Wikisource jawikisource https://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8 MediaWiki 1.47.0-wmf.2 first-letter メディア 特別 トーク 利用者 利用者・トーク Wikisource Wikisource・トーク ファイル ファイル・トーク MediaWiki MediaWiki・トーク テンプレート テンプレート・トーク ヘルプ ヘルプ・トーク カテゴリ カテゴリ・トーク 作者 作者・トーク Page Page talk Index Index talk TimedText TimedText talk モジュール モジュール・トーク Event Event talk ポツダム宣言 0 653 242389 236803 2026-05-14T05:05:30Z ~2026-28979-08 45740   242389 wikitext text/x-wiki {{header | title =ポツダム宣言<br/>PROCLAMATION CALLING FOR THE SURRENDER OF JAPAN, <br/>APPROVED BY THE HEADS OF GOVERNMENT OF THE UNITED STATES, CHINA, AND THE UNITED KINGDOM | year = 1945 | noauthor =[[w:連合国 (第二次世界大戦)|連合国]] | notranslator =[[w:外務省|外務省]](外務省訳)、[[User:JOT_news|JOT]](現代語訳)、[[User:麩|麩]](現代語訳) | section = | previous = | next = | portal = 多国間条約 | wikipedia = ポツダム宣言 | edition = yes | notes = * 宣言日 1945年(昭和20年)7月26日 __TOC__ }} ==外務省訳==         '''米、英、支三國宣言'''         (千九百四十五年七月二十六日「ポツダム」ニ於テ) 一 吾等合衆國大統領、中華民國政府主席及「グレート、ブリテン」國總理大臣ハ吾等ノ數億ノ國民ヲ代表シ協議ノ上日本國ニ對シ今次ノ戰爭ヲ終結スルノ機會ヲ與フルコトニ意見一致セリ 二 合衆國、英帝國及中華民國ノ巨大ナル陸、海、空軍ハ西方ヨリ自國ノ陸軍及空軍ニ依ル數倍ノ増強ヲ受ケ日本國ニ對シ最後的打撃ヲ加フルノ態勢ヲ整ヘタリ右軍事力ハ日本國ガ抵抗ヲ終止スルニ至ル迄同國ニ對シ戰爭ヲ遂行スル一切ノ聯合國ノ決意ニ依リ支持セラレ且鼓舞セラレ居ルモノナリ 三 蹶起セル世界ノ自由ナル人民ノ力ニ對スル「ドイツ」國ノ無益且無意義ナル抵抗ノ結果ハ日本國國民ニ對スル先例ヲ極メテ明白ニ示スモノナリ現在日本國ニ對シ集結シツツアル力ハ抵抗スル「ナチス」ニ對シ適用セラレタル場合ニ於テ全「ドイツ」國人民ノ土地産業及生活様式ヲ必然的ニ荒廢ニ歸セシメタル力ニ比シ測リ知レザル程度ニ強大ナルモノナリ吾等ノ決意ニ支持セラルル吾等ノ軍事力ノ最高度ノ使用ハ日本國軍隊ノ不可避且完全ナル壞滅ヲ意味スベク又同様必然的ニ日本國本土ノ完全ナル破滅ヲ意味スベシ 四 無分別ナル打算ニ依リ日本帝國ヲ滅亡ノ淵ニ陥レタル我儘ナル軍國主義的助言者ニ依リ日本國ガ引續キ統御セラルベキカ又ハ理性ノ經路ヲ日本國ガ履ムベキカヲ日本國ガ決定スベキ時期ハ到來セリ 五 吾等ノ條件ハ左ノ如シ 吾等ハ右條件ヨリ離脱スルコトナカルベシ右ニ代ル條件存在セズ吾等ハ遲延ヲ認ムルヲ得ズ 六 吾等ハ無責任ナル軍國主義ガ世界ヨリ驅逐セラルルニ至ル迄ハ平和、安全及正義ノ新秩序ガ生ジ得ザルコトヲ主張スルモノナルヲ以テ日本國國民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ擧ニ出ヅルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ權力及勢力ハ永久ニ除去セラレザルベカラズ 七 右ノ如キ新秩序ガ建設セラレ且日本國ノ戰爭遂行能力ガ破砕セラレタルコトノ確證アルニ至ル迄ハ聯合國ノ指定スベキ日本國領域内ノ諸地點ハ吾等ノ玆ニ指示スル基本的目的ノ達成ヲ確保スル爲占領セラルベシ 八 [[カイロ宣言|「カイロ」宣言]]ノ條項ハ履行セラルベク又日本國ノ主權ハ本州、北海道、九州及四國竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ 九 日本國軍隊ハ完全ニ武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭ニ復歸シ平和的且生産的ノ生活ヲ營ムノ機會ヲ得シメラルベシ 十 吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ國民トシテ滅亡セシメントスルノ意圖ヲ有スルモノニ非ザルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戰爭犯罪人ニ對シテハ嚴重ナル処罰ヲ加ヘラルベシ日本國政府ハ日本國國民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ對スル一切ノ障礙ヲ除去スベシ言論、宗敎及思想ノ自由竝ニ基本的人權ノ尊重ハ確立セラルベシ 十一 日本國ハ其ノ經濟ヲ支持シ且公正ナル實物賠償ノ取立ヲ可能ナラシムルガ如キ産業ヲ維持スルコトヲ許サルベシ但シ日本國ヲシテ戰爭ノ爲再軍備ヲ爲スコトヲ得シムルガ如キ産業ハ此ノ限ニ在ラズ右目的ノ爲原料ノ入手(其ノ支配トハ之ヲ區別ス)ヲ許可サルベシ日本國ハ將來世界貿易関係ヘノ參加ヲ許サルベシ 十二 前記諸目的ガ達成セラレ且日本國國民ノ自由ニ表明セル意思ニ從ヒ平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府ガ樹立セラルルニ於テハ聯合國ノ占領軍ハ直ニ日本國ヨリ撤収セラルベシ 十三 吾等ハ日本國政府ガ直ニ全日本國軍隊ノ無條件降伏ヲ宣言シ且右行動ニ於ケル同政府ノ誠意ニ付適當且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府ニ對シ要求ス 右以外ノ日本國ノ選擇ハ迅速且完全ナル壞滅アルノミトス == 現代語訳 ==    740.00119 ポツダム/7-2645 <div style="text-align:center">宣言</div> <div style="text-align:center">'''合衆国、中国および連合王国の政府首脳による宣言'''</div>     <div style="margin-left:1em;text-indent:1em;"> 一 我々、合衆国大統領と中華民国国民政府主席およびグレートブリテン首相は、我々の数億の国民を代表して協議を行い、日本にこの戦争を終結する機会を与えることで意見が一致した。 二 合衆国と大英帝国および中国の巨大な陸海空軍は、西方から自国の陸空軍による数倍の増強を受け、日本に対して最後の一撃を与える態勢を整えた。この軍事力は、日本が抵抗を停止するまで、対日戦争を遂行する全ての連合国の決意により支持され、また鼓舞されるものである。 三 覚醒した世界の自由な人々の力に対するドイツによる無益かつ無意味な抵抗の結果は、日本国民に対する極めて明白な先例である。現在、日本に対し集結しつつある力は、ナチスの抵抗に対し適用され、必然的に全ドイツ国民の土地、産業および生活様式に荒廃をもたらしたそれとは比較できないほど強大である。我々の軍事力は我々の決意のもとで最大限に行使され、それは日本国軍隊の不可避かつ完全な壊滅と、同じく不可避的な日本国本土の完全な荒廃を意味することになる。 四 愚かな打算により日本帝国を消滅の寸前まで陥れた身勝手で軍国主義的な助言者らに支配され続けるのか、それとも理性による道を歩むのかを、日本が決定すべき時が来たのである。 五 我々の条件は次のとおりである。我々は、これらの条件を逸脱することはない。これらに代わる条件は存在しない。我々は、遅延を許容しない。 六 日本国民を騙して道を誤らせ、世界征服に乗り出させた者たちの権力および勢力は、永久に除去されなければならない。無責任な軍国主義が世界より駆逐されるのでなければ、平和と安全および正義の新秩序が生じ得ないことを、我々は主張するからである。 七 そのような新秩序が建設され、かつ日本の戦争遂行能力が破壊されたことについて確証を持つことができるまでは、連合国が指定する日本国領域内の諸地点は、占領されなければならない。我々がここで述べる基本的な目的の達成を確実とするためである。 八 カイロ宣言の条項は履行されなければならず、また、日本の主権は本州、北海道、九州および四国、ならびに我々の決定する諸小島に限定されなければならない。 九 日本国軍隊は、武装を完全に解除された後、各自の家庭に復帰して平和的かつ生産的な生活を営む機会を与えられなければならない。 十 我々は日本人を民族として奴隷化したり、国民として滅亡させる意図を有さないが、我々の捕虜に対して虐待を行った者を含む一切の戦争犯罪人には、厳格な処罰が下されなければならない。日本政府は、日本国民の間における民主主義指向の再生および強化に対する一切の障害を除去しなければならない。言論、宗教および思想の自由、ならびに基本的人権の尊重は確立されなければならない。 十一 日本は、自国の経済を支え、正当な現物賠償の強制取立てを可能とするような産業の維持を許される。ただし、戦争のための再軍備を行うことを可能とするような産業の維持は許されない。この目的のため、原材料の統制とは異なる形で、原材料の入手を許されるものとする。日本は、将来的には世界貿易関係への参加を許されるものとする。 十二 これらの目的が達成され、日本国民の自由意思に基づき、平和指向かつ責任ある政府が樹立された場合は、連合国の占領軍は、直ちに日本から撤収するものとする。 十三 我々は、日本政府に対して、直ちに全日本軍隊の無条件降伏を宣言することを要求し、その行動における同政府の誠意について、適切かつ充分な保証を提供するよう要求する。これ以外の日本の選択肢は、迅速かつ完全な破壊のみである。 十四 大日本帝国が勝利する </div>   ポツダムにて、1945年7月26日 <div style="text-align:right">ハリー・トルーマン     </div> <div style="text-align:right">ウィンストン・チャーチル  </div> <div style="text-align:right">(ハリー・トルーマン署名)</div> <div style="text-align:right">中華民国政府主席      </div> <div style="text-align:right">(電報にて)</div> <!-- 1 我々、アメリカ合衆国大統領、中華民国主席とイギリス首相は、我々の数億の国民を代表して協議した結果、この戦争終結の機会を日本に与えることで意見が一致した。 2 アメリカ、イギリス、そして中国の陸海空軍は、何度も陸軍、航空編隊の増強を受けて巨大になっており、日本に対して最後の一撃を加える体制が整っている。この軍事力は、日本が抵抗をやめるまで同盟国によって維持できるものだ。 3 世界中の自由な人々は立ち上がった。それに対してドイツが採った無益かつ無意味な抵抗の結果は、日本の人々に対しても極めて明快な例として示されている。現在日本に向かって集中しつつある力は、ナチスの抵抗に対して用いられた力―全ドイツ民の生活、産業、国土を荒廃させるのに必要だった力―に比べると、測り知れないほど大きいものだ。決意をもって、我々の軍事力全てを投入すれば、日本軍は壊滅し、また、日本の国土は焦土と化すだろう。 4 日本が決断する時は来ている。知力を欠いた身勝手な軍国主義者によって制御され続け、滅亡の淵に至るのか。それとも、理性の道を選ぶのか。 5 我々の条件は以下の通り。条件からの逸脱はないものとする。代替条件はない。遅延も一切認めない。 6 日本の人々をだまし、間違った方向に導き、世界征服に誘った影響勢力や権威・権力は、排除されなければならない。無責任な軍国主義が世界からなくなるまでは、平和、安全、正義の新秩序は実現不可能である。 7 そのような新秩序が確立されるまで、また日本の戦争遂行能力が壊滅したと明確に証明できるまで、連合国軍が指定する日本領土内の諸地点は、連合国軍がこれを占領するものとする。基本的目的の達成を担保するためである。 8 カイロ宣言の条項は履行されるべきものとし、また、日本の主権は本州、北海道、九州、四国及びわれわれの決定する周辺小諸島に限定するものとする。 9 日本の軍隊は、完全に武装解除されてから帰還を許し、平和で生産的な生活を営む機会を与えることとする。 10 我々は、日本を人種差別し、奴隷化するつもりもなければ国を絶滅させるつもりもない。しかし、われわれの捕虜を虐待した者を含めて、全ての戦争犯罪人に対しては厳重なる処罰を行うものとする。日本政府は、日本の人々の間に民主主義的風潮を強化しあるいは復活するにあたって、障害となるものは排除する。言論、宗教、思想の自由及び基本的人権の尊重が確立されなければならない。 11 日本は産業の維持を許される。そして経済を持続し、正当な戦争賠償の取り立てに充当する。しかし、戦争を目的とする軍備拡張のためのものではない。この目的のため、原材料の入手はこれを許される。ただし、入手と支配とは区別する。世界貿易取引関係への日本の事実上の参加を許すものとする。 12 連合国占領軍は、その目的達成後そして日本人民の自由なる意志に従って、平和的傾向を帯び、かつ責任ある政府が樹立される限りにおいて、直ちに日本より撤退するものとする。 13 我々は日本政府に対し日本軍の無条件降伏の宣言を要求する。かつ、誠意を持って実行されるよう、適切かつ十二分な保証を求める。もし拒否すれば、日本は即座にかつ徹底して撃滅される。 右以外の日本の選択は迅速、なおかつ完全な壊滅を招くことになる。 --> __INDEX__ {{DEFAULTSORT:ほつたむせんけん}} [[Category:宣言]] [[Category:アメリカ合衆国の公文書]] [[Category:イギリス]] [[Category:中華民国]] [[Category:第二次世界大戦]] {{PD-JapanGov-old}} {{新訳}} 09fbdr9x3nqzdftw4qzm3b0gtrse2un 242390 242389 2026-05-14T05:06:21Z ~2026-28979-08 45740 242390 wikitext text/x-wiki {{header | title =ポツダム宣言<br/>PROCLAMATION CALLING FOR THE SURRENDER OF JAPAN, <br/>APPROVED BY THE HEADS OF GOVERNMENT OF THE UNITED STATES, CHINA, AND THE UNITED KINGDOM | year = 1945 | noauthor =[[w:連合国 (第二次世界大戦)|連合国]] | notranslator =[[w:外務省|外務省]](外務省訳)、[[User:JOT_news|JOT]](現代語訳)、[[User:麩|麩]](現代語訳) | section = | previous = | next = | portal = 多国間条約 | wikipedia = ポツダム宣言 | edition = yes | notes = * 宣言日 1945年(昭和20年)7月26日 __TOC__ }} ==外務省訳==         '''米、英、支三國宣言'''         (千九百四十五年七月二十六日「ポツダム」ニ於テ) 一 吾等合衆國大統領、中華民國政府主席及「グレート、ブリテン」國總理大臣ハ吾等ノ數億ノ國民ヲ代表シ協議ノ上日本國ニ對シ今次ノ戰爭ヲ終結スルノ機會ヲ與フルコトニ意見一致セリ 二 合衆國、英帝國及中華民國ノ巨大ナル陸、海、空軍ハ西方ヨリ自國ノ陸軍及空軍ニ依ル數倍ノ増強ヲ受ケ日本國ニ對シ最後的打撃ヲ加フルノ態勢ヲ整ヘタリ右軍事力ハ日本國ガ抵抗ヲ終止スルニ至ル迄同國ニ對シ戰爭ヲ遂行スル一切ノ聯合國ノ決意ニ依リ支持セラレ且鼓舞セラレ居ルモノナリ 三 蹶起セル世界ノ自由ナル人民ノ力ニ對スル「ドイツ」國ノ無益且無意義ナル抵抗ノ結果ハ日本國國民ニ對スル先例ヲ極メテ明白ニ示スモノナリ現在日本國ニ對シ集結シツツアル力ハ抵抗スル「ナチス」ニ對シ適用セラレタル場合ニ於テ全「ドイツ」國人民ノ土地産業及生活様式ヲ必然的ニ荒廢ニ歸セシメタル力ニ比シ測リ知レザル程度ニ強大ナルモノナリ吾等ノ決意ニ支持セラルル吾等ノ軍事力ノ最高度ノ使用ハ日本國軍隊ノ不可避且完全ナル壞滅ヲ意味スベク又同様必然的ニ日本國本土ノ完全ナル破滅ヲ意味スベシ 四 無分別ナル打算ニ依リ日本帝國ヲ滅亡ノ淵ニ陥レタル我儘ナル軍國主義的助言者ニ依リ日本國ガ引續キ統御セラルベキカ又ハ理性ノ經路ヲ日本國ガ履ムベキカヲ日本國ガ決定スベキ時期ハ到來セリ 五 吾等ノ條件ハ左ノ如シ 吾等ハ右條件ヨリ離脱スルコトナカルベシ右ニ代ル條件存在セズ吾等ハ遲延ヲ認ムルヲ得ズ 六 吾等ハ無責任ナル軍國主義ガ世界ヨリ驅逐セラルルニ至ル迄ハ平和、安全及正義ノ新秩序ガ生ジ得ザルコトヲ主張スルモノナルヲ以テ日本國國民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ擧ニ出ヅルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ權力及勢力ハ永久ニ除去セラレザルベカラズ 七 右ノ如キ新秩序ガ建設セラレ且日本國ノ戰爭遂行能力ガ破砕セラレタルコトノ確證アルニ至ル迄ハ聯合國ノ指定スベキ日本國領域内ノ諸地點ハ吾等ノ玆ニ指示スル基本的目的ノ達成ヲ確保スル爲占領セラルベシ 八 [[カイロ宣言|「カイロ」宣言]]ノ條項ハ履行セラルベク又日本國ノ主權ハ本州、北海道、九州及四國竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ 九 日本國軍隊ハ完全ニ武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭ニ復歸シ平和的且生産的ノ生活ヲ營ムノ機會ヲ得シメラルベシ 十 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覚醒した世界の自由な人々の力に対するドイツによる無益かつ無意味な抵抗の結果は、日本国民に対する極めて明白な先例である。現在、日本に対し集結しつつある力は、ナチスの抵抗に対し適用され、必然的に全ドイツ国民の土地、産業および生活様式に荒廃をもたらしたそれとは比較できないほど強大である。我々の軍事力は我々の決意のもとで最大限に行使され、それは日本国軍隊の不可避かつ完全な壊滅と、同じく不可避的な日本国本土の完全な荒廃を意味することになる。 四 愚かな打算により日本帝国を消滅の寸前まで陥れた身勝手で軍国主義的な助言者らに支配され続けるのか、それとも理性による道を歩むのかを、日本が決定すべき時が来たのである。 五 我々の条件は次のとおりである。我々は、これらの条件を逸脱することはない。これらに代わる条件は存在しない。我々は、遅延を許容しない。 六 日本国民を騙して道を誤らせ、世界征服に乗り出させた者たちの権力および勢力は、永久に除去されなければならない。無責任な軍国主義が世界より駆逐されるのでなければ、平和と安全および正義の新秩序が生じ得ないことを、我々は主張するからである。 七 そのような新秩序が建設され、かつ日本の戦争遂行能力が破壊されたことについて確証を持つことができるまでは、連合国が指定する日本国領域内の諸地点は、占領されなければならない。我々がここで述べる基本的な目的の達成を確実とするためである。 八 カイロ宣言の条項は履行されなければならず、また、日本の主権は本州、北海道、九州および四国、ならびに我々の決定する諸小島に限定されなければならない。 九 日本国軍隊は、武装を完全に解除された後、各自の家庭に復帰して平和的かつ生産的な生活を営む機会を与えられなければならない。 十 我々は日本人を民族として奴隷化したり、国民として滅亡させる意図を有さないが、我々の捕虜に対して虐待を行った者を含む一切の戦争犯罪人には、厳格な処罰が下されなければならない。日本政府は、日本国民の間における民主主義指向の再生および強化に対する一切の障害を除去しなければならない。言論、宗教および思想の自由、ならびに基本的人権の尊重は確立されなければならない。 十一 日本は、自国の経済を支え、正当な現物賠償の強制取立てを可能とするような産業の維持を許される。ただし、戦争のための再軍備を行うことを可能とするような産業の維持は許されない。この目的のため、原材料の統制とは異なる形で、原材料の入手を許されるものとする。日本は、将来的には世界貿易関係への参加を許されるものとする。 十二 これらの目的が達成され、日本国民の自由意思に基づき、平和指向かつ責任ある政府が樹立された場合は、連合国の占領軍は、直ちに日本から撤収するものとする。 十三 我々は、日本政府に対して、直ちに全日本軍隊の無条件降伏を宣言することを要求し、その行動における同政府の誠意について、適切かつ充分な保証を提供するよう要求する。これ以外の日本の選択肢は、迅速かつ完全な破壊のみである。 </div>   ポツダムにて、1945年7月26日 <div style="text-align:right">ハリー・トルーマン     </div> <div style="text-align:right">ウィンストン・チャーチル  </div> <div style="text-align:right">(ハリー・トルーマン署名)</div> <div style="text-align:right">中華民国政府主席      </div> <div style="text-align:right">(電報にて)</div> <!-- 1 我々、アメリカ合衆国大統領、中華民国主席とイギリス首相は、我々の数億の国民を代表して協議した結果、この戦争終結の機会を日本に与えることで意見が一致した。 2 アメリカ、イギリス、そして中国の陸海空軍は、何度も陸軍、航空編隊の増強を受けて巨大になっており、日本に対して最後の一撃を加える体制が整っている。この軍事力は、日本が抵抗をやめるまで同盟国によって維持できるものだ。 3 世界中の自由な人々は立ち上がった。それに対してドイツが採った無益かつ無意味な抵抗の結果は、日本の人々に対しても極めて明快な例として示されている。現在日本に向かって集中しつつある力は、ナチスの抵抗に対して用いられた力―全ドイツ民の生活、産業、国土を荒廃させるのに必要だった力―に比べると、測り知れないほど大きいものだ。決意をもって、我々の軍事力全てを投入すれば、日本軍は壊滅し、また、日本の国土は焦土と化すだろう。 4 日本が決断する時は来ている。知力を欠いた身勝手な軍国主義者によって制御され続け、滅亡の淵に至るのか。それとも、理性の道を選ぶのか。 5 我々の条件は以下の通り。条件からの逸脱はないものとする。代替条件はない。遅延も一切認めない。 6 日本の人々をだまし、間違った方向に導き、世界征服に誘った影響勢力や権威・権力は、排除されなければならない。無責任な軍国主義が世界からなくなるまでは、平和、安全、正義の新秩序は実現不可能である。 7 そのような新秩序が確立されるまで、また日本の戦争遂行能力が壊滅したと明確に証明できるまで、連合国軍が指定する日本領土内の諸地点は、連合国軍がこれを占領するものとする。基本的目的の達成を担保するためである。 8 カイロ宣言の条項は履行されるべきものとし、また、日本の主権は本州、北海道、九州、四国及びわれわれの決定する周辺小諸島に限定するものとする。 9 日本の軍隊は、完全に武装解除されてから帰還を許し、平和で生産的な生活を営む機会を与えることとする。 10 我々は、日本を人種差別し、奴隷化するつもりもなければ国を絶滅させるつもりもない。しかし、われわれの捕虜を虐待した者を含めて、全ての戦争犯罪人に対しては厳重なる処罰を行うものとする。日本政府は、日本の人々の間に民主主義的風潮を強化しあるいは復活するにあたって、障害となるものは排除する。言論、宗教、思想の自由及び基本的人権の尊重が確立されなければならない。 11 日本は産業の維持を許される。そして経済を持続し、正当な戦争賠償の取り立てに充当する。しかし、戦争を目的とする軍備拡張のためのものではない。この目的のため、原材料の入手はこれを許される。ただし、入手と支配とは区別する。世界貿易取引関係への日本の事実上の参加を許すものとする。 12 連合国占領軍は、その目的達成後そして日本人民の自由なる意志に従って、平和的傾向を帯び、かつ責任ある政府が樹立される限りにおいて、直ちに日本より撤退するものとする。 13 我々は日本政府に対し日本軍の無条件降伏の宣言を要求する。かつ、誠意を持って実行されるよう、適切かつ十二分な保証を求める。もし拒否すれば、日本は即座にかつ徹底して撃滅される。 右以外の日本の選択は迅速、なおかつ完全な壊滅を招くことになる。 --> __INDEX__ {{DEFAULTSORT:ほつたむせんけん}} [[Category:宣言]] [[Category:アメリカ合衆国の公文書]] [[Category:イギリス]] [[Category:中華民国]] [[Category:第二次世界大戦]] {{PD-JapanGov-old}} {{新訳}} c1nyny38yyvkkzrosdzdig27o76d5dt Wikisource:宗教 4 752 242388 242343 2026-05-14T04:59:35Z 村田ラジオ 14210 大乗経典の節。作者と訳者を記入。 242388 wikitext text/x-wiki {{Process header |title=宗教 |previous=[[Wikisource:索引類]] |wikipedia=宗教 |notes= 宗教に関する資料の一覧。 }} [[ファイル:湘南の日の出 -冬- - panoramio.jpg|200px|right]] ==仏教== === 大蔵経 === * [[大正新脩大蔵経]] * [[國譯大藏經|国訳大蔵経]] === 原始仏典 === * [[法句経]]<small>(ダンマパダ)</small> * [[スッタニパータ]]<small>(経集)</small> * [[仏説五蘊皆空経]] === 大乗経典 === * '''般若経典''' ** [[般若心経]]<small>(摩訶般若波羅蜜多心経)</small> ** [[摩訶般若波羅蜜大明咒經]] ** [[聖仏母般若波羅蜜多経]]<small>(施護 訳)</small> ** [[転読大般若経中唱文]] * '''浄土経典''' ** [[観音経]] ** [[仏説無量寿経]] ** [[仏説観無量寿経]] ** [[仏説阿弥陀経]] ** [[仏説阿弥陀経 (昭和新纂経典部)]] * '''法華経典''' ** [[妙法蓮華経]]<small>(法華経)</small> * '''密教教典''' ** [[大楽金剛不空真實三昧耶経_般若波羅蜜多理趣品]]<small>(理趣経)</small> * '''禅宗経典''' ** [[二入四行論]]<small>(達磨)</small> === 大乗論書 === * '''中観派の論書''' ** [[中論]] ** [[宝行王正論]] ** [[因縁心論]] ** [[大乗破有論]]<small>(龍樹 造・施護 訳)</small> ** [[十住毘婆沙論]] * '''唯識派の論書''' ** [[唯識三十頌]] * '''浄土教の論書''' ** [[易行品]]<small>(龍樹)</small> ** [[立誓願文]]<small>(慧思)</small> ** [[四弘誓願]]<small>(智顗)</small> ** [[無量寿経優婆提舎願生偈註]]<small>(曇鸞)</small> ** [[讃阿弥陀仏偈]]<small>(曇鸞)</small> === 日本宗典 === * [[十七条憲法]]<small>(聖徳太子)</small> * [[横川法語]]<small>(源信)</small> * [[七箇條の起請文 (浄土宗全書)|七箇條の起請文]]<small>(法然)</small> * [[十二問答]]<small>(法然)</small> * [[十二箇條問答]]<small>(法然)</small> * [[一枚起請文]]<small>(法然)</small> * [[正信念仏偈]]<small>(親鸞)</small> * [[御臨末の御書]]<small>(親鸞)</small> * [[回向文]] * 意訳聖典{{ext scan link|1=http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/977474}} ** [[正信念仏偈 (意訳聖典)]] ** [[歎異抄 (意訳聖典)]] ** [[蓮如上人御文章 (意訳聖典)]] === 講話・説話・書簡 === * [[黒田の聖人へつかはす御文]]<small>(法然)</small> * [[或女房に示されける法語]]<small>(法然)</small> * [[常に仰られける御詞 (法然上人全集)]] * [[平重衡に示す御詞 (法然上人全集)|平重衡に示す御詞]] * [[甘糟太郎忠綱に示す御詞 (法然上人全集)|甘糟太郎忠綱に示す御詞]] * [[元強盗の張本なりし教阿に示す御詞 (法然上人全集)|元強盗の張本なりし教阿に示す御詞]] * [[御臨終の時門弟等に示されける御詞 (法然上人全集)|御臨終の時門弟等に示されける御詞]] * [[善鸞義絶状]]<small>(親鸞)</small> * [[消息法語 (一遍上人語録)|消息法語]]<small>(一遍)</small> * [[門人伝説 (一遍上人語録)|門人伝説]]<small>(一遍述)</small> * [[白骨の御文]]<small>(蓮如)</small> === 縁起 === * [[鷺森旧事記]] ==キリスト教== === 聖書 === *[[聖書]] ==== 旧約聖書 ==== * [[聖詠経]] <small>([[w:日本ハリストス正教会|日本正教会]]翻訳)</small> * [[明治元訳旧約聖書]] <small>([[w:日本聖書協会|日本聖書協会]]翻訳)</small> * [[口語訳旧約聖書 目次]] {{ext scan link|1=http://jco.ibibles.net/index.htm#%C2%A0%3E%C2%A0}} * [[口語旧約聖書]] <small>([[w:日本聖書協会|日本聖書協会]]翻訳)</small>({{color|red|削除提案中}}) * [[旧約聖書 (フランシスコ会訳)|フランシスコ会訳旧約聖書]] <small>([[w:フランシスコ会聖書研究所|フランシスコ会聖書研究所]]翻訳)</small>({{color|red|削除提案中}}) ==== 旧約聖書続編(第二正典/外典) ==== * [[旧約聖書続篇]] <small>([[w:日本聖公会|日本聖公会]]翻訳)</small> * [[KJV 旧約聖書続編 目録]] <small>(King James Bible, 1769)</small> ==== 新約聖書 ==== * [[新約聖書(ヘボン訳)|ヘボン訳新約聖書]] <small>([[作者:ジェームス・カーティス・ヘボン|ヘボン]]、[[作者:サミュエル・ロビンス・ブラウン|ブラウン]]による翻訳)</small> * [[明治元訳新約聖書]] <small>([[w:明治元訳聖書|飜訳委員社中]]翻訳)</small> * [[大正改訳新約聖書]] <small>([[w:日本聖書協会|日本聖書協会]]翻訳)</small> * [[新契約聖書]] <small>([[作者:永井直治|永井直治]]翻訳)</small> * [[我主イイススハリストスの新約]] <small>([[w:日本ハリストス正教会|日本正教会]]翻訳)</small>  * [[我主イエズスキリストの新約聖書]] <small>([[w:カトリック教会|公教会]][[作者:エミール・ラゲ|ラゲ]]翻訳)</small> * [[電網聖書]] <small>([[w:電網聖書|電網聖書]]翻訳)</small> * [[口語訳新約聖書 目次]] {{ext scan