==脚注== {{Reflist}} {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 10]] を翻訳 --> 7x38wazex929f4wfmygpg3ju5xh3uf0 ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第11章 0 56501 242358 2026-05-12T11:32:50Z 村田ラジオ 14210 Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 11]] を翻訳 242358 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|ニカイア教父とニカイア後教父: 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(記載された当時、つまりアグリッパの死の頃)。しかしルカは、 πρὸ γαρ τουτόν τῶν έμερῶν 、「この頃までは」と書いています。</ref>。 「テウダスが立ち上がり、自分を何者かと自慢したが、殺され、彼に従った者は皆散り散りになった。」<ref>使徒行伝5章36節</ref> そこで、この人物に関するヨセフスの記述を付け加えよう。前述の著作の中で、彼は次のような出来事を記録している<ref>ヨセフス『ユダヤ古代誌』第20巻5章1節。</ref>。 2. 「ファドゥスがユダヤの総督であった頃<ref>紀元 44年頃。上記第8章、注2を参照。</ref>、テウダス<ref>このテウダス(Theudas) に関しては、年代的な問題があり、多くの議論を呼んでいます。ヨセフスが言及したテウダスはクラウディウス帝の時代に現れましたが、使徒言行録でガマリエルが言及したテウダスはそれよりずっと前に生きていたはずです。もっともらしいものからそうでないものまで、さまざまな解決策が提示されており、そのほとんどすべてが可能で、主張されている矛盾を説明するのに十分ですが、どれも真実であると証明することはできません。ヴィーゼラー(Wieseler) の『年代記 (Chron. des ap. Zeitalters)』 138ページ、注1、エヴァルト(Ewald) の『ユダヤ民族史 (Gesch. des Jüdischen Volkes)』第6巻532ページ、ヨストの『イスラエル人史(Gesch. der Israeliten)』第2巻付録86ページ、および使徒言行録に関するさまざまな注釈を参照してください。 今回の件で私たちにとってより重要な問題は、この件におけるエウセビオスの行動です。彼はルカ福音書のテウダスとヨセフスのテウダスを同一視しているが、両方の記述が信頼できるとすれば、この同一視はあり得ない。そのため、エウセビオスはルカ福音書の信憑性を高めるために、意図的に事実を歪曲したとして非難されてきた。しかし、エウセビオスの誠実さに対するこのような重大な非難には、改めて抗議しなければならない。常識を少しでも持ち合わせている人間であれば、ルカ福音書の記述を裏付けるために、読者なら誰でも指摘できるような、これほど明白な時代錯誤に自ら進んで関与するほど愚かではないはずだ。もし彼がこの矛盾に気づいていたなら、必ず二つの記述を調和させようと努めたはずであり、ヨセフスの記述の中に、十分に説得力のある調和を見出すのに、それほど多くの工夫や調査は必要なかっただろう。エウセビオスの時代錯誤に対する唯一妥当な説明は、彼の不注意であり、それが彼に現在と同様に多くの重大な誤りを犯させた原因であり、特に年代に関する問題において顕著である。彼は『使徒言行録』でテウダスについて読み、ヨセフスの著作では同名の類似人物について読み、この二人を性急に同一視し、年代的な矛盾を全く考慮しなかった。彼は『使徒言行録』の該当箇所を非常に自由に引用しており、おそらくそれがクラウディウス帝時代の飢饉やその他の出来事の記述よりも数章前に出ていることを思い出さなかったのだろう。</ref>という名の詐欺師が、大勢の人々を説得し、財産を携えてヨルダン川へ向かわせた。彼は自分が預言者であり、自分の命令で川が分かれて容易に渡れるようになると言ったからである。 3. 彼はこの言葉で多くの人々を欺いた。しかしファドゥスは彼らが愚かな行いを楽しむことを許さず、騎兵隊を派遣した。騎兵隊は彼らを不意打ちし、多くを殺害し、多くを生け捕りにした。テウダス自身も捕虜にされ、首を{{r|刎|は}}ねられてエルサレムへ運ばれた。」 さらに彼は、クラウディウス帝の治世に起こった飢饉についても、次のように述べている。 :::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第11章#エウセビオスの教会史|先頭に戻る]] ==脚注== {{Reflist}} {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 11]] を翻訳 --> i5685z12io6cb7tdu02wp4gbq2k22ng