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大日本帝國憲法
0
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242362
242357
2026-05-12T14:50:13Z
鐵の時代
8927
原文に無い文字の追記は[[Wikisource:スタイルガイド#表記の平易化]]に沿っていませんので取り消しします [[Special:Contributions/~2026-28682-42|~2026-28682-42]] ([[User talk:~2026-28682-42|トーク]]) による版 [[Special:Diff/242357|242357]] を取り消し
242362
wikitext
text/x-wiki
{{header
| title = 大日本帝國憲󠄁法
| defaultsort = たいにつほんていこくけんほう
| year = 1889
| next = [[日本國憲法|日本國憲󠄁法]]
| portal = 日本の憲法
| wikipedia = 大日本帝国憲法
| edition = yes
| category = 明治22年の法令
| category2 = 日本の憲法
| category3 = 勅語
| notes =
'''大日本帝國憲󠄁法'''(だいにっぽんていこくけんぽう)
* 常用漢字表記: '''大日本帝国憲法'''
* 発布: 1889年(明治22年)2月11日
* 施行: 1890年(明治23年)11月29日
}}
== 原文 ==
<pages index="Kanpo-1889-02-11.pdf" from="4" to="13"/>
== JIS X 0208版 ==
<h3> 告文 </h3>
皇朕レ謹ミ畏ミ<br/>
皇祖<br/>
皇宗ノ神靈ニ誥ケ白サク皇朕レ天壤無窮ノ宏謨ニ循ヒ惟神ノ寳祚ヲ承繼シ舊圖ヲ保持シテ敢テ失墜スルコト無シ顧ミルニ世局ノ進運ニ膺リ人文ノ發達ニ隨ヒ宜ク<br/>
皇祖<br/>
皇宗ノ遺訓ヲ明徴ニシ典憲ヲ成立シ條章ヲ昭示シ内ハ以テ子孫ノ率由スル所ト爲シ外ハ以テ臣民翼贊ノ道ヲ廣メ永遠ニ遵行セシメ益々國家ノ丕基ヲ鞏固ニシ八洲民生ノ慶福ヲ増進スヘシ茲ニ[[皇室典範 (明治二十二年二月十一日)|皇室典範]]及憲法ヲ制定ス惟フニ此レ皆<br/>
皇祖<br/>
皇宗ノ後裔ニ貽シタマヘル統治ノ洪範ヲ紹述スルニ外ナラス而シテ朕カ躬ニ逮テ時ト倶ニ擧行スルコトヲ得ルハ洵ニ<br/>
皇祖<br/>
皇宗及我カ<br/>
皇考ノ威靈ニ倚藉スルニ由ラサルハ無シ皇朕レ仰テ<br/>
皇祖<br/>
皇宗及<br/>
皇考ノ神祐ヲ祷リ併セテ朕カ現在及將來ニ臣民ニ率先シ此ノ憲章ヲ履行シテ愆ラサラムコトヲ誓フ庶幾クハ<br/>
神靈此レヲ鑒ミタマヘ
<h3> 憲法發布勅語 </h3>
朕國家ノ隆昌ト臣民ノ慶福トヲ以テ中心ノ欣榮トシ朕カ祖宗ニ承クルノ大權ニ依リ現在及將來ノ臣民ニ對シ此ノ不磨ノ大典ヲ宣布ス
惟フニ我カ祖我カ宗ハ我カ臣民祖先ノ協力輔翼ニ倚リ我カ帝國ヲ肇造シ以テ無窮ニ垂レタリ此レ我カ神聖ナル祖宗ノ威徳ト竝ニ臣民ノ忠實勇武ニシテ國ヲ愛シ公ニ殉ヒ以テ此ノ光輝アル國史ノ成跡ヲ貽シタルナリ朕我カ臣民ハ即チ祖宗ノ忠良ナル臣民ノ子孫ナルヲ囘想シ其ノ朕カ意ヲ奉體シ朕カ事ヲ奬順シ相與ニ和衷協同シ益々我カ帝國ノ光榮ヲ中外ニ宣揚シ祖宗ノ遺業ヲ永久ニ鞏固ナラシムルノ希望ヲ同クシ此ノ負擔ヲ分ツニ堪フルコトヲ疑ハサルナリ
<h3> (上諭) </h3>
朕祖宗ノ遺烈ヲ承ケ萬世一系ノ帝位ヲ踐ミ朕カ親愛スル所ノ臣民ハ即チ朕カ祖宗ノ惠撫慈養シタマヒシ所ノ臣民ナルヲ念ヒ其ノ康福ヲ増進シ其ノ懿徳良能ヲ發達セシメムコトヲ願ヒ又其ノ翼贊ニ依リ與ニ倶ニ國家ノ進運ヲ扶持セムコトヲ望ミ乃チ[[國會開設ノ勅諭|明治十四年十月十二日ノ詔命]]ヲ履踐シ茲ニ大憲ヲ制定シ朕カ率由スル所ヲ示シ朕カ後嗣及臣民及臣民ノ子孫タル者ヲシテ永遠ニ循行スル所ヲ知ラシム
國家統治ノ大權ハ朕カ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ傳フル所ナリ朕及朕カ子孫ハ將來此ノ憲法ノ條章ニ循ヒ之ヲ行フコトヲ愆ラサルヘシ
朕ハ我カ臣民ノ權利及財産ノ安全ヲ貴重シ及之ヲ保護シ此ノ憲法及法律ノ範圍内ニ於テ其ノ享有ヲ完全ナラシムヘキコトヲ宣言ス
帝國議會ハ明治二十三年ヲ以テ之ヲ召集シ議會開會ノ時ヲ以テ此ノ憲法ヲシテ有効ナラシムルノ期トスヘシ
將來若此ノ憲法ノ或ル條章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ繼統ノ子孫ハ發議ノ權ヲ執リ之ヲ議會ニ付シ議會ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ
朕カ在廷ノ大臣ハ朕カ爲ニ此ノ憲法ヲ施行スルノ責ニ任スヘク朕カ現在及將來ノ臣民ハ此ノ憲法ニ對シ永遠ニ從順ノ義務ヲ負フヘシ
{{御名御璽}}
<div style="margin-left:4em">
明治二十二年二月十一日
</div>
{| border="0" align="right"
|-
|内閣總理大臣||伯爵||黒田清隆
|-
|樞密院議長||伯爵||伊藤博文
|-
|外務大臣||伯爵||大隈重信
|-
|海軍大臣||伯爵||西郷從道
|-
|農商務大臣||伯爵||井上 馨
|-
|司法大臣||伯爵||山田顯義
|-
|大藏大臣兼内務大臣||伯爵||松方正義
|-
|陸軍大臣||伯爵||大山 巌
|-
|文部大臣||子爵||森 有禮
|-
|遞信大臣||子爵||榎本武揚
|}
{{-}}
;大日本帝國憲法
;:: 第一章 天皇
; 第一條
: 大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス
; 第二條
: 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ繼承ス
; 第三條
: 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
; 第四條
: 天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ
; 第五條
: 天皇ハ帝國議會ノ協贊ヲ以テ立法權ヲ行フ
; 第六條
: 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス
; 第七條
: 天皇ハ帝國議會ヲ召集シ其ノ開會閉會停會及衆議院ノ解散ヲ命ス
; 第八條
: 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル爲緊急ノ必要ニ由リ帝國議會閉會ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ發ス
: 此ノ勅令ハ次ノ會期ニ於テ帝國議會ニ提出スヘシ若議會ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ將來ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ
; 第九條
: 天皇ハ法律ヲ執行スル爲ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル爲ニ必要ナル命令ヲ發シ又ハ發セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ變更スルコトヲ得ス
; 第十條
: 天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ條項ニ依ル
; 第十一條
: 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
; 第十二條
: 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム
; 第十三條
: 天皇ハ戰ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ條約ヲ締結ス
; 第十四條
: 天皇ハ戒嚴ヲ宣告ス
: 戒嚴ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
; 第十五條
: 天皇ハ爵位勳章及其ノ他ノ榮典ヲ授與ス
; 第十六條
: 天皇ハ大赦特赦減刑及復權ヲ命ス
; 第十七條
: 攝政ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル
: 攝政ハ天皇ノ名ニ於テ大權ヲ行フ
;:: 第二章 臣民權利義務
; 第十八條
: 日本臣民タルノ要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
; 第十九條
: 日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ應シ均ク文武官ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クコトヲ得
; 第二十條
: 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ從ヒ兵役ノ義務ヲ有ス
; 第二十一條
: 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ納税ノ義務ヲ有ス
; 第二十二條
: 日本臣民ハ法律ノ範圍内ニ於テ居住及移轉ノ自由ヲ有ス
; 第二十三條
: 日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問處罰ヲ受クルコトナシ
; 第二十四條
: 日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ權ヲ奪ハルヽコトナシ
; 第二十五條
: 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及搜索セラルヽコトナシ
; 第二十六條
: 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ祕密ヲ侵サルヽコトナシ
; 第二十七條
: 日本臣民ハ其ノ所有權ヲ侵サルヽコトナシ
: 公益ノ爲必要ナル處分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
; 第二十八條
: 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
; 第二十九條
: 日本臣民ハ法律ノ範圍内ニ於テ言論著作印行集會及結社ノ自由ヲ有ス
; 第三十條
: 日本臣民ハ相當ノ敬禮ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ從ヒ請願ヲ爲スコトヲ得
; 第三十一條
: 本章ニ掲ケタル條規ハ戰時又ハ國家事變ノ場合ニ於テ天皇大權ノ施行ヲ妨クルコトナシ
; 第三十二條
: 本章ニ掲ケタル條規ハ陸海軍ノ法令又ハ紀律ニ牴觸セサルモノニ限リ軍人ニ準行ス
;:: 第三章 帝國議會
; 第三十三條
: 帝國議會ハ貴族院衆議院ノ兩院ヲ以テ成立ス
; 第三十四條
: 貴族院ハ貴族院令ノ定ムル所ニ依リ皇族華族及勅任セラレタル議員ヲ以テ組織ス
; 第三十五條
: 衆議院ハ選擧法ノ定ムル所ニ依リ公選セラレタル議員ヲ以テ組織ス
; 第三十六條
: 何人モ同時ニ兩議院ノ議員タルコトヲ得ス
; 第三十七條
: 凡テ法律ハ帝國議會ノ協贊ヲ經ルヲ要ス
; 第三十八條
: 兩議院ハ政府ノ提出スル法律案ヲ議決シ及各々法律案ヲ提出スルコトヲ得
; 第三十九條
: 兩議院ノ一ニ於テ否決シタル法律案ハ同會期中ニ於テ再ヒ提出スルコトヲ得ス
; 第四十條
: 兩議院ハ法律又ハ其ノ他ノ事件ニ付各々其ノ意見ヲ政府ニ建議スルコトヲ得但シ其ノ採納ヲ得サルモノハ同會期中ニ於テ再ヒ建議スルコトヲ得ス
; 第四十一條
: 帝國議會ハ毎年之ヲ召集ス
; 第四十二條
: 帝國議會ハ三箇月ヲ以テ會期トス必要アル場合ニ於テハ勅命ヲ以テ之ヲ延長スルコトアルヘシ
; 第四十三條
: 臨時緊急ノ必要アル場合ニ於テ常會ノ外臨時會ヲ召集スヘシ
: 臨時會ノ會期ヲ定ムルハ勅命ニ依ル
; 第四十四條
: 帝國議會ノ開會閉會會期ノ延長及停會ハ兩院同時ニ之ヲ行フヘシ
: 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ貴族院ハ同時ニ停會セラルヘシ
; 第四十五條
: 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ勅命ヲ以テ新ニ議員ヲ選擧セシメ解散ノ日ヨリ五箇月以内ニ之ヲ召集スヘシ
; 第四十六條
: 兩議院ハ各々其ノ總議員三分ノ一以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開キ議決ヲ爲スコトヲ得ス
; 第四十七條
: 兩議院ノ議事ハ過半數ヲ以テ決ス可否同數ナルトキハ議長ノ決スル所ニ依ル
; 第四十八條
: 兩議院ノ會議ハ公開ス但シ政府ノ要求又ハ其ノ院ノ決議ニ依リ祕密會ト爲スコトヲ得
; 第四十九條
: 兩議院ハ各々天皇ニ上奏スルコトヲ得
; 第五十條
: 兩議院ハ臣民ヨリ呈出スル請願書ヲ受クルコトヲ得
; 第五十一條
: 兩議院ハ此ノ憲法及議院法ニ掲クルモノヽ外内部ノ整理ニ必要ナル諸規則ヲ定ムルコトヲ得
; 第五十二條
: 兩議院ノ議員ハ議院ニ於テ發言シタル意見及表決ニ付院外ニ於テ責ヲ負フコトナシ但シ議員自ラ其ノ言論ヲ演説刊行筆記又ハ其ノ他ノ方法ヲ以テ公布シタルトキハ一般ノ法律ニ依リ處分セラルヘシ
; 第五十三條
: 兩議院ノ議員ハ現行犯罪又ハ内亂外患ニ關ル罪ヲ除ク外會期中其ノ院ノ許諾ナクシテ逮捕セラルヽコトナシ
; 第五十四條
: 國務大臣及政府委員ハ何時タリトモ各議院ニ出席シ及發言スルコトヲ得
;:: 第四章 國務大臣及樞密顧問
; 第五十五條
: 國務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス
: 凡テ法律勅令其ノ他國務ニ關ル詔勅ハ國務大臣ノ副署ヲ要ス
; 第五十六條
: 樞密顧問ハ樞密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ應ヘ重要ノ國務ヲ審議ス
;:: 第五章 司法
; 第五十七條
: 司法權ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ
: 裁判所ノ構成ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
; 第五十八條
: 裁判官ハ法律ニ定メタル資格ヲ具フル者ヲ以テ之ニ任ス
: 裁判官ハ刑法ノ宣告又ハ懲戒ノ處分ニ由ルノ外其ノ職ヲ免セラルヽコトナシ
: 懲戒ノ條規ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
; 第五十九條
: 裁判ノ對審判決ハ之ヲ公開ス但シ安寧秩序又ハ風俗ヲ害スルノ虞アルトキハ法律ニ依リ又ハ裁判所ノ決議ヲ以テ對審ノ公開ヲ停ムルコトヲ得
; 第六十條
: 特別裁判所ノ管轄ニ屬スヘキモノハ別ニ法律ヲ以テ之ヲ定ム
; 第六十一條
: 行政官廳ノ違法處分ニ由リ權利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所ノ裁判ニ屬スヘキモノハ司法裁判所ニ於テ受理スルノ限ニ在ラス
;:: 第六章 會計
; 第六十二條
: 新ニ租税ヲ課シ及税率ヲ變更スルハ法律ヲ以テ之ヲ定ムヘシ
: 但シ報償ニ屬スル行政上ノ手數料及其ノ他ノ收納金ハ前項ノ限ニ在ラス
: 國債ヲ起シ及豫算ニ定メタルモノヲ除ク外國庫ノ負擔トナルヘキ契約ヲ爲スハ帝國議會ノ協贊ヲ經ヘシ
; 第六十三條
: 現行ノ租税ハ更ニ法律ヲ以テ之ヲ改メサル限ハ舊ニ依リ之ヲ徴收ス
; 第六十四條
: 國家ノ歳出歳入ハ毎年豫算ヲ以テ帝國議會ノ協贊ヲ經ヘシ
: 豫算ノ款項ニ超過シ又ハ豫算ノ外ニ生シタル支出アルトキハ後日帝國議會ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
; 第六十五條