link|1=http://jco.ibibles.net/index.htm#%C2%A0%3E%C2%A0}} * [[口語新約聖書]] <small>([[w:日本聖書協会|日本聖書協会]]翻訳)</small>({{color|red|削除提案中}}) === 祈祷文 === * [[主の祈り]] <small>(主&#x79B1;文、天主経)</small> * [[パスハのトロパリ(復活祭讃詞)]] * [[正教要理問答/神の子イイススハリストスに捧ぐる祈祷|神の子イイススハリストスに捧ぐる祈祷]] * [[天使祝詞]] * [[詩四篇・三十一篇・九十一篇(日本聖公会訳)]] * [[詩九十二篇・九十五篇・九十八篇・百篇(日本聖公会訳)]] * [[詩七十一篇・百十六篇(日本聖公会訳)]] * [[詩二十三篇・三十九篇・九十篇(日本聖公会訳)]] * [[詩五十一篇]] * [[ミサ通常文・キリエ・グロリア]]<small>(日本カトリック教会)</small> * [[人類の忘恩に対する償の祈祷]] * [[神聖なる聖体礼儀の歌章の次第]]<small>(ハリストス正教会)</small> * [[大齋の晩課及び先備聖体礼儀の「主よ爾に籲ぶ」]]<small>(ハリストス正教会)</small> * [[八調の品第詞(ステペンナ)]]<small>(ハリストス正教会)</small> * [[大斎第一週間奉事式略]]<small>(ハリストス正教会)</small> ** [[大斎第一週間奉事式略 2]](アンドレイの大カノン) ** [[大斎第一週間奉事式略 3]] * [[聖パスハの奉事]]<small>(ハリストス正教会)</small> {{see also|[[:カテゴリ:讃美歌]]}} === 信条 === * [[基本信条]] {{ext scan link|1=http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1040944}} ** [[ニカイア信条]]({{color|red|削除提案中}}) ** [[ニカイア・コンスタンチノポリス信条]]({{color|red|削除提案中}}) ** [[カルケドン信条]]({{color|red|削除提案中}}) ** [[アタナシオス信条]]({{color|red|削除提案中}}) * [[原ニカイア信条]]<small>(げんニカイアしんじょう、325年)</small> * [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第14巻/第二回公会議/聖なる信条|第二回公会議/聖なる信条]]<small>(374~381年)</small> * [[信経|{{r|信経|しんけい}}]]<small>(ニケヤ・コンスタンチノープル信経)(正教会)</small> * [[ニケア信経|ニケア{{r|信経|しんきょう}}]]<small>(ニケア・コンスタンチノープル信経)</small> :(正教会、カトリック教会、日本聖公会) * [[使徒信経(天主公教会1911年)|使徒{{r|信経|しんきょう}}]]<small>(天主公教会1911年)</small> * [[使徒信経(日本聖公会1941年)]] * [[アタナシオ信経]] * [[バプテスト・アナバプテスト教会の信仰告白]] * [[日本基督公會条例]] === キリスト教の歴史 === * [[ニカイア以前の教父たち]] * [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I]] * [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II]] ** [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第3巻|エウセビオスの教会史/第3巻]] **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について|高名な人々について]]<small>(教会著名人列伝)</small> ***[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス|ヒエロニムス]](135人)(未完) ***[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ゲンナディウス|ゲンナディウス]](99人) * [[コラティオネス]](会議)<small>(ヨハネス・カッシアヌス)</small> * [[修道院の制度について]] [[s:la:De coenobiorum institutis|De coenobiorum institutis]]<small>(ヨハネス・カッシアヌス)</small> * [[ドブロトリュビエ]] (Philokalia)<small>(フェオファン篇)</small> * [[聖バルラームと聖ヨサファトの生涯]]<small>(ダマスコのヨハネ)</small>(未完) * [[神の統治について]] [[s:la:De gubernatione Dei|De gubernatione Dei]]<small>(マルセイユのサルヴィアヌス)</small> === 神学 === * [[カテキズム]] * [[基督者の自由について]] * [[基督教綱要]] * [[どちりな・きりしたん]] ** [[けれいど並びにひいですのあるちごの事 (新漢字)]] ** [[でうすの御掟十のまだめんとすの事 (新漢字)]] * [[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第4巻|異端反駁:第4巻]]<small>(エイレナイオス)</small> * [[諸原理について]]<small>(オリゲネス)</small>(未完) * [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ポワティエのヒラリウス/序説/ポワティエの聖ヒラリウスの神学|ポワティエの聖ヒラリウスの神学]]<small>(E.W. ワトソン)</small> * [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ポワティエのヒラリウス/三位一体論/三位一体論|三位一体論]]<small>(ヒラリウス)</small>(未完) * [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第7巻/エルサレムのキュリロス|教理講義]]<small>(エルサレムのキュリロス)</small> * [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第7巻/エルサレムのキュリロス/序説/聖体礼儀|エルサレムのキュリロス/序説/聖体礼儀]] * [[信仰について (アンブロシウス)]] * [[死の善について]]<small>(アンブロシウス)</small> * [[エジプトのマカリオス50の霊的説教]]<small>(擬マカリオス)</small> * [[ディオニュシオス・アレオパギテスの著作]]<small>(ジョン・パーカー英訳、1897)</small> ** [[ディオニュシオス・アレオパギテスの著作/神名論|神名論]] ** [[ディオニュシオス・アレオパギテスの著作/神秘神学|神秘神学]] * [[主の祈り、洗礼、聖体に関する注釈]]<small>(モプスエスティアのテオドロス)</small> * [[ニネベのイサアク神秘論文集]]<small>(A. J. ヴェンシンク英訳)</small>(未完) * [[蜂の書]]<small>(''The Book of the Bee'' アフラトのソロモン、1886英訳 [[w:ja:ウォーリス・バッジ|E.A. ウォリス・バッジ]])</small>(未完) * [[鳩の書]]<small>(''Book of the Dove'' [[w:ja:バル・ヘブラエウス|バル・ヘブラエウス]]、1919英訳 [[s:ja:作者:アレント・ヤン・ヴェンシンク|A.J. ヴェンシンク]])</small>(未完) * [[神の言葉の誕生について]] [[s:la:De generatione Divini Verbi|De generatione Divini Verbi]]<small>(ガイウス・マリウス・ウィクトリヌス)</small> * [[ホモウシオスの受容について]] [[s:la:De homoousio recipiendo|De homoousio recipiendo]]<small>(ガイウス・マリウス・ウィクトリヌス)</small> * [[論考 (ヴェローナのゼノ)]] [[s:la:Tractatus (Zeno Veronensis)|Tractatus (Zeno Veronensis)]](未完) * [[言葉の受肉について]] [[s:la:De incarnatione Verbi|De incarnatione Verbi]]<small>(オリゲネス)</small> === 聖書註解・聖書研究 === * [[新約聖書譬喩略解]]<small>(紀好弼 著)</small> * [[ニカイア以前の教父たち/第5巻/キプリアヌス/キプリアヌスの論文/主の祈りについて|主の祈りについて]]<small> (キプリアヌス)</small> * [[マタイ福音書に関する説教]]<small>(ヨアンネス・クリュソストモス)</small>(未完) * [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第11巻/ローマ人への手紙注解|ローマ人への手紙注解]]<small>(クリュソストモス)</small> * [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ガラテヤとエペソについて/ガラテヤ人への手紙注解|ガラテヤ人への手紙注解]]<small>(クリュソストモス)</small> * [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ガラテヤとエペソについて/エペソ人への手紙注解|エペソ人への手紙注解]]<small>(クリュソストモス)</small> * [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ピリピ、コロサイ、テサロニケについて/コロサイ人への手紙注解|コロサイ人への手紙注解]]<small>(クリュソストモス)</small> * [[ルカ福音書の解説 (アンブロシウス)]] * [[ヘクサエメロン (アンブロシウス)]] * [[楽園について (アンブロシウス)]] * [[カインとアベルについて (アンブロシウス)]] * [[ノアと箱舟について (アンブロシウス)]] * [[アブラハムについて (アンブロシウス)]] * [[イサクと魂について]]<small>(アンブロシウス)</small> * [[ダビデの詩篇十二篇の解説]]<small>(アンブロシウス)</small> * [[ダビデの詩篇118篇の解説]]<small>(アンブロシウス)</small>(未完) * [[ローマ人への手紙注解 (アンブロシアステル)]] * [[コリント人への第一の手紙注解 (アンブロシアステル)]] * [[コリント人への第二の手紙注解 (アンブロシアステル)]] * [[詩篇の論考]]<small>(ヒラリウス)</small>(未完) * [[砂漠を讃えて]] [[s:la:De laude eremi|De laude eremi]]<small>(リヨンのエウケリウス)</small> * [[聖書霊的解釈の定式]] [[s:la:Formulae spiritalis intelligentiae|Formulae spiritalis intelligentiae]]<small>(リヨンのエウケリウス)</small>(未完) * [[イザヤの幻視に関する説教の翻訳]] [[s:la:Translatio homiliarum in visiones Isaiae|Translatio homiliarum in visiones Isaiae]]<small>(オリゲネス)</small> * [[エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳]] [[s:la:Translatio Homiliarum in Ieremiam et Ezechielem|Translatio Homiliarum in Ieremiam et Ezechielem]]<small>(オリゲネス)</small>(未完) === 講話・説教 === * [[イェルサリム大主教聖キリール教訓]] * [[聖金口イオアン教訓下]] * [[シリヤの聖エフレム教訓]] * [[聖詠講話上編]]<small>(金口イオアン著)</small> * [[聖詠講話中編]]<small>(  同上   )</small> * [[埃及マカリイ全書]] * [[シリヤの聖イサアク全書]] * [[ニネベのイサアク神秘論文集]] * [[祈祷惺々集]]<small>(フェオファン編)</small> * [[信経問答]]<small>(正教会事務所)</small> * [[十誡問答]]<small>(正教会事務所)</small> * [[通俗正教教話]] <small>(1909年2版、正教会編輯局発行)</small> === 評論 === * [[時事雑評二三 (新字旧仮名)]]<small>(内村鑑三)</small> * [[問答二三 (新字旧仮名)]]<small>(内村鑑三)</small> === キリシタン文献・ローマカトリック教会関連文献 === * [[コンチリサンの略]] * [[吉利支丹文学抄]]<small>([[w:村岡典嗣|村岡典嗣 編]])</small> ** [[さんぺいとろの御作業]] ** [[さんゑうすたきよの御作業]] ** [[こんてむつすむんぢ抄]] ** [[でうすの御性體と御善徳の事]] ** [[御扶けの御恩の事]] ** [[善人達のよきこんしゑんしやの悦びの事]] * 切支丹宗教文学 {{ext scan link|1=http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1209456}}<small>(現在収録不可)</small> ** コンテンプツスムンヂ ** 信心録 ヒイデスの経 ** サントスの御作業 * [[ぎや・ど・ぺかどる 上巻]] <small>(ルイス・デ・グラナダ著)</small>{{ext scan link|1=http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1111597}} * [[ぎや・ど・ぺかどる 下巻]] {{ext scan link|1=http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1080571}} === 日本基督教団関連文書 === * [[日本基督教団生活綱領]] * [[日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書翰]] * [[靖国の英霊]] * [[日本基督教団の指令]] === ホーリネス関連文書 === * [[和協覚書]] === アッセンブリーズ・オブ・ゴッド関連文書 === * [[基本的真理に関する宣言]]({{color|red|削除提案中}}) == イスラム教 == * [[コーラン]] * [[イマーム・サッジャードの権利書]] * [[ナフジュル・バラーガ]] * [[短い信条]]<small>(アブ・ハミド・アル・ガザーリー、1111年没)</small> * [[アル・ガザーリーの宗教と道徳の教え]]<small>(ガザーリー)</small>(未完、現在導入のみ) [[Category:宗教|*]] [[カテゴリ:索引|しゆうきよう]] == 神道 == * [[大祓詞]]、[[祓詞]] * [[直毘霊]] * [[天津祝詞]] * [[祓除と貨幣の関係]] * [[国体論史余論]]<small>(内務省神社局)</small> === 諏訪信仰 === * [[陬波御記文・陬波私注]] * [[諏訪信重解状]] == 儒教 == === 四書 === * [[大學章句]] * [[中庸章句]] * [[論語]] * [[孟子]] === 十三経 === * [[禮記]] * [[春秋左氏傳]] * [[孝経]] == 道教 == * [[老子道徳経]] * [[荘子]] * [[陰符經]]<small>(黄帝陰符経)</small> == ユダヤ教 == * [[ユダヤ古代誌]] [[s:en:The Antiquities of the Jews|The Antiquities of the Jews]]<small>(フラウィウス・ヨセフ)</small>(未完) == ギリシャ・ローマ哲学 == * [[トゥスクルム荘対談集]]<small>(キケロ)</small> * [[新プラトン主義哲学者断片集/サッカス (ブイエ訳)]]<small>(アンモニオス・サッカス)</small> == その他 == * [[フランス政府セクト対策一覧]] [[en:Wikisource:Religious texts]] [[el:Βικιθήκη:Θρησκευτικά κείμενα]] [[de:Religion]] [[fr:Portail:Religions et Croyances/travaux]] [[hr:Religiozni tekstovi]] [[pl:Teksty religijne]] [[tr:VikiKaynak:Dinî metinler]] [[vi:Wikisource:Văn kiện tôn giáo]] [[zh:Wikisource:宗教]] ftn5dx2d74b6p1bqq9mer3yx23ni3t0 十住毘婆沙論 0 5730 242395 127886 2026-05-14T05:16:16Z 村田ラジオ 14210 カテゴリを加筆。 242395 wikitext text/x-wiki {{header |title={{PAGENAME}} |author=龍樹 |translator=鳩摩羅什 |wikipedia=十住毘婆沙論 |notes= {{Ambox|text=この記事'''『十住毘婆沙論』'''は書きかけです。偈頌の一部のみで、散文の記述はありません。<br />[[w:浄土真宗|浄土真宗]]の依拠聖典'''「易行品」'''(『十住毘婆沙論』巻第五「易行品 第九」)の全文は、'''「[[易行品]]」'''を参照してください。}} :[[w:龍樹|龍樹]]造 :[[w:鳩摩羅什|鳩摩羅什]]訳 }} == 日本語訳 == ===序品第一=== 無上の大いなる悟り〔を成就した〕一切のブッダたちと、堅固な心で十の住処に住する一切の菩薩たち、 そして、我と我に属するものの無い〔ことを悟った〕声聞と独覚仏たちを礼拝して、 私〔ナーガールジュナ〕はブッダの説いたところの〔法に〕従って〔菩薩の〕十の住処を解き明かそう。 (敬禮一切佛 無上之大道 / 及諸菩薩衆 堅心住十地 / 聲聞辟支佛 無我我所者 / 今解十地義 隨順佛所説) 〔実に〕あわれむべきであるのは、常に自利に背く世間(=衆生)である。〔かれらは〕一心に富貴と楽を求めて邪見の網に堕ち、常に死に対する畏れを抱きながら、六つの境涯を彷徨う。 (世間可愍傷 常背於自利 / 一心求富樂 墮於邪見網 / 常懷於死畏 流轉六道中) 大悲ある菩薩たちが〔この世に〕存することは、極めて稀有である。生けるものどもは、死に至る時に、救護者を持たず、煩悩の網に捉われて深い黒闇に沈む。 (大悲諸菩薩 能極爲希有 / 衆生死至時 無能救護者 / 沒在深黒闇 煩惱網所纒) もし大悲の心を起こす者があるならば、重い仕事をなしたのである。衆生〔という重荷〕を背負うからである。  (若有能發行 大悲之心者 / 荷負衆生故 爲之作重任) 人がもし、もろもろの苦しみは〔ただ〕独りで受け、得る所の楽果は一切〔の衆生〕と共有すると心を定めたならば、究極の無上者であり、稀有なる者、功徳の大いなる蔵である〔かれ〕を、諸々のブッダたちが称賛する。 (若人決定心 獨受諸勤苦 / 所獲安隱果 而與一切共 / 諸佛所稱歎 第一最上人 / 亦是希有者 功徳之大藏) 世間では「〔家柄の良い〕家は悪しき子を生まない」と言われるが、〔子が〕自分の利益だけを成し遂げるけれども、 他人を利することのない〔ならば、それが何になろう〕。〔しかして、貧しい家であっても、〕もし、他人を利する善き子を生んだなら、あたかも満月のように、〔かれが〕その家を照らす。 (世間有常言 家不生惡子 / 但能成己利 不能利於人 / 若生於善子 能利於人者 / 是則如滿月 照明於其家) 〔以前に為された〕もろもろの福徳を持つ人は、様々な因縁によって、〔世間に〕豊かな利益をもたらす、あたかも大いなる海のごとく、また、大いなる地のごとく。 (有諸福徳人 以種種因縁 / 饒益如大海 又亦如大地 ) 求めるものは〔もはや何も〕ないけれど、〔ただ衆生への〕慈愍の故に〔この〕世界に住する人は、最高の寿命を持つ貴人である。 (無求於世間 以慈愍故住 / 此人生爲貴 壽命第一最) 私は、名声を求めたり、〔巧みな〕文辞を飾ったり、利養を貪るためにこの論を造るのではない (我不爲自現 莊嚴於文辭 / 亦不貪利養 而造於此論 ) 私がこの論を造るのは、慈悲によって衆生を豊かに利益しようと望んだからであって、他の理由ではない。 (我爲欲慈悲 饒益於衆生 / 不以餘因縁 而造於此論) 〔たとえば、〕ただ仏の経文を見ただけで、究極の真理(勝義)に通達する者がいる。 (有但見佛經 通達第一義) 〔あるいは、〕すぐれた注釈書を得て、真実義を理解する者、 (有得善解釋 而解實義者) 巧みな文辞、華麗な章句を好む者、 (有人好文飾 莊嚴章句者) 詩偈を好む者、〔意味の〕相応する言葉を好む者、 (有好於偈頌 有好雜句者) アヴァダーナ(avadāna)とニダーナ(nidāna)を好み、〔それらによって〕理解する者〔など〕がいる (有好於譬喩 因縁而得解) 〔このように〕各々、好むところが異なるので、私は〔これに〕従って〔様々な論を作り、かれらを〕捨てない。 (所好各不同 我隨而不捨) もし大いなる智者が イティユクタカ(ityuktaka)を聞くことを得るなら、注釈書を用いて二度〔学ぶ〕ことなく、十の住処の意義を理解する〔だろう〕。 (若有大智人 得聞如是經 / 不復須解釋 則解十地義) 〔一方で〕経文を読誦することでさえ難しい人がいるのだが、もし〔すぐれた〕解説書を作るならば、この〔ような〕人を多いに利益する〔だろう〕と、このように心に思い、善心を大いに起こしてこの論を造る。 (若人以經文 難可得讀誦 / 若作毘婆沙 於此人大益 / 思惟造此論 深發於善心) これらの法〔というともしび〕を灯すことによって、仏への比べるものなき供養をなすのである。 (以然此法故 無比供養佛) 法を説くことで、法のともしびを燃やし、法の旗を建立する。この旗は、〔三解脱門という〕聖なる正法のしるし(聖法印)である。 (説法然法燈 建立於法幢 / 此幢是賢聖 妙法之印相) 私は今この論を造ることで、真実、施捨、寂静、智慧という、四つの功徳処を自(おの)ずから修習する〔ことになる〕。 (我今造此論 諦捨及滅慧 / 是四功徳處 自然而修集) 私が「十の住処の解説書」を説くのは、自分の心を清めるためであり、このような〔清らかな〕心を強く求めるからなので、努力して、〔しかも〕倦むということはない。 (我説十地論 其心得清淨 / 深貪是心故 精勤而不倦) 人がこの論を聞いて、受持し、心が清められるという、このようなことを強く願って、私は一心にこの論を造るのである。 (若人聞受持 心有清淨者 / 我亦深樂此 一心造此論) ---- ===入初地品第二=== 此中十地法 去來今諸佛 爲諸佛子故 已説今當説 初地名歡喜 第二離垢地 三名爲明地 第四名焔地 五名難勝地 六名現前地 第七深遠地 第八不動地 九名善慧地 十名法雲地 分別十地相 次後當廣説 若厚種善根 善行於諸行 善集諸資用 善供養諸佛 善知識所護 具足於深心 悲心念衆生 信解無上法 具此八法已 當自發願言 我得自度已 當復度衆生 爲得十力故 入於必定聚 則生如來家 無有諸過咎 即轉世間道 入出世上道 是以得初地 此地名歡喜 若人自度畏 能度歸依者 自未度疑悔 何能度所歸 若人自不善 不能令人善 若不自寂滅 安能令人寂 若能自安身 在於善處者 然後安餘人 自同於所利 若自成己利 乃能利於彼 自捨欲利他 失利後憂悔 智度無極母 善權方便父 生故名爲父 養育故名母 菩薩善法父 智慧以爲母 一切諸如來 皆從是二生 般舟三昧父 大悲無生母 一切諸如來 從是二法生 如得於初果 究竟至涅槃 菩薩得是地 心常多歡喜 自然得増長 諸佛如來種 是故如此人 得名賢善者 ---- ===地相品第三=== 菩薩在初地 多所能堪受 不好於諍訟 其心多喜悦 常樂於清淨 悲心愍衆生 無有瞋恚心 多行是七事 常念於諸佛 及諸佛大法 必定希有行 是故多歡喜 菩薩得初地 其心多歡喜 諸佛無量徳 我亦定當得 無有不活畏 死畏惡道畏 大衆威徳畏 惡名毀呰畏 繋閉桎梏畏 拷掠刑戮畏 無我我所故 何有是諸畏 若有貧窮者 但求於衣食 既得衣食已 復求美好者 既得美好者 復求於尊貴 既得尊貴已 求王一切地 設得盡王地 復求爲天王 世間貪欲者 不可以財滿 待死如愛客 去如至大會 多集福徳故 捨命時無畏 離死者無死 離死無死者 因死有死者 因死者有死 死成成死者 死先未成時 無有決定相 無死無成者 離死有死者 死者應自成 而實離於死 無有死者成 而世間分別 是死是死者 不知死去來 是故終不免 以是等因縁 觀於諸法相 其心無有異 終不畏於死 我以布施故 墮在叫喚獄 所受我施者 皆生於天上 若爾猶尚應 常行於布施 衆生在天上 我受叫喚苦 我心因我所 我所因我生 是故我我所 二性倶是空 我則是主義 我所是主物 若無有主者 主所物亦無 若無主所物 則亦無有主 我即是我見 我物我所見 實觀故無我 我無無非我 因受生受者 無受無受者 離受者無受 云何因受成 若受者成受 受則爲不成 以受不成故 不能成受者 以受者空故 不得言是我 以受是空故 不得言我所 是故我非我 亦我亦非我 非我非無我 是皆爲邪論 我所非我所 亦我非我所 非我非我所 是亦爲邪論 ---- ===淨地品第四=== 信力轉増上 深行大悲心 慈愍衆生類 修善心無倦 喜樂諸妙法 常近善知識 慚愧及恭敬 柔軟和其心 樂觀法無著 一心求多聞 不貪於利養 離姦欺諂誑 不汚諸佛家 不毀戒欺佛 深樂薩婆若 不動如大山 常樂修習行 轉上之妙法 樂出世間法 不樂世間法 即治歡喜地 難治而能治 是故常一心 勤行此諸法 菩薩能成就 如是上妙法 是則爲安住 菩薩初地中 ---- ===釋願品第五=== <1>願供養奉給 恭敬一切佛 <2>願皆守護持 一切諸佛法 諸佛從兜率 退來在世間 乃至教化訖 永入無餘界 處胎及生時 出家趣道場 降魔成佛道 初轉妙法輪 奉迎諸如來 及於餘時中 <3>願我悉當得 盡心而供養 <4>願教化衆生 令悉入諸道 <5>願一切衆生 成就佛菩提 有人向聲聞 辟支佛道者 <6>願使一切法 信解入平等 <7>願淨佛土故 滅除諸雜惡 <8>倶行於一事 願無有怨競 <9>願行菩薩道 轉不退轉輪 令除諸煩惱 得入信清淨 <10>願一切世界 皆示成菩提 如是諸菩薩 '''十大願'''爲首 廣大如虚空 盡於未來際 及餘無量願 亦各分別説 菩薩發如是 十大願究竟 衆生性世性 虚空性法性 涅槃佛生性 諸佛智性竟 一切心所縁 諸佛行處智 世間法智轉 是名十究竟 衆生性若竟 我願亦復竟 如衆生等竟 如是諸願竟 竟義名無竟 我善根無竟 ---- ===發菩提心品第六=== 初めて菩提心を起こすときには、あるいは三、四の因縁がある。 (初發菩提心 或三四因縁) 第一のものは諸々の如来が〔教えて〕菩提心を起こさしめる〔という理由〕。 (一者諸如來 令發菩提心) 第二のものは法が〔まさに〕壊れて行きつつあるのを見て、〔これを〕守護〔しようと思う〕ゆえに、〔菩提〕心を起こす〔という理由〕。 (二見法欲壞 守護故發心) 第三のものは衆生において大いなるあわれみ〔を抱いて〕、〔菩提〕心を起こす〔という理由〕。 (三於衆生中 大悲而發心) 第四のものは、菩薩が〔かれに〕教えて、菩提心を起こさしめる〔という理由〕。 (四或有菩薩 教發菩提心) 第五のものは、菩薩の行いを見て、〔これに〕従って、〔菩提〕心を起こす〔という理由〕。 (五見菩薩行 亦隨而發心) あるいは、〔過去に〕なされた布施〔という縁〕によって、菩提心を起こす〔という理由〕。 (或因布施已 而發菩提心) あるいは、仏の身体の〔三十二の〕特徴を見て、喜び、〔菩提〕を起こす〔という理由〕。 (或見佛身相 歡喜而發心) これら七つの因縁によって、菩提心を起こすのである。 (以是七因縁 而發菩提心) 七つの菩提心の生起において、仏が教え〔ることによって菩提〕心を起こす、法を守護する〔思いの〕ゆえに〔菩提〕心を起こす、〔衆生を〕あわれむゆえに〔菩提〕心を起こす〔という〕、これら三つの〔菩提〕心の者は、必ず成就を得る。 (於七發心中 佛教令發心 / 護法故發心 憐愍故發心 / 如是三心者 必定得成就 そのほかの四つ〔の理由〕に〔よる菩提〕心の者は、必ずしも成就があるとはかぎらない。 (其餘四心者 不必皆成就) ---- ===調伏心品第七=== 菩薩應遠離 失菩提心法 應一心修行 不失菩提法 一不敬重法 二有憍慢心 三妄語無實 四不敬知識 吝惜最要法 貪樂於小乘 謗毀諸菩薩 輕賤坐禪者 不覺諸魔事 菩提心劣弱 業障及法障 亦失菩提心 許施師而誑 其罪甚深重 人無有疑悔 強令生疑悔 信樂大乘者 餘加重瞋恚 呵罵説惡名 處處廣流布 於諸共事中 心多行諂曲 如此四黒法 則失菩提心 轉此五四法 世世修善行 如是則不失 無上菩提心 乃至失身命 轉輪聖王位 於此尚不應 妄語行諂曲 能令諸世間 一切衆生類 於諸菩薩衆 而生恭敬心 若有人能行 如是之善法 世世得増長 無上菩提願 ---- ===阿惟越致相品第八=== 等心於衆生 不嫉他利養 乃至失身命 不説法師過 信樂深妙法 不貪於恭敬 具足此五法 是阿惟越致 若無有志幹 好樂下劣法 深著名利養 其心不端直 吝護於他家 不信樂空法 但貴諸言説 是名敗壞相 菩薩不得我 亦不得衆生 不分別説法 亦不得菩提 不以相見佛 以此五功徳 得名大菩薩 成阿惟越致 若陰是我者 我即生滅相 云何當以受 而即作受者 若離陰有我 陰外應可得 云何當以受 而異於受者 若我有五陰 我即離五陰 如世間常言 牛異於牛主 異物共合故 此事名爲有 是故我有陰 我即異於陰 若陰中有我 如房中有人 如床上聽者 我應異於陰 若我中有陰 如器中有果 如乳中有蠅 陰則異於我 如可然非然 不離可然然 然無有可然 然可然中無 我非陰離陰 我亦無有陰 五陰中無我 我中無五陰 如是染染者 煩惱煩惱者 一切瓶衣等 皆當如是知 若説我有定 及諸法異相 當知如是人 不得佛法味 實性則非有 亦復非是無 非亦有亦無 非非有非無 亦非有文字 亦不離文字 如是實義者 終不可得説 言者可言言 是皆寂滅相 若性寂滅者 非有亦非無 爲欲説何事 爲以何言説 云何有智人 而與言者言 若諸法性空 諸法即無性 隨以何法空 是法不可説 不得不有言 假言以説空 實義亦非空 亦復非不空 亦非空不空 非非空不空 非虚亦非實 非説非不説 而實無所有 亦非無所有 是爲悉捨離 諸所有分別 因及從因生 如是一切法 皆是寂滅相 無取亦無捨 無灰衣不淨 灰亦還汚衣 非言不宣實 言説則有過 佛不得菩提 非佛亦不得 諸果及餘法 皆亦復如是 有佛有菩提 佛得即爲常 無佛無菩提 不得即斷滅 離佛無菩提 離菩提無佛 若一異不成 云何有和合 凡諸一切法 以異故有合 菩提不異佛 是故二無合 佛及與菩提 異共倶不成 離二更無三 云何而得成 是故佛寂滅 菩提亦寂滅 是二寂滅故 一切皆寂滅 一切若無相 一切即有相 寂滅是無相 即爲是有相 若觀無相法 無相即爲相 若言修無相 即非修無相 若捨諸貪著 名之爲無相 取是捨貪相 則爲無解脱 凡以有取故 因取而有捨 誰取取何事 名之以爲捨 取者所用取 及以可取法 共離倶不有 是皆名寂滅 若法相因成 是即爲無性 若無有性者 此即無有相 若法無有性 此即無相者 云何言無性 即爲是無相 若用有與無 亦遮亦應聽 雖言心不著 是則無有過 何處先有法 而後不滅者 何處先有然 而後有滅者 是有相寂滅 同無相寂滅 是故寂滅語 及寂滅語者 先亦非寂滅 亦非不寂滅 亦非寂不寂 非非寂不寂 般若已廣説 阿惟越致相 ---- === 易行品第九 === 若墮聲聞地 及辟支佛地 是名菩薩死 則失一切利 若墮於地獄 不生如是畏 若墮二乘地 則爲大怖畏 墮於地獄中 畢竟得至佛 若墮二乘地 畢竟遮佛道 佛自於經中 解説如是事 如人貪壽者 斬首則大畏 菩薩亦如是 若於聲聞地 及辟支佛地 應生大怖畏 菩薩未得至 阿惟越致地 應常勤精進 猶如救頭燃 荷負於重擔 爲求菩提故 常應勤精進 不生懈怠心 若求聲聞乘 辟支佛乘者 但爲成己利 常應勤精進 何況於菩薩 自度亦度彼 於此二乘人 億倍應精進 東方善徳佛 南栴檀徳佛 西無量明佛 北方相徳佛 東南無憂徳 西南寶施佛 西北華徳佛 東北三行佛 下方明徳佛 上方廣衆徳 如是諸世尊 今現在十方 若人疾欲至 不退轉地者 應以恭敬心 執持稱名號 若有人得聞 説是諸佛名 即得無量徳 如爲寶月説 我禮是諸佛 今現在十方 其有稱名者 即得不退轉 東方無憂界 其佛號善徳 色相如金山 名聞無邊際 若人聞名者 即得不退轉 我今合掌禮 願悉除憂惱 南方歡喜界 佛號栴檀徳 面淨如滿月 光明無有量 能滅諸衆生 三毒之熱惱 聞名得不退 是故稽首禮 西方善世界 佛號無量明 身光智慧明 所照無邊際 其有聞名者 即得不退轉 我今稽首禮 願盡生死際 北方無動界 佛號爲相徳 身具衆相好 而以自莊嚴 摧破魔怨衆 善化諸人天 聞名得不退 是故稽首禮 東南月明界 有佛號無憂 光明踰日月 遇者滅煩惱 常爲衆説法 除諸内外苦 十方佛稱讃 是故稽首禮 西南衆相界 佛號爲寶施 常以諸法寶 廣施於一切 諸天頭面禮 寶冠在足下 我今以五體 歸命寶施尊 西北衆音界 佛號爲華徳 世界衆寶樹 演出妙法音 常以七覺華 莊嚴於衆生 白毫相如月 我今頭面禮 東北安隱界 諸寶所合成 佛號三乘行 無量相嚴身 智慧光無量 能破無明闇 衆生無憂惱 是故稽首禮 上方衆月界 衆寶所莊嚴 大徳聲聞衆 菩薩無有量 諸聖中師子 號曰廣衆徳 諸魔所怖畏 是故稽首禮 下方廣世界 佛號爲明徳 身相妙超絶 閻浮檀金山 常以智慧日 開諸善根華 寶土甚廣大 我遙稽首禮 過去無數劫 有佛號海徳 是諸現在佛 皆從彼發願 壽命無有量 光明照無極 國土甚清淨 聞名定作佛 今現在十方 具足成十力 是故稽首禮 人天中最尊 阿彌陀等佛 及諸大菩薩 稱名一心念 亦得不退轉 無量光明慧 身如眞金山 我今身口意 合掌稽首禮 金色妙光明 普流諸世界 隨物増其色 是故稽首禮 若人命終時 得生彼國者 即具無量徳 是故我歸命 人能念是佛 無量力威徳 即時入必定 是故我常念 彼國人命終 設應受諸苦 不墮惡地獄 是故歸命禮 若人生彼國 終不墮三趣 及與阿修羅 我今歸命禮 人天身相同 猶如金山頂 諸勝所歸處 是故頭面禮 其有生彼國 具天眼耳通 十方普無礙 稽首聖中尊 其國諸衆生 神變及心通 亦具宿命智 是故歸命禮 生彼國土者 無我無我所 不生彼此心 是故稽首禮 超出三界獄 目如蓮華葉 聲聞衆無量 是故稽首禮 彼國諸衆生 其性皆柔和 自然行十善 稽首衆聖王 從善生淨明 無量無邊數 二足中第一 是故我歸命 若人願作佛 心念阿彌陀 應時爲現身 是故我歸命 彼佛本願力 十方諸菩薩 來供養聽法 是故我稽首 彼土諸菩薩 具足諸相好 以自莊嚴身 我今歸命禮 彼諸大菩薩 日日於三時 供養十方佛 是故稽首禮 若人種善根 疑則華不開 信心清淨者 華開則見佛 十方現在佛 以種種因縁 歎彼佛功徳 我今歸命禮 其土甚嚴飾 殊彼諸天宮 功徳甚深厚 是故禮佛足 佛足千輻輪 柔軟蓮華色 見者皆歡喜 頭面禮佛足 眉間白毫光 猶如清淨月 増益面光色 頭面禮佛足 本求佛道時 行諸奇妙事 如諸經所説 頭面稽首禮 彼佛所言説 破除諸罪根 美言多所益 我今稽首禮 以此美言説 救諸著樂病 已度今猶度 是故稽首禮 人天中最尊 諸天頭面禮 七寶冠摩尼 是故我歸命 一切賢聖衆 及諸人天衆 咸皆共歸命 是故我亦禮 乘彼八道船 能度難度海 自度亦度彼 我禮自在者 諸佛無量劫 讃揚其功徳 猶尚不能盡 歸命清淨人 我今亦如是 稱讃無量徳 以是福因縁 願佛常念我 我於今先世 福徳若大小 願我於佛所 心常得清淨 以此福因縁 所獲上妙徳 願諸衆生類 皆亦悉當得 毘婆尸世尊 無憂道樹下 成就一切智 微妙諸功徳 正觀於世間 其心得解脱 我今以五體 歸命無上尊 尸棄佛世尊 在於邠他利 道場樹下坐 成就於菩提 身色無有比 如然紫金山 我今自歸命 三界無上尊 毘首婆世尊 坐娑羅樹下 自然得通達 一切妙智慧 於諸人天中 第一無有比 是故我歸命 一切最勝尊 迦求村大佛 得阿耨多羅 三藐三菩提 尸利沙樹下 成就大智慧 永脱於生死 我今歸命禮 第一無比尊 迦那含牟尼 大聖無上尊 優曇鉢樹下 成就得佛道 通達一切法 無量無有邊 是故我歸命 第一無上尊 迦葉佛世尊 眼如雙蓮華 尼拘樓陀樹 於下成佛道 三界無所畏 行歩如象王 我今自歸命 稽首無極尊 釋迦牟尼佛 阿輸陀樹下 降伏魔怨敵 成就無上道 面貎如滿月 清淨無瑕塵 我今稽首禮 勇猛第一尊 當來彌勒佛 那伽樹下坐 成就廣大心 自然得佛道 功徳甚堅牢 莫能有勝者 是故我自歸 無比妙法王 無勝世界中 有佛號徳勝 我今稽首禮 及法寶僧寶 隨意喜世界 有佛號普明 我今自歸命 及法寶僧寶 普賢世界中 有佛號勝敵 我今歸命禮 及法寶僧寶 善淨集世界 佛號王幢相 我今稽首禮 及法寶僧寶 離垢集世界 無量功徳明 自在於十方 是故稽首禮 不誑世界中 無礙藥王佛 我今頭面禮 及法寶僧寶 今集世界中 佛號寶遊行 我今頭面禮 及法寶僧寶 美音界寶花 安立山王佛 我今頭面禮 及法寶僧寶 今是諸如來 住在東方界 我以恭敬心 稱揚歸命禮 唯願諸如來 深加以慈愍 現身在我前 皆令目得見 過去世諸佛 降伏衆魔怨 以大智慧力 廣利於衆生 彼時諸衆生 盡心皆供養 恭敬而稱揚 是故頭面禮 現在十方界 不可計諸佛 其數過恒沙 無量無有邊 慈愍諸衆生 常轉妙法輪 是故我恭敬 歸命稽首禮 未來世諸佛 身色如金山 光明無有量 衆相自莊嚴 出世度衆生 當入於涅槃 如是諸世尊 我今頭面禮 ---- ===除業品第十=== 十方無量佛 所知無不盡 我今悉於前 發露諸黒惡 三三合九種 從三煩惱起 今身若先身 是罪盡懺悔 於三惡道中 若應受業報 願於今身償 不入惡道受 十方一切佛 現在成道者 我請轉法輪 安樂諸衆生 十方一切佛 若欲捨壽命 我今頭面禮 勸請令久住 所有布施福 持戒修禪行 從身口意生 去來今所有 習行三乘人 具足三乘者 一切凡夫福 皆隨而歡喜 我所有福徳 一切皆和合 爲諸衆生故 正迴向佛道 罪應如是懺 勸請隨喜福 迴向無上道 皆亦應如是 如諸佛所説 我悔罪勸請 隨喜及迴向 皆亦復如是 ---- ===解頭陀品第五=== 見十利應著 二六種衣法 又以見十利 盡形應乞食 佛雖聽請食 欲以自利己 亦利他人故 則不受請食 見有十利故 常不捨空閑 問疾及聽法 教化乃至寺 若有因縁事 來在塔寺住 於一切事中 不捨空閑想 精進行諸覺 隨阿練若法 比丘已住於 阿練若處者 常應精勤生 種種諸善法 大膽心無我 滅除諸怖畏 比丘住空閑 當以心膽力 除滅諸怖畏 念佛無畏者 若人自起業 怖畏不得脱 不怖亦不脱 怖則失正利 如是知不免 而破餘利者 則行小人事 比丘所不應 若有怖畏者 應畏於生死 一切諸怖畏 生死皆爲因 是故行道者 欲脱於生死 亦救於他人 不應生怖畏 佛聽四和合 餘者則不聽 是故應親近 餘者則遠離 佛聽有四法 住阿練若處 決定王經中 佛爲阿難説 阿練若比丘 應住四四法 無智無精進 而住空閑處 即得於四法 復得餘四法 又復得三事 如是佛所説 廣説空閑法 及與乞食法 餘十頭陀徳 皆亦應廣説 如五空閑説 餘功徳亦爾 自讀誦教他 得捨空閑處 讀誦經因縁 可捨阿練若 教他讀誦時 不應望供給 即時應念佛 佛常有所作 我應善供給 一切諸衆生 不望彼供給 自利利他故 從他求智慧 應不惜身命 若一字一心 以此爲劫數 恭敬於師所 能説此論者 離諸諂曲心 深愛而恭敬 晝夜不休息 盡於爾所劫 ---- == 参考文献 == *浄土真宗教学伝道研究センター 編『浄土真宗聖典 七祖篇(原典版)』本願寺出版社、1992年、ISBN 978-4-89416-604-2。 {{stub}} {{DEFAULTSORT:しゆうしゆうひはしやろん}} [[Category:仏教]] [[Category:3世紀]] {{PD-old}} {{新訳}} d3k1m9uyel04cy2fdz265bnu2vsenpu 大正十二年勅令第三百九十八號ノ施行ニ關スル件 0 8077 242391 153655 2026-05-14T05:08:42Z 仙地 43004 仙地 がページ「[[大正十二年勅令第三百九十八號ノ施行二關スル件]]」を「[[大正十二年勅令第三百九十八號ノ施行ニ關スル件]]」に移動しました: ページ名の誤字・脱字 153655 wikitext text/x-wiki {{Header |title=大正十二年勅令第三百九十八號ノ施行二關スル件 |year=1923 |notes= * 大正12年勅令第399号 * 公布: 大正12年9月2日 * 施行: 大正12年9月2日 {{異体字使用|&#x5167;は内}} {{DEFAULTSORT:たいしようしゆうにねんちよくれいたいさんひやくきゆしゆうはちこうのしこうにかんするけん}} [[Category:大正12年の勅令]] [[Category:関東大震災関連法令]] [[カテゴリ:東京都]] }} 朕大正十二年[[一定ノ地域ニ戒嚴令中必要ノ規定ヲ適用スルノ件|勅令第三百九十八號]]ノ施行二關スル件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム {{御名御璽}} {{摂政名}} <div style="margin-left:4em"> 大正十二年九月二日 </div> <div style="margin-right:2em;text-align:right;font-size:110.5%;"> 內閣總理大臣 伯爵[[w:内田康哉|&#x5167;&#x2004;田&#x2004;康&#x2004;哉]] 陸軍大臣   [[w:山梨半造|山&#x2004;梨&#x2004;半&#x2004;造]] </div> '''勅令第三百九十九號''' 大正十二年勅令第三百九十八號ニ依リ左ノ區域ニ[[戒嚴令]]第九條及第十四條ノ規定ヲ適用ス但シ同條中司令官ノ職務ハ東京衛戌司令官之ヲ行フ 東京市 荏原郡 豐多摩郡 北豐島郡 足立郡 南葛飾郡 {{附則}} 本令ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス {{PD-JapanGov-old}} lhmwgev1nj81u8lz01gk3eo6txrljxl 大乗破有論 0 8399 242394 127978 2026-05-14T05:11:58Z 村田ラジオ 14210 カテゴリを加筆。 242394 wikitext text/x-wiki {{header |title={{PAGENAME}} |author=龍樹 |translator=施護 |notes= *龍樹菩薩 造 *施護 訳 }} == 白文 == 歸命一切佛諸有智者。 應當如實了知諸法。 此中云何?謂一切性從無性生。亦非無性生。 一切性若有生者。彼性是常。是性無實。猶如空華。 當知諸法與虚空等。彼諸法生亦與空等。一切縁法皆如虚空。彼無實故。當云何有? 諸法無因而復無果。亦無諸業自性可得。此中一切而無有實。無世間故無出世間。一切無生亦無有性。云何諸法而有所生? 世間親愛父子眷屬。雖有所生而無其實。不從先世之所生故。亦非現世有其相故。此於世間無義可轉。猶如月中見諸影像。 世間無實從分別起。此分別故分別心生。由此心爲因即有身生。是故有身行於世間。 蘊所成故名之爲身。諸蘊皆空無有自性。蘊無自性而亦無心。以無心故是故無身。 當知自性離諸分別。若無其心亦無有法。若無其身亦無有界。 此中所説是無二道。此所説者是眞實説。此中一切離諸所縁。此中所説離諸所縁。此中所作離諸所縁。此中所得離諸所縁。 所有布施持戒忍辱精進禪定智慧諸法如是常行。不久時中即能證得無上菩提。以慧方便安住實際。起悲愍行廣度衆生。 雖復如是有所得相。一切智性而不可説得。彼一切法但有名字。一切但於有想中住。現前無實差別所生。 差別生法而無所有。彼一切法本無有名。但以假名而表了故。當知諸法而無實體。 一切皆從分別所生。此中若無分別者。即同虚空離諸分別。如説眼者能見於色。作此説者是眞實語。 世間有諸邪執心者。執此所説如實而轉。彼一切法聚類所現。當知此説是佛所説。 是故應知。此中義者眼不見色。乃至意不知法。若如是知是爲智者。即能通達第一義諦。 如是乃名最上眞實。我今依經。如是略説 == 現代語訳 == 『'''存在〔するという誤謬〕を打ち破る大乗の論書'''』 一切のブッダと諸々の智者たちに帰命する 諸法をあるがままに了知すべきである。 これはどういうことであるか? すなわち、一切の存在(有)<ref>「性」をbhavaの訳語と解した</ref>は〔他の〕存在より生じるのもなく、〔あるいは〕非存在より生じるのでもない。 一切の存在に、もしも生ずることがあるなら、その存在は常住である。〔しかし〕このような存在は真実ならざるものである。たとえば空華<ref>kha-puṣpa 眼病者が空中に見る、華の幻のこと。存在しないもののたとえ。このようなたとえには他に亀の毛、ウサギの角などがある</ref>のように。 諸々の物事(諸法)と虚空などを知るべきである。これらの 諸々の物事(諸法)の生起もまた〔虚〕空に比せられる<ref>「與」を"to compare"と解した</ref> 。条件(縁)〔によって成立している〕すべての物事(法)は虚空のごときものである。〔なぜなら〕それらは真実ならざるものであるから。何が「存在する」といえるだろうか? 諸々の物事(法)は、原因がなく、結果もない。また、実体(自性)を得ることのできる諸々の業もない。この一切〔のものごと〕に真実なるものがあるということはない。 世間は無いのだから、出世間も〔また〕無い。一切〔のものごと〕に生じることは無く、また「存在するという状態」もない。何が諸法であって、生じたものであるのか? 世間〔の人々〕は父、子、親族と親しみ〔これを〕愛する。〔そのように、世俗諦では〕生じたものはあるが、その実体はない。 過去の生存によって生じたのではないから、〔また〕現在の生存はそれ〔自身〕の特徴(相)をもつことはないから、世界(世間)においては対象(義)もなく、〔諸々の生存領域を〕彷徨うべきものもない。月の中に諸々の影のかたち(像)を見るようなものである。 世界(世間)は実体がないけれども分別によって〔実体という想いが〕起こる。この分別のために分別する心が生じる。 この〔分別する〕心を原因として、身体〔という想い〕が生じる。このために、世間における身体という呼称<ref>「行」をsaṅkhyāの訳語とみなした</ref>がある。 〔もろもろの〕構成要素(蘊)によって成立するので、身体と呼ばれる。諸々の構成要素(蘊)はみな空であり、実体(自性)を欠くものである。 構成要素(蘊)に実体が無いのだから、心も〔実体が〕無い。心が無いのだから身体も無い。〔これらは〕本性(自性)としては諸々の分別を離れたものであると知るべきである。 もしその心が無いならば、心の認識対象(法)もまた無い。もし其の身体がないなら要素(界)もまた無い。 この所説には二つの〔極端な〕道がない。この所説は真実説である。 一切〔の存在〕は諸々の所縁を離れている。この所説は諸々の所縁を離れている。 この為されたことは諸々の所縁を離れている。この得られたことは諸々の所縁を離れている。 布施・持戒・忍辱、精進、禅定、智慧という諸々の法をこのように常に行ずれば、速やかに無上の悟りを証得する。 智慧と方便によって、ものごとの本当のあり方(実際)に安住する。〔大いなる〕あわれみ〔の心〕を起こして衆生を広く〔悟りという彼岸へ〕渡す。このように得られた特徴があるけれども、一切智性は言語で言い表すことができない。 すべての物事(法)はただ名称があるのみである。すべて〔の物事〕は「存在するという想い」の中に住し、実体なきものとして現れ、〔分別〕差別によって生じる。〔分別〕差別によって生じた物事(法)であって〔真実には〕存在することのない、これらのすべての物事(法)は本無であって名称〔だけ〕がある。〔なぜなら〕概念(仮名)によって表わされるだけだから。諸々の物事(法)は実体なきものであると知るべきである。すべて〔の物事〕は分別より生じる。もし分別がないなら、虚空に等しく、諸々の分別を離れている。「眼は色形を見る」と説かれ、この説は真実語とされているように、世間の諸々の邪執心を持つものたちは、この〔「眼は色形を見る」という〕説をありのままであると執着し、〔様々な生存領域を〕彷徨う。かのすべての物事(一切法)は様々な集められたもの(聚類)〔によって〕現れる。これをブッダの所説であると知るべきである。それゆえに「眼は色形を見ず、あるいは、心は心の認識対象を知覚しない」と知るべきである。もしこのように知るならば、〔その人は〕智者であり、究極の真理(第一義諦)をよく理解する。このような〔ことがら〕を最上の真実と名付ける。私はいま経典に依拠して、このように略説した。 ==脚注== {{脚注ヘルプ}} <div style="font-size:90%"><references/></div> {{DEFAULTSORT:たいしようはうろん}} [[Category:仏教]] [[Category:3世紀]] {{PD-old}} {{新訳}} 1tty0fxhw2aevet5e5cruacopmshz98 中論 0 8644 242393 127967 2026-05-14T05:09:56Z 村田ラジオ 14210 カテゴリを加筆。 242393 wikitext text/x-wiki {{header |title={{PAGENAME}} |author=龍樹 |translator=鳩摩羅什 |notes= *龍樹菩薩 造 *梵志青目 釈 *鳩摩羅什 訳 }} == 白文 ==  不生亦不滅 不常亦不斷  不一亦不異 不來亦不出  能説是因縁 善滅諸戲論  我稽首禮佛 諸説中第一 問曰。何故造此論。答曰。有人言萬物從大自在天生。有言從韋紐天生。有言從和合生。有言從時生。有言從世性生。有言從變生。有言從自然生。有言從微塵生。 有如是等謬故墮於無因邪因斷常等邪見。種種説我我所。不知正法。佛欲斷如是等諸邪見令知佛法故。 先於聲聞法中説十二因縁。又爲已習行有大心堪受深法者。以大乘法説因縁相。所謂一切法不生不滅不一不異等。 畢竟空無所有。如般若波羅蜜中説。佛告須菩提。菩薩坐道場時。觀十二因縁。如虚空不可盡。 佛滅度後。後五百歳像法中。人根轉鈍。深著諸法。求十二因縁五陰十二入十八界等決定相。不知佛意但著文字。 聞大乘法中説畢竟空。不知何因縁故空。即生疑見。若都畢竟空。云何分別有罪福報應等。如是則無世諦第一義諦。 取是空相而起貪著。於畢竟空中生種種過。龍樹菩薩爲是等故。造此中論  不生亦不滅 不常亦不斷  不一亦不異 不來亦不出  能説是因縁 善滅諸戲論  我稽首禮佛 諸説中第一 以此二偈讃佛。則已略説第一義。 問曰。諸法無量。何故但以此八事破。答曰法雖無量。略説八事則爲總破一切法。不生者。諸論師種種説生相。 或謂因果一。或謂因果異。或謂因中先有果。或謂因中先無果。或謂自體生。或謂從他生。或謂共生。或謂有生。或謂無生。 如是等説生相皆不然。此事後當廣説。生相決定不可得故不生。不滅者。若無生何得有滅。以無生無滅故。餘六事亦無問曰。不生不滅已總破一切法。 何故復説六事。答曰。爲成不生不滅義故。有人不受不生不滅。而信不常不斷。若深求不常不斷。即是不生不滅。 何以故。則不應無。先有今無是即爲斷。若先有性是則爲常。是故説不常不斷。即入不生不滅義。有人雖聞四種破諸法。 猶以四門成諸法。是亦不然。若一則無縁。若異則無相續。後當種種破。是故復説不一不異。有人雖聞六種破諸法。猶以來出成諸法。 來者。言諸法從自在天世性微塵等來。出者。還去至本處。復次萬物無生。何以故。世間現見故。世間眼見劫初穀不生。 何以故。離劫初穀。今穀不可得。若離劫初穀有今穀者。則應有生。而實不爾。是故不生。問曰若不生則應滅。答曰不滅。 何以故。世間現見故。世間眼見劫初穀不滅。若滅今不應有穀而實有穀。是故不滅。問曰。若不滅則應常。答曰不常。 何以故。世間現見故。世間眼見萬物不常。如穀芽時種則變壞。是故不常。問曰若不常則應斷。答曰不斷。 何以故。世間現見故。世間眼見萬物不斷。如從穀有芽。是故不斷。若斷不應相續。問曰。若爾者萬物是一。答曰不一。 何以故。世間現見故。世間眼見萬物不一。如穀不作芽芽不作穀。若穀作芽芽作穀者。應是一。而實不爾。是故不一。問曰若不一則應異。答曰不異。 何以故。世間現見故。世間眼見萬物不異。若異者。何故分別穀芽穀莖穀葉。不説樹芽樹莖樹葉。是故不異。 問曰。若不異應有來。答曰無來何以故。世間現見故。世間眼見萬物不來。如穀子中芽無所從來。 若來者。芽應從餘處來。如鳥來栖樹。而實不爾。是故不來。問曰。若不來應有出。答曰不出。 何以故。世間現見故。世間眼見萬物不出。若有出。應見芽從穀出。如蛇從穴出。而實不爾。是故不出。 問曰。汝雖釋不生不滅義。我欲聞造論者所説。答曰  諸法不自生 亦不從他生  不共不無因 是故知無生 == 現代語訳 == <1> 生ずることなく、滅することなく、常住でもなく、断滅でもなく 同一でもなく、異なることなく、来ることなく、去ることもない。 善く諸々の戯論<ref>prapanca</ref>を滅する、これらの因縁を説いた、 諸々の説法者たちの中で第一である、仏陀に私は敬礼する。 <2> 諸法は自ら生ずるのでもなく、他より生ずるのでもなく、 共に生ずるのでもなく、原因なく生ずるのでもない。それゆえ「不生」であると知る。 ==脚注== {{脚注ヘルプ}} <div style="font-size:90%"><references/></div> {{スタブ}} {{DEFAULTSORT:ちゆうろん}} [[カテゴリ:仏教]] [[カテゴリ:3世紀]] [[zh:中論 (佛經)]] {{PD-old}} {{新訳}} g6b5irz1g7r31ujid85axnrknb0i50e 利用者:村田ラジオ 2 28294 242379 242180 2026-05-13T13:11:55Z 村田ラジオ 14210 説教 (アマセアのアステリウス) 242379 wikitext text/x-wiki {{resize|120%|この利用者が投稿したもの}}(入力中を含む) ===1. 聖イサク=== [[Wikisource:宗教]]< * [[シリヤの聖イサアク全書]] * [[ニネベのイサアク神秘論文集]](A. J. ヴェンシンク) {| |valign=top| :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第1論文|第1論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第2論文|第2論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第3論文|第3論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第4論文|第4論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第7論文|第7論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第8論文|第8論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第9論文|第9論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第10論文|第10論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第11論文|第11論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第12論文|第12論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第13論文|第13論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第14論文|第14論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第15論文|第15論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第16論文|第16論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第17論文|第17論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第30論文|第30論文]] 罪の力と邪悪な働き :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第31論文|第31論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第32論文|第32論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第33論文|第33論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第34論文|第34論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第35論文|第35論文]] 絶え間ない行動とあらゆる種類の道徳を考慮した問答形式の論文 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第36論文a|第36論文a]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第37論文|第37論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第38論文|第38論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第39論文|第39論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第40論文|第40論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第43論文|第43論文]] 霊的な知恵に満ちた有益な言葉 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第44論文|第44論文]] 知識の程度と信仰の程度について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第45論文|第45論文]] 有益な助言 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第46論文|第46論文]] その他の考慮事項 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第47論文|第47論文]] 霊的な事柄における魂の教育という神の摂理に :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第48論文|第48論文]] 魂が常にさらされる光と闇の様々な状態 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第50論文|第50論文]] 様々な考察をまとめた短い教訓集 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第51論文|第51論文]] 知識の3つの段階とその奉仕と衝動との区別、魂の信仰とその中に隠された神秘の宝について ::(a) 知識の第一段階 ::(b) 知識の第二段階 ::(c) 知識の第三段階。つまり完全な段階 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第53論文|第53論文]] 祈りと、絶えず思い出すことが必然的に求められ、人が区別して唱え、保持することが非常に有益であるその他の事柄について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第54論文|第54論文]] マゲナヌータに関するその他の説明 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第55論文|第55論文]] 魂の中に隠された警戒心を :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第56論文|第56論文]] 人の生命に関する美しい考察 |valign=top| :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第57論文|第57論文]] 神の愛のための忍耐がどのようにして神の助けを得るのか :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第58論文|第58論文]] 神の近くに住み、認識の生活の中で日々を過ごす人々について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第59論文|第59論文]] 有益な談話 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第60論文|第60論文]] 必然性がなければ、何らかのしるしを望んだり求めたりしてはならないこと :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第61論文|第61論文]] 神は何のために神を愛する人たちへの誘惑を許すのか :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第62論文|第62論文]] 人の中に湧き起こる思考によって、自分がどの段階に属し、どのような思考が続くかを知ることができるということ :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第63論文|第63論文]] 認識の心理状態にある人々は、なぜ肉体の粗雑さに応じて霊的なことを考えるのか :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第64論文|第64論文]] 心中に起こる、祈りによって浄化されるさまざまな状態について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第65論文|第65論文]] 心の警戒に関する指示 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第66論文|第66論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第67論文|第67論文]] 理解可能なものの区別に関して例をあげ、それぞれの使い方を示しての説明 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第68論文|第68論文]] 短いセクション :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第69論文|第69論文]] 思慮ある者はどのように黙想を務めるべきか :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第70論文|第70論文]] 初期知識の微妙な順序 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第71論文|第71論文]] 恩寵から生じる影響について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第72論文|第72論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第73論文|第73論文]] これまでに述べられた内容の説明 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第74論文|第74論文]] 聖人の中に神に似たものを創造している霊的目的について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第75論文|第75論文]] 隠された状態と、そこに存在する力と影響力 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第76論文|第76論文]] 短い言葉 :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第77論文|第77論文]] この章は生命力に満ちている :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第78論文|第78論文]] 世俗からの逃避によって得られる… :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第79論文|第79論文]] :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第80論文|第80論文]] 徹夜祷とその間の様々な種類の労働について :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第81論文|第81論文]] なぜ独居修行者たちはそれ以上に孤独を重んじるのか :* [[ニネベのイサアク神秘論文集/第82論文|第82論文]] 謙虚さはどれほどの名誉を持ち、その地位は |} ===2. マカリオス=== * [[エジプトのマカリオス50の霊的説教]] (擬マカリオス)(完) :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教1|説教1]] 預言者エゼキエルに記された幻の寓話的解釈。