: 豫算ハ前ニ衆議院ニ提出スヘシ
; 第六十六條
: 皇室經費ハ現在ノ定額ニ依リ毎年國庫ヨリ之ヲ支出シ將來増額ヲ要スル場合ヲ除ク外帝國議會ノ協贊ヲ要セス
; 第六十七條
: 憲法上ノ大權ニ基ツケル既定ノ歳出及法律ノ結果ニ由リ又ハ法律上政府ノ義務ニ屬スル歳出ハ政府ノ同意ナクシテ帝國議會之ヲ廢除シ又ハ削減スルコトヲ得ス
; 第六十八條
: 特別ノ須要ニ因リ政府ハ豫メ年限ヲ定メ繼續費トシテ帝國議會ノ協贊ヲ求ムルコトヲ得
; 第六十九條
: 避クヘカラサル豫算ノ不足ヲ補フ爲ニ又ハ豫算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツル爲ニ豫備費ヲ設クヘシ
; 第七十條
: 公共ノ安全ヲ保持スル爲緊急ノ需用アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ政府ハ帝國議會ヲ召集スルコト能ハサルトキハ勅令ニ依リ財政上必要ノ處分ヲ爲スコトヲ得
: 前項ノ場合ニ於テハ次ノ會期ニ於テ帝國議會ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
; 第七十一條
: 帝國議會ニ於テ豫算ヲ議定セス又ハ豫算成立ニ至ラサルトキハ政府ハ前年度ノ豫算ヲ施行スヘシ
; 第七十二條
: 國家ノ歳出歳入ノ決算ハ會計檢査院之ヲ檢査確定シ政府ハ其ノ檢査報告ト倶ニ之ヲ帝國議會ニ提出スヘシ
: 會計檢査院ノ組織及職權ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
;:: 第七章 補則
; 第七十三條
: 將來此ノ憲法ノ條項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝國議會ノ議ニ付スヘシ
: 此ノ場合ニ於テ兩議院ハ各々其ノ總員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多數ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ爲スコトヲ得ス
; 第七十四條
: 皇室典範ノ改正ハ帝國議會ノ議ヲ經ルヲ要セス
: 皇室典範ヲ以テ此ノ憲法ノ條規ヲ變更スルコトヲ得ス
; 第七十五條
: 憲法及皇室典範ハ攝政ヲ置クノ間之ヲ變更スルコトヲ得ス
; 第七十六條
: 法律規則命令又ハ何等ノ名稱ヲ用井タルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ總テ遵由ノ効力ヲ有ス
: 歳出上政府ノ義務ニ係ル現在ノ契約又ハ命令ハ總テ第六十七條ノ例ニ依ル
== 新字体版 ==
<h3> 告文 </h3>
皇朕レ謹ミ畏ミ<br/>
皇祖<br/>
皇宗ノ神霊ニ誥ケ白サク皇朕レ天壌無窮ノ宏謨ニ循ヒ惟神ノ宝祚ヲ承継シ旧図ヲ保持シテ敢テ失墜スルコト無シ顧ミルニ世局ノ進運ニ膺リ人文ノ発達ニ随ヒ宜ク<br/>
皇祖<br/>
皇宗ノ遺訓ヲ明徴ニシ典憲ヲ成立シ条章ヲ昭示シ内ハ以テ子孫ノ率由スル所ト為シ外ハ以テ臣民翼賛ノ道ヲ広メ永遠ニ遵行セシメ益々国家ノ丕基ヲ鞏固ニシ八洲民生ノ慶福ヲ増進スヘシ茲ニ[[皇室典範 (明治二十二年二月十一日)|皇室典範]]及憲法ヲ制定ス惟フニ此レ皆<br/>
皇祖<br/>
皇宗ノ後裔ニ貽シタマヘル統治ノ洪範ヲ紹述スルニ外ナラス而シテ朕カ躬ニ逮テ時ト倶ニ挙行スルコトヲ得ルハ洵ニ<br/>
皇祖<br/>
皇宗及我カ<br/>
皇考ノ威霊ニ倚藉スルニ由ラサルハ無シ皇朕レ仰テ<br/>
皇祖<br/>
皇宗及<br/>
皇考ノ神祐ヲ祷リ併セテ朕カ現在及将来ニ臣民ニ率先シ此ノ憲章ヲ履行シテ愆ラサラムコトヲ誓フ庶幾クハ<br/>
神霊此レヲ鑑ミタマヘ
<h3> 憲法発布勅語 </h3>
朕国家ノ隆昌ト臣民ノ慶福トヲ以テ中心ノ欣栄トシ朕カ祖宗ニ承クルノ大権ニ依リ現在及将来ノ臣民ニ対シ此ノ不磨ノ大典ヲ宣布ス
惟フニ我カ祖我カ宗ハ我カ臣民祖先ノ協力輔翼ニ倚リ我カ帝国ヲ肇造シ以テ無窮ニ垂レタリ此レ我カ神聖ナル祖宗ノ威徳ト並ニ臣民ノ忠実勇武ニシテ国ヲ愛シ公ニ殉ヒ以テ此ノ光輝アル国史ノ成跡ヲ貽シタルナリ朕我カ臣民ハ即チ祖宗ノ忠良ナル臣民ノ子孫ナルヲ回想シ其ノ朕カ意ヲ奉体シ朕カ事ヲ奨順シ相与ニ和衷協同シ益々我カ帝国ノ光栄ヲ中外ニ宣揚シ祖宗ノ遺業ヲ永久ニ鞏固ナラシムルノ希望ヲ同クシ此ノ負担ヲ分ツニ堪フルコトヲ疑ハサルナリ
<h3> (上諭) </h3>
朕祖宗ノ遺烈ヲ承ケ万世一系ノ帝位ヲ践ミ朕カ親愛スル所ノ臣民ハ即チ朕カ祖宗ノ恵撫慈養シタマヒシ所ノ臣民ナルヲ念ヒ其ノ康福ヲ増進シ其ノ懿徳良能ヲ発達セシメムコトヲ願ヒ又其ノ翼賛ニ依リ与ニ倶ニ国家ノ進運ヲ扶持セムコトヲ望ミ乃チ[[國會開設ノ勅諭|明治十四年十月十二日ノ詔命]]ヲ履践シ茲ニ大憲ヲ制定シ朕カ率由スル所ヲ示シ朕カ後嗣及臣民及臣民ノ子孫タル者ヲシテ永遠ニ循行スル所ヲ知ラシム
国家統治ノ大権ハ朕カ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ伝フル所ナリ朕及朕カ子孫ハ将来此ノ憲法ノ条章ニ循ヒ之ヲ行フコトヲ愆ラサルヘシ
朕ハ我カ臣民ノ権利及財産ノ安全ヲ貴重シ及之ヲ保護シ此ノ憲法及法律ノ範囲内ニ於テ其ノ享有ヲ完全ナラシムヘキコトヲ宣言ス
帝国議会ハ明治二十三年ヲ以テ之ヲ召集シ議会開会ノ時ヲ以テ此ノ憲法ヲシテ有効ナラシムルノ期トスヘシ
将来若此ノ憲法ノ或ル条章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ継統ノ子孫ハ発議ノ権ヲ執リ之ヲ議会ニ付シ議会ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ
朕カ在廷ノ大臣ハ朕カ為ニ此ノ憲法ヲ施行スルノ責ニ任スヘク朕カ現在及将来ノ臣民ハ此ノ憲法ニ対シ永遠ニ従順ノ義務ヲ負フヘシ
{{御名御璽}}
<div style="margin-left:4em">
明治二十二年二月十一日
</div>
{| border="0" align="right"
|-
|内閣総理大臣||伯爵||黒田清隆
|-
|枢密院議長||伯爵||伊藤博文
|-
|外務大臣||伯爵||大隈重信
|-
|海軍大臣||伯爵||西郷従道
|-
|農商務大臣||伯爵||井上 馨
|-
|司法大臣||伯爵||山田顕義
|-
|大蔵大臣兼内務大臣||伯爵||松方正義
|-
|陸軍大臣||伯爵||大山 巌
|-
|文部大臣||子爵||森 有礼
|-
|逓信大臣||子爵||榎本武揚
|}
{{-}}
;大日本帝国憲法
;:: 第一章 天皇
; 第一条
: 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
; 第二条
: 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
; 第三条
: 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
; 第四条
: 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
; 第五条
: 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
; 第六条
: 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス
; 第七条
: 天皇ハ帝国議会ヲ召集シ其ノ開会閉会停会及衆議院ノ解散ヲ命ス
; 第八条
: 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
: 此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ
; 第九条
: 天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス
; 第十条
: 天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ条項ニ依ル
; 第十一条
: 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
; 第十二条
: 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム
; 第十三条
: 天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス
; 第十四条
: 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス
: 戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
; 第十五条
: 天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス
; 第十六条
: 天皇ハ大赦特赦減刑及復権ヲ命ス
; 第十七条
: 摂政ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル
: 摂政ハ天皇ノ名ニ於テ大権ヲ行フ
;:: 第二章 臣民権利義務
; 第十八条
: 日本臣民タルノ要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
; 第十九条
: 日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ応シ均ク文武官ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クコトヲ得
; 第二十条
: 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス
; 第二十一条
: 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ納税ノ義務ヲ有ス
; 第二十二条
: 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ居住及移転ノ自由ヲ有ス
; 第二十三条
: 日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ
; 第二十四条
: 日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルヽコトナシ
; 第二十五条
: 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及捜索セラルヽコトナシ
; 第二十六条
: 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ秘密ヲ侵サルヽコトナシ
; 第二十七条
: 日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルヽコトナシ
: 公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
; 第二十八条
: 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
; 第二十九条
: 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス
; 第三十条
: 日本臣民ハ相当ノ敬礼ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スコトヲ得
; 第三十一条
: 本章ニ掲ケタル条規ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ
; 第三十二条
: 本章ニ掲ケタル条規ハ陸海軍ノ法令又ハ紀律ニ牴触セサルモノニ限リ軍人ニ準行ス
;:: 第三章 帝国議会
; 第三十三条
: 帝国議会ハ貴族院衆議院ノ両院ヲ以テ成立ス
; 第三十四条
: 貴族院ハ貴族院令ノ定ムル所ニ依リ皇族華族及勅任セラレタル議員ヲ以テ組織ス
; 第三十五条
: 衆議院ハ選挙法ノ定ムル所ニ依リ公選セラレタル議員ヲ以テ組織ス
; 第三十六条
: 何人モ同時ニ両議院ノ議員タルコトヲ得ス
; 第三十七条
: 凡テ法律ハ帝国議会ノ協賛ヲ経ルヲ要ス
; 第三十八条
: 両議院ハ政府ノ提出スル法律案ヲ議決シ及各々法律案ヲ提出スルコトヲ得
; 第三十九条
: 両議院ノ一ニ於テ否決シタル法律案ハ同会期中ニ於テ再ヒ提出スルコトヲ得ス
; 第四十条
: 両議院ハ法律又ハ其ノ他ノ事件ニ付各々其ノ意見ヲ政府ニ建議スルコトヲ得但シ其ノ採納ヲ得サルモノハ同会期中ニ於テ再ヒ建議スルコトヲ得ス
; 第四十一条
: 帝国議会ハ毎年之ヲ召集ス
; 第四十二条
: 帝国議会ハ三箇月ヲ以テ会期トス必要アル場合ニ於テハ勅命ヲ以テ之ヲ延長スルコトアルヘシ
; 第四十三条
: 臨時緊急ノ必要アル場合ニ於テ常会ノ外臨時会ヲ召集スヘシ
: 臨時会ノ会期ヲ定ムルハ勅命ニ依ル
; 第四十四条
: 帝国議会ノ開会閉会会期ノ延長及停会ハ両院同時ニ之ヲ行フヘシ
: 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ貴族院ハ同時ニ停会セラルヘシ
; 第四十五条
: 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ勅命ヲ以テ新ニ議員ヲ選挙セシメ解散ノ日ヨリ五箇月以内ニ之ヲ召集スヘシ
; 第四十六条
: 両議院ハ各々其ノ総議員三分ノ一以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開キ議決ヲ為スコトヲ得ス
; 第四十七条
: 両議院ノ議事ハ過半数ヲ以テ決ス可否同数ナルトキハ議長ノ決スル所ニ依ル
; 第四十八条
: 両議院ノ会議ハ公開ス但シ政府ノ要求又ハ其ノ院ノ決議ニ依リ秘密会ト為スコトヲ得
; 第四十九条
: 両議院ハ各々天皇ニ上奏スルコトヲ得
; 第五十条
: 両議院ハ臣民ヨリ呈出スル請願書ヲ受クルコトヲ得
; 第五十一条
: 両議院ハ此ノ憲法及議院法ニ掲クルモノヽ外内部ノ整理ニ必要ナル諸規則ヲ定ムルコトヲ得
; 第五十二条
: 両議院ノ議員ハ議院ニ於テ発言シタル意見及表決ニ付院外ニ於テ責ヲ負フコトナシ但シ議員自ラ其ノ言論ヲ演説刊行筆記又ハ其ノ他ノ方法ヲ以テ公布シタルトキハ一般ノ法律ニ依リ処分セラルヘシ
; 第五十三条
: 両議院ノ議員ハ現行犯罪又ハ内乱外患ニ関ル罪ヲ除ク外会期中其ノ院ノ許諾ナクシテ逮捕セラルヽコトナシ
; 第五十四条
: 国務大臣及政府委員ハ何時タリトモ各議院ニ出席シ及発言スルコトヲ得
;:: 第四章 国務大臣及枢密顧問
; 第五十五条
: 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス
: 凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス
; 第五十六条
: 枢密顧問ハ枢密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応ヘ重要ノ国務ヲ審議ス
;:: 第五章 司法
; 第五十七条
: 司法権ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ
: 裁判所ノ構成ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
; 第五十八条
: 裁判官ハ法律ニ定メタル資格ヲ具フル者ヲ以テ之ニ任ス
: 裁判官ハ刑法ノ宣告又ハ懲戒ノ処分ニ由ルノ外其ノ職ヲ免セラルヽコトナシ
: 懲戒ノ条規ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
; 第五十九条
: 裁判ノ対審判決ハ之ヲ公開ス但シ安寧秩序又ハ風俗ヲ害スルノ虞アルトキハ法律ニ依リ又ハ裁判所ノ決議ヲ以テ対審ノ公開ヲ停ムルコトヲ得
; 第六十条
: 特別裁判所ノ管轄ニ属スヘキモノハ別ニ法律ヲ以テ之ヲ定ム
; 第六十一条
: 行政官庁ノ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所ノ裁判ニ属スヘキモノハ司法裁判所ニ於テ受理スルノ限ニ在ラス
;:: 第六章 会計
; 第六十二条
: 新ニ租税ヲ課シ及税率ヲ変更スルハ法律ヲ以テ之ヲ定ムヘシ
: 但シ報償ニ属スル行政上ノ手数料及其ノ他ノ収納金ハ前項ノ限ニ在ラス
: 国債ヲ起シ及予算ニ定メタルモノヲ除ク外国庫ノ負担トナルヘキ契約ヲ為スハ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ
; 第六十三条
: 現行ノ租税ハ更ニ法律ヲ以テ之ヲ改メサル限ハ旧ニ依リ之ヲ徴収ス
; 第六十四条
: 国家ノ歳出歳入ハ毎年予算ヲ以テ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ
: 予算ノ款項ニ超過シ又ハ予算ノ外ニ生シタル支出アルトキハ後日帝国議会ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
; 第六十五条
: 予算ハ前ニ衆議院ニ提出スヘシ
; 第六十六条
: 皇室経費ハ現在ノ定額ニ依リ毎年国庫ヨリ之ヲ支出シ将来増額ヲ要スル場合ヲ除ク外帝国議会ノ協賛ヲ要セス
; 第六十七条
: 憲法上ノ大権ニ基ツケル既定ノ歳出及法律ノ結果ニ由リ又ハ法律上政府ノ義務ニ属スル歳出ハ政府ノ同意ナクシテ帝国議会之ヲ廃除シ又ハ削減スルコトヲ得ス
; 第六十八条
: 特別ノ須要ニ因リ政府ハ予メ年限ヲ定メ継続費トシテ帝国議会ノ協賛ヲ求ムルコトヲ得
; 第六十九条
: 避クヘカラサル予算ノ不足ヲ補フ為ニ又ハ予算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツル為ニ予備費ヲ設クヘシ
; 第七十条
: 公共ノ安全ヲ保持スル為緊急ノ需用アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ政府ハ帝国議会ヲ召集スルコト能ハサルトキハ勅令ニ依リ財政上必要ノ処分ヲ為スコトヲ得
: 前項ノ場合ニ於テハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
; 第七十一条
: 帝国議会ニ於テ予算ヲ議定セス又ハ予算成立ニ至ラサルトキハ政府ハ前年度ノ予算ヲ施行スヘシ
; 第七十二条
: 国家ノ歳出歳入ノ決算ハ会計検査院之ヲ検査確定シ政府ハ其ノ検査報告ト倶ニ之ヲ帝国議会ニ提出スヘシ
: 会計検査院ノ組織及職権ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
;:: 第七章 補則
; 第七十三条
: 将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ
: 此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス
; 第七十四条
: 皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス
: 皇室典範ヲ以テ此ノ憲法ノ条規ヲ変更スルコトヲ得ス
; 第七十五条
: 憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス
; 第七十六条
: 法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用井タルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有ス
: 歳出上政府ノ義務ニ係ル現在ノ契約又ハ命令ハ総テ第六十七条ノ例ニ依ル
==新字体・ 平仮名版 ==
<h3> 告文 </h3>
皇朕れ、謹み畏み<br/>
皇祖<br/>
皇宗の神霊に誥け白さく、皇朕れ、天壌無窮の宏謨に循ひ、惟神の宝祚を承継し、旧図を保持して敢て失墜すること無し。顧みるに、世局の進運に膺り、人文の発達に随ひ宜く<br/>
皇祖<br/>
皇宗の遺訓を明徴にし、典憲を成立し、条章を昭示し、内は以て子孫の率由する所と為し、外は以て臣民翼賛の道を広め永遠に遵行せしめ、益々国家の丕基を鞏固にし、八洲民生の慶福を増進すへし。茲に[[皇室典範 (明治二十二年二月十一日)|皇室典範]]及憲法を制定す。惟ふに、此れ皆<br/>
皇祖<br/>
皇宗の後裔に貽したまへる統治の、洪範を紹述するに外ならす。而して、朕か躬に逮て時と倶に挙行することを得るは、洵に<br/>
皇祖<br/>
皇宗及我か<br/>
皇考の威霊に倚藉するに由らさるは無し。皇朕れ仰て<br/>
皇祖<br/>
皇宗及<br/>
皇考の神祐を祷り併せて、朕か現在及将来に臣民に率先し、此の憲章を履行して愆らさらむことを誓ふ。庶幾くは<br/>
神霊、此れを鑑みたまへ。
<h3> 憲法発布勅語 </h3>
朕、国家の隆昌と臣民の慶福とを以て、中心の欣栄とし、朕か祖宗に承くるの大権に依り、現在及将来の臣民に対し、此の不磨の大典を宣布す。
惟ふに、我か祖我か宗は我か臣民祖先の協力輔翼に倚り、我か帝国を肇造し、以て無窮に垂れたり。此れ、我か神聖なる祖宗の威徳と並に臣民の忠実勇武にして、国を愛し、公に殉ひ以て此の光輝ある国史の成跡を貽したるなり。朕、我か臣民は即ち祖宗の忠良なる臣民の子孫なるを回想し、其の朕か意を奉体し、朕か事を奨順し、相与に和衷協同し、益々我か帝国の光栄を中外に宣揚し、祖宗の遺業を永久に鞏固ならしむるの希望を同くし、此の負担を分つに堪ふることを疑はさるなり。
<h3> (上諭) </h3>
朕、祖宗の遺烈を承け、万世一系の帝位を践み、朕か親愛する所の臣民は、即ち朕か祖宗の恵撫慈養したまひし所の臣民なるを念ひ、其の康福を増進し其の懿徳良能を発達せしめむことを願ひ、又、其の翼賛に依り、与に倶に国家の進運を扶持せむことを望み、乃ち、[[國會開設ノ勅諭|明治十四年十月十二日の詔命]]を履践し、茲に大憲を制定し、朕か率由する所を示し、朕か後嗣及臣民及臣民の子孫たる者をして、永遠に循行する所を知らしむ。
国家統治の大権は、朕か之を祖宗に承けて、之を子孫に伝ふる所なり。朕及朕か子孫は、将来此の憲法の条章に循ひ、之を行ふことを愆らさるへし。
朕は、我か臣民の権利及財産の安全を貴重し、及、之を保護し、此の憲法及法律の範囲内に於て、其の享有を完全ならしむへきことを宣言す。
帝国議会は、明治二十三年を以て、之を召集し議会開会の時を以て、此の憲法をして有効ならしむるの期とすへし。
将来、若、此の憲法の或る条章を改定するの必要なる時宜を見るに至らは、朕及朕か継統の子孫は、発議の権を執り、之を議会に付し、議会は此の憲法に定めたる要件に依り、之を議決するの外、朕か子孫及臣民は、敢て、之か紛更を試みることを得さるへし。
朕か在廷の大臣は、朕か為に此の憲法を施行するの責に任すへく、朕か現在及将来の臣民は、此の憲法に対し、永遠に従順の義務を負ふへし。
{{御名御璽}}
<div style="margin-left:4em">
明治二十二年二月十一日
</div>
{| border="0" align="right"
|-
|内閣総理大臣||伯爵||黒田清隆
|-
|枢密院議長||伯爵||伊藤博文
|-
|外務大臣||伯爵||大隈重信
|-
|海軍大臣||伯爵||西郷従道
|-
|農商務大臣||伯爵||井上 馨
|-
|司法大臣||伯爵||山田顕義
|-
|大蔵大臣兼内務大臣||伯爵||松方正義
|-
|陸軍大臣||伯爵||大山 巌
|-
|文部大臣||子爵||森 有礼
|-
|逓信大臣||子爵||榎本武揚
|}
{{-}}
;大日本帝国憲法
;:: 第一章 天皇
; 第一条
: 大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す
; 第二条
: 皇位は皇室典範の定むる所に依り皇男子孫之を継承す
; 第三条
: 天皇は神聖にして侵すへからす
; 第四条
: 天皇は国の元首にして統治権を総攬し此の憲法の条規に依り之を行ふ
; 第五条
: 天皇は帝国議会の協賛を以て立法権を行ふ
; 第六条
: 天皇は法律を裁可し其の公布及執行を命す
; 第七条
: 天皇は帝国議会を召集し其の開会閉会停会及衆議院の解散を命す
; 第八条
: 天皇は公共の安全を保持し又は其の災厄を避くる為緊急の必要に由り帝国議会閉会の場合に於て法律に代るへき勅令を発す
: 此の勅令は次の会期に於て帝国議会に提出すへし若議会に於て承諾せさるときは政府は将来に向て其の効力を失ふことを公布すへし
; 第九条
: 天皇は法律を執行する為に又は公共の安寧秩序を保持し及臣民の幸福を増進する為に必要なる命令を発し又は発せしむ但し命令を以て法律を変更することを得す
; 第十条
: 天皇は行政各部の官制及文武官の俸給を定め及文武官を任免す但し此の憲法又は他の法律に特例を掲けたるものは各々其の条項に依る
; 第十一条
: 天皇は陸海軍を統帥す
; 第十二条
: 天皇は陸海軍の編制及常備兵額を定む
; 第十三条
: 天皇は戦を宣し和を講し及諸般の条約を締結す
; 第十四条
: 天皇は戒厳を宣告す
: 戒厳の要件及効力は法律を以て之を定む
; 第十五条
: 天皇は爵位勲章及其の他の栄典を授与す
; 第十六条
: 天皇は大赦特赦減刑及復権を命す
; 第十七条
: 摂政を置くは皇室典範の定むる所に依る
: 摂政は天皇の名に於て大権を行ふ
;:: 第二章 臣民権利義務
; 第十八条
: 日本臣民たるの要件は法律の定むる所に依る
; 第十九条
: 日本臣民は法律命令の定むる所の資格に応し均く文武官に任せられ及其の他の公務に就くことを得
; 第二十条
: 日本臣民は法律の定むる所に従ひ兵役の義務を有す
; 第二十一条
: 日本臣民は法律の定むる所に従ひ納税の義務を有す
; 第二十二条
: 日本臣民は法律の範囲内に於て居住及移転の自由を有す
; 第二十三条
: 日本臣民は法律に依るに非すして逮捕監禁審問処罰を受くることなし
; 第二十四条
: 日本臣民は法律に定めたる裁判官の裁判を受くるの権を奪はるゝことなし
; 第二十五条
: 日本臣民は法律に定めたる場合を除く外其の許諾なくして住所に侵入せられ及捜索せらるゝことなし
; 第二十六条
: 日本臣民は法律に定めたる場合を除く外信書の秘密を侵さるゝことなし
; 第二十七条
: 日本臣民は其の所有権を侵さるゝことなし
: 公益の為必要なる処分は法律の定むる所に依る
; 第二十八条
: 日本臣民は安寧秩序を妨けす及臣民たるの義務に背かさる限に於て信教の自由を有す
; 第二十九条
: 日本臣民は法律の範囲内に於て言論著作印行集会及結社の自由を有す
; 第三十条
: 日本臣民は相当の敬礼を守り別に定むる所の規程に従ひ請願を為すことを得
; 第三十一条
: 本章に掲けたる条規は戦時又は国家事変の場合に於て天皇大権の施行を妨くることなし
; 第三十二条
: 本章に掲けたる条規は陸海軍の法令又は紀律に牴触せさるものに限り軍人に準行す
;:: 第三章 帝国議会
; 第三十三条
: 帝国議会は貴族院衆議院の両院を以て成立す
; 第三十四条
: 貴族院は貴族院令の定むる所に依り皇族華族及勅任せられたる議員を以て組織す
; 第三十五条
: 衆議院は選挙法の定むる所に依り公選せられたる議員を以て組織す
; 第三十六条
: 何人も同時に両議院の議員たることを得す
; 第三十七条
: 凡て法律は帝国議会の協賛を経るを要す
; 第三十八条
: 両議院は政府の提出する法律案を議決し及各々法律案を提出することを得
; 第三十九条
: 両議院の一に於て否決したる法律案は同会期中に於て再ひ提出することを得す
; 第四十条
: 両議院は法律又は其の他の事件に付各々其の意見を政府に建議することを得但し其の採納を得さるものは同会期中に於て再ひ建議することを得す
; 第四十一条
: 帝国議会は毎年之を召集す
; 第四十二条
: 帝国議会は三箇月を以て会期とす必要ある場合に於ては勅命を以て之を延長することあるへし
; 第四十三条
: 臨時緊急の必要ある場合に於て常会の外臨時会を召集すへし
: 臨時会の会期を定むるは勅命に依る
; 第四十四条
: 帝国議会の開会閉会会期の延長及停会は両院同時に之を行ふへし
: 衆議院解散を命せられたるときは貴族院は同時に停会せらるへし
; 第四十五条
: 衆議院解散を命せられたるときは勅命を以て新に議員を選挙せしめ解散の日より五箇月以内に之を召集すへし
; 第四十六条
: 両議院は各々其の総議員三分の一以上出席するに非されは議事を開き議決を為すことを得す
; 第四十七条
: 両議院の議事は過半数を以て決す可否同数なるときは議長の決する所に依る
; 第四十八条
: 両議院の会議は公開す但し政府の要求又は其の院の決議に依り秘密会と為すことを得
; 第四十九条
: 両議院は各々天皇に上奏することを得
; 第五十条
: 両議院は臣民より呈出する請願書を受くることを得
; 第五十一条
: 両議院は此の憲法及議院法に掲くるものゝ外内部の整理に必要なる諸規則を定むることを得
; 第五十二条
: 両議院の議員は議院に於て発言したる意見及表決に付院外に於て責を負ふことなし但し議員自ら其の言論を演説刊行筆記又は其の他の方法を以て公布したるときは一般の法律に依り処分せらるへし
; 第五十三条
: 両議院の議員は現行犯罪又は内乱外患に関る罪を除く外会期中其の院の許諾なくして逮捕せらるゝことなし
; 第五十四条
: 国務大臣及政府委員は何時たりとも各議院に出席し及発言することを得
;:: 第四章 国務大臣及枢密顧問
; 第五十五条
: 国務各大臣は天皇を輔弼し其の責に任す
: 凡て法律勅令其の他国務に関る詔勅は国務大臣の副署を要す
; 第五十六条
: 枢密顧問は枢密院官制の定むる所に依り天皇の諮詢に応へ重要の国務を審議す
;:: 第五章 司法
; 第五十七条
: 司法権は天皇の名に於て法律に依り裁判所之を行ふ
: 裁判所の構成は法律を以て之を定む
; 第五十八条
: 裁判官は法律に定めたる資格を具ふる者を以て之に任す
: 裁判官は刑法の宣告又は懲戒の処分に由るの外其の職を免せらるゝことなし
: 懲戒の条規は法律を以て之を定む
; 第五十九条
: 裁判の対審判決は之を公開す但し安寧秩序又は風俗を害するの虞あるときは法律に依り又は裁判所の決議を以て対審の公開を停むることを得
; 第六十条
: 特別裁判所の管轄に属すへきものは別に法律を以て之を定む
; 第六十一条
: 行政官庁の違法処分に由り権利を傷害せられたりとするの訴訟にして別に法律を以て定めたる行政裁判所の裁判に属すへきものは司法裁判所に於て受理するの限に在らす
;:: 第六章 会計
; 第六十二条
: 新に租税を課し及税率を変更するは法律を以て之を定むへし
: 但し報償に属する行政上の手数料及其の他の収納金は前項の限に在らす
: 国債を起し及予算に定めたるものを除く外国庫の負担となるへき契約を為すは帝国議会の協賛を経へし
; 第六十三条
: 現行の租税は更に法律を以て之を改めさる限は旧に依り之を徴収す
; 第六十四条
: 国家の歳出歳入は毎年予算を以て帝国議会の協賛を経へし
: 予算の款項に超過し又は予算の外に生したる支出あるときは後日帝国議会の承諾を求むるを要す
; 第六十五条
: 予算は前に衆議院に提出すへし
; 第六十六条
: 皇室経費は現在の定額に依り毎年国庫より之を支出し将来増額を要する場合を除く外帝国議会の協賛を要せす
; 第六十七条
: 憲法上の大権に基つける既定の歳出及法律の結果に由り又は法律上政府の義務に属する歳出は政府の同意なくして帝国議会之を廃除し又は削減することを得す
; 第六十八条
: 特別の須要に因り政府は予め年限を定め継続費として帝国議会の協賛を求むることを得
; 第六十九条
: 避くへからさる予算の不足を補ふ為に又は予算の外に生したる必要の費用に充つる為に予備費を設くへし
; 第七十条
: 公共の安全を保持する為緊急の需用ある場合に於て内外の情形に因り政府は帝国議会を召集すること能はさるときは勅令に依り財政上必要の処分を為すことを得
: 前項の場合に於ては次の会期に於て帝国議会に提出し其の承諾を求むるを要す
; 第七十一条
: 帝国議会に於て予算を議定せす又は予算成立に至らさるときは政府は前年度の予算を施行すへし
; 第七十二条
: 国家の歳出歳入の決算は会計検査院之を検査確定し政府は其の検査報告と倶に之を帝国議会に提出すへし
: 会計検査院の組織及職権は法律を以て之を定む
;:: 第七章 補則
; 第七十三条
: 将来此の憲法の条項を改正するの必要あるときは勅命を以て議案を帝国議会の議に付すへし