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教2|説教2]] 暗黒の王国、すなわち罪の王国について、そして神だけが私たちから罪を取り除き、邪悪な君主の束縛から私たちを救い出すことができるということについて。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教3|説教3]] 兄弟たちは互いに誠実、単純、愛、平和のうちに生きるべきであり、心の中では競争と戦いを続けるべきである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教4|説教4]] キリスト教徒は、神と天使たちから天の賞賛を得るために、この世での競争を注意深く慎重に成し遂げるべきである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教5|説教5]] キリスト教徒とこの世の人々の間には大きな違いがある。この世の精神を持つ人々は心と精神において地上の束縛に縛られているが、他の人々は天の父の愛を切望し、ただ目の前に父を待ち望んでいる。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教6|説教6]] 神を喜ばせたいと願う者は、平穏と静寂、優しさと知恵をもって祈りを捧げるべきであり、大声で叫んで他人に迷惑をかけるべきではない。説教には、王座と冠が実際に創造されたものであるかどうか、そしてイスラエルの12の王座についてという2つの質問も含まれている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教7|説教7]] キリストの人間に対する慈愛について。説教にはいくつかの質問と答えも含まれている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教8|説教8]] 祈りの中でキリスト教徒に起こること、そして完全さの尺度について、キリスト教徒が完全な尺度に達することは可能かどうか。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教9|説教9]] 神の約束と預言は、さまざまな試練と誘惑を通して成就し、神のみに従う者は悪魔の誘惑から救われる。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教10|説教10]] 謙虚な心と真摯さによって神の恵みの賜物は保存されるが、傲慢さと怠惰によってそれらは破壊される。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教11|説教11]] 聖霊の力は人の心の中で火のようであること、心に湧き上がる考えを見分けるために何が必要か、そしてモーセが柱のてっぺんに立てた死んだ蛇がキリストの象徴であることなど。説教には二つの対話があり、一つはキリストと悪魔、サタンとの対話、もう一つは罪人と同じ罪人との対話である。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教12|説教12]] アダムが神の戒めを破る前、そして自分の姿と天の姿の両方を失った後のアダムの状態について。説教には、非常に有益な質問がいくつか含まれている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教13|説教13]] 神がキリスト信徒に期待する成果。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教14|説教14]] 神に思いと心を捧げる人々は、心の目が開かれ、神が彼らに最も神聖で純粋な神秘を与え、神が恵みを授けてくれることを望みながらそうするのである。天国の善いものを手に入れたいと願う私たちがすべきこと。そして使徒と預言者は窓から差し込む太陽の光にたとえられる。説教ではまた、サタンの「地」と天使の「地」とは何か、そしてどちらも無形で目に見えないものであることを教えている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教15|説教15]] この説教は、世界の救い主であるキリスト・イエスの配偶者に対して、魂がいかに聖潔と貞潔と純潔をもってふるまうべきかを広く教えている。また、復活のときにすべての部分がよみがえるかどうか、悪、恩寵、自由意志、人間の尊厳など、多くの重要な教えに満ちた議論も含まれている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教16|説教16]] 霊的な人は最初の罪から生じる誘惑や逆境にさらされる。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教17|説教17]] キリスト教徒の霊的塗油とその栄光について、そしてキリストなしには救われることも永遠の命にあずかることも不可能であることについて。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教18|説教18]] キリスト教徒の宝であるキリストと聖霊について、キリストと聖霊はそれを様々な方法で実践して完成に至る。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教19|説教19]] 進歩し成長したいと願うキリスト教徒は、内在する罪から解放され、聖霊に満たされるために、あらゆる善いことに自らを駆り立てるべきである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教20|説教20]] 内なる人の真の医者であるキリストだけが、魂を癒し、恵みの衣でそれを飾ることができるのである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教21|説教21]] キリスト教徒には、内なる戦いと外なる戦いという二つの戦いが待ち受けている。後者は、地上の煩いから身を引くためのものであり、前者は、心の中で、邪悪な霊の誘惑に対抗するためのものである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教22|説教22]] この世を去る人々の二通りの状態について。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教23|説教23]] 王家の血統から生まれた者だけが高価な王家の真珠を身につけることができるように、神の子だけが天国の真珠を身につけることが許されている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教24|説教24]] キリスト教徒の状態は、商品やパン種のようなものである。商人が地上の利益を蓄えるように、キリスト教徒は世界中に散らばった思いを集める。パン種が塊全体をパン種に変えるように、罪のパン種はアダムの種族全体に浸透する。しかしキリストは、忠実な魂には天の善のパン種を入れる。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教25|説教25]] この説教は、キリストによって強められなければ、誰も悪魔の妨害を克服することはできないこと、そして神の栄光を望む者がしなければならないことを教えている。また、アダムの不従順によって私たちは肉欲の束縛に陥ったが、十字架の神秘によってそこから解放されたことも教えている。さらに、涙と神の火の力は偉大であることを教えてくれる。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教26|説教26]] 不滅の魂の価値と大切さ、力と効力、そしてそれがいかにしてサタンに誘惑され、誘惑から解放されるかについて。また、非常に素晴らしい教えに満ちたいくつかの質問も含まれている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教27|説教27]] この説教は、前述の説教と同様に、キリスト教徒の尊厳と地位について長々と説明している。そして、神の知恵に満ちたいくつかの質問を織り交ぜながら、自由意志に関する多くの有益なことを教えている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教28|説教28]] この説教は、罪のせいで主が魂の中に住まわれないという魂の災難を描写し嘆き、また、洗礼者ヨハネに関して、女から生まれた者の中で彼より偉大な者はいないと述べている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教29|説教29]] 神は人類に恵みの分配を二通りの方法で行い、公正な裁きによってその成果を要求することを意図している。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教30|説教30]] 人の魂が神の王国に入るには聖霊によって生まれなければならない。そして、それがどのように実現されるかについて。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教31|説教31]] 信者は心を変え、すべての思いを神に集めるべきである。なぜなら、神への奉仕はすべてこれにかかっているからである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教32|説教32]] キリスト教徒の栄光は今も彼らの魂の中に留まり、復活の時に現れ、彼らの敬虔さに応じて彼らの体を栄光に輝かせるであろう。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教33|説教33]] 私たちは神に絶えず注意深く祈るべきである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教34|説教34]] キリスト教徒の栄光については、復活の時に彼らの体に与えられ、彼らは魂と共に啓蒙されるであろう。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教35|説教35]] 古い安息日と新しい安息日について。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教36|説教36]] 魂と肉体の二重の復活と復活した者の様々な栄光について。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教37|説教37]] 楽園と霊的法則について。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教38|説教38]] 真のキリスト教徒を見分けるには、またそれが誰であるかを見分けるには、非常に正確な判断力と知性が求められる。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教39|説教39]] 聖書が神から私たちに与えられた理由。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教40|説教40]] すべての美徳とすべての悪徳は互いに結びついており、鎖のように互いにつながっている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教41|説教41]] 魂の秘密の部屋は非常に深く、それは恩恵や邪悪さの成長に比例して成長する。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教42|説教42]] 外的なものではなく、内的なものが人間を前進させたり傷つけたりする。つまり、恵みの霊か邪悪の霊かである。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教43|説教43]] キリスト教徒の進歩については、その力の全てが心次第であり、ここでは様々な方法で説明されている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教44|説教44]] 魂の苦しみと病を{{r|癒|いや}}したキリストによって、キリスト教徒の内にどのような変化と再生がもたらされるであろうか。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教45|説教45]] この世のいかなる芸術も富でもなく、ただキリストの出現だけが人間を癒すことができる。この説教は人間と神との偉大な親族関係を説いている。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教46|説教46]] 神の言葉とこの世の言葉、そして神の子らとこの世の子らの違いについて。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教47|説教47]] 律法のもとで行われた事柄の寓話的解釈。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教48|説教48]] 神への完全な信仰について。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教49|説教49]] この世の快楽を捨て去ったとしても、あの世の祝福を得なければ十分ではない。 :*[[エジプトのマカリオス50の霊的説教/説教50|説教50]] 神は聖徒たちを通して奇跡を起こす。 ===3. クリソストモス=== [[Wikisource:宗教]]< * [[マタイ福音書に関する説教]] 目録(クリソストムス) {| |valign=top| :* [[マタイ福音書に関する説教/説教13|説教13]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教14|説教14]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教15|説教15]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教15-2|説教15-2]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教16|説教16]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教16-2|説教16-2]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教17|説教17]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教17-2|説教17-2]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教18|説教18]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教18-2|説教18-2]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教19|説教19]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教19-2|説教19-2]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教20|説教20]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教21|説教21]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教22|説教22]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教22-2|説教22-2]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教23|説教23]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教23-2|説教23-2]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教24|説教24]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教25|説教25]] |valign=top| :* [[マタイ福音書に関する説教/説教33|説教33]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教34|説教34]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教35|説教35]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教36|説教36]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教37|説教37]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教38|説教38]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教39|説教39]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教40|説教40]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教41|説教41]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教42|説教42]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教65|説教65]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教66|説教66]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教67|説教67]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教68|説教68]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教69|説教69]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教70|説教70]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教71|説教71]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教72|説教72]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教73|説教73]] :* [[マタイ福音書に関する説教/説教74|説教74]] |} *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第14巻/ヨハネ福音書注解|ヨハネ福音書注解]](クリソストモス) (未完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第11巻/使徒行伝の注解|使徒行伝の注解]] (クリソストモス) (未完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第11巻/ローマ人への手紙注解|ローマ人への手紙注解]](完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第12巻/コリント人への手紙第一の注解|コリント人への手紙第一の注解]](未完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ガラテヤとエペソについて/ガラテヤ人への手紙注解|ガラテヤ人への手紙注解]] (完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ガラテヤとエペソについて/エペソ人への手紙注解|エペソ人への手紙注解]] (完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ピリピ、コロサイ、テサロニケについて/ピリピ人への手紙注解|ピリピ人への手紙注解]](未完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ピリピ、コロサイ、テサロニケについて/コロサイ人への手紙注解|コロサイ人への手紙注解]](完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第13巻/ピリピ、コロサイ、テサロニケについて/テサロニケ人への第一の手紙注解|テサロニケ人への第一の手紙注解]](完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第9巻/マタイ26章39節についての説教|マタイ26章39節についての説教]](完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第9巻/屋根を突き破って降ろされた中風の患者についての説教|屋根を突き破って降ろされた中風の患者についての説教]](完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第9巻/オリンピアスへの手紙|オリンピアスへの手紙]] *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第9巻/アンティオキアの人々への彫像に関する説教|アンティオキアの人々への彫像に関する説教]](未完) ===4. オリゲネス=== * [[諸原理について]](オリゲネス) :* [[諸原理について/序説]] :* [[諸原理について/I|I]] {| |valign=top| :* [[諸原理について/I/第1章|I/第1章]] :* [[諸原理について/I/第2章|I/第2章]] :* [[諸原理について/I/第3章|I/第3章]] :* [[諸原理について/I/第4章|I/第4章]] :* [[諸原理について/I/第5章|I/第5章]] |valign=top| :* [[諸原理について/I/第6章|I/第6章]] :* [[諸原理について/I/第7章|I/第7章]] :* [[諸原理について/I/第8章|I/第8章]] :* [[諸原理について/I/第9章|I/第9章]] :* [[諸原理について/I/第10章|I/第10章]] |} :* [[諸原理について/II|II]] {| |valign=top| :* [[諸原理について/II/第1章|II/第1章]] :* [[諸原理について/II/第2章|II/第2章]] :* [[諸原理について/II/第3章|II/第3章]] :* [[諸原理について/II/第4章|II/第4章]] :* [[諸原理について/II/第5章|II/第5章]] :* [[諸原理について/II/第6章|II/第6章]] |valign=top| :* [[諸原理について/II/第7章|II/第7章]] :* [[諸原理について/II/第8章|II/第8章]] :* [[諸原理について/II/第9章|II/第9章]] :* [[諸原理について/II/第10章|II/第10章]] :* [[諸原理について/II/第11章|II/第11章]] |} :* [[諸原理について/III|III]] {| |valign=top| :* [[諸原理について/III/第1章|III/第1章]] :* [[諸原理について/III/第2章|III/第2章]] :* [[諸原理について/III/第3章|III/第3章]] :* [[諸原理について/III/第4章|III/第4章]] |valign=top| :* [[諸原理について/III/第5章|III/第5章]] :* [[諸原理について/III/第6章|III/第6章]] :* [[諸原理について/III/第7章|III/第7章]] :* [[諸原理について/III/第8章|III/第8章]] |} :* [[諸原理について/IV|IV]] :* [[諸原理について/IV/第1章|IV/第1章]] :* [[諸原理について/IV/第2章|IV/第2章]] :* [[諸原理について/解説|解説]] *[[言葉の受肉について]] [[s:la:De incarnatione Verbi|De incarnatione Verbi]](完) *[[エレミヤ書とエゼキエル書に関する説教の翻訳]] [[s:la:Translatio Homiliarum in Ieremiam et Ezechielem|Translatio Homiliarum in Ieremiam et Ezechielem]](未完) *[[イザヤの幻視に関する説教の翻訳]] [[s:la:Translatio homiliarum in visiones Isaiae|Translatio homiliarum in visiones Isaiae]](完) *[[39の説教の翻訳]] [[s:la:Translatio XXXIX Homiliarum|Translatio XXXIX Homiliarum]] ===5. ニカイア教父シリーズ=== *[[ニカイア以前の教父たち]] *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I]] *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II]] **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻|第1巻]] – エウセビオス: 紀元1年から324年までの教会史、コンスタンティヌス大帝の生涯、コンスタンティヌスを讃える演説 ***[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史|第1巻/エウセビオスの教会史]] 入力中 **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第2巻|第2巻]] – ソクラテス: 西暦305年から438年までの教会史、ソゾメノス ([[w:en:Sozomen|en]]): 西暦323年から425年までの教会史 **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻|第3巻]] – テオドレトス、ヒエロニムスとゲンナディウス、ルフィヌス ([[w:en:Tyrannius Rufinus|en]])とヒエロニムス **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第4巻|第4巻]] – アタナシオス: 選集と手紙 **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第5巻|第5巻]] – ニュッサのグレゴリオス: 教義論文、選集および書簡 **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第6巻|第6巻]] – ヒエロニムス: 手紙と選集 **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第7巻|第7巻]] – エルサレムのキュリロス、ナジアンゾスのグレゴリオス **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第8巻|第8巻]] – バシレイオス: 手紙と選集 **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻|第9巻]] – ポワティエのヒラリウス、ダマスコのヨアンネス **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第10巻|第10巻]] – アンブロシウス: 選集と手紙 **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第11巻|第11巻]] – スルピティウス・セウェルス、レランスのウィンケンティウス、ヨハネス・カッシアヌス **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第12巻|第12巻]] – レオ1世、グレゴリウス1世 **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第13巻|第13巻]] – グレゴリウス1世 (パート2)、シリアのエフレム、アフラハト **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第14巻|第14巻]] – 七つの全地公会議 *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻|第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻]] {| |valign=top| :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第1章|第1巻/第1章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第2章|第1巻/第2章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第3章|第1巻/第3章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第4章|第1巻/第4章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第5章|第1巻/第5章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第6章|第1巻/第6章]] |valign=top| :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第7章|第1巻/第7章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第8章|第1巻/第8章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第9章|第1巻/第9章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第10章|第1巻/第10章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第11章|第1巻/第11章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第1巻/第12章|第1巻/第12章]] |} *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について|第3巻/高名な人々について]](著名人列伝) **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス|ヒエロニムス]](135人) **[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ゲンナディウス|ゲンナディウス]](99人) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/ルフィヌス/使徒信条の解説|第3巻/ルフィヌス/使徒信条の解説]](ルフィヌス) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第7巻/ナジアンゾスのグレゴリオス演説|第7巻/ナジアンゾスのグレゴリオス演説]] *[[原ニカイア信条]](325年) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第14巻/第二回公会議/聖なる信条|第14巻/第二回公会議/聖なる信条]](374 - 381年) *[[ニカイア以前の教父たち/第2巻/ヘルマスの牧者]] (完) ===6. ユスティノス=== *[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/殉教者ユスティノス/トリュフォンとの対話|トリュフォンとの対話]] ===7. エイレナイオス 他=== *[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第1巻|異端反駁:第1巻]](エイレナイオス)(完) *[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第2巻|異端反駁:第2巻]](エイレナイオス)(完) *[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第3巻|異端反駁:第3巻]](エイレナイオス)(完) *[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第4巻|異端反駁:第4巻]](エイレナイオス)(完) *[[ニカイア以前の教父たち/第1巻/イレナイオス/異端反駁:第5巻|異端反駁:第5巻]](エイレナイオス)(完) *[[ニカイア以前の教父たち/第3巻/護教的論文/偶像崇拝について|偶像崇拝について]](テルトゥリアヌス)(完) *[[ニカイア以前の教父たち/第5巻/キプリアヌス/キプリアヌスの論文/主の祈りについて|主の祈りについて]] (キプリアヌス) (完) *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第7巻/エルサレムのキュリロス/教理講義|教理講義]] (キュリロス) (完) **[[教理講義4]] 《教義の10の要点について》 *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第7巻/エルサレムのキュリロス/序説|エルサレムのキュリロス/序説]] *[[神の言葉の誕生について]](ガイウス・マリウス・ウィクトリヌス) (完) :::[[利用者:村田ラジオ#1. 