: 此の場合に於て両議院は各々其の総員三分の二以上出席するに非されは議事を開くことを得す出席議員三分の二以上の多数を得るに非されは改正の議決を為すことを得す
; 第七十四条
: 皇室典範の改正は帝国議会の議を経るを要せす
: 皇室典範を以て此の憲法の条規を変更することを得す
; 第七十五条
: 憲法及皇室典範は摂政を置くの間之を変更することを得す
; 第七十六条
: 法律規則命令又は何等の名称を用ゐたるに拘らす此の憲法に矛盾せさる現行の法令は総て遵由の効力を有す
: 歳出上政府の義務に係る現在の契約又は命令は総て第六十七条の例に依る
== 註釈 ==
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻
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2026-05-12T13:26:01Z
村田ラジオ
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校正
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wikitext
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| title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史
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*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:キリスト教]]
[[Category:キリスト教の歴史]]
[[Category:教父]]
[[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]]
}}
*[[/導入|導入]]
*[[/第1章|第1章]] キリストの昇天後に使徒たちが辿った道
*[[/第2章|第2章]] ピラトからキリストについて知らされたとき、ティベリウスがどのような影響を受けたか
*[[/第3章|第3章]] キリストの教義はすぐに全世界に広まった
*[[/第4章|第4章]] ティベリウスの死後、ガイウスはヘロデを永久追放に処し、アグリッパをユダヤ人の王に任命した
*[[/第5章|第5章]] ユダヤ人を代表してフィロンがガイウスに派遣した使節団
*[[/第6章|第6章]] キリストに対するユダヤ人の傲慢さの後に彼らを襲った不幸
*[[/第7章|第7章]] ピラトの自殺
*[[/第8章|第8章]] クラウディウス帝の治世中に起こった飢饉
*[[/第9章|第9章]] 使徒ヤコブの殉教
*[[/第10章|第10章]] ヘロデとも呼ばれるアグリッパは、使徒たちを迫害したため、すぐに神の復讐を経験した
*[[/第11章|第11章]] 詐欺師テウダスとその追随者
*[[/第12章|第12章]] オスロエネの女王ヘレン
*[[/第13章|第13章]] シモン・マグス
*[[/第14章|第14章]] ローマにおける使徒ペテロの説教
*[[/第15章|第15章]] マルコによる福音書
*[[/第16章|第16章]] マルコはエジプトの住民に初めてキリスト教を宣べ伝えた
*[[/第17章|第17章]] エジプトの禁欲主義者についてのフィロンの記述
*[[/第18章|第18章]] 私たちに伝わっているフィロンの著作
*[[/第19章|第19章]] 過越の日にエルサレムのユダヤ人に起こった災難
*[[/第20章|第20章]] ネロの治世中にエルサレムで起こった出来事
*[[/第21章|第21章]] 使徒言行録にも登場するエジプト人
*[[/第22章|第22章]] パウロはユダヤからローマに拘束されて送られ、弁明を行い、すべての容疑から無罪となった
*[[/第23章|第23章]] 主の兄弟と呼ばれたヤコブの殉教
*[[/第24章|第24章]] マルコに続くアレクサンドリア教会の初代司教アンニアヌス
*[[/第25章|第25章]] ネロ帝の治世下の迫害においてパウロとペテロは宗教のために殉教し、ローマで名誉を受けた
*[[/第26章|第26章]] 数え切れないほどの悪に苦しめられたユダヤ人は、ローマ人に対する最後の戦争を開始した
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Philip Schaff, "Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II"を翻訳
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ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書
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村田ラジオ
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*底本: Philip Schaff, Benjamin Plummer Pratten, "[[s:en:Ante-Nicene Fathers/Volume VIII/Memoirs of Edessa And Other Ancient Syriac Documents|Ante-Nicene Fathers/Volume VIII/Memoirs of Edessa And Other Ancient Syriac Documents]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:ニカイア以前の教父たち]]
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==目録==
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/タイトルページ|タイトルページ]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/序文|序文]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/エデッサ王に関する物語|エデッサ王に関する物語]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/エデッサの教師マル・ヤコブの賛歌|エデッサの教師マル・ヤコブの賛歌]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/アブガルとアダイに関する抜粋|アブガルとアダイに関する抜粋]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/使徒アダイの教え|使徒アダイの教え]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/使徒の教え|使徒の教え]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/ローマ市におけるシモン・ケパの教え|ローマ市におけるシモン・ケパの教え]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/シャルビルの行伝|シャルビルの行伝]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/解明|解明]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/助祭ハビブの殉教|助祭ハビブの殉教]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/聖なる告白者シャムナ、グリア、ハビブの殉教|聖なる告白者シャムナ、グリア、ハビブの殉教、シメオン・メタフラステスより]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/ホレネのモーゼス、アルメニアの歴史|ホレネのモーゼス、アルメニアの歴史]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/マル・ヤコブによる説教集|マル・ヤコブによる説教集]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/古代シリア語文書の紹介|古代シリア語文書の紹介]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/バルダイサン、諸国の法律の書|バルダイサン、諸国の法律の書]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/セラピオンの息子マラの手紙|セラピオンの息子マラの手紙]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/アンブロシウス|アンブロシウス]]
*[[ニカイア以前の教父たち/第8巻/エデッサの記録とその他の古代シリア語文書/解説|解説]]
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Philip Schaff, Benjamin Plummer Pratten, "Ante-Nicene Fathers/Volume VIII/Memoirs of Edessa And Other Ancient Syriac Documents" を翻訳
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論考 (ヴェローナのゼノ)
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村田ラジオ
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*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:4世紀]]
[[Category:キリスト教]]
[[Category:教父]]
[[Category:ヴェローナのゼノ]]
[[Category:キリスト教の歴史]]
[[Category:キリスト教神学]]
[[Category:パトロロギア・ラティナ]]
}}
== 論考 (ヴェローナのゼノ) ==
ミーニュ・パトロロギア・ラティナ第11巻
===第1巻===
*[[/1-1|論文1]] 信仰について
*[[/1-2|論文2]] 希望・信仰・愛について
*[[/1-3|論文3]] 正義について
*[[/1-4|論文4]] 貞潔について
*[[/1-5|論文5]] 禁欲について
*[[/1-6|論文6]] 忍耐について
*[[/1-7|論文7]] 謙遜について
*[[/1-8|論文8]] 恐れについて
*[[/1-9|論文9]] 貪欲についてI
*[[/1-10|論文10]] 貪欲についてII
*[[/1-11|論文11]] 貪欲についてIII
*[[/1-12|論文12]] 霊と肉体について
*[[/1-13|論文13]] 割礼について
*[[/1-14|論文14]] 神の家の霊的建築について
*[[/1-15|論文15]] 三種類の犠牲について
*[[/1-16|論文16]] 復活について
===第2巻===
*[[/2-1|論文1]] 創世記について。-アリウス派に対する反論
*[[/2-2|論文2]] 創世記について。
*[[/2-3|論文3]] 創世記、すなわち神の子の永遠の誕生について。
*[[/2-4|論文4]] 創世記について、または神の子の永遠の誕生について。
*[[/2-5|論文5]] 信仰について、あるいは神の永遠の御子について。
*[[/2-6|論文6]] 「彼が王国を神であり父である方に渡したとき」と書かれていることについて。
*[[/2-7|論文7]] 主の降誕について I.
*[[/2-8|論文8]] 主の誕生について II.
*[[/2-9|論文9]] 主の誕生と威厳について
*[[/2-10|論文10]] アブラハムについて I.
*[[/2-11|論文11]] アブラハムについて II.(冒頭部分が欠落している。)
*[[/2-12|論文12]] アブラハムについて III.
*[[/2-13|論文13]] ヤコブの夢について
*[[/2-14|論文14]] ユダについて
*[[/2-15|論文15]] ヨブについて
*[[/2-16|論文16]] スザンナについて
*[[/2-17|論文17]] 預言者ヨナについて
*[[/2-18|論文18]] 聖アルカディウスの誕生日に、彼の誕生日は...
*[[/2-19|論文19]] 創世記について: 我々の形に似せて人を造ろう...
*[[/2-20|論文20]] 創世記の同じ箇所。簡単に言うと...
*[[/2-21|論文21]] 詩篇第100篇について
*[[/2-22|論文22]] イザヤ書について I
*[[/2-23|論文23]] イザヤ書について II
*[[/2-24|論文24]] イザヤ書について III
*[[/2-25|論文25]] イザヤ書について IV
*[[/2-26|論文26]] イザヤ書について V
*[[/2-27|論文27]] イザヤ書について VI
*[[/2-28|論文28]] イザヤ書について VII
*[[/2-29|論文29]] イザヤ書について VIII 、またはキリストの到来について...
*[[/次の論文に関する勧告|次の論文に関する勧告]]
**[[/2-30|論文30-39]] 泉への招き
**[[/2-40|論文40-49]] 洗礼後の新改宗者へ
**[[/2-50|論文50-59]] 復活祭について
**[[/2-60|論文60-69]] 出エジプト記について
**[[/2-70|論文70-77]] ダニエル書について
:::[[論考 (ヴェローナのゼノ)#論考 (ヴェローナのゼノ)|先頭に戻る]]
==出典==
*[https://la.wikisource.org/wiki/Patrologia_Latina/11 Patrologia Latina/11]
*底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Tractatus_(Zeno_Veronensis) Tractatus (Zeno Veronensis)] 『論考 (ヴェローナのゼノ)』 J. P. Migne 1846 early modern edition.
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ラテン語版 Wikisource, [[la:Tractatus (Zeno Veronensis)]] J. P. Migne 1846 early modern edition を翻訳
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第12章
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242359
2026-05-12T12:36:59Z
村田ラジオ
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Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 12]] を翻訳
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*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 12|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 12]]".
*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:キリスト教]]
[[Category:キリスト教の歴史]]
[[Category:教父]]
[[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]]
}}
===エウセビオスの教会史===
第2巻
———————————
'''第12章''' — オスロエネの女王ヘレン。
1. <ref>ヨセフス『ユダヤ古代誌』第20巻5章2節。</ref>「この頃<ref>これらの総督、クスピウス・ファドゥスとティベリウス・アレクサンダーの時代に。</ref>ユダヤで大飢饉<ref>ヨセフスは既に彼の『ユダヤ古代誌』 第2章第5節でこの飢饉について言及している。</ref>が起こり、ヘレン女王<ref>ヨセフスは『ユダヤ古代誌』第20巻第2章で、このヘレンと彼女の息子イザテスについて詳しく述べている。ヘレンはアディアベネの王モナバゾスの妻であり、後継者イザテスの母であった。イザテスとヘレンは共にユダヤ教に改宗し、ヘレンはたまたま飢饉の時期にエルサレムにやって来て、苦難を和らげるために多大な貢献をし、息子も彼女の慈善活動に賛同した。二人の死後、母子の遺骨はエルサレムに運ばれ、ヘレンが3つのピラミッドを建てた城壁のすぐ外側に埋葬された(ヨセフス『ユダヤ古代誌』第20巻第4章第3節)。</ref>はエジプトから多額の穀物を買い付け、貧しい人々に分け与えた。」
2. この記述は使徒言行録とも一致しており、アンティオキアの弟子たちが「それぞれ自分の力に応じて、ユダヤに住む兄弟たちに救援物資を送ることを決意し、バルナバとパウロを通して長老たちに送った」と記されている<ref>使徒行伝11章29節、30節。使徒行伝のこの箇所では、パウロの代わりにサウロが登場する。しかし、エウセビオスによる変更はごく自然なものである。</ref>。
3. 歴史家が言及しているこのヘレンの壮麗な記念碑<ref>「パウサニアス(『アルカディキス』の中で)はヘレンのこれらの偉大な記念碑について語り、それらをマウソロスの墓と比較している。ヒエロニムスもまた、それらが彼の時代に存在していたことを証言している。ヘレンはエルサレムに宮殿も持っていた」(ストロス Stroth)。</ref>は、現在エリヤと呼ばれる都市の郊外に今も残っている<ref>エリア(Ælia) は、ハドリアヌス帝がエルサレムの跡地に建設した異教徒の都市です(下記、第4巻第6章を参照)。</ref>。彼女はアディアベニ族の女王であったと言われている<ref>アディアベネはおそらくティグリス川、リュコス川、ゴルディア山脈の間に位置する小さな州であった(ディオン・カッシウス、LXVIII参照)が、ヴォー(スミスのギリシア・ローマ地理辞典)によれば、プリニウスの時代以前には、この言葉はより広い意味でアッシリア全般を指すのに使われていた(プリニウス『博物誌』第6巻第12章、およびアンミアヌス・マルケリヌス、XXIII. 6参照)。イザテスは狭義のアディアベネの王であった。</ref>。
:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第12章#エウセビオスの教会史|先頭に戻る]]
==脚注==
{{Reflist}}
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Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 12]] を翻訳
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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第13章
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村田ラジオ
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Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 13]] を翻訳
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| notes =
*底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 13|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 13]]".
*ウィキソースによる日本語訳
{{DEFAULTSORT:にかいあきようふとにかいあこきようふ 201 3 07 13}}
[[Category:キリスト教]]
[[Category:キリスト教の歴史]]
[[Category:教父]]
[[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]]
}}
===エウセビオスの教会史===
第2巻
———————————
'''第13章''' — シモン・マグス<ref>ロイターダールが指摘するように、エウセビオスの『教会史』の中で、異端に関する章ほど不完全で不十分な章はないが、これは著者よりも時代に起因するところが大きい。異端を悪魔の仕業、すべての異端者を悪魔の選んだ道具と見なしていた人々にとって、異端を正しく理解し、そこに何らかの真理を見出すことは全く不可能だった。エウセビオスは、異端者に関する情報を伝聞のみで提供し、直接引用していないため、一部の人々から非難されている。しかし、この方法は決してエウセビオス特有のものではなく、さらに、彼が異端者の著作に触れる機会がなかった可能性が非常に高いことを忘れてはならない。エイレナイオス、ヒッポリュトスらが記した異端者の記述は当然保存されたであろうが、異端者自身の著作は敬虔な心で可能な限りキリスト教の図書館から排除され、教会内に異端者の知識が長く残ることはなかったであろう。今日、私たちがこれらの異端について知るために頼らざるを得ない資料は、このことを如実に示している。私たちはほとんど彼らの敵を通してのみ異端者を知るのであり、エウセビオスも同様の方法で、おそらく同じ理由で異端者を知っていたのである。</ref>。
1. しかし、救い主であり主であるイエス・キリストへの信仰がすべての人々の間に広まった今<ref>第3章注1を参照。</ref>、人類の救いの敵は帝都を奪取する計画を立てました。彼は前述のシモン<ref>シモン・マグスは使徒言行録8章9節以降(上記第1章で引用)に初めて登場し、初期教会史において非常に重要な役割を果たしました。彼の生涯は伝説によって大きく脚色されているため、信頼できる記述を抽出することは非常に困難です。実際、テュービンゲン学派をはじめとする現代の批評家の中には、そのような人物の存在を完全に否定し、シモンの仮面をかぶった真の異端者として攻撃された使徒パウロに対する敵意から生み出されたユダヤ系キリスト教徒の作り話として、彼の記述を片付けています。しかし、パウロとシモンを同一視する根拠は非常に薄弱であり、両者が明確に区別されている箇所が多数挙げられます。実際、パウロとシモンを同一視するという考えは、『認識』の著者には思い浮かばなかったようです。せいぜい言えることは、説教集の著者が、疑いなく意図的に、シモンの描写にパウロ的な特徴をいくつか与えているということだが、だからといって、シモンがパウロの単なる仮面であるという意味ではない(サルモンの論文「クレメンス文学」、キリスト伝記辞典第1巻576ページ参照)。したがって、シモンの原型はパウロには見当たらない。3世紀のこの物語は、実在の歴史上の人物に基づいている。使徒言行録やユスティノス殉教録における初期の記述、そして教会内のあらゆる派閥の間での共通の伝承を説明するためには、その人物の実在を前提としなければならない。サルモンは、ユスティノス殉教録や後のすべてのシモン伝説の基となったギットンのシモンを、使徒言行録に登場するシモンとは異なる2世紀のグノーシス主義者とみなしている(サルモンの優れた論文「シモン・マグス」、キリスト伝記辞典第4巻681ページ以降参照)。偽クレメンス文書では、シモンは広く旅をしてあらゆる方向に誤謬を広め、ペテロは彼の偽善を暴くために彼を追いかけ、公の場で繰り返し反駁し、ついにローマで彼を完全に打ち負かし、シモンは自殺して生涯を終えるとされている。彼の死と生涯は、さまざまな矛盾した伝説的な伝承に記録されている(下記の注9を参照)。シモンに関する古代の記述については、ユスティノス殉教者『第一弁明』 I. 26および56、および『対話録』c. トリュフォン CXX.、偽クレメンス文書『説教と認識』、エイレナイオス『異端反駁』I. 23、ヒッポリュトス『VI. 2 sq.』、テルトゥリアヌスの『護教論』、『偶像崇拝について』、『魂について』など、『使徒憲章』VII. 7以下、アルノビウス『異邦人に対する弁明』 II. 12などを参照。使徒ペテロとパウロの行伝(アンテ・ニカイア教父、アメリカ版第8巻、477頁以降);エピファニオス『異端論』XXI.; およびテオドレトス『Hear. Fab.』 I. 1。また、シンケルの聖書辞典第5巻のリプシウスの記事も参照。</ref>をローマに導き、その欺瞞的な策略を助け、ローマの多くの住民を惑わし、こうして彼らを自らの支配下に置いたのです。
2. これは、使徒たちの時代からそれほど遠くない時代に生きた、私たちの著名な著述家の一人であるユスティノス<ref>彼の『第一弁明』 26、56。</ref>によって述べられています。彼については、適切な箇所で述べます<ref> 第4巻、第8章、第 11章、第16~18章。</ref>。この人物の著作を読んでみてください。彼は、私たちの宗教を擁護するためにアントニヌス帝に宛てた最初の弁明書<ref>ユスティノスの弁明については、下記、第 4 巻、第 18 章、注 2 を参照。</ref>の中で、次のように書いています<ref>ユスティノスの『第一弁明』26.</ref>。
3. 「主が天に昇られた後、悪魔たちは、自らを神と称する者たちを差し向けました。そして、あなた方は彼らを迫害せずに済ませただけでなく、敬意を払うに値するとさえ見なしました。その一人に、ギット村のサマリア人シモン<ref>ギットンはサマリアの村で、フラヴィア・ネアポリス(現在のナブルス)の近くにあり、ロビンソンは現在のクリエット・ジット村と同一視している(ロビンソンの聖書研究、 III、144ページ、注を参照)。ヨセフス( 『ユダヤ古代誌』第22巻、7章、2節)がほぼ同時期にキプロスで生まれたシモンという名の魔術師について言及していることから、ユスティノスの報告の正確さに疑問を呈する人もいる。キプロスにはキトンという町があり、ユスティノスはこの場所をサマリアのギットンと間違えたのではないかと考えられている。しかし、多くの批評家がそうしているように、二人のシモンが同一人物であると仮定したとしても、サマリア出身のユスティノスが自分の国に関する質問で間違えた可能性は、ヨセフスが間違えた可能性よりも低い。シモンの活動はキプロスにまで及んでいた可能性があり、その場合、ヨセフスは彼の出生地を間違えた可能性は十分にある。</ref>がいます。彼はクラウディウス帝の治世<ref>ユスティノスはここで、シモンのローマ訪問をクラウディウス帝(西暦41~54年)の治世に位置づけており、エイレナイオスも同様である。他の記述ではネロ帝の治世に位置づけているが、彼の死の詳細はそれぞれ異なっている。自殺、逃亡を試みて負傷し死亡した、三日目に復活することを期待して自ら埋葬されたなど、様々な伝承が伝えられている。しかし、いずれの伝承も、彼がいつかローマを訪れたという点では一致している。</ref>に、あなたの帝都で、彼に憑依した悪魔の力によって数々の強力な魔術を行い、神とみなされました。そして、神としてあなた方は彼を称え、ティベレ川<ref>つまり、バチカンから少し下流のテヴェレ川の中央にある島で、現在はイゾラ・ティベリアーナ、またはディ・サン・セバスティアーノと呼ばれています。</ref>の二つの橋の間に像を建てました。その像には、ラテン語で「Simoni Deo Sancto」、すなわち「聖なる神シモンに」という碑文が刻まれていました<ref>1574年 、ユスティノス殉教者が記述した場所で「Semoni Sanco deo fidio, &c. 」と刻まれた像が発見されたが、この像はサビニ人の神セモ・サンクスに捧げられたものであった。したがって、ユスティノスがこの像をシモン・マグスの像と間違えた可能性が非常に高い。これは現在一般的に受け入れられている見解であるが、アンテ・ニカイア教父の『ユスティノス殉教者』の翻訳者はこれに異議を唱えている(アメリカ版第1巻171ページ、注を参照)。この報告はユスティノスが『弁明』 56で2度目に、またエイレナイオス(I. 23. 1)(ただし、彼は単に「言われている」と述べているだけで、ユスティノス殉教者からのみ知識を得た可能性がある)とテルトゥリアヌス『 弁明』第13章でも述べられている。最後のテルトゥリアヌスは、この点でユスティノスから独立していたとしても、一般的に信頼性の低い権威である(独立していた可能性は低い)。ローマに住んでいたヒッポリュトスは、シモンの死について記述しているが(第7巻第15章)、像については何も述べておらず、彼の沈黙は像の存在を否定する強力な根拠となっている。</ref>。
4. そして、ほとんどすべてのサマリア人と、他の民族の少数の者も、彼を最初の神として告白し、崇拝せよ。当時、フェニキアのティルスでかつて娼婦であったヘレナ<ref>このヘレンについて、エイレナイオス I. 23、ヒッポリュトス VI. 15 (重要な詳細をいくつか追加)、テルトゥリアヌス『De Anima』、 34、エピファニウス『Hær.』 21、テオドレトス『Hær. Fab.』 I. 1 によって同様の話が語られている。オリゲネス 『Contra Celsum』 V. 62 も参照。シモンはこのヘレンが彼の心の最初の概念であり、万物の母であり、神の知性の擬人化であると教えた。エイレナイオス (I. 23. 4) とヒッポリュトス (VI. 15、第14章、注8 を参照) によると、シモン派はシモンとヘレンの像を持っており、彼らをユピテルとミネルヴァとして崇拝していた。これらの教父たちが記録したシモンの教義と実践は、すべてのグノーシス主義体系に共通する一般的な概念をいくつか示しているが、グノーシス主義の粗雑で未発達な形態を示している。ヘレンについては、サルモンの『キリスト伝記辞典』第2巻880ページ以降、およびシモン・マグスに関するすべての著作を参照のこと。</ref>という女性が彼と共にいた。そして、彼女は彼から発せられた最初の思想と呼ばれている<ref>この概念(žννοια)の捉え方は完全にグノーシス主義的であり、すべてのグノーシス主義体系において重要な役割を果たしている。これらの体系のほとんどは、δύναμιςとžννοιαを、すべての存在がその結合から生じた根源的な原理として認識する二元論的な要素を持っていた。これらの一般的な概念は、さまざまな体系において多様な形で現れた。</ref>。
5. ユスティノスはこれらのことを述べており、エイレナイオスも著書『異端反駁』の第一巻でユスティノスに同意している。同書では、ユスティノス<ref>エイレナイオス『異端反駁』第1巻23</ref>とその冒涜的で不純な教えについて記述している。ここで彼の記述を引用する必要はないだろう。なぜなら、彼に続く異端の指導者たちの起源、生涯、そして誤った教義、さらには彼らが実践した慣習を知りたい者は、エイレナイオスの上記の著作に詳細に記述されているからである。
6. シモンがすべての異端の創始者であったことは明らかです<ref>上記注3を参照。</ref>。 彼の時代から現在に至るまで、彼の異端に従う者たちは、生活の清らかさゆえに広く称賛されているキリスト教徒の厳粛な哲学を装ってきました。しかしながら、彼らは放棄したはずの偶像崇拝の迷信を再び受け入れ、シモン自身や彼と共にいた前述のヘレナの絵や像の前にひれ伏し、香や供物、献酒をもってそれらを崇拝するという大胆な行為に及んでいます。
7. しかし、彼らがこれらよりもさらに秘密にしている事柄、つまり、初めて聞いた者は驚愕し、彼らの間で流行している言い回しを使えば、当惑するであろうと彼らが言う事柄<ref>θαμβωθήσεσθαι(目がくらむ)。</ref>は、実に驚くべきこと、狂気と愚行に満ちており、あまりにも卑劣で淫らなため、書き記すことはもちろん、慎み深い人間が口にすることさえも不可能なものである<ref>これは初期の教父たちの一般的な見解であり、彼らは皆グノーシス主義を不条理とナンセンスの荒野と捉え、エイレナイオス、ヒッポリュトスらは、これらの不条理を暴くためだけにその反駁に着手した。彼らの誰も、それを理性や感覚に基づいた知的な思索として扱わなかった。グノーシス主義の本質と目的についてのこの徹底的な誤解は、現代においてもこの主題について多くの著述家によって永続化されている。ネアンダーは、グノーシス主義を徹底的に哲学的に扱おうとした最初の人物であり(彼の『グノーシス体系の遺伝的発展』、ベルリン、1818年)、それ以来、この主題は、バウアー、リプシウス、ライトフット、サーモン、そして特にハルナックなど、多くの著述家によって知的かつ識別力をもって扱われてきた。ハルナックは、おそらく誰よりもグノーシス主義の真の原理を完全に理解している。彼の『教義史』第1巻158ページ以下を参照。</ref>。