聖イサク|トップに戻る]] ===8. ヒラリウス=== *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ポワティエのヒラリウス/三位一体論|三位一体論]] (ヒラリウス) (未完) * [[詩篇の論考]] ** [[詩篇の論考/序文|序文]] ** [[詩篇の論考/詩篇第1篇|詩篇第1篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇2篇|詩篇2篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇9篇|詩篇9篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇13篇|詩篇13篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇14篇|詩篇14篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇51篇|詩篇51篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇61篇|詩篇61篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇62篇|詩篇62篇]] ** [[詩篇の論考/詩篇67篇|詩篇67篇]] ===9. アンブロシウス=== *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第10巻/著作/キリスト教信仰の解説|ニカイア後教父: シリーズ II/信仰について]](アンブロシウス)入力中 * [[信仰について (アンブロシウス)]](完) * [[ルカ福音書の解説 (アンブロシウス)]](完) * [[ヘクサエメロン (アンブロシウス)]](第5巻のみが未完) * [[楽園について (アンブロシウス)]](完) * [[カインとアベルについて (アンブロシウス)]](完) * [[ノアと箱舟について (アンブロシウス)]](完) * [[アブラハムについて (アンブロシウス)]](完) * [[イサクと魂について]](完) * [[死の善について]](完) * [[世界からの逃避について]](完) * [[ヤコブと祝福された人生について]](未完) * [[族長ヨセフについて]](未完) * [[ダビデの詩篇十二篇の解説]](完) * [[ダビデの詩篇118篇の解説]](未完) ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/プロローグ|プロローグ]] ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/1番目の言葉|1番目の言葉]] アレフ ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/2番目の言葉|2番目の言葉]] ベト ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/3番目の言葉|3番目の言葉]] ギメル ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/4番目の言葉|4番目の言葉]] ダレト ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/5番目の言葉|5番目の言葉]] ヘー ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/6番目の言葉|6番目の言葉]] ワウ ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/7番目の言葉|7番目の言葉]] ザイン ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/8番目の言葉|8番目の言葉]] ヘト ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/9番目の言葉|9番目の言葉]] テト ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/10番目の言葉|10番目の言葉]] ヨド ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/11番目の言葉|11番目の言葉]] カフ ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/12番目の言葉|12番目の言葉]] ラメド ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/13番目の言葉|13番目の言葉]] メム ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/14番目の言葉|14番目の言葉]] ヌン ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/15番目の言葉|15番目の言葉]] サメク ** [[ダビデの詩篇118篇の解説/16番目の言葉|16番目の言葉]] アイン * [[ローマ人への手紙注解 (アンブロシアステル)]](完) * [[コリント人への第一の手紙注解 (アンブロシアステル)]](完) * [[コリント人への第二の手紙注解 (アンブロシアステル)]](完) ===10. アウグスティヌス=== * [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ I/第7巻/ヨハネ福音書論考|ヨハネ福音書論考]] 入力中 * [[三位一体論 (アウグスティヌス)]] 入力中 ===11. レオ1世=== *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第12巻/レオ1世/説教|第12巻/レオ1世/説教]](レオ1世)入力中 ===12. ダマスコのヨハネ=== *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻|正教信仰の正確な解説/第1巻]](ヨハネ・ダマスキン)入力中 {| |valign=top| :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第1章|第1章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第2章|第2章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第3章|第3章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第4章|第4章]] |valign=top| :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第5章|第5章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第6章|第6章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第7章|第7章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第1巻/第8章|第8章]] |} *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻|正教信仰の正確な解説/第2巻]] {| |valign=top| :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第1章|第1章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第2章|第2章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第3章|第3章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第4章|第4章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第5章|第5章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第6章|第6章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第7章|第7章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第8章|第8章]] |valign=top| :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第22章|第22章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第23章|第23章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第24章|第24章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第26章|第26章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第27章|第27章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第28章|第28章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第29章|第29章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第2巻/第30章|第30章]] |} *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻|正教信仰の正確な解説/第3巻]] {| |valign=top| :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第1章|第1章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第2章|第2章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第3章|第3章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第4章|第4章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第5章|第5章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第6章|第6章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第7章|第7章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第8章|第8章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第9章|第9章]] |valign=top| :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第10章|第10章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第11章|第11章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第12章|第12章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第13章|第13章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第14章|第14章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第15章|第15章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第16章|第16章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第17章|第17章]] :*[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第3巻/第18章|第18章]] |} *[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第9巻/ダマスコのヨハネ/正教信仰の正確な解説/第4巻|正教信仰の正確な解説/第4巻]] :::[[利用者:村田ラジオ#1. 聖イサク|トップに戻る]] ===13. フィロカリア=== *[[ドブロトリュビエ]] (Philokalia) *[[ドブロトリュビエ/第1巻|第1巻]] **[[ドブロトリュビエ/第1巻/大アントニオスの言葉と彼に関する伝説|大アントニオスの言葉と彼に関する伝説]] **[[ドブロトリュビエ/第1巻/大アントニオスの名言の解説|大アントニオスの名言の解説]] **[[ドブロトリュビエ/第1巻/アバ・イザヤが弟子たちに語った言葉|アバ・イザヤが弟子たちに語った言葉]](アバ・イザヤ) **[[ドブロトリュビエ/第1巻/新米修道士へのルールとアドバイス|新米修道士へのルールとアドバイス]](アバ・イザヤ) **[[ドブロトリュビエ/第1巻/アバ・イザヤの言葉|アバ・イザヤの言葉]](アバ・イザヤ) **[[ドブロトリュビエ/第1巻/心を守ることについて27章|心を守ることについて27章]](アバ・イザヤ) **[[ドブロトリュビエ/第1巻/修道士ニコラスへのメッセージ|修道士ニコラスへのメッセージ]](修行者マルコ) **[[ドブロトリュビエ/第1巻/修行者マルコの著作に対するニコラス修道士の反応|修行者マルコの著作に対するニコラス修道士の反応]] **[[ドブロトリュビエ/第1巻/霊的法則に関する200章|霊的法則に関する200章]](修行者マルコ) **[[ドブロトリュビエ/第1巻/行いによって義とされると考える人々について|行いによって義とされると考える人々について]](修行者マルコ) *[[ドブロトリュビエ/第2巻|第2巻]] **[[ドブロトリュビエ/第2巻/霊的生活の完成度について|霊的生活の完成度について]](ヨハネス・カッシアヌス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/悔い改めの働きの終了について|悔い改めの働きの終了について]](ヨハネス・カッシアヌス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/テオドロスへ 覚醒と祈りについて|テオドロスへ 覚醒と祈りについて]](ヘシュキオス長老) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/祈りに関する153章|祈りに関する153章]](シナイのニール) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/悪の八魂について|悪の八魂について]](シナイのニール) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/悔い改めについて|悔い改めについて]](ヨハネ・クリマクス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/美徳と情熱について–また情熱との戦いについて|美徳と情熱について–また情熱との戦いについて]](ヨハネ・クリマクス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/8つの主要な情熱との戦いについて|8つの主要な情熱との戦いについて]](ヨハネ・クリマクス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/平静さについて|平静さについて]](ヨハネ・クリマクス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/バルサヌフィオスの禁欲的教え|バルサヌフィオスの禁欲的教え]](大バルサヌフィオス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/アバ・ドロテオスの禁欲的教え|アバ・ドロテオスの禁欲的教え]](アバ・ドロテオス) **[[ドブロトリュビエ/第2巻/シリアの聖イサクの禁欲的教え|シリアの聖イサクの禁欲的教え]](シリアのイサク) *[[ドブロトリュビエ/第3巻|第3巻]] **[[ドブロトリュビエ/第3巻/霊的知識と識別についての100章|霊的知識と識別についての100章]](フォティケのディアドコス) **[[ドブロトリュビエ/第3巻/愛についての400章|愛についての400章]](告白者マクシモス) **[[ドブロトリュビエ/第3巻/愛・禁欲・霊的生活について400章|愛・禁欲・霊的生活について400章]](アバ・タラシオス) **[[ドブロトリュビエ/第3巻/最も魂をたすける100の章|最も魂をたすける100の章]](エデッサのテオドロス) **[[ドブロトリュビエ/第3巻/覚醒についての40章|覚醒についての40章]](シナイのフィロテオス) *[[ドブロトリュビエ/第4巻|第4巻]] **[[ドブロトリュビエ/第4巻/修道士への禁欲的な指導|修道士への禁欲的な指導]](ストゥディオスのテオドロス) *[[ドブロトリュビエ/第5巻|第5巻]] :::新神学者シメオン :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/新神学者シメオンの略歴|新神学者シメオンの略歴]] :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/実践的および神学的な章|実践的および神学的な章]](新神学者シメオン) :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/敬虔なる長老シメオンの禁欲的な説教|敬虔なる長老シメオンの禁欲的な説教]](彼の師、敬虔者シメオン) :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/信仰について、そしてこの世に生きる人間が完璧を達成するのは不可能だと言う人々へ|信仰について、そしてこの世に生きる人間が完璧を達成するのは不可能だと言う人々へ]] :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/三つの注意と祈りについて|三つの注意と祈りについて]] :::ニケタス・ステタトス :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/ニケタス・ステタトスの略歴|ニケタス・ステタトスの略歴]] :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/最初の100の実践的な章|最初の100の実践的な章]] :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/次の100の自然心理学的章 – 精神の浄化について|次の100の自然心理学的章 – 精神の浄化について]] :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/最後の100の思索的な章 – 愛と人生の完成について|最後の100の思索的な章 – 愛と人生の完成について ]] :::シナイのグレゴリオス :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/戒めと教義・警告と約束についての137章|戒めと教義・警告と約束についての137章]](シナイのグレゴリオス) :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/沈黙行者たちへの指示|沈黙行者たちへの指示]](シナイのグレゴリオス) :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/静寂と祈りについての15章|静寂と祈りについての15章]](シナイのグレゴリオス) :::修道士ニケフォロス :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/覚醒と心を守ることについて|覚醒と心を守ることについて]](修道士ニケフォロス) :::グレゴリオス・パラマス :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/名誉ある修道女クセニアに|名誉ある修道女クセニアに]](グレゴリオス・パラマス) :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/キリスト教法に基づく十戒|キリスト教法に基づく十戒]](グレゴリオス・パラマス) :::ダマスコのペトロ :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/ダマスコのペトロ序文|ダマスコのペトロ序文]] :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/ダマスコのペトロの第1巻|ダマスコのペトロの第1巻]] :*[[ドブロトリュビエ/第5巻/ダマスコのペトロの第2巻|ダマスコのペトロの第2巻]] &#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212; ===14. 神学的著作=== *[[主の祈り、洗礼、聖体に関する注釈]](モプスエスティアのテオドロス) (完) * [[口語訳旧約聖書 目次]]{{ext scan link|1=http://jco.ibibles.net/index.htm#%C2%A0%3E%C2%A0}} * [[口語訳新約聖書 目次]]{{ext scan link|1=http://jco.ibibles.net/index.htm#%C2%A0%3E%C2%A0}} * [[KJV 旧約聖書続編 目録]] (King James Bible, 1769) * [[フィラレートのカテキズム]](モスクワの聖フィラレート、1913)(完) ** [[フィラレートのカテキズム 2]] * [[英国国教会の39箇条についての教理問答]](ジェームズ・ビーヴン、1853)(未完) * [[短い信条]](ガザーリー、1903英訳ダンカン・B・マクドナルド)(完) * [[アル・ガザーリーの宗教的・道徳的教え]](ガザーリー、1921英訳サイード・ナワーブ・アリ) * [[鳩の書]](''Book of the Dove'' [[w:ja:バル・ヘブラエウス|バル・ヘブラエウス]]、1919英訳 A.J. ヴェンシンク)(入力中) * [[蜂の書]](''The Book of the Bee'' アフラトのソロモン、英訳 [[w:ja:ウォーリス・バッジ|ウォーリス・バッジ]])(入力中) * [[ディオニュシオス・アレオパギテスの著作]](ジョン・パーカー、1897)(目録) ** [[ディオニュシオス・アレオパギテスの著作/神名論|神名論]] ** [[ディオニュシオス・アレオパギテスの著作/神秘神学|神秘神学]] * [[修道院の制度について]] "De coenobiorum institutis"(ヨハネス・カッシアヌス) * [[コラティオネス]](ヨハネス・カッシアヌス) * [[信仰について (アンブロシウス)]](完) * [[マルコ福音書注解 (アンセルムス・ラウドゥン)]](グロッサ・オルディナリア)(未完) * [[聖バルラームと聖ヨサファトの生涯]](ダマスコのヨハネ)(未完) * [[神の言葉の誕生について]](ガイウス・マリウス・ウィクトリヌス)(完) * [[ホモウシオスの受容について]](ガイウス・マリウス・ウィクトリヌス)(完) * [[砂漠を讃えて]](リヨンのエウケリウス)(完) * [[聖書霊的解釈の定式]](リヨンのエウケリウス)(未完) * [[神の統治について]](マルセイユのサルヴィアヌス)(完) * [[論考 (ヴェローナのゼノ)]](未完) * [[言葉の受肉について]] [[s:la:De incarnatione Verbi|De incarnatione Verbi]](オリゲネス)(完) * [[観想生活について]] [[s:la:De vita contemplativa|De vita contemplativa]](ユリアヌス・ポメリウス) * [[歴史 (オロシウス)]] [[s:la:Historiae (Orosius)|Historiae (Orosius)]](オロシウス) * [[詩篇の解説 (カッシオドルス)]] [[s:la:Expositio in Psalterium (Cassiodorus)|Expositio in Psalterium (Cassiodorus)]](カッシオドルス) * [[説教 (アマセアのアステリウス)]] :::[[利用者:村田ラジオ#1. 聖イサク|トップに戻る]] &#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212; * [[イェルサリム大主教聖キリール教訓]](エルサレムのキュリロス) * [[聖金口イオアン教訓下]](ヨハネ・クリュソストモス) * [[シリヤの聖エフレム教訓]] * [[正教要理問答]] * [[通俗正教教話]](府主教フィラレート) * [[聖詠講話上編]](ヨハネ・クリュソストモス) * [[聖詠講話中編]] * [[新約聖書譬喩略解]] * [[祈祷惺々集]] {{註|祈りと清醒の教訓集。隠修者フェオファン編集。}} *#[[祈祷惺々集/我等が聖神父階梯著者イオアンの教訓(1)]] *#[[祈祷惺々集/イェルサリムの司祭イシヒイ フェオドルに與ふる書(1)]] *#[[祈祷惺々集/克肖なる我等が神父シリヤのフィロフェイの説教(1)]] *#[[祈祷惺々集/シリヤの聖イサアクの教訓(1)]] *#[[祈祷惺々集/聖なる大老ワルソノフィイ及びイオアンの教訓(1)]] :(ヨハネ・クリマクス、シナイのヘシュキオス、シナイのフィロテオス、シリアのイサアク、ガザのバルサヌフィオス) * [[埃及マカリイ全書]](著者は擬マカリオス) * [[ニケア信経]](ニケア・コンスタンチノープル信経) * [[使徒信経(天主公教会1911年)]] * [[使徒信経(日本聖公会1941年)]] * [[アタナシオ信経]] * [[信経問答]] * [[十誡問答]] * [[吉利支丹文学抄/吉利支丹文学概説及び原本の解題]] * [[さんぺいとろの御作業 (新漢字)]] * [[さんふらんしすこの御作業 (新漢字)]] * [[さんゑうすたきよの御作業]] * [[こんてむつすむんぢ抄 (新漢字)]](『キリストに倣いて』) * [[でうすの御性体と御善徳の事 (新漢字)]](『ぎや・ど・ぺかどる』) * [[御扶けの御恩の事 (新漢字)]]( 同 ){{註|ぎやどぺかどるは興味深い。