8. 想像しうる限り最も卑劣なことよりも卑劣なこと――それらすべてを凌駕するのが、この最も忌まわしい宗派である。この宗派は、あらゆる悪徳に文字通り溺れ果てた哀れな女たちを嘲弄する者たちで構成されている<ref>これは、非常に不道徳で放蕩だったシモン派や、オフィテス派、カルポクラテス派などの他のグノーシス派にも当てはまりました。しかし、マルキオン(ただし、後述のIV. 11、注24を参照)、サトゥルニヌス、タティアノスなど、多くのグノーシス派は正反対の極端に進み、厳格で陰鬱な禁欲主義を教えました。これら両極端の根底には、物質と精神、したがって肉体と精神の二元論という同じ原理が見られます。前者は悪魔の仕業とみなされ、したがって軽蔑され、虐待されるべきものであり、後者は神聖なものであり、したがって何よりも尊ばれるべきものです。肉体、そして物質と自然全般に対する嫌悪は、論理的に、個人の性格と本能に応じて、禁欲主義か反律法主義という2つの正反対の結果のいずれかにつながりました。シャフ著『教会史』第2巻、p.457以下を参照。教父たちは、あらゆる形態の異端を憎悪していたため、当然のことながらそれらのどれにも善を見出さず、異端者は無差別に最悪の形態の不道徳と放蕩で告発された。</ref>。
:::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第2巻/第13章#エウセビオスの教会史|先頭に戻る]]
==脚注==
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Philip Schaff, [[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume I/Church History of Eusebius/Book II/Chapter 13]] を翻訳
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Page:鐵道震害調査書 大正12年.pdf/45
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鐵の時代
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/* 未校正 */ ページの作成:「<section begin="1-3-2-11" />臺はバラス止に水平の龜裂を生じ1吋後退せるも,北條方橋臺は被害小にして僅に左右の翼壁各15面坪づゝ崩壞せるのみなり。 橋脚は17基中,第一號,第二號,第六號及び第八號乃至第十七號の13基は地表面(水底面)附近に於て略々水平に切斷し,第三號及び第五號の2基はそれぞれ笠石及び床石下面に水平の龜裂を生じ,第四…」
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橋脚は17基中,第一號,第二號,第六號及び第八號乃至第十七號の13基は地表面(水底面)附近に於て略々水平に切斷し,第三號及び第五號の2基はそれぞれ笠石及び床石下面に水平の龜裂を生じ,第四號及び第七號の2基は無事なり。尙橋脚は何れも多少沈下せざるはなく,又その中心線の移動を免るゝ能はざりしこと第二十三表及び附圖第七十一に示すが如し(第二十三表には沈下の調査を缺く)。
鈑桁は墜落せるものなかりしも,橋臺及び橋脚上の桁座に對する位置及びその相互の關係的位置には多少の變動を生ぜり(附圖第七十一乃至第七十五參照)。<section end="1-3-2-11" />
<section begin="1-3-2-12" />''' 十一 北條線第一瀨戸川橋梁'''
''' 構造概要 ''' {{small|(附圖第七十六參照)}} 本橋梁は九重千倉間蘇我起點58哩76鎖81節4の第一瀨戶川に架設せる全長129呎,單線式E33の上路鋼鈑桁40呎3連より成り,大正八年七月起工,同十年五月の竣功に係る。橋梁上線路は直線にして{{分数|1|100}}勾配をなす,その方向は北10度23分東なり。而して本川は丘岡の間を通ずる溪流にして,河床深く地質は粘土層より成れり。
橋臺,橋脚ともに基礎杭打混凝土工にして混凝土の調合割合はセメント1,砂3,砂利6,杭は末口6吋,長12呎乃至18呎なり。千葉方橋臺は高基礎上面より桁座面まで40呎,江見方橋臺は高25呎6吋餘にして共に全く築堤中に埋設せらる。又第一號.第二號兩橋脚は高基礎面より桁座面まで48呎にして,斷面圓形頂部半徑7呎,下部半徑11呎8{{分数|1|2}}吋なり。橋臺橋脚の軀體は混凝土にして,橋脚の表面は混凝土塊積とせり。混凝土の調合は何れもセメント1,砂3,砂利5の割合なり。
''' 被害狀況 ''' {{small|(附圖第七十六並に寫眞第三百乃至第三百三參照)}} 千葉方橋臺はバラス止切斷して,その背後に墜落し,軀體は頂部に於て約3呎江見方に移動且傾斜せり。江見方橋臺は桁座面より下方約12呎の所にて水平の罅裂を生じ,その上部は千葉方に約10吋,線路の左方に約 7吋の移動をなしたり。
第一號橋脚は上部より混凝土塊10段目(10呎8吋)及び19段目(20呎3吋)にて水平に切斷し,兩部分とも線路の右側に轉落せり。
第二號橋脚は頂部より28段目(28呎6吋)にて水平に切斷し,千葉方に向て約5吋變位し,軀體表面に張りたる混凝土塊3段許(3呎餘)剝落せるを始めとし,これより上方數箇所に水平罅裂を生じ,最も上部に位せる罅裂線(桁座面より4呎の箇所)に沿ひて少許の移動をなしたり。尙この外上下に斜走せる龜裂を生ぜり。
次に鈑桁に就て見るに,第一號鈑桁は略々線路の方向に移動し,一端は築堤法面上に墜落し,他端は約4呎千葉方臺橋上に乘上げたり。第二號鈑桁は線路の右方約10呎の箇所に於て線路に略々平行して墜落せり。而してこの兩鈑桁ともその上面には枕木及び步み板を取付けたるまゝ墜落し,獨り軌條のみ空中に吊架せり。尙第三號鈑桁は墜落を免れたり。
この外橋臺前後の盛土は著しき沈下を生じ 且兩橋臺前面にありたる土留擁壁は悉く倒壞せり。
''' 應急工事 ''' {{small|(附圖第七十六及び寫眞第三百四參照)}} 木造假橋臺及び橋脚を設け,中央に60呎1連,前後に40呎2連を架設し,尙前後に枕木組枠及び軌條桁を用ひて軌道を支持せり。第二號橋脚には電柱用丸太を建添へ,8番鐵線を卷付けて切斷箇所の滑出を防止せり。本工事は大正十二年九月十八日着手,同十月十五日完成せるものなり。<section end="1-3-2-12" />
<section begin="1-3-3-1" />{{center|''' 第三節 隧道 '''}}
''' 一 東海道本線箱根第一號隧道'''
''' 構造概要 ''' {{small|(附圖第七十八參照)}} 本隧道は山北谷峨間に在りて上下2線より成り,上り線は汐留起點59哩39鎖50節に起り,長934呎にして明治二十一年の建設に係り,下り線は汐留起點59哩39鎖47節に起り,長935呎10吋にして明治三十一年の建設に係る。線路の方向は北74度西,勾配は{{分数|1|55}}にして,附近の地質は泥灰岩及び土砂より成れり。
隧道斷面は上り線に於ては幅14呎,高15呎6吋,下り線に於ては幅15呎,高16呎6吋にして,覆工材料總ては煉化石を用ひ,上下兩線各箇所によりてその厚を異にす。即ち次の如し。
上り線
{| style="text-align:left;"
|-
| 東京方坑門より || 75呎まで || 1呎10{{分数|1|2}}吋
|-
| 75呎より || 141呎まで || 1呎6吋
|-
| 141呎より || 525呎まで || 1呎1{{分数|1|2}}吋
|-
| 525呎より || 603呎まで || 1呎6吋
|-
| 603呎より || 813呎まて || 1呎1{{分数|1|2}}吋
|-
| 813呎より || 914呎まで || 1呎6吋
|-
| 914呎より || 934呎まで || 1呎10{{分数|1|2}}吋
|}
下り線
{| style="text-align:left;"
|-
| 東京方坑門より || 130呎まで || 1呎6吋
|-
| 130呎より || 220呎まで || 1呎1{{分数|1|2}}吋
|-
| 220呎より || 298呎まで || 9吋
|-
| 298呎より || 398呎まで || 1呎1{{分数|1|2}}吋
|-
| 398呎より || 541呎まで || 9吋
|-
| 541呎より || 563呎まで || 1呎1{{分数|1|2}}吋
|}<section end="1-3-3-1" /><noinclude></noinclude>
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論考 (ヴェローナのゼノ)/2-22
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村田ラジオ
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*ウィキソースによる日本語訳
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ミーニュ・パトロロギア・ラティナ第11巻
論考 (ヴェローナのゼノ)
<b>第2巻</b>
==論文22==
(PL 11 0476C)
論文 32. 泉への招き 3.
(0478A)兄弟たちよ、なぜそこに立っているのですか。信仰によって誕生の波に抱かれ、今まさに秘跡によって出産しているあなた方の兄弟たちよ、できるだけ早く求めるべきものへ急ぎなさい。見よ、荘厳な賛歌が歌われている。見よ、幼子の声と甘美な泣き声が聞こえる。見よ、出産する者の胎内から、この上なく輝かしい群衆が出てくる。新しいこと、それは、一人ひとりが霊的な権利によって生まれるということだ。母のもとへさらに走りなさい。母はもはや陣痛を感じていない。なぜなら、彼女は自分が産んだ子の数を数えきれないからだ。さあ、幸せに、皆で一緒に乳を飲み始めるのだ。
:::[[論考 (ヴェローナのゼノ)/2-22#論文22|先頭に戻る]]
==出典==
*[https://la.wikisource.org/wiki/Patrologia_Latina/11 Patrologia Latina/11]
*底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Tractatus_(Zeno_Veronensis)/2-22 Tractatus (Zeno Veronensis)/2-22] 『論考 (ヴェローナのゼノ)』 J. P. Migne 1846 early modern edition.
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論考 (ヴェローナのゼノ)/2-23
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村田ラジオ
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ミーニュ・パトロロギア・ラティナ第11巻
論考 (ヴェローナのゼノ)
<b>第2巻</b>
==論文23==
(PL 11 0478A)
論文 33. 泉への招き 4.
(0479A)人種、年齢、性別、身分が異なるあなた方は、なぜここに立っているのですか?まもなく一つになるというのに。永遠に甘美な処女なる母の泉を、あなたの胎内に引き寄せなさい。そして、高貴さと信仰をもって進みなさい。人は信じるほどに幸福を得るのだと知りなさい。ああ、なんと素晴らしく、真に神聖なる恵みでしょう!産む者はうめき声をあげず、生まれ変わる者は涙を流すことを知りません。この再生、この復活、この永遠の命、これこそが万物の母であり、あらゆる国、あらゆる民族から集められ、一つとなって、やがて一つの体となるのです。
:::[[論考 (ヴェローナのゼノ)/2-23#論文23|先頭に戻る]]
==出典==
*[https://la.wikisource.org/wiki/Patrologia_Latina/11 Patrologia Latina/11]
*底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Tractatus_(Zeno_Veronensis)/2-23 Tractatus (Zeno Veronensis)/2-23] 『論考 (ヴェローナのゼノ)』 J. P. Migne 1846 early modern edition.
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論考 (ヴェローナのゼノ)/2-24
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村田ラジオ
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*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:パトロロギア・ラティナ]]
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ミーニュ・パトロロギア・ラティナ第11巻
論考 (ヴェローナのゼノ)
<b>第2巻</b>
==論文24==
(PL 11 0479A)
論文 34. 泉への招き 5.
(0480A)兄弟たちよ、喜びなさい。あなた方の信仰が支えている人々、この世の罠、罪、傷、そして死から逃れ、父なる神に助けを求めた人々よ。そして、あなた方の足の速さではなく、敬虔な心の速さで、泉の渦へと集まる人々よ。あなた方は、健康を保ちながら、絶えず泉に身を浸しなさい。あなた方は、古き賛美歌の幸福な死によって生きるのだから。
:::[[論考 (ヴェローナのゼノ)/2-24#論文24|先頭に戻る]]
==出典==
*[https://la.wikisource.org/wiki/Patrologia_Latina/11 Patrologia Latina/11]
*底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Tractatus_(Zeno_Veronensis)/2-24 Tractatus (Zeno Veronensis)/2-24] 『論考 (ヴェローナのゼノ)』 J. P. Migne 1846 early modern edition.
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ラテン語版 Wikisource, [[la:Tractatus (Zeno Veronensis)/2-24]] J. P. Migne 1846 early modern edition を翻訳。
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論考 (ヴェローナのゼノ)/2-25
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2026-05-13T05:35:20Z
村田ラジオ
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ラテン語版 Wikisource, [[la:Tractatus (Zeno Veronensis)/2-25]] J. P. Migne 1846 early modern edition を翻訳。
242368
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*ウィキソースによる日本語訳
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ミーニュ・パトロロギア・ラティナ第11巻
論考 (ヴェローナのゼノ)
<b>第2巻</b>
==論文25==
(PL 11 0480A)
論文 35. 泉への招き 6.
兄弟たちよ、急いで、急いで、よく身を清めなさい。聖霊と甘美な火によって清められた生ける水が、今、優しいささやき声であなた方を招いています。(0481A)今、帯を締めた沐浴者が待っています。彼は塗油に必要なもの、清めに必要なもの、そして三つの硬貨が合わさった金のデナリウス銀貨も用意しています。ですから、喜びなさい。あなた方は確かに泉に裸で身を浸しますが、天上の衣をまとい、まもなくそこから候補者として立ち上がるでしょう。泉を汚さない者は、主イエス・キリストを通して天の御国を受け継ぐでしょう。
:::[[論考 (ヴェローナのゼノ)/2-25#論文25|先頭に戻る]]
==出典==
*[https://la.wikisource.org/wiki/Patrologia_Latina/11 Patrologia Latina/11]
*底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Tractatus_(Zeno_Veronensis)/2-25 Tractatus (Zeno Veronensis)/2-25] 『論考 (ヴェローナのゼノ)』 J. P. Migne 1846 early modern edition.