}} * [[善人達のよきこんしゑんしやの悦びの事 (新漢字)]]( 同 ) * [[世界と悪の執着に引るゝ人の迷ひを導く事 (新漢字)]]( 同 ) * [[瞋恚に対する了簡の事 (新漢字)]]( 同 ) * [[ほるたれざといふ強き心の事 (新漢字)]]( 同 ) * [[けれいど並びにひいですのあるちごの事 (新漢字)]](『どちりな・きりしたん』) * [[でうすの御掟十のまだめんとすの事 (新漢字)]]( 同 ) * [[詩四篇・三十一篇・九十一篇(日本聖公会訳)]](+詩百三十四) * [[詩九十二篇・九十五篇・九十八篇・百篇(日本聖公会訳)]] * [[詩七十一篇・百十六篇(日本聖公会訳)]](+詩百二十七、詩百三十) * [[詩二十三篇・三十九篇・九十篇(日本聖公会訳)]] * [[詩五十一篇]](詩篇第五十一、第五十聖詠) * [[人類の忘恩に対する償の祈祷]] :::[[利用者:村田ラジオ#1. 聖イサク|トップに戻る]] ===15. 典礼・奉神礼=== * [[ミサ通常文・キリエ・グロリア]](カトリック) ::(+クレド・サンクトゥス・ベネディクトゥス・アニュスデイ) * [[神聖なる聖体礼儀の歌章の次第]](正教会) * [[大齋の晩課及び先備聖体礼儀の「主よ爾に籲ぶ」]](正教会) * [[八調の品第詞(ステペンナ)]](正教会){{註|聖詠119~133を題材にした祈祷文}} * [[大斎第一週間奉事式略]](おおものいみだいいっしゅうかんほうじしき) **[[大斎第一週間奉事式略 2]](火曜日) **[[大斎第一週間奉事式略 3]](水曜日) **[[大斎第一週間奉事式略 4]](木曜日) * [[聖パスハの奉事]] * [[信経]](正教会) * [[聖詠経]] ([[w:日本ハリストス正教会|日本正教会]]翻訳) * [[マトフェイ伝06]] * [[マトフェイ伝07]] &#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212; ===16. 仏教=== * [[正信念仏偈 (意訳聖典)]] * [[歎異抄 (意訳聖典)]] ** [[歎異抄 (意訳聖典 新漢字)]] * [[蓮如上人御文章 (意訳聖典)]] * [[七箇條の起請文 (浄土宗全書)]](別名:念仏行者訓條) * [[横川法語]]{{註|恵心僧都、源信}} * [[十二問答]] * [[十二箇條問答]]{{註|法然上人の人柄が優しい。}} * [[黒田の聖人へつかはす御文]](別名:一紙小消息) * [[或女房に示されける法語]] * [[常に仰られける御詞 (法然上人全集)]] * [[平重衡に示す御詞 (法然上人全集)]] * [[甘糟太郎忠綱に示す御詞 (法然上人全集)]] * [[元强盜の張本なりし教阿に示す御詞 (法然上人全集)]] * [[御臨終の時門弟等に示されける御詞 (法然上人全集)]] * [[消息法語 (一遍上人語録)]] * [[門人伝説 (一遍上人語録)]]{{註|興味深い。}} * [[仏説阿弥陀経 (昭和新纂経典部)]] ===17. イスラム教=== * [[短い信条]](ガザーリー、1903英訳ダンカン・B・マクドナルド)(完) * [[アル・ガザーリーの宗教と道徳の教え]](ガザーリー、1921英訳サイード・ナワーブ・アリ) ===18. ユダヤ教=== * [[ユダヤ古代誌]] [[s:en:The Antiquities of the Jews|The Antiquities of the Jews]](フラウィウス・ヨセフ) ===19. ギリシャ・ローマ哲学=== * [[トゥスクルム荘対談集]](キケロ) * [[新プラトン主義哲学者断片集/サッカス (ブイエ訳)]](アンモニオス・サッカス) ==加筆項目== {{resize|120%|この利用者が加筆したもの}} * [[聖詠経]](ふりがなを付加) ** [[第一「カフィズマ」]] ** [[第二「カフィズマ」]] ** [[第三「カフィズマ」]] ** [[第四「カフィズマ」]] ** [[第五「カフィズマ」]] ** [[第六「カフィズマ」]] ** [[第十七「カフィズマ」]] ** [[第十八「カフィズマ」]] ** [[第十九「カフィズマ」]] ** [[第二十「カフィズマ」他]] * [[コンチリサンの略]]{{註|Contrição/Contrition:悔い改め、懺悔という意味}} * [[白骨の御文]] * [[主の祈り]] ==リダイレクト== * [[ディダケー (Riddle translation)]] → [[ニカイア以前の教父たち/第7巻/十二使徒の教訓/十二使徒の教訓]] {{resize|120%|サブページ}} * [[利用者:村田ラジオ/sandbox]] ウェブスター改訂聖書 * [[利用者:村田ラジオ/sandbox2]] マカリオス 大書簡 * [[利用者:村田ラジオ/sandbox3]] ばるらあんと聖じょさはつの御作業 <strike>信仰について 第5巻、ルカ福音書の解説 第8巻</strike> * [[利用者:村田ラジオ/sandbox4]] トゥスクルム荘対談集 <strike>聖バルラームと聖ヨサファトの生涯</strike> * [[利用者:村田ラジオ/common.js]] :::[[利用者:村田ラジオ#1. 聖イサク|トップに戻る]] ----- ===19. 忘備録=== {| |valign=top| * [[ヘルプ:編集の仕方]] * [[ヘルプ:資料を追加する]] * [[ヘルプ:パブリックドメイン]] * [[ヘルプ:著作権タグ]] * [[ヘルプ:信頼性の基本ガイド]] * [[ヘルプ:註釈の追加]] * [[ヘルプ:詩を編集する]] * [[Wikisource:削除依頼]] * [[Wikisource:削除の方針]] * [[Wikisource:ツール・スクリプト]] * [[Wikisource:記事名の付け方]] * [[Wikisource:ウィキリンク]] * [[Wikisource:翻訳の仕方]] * [[Wikisource:スタイルガイド]] * [[Wikisource:全てのルールは無視せよ]] * カテゴリ:段組みテンプレート * カテゴリ:ウィキソース * カテゴリ:ヘルプ * カテゴリ:ウィキソースによる翻訳物 * カテゴリ:スタブ <nowiki>{{スタブ}}</nowiki> |valign=top| * [[テンプレート:変体仮名]] * [[テンプレート:異体字]] * [[テンプレート:難読部]] * [[テンプレート:縦中横]] * [[テンプレート:傍点]] * [[テンプレート:二重線]] * [[テンプレート:註]] * [[テンプレート:Resize]] * [[テンプレート:〱]] * [[テンプレート:レ]] * [[テンプレート:ママ]]({{sic}}) * [[テンプレート:TategakiH]] * [[テンプレート:Textquality/doc]] * [[テンプレート:Verse]] * [[テンプレート:Center]] * [[テンプレート:要改訳]] * [[w:JIS X 0213非漢字一覧]] * [[w:Help:ページの移動]] * [[Wikisource:削除依頼]] * [[Wikisource:削除の方針]] * カテゴリ:即時削除 |} * <nowiki> <u>なになに</u> </nowiki> (一本下線) * <nowiki> {{二重線|なになに}} </nowiki> (二重下線) * <nowiki> <span style="border-bottom: double">なになに</span> </nowiki> (二重下線) * <nowiki> <span style="border-bottom: dotted 2px">なになに</span> </nowiki> (点線下線) * <nowiki> <span style="border-bottom: dashed 1px">なになに</span> </nowiki> (破線下線) * [https://e-words.jp/p/r-htmlentity.html HTMLの文字実体参照] {{DEFAULTSORT:むらたらしお}} t4nzi4qx7gp2kttynikhxm0nx6fabgg 道路構造令中改正 0 56515 242378 2026-05-13T12:53:55Z 仙地 43004 ページの作成:「{{DISPLAYTITLE:道&#xE0101;路構&#xE0101;造&#xE0104;令中改正}} {{header | title = 道&#xE0101;路構&#xE0101;造&#xE0104;令中改正 | year = 1922 | month = 10 | day = 14 | notes = '''道&#xE0101;路構&#xE0101;造&#xE0104;令中改正'''(どうろこうぞうれいちゅうかいせい) * 大正11年内務省令第26号 * 公布: 1922年(大正11年)10月14日 → [[官報 (1922年10月14日)|官報 第3063号]] * 施行: 1923年(大正12年…」 242378 wikitext text/x-wiki {{DISPLAYTITLE:道&#xE0101;路構&#xE0101;造&#xE0104;令中改正}} {{header | title = 道&#xE0101;路構&#xE0101;造&#xE0104;令中改正 | year = 1922 | month = 10 | day = 14 | notes = '''道&#xE0101;路構&#xE0101;造&#xE0104;令中改正'''(どうろこうぞうれいちゅうかいせい) * 大正11年内務省令第26号 * 公布: 1922年(大正11年)10月14日 → [[官報 (1922年10月14日)|官報 第3063号]] * 施行: 1923年(大正12年)4月1日 → [[#fusoku|附則]] → [[道路法中改正法律 (大正11年法律第3号)#fusoku|道路法中改正法律附則]] → [[郡制廢止ニ關スル法律#fusoku|郡制廢止ニ關スル法律附則]] → [[大正十年法律第六十三號第一條施行期日ノ件]] * 被改正法令: [[道路構造令 (大正8年内務省令第24号)|道&#xE0101;路構&#xE0101;造&#xE0104;令]]([[道路構造令 (大正8年内務省令第24号)|改正前]] → [[道路構造令 (大正8年内務省令第24号)/大正12年4月1日施行|改正後]]) * 註: 底本にある原文は全て縦書きである。 {{異体字使用リスト|内|錬|郎}} * 註: [[w:異体字セレクタ|異体字セレクタ]]に対応したブラウザ及びフォントを利用することで、以下のリストのとおり原文に近い字体を表現することができる。対応していない場合は、基底となる文字がそのまま表示される。 **; 凡例 **: 親字 → 異体字 (Unicode番号) 。 ** 道 → 道&#xE0101; (U+9053 U+E0101) ** 構 → 構&#xE0101; (U+6E9D U+E0101) ** 造 → 造&#xE0104; (U+9020 U+E0104) ** 通 → 通&#xE0101; (U+901A U+E0101) ** 削 → 削&#xE0101; (U+524A U+E0101) ** 又 → 又&#xE0102; (U+53C8 U+E0102) | category = 大正11年の内務省令 | defaultsort = とうろこうそうれいちゆうかいせい }} <section begin="number" /> <div style="margin-left:1em; text-indent:-1em;">◉內務省令第二十六號</div> <section end="number" /><section begin="article" /> <div>大正八年<span style="font-size:0.75em; vertical-align:50%; line-height:1em;"><span style="display:table-row;">十二</span><span style="display:table-row;">月</span></span>內務省令第二十四號&#x2005;[[道路構造令 (大正8年内務省令第24号)|道&#xE0101;路構&#xE0101;造&#xE0104;令]]中左ノ通&#xE0101;改正ス</div> {| style="width:100%; border-spacing:0em;" | style="padding-left:1em;" |大正十一年十月十四日 | style="text-align:right; padding-right:1em;" |[[w:内務大臣|內務大臣]]&#x2003;[[w:水野錬太郎|水野鍊太郞]] |} <div>[[道路構造令 (大正8年内務省令第24号)#a3|第三條]]<span style="letter-spacing:-0.5em;">中</span>「郡道&#xE0101;及<span style="letter-spacing:-0.5em;">」</span>ヲ削&#xE0101;ル</div> <div>[[道路構造令 (大正8年内務省令第24号)#a15|第十五條]]<span style="letter-spacing:-0.5em;">中</span>「郡道&#xE0101;、<span style="letter-spacing:-0.5em;">」</span>ヲ削&#xE0101;ル</div> <div>[[道路構造令 (大正8年内務省令第24号)#a16|第十六條]]<span style="letter-spacing:-0.5em;">中</span>「郡道&#xE0101;又&#xE0102;ハ<span style="letter-spacing:-0.5em;">」</span>ヲ削&#xE0101;ル</div> <section end="article" /><section begin="fusoku" /> <div id="fusoku"> <div style="margin-left:3em;"><span style="letter-spacing:1em;">附</span>則</div> <div>本令ハ[[道路法中改正法律 (大正11年法律第3号)|大正十一年法律&#x2005;第三號]]&#x2005;[[道路法 (大正8年法律第58号)#a8|第八條]]<span style="letter-spacing:-0.25em;">、</span>[[道路法 (大正8年法律第58号)#a11|第十一條]]<span style="letter-spacing:-0.25em;">、</span>[[道路法 (大正8年法律第58号)#a12|第十二條]]及[[道路法 (大正8年法律第58号)#a61|第六十一條]]施行ノ日ヨリ之ヲ施行ス但シ[[道路法 (大正8年法律第58号)#fusoku-s|同法附則但書]]ノ規定ニ依リ別ニ其ノ施行ノ期日ヲ定ムル府縣ニ付テハ其ノ日ヨリ之ヲ施行ス</div> </div> <section end="fusoku" /> {{PD-JapanGov-old}} fg9yt8mrrwvy4kzbyfmg37lzd7xfz5j 242384 242378 2026-05-13T16:24:59Z 仙地 43004 底本 242384 wikitext text/x-wiki {{DISPLAYTITLE:道&#xE0101;路構&#xE0101;造&#xE0104;令中改正}} {{header | title = 道&#xE0101;路構&#xE0101;造&#xE0104;令中改正 | year = 1922 | month = 10 | day = 14 | notes = '''道&#xE0101;路構&#xE0101;造&#xE0104;令中改正'''(どうろこうぞうれいちゅうかいせい) * 大正11年内務省令第26号 * 公布: 1922年(大正11年)10月14日 → [[官報 (1922年10月14日)|官報 第3063号]] * 施行: 1923年(大正12年)4月1日 → [[#fusoku|附則]] → [[道路法中改正法律 (大正11年法律第3号)#fusoku|道路法中改正法律附則]] → [[郡制廢止ニ關スル法律#fusoku|郡制廢止ニ關スル法律附則]] → [[大正十年法律第六十三號第一條施行期日ノ件]] * 被改正法令: [[道路構造令 (大正8年内務省令第24号)|道&#xE0101;路構&#xE0101;造&#xE0104;令]]([[道路構造令 (大正8年内務省令第24号)|改正前]] → [[道路構造令 (大正8年内務省令第24号)/大正12年4月1日施行|改正後]]) * 底本: 大蔵省印刷局 [編]『官報』1922年10月14日, 日本マイクロ写真, 大正11年. {{NDLJP|2955181}} * 註: 底本にある原文は全て縦書きである。 {{異体字使用リスト|内|錬|郎}} * 註: [[w:異体字セレクタ|異体字セレクタ]]に対応したブラウザ及びフォントを利用することで、以下のリストのとおり原文に近い字体を表現することができる。対応していない場合は、基底となる文字がそのまま表示される。 **; 凡例 **: 親字 → 異体字 (Unicode番号) 。 ** 道 → 道&#xE0101; (U+9053 U+E0101) ** 構 → 構&#xE0101; (U+6E9D U+E0101) ** 造 → 造&#xE0104; (U+9020 U+E0104) ** 通 → 通&#xE0101; (U+901A U+E0101) ** 削 → 削&#xE0101; (U+524A U+E0101) ** 又 → 又&#xE0102; (U+53C8 U+E0102) | category = 大正11年の内務省令 | defaultsort = とうろこうそうれいちゆうかいせい }} <section begin="number" /> <div style="margin-left:1em; text-indent:-1em;">◉內務省令第二十六號</div> <section end="number" /><section begin="article" /> <div>大正八年<span style="font-size:0.75em; vertical-align:50%; line-height:1em;"><span style="display:table-row;">十二</span><span style="display:table-row;">月</span></span>內務省令第二十四號&#x2005;[[道路構造令 (大正8年内務省令第24号)|道&#xE0101;路構&#xE0101;造&#xE0104;令]]中左ノ通&#xE0101;改正ス</div> {| style="width:100%; border-spacing:0em;" | style="padding-left:1em;" |大正十一年十月十四日 | style="text-align:right; padding-right:1em;" |[[w:内務大臣|內務大臣]]&#x2003;[[w:水野錬太郎|水野鍊太郞]] |} <div>[[道路構造令 (大正8年内務省令第24号)#a3|第三條]]<span style="letter-spacing:-0.5em;">中</span>「郡道&#xE0101;及<span style="letter-spacing:-0.5em;">」</span>ヲ削&#xE0101;ル</div> <div>[[道路構造令 (大正8年内務省令第24号)#a15|第十五條]]<span style="letter-spacing:-0.5em;">中</span>「郡道&#xE0101;、<span style="letter-spacing:-0.5em;">」</span>ヲ削&#xE0101;ル</div> <div>[[道路構造令 (大正8年内務省令第24号)#a16|第十六條]]<span style="letter-spacing:-0.5em;">中</span>「郡道&#xE0101;又&#xE0102;ハ<span style="letter-spacing:-0.5em;">」</span>ヲ削&#xE0101;ル</div> <section end="article" /><section begin="fusoku" /> <div id="fusoku"> <div style="margin-left:3em;"><span style="letter-spacing:1em;">附</span>則</div> <div>本令ハ[[道路法中改正法律 (大正11年法律第3号)|大正十一年法律&#x2005;第三號]]&#x2005;[[道路法 (大正8年法律第58号)#a8|第八條]]<span style="letter-spacing:-0.25em;">、</span>[[道路法 (大正8年法律第58号)#a11|第十一條]]<span style="letter-spacing:-0.25em;">、</span>[[道路法 (大正8年法律第58号)#a12|第十二條]]及[[道路法 (大正8年法律第58号)#a61|第六十一條]]施行ノ日ヨリ之ヲ施行ス但シ[[道路法 (大正8年法律第58号)#fusoku-s|同法附則但書]]ノ規定ニ依リ別ニ其ノ施行ノ期日ヲ定ムル府縣ニ付テハ其ノ日ヨリ之ヲ施行ス</div> </div> <section end="fusoku" /> {{PD-JapanGov-old}} mm5ff3xl0sprsr2eeg4wiby87eokzl7 説教 (アマセアのアステリウス) 0 56516 242380 2026-05-13T13:23:36Z 村田ラジオ 14210 [https://www.tertullian.org/fathers/index.htm#Asterius_of_Amasea Sermons (Asterius of Amasea)] Early Church Fathers - Additional Texts. を翻訳 242380 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|hide=1}} {{header | title = 説教 (アマセアのアステリウス) | section = 説教 | previous = | next = [[/オンライン版への序文|オンライン版への序文]] | year = | 年 = 1904 | override_author = [[w:en:Asterius of Amasea|アマセアのアステリウス]] | override_translator = Anderson, Galusha & Goodspeed, Edgar J. | override_editor = New York : Pilgrim Press | noauthor = | notes = *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:せつきよう あすてりうす あませあ}} [[Category:キリスト教]] [[Category:教父]] [[Category:アステリウス]] [[Category:聖書研究]] [[Category:4世紀]] }} ==説教 (アマセアのアステリウス)== *[[/オンライン版への序文|オンライン版への序文]] *[[/導入|導入]] *[[/説教1|説教1]] 金持ちとラザロ *[[/説教2|説教2]] 不正な管理人 *[[/説教3|説教3]] 貪欲に対する戒め *[[/説教4|説教4]] カレンダ祭について *[[/説教5|説教5]] 離婚について ==出典== *底本: [https://www.tertullian.org/fathers/index.htm#Asterius_of_Amasea Sermons (Asterius of Amasea)] 『説教 (アマセアのアステリウス)』 Early Church Fathers - Additional Texts. {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- [https://www.tertullian.org/fathers/index.htm#Asterius_of_Amasea Sermons (Asterius of Amasea)] Early Church Fathers - Additional Texts. を翻訳 --> kizu58bptyz3hg0ej92vlaao41bmsl0 説教 (アマセアのアステリウス)/オンライン版への序文 0 56517 242381 2026-05-13T13:45:39Z 村田ラジオ 14210 [https://www.tertullian.org/fathers/index.htm#Asterius_of_Amasea Sermons (Asterius of Amasea)] Early Church Fathers - Additional Texts. の序文を翻訳 242381 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|hide=1}} {{header | title = 説教 (アマセアのアステリウス) | section = オンライン版への序文 | previous = [[説教 (アマセアのアステリウス)|目録]] | next = [[説教 (アマセアのアステリウス)/導入|導入]] | year = | 年 = 1904 | override_author = [[w:en:Asterius of Amasea|アマセアのアステリウス]] | override_translator = Anderson, Galusha & Goodspeed, Edgar J. | override_editor = New York : Pilgrim Press | noauthor = | notes = *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:せつきよう あすてりうす あませあ01}} <!-- [[Category:キリスト教]]--> [[Category:教父]] [[Category:アステリウス]] [[Category:聖書研究]] [[Category:4世紀]] }} ==オンライン版への序文== 約1年前、J・クアステン著『教父学』(第3巻、300ページ)をざっと眺めていたところ、4世紀のカッパドキア教父アステリウス(アマセア司教、アリウス派の論客アステリウス・ソフィストとは別人)の説教5篇の翻訳が存在することを知りました。1904年に米国で『現代のための古代説教集』として出版されたこの翻訳は、彼の著作の中で唯一英語で翻訳されている部分です。 彼はアンフィロキウスやカッパドキアの三大教父と同時代人でした。彼の生涯についてはほとんど知られていません。アンフィロキウスと同様、彼は380年から390年の間に司教になる前は弁護士でした。殉教者に関する説教と頌歌が16篇現存しており、これらは彼が修辞学の訓練を受け、古典に精通していたことを示しています。その一つである『説教4:新年祭への反論』(当館所蔵の4番)は、新年祭の異教的慣習と弊害を攻撃し、リバニウスが新年祭を擁護したあらゆる主張を否定しています。この説教は西暦400年1月1日に行われました。『説教11:聖エウフェミアの殉教について』は美術史において重要です。この中でアステリウスは、エウフェミアの殉教を描いた絵画について述べ、それをエウフラノールとティモマコスの作品と比較しています。このテキストは、787年のニカイア第二公会議において、聖像崇拝を支持する証拠として二度引用されています。 フォティオスの時代にはさらに多くの説教が存在し、彼はビブリオテーカ写本271の中で、現在では知られていない10の説教について言及しています。これらの失われた説教の一つには、アステリウスが長寿であったことが記されています。 ミーニュは『パトロロギア・グラエカ』40巻155-480行に、アステリウスの真正説教14篇をラテン語訳付きで掲載している(同巻にはアステリウス・ソフィストによる説教も掲載されている)。さらに、アトス山でM・バウアーが写本から真正説教2篇を発見し、A・ブレッツが初めて掲載した(TU 40.1、1914年)。11篇の説教はドイツ語に翻訳されている。 アステリウスの最初の14篇の説教の決定版はコルネリウス・ダテマによるもの(ライデン:ブリル、1970年)。説教15篇と16篇の校訂版は、同じくダテマによる『サクリス・エルディリ』に収録されている。第11説教、エウフェミアのエクラシスについては、マンゴーとカステリによるより新しい英語訳が存在する。エウフェミアのエクフラシス、そして殉教者ステファノスとシノペの殉教者フォカスに関する説教も、リーマンズ他編の注釈に序文と解説付きで翻訳されています。 『現代のための古代説教集』の現物は希少です。英国では大英図書館に所蔵されているものが唯一ですが、同図書館の方針により複写はできません。米国の図書館には、ATLA(米国図書館協会)が作成したマイクロフィッシュ版が所蔵されている場合もあります。ハーバード大学図書館にも現物が存在します。匿名を希望される地元の親切な女性が、私のウェブサイトについて手紙をくださいました。恐る恐る複写をお願いしたところ、快く送ってくださり、おかげさまでオンラインでテキストを公開することができました。この機会に心から感謝申し上げます。 Roger PEARSE 6th December 2003 Updated 29th November 2005 (With thanks to Johan Leemans for the bibliography) ==出典== *底本: [https://www.tertullian.org/fathers/index.htm#Asterius_of_Amasea Sermons (Asterius of Amasea)] 『説教 (アマセアのアステリウス)』 Early Church Fathers - Additional Texts. {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- [https://www.tertullian.org/fathers/index.htm#Asterius_of_Amasea Sermons (Asterius of Amasea)] Early Church Fathers - Additional Texts. の序文を翻訳 --> l696k2j1i32o5npk46s6phzf4vny1m5 説教 (アマセアのアステリウス)/導入 0 56518 242382 2026-05-13T14:26:09Z 村田ラジオ 14210 [https://www.tertullian.org/fathers/index.htm#Asterius_of_Amasea Sermons (Asterius of Amasea)] Early Church Fathers - Additional Texts. の導入を翻訳 242382 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|hide=1}} {{header | title = 説教 (アマセアのアステリウス) | section = 導入 | previous = [[説教 (アマセアのアステリウス)/オンライン版への序文|オンライン版への序文]] | next = [[説教 (アマセアのアステリウス)/説教1|説教1]] | year = | 年 = 1904 | override_author = [[w:en:Asterius of Amasea|アマセアのアステリウス]] | override_translator = Anderson, Galusha & Goodspeed, Edgar J. | override_editor = New York : Pilgrim Press | noauthor = | notes = *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:せつきよう あすてりうす あませあ02}} <!