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ラテン語版 Wikisource, [[la:Tractatus (Zeno Veronensis)/2-25]] J. P. Migne 1846 early modern edition を翻訳。
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論考 (ヴェローナのゼノ)/2-26
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村田ラジオ
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*ウィキソースによる日本語訳
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ミーニュ・パトロロギア・ラティナ第11巻
論考 (ヴェローナのゼノ)
<b>第2巻</b>
==論文26==
(PL 11 0481A)
論文 36. 泉への招き 7.
(0482A)兄弟たちよ、祝福された渇きの切望する熱情に燃え、流れる蜜の甘いささやきに誘われている者たちよ、ためらうことなく生命の源である乳の泉に向かい、大胆に飲みなさい。溢れ出る流れに身を任せ、全力と全献身をもって器を満たし、水が常にあなた方にとって十分となるように。何よりもまず、それを注ぎ出すことも、再び汲み戻すことも許されないことを知りなさい。
:::[[論考 (ヴェローナのゼノ)/2-26#論文26|先頭に戻る]]
==出典==
*[https://la.wikisource.org/wiki/Patrologia_Latina/11 Patrologia Latina/11]
*底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Tractatus_(Zeno_Veronensis)/2-26 Tractatus (Zeno Veronensis)/2-26] 『論考 (ヴェローナのゼノ)』 J. P. Migne 1846 early modern edition.
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論考 (ヴェローナのゼノ)/2-27
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村田ラジオ
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*ウィキソースによる日本語訳
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ミーニュ・パトロロギア・ラティナ第11巻
論考 (ヴェローナのゼノ)
<b>第2巻</b>
==論文27==
(PL 11 0482A)
論文 37. 泉への招き 8.
この論文には、わずかな加筆と若干の変更を加えた上で、前述の内容が収められている。(0483A)
兄弟たちよ、祝福された渇きの切なる思いに燃える者たちよ、雌鹿のような熱意と速さで、生命を与える泉の乳白色の液体へと急ぎなさい。常に十分な水を得るために、力強く飲みなさい。そして何よりも、それを捨てることも、再び吸い上げることも許されないことを心に留めておきなさい。
:::[[論考 (ヴェローナのゼノ)/2-27#論文27|先頭に戻る]]
==出典==
*[https://la.wikisource.org/wiki/Patrologia_Latina/11 Patrologia Latina/11]
*底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Tractatus_(Zeno_Veronensis)/2-27 Tractatus (Zeno Veronensis)/2-27] 『論考 (ヴェローナのゼノ)』 J. P. Migne 1846 early modern edition.
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論考 (ヴェローナのゼノ)/2-28
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村田ラジオ
14210
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*ウィキソースによる日本語訳
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ミーニュ・パトロロギア・ラティナ第11巻
論考 (ヴェローナのゼノ)
<b>第2巻</b>
==論文28==
(PL 11 0483A)
論文 38. 洗礼を受けた新信者へ 1.
(0484A)聖なる贖罪の清らかな断食を敬虔に全うし、澄み切った夜の太陽の下で甘美な徹夜の祈りを捧げ、乳の泉で生命を清め、不死への希望を抱きながら魂を芽生えさせたあなた方、すなわち、年齢も国籍も異なれど、突然兄弟として、突然独り子として現れたあなた方に、私はこのような偉大な誕生の祝宴を喜びに満ちた宴で祝うよう勧めます。しかし、様々な料理が味の甘美さで競い合い、圧倒された胸がしばしば生臭く酸っぱい嘔吐物に襲われるような宴ではありません。この世の甘美さは、過去のワインの吐き出す悪臭によって汚されている。しかし、天の食事は正直で、純粋で、健康的で、永遠である。あなたが常に満ち足りて幸せでいられるように、それを貪欲に受け取りなさい。一家の主は、自分の食卓からパンと貴重なワインをあなたに与える。心を一つにした三人の少年は、まず野菜を持ってきて、その味がわかるように知恵の塩を振りかける。キリストは油を注ぎ、モーセは急いで初子の子羊を、アブラハムは肥えた忠実に調理された子牛を用意する。イサクは無邪気に油と薪を運ぶ。(0485A) ヤコブは辛抱強く様々な家畜を差し出す。ヨセフは最初の家畜に心を動かされ、皆に適量の食料を与える。確かに、蓄えているものを望む者がいれば、財務官のノアはそれをすべて拒否することはないだろう。漁師のペテロは、素晴らしいイワシとともに、新鮮な海の魚を豊富に出す。巡礼者トビアスは、川で獲れた魚をせっせと集めて焼いて食べました。ラクダ使いのヨハネは、敬虔な心で先頭を走り、森から蜂蜜とイナゴを持ってきました。人が自分の食べているものを他人に見せないように、誘うパウロは忠告しています(ローマ14章3節)。王室の羊飼いダビデは、常に銀のミルクとチーズを供給しました。(0485B)ザアカイは、すぐに四重の賛美歌を説きます。神と、私たちの主イエス・キリスト、神の子は甘美です。私たちより先にこの食事を与えられた人が言ったように。「あなたの言葉は、私の口に蜜よりも甘く、蜜蜂の巣よりも甘い」!(詩篇118篇103節)兄弟たちよ、もし誰かが喜んで信じるなら、さらに豊かな食物を見いだすでしょう。そして、もし彼が勤勉であれば、私たちの主イエス・キリストを通して、常に自分自身と他の人々をあらゆる良いもので満たすでしょう。
:::[[論考 (ヴェローナのゼノ)/2-28#論文28|先頭に戻る]]
==出典==
*[https://la.wikisource.org/wiki/Patrologia_Latina/11 Patrologia Latina/11]
*底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Tractatus_(Zeno_Veronensis)/2-28 Tractatus (Zeno Veronensis)/2-28] 『論考 (ヴェローナのゼノ)』 J. P. Migne 1846 early modern edition.
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論考 (ヴェローナのゼノ)/2-29
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村田ラジオ
14210
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*ウィキソースによる日本語訳
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ミーニュ・パトロロギア・ラティナ第11巻
論考 (ヴェローナのゼノ)
<b>第2巻</b>
==論文29==
(PL 11 0472B)
論文 29. イザヤ書についてVIII、あるいはキリストの来臨について。
(0473A)キリストは、悪魔が自らを賢いと思わないように、ひそかにこの世に来られた。人を策略によって欺いてきた悪魔は、策略によって打ち負かされた。楽園にいた人が悪魔を知らなかったように、この世にいた悪魔も容易にキリストを知ることはできなかった。
残りの部分は欠落している。
:::[[論考 (ヴェローナのゼノ)/2-29#論文29|先頭に戻る]]
==出典==
*[https://la.wikisource.org/wiki/Patrologia_Latina/11 Patrologia Latina/11]
*底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Tractatus_(Zeno_Veronensis)/2-29 Tractatus (Zeno Veronensis)/2-29] 『論考 (ヴェローナのゼノ)』 J. P. Migne 1846 early modern edition.
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村田ラジオ
14210
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*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:キリスト教神学]]
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ミーニュ・パトロロギア・ラティナ第11巻
論考 (ヴェローナのゼノ)
<b>第2巻</b>
==論文29==
(PL 11 0472B)
論文 29. イザヤ書についてVIII、あるいはキリストの来臨について。
(0473A)キリストは、悪魔が自らを賢いと思わないように、ひそかにこの世に来られた。人を策略によって欺いてきた悪魔は、策略によって打ち負かされた。楽園にいた人が悪魔を知らなかったように、この世にいた悪魔も容易にキリストを知ることはできなかった。
残りの部分は欠落している。
:::[[論考 (ヴェローナのゼノ)/2-29#論文29|先頭に戻る]]
==出典==
*[https://la.wikisource.org/wiki/Patrologia_Latina/11 Patrologia Latina/11]
*底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Tractatus_(Zeno_Veronensis)/2-29 Tractatus (Zeno Veronensis)/2-29] 『論考 (ヴェローナのゼノ)』 J. P. Migne 1846 early modern edition.
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延慶法
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ツムラ
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ページの作成:「{{header | title = 延慶法 | section = | times = | notimes = | year = 1309 | 年 = 延慶2 | author = | author2 = | override_author = | noauthor = | lawmaker = 日本政府 | translator = | previous = | next = | type = | from = | notes = *本文は森茂暁『鎌倉時代の朝幕関係』による<ref> 森茂暁『鎌倉時代の朝幕関係』(pp. 382-384、思文閣出版、1991年)。 </ref>。 }} 「{{ruby|延慶…」
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「{{ruby|延慶|(表紙)}}二年三月八日評定{{*|雅俊卿書目六}}」<br>
「{{ruby|延慶|(端書)}}二年三月八日評定{{*|雅俊卿{{ruby|書具|(ママ)}}}}」<br>
<div style="text-indent:2em">
参仕人々</div>
<div style="text-indent:2em">
摂政 前右大臣 春宮大夫花山院大納言</div>
<div style="text-indent:2em">
前平中納言 二条前中納言 前藤中納言</div>
<div style="text-indent:2em">
権中納言 大弐</div>
条々<br>
一 神宮伝 奏、可被定置其仁、<br>
一 祭主已下祠官等訴訟、閣奉行職事、<br>
{{ruby|一|(ママ)}} 直付伝 奏条、一切可停止事、<br>
一 諸社諸寺伝 奏、可被定置其仁事、<br>
一 評定式日雖無催促、各可皆参、所労故障時可相触奉行人、延引時又奉行人可相触其衆事、<br>
{{ruby|一|(ママ)}} 可被定剋限事、 巳剋<br>
<div style="text-indent:3em">
細砕事等雖不及文書廻覧、又雖無出御、其衆少々参会加了見可申所存事、</div>
一 奏事可被定剋限事、巳剋、<br>
一 被聞食 奏事之時、可被退女房事、<br>
一 職事付 奏事於伝奏時、他人不可交座事、<br>
一 陳状日数任永仁法、厳密可有沙汰事、<br>
<div style="text-indent:3em">
訴陳不可過三問三答事、</div>
一 任官・叙位・雑訴等可停止近習内 奏、女房口入事、</div>
<div style="text-indent:3em">
若不拘此の制禁者、雖為理訴、永可被停止訴訟事、</div>
一 近習男女房於奏達者、雖恐時宜、以私会釈請取訴訟条、一切可停止事、<br>
<div style="text-indent:3em">
制禁之法同上、</div>
一 任官・叙位等以女房被仰伝 奏・職事条、一切可停止事、<br>
一 越訴奉行可被定其仁事{{*|人数可為二人}}<br>、
一 諸社諸寺幷使庁成敗事、訴訟出来時、雖被尋下子細、無左右可有 勅裁事、<br>
一 文殿衆俸禄就忠勤浅深、可有賞罰沙汰事、<br>
一 雑訴沙汰漏脱堅可被誡事、<br>
{{DEFAULTSORT:えんきようほう}}
{{PD-old}}
[[Category:日本中世の法令]]
[[Category:公家法]]
[[Category:鎌倉時代]]
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論考 (ヴェローナのゼノ)/次の論文に関する勧告
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242375
2026-05-13T08:53:46Z
村田ラジオ
14210
ラテン語版 Wikisource, [[la:Tractatus (Zeno Veronensis)/2-adm]] 15:05, 20 Octobris 2021 Mizardellorsa の版を翻訳。
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text/x-wiki
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| section = 第2巻 次の論文に関する勧告
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*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:教父]]
[[Category:ヴェローナのゼノ]]
[[Category:キリスト教の歴史]]
[[Category:キリスト教神学]]
[[Category:パトロロギア・ラティナ]]
}}
ミーニュ・パトロロギア・ラティナ第11巻
論考 (ヴェローナのゼノ)
<b>第2巻</b>
==次の論文に関する勧告==
(238) 以下の論文に関する勧告
いくつかの短い論文は、様々な表題が付けられていますが、いずれも同じ復活祭の時期に属し、この時期に洗礼が授けられる、あるいは授けられることについてほぼ言及しています。そのため、私たちはこれらをまとめて一つの書物として扱うべきだと考えました。しかし、上記の論文の中には、新しく洗礼を受けた者への説教が含まれているため、同じ復活祭の礼拝に言及していると思われるものもあります。それでもなお、それらをここに移し替えることはしませんでした。なぜなら、それらは非常に長く、洗礼についてほんの少し触れているだけであるか、あるいは、例えばイザヤ書に関する論文のように、本来の表題から切り離すべきではないと考えているからです。イザヤ書に関する論文は、他の復活祭とは関係のない論文と同じ表題の下に収められています。読者の皆様は、まず、私たちが提出するこれらの論文の簡潔さに驚かれるかもしれません。また、それらの類似性にも驚かれるかもしれません。この二つの難点から、これらの論文が混ざっているゼノンのすべての論文に関して曖昧であると考える人もいます。しかし、私たちは最も古いランス写本から、これらの論文の著者はゼノンであることを明確に立証しました。特に『ディッサルト』第1巻第3章において、ゼノンが他の誰かであるとすれば、ゼノンです。しかし、これらの論文は一般的に、古代と世俗、聖なる儀式、さまざまな教義に関する多くの証言で満たされており、他の教父の著作にも見られるより長い論文のどれにも劣らず、ごくわずかです。これは、本文と注釈から明らかになるでしょう。さらに、三つの観察によって、簡潔さが十分に明らかになります。まず第一に、これらの論文が言及している復活祭の礼拝では、ゼノン自身が『トラクト』で警告したように、より長い説教は許されませんでした。 28: 前述のぶどう畑についての議論は、最も愛する兄弟たちよ、非常に広範囲にわたる限界があり、緊急の秘跡の重みが適切な議論でそれを踏襲することを許さない、と彼は言います。しかし、厳粛さが全体的に途絶えることのないよう、彼の議論を少し味わってみてください。そして、同様に小冊子56と58にも。兄弟たちよ、時間が許さないので、イメージを真実に表現することはできません。したがって、これらは論文としてではなく、ある種の教会の序文、または洗礼を受けた人々への呼びかけ、または新入信者に向けられたもの(それらのかなりの割合が、写本自体に序文または招待とともに記されています)およびある種の厳粛な定型句として考えるべきであり、今日、司教が司教式または儀式で使用する神聖な厳粛さの中に記されているようなものです。そのため、ゼノン派の多くは、序文で教えた特定の定型句に移行し、ランス写本から司教たちが特定の日に用いていた定型句を唱えるようになりました。最後に、プラトンは『メネクセモス』の中で、偉大な弁論家は、時宜に応じて用いるために、いくつかの序文、つまり演説の冒頭部分を準備するのが慣例であったと述べています。キケロは、書簡集第3巻第16章アッティクス宛てで、シュッグラムを準備する際に彼が選んでいた序文集について言及しています。また、書簡集第9巻第8章パエト宛ても参照してください。デモステネスの著作には、65を超えるこれらの序文が収められており、非常に簡潔です。そして、機会に応じて彼を弁論家として用いたことは、ジェローム・ウォルフが『読者への手紙』130ページで指摘しています。聖ゼノンの修辞学や弁論術の分野で、これと似たようなことがなかったのはなぜでしょうか。
(239) 彼は非常に勤勉で、状況や仕事の必要に応じて使用する復活祭の祝祭のための序文をいくつか準備していたと信じられるだろうか。おそらくこの意味で、そのような論文のいくつかは写本の中で序文と呼ばれている。聖ペトロ・クリソログスは説教40「良き羊飼い」を説教の中で序文と呼び、同様に説教87をその意味で呼んでいるので、彼は冒頭の序文と言ったようだ。冒頭は確かに他のゼノンの論文の中にある。第2巻77、注釈1で明確に示しました。しかし、簡潔さについては、他の教父、例えばペトロ・クリソログス、聖レオなどの他の論文でもそれほど違いはなく、ここまでで十分です。しかし、いくつかの類似点、つまり同じ文、時には同じ単語が下に置かれるべき (subjiciendis) 2つか3つの論文に言及しているという事実が、もし誰かの心を動かすのであれば、聖ゼノンが1つの論文または演説のために複数の定型文を書いたか、最初の定型文、あるいは2番目の定型文でさえ満足のいくものではなかったか、あるいは彼が毎年同じ祭りで出エジプト記、ダニエル書などの繰り返しの講義で同じ主題について議論するつもりだったので(洗礼などの象徴でこれらの講義を確立した教会の規律から逸脱することは決して許されなかった)、同じことを時を経て言ったり、あるいは追加や変更を加えて書いたりせざるを得ず、同じことが全く繰り返されないようにした、という議論になるはずです。また、スパラヴェリウスの注釈4、第26条からの観察も付け加えておきます。「彼はこれらのことを非常に頻繁に繰り返しているので、そのような才能のある人物が議論の不足に苦労したことがわかる。」しかし、学識と敬虔さで名高い人物は、教会における自身の言葉の種を抑圧するよりも、むしろ自己評価を低下させることを選んだ。彼はこれらの言葉を毎日口にするのではなく、毎年、あるいは特定の時期に、あるいはもっと長い期間にわたって繰り返した。そうすることで、聞き手が彼の他の発言を知ることも覚えることもできないため、繰り返しが不快にならないようにしたのである。このような確信をもって、彼は、より実り豊かな神への礼拝に費やすべき時間を、新たな議論の考案や巧みな言葉の賛辞に費やしたと推測できる。必要であれば、彼はそうした言葉遣いにふさわしくない人物ではなかった。さらに、聖レオの書簡の中には、若干の加筆や変更はあるものの、同じ文章というよりは、同じ言葉を似たような形で伝えているものや、説教からの抜粋がいくつか見つかる。最新版の説教集や書簡集の欄外の注釈から分かるように、その多くが書簡集に逐語的に翻訳されている。この同じ主題に関する他の論争も参照してください。
1. 第2章、§2。 最後に (これは反対される可能性のある多くの事柄の弁護に最も関連があり、総序で検討することを提案した)、著者自身が収集して出版した説教と、著者の死後、他の人々が自分の原稿から収集して出版した説教とでは、異なる説明が必要になります。著者が自分のものを出版したとき、彼らは精緻化され、磨き上げられ、完成された説教のみを出版したため、通常、重複、断片、改変されたものは読まれません。これは、著者と同じ世紀にベニヴォルムに自ら語った聖ガウデンティウス(Gaudentii) の論文に見られるとおりです。しかし、他の人々が収集を行った際、著者の功績と収集家たちの間での彼の評価のおかげで、彼らが発見したものはすべて、たとえ重複していたり、破損していたり、粗雑であったりしても、著者がその場にいたら拒絶されたり完成されたりしたであろうものであっても、紙片から収集することができた。しかし、ゼノンの名声と皆からの服従はそれほどまでに高く、収集家は宗教のために何も捨てる必要はないと考えていたようで、彼の
(240) シートに書かれており、そのため、いくつかの論文は重複しているものの、破損していて全く完璧ではないにもかかわらず、コレクションに含めるべきだと考えた。さて、復活祭の礼拝に関するこれらの論文の順序について少し述べておくと、まず最初に「泉への招待」が、同じ詩篇41篇に関する2つの論文とともに置かれ、同じ題名が記されている。次に、洗礼後の新改宗者への7つの論文、それから復活祭の日の9つの論文、最後に、復活祭の出エジプト記に関する15番目の論文とダニエル書に関する9番目の論文が置かれる。これらはすべて、聖なる礼拝の間に厳粛な儀式で朗読される出エジプト記またはダニエル書の教訓から、復活祭の祝宴または洗礼のイメージに非常によく関連している。これらの出版用の論文や演説において、写本のタイトルは一貫しておらず、ほとんど常に同じ言葉を表現している論文であっても、必ずしも同じ言葉に従っているわけではなく、同じ意見を表現している場合でさえ、版の銘文の方がより適切であるように思われたため、同じタイトルの注釈からそれが明らかになるでしょう。
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==出典==
*[https://la.wikisource.org/wiki/Patrologia_Latina/11 Patrologia Latina/11]
*底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Tractatus_(Zeno_Veronensis)/2-adm Tractatus (Zeno Veronensis)/2-adm] 『論考 (ヴェローナのゼノ)』 J. P. Migne 1846 early modern edition.
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*ウィキソースによる日本語訳
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[[Category:パトロロギア・ラティナ]]
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ミーニュ・パトロロギア・ラティナ第11巻
論考 (ヴェローナのゼノ)
<b>第2巻</b>
==次の論文に関する勧告==
(238) 以下の論文に関する勧告
いくつかの短い論文は、様々な表題が付けられていますが、いずれも同じ復活祭の時期に属し、この時期に洗礼が授けられる、あるいは授けられることについてほぼ言及しています。そのため、私たちはこれらをまとめて一つの書物として扱うべきだと考えました。しかし、上記の論文の中には、新しく洗礼を受けた者への説教が含まれているため、同じ復活祭の礼拝に言及していると思われるものもあります。それでもなお、それらをここに移し替えることはしませんでした。なぜなら、それらは非常に長く、洗礼についてほんの少し触れているだけであるか、あるいは、例えばイザヤ書に関する論文のように、本来の表題から切り離すべきではないと考えているからです。イザヤ書に関する論文は、他の復活祭とは関係のない論文と同じ表題の下に収められています。読者の皆様は、まず、私たちが提出するこれらの論文の簡潔さに驚かれるかもしれません。また、それらの類似性にも驚かれるかもしれません。この二つの難点から、これらの論文が混ざっているゼノンのすべての論文に関して曖昧であると考える人もいます。しかし、私たちは最も古いランス写本から、これらの論文の著者はゼノンであることを明確に立証しました。特に『ディッサルト』第1巻第3章において、ゼノンが他の誰かであるとすれば、ゼノンです。しかし、これらの論文は一般的に、古代と世俗、聖なる儀式、さまざまな教義に関する多くの証言で満たされており、他の教父の著作にも見られるより長い論文のどれにも劣らず、ごくわずかです。これは、本文と注釈から明らかになるでしょう。さらに、三つの観察によって、簡潔さが十分に明らかになります。まず第一に、これらの論文が言及している復活祭の礼拝では、ゼノン自身が『トラクト』で警告したように、より長い説教は許されませんでした。 28: 前述のぶどう畑についての議論は、最も愛する兄弟たちよ、非常に広範囲にわたる限界があり、緊急の秘跡の重みが適切な議論でそれを踏襲することを許さない、と彼は言います。しかし、厳粛さが全体的に途絶えることのないよう、彼の議論を少し味わってみてください。そして、同様に小冊子56と58にも。兄弟たちよ、時間が許さないので、イメージを真実に表現することはできません。したがって、これらは論文としてではなく、ある種の教会の序文、または洗礼を受けた人々への呼びかけ、または新入信者に向けられたもの(それらのかなりの割合が、写本自体に序文または招待とともに記されています)およびある種の厳粛な定型句として考えるべきであり、今日、司教が司教式または儀式で使用する神聖な厳粛さの中に記されているようなものです。そのため、ゼノン派の多くは、序文で教えた特定の定型句に移行し、ランス写本から司教たちが特定の日に用いていた定型句を唱えるようになりました。最後に、プラトンは『メネクセモス』の中で、偉大な弁論家は、時宜に応じて用いるために、いくつかの序文、つまり演説の冒頭部分を準備するのが慣例であったと述べています。キケロは、書簡集第3巻第16章アッティクス宛てで、シュッグラムを準備する際に彼が選んでいた序文集について言及しています。また、書簡集第9巻第8章パエト宛ても参照してください。デモステネスの著作には、65を超えるこれらの序文が収められており、非常に簡潔です。そして、機会に応じて彼を弁論家として用いたことは、ジェローム・ウォルフが『読者への手紙』130ページで指摘しています。聖ゼノンの修辞学や弁論術の分野で、これと似たようなことがなかったのはなぜでしょうか。
(239) 彼は非常に勤勉で、状況や仕事の必要に応じて使用する復活祭の祝祭のための序文をいくつか準備していたと信じられるだろうか。おそらくこの意味で、そのような論文のいくつかは写本の中で序文と呼ばれている。聖ペトロ・クリソログスは説教40「良き羊飼い」を説教の中で序文と呼び、同様に説教87をその意味で呼んでいるので、彼は冒頭の序文と言ったようだ。冒頭は確かに他のゼノンの論文の中にある。第2巻77、注釈1で明確に示しました。しかし、簡潔さについては、他の教父、例えばペトロ・クリソログス、聖レオなどの他の論文でもそれほど違いはなく、ここまでで十分です。しかし、いくつかの類似点、つまり同じ文、時には同じ単語が下に置かれるべき (subjiciendis) 2つか3つの論文に言及しているという事実が、もし誰かの心を動かすのであれば、聖ゼノンが1つの論文または演説のために複数の定型文を書いたか、最初の定型文、あるいは2番目の定型文でさえ満足のいくものではなかったか、あるいは彼が毎年同じ祭りで出エジプト記、ダニエル書などの繰り返しの講義で同じ主題について議論するつもりだったので(洗礼などの象徴でこれらの講義を確立した教会の規律から逸脱することは決して許されなかった)、同じことを時を経て言ったり、あるいは追加や変更を加えて書いたりせざるを得ず、同じことが全く繰り返されないようにした、という議論になるはずです。また、スパラヴェリウスの注釈4、第26条からの観察も付け加えておきます。「彼はこれらのことを非常に頻繁に繰り返しているので、そのような才能のある人物が議論の不足に苦労したことがわかる。」しかし、学識と敬虔さで名高い人物は、教会における自身の言葉の種を抑圧するよりも、むしろ自己評価を低下させることを選んだ。彼はこれらの言葉を毎日口にするのではなく、毎年、あるいは特定の時期に、あるいはもっと長い期間にわたって繰り返した。そうすることで、聞き手が彼の他の発言を知ることも覚えることもできないため、繰り返しが不快にならないようにしたのである。このような確信をもって、彼は、より実り豊かな神への礼拝に費やすべき時間を、新たな議論の考案や巧みな言葉の賛辞に費やしたと推測できる。必要であれば、彼はそうした言葉遣いにふさわしくない人物ではなかった。さらに、聖レオの書簡の中には、若干の加筆や変更はあるものの、同じ文章というよりは、同じ言葉を似たような形で伝えているものや、説教からの抜粋がいくつか見つかる。最新版の説教集や書簡集の欄外の注釈から分かるように、その多くが書簡集に逐語的に翻訳されている。この同じ主題に関する他の論争も参照してください。
1. 第2章、§2。 最後に (これは反対される可能性のある多くの事柄の弁護に最も関連があり、総序で検討することを提案した)、著者自身が収集して出版した説教と、著者の死後、他の人々が自分の原稿から収集して出版した説教とでは、異なる説明が必要になります。著者が自分のものを出版したとき、彼らは精緻化され、磨き上げられ、完成された説教のみを出版したため、通常、重複、断片、改変されたものは読まれません。これは、著者と同じ世紀にベニヴォルムに自ら語った聖ガウデンティウス(Gaudentii) の論文に見られるとおりです。しかし、他の人々が収集を行った際、著者の功績と収集家たちの間での彼の評価のおかげで、彼らが発見したものはすべて、たとえ重複していたり、破損していたり、粗雑であったりしても、著者がその場にいたら拒絶されたり完成されたりしたであろうものであっても、紙片から収集することができた。しかし、ゼノンの名声と皆からの服従はそれほどまでに高く、収集家は宗教のために何も捨てる必要はないと考えていたようで、彼の
(240) シートに書かれており、そのため、いくつかの論文は重複しているものの、破損していて全く完璧ではないにもかかわらず、コレクションに含めるべきだと考えた。さて、復活祭の礼拝に関するこれらの論文の順序について少し述べておくと、まず最初に「泉への招待」が、同じ詩篇41篇に関する2つの論文とともに置かれ、同じ題名が記されている。次に、洗礼後の新改宗者への7つの論文、それから復活祭の日の9つの論文、最後に、復活祭の出エジプト記に関する15番目の論文とダニエル書に関する9番目の論文が置かれる。これらはすべて、聖なる礼拝の間に厳粛な儀式で朗読される出エジプト記またはダニエル書の教訓から、復活祭の祝宴または洗礼のイメージに非常によく関連している。これらの出版用の論文や演説において、写本のタイトルは一貫しておらず、ほとんど常に同じ言葉を表現している論文であっても、必ずしも同じ言葉に従っているわけではなく、同じ意見を表現している場合でさえ、版の銘文の方がより適切であるように思われたため、同じタイトルの注釈からそれが明らかになるでしょう。
:::[[論考 (ヴェローナのゼノ)/次の論文に関する勧告#次の論文に関する勧告|先頭に戻る]]
==出典==
*[https://la.wikisource.org/wiki/Patrologia_Latina/11 Patrologia Latina/11]
*底本: [https://la.wikisource.org/wiki/Tractatus_(Zeno_Veronensis)/2-adm Tractatus (Zeno Veronensis)/2-adm] 『論考 (ヴェローナのゼノ)』 J. P. Migne 1846 early modern edition.
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