-- [[Category:キリスト教]]--> [[Category:教父]] [[Category:アステリウス]] [[Category:聖書研究]] [[Category:4世紀]] }} {{center|現代のための古代の説教}} {{center|アステリウス、アマセア司教、西暦 375~405年頃}} {{center|ガルーシャ・アンダーソン(神学博士、法学博士、シカゴ大学説教学教授) と}} {{center|エドガー・ジョンソン・グッドスピード(博士、 シカゴ大学聖書・教父ギリシア語講師)}} {{center|によるギリシア語からの英語訳}} {{center|「行きながら説教せよ」}} {{center|ピルグリム・プレス}} {{center|ニューヨーク ボストン シカゴ}} ----- {{center|著作権、1904年、JH テュークスベリー}} ----- {{center|私の指導の下で説教学を学び、現在キリストを説教するという比類なき働きに従事している方々へ。}} ==導入== 4、5年前、シカゴ大学神学部で説教史の講義をしていた際、私はアステリウスの説教が特に興味深いものであり、4世紀に説教されたものではあるものの、今なお新鮮で、現代にも見事に当てはまると述べました。当時私のクラスに在籍していたグッドスピード博士は、熱心で正確なギリシャ語学者であり、私の発言に感銘を受け、私が熱烈に称賛したギリシャ語の説教をいくつか読み始めました。その素晴らしさを確信した彼は、そのうち5つを逐語訳しました。彼は、その信憑性について合理的な疑いの余地がほとんどない説教を選んで翻訳しました。私たちはそれぞれ、この翻訳を何度も何度も見直し 、著者の思想と精神を忠実に伝えるとともに、その思想を明快で力強い英語で表現するよう努めました。このような作業に取り組んだことのある人なら誰でも、それがどれほど難しいかを知っているでしょう。私たちが理想の実現にどれほど近づいたかは、読者自身が判断するしかありません。 アステリウスの生涯についてはほとんど知られていない。彼の家族については何も分かっていない。幼少期の教育についても、ほとんど事実が残っていない。彼の主な教師はスキタイ人で、若い頃にアンティオキアの市民に奴隷として売られた人物だった。彼の主人は教師であり、彼を徹底的に教育することに多大な労力を費やした。彼は学問において目覚ましい進歩を遂げ、ギリシャ人とローマ人の両方から高い評価を得た。この著名な教育者の直接指導の下、アステリウスは生涯の仕事のための訓練を受けたのである。 おそらくキャリアの初期に、彼はデモステネスを綿密に研究し、自身もかなりの雄弁家となった。彼は民衆の支持を得た。彼は小アジアのポントス地方のアマセアの司教に任命された。そこで彼が行った説教のいくつかは今日まで伝わっている。それらは、稀有な修辞的技巧、鮮やかで規律ある想像力、優れた表現力、そして何よりも強い道徳的信念を示している。彼は当時の正統派に属しており、アリウス派で論争家であった同名の同時代人とは注意深く区別されるべきである。彼はまた、信徒の世話に真摯に身を捧げた忠実な牧師であったという評判もある。さらに、彼の人生には一点の曇りもなく、彼の教えと説教は敬虔な生活によって支えられていた。彼の名声は、公の場で説教を行った場所や家々を回った場所だけに留まらなかっ た。偶像破壊論争の最中、ニカイア第二教会会議において、彼の名前をもじって、彼は「すべての人々の心を照らす輝く星」と呼ばれた。 彼の公的な活動の終わりははっきりとは分かっていません。彼は4世紀後半に説教を行い、5世紀にも短期間説教を行った可能性があります。彼の説教「カレンデス祭について」の中で、彼は前年の出来事としてエウトロピウスの執政官の失脚に言及しています。この出来事は399年のことであり、したがってこの説教は西暦400年の元旦の祝祭にちなんで行われたと考えられます。アステリウスは別の箇所で自身を高齢の人物と述べているため、おそらく5世紀初頭以降は長く説教を続けなかったでしょう。我々の知る限りでは、その新年の説教が彼の活動を締めくくったようです。その後、彼は歴史上、姿を消しました。その後彼が何をしたのかは、現代の誰も確認できていません。彼がいつ、どこで、どのように亡くなったのかは未だに解明できない謎に包まれていますが、時の流れに耐えて残った彼の数多くの説教のうち、ごくわずかなものの中に彼は生き続けています。我々が持っているのは20から30の説教です。学者の中には、彼に帰せられているすべてのものの信憑性を疑う者もいるが、おそらくそれらのほとんどは彼の著作であろう。これらの説教に加えて、高い信憑性をもって、彼は先駆者であるアマセアの聖バシレイオスの伝記の著者とも考えられている。英語で出版されたこれら5つの説教は、倫理的な説教に対する現代の合理的な要求に完全に応えている。これらの説教では、道徳的な主題が識別力と稀に見る巧みさをもって扱われている。この初期のギリシャの説教者は、身近な環境によって彼の注意を向けさせられた問題を的確に捉え 、不変の正義の原則と神の言葉の認められた真理を適用することによってそれらを解決した。普遍的に認められた原則と真理によって人々の行動を測る彼の説教は、4世紀に生きた人々にとってそうであったように、現代の人々にも当てはまる。しかし彼は倫理的な話題にあまりにも厳密に限定していたため、恩寵に関する偉大な根本教義のいくつかを倫理的に扱ってほしかったと思わずにはいられない。とはいえ、彼がどのような点で正当に批判されようとも、誰もが彼が「生きた説教者」であったことに同意するだろう。 また、これらの説教は当時の社会における人々のあり方を扱っているため、歴史家が描ききれなかった当時の一般民衆の状況や慣習を鮮やかに伝えている点にも注目したいと思います。さらに、これらの説教は聖書からの引用によって豊かに彩られており、それらの引用は概ね示唆に富み、かつ適切に解釈されています。したがって、 著者の言葉は、歴史と聖書解釈の両方に関する私たちの知識に価値あるものをもたらしてくれるのです。 アステリウスはクリュソストモスと同時代人でしたが、クリュソストモスの説教はすべて英語に何度も翻訳されているのに対し、アステリウスの説教が英語で出版されるのは、我々の知る限り今回が初めてです。この小さな書物を通して、初期ギリシャの説教壇についてより深い知識を誰かに提供し、同時に4世紀から20世紀にかけての信徒たちの思想と精神の統一性を示す顕著な証拠に注目していただければ、大変喜ばしいことです。 これらの説教はギリシャ語原文のままですが、現代の慣習に従い、各説教の前のページに、説教者が自由に論じた聖書箇所を掲載しました。ただし、例外が一つあります。彼の説教「カレンデス祭について」では、聖書の箇所を一切解説していません。クリュソストモスが『彫像説教集』でそうしたように、 彼は一時的な出来事を取り上げ、それを説教の基礎として、深刻な悪を力強く非難しました。 最後に、これらの説教が正真正銘の説教であるという点に特に注目していただきたい。これらはエッセイとは全く異なるものであり、人々に直接語りかけられたものである。説教者はしばしば「あなた」と呼びかけ、また、語りかける相手に問いかけることも多かった。彼は自らの考えを豊富に例証し、理性に訴え、良心を刺激し 、愚行を嘲笑し、悪徳を非難し、美徳へと誘った。確かに彼は非の打ちどころのない人物ではなかったが、多くの点で優れた説教の模範であり、じっくりと研究すれば大いに得るものがあるだろう。 これらの説教が翻訳されたギリシャ語の原文は、ミーニュの『ギリシャ・ラテン教父叢書』に収められている。 ガルーシャ・アンダーソン ニュートンセンター、1904年3月1日。 ==出典== *底本: [https://www.tertullian.org/fathers/index.htm#Asterius_of_Amasea Sermons (Asterius of Amasea)] 『説教 (アマセアのアステリウス)』 Early Church Fathers - Additional Texts. {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- [https://www.tertullian.org/fathers/index.htm#Asterius_of_Amasea Sermons (Asterius of Amasea)] Early Church Fathers - Additional Texts. の導入を翻訳 --> irsu9sy6z44vrvpjf1b2m8bq6cdi7lv 説教 (アマセアのアステリウス)/説教1 0 56519 242383 2026-05-13T15:27:47Z 村田ラジオ 14210 [https://www.tertullian.org/fathers/index.htm#Asterius_of_Amasea Sermons (Asterius of Amasea)] Early Church Fathers - Additional Texts. の説教1を翻訳 242383 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|hide=1}} {{header | title = 説教 (アマセアのアステリウス) | section = 説教1 | previous = [[説教 (アマセアのアステリウス)/導入|導入]] | next = [[説教 (アマセアのアステリウス)/説教2|説教2]] | year = | 年 = 1904 | override_author = [[w:en:Asterius of Amasea|アマセアのアステリウス]] | override_translator = Anderson, Galusha & Goodspeed, Edgar J. | override_editor = New York : Pilgrim Press | noauthor = | notes = *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:せつきよう あすてりうす あませあ11}} <!-- [[Category:キリスト教]]--> [[Category:教父]] [[Category:アステリウス]] [[Category:聖書研究]] [[Category:4世紀]] }} {{center|アマセアのアステリウス:説教集(1904年)17-44頁。説教1:金持ちとラザロ}} ----- {{center|1.}} {{center|金持ちとラザロ}} ----- {{quote|ある金持ちがいた。彼は紫の衣と上質な麻布を身にまとい、毎日贅沢な暮らしをしていた。 そして、ラザロという名の物乞いがいた。彼は全身にできものがあり、彼の家の門前に横たわっていた。 そして、金持ちの食卓から落ちるパンくずで腹を満たしたいと願った。さらに、犬たちがやって来て、彼の傷口をなめた。 そして、その乞食は死んで、天使たちによってアブラハムの懐に運ばれた。金持ちも死んで、葬られた。 そして地獄で、彼は苦しみの中で目を上げ、遠くにアブラハムと、その懐にいるラザロを見た。 そして彼は叫んで言った、「父アブラハムよ、私を憐れんでください。ラザロを遣わして、指先を水に浸して私の舌を冷やさせてください。私はこの炎の中で苦しんでいるのです。」 しかしアブラハムは言った。「息子よ、お前は生前、良いものを受け、ラザロは悪いものを受けたことを思い出しなさい。今、彼は慰められ、お前は苦しめられているのだ。」 また、これらすべてに加えて、私たちとあなた方の間には大きな隔たりが定められています。ですから、ここからあなた方のところへ渡ろうとする者は渡ることができず、また、そこから私たちのところへ来ようとする者も渡ることができません。|ルカによる福音書 16:19-26}} ----- {{center|説教1}} {{center|金持ちとラザロ}} ----- 私たちの神であり救い主であるイエスは、人々に悪を憎み徳を愛するように導くのは、否定的な戒めだけではなく、模範を通して善行の教訓を明らかにし、行いと言葉の両方によって、善く敬虔な生活を理解するように導いてくださいます。イエスは、預言者や伝道者の口を通して、いや、ご自身の声によっても、しばしば私たちに語ってこられたように、傲慢で高慢な富裕層を嫌い、親切な心と、正義と結びついた貧しさを愛されます。このたとえ話においても、イエスは教えを確証するために、御言葉を証しする効果的な例を挙げ、金持ちと乞食の物語の中で、一方の贅沢な享楽と他方の困窮した生活、そしてそれぞれが最終的にたどり着いた結末を指摘し、私たちが他人の行いから真理を見分け、自分の生活を正しく判断できるようにしてくださいます。 紫の衣と上質な麻布をまとった金持ちがいた。聖書はたった二つの短い言葉で、悪徳な金持ちの浪費癖と節度のない浪費を嘲笑し、風刺している。紫は高価で余分な色であり、上質な麻布は必ずしも必要ではない。秩序正しく質素な生活を選ぶ人々の本質と喜びは、必要なものの使用をその必要性に応じて判断することであり、悪の根源である空虚な虚栄心や欺瞞的な娯楽という屑を避けることである。この教えの意味と力をより明確に理解するために、衣服の本来の用途、つまり合理的な範囲内で衣服をどの程度まで用いるべきかを考えてみよう。 それでは、正義なる神の律法は何と言っているでしょうか。神は羊を、毛が豊かに生えた、毛皮の豊かな羊として創造されました。それを取って毛を刈り取り、熟練した織物職人に渡して、チュニックとマントを仕立て、冬の苦難と太陽の灼熱の光線の害から逃れなさい。しかし、夏にもっと快適に軽い衣服が必要な場合は、神は亜麻の使用を与えてくださり、亜麻から、軽やかさであなたを包み、同時に涼しくしてくれる、ふさわしい衣服を簡単に得ることができます。そして、これらの衣服を楽しみながら、私たちを創造しただけでなく、生活の快適さと安全も与えてくださった創造主に感謝しなさい。しかし、もしあなたが羊と羊毛、万物の創造主の必要な備えを拒否し、無益な計画と気まぐれな欲望によって理性的な習慣から離れ、上質な麻布を探し求め、ペルシャの虫の糸を集めて、蜘蛛の軽やかな巣を織るならば、そして染物屋に行き、高額な代金を払って海から貝を釣り上げさせ、その魚の血で衣服を染めてもらう――これは、富に溺れ、余剰の財産を浪費する余剰の財源がない男の行いである。福音書では、このような男は、愚かで女々しい、みすぼらしい少女たちの装飾品で身を飾る者として、鞭打たれているのである。 また、世間の評判によれば、他にも同様の虚栄心を愛する者たちがいる。しかし、彼らはより一層悪徳を抱き、愚かな企みを既に述べたものだけにとどめず、縦糸と横糸を撚り合わせることで絵画のような効果を生み出し、あらゆる生き物の姿を衣服に刻み込む、無益で贅沢な織物技法を見つけ出し、自分自身や妻、子供たちのために、花で飾り、万物の装飾を施した衣服を巧みに作り出す。こうして彼らは自信過剰になる。​​彼らはもはや真面目な仕事に従事せず、莫大な富を享受することで人生を無駄にしている。 彼らはパウロに反し、神の啓示に逆らう。言葉ではなく、行いによって。パウロが言葉で禁じたことを、彼らは行いによって支持し、肯定しているのだ。そのため、彼らが着飾って人前に姿を現すと、出会う人々の目には、まるで絵が描かれた壁のように映る。そして、おそらく子供たちも彼らを取り囲み、互いに微笑み合い、衣服に描かれた絵を指さし、長い間彼らの後をついて歩いていたのだろう。これらの衣服には、ライオンやヒョウ、クマや雄牛や犬、森や岩、狩人など、自然を絵画で模倣しようとしたあらゆる試みが描かれている。どうやら、家だけでなく、ついにはチュニックやマントまでも飾る必要があったらしい。 しかし、より敬虔な裕福な男女は、福音書の歴史を集め、それを織物職人に委ねました。ここで言う織物とは、キリストご自身とすべての弟子たち、そして福音書に記されているすべての奇跡のことです。ガリラヤの婚礼、水がめ、寝床を肩に担ぐ麻痺した人、泥で癒された盲人、血の分泌物に苦しむ女が衣の裾をつかむ場面、罪深い女がイエスの足元にひれ伏す場面、ラザロが墓から生き返る場面などが描かれています。彼らはこうすることで、敬虔な行いをし、神に喜ばれる衣をまとっていると考えています。しかし、もし私の忠告に従うなら、それらの衣服を売り払い、神の生きた姿を敬うべきです。衣服にキリストの姿を描いてはなりません。キリストは私たちのために自ら進んで人間の体を取り、一度その屈辱を耐え忍ばれただけで十分なのです。ですから、衣服ではなく、魂にキリストの姿を宿しなさい。 麻痺した人を衣服に描いてはならない。病んでいる人を探し出しなさい。血の出血のある女の話ばかりしてはならない。困窮している寡婦を憐れみなさい。罪深い女が主の前にひざまずいているのをじっと見つめてはならない。自分の罪を悔い改め、涙を流しなさい。ラザロが死からよみがえる様子を描いてはならない。義人の復活にあずかりなさい。盲人を衣服に乗せて運んではならない。善行によって、視力を失った生きている人を慰めなさい。残ったパンくずの籠を生き生きと描いてはならない。飢えている人に食べ物を与えなさい。ガリラヤのカナで満たされた水がめをマントに乗せて運んではならない。喉の渇いた人に水を飲ませなさい。このようにして、私たちは金持ちの立派な衣服から益を得たのです。 しかし、次に続く記述を見過ごしてはならない。紫の衣と上質な麻布に加えて、彼が毎日贅沢な暮らしをしていたことが記されているからである。もちろん、無益な豪華さで身を飾ることと、腹と口を贅沢に満たすことは、同じ性向に属する。したがって、贅沢は徳のある生活に敵対するものであり、怠惰と無思慮な浪費、節度のない享楽と奴隷的な習慣の特徴である。そして、一見単純な問題に見えるかもしれないが、注意深く調べると、多種多様で大きな、そして多くの側面を持つ悪を含んでいることがわかる。莫大な富がなければ贅沢は不可能だが、罪を犯さずに富を積み上げることも不可能である。ヨブのように、非常に裕福でありながら同時に正義に完全に合致した生活を送るという稀なケースを除いては。贅沢にふける者は、まず花嫁のように宝石や大理石、金で飾られた高価な家を必要とし、四季の変化にうまく適応した家でなければならない。冬は暖かく快適で、南の陽光が差し込むような家が求められるが、夏は北に向かって開放され、北からの涼しく心地よい風が吹き込むようにしなければならない。さらに、椅子、寝椅子、ベッド、扉を覆うための高価な布地も必要となる。富裕層はあらゆるものを、たとえ無生物であっても丁寧に装飾するが、貧困層は哀れにも裸同然である。加えて、金銀の器、ファシス産の高価な鳥、フェニキア産のワイン、ティルスのブドウ畑で豊富に生産され、高値で取引されるワインなど、富裕層が所有するあらゆる贅沢品を挙げればきりがない。 今や贅沢はますます凝ったものとなり、料理にインドの香辛料を混ぜ込むことさえあり、薬屋は医者ではなく料理人に薬を供給するようになった。次に、食卓に仕える大勢の人々、すなわち、テーブルセッティングをする者、給仕をする者、給仕係、そして彼らの前に立つ音楽家、女音楽家、踊り子、笛吹き、道化師、おべっか使い、寄生虫、虚栄心に群がる大衆について考えてみよう。これらのものを手に入れるために、どれほど多くの貧しい人々が奪われ、どれほど多くの孤児が虐待され、どれほど多くの未亡人が泣き、どれほど多くの人々が恐ろしい拷問を受け、自殺に追い込まれていることか。 まるでレテアの川の水を味わった者のように、自己陶酔にふける魂は、自分が何者であるか、そして自分が結びついている肉体が何であるかを完全に忘れ、いつかこの結合から解放され、将来再び再構築された肉体に宿る日が来ることを忘れてしまう。しかし、定められた時が来て、容赦ない命令が魂を肉体から引き離す時、前世で行ったことの記憶が蘇り、手遅れの無益な悔い改めが訪れるだろう。悔い改めは、悔い改める者に改心する力がある時にこそ助けとなるが、改心の可能性が奪われた時、悲しみは無益であり、悔い改めは無益となる。 ラザロという名の乞食がいた。物語では、彼は単に貧しく、金銭も生活必需品も欠乏しているだけでなく、苦痛を伴う病に苦しみ、体は痩せ衰え、家もなく、住む場所もなく、不治の病に冒され、金持ちの門前に打ちひしがれていたと描写されている。そして物語は、憐れみの心を持たない男の冷酷さを際立たせるために、乞食の境遇を非常に丁寧に描き出している。飢えや病気に対して憐れみや同情の念を持たない人間は、理性のない野獣の姿をしており、故意に悪意をもって人々を欺いている。いや、それどころか、彼は獣自身よりも同情心が乏しい。なぜなら、少なくとも豚が屠殺されると、群れの残りの豚は何らかの苦痛を感じ、流れたばかりの血を見て悲しげにうなり声を上げ、雄牛が殺されるときに周りに立っている牛は、激しい鳴き声で苦痛を示しているからである。鶴の群れもまた、つがいの1羽が網にかかったときには、その周りを飛び回り、悲痛な鳴き声で空を満たし、つがいであり仲間である鶴を解放しようとします。理性を授かり、教養に恵まれ、神の模範によって善行を教えられた人間が、苦痛と不幸に見舞われた同胞をこれほどまでに顧みないのは、なんと不自然なことでしょう! こうして、苦しみながらも感謝の念を抱く貧しい男は、足も失って横たわっていた。そうでなければ、きっとあの忌まわしい傲慢な男から逃げ出し、貧しい者を拒絶するあの冷たい門ではなく、別の場所を探したであろう。手も失って横たわり、施しを求めるために差し出す手のひらさえもなかった。発声器官もひどく損なわれ、声はかすれて荒々しかった。実際、彼は全身がひどく損なわれ、忌まわしい病の残骸であり、人間の弱さを哀れにも示す例であった。しかし、そのような不幸の数々をもってしても、あの傲慢な男は動じることなく、まるで石ころのように物乞いを通り過ぎ、わざと罪の尺度を満たした。なぜなら、もし非難されたとしても、「知らなかった」「気づかなかった」「物乞いが泣き叫んでいるのに気づかなかった」というありふれたもっともらしい言い訳は言えないからである。物乞いは彼の門前に横たわり、出入りするたびに見世物となり、傲慢な男の非難を必然的なものにした。彼は食卓のパンくずさえも与えられず、金持ちが満ち足りている間に、彼は貧困にあえいでいた。それゆえ、人間嫌いの金持ちの男に、カナンのフェニキア人の女を教師として、「傲慢な者よ、犬でさえ主人の食卓から落ちるパンくずを食べるのに、同じ種族に属するあなたの兄弟がその恵みを受けるに値しないと思ったのか」と言わせるのは、公平で正しいことだっただろう。しかし、犬たちは丁寧に餌を与えられ、番犬は番犬だけで、猟犬は猟犬だけで、屋根を与えられるに値すると見なされ、ベッドと世話係が丁寧に割り当てられた。しかし、神の像は地上に投げかけられ、顧みられることなく踏みにじられた。もしモーセが人間の起源について信頼できる証言をしたと考えるならば、それは万物の偉大な創造主が自らの手で形作った像である。 もしラザロの物語がここで終わっていたとしたら、そして私たちの人生が、彼の人生と金持ちの人生との不平等さによって真に表されているとしたら、私は憤慨して大声で叫んだでしょう。平等に創造された私たちが、同じ人種の人々とこれほど不平等な境遇で生きているとは。しかし、残りの話は聞くに値するものですから、過去を嘆き悲しむ貧しい人よ、貧しい仲間が享受している幸福な生活を知るとき、その後の展開から勇気を得てください。なぜなら、正義の裁き主は正確な裁きを下し、安楽な生活を送った者は嘆き、苦難を経験した者は贅沢を見出し、それぞれが相応の報いを受けるからです。 そして、その乞食は死んで、天使たちによってアブラハムの懐に運ばれた。貧しい義人に仕え、彼を天に運んだのは誰だったか分かるだろうか。天使たちは彼の護衛であり、優しく穏やかに彼を見守り、その態度によって、彼を待ち受ける世話と救済を象徴していた。そして彼は連れて行かれ、族長の懐に置かれた。この記述は、聖書の深遠な事柄を細かく問いたがる人々に疑念を抱かせる根拠となる。なぜなら、すべての義人が死ぬと、同じ場所に連れて行かれるとしたら、その懐は、聖徒たちの全群を収容することを意図しているならば、非常に大きく、無限に広がることになるからである。しかし、これは絶対に不可能である。なぜなら、懐は一人の人間をかろうじて抱きかかえることができ、二人の幼児を抱きかかえることはほとんどできないからである。物質的な懐は霊的な真理の象徴であるという考えが浮かぶ。一体どういう意味なのでしょうか?アブラハムは、正しい人生を送った人々を受け入れた、とルカは言います。では、素晴らしいルカよ、まるであなたがそこにいるかのように話しかけてみますが、アブラハムよりも年上の多くの義人がいたにもかかわらず、なぜあなたは彼の先人たちにこの区別を与えず、エノクやノア、その他多くの人々の生き方を黙って見過ごしたのでしょうか?しかし、おそらく私はあなたの意図を理解しており、私の判断は的外れではないでしょう。アブラハムはキリストのしもべであり、他の人々よりもキリストの啓示の事柄を受け入れ、三位一体の神秘は、この老人が旅人として三人の天使をもてなした際に、彼の天幕の中で十分に具現化されました。要するに、多くの神秘的な謎を経て、彼は神の友となり、後に肉体を取り、この人間のベールを通して公然と人々と交わるようになったのです。この点において、キリストはアブラハムの懐は義人にとって一種の安息の地であり、守られた休息の場所であると述べています。なぜなら、私たちは皆、キリストにおいて救いと来世への希望を抱いているからです。キリストは、人間としてこの世に生を受けた際に、アブラハムの血筋を受け継いでおられました。そして、この老人の場合の栄誉は、徳を裁き報いる救い主、すなわち義人を慈しみ深い声で呼び、「わたしの父に祝福された者たちよ、来なさい。あなたがたのために用意された王国を受け継ぎなさい」と仰せになる救い主に関係しているのだと私は思います。 そして、その乞食は死んだ。乞食の人生には二つの側面が示されている。一方では彼の貧しさが、他方では彼の慎み深さと謙遜さが。それゆえ、財産がなく、金銭に困り、みすぼらしい身なりをしている者が、徳の称賛を自分のものにしてはならないし、貧困が救いをもたらすと考えてはならない。貧しいのは必要に迫られて貧しい者ではなく、自らの意志で欲望を抑える者こそが賞賛されるのである。極度の貧困に陥り、同時に手に負えない、あるいは矯正不可能な気質を持つ者の貧しさは、大胆不敵な悪行へとつながる。私が支配者の裁きの座に近づいたときにはいつでも、家泥棒や誘拐犯、泥棒や強盗、さらには殺人犯でさえも、貧しく、名も知られず、家も住まいもない者であったのを見てきた。このことから明らかなように、聖書は、哲学的な心で苦難に耐え、人生の境遇に毅然として立ち向かい、贅沢を楽しむために悪事を働かない貧しい人を幸いであると述べている。主は、そのような人を第一の祝福の中でさらに明確に描写し、「心の貧しい者は幸いである」と述べている。したがって、すべての貧しい人が義人であるわけではなく、ラザロのような人だけが義人である。また、すべての金持ちを絶望すべきではないが、ラザロを顧みなかった者のような心を持つ者だけを絶望すべきである。そして、現実の生活の中で、この真理の証人を容易に見つけることができる。敬虔なヨブよりも裕福な人がいるだろうか。しかし、彼の大きな繁栄は彼を義から引き離すことはなく、簡潔に言えば、徳から遠ざけることもなかった。イスカリオテよりも貧しい人がいるだろうか。彼の貧しさは彼に救いを保証しなかった。しかし、知恵を愛する11人の貧しい人々、そして私たちのために自ら貧しくなられた主ご自身と交わるうちに、彼は貪欲な性向の悪に駆り立てられ、ついには裏切りという罪を犯してしまった。 また、これらの人々が死後どのように運ばれたかを、賢明に考察することも有益である。貧しい人は眠りにつくと、天使たちが彼の護衛と付き添いとして、喜びと期待に満ちた彼を安息の場所へと運んだ。一方、金持ちは、キリストの言葉によれば、死んで埋葬された。聖書の記述は、金持ちの不名誉な死を十分に示しているため、いかなる点においても改善の余地はない。罪人は死ぬと確かに埋葬される。肉体は土に染まり、魂は世俗的だからである。彼は肉の誘惑に屈し、内なる霊を物質的なものに貶め、生涯の立派な記念を残さず、獣のように死に、不名誉な忘却に包まれる。墓は肉体を、ハデスは魂を収容する。二つの暗い牢獄が、悪人の罰を分け隔てているのである。 そして、誰がこの哀れな男の軽率さを責めないだろうか?――地上にいた頃、彼は自らを誇り、頭を高く上げ、周囲の同胞たちを誇らしげに見下し、偶然出会った者たちをアリやミミズと大差ないと考え、束の間の栄光をむなしく自慢していたのだから。しかし、死に際、鞭打たれた奴隷のように、愚かにも自分が主人だと思っていた奪い取った財産を奪われると、かつて高く評価されていた時と同じくらい深く屈辱を受け、嘆き悲しむ老女のように嘆きながら、族長に大声でむなしく呼びかけ、「父アブラハムよ、私を憐れんでください。ラザロを遣わして、指先を水に浸して私の舌を冷やしてください。私はこの炎の中で苦しんでいるのです」と言うのである。彼は、かつて他者を助ける力を持っていたにもかかわらず、今になって慈悲を求め、ラザロが火の中に降りてきて自分を助けてくれるよう要求する。彼は、水で少し湿らせたらい病患者の指を吸わせてほしいと祈る。これは、肉体を愛する者の無思慮さである。富と快楽を愛する者の末路はこうだ。 したがって、未来を見据える賢者は、このたとえ話を一種の薬、病気を予防する薬として捉え、同様の悪を経験しないようにし、来世の条件として思いやりと博愛の精神を選ぶべきである。聖書は、具体的な人物を通して劇的に教訓を示し、私たちに善行の律法を具体的かつ鮮やかな例を通して印象づけようとしている。それは、私たちが聖書の教えを言葉だけの恐ろしいものとして軽視し、脅迫された罰を実際に実行に移さないようにするためである。私は、ほとんどの人がそのような空想にとらわれて罪を犯す自由を享受していることを知っています。しかし、私たちの目の前にある聖書は全く逆のことを教えています。裁きの正当性を認めたところで罰が軽くなることはなく、苦しんでいる者を憐れんだところで定められた刑罰が軽減されることもありません。もし聖書が族長の言葉を証言する必要があるならば、なおさらです。金持ちが幾度も嘆願し、数えきれないほどの哀れな訴えを聞いた後も、アブラハムは嘆願者の嘆きに心を動かされることもなく、激しく鞭打たれている者を苦しみから解放することもありませんでした。それどころか、彼は厳粛な心で最終的な裁きを確証し、神は各人にその行いに応じて罰を与えたのだと言いました。そして彼は金持ちに言いました。「あなたは生前、他人の災難によって贅沢な暮らしをしていたのだから、今あなたが受けている苦しみは、あなたの罪の罰として課せられたものだ。」しかし、かつて苦難を経験し、踏みにじられ、肉体において苦い人生を耐え忍んだ者には、ここでは甘美で喜びに満ちた人生が与えられている。さらに、彼はこうも言っている。「また、彼らが互いに交わることを妨げる大きな隔たりがあり、罰せられる者と栄誉を受ける者を隔て、善行と悪行の報いを混ぜ合わせることなく、彼らが互いに離れて生きるようにしている。」そして、私はそのたとえ話が霊的な真理の物質的な表現であると考える。なぜなら、実際に天使が掘った溝、軍事キャンプの外縁にある塹壕のようなものがあると想像してはならないからである。ルカは、溝のたとえによって、徳高く生きた者とそうでない者との分離を私たちに示してくれたのである。そして、この考えはイザヤも賛同して、次のように述べている。「主の手​​は救う力がないのか、それとも主の耳は聞こえないほど鈍いのか。」しかし、私たちの罪が私たちと神との間に立ちはだかっている。 ==出典== *底本: [https://www.tertullian.org/fathers/index.htm#Asterius_of_Amasea Sermons (Asterius of Amasea)] 『説教 (アマセアのアステリウス)』 Early Church Fathers - Additional Texts. {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- [https://www.tertullian.org/fathers/index.htm#Asterius_of_Amasea Sermons (Asterius of Amasea)] Early Church Fathers - Additional Texts. の説教1を翻訳 --> b4upcvytltdll31do6edbl8sqvg8bq6 大正十年法律第六十三號第一條施行期日ノ件 0 56520 242385 2026-05-13T17:19:46Z 仙地 43004 ページの作成:「{{header | title = 大正十年法律第六十三號第一條施行期日ノ件 | year = 1923 | month = 3 | day = 14 | notes = '''大正十年法律第六十三號第一條施行期日ノ件'''(たいしょう10ねんほうりつだい63ごうだい1じょうしこうきじつのけん) * 大正12年勅令第44号 * 公布: 1923年(大正12年)3月15日 → [[官報 (1923年3月15日|官報 第3185号]] * 底本: 大蔵省印刷局 [編]『官報』1923…」 242385 wikitext text/x-wiki {{header | title = 大正十年法律第六十三號第一條施行期日ノ件 | year = 1923 | month = 3 | day = 14 | notes = '''大正十年法律第六十三號第一條施行期日ノ件'''(たいしょう10ねんほうりつだい63ごうだい1じょうしこうきじつのけん) * 大正12年勅令第44号 * 公布: 1923年(大正12年)3月15日 → [[官報 (1923年3月15日|官報 第3185号]] * 底本: 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{{NDLJP|2955307}} * 註: 底本にある原文は全て縦書きである。 {{異体字使用リスト|内|郎|錬}} * 註: [[w:異体字セレクタ|異体字セレクタ]]に対応したブラウザ及びフォントを利用することで、以下のリストのとおり原文に近い字体を表現することができる。対応していない場合は、基底となる文字がそのまま表示される。 **; 凡例 **: 親字 → 異体字 (Unicode番号) 。 ** 朕 → 朕&#xE0102; (U+6715 U+E0102) ** 公 → 公&#xE0101; (U+516C U+E0101) ** 爵 → 爵&#xE0102; (U+7235 U+E0102) * 註: 文中、以下の漢字等の字形については、技術的な制限により表現が困難であるため、通常の字形で記載した。 **條 ; 旁の木が「ホ」となる字形(参考: [https://glyphwiki.org/glyph/u689d-t.svg グリフウィキ])※公布文部分のみ。 }} <section begin="article" /> <span style="font-size:1.1em;">朕&#xE0102;大正十年法律第六十三號第一條施行期日ノ件ヲ裁可シ玆ニ之ヲ公&#xE0101;布セシム</span> <div style="margin-left:0.75em;"> <span style="font-size:1.5em;"><span style="letter-spacing:0.33333em;">御</span>名&#x2003;<span style="letter-spacing:0.33333em;">御</span>璽</span> </div> <div style="margin-left:2.75em;"> <span style="font-size:1.5em; letter-spacing:0.5em;">攝政名</span> </div> <div style="margin-left:3em;"> <span style="font-size:1.1em;">大正十二年三月十四日</span> </div> <div style="text-align:right; margin-right:2em;"><span 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註: [[w:異体字セレクタ|異体字セレクタ]]に対応したブラウザ及びフォントを利用することで、以下のリストのとおり原文に近い字体を表現することができる。対応していない場合は、基底となる文字がそのまま表示される。 **; 凡例 **: 親字 → 異体字 (Unicode番号) 。 ** 朕 → 朕&#xE0102; (U+6715 U+E0102) ** 公 → 公&#xE0101; (U+516C U+E0101) ** 爵 → 爵&#xE0102; (U+7235 U+E0102) * 註: 文中、以下の漢字等の字形については、技術的な制限により表現が困難であるため、通常の字形で記載した。 **條 ; 旁の木が「ホ」となる字形(参考: [https://glyphwiki.org/glyph/u689d-t.svg グリフウィキ])※公布文部分のみ。 | category = 大正12年の勅令 | defaultsort = たいしよう10ねんほうりつたい63こうたい1しようしこうきしつのけん }} <section begin="article" /> <span style="font-size:1.1em;">朕&#xE0102;大正十年法律第六十三號第一條施行期日ノ件ヲ裁可シ玆ニ之ヲ公&#xE0101;布セシム</span> <div style="margin-left:0.75em;"> <span style="font-size:1.5em;"><span style="letter-spacing:0.33333em;">御</span>名&#x2003;<span style="letter-spacing:0.33333em;">御</span>璽</span> </div> <div style="margin-left:2.75em;"> <span style="font-size:1.5em; letter-spacing:0.5em;">攝政名</span> </div> <div style="margin-left:3em;"> <span style="font-size:1.1em;">大正十二年三月十四日</span> </div> <div style="text-align:right; margin-right:2em;"><span style="font-size:1.1em;">[[w:内閣総理大臣|內閣總理大臣]]&#x2003;[[w:男爵|男爵&#xE0102;]][[w:加藤友三郎|加藤友三郞]]</span></div> <div style="text-align:right; margin-right:2em; padding-bottom:1em;"><span style="font-size:1.1em;">[[w:内務大臣 (日本)|<span style="letter-spacing:0.66667em;">內務大</span>臣]]<span style="letter-spacing:2em;">&#x2003;</span>[[w:水野錬太郎|水野鍊太郞]]</div> <section end="article" /><section begin="number" /> <div>勅令第四十四號</div> <section end="number" /><section begin="a0" /> <div>[[郡制廢止ニ關スル法律#a1|大正十二年法律第六十三號第一條]]施行ノ期日ハ大正十二年四月一日トス</div> <section end="a0" /> {{PD-JapanGov-old}} qdmzhjmyzt5eu16mvveocw1kdcn8qov 大正十二年勅令第三百九十八號ノ施行二關スル件 0 56521 242392 2026-05-14T05:08:42Z 仙地 43004 仙地 がページ「[[大正十二年勅令第三百九十八號ノ施行二關スル件]]」を「[[大正十二年勅令第三百九十八號ノ施行ニ關スル件]]」に移動しました: ページ名の誤字・脱字 242392 wikitext text/x-wiki #転送 [[大正十二年勅令第三百九十八號ノ施行ニ關スル件]] 641clcfq40qkyn9zgpsp3oc4ucfw4q6 ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第42章 元老院議員アポロニウス 0 56522 242396 2026-05-14T10:53:58Z 村田ラジオ 14210 Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Apollonius the senator]] を翻訳 242396 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II|hide=1}} {{header | title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス | section = 第42章 元老院議員アポロニウス | previous = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第41章 司教セラピオン|第41章 司教セラピオン]] | next = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第43章 もう一人の司教テオフィロス|第43章 もう一人の司教テオフィロス]] | year = 1885 | 年 = | override_author = [[s:en:Author:Jerome (c. 345-c. 420)|ヒエロニムス (c. 345-c. 420)]] | override_translator = | override_editor = [[s:en:Author:Philip Schaff|フィリップ・シャフ]] 他 | noauthor = | notes = *底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Apollonius the senator|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Apollonius the senator]]". *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:にかいあきようふとにかいあこきようふ 203 4 3 042}} <!-- [[Category:キリスト教]]--> [[Category:キリスト教の歴史]] [[Category:教父]] [[Category:ヒエロニムス]] [[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]] }} 2. ヒエロニムス 高名な人々について ———————————— ==第42章== << 元老院議員アポロニウス >> 皇帝コンモドゥス時代のローマ元老院議員アポロニウス<ref>185年頃に死去。</ref>は、奴隷にキリスト教徒だと告発された後、信仰の理由を述べる許可を得て、元老院で朗読する注目すべき書物を書いたが、それでもなお、元老院の意思により、キリストのために斬首された。これは、彼らの間で古くからある法律、すなわち、一度裁判の席に連れてこられたキリスト教徒は、信仰を撤回しない限り解任されないという法律によるものであった。 ==脚注== {{Reflist}} :::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第42章 元老院議員アポロニウス#第42章|先頭に戻る]] {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Apollonius the senator]] を翻訳 --> kw1kbz1j7rz0jm0rkgy71fj7qn1xzmv ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第43章 もう一人の司教テオフィロス 0 56523 242397 2026-05-14T11:01:48Z 村田ラジオ 14210 Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Theophilus another bishop]] を翻訳 242397 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II|hide=1}} {{header | title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス | section = 第43章 もう一人の司教テオフィロス | previous = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第42章 元老院議員アポロニウス|第42章 元老院議員アポロニウス]] | next = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第44章 司教バキュロス|第44章 司教バキュロス]] | year = 1885 | 年 = | override_author = [[s:en:Author:Jerome (c. 345-c. 420)|ヒエロニムス (c. 345-c. 420)]] | override_translator = | override_editor = [[s:en:Author:Philip Schaff|フィリップ・シャフ]] 他 | noauthor = | notes = *底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Theophilus another bishop|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Theophilus another bishop]]". *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:にかいあきようふとにかいあこきようふ 203 4 3 043}} <!-- [[Category:キリスト教]]--> [[Category:キリスト教の歴史]] [[Category:教父]] [[Category:ヒエロニムス]] [[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]] }} 2. ヒエロニムス 高名な人々について ———————————— ==第43章== << もう一人の司教テオフィロス >> パレスチナのカイサリア(かつてはトゥリス・ストラトニスと呼ばれていた都市)の司教テオフィロス<ref>190年頃に死去。</ref>は、セウェルス帝の治世に、他の司教たちと共に、月の14日にユダヤ人と共に過越祭を祝う者たちに対する非常に有益な教会会議書簡を書いた。 ==脚注== {{Reflist}} :::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第43章 もう一人の司教テオフィロス#第43章|先頭に戻る]] {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Theophilus another bishop]] を翻訳 --> kf0plz367575a664gh6ksy0aomhghqb ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第44章 司教バキュロス 0 56524 242398 2026-05-14T11:13:15Z 村田ラジオ 14210 Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Bacchylus the bishop]] を翻訳 242398 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II|hide=1}} {{header | title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス | section = 第44章 司教バキュロス | previous = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ 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II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第44章 司教バキュロス#第44章|先頭に戻る]] {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Bacchylus the bishop]] を翻訳 --> 4o4rna1muqwxkgkdg14xvb6xd5vty3o ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第45章 司教ポリュクラテス 0 56525 242399 2026-05-14T11:30:03Z 村田ラジオ 14210 Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Polycrates the bishop]] を翻訳 242399 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II|hide=1}} {{header | title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス | section = 第45章 司教ポリュクラテス | previous = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第44章 司教バキュロス|第44章 司教バキュロス]] | next = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第46章 ヘラクレイトス|第46章 ヘラクレイトス]] | year = 1885 | 年 = | override_author = [[s:en:Author:Jerome (c. 345-c. 420)|ヒエロニムス (c. 345-c. 420)]] | override_translator = | override_editor = [[s:en:Author:Philip Schaff|フィリップ・シャフ]] 他 | noauthor = | notes = *底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Polycrates the bishop|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Polycrates the bishop]]". *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:にかいあきようふとにかいあこきようふ 203 4 3 045}} <!-- [[Category:キリスト教]]--> [[Category:キリスト教の歴史]] [[Category:教父]] [[Category:ヒエロニムス]] [[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]] }} 2. ヒエロニムス 高名な人々について ———————————— ==第45章== << 司教ポリュクラテス >> エフェソスの司教ポリュクラテス<ref>司教は196年頃。</ref>は、古代の慣習に従って14日にユダヤ人と共に過越祭を祝ったアジアの他の司教たちと共に、ローマの司教ヴィクトルに対して教会会議書簡を書き、その中で使徒ヨハネと古代人の権威に従うと述べている。このことから、私たちは次のような短い引用をします。「それゆえ、私たちは慣例に従って、この日を厳粛に祝います。何も付け加えたり、何も取り除いたりしません。なぜなら、アジアには、主の日、すなわち主が天から威厳をもって来臨し、すべての聖人を生き返らせる日に復活する最も偉大な聖人たちの遺骸があるからです。私が言っているのは、ヒエラポリスで眠る十二使徒の一人フィリポと、死ぬまで処女であった彼の二人の娘、そして聖霊に満たされてエフェソで亡くなったもう一人の娘のことです。また、主の胸に寄り添い、額に金の額飾りをつけた大祭司であり、殉教者であり教会博士でもあったヨハネもエフェソで眠りにつきました。そして、司教であり殉教者であったポリュカルポスはスミルナで亡くなりました。エウメニアのトラセアもまた、司教であり殉教者であり、同じスミルナに眠っています。ラオディキアで眠る司教であり殉教者であったサガリスについて言及する必要があるでしょうか。」そして祝福されたパピルスと、聖霊に満たされた宦官メリトンは、常に主にお仕えし、サルディスに葬られ、キリストの再臨の時に復活を待っています。これらの人々は皆、福音の伝統から少しも逸脱することなく、教会の規範に従って、月の14日の過越祭を祝いました。私もまた、あなたのしもべの中で最も小さいポリュクラテスとして、私の親族の教えに従い(実際、私の親族には七人の司教がおり、私は八人目です)、ユダヤ人がパン種を取り除くことを祝う時に、常に過越祭を祝ってきました。ですから兄弟たちよ、私は主にあって六十五歳になり、世界の各地から来た多くの兄弟たちから教えを受け、聖書をすべて調べたので、私たちを脅す者たちを恐れません。なぜなら、私の先人たちは「人に従うよりも神に従う方がふさわしい」と言ったからです。私がこれを引用したのは、ほんの一例を通して、この人物の才能と権威を示すためです。彼はエルサレムのナルキッソスと同じ時代に、セウェルス帝の治世下で活躍しました。 ==脚注== {{Reflist}} :::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第45章 司教ポリュクラテス#第45章|先頭に戻る]] {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Polycrates the bishop]] を翻訳 --> j5y6xwg0sf783v1kql1bsctlx3ni06f ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第46章 ヘラクレイトス 0 56526 242400 2026-05-14T11:38:34Z 村田ラジオ 14210 Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Heraclitus]] を翻訳 242400 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II|hide=1}} {{header | title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス | section = 第46章 ヘラクレイトス | previous = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第45章 司教ポリュクラテス|第45章 司教ポリュクラテス]] | next = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第47章 マクシモス|第47章 マクシモス]] | year = 1885 | 年 = | override_author = [[s:en:Author:Jerome (c. 345-c. 420)|ヒエロニムス (c. 345-c. 420)]] | override_translator = | override_editor = [[s:en:Author:Philip Schaff|フィリップ・シャフ]] 他 | noauthor = | notes = *底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Heraclitus|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Heraclitus]]". *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:にかいあきようふとにかいあこきようふ 203 4 3 046}} <!-- [[Category:キリスト教]]--> [[Category:キリスト教の歴史]] [[Category:教父]] [[Category:ヒエロニムス]] [[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]] }} 2. ヒエロニムス 高名な人々について ———————————— ==第46章== << ヘラクレイトス >> ヘラクレイトス<ref>193年頃に活躍した。</ref>はコンモドゥスとセウェルスの治世に使徒言行録と書簡の注釈書を書いた。 ==脚注== {{Reflist}} :::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第46章 ヘラクレイトス#第46章|先頭に戻る]] {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Heraclitus]] を翻訳 --> a76iuxtk0zvvqore003mem59ge9p1jr ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第47章 マクシモス 0 56527 242401 2026-05-14T11:46:03Z 村田ラジオ 14210 Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Maximus]] を翻訳 242401 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II|hide=1}} {{header | title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス | section = 第47章 マクシモス | previous = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第46章 ヘラクレイトス|第46章 ヘラクレイトス]] | next = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第48章 カンディドゥス|第48章 カンディドゥス]] | year = 1885 | 年 = | override_author = [[s:en:Author:Jerome (c. 345-c. 420)|ヒエロニムス (c. 345-c. 420)]] | override_translator = | override_editor = [[s:en:Author:Philip Schaff|フィリップ・シャフ]] 他 | noauthor = | notes = *底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Maximus|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Maximus]]". *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:にかいあきようふとにかいあこきようふ 203 4 3 047}} <!-- [[Category:キリスト教]]--> [[Category:キリスト教の歴史]] [[Category:教父]] [[Category:ヒエロニムス]] [[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]] }} 2. ヒエロニムス 高名な人々について ———————————— ==第47章== << マクシモス >> マクシモス<ref>エルサレム司教、185年。</ref>は、同じ皇帝の下で、悪の起源とは何か?物質は神によって作られたのか?という有名な疑問を、注目すべき書物の中で提起した。 ==脚注== {{Reflist}} :::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第47章 マクシモス#第47章|先頭に戻る]] {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Maximus]] を翻訳 --> th0ghq90wp8isntzmss67smx74wtnvn ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第48章 カンディドゥス 0 56528 242402 2026-05-14T11:52:44Z 村田ラジオ 14210 Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Candidus]] を翻訳 242402 wikitext text/x-wiki {{Pathnav|Wikisource:宗教|ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II|hide=1}} {{header | title = ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス | section = 第48章 カンディドゥス | previous = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第47章 マクシモス|第47章 マクシモス]] | next = [[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第49章 アピオン|第49章 アピオン]] | year = 1885 | 年 = | override_author = [[s:en:Author:Jerome (c. 345-c. 420)|ヒエロニムス (c. 345-c. 420)]] | override_translator = | override_editor = [[s:en:Author:Philip Schaff|フィリップ・シャフ]] 他 | noauthor = | notes = *底本: Philip Schaff, "[[s:en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Candidus|Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Candidus]]". *ウィキソースによる日本語訳 {{DEFAULTSORT:にかいあきようふとにかいあこきようふ 203 4 3 048}} <!-- [[Category:キリスト教]]--> [[Category:キリスト教の歴史]] [[Category:教父]] [[Category:ヒエロニムス]] [[Category:ニカイア教父とニカイア後教父]] }} 2. ヒエロニムス 高名な人々について ———————————— ==第48章== << カンディドゥス >> カンディドゥス<ref>196年頃に活躍した。</ref>は、前述の皇帝の時代に、創造の六日間に関する非常に素晴らしい論文を出版した。 ==脚注== {{Reflist}} :::[[ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ヒエロニムス/第48章 カンディドゥス#第48章|先頭に戻る]] {{translation license | original = {{PD-old}} | translation = {{新訳}} }} <!-- Philip Schaff, [[en:Nicene and Post-Nicene Fathers: Series II/Volume III/Lives of Illustrious Men/Jerome/Candidus]] を翻訳 --> 3nej6f1li97nyjqtc6d5wv0cf